校門から出て、いつもの帰り道。まだ少し冷たい春の空気の中を、私たち四人は駅へ向かって歩き始めたその途中。
「あれ?」奈央が足を止めた。
「どうしたの?」
「いつもの道、通れない」
見ると、道路の先が工事用の柵で塞がれていて誘導の人が立っている。
「工事?」
「朝はこんなのなかったよね」
「なかったよね?」
「回り道はこっちだって」看板を見ながら育美ちゃんが言う。
駅まで少し遠回りになるその道をしばらく歩いたところで、育美ちゃんが一軒の店を見つけた。木製の看板「喫茶メイプル&ローズ」
「あれ?」
「こんな店あったっけ?」
「あるよ。私、前に見たことある」やよいさんは知っていたみたいだ。
「ねぇ、ここでもう少し話していかない?」育美ちゃんが店を指差した。
「いいね」
「賛成」
「私はコーヒー」やよいさんが即答する。
「早いな」
「喉乾いた」
四人は笑いながら、店の扉を開けるとカラン、と小さなベルが鳴った。
「いらっしゃいませ」
カウンターの奥から、若い女性が顔を上げた。小柄で、明るい笑顔のエプロン姿。
「四名様ですか?」
「はい」
「どうぞ、好きなところへ」
四人は窓際の席についた。
「注文どうする?」奈央がメニューを広げる。
「コーヒー」即答のやよいさん。
「私、紅茶。レモンで」
「ん~と、私、グレープフルーツジュース」育美ちゃんはメニューを指さす。
「私は……」奈央がメニューをめくる。
「バナナパフェ!」
「高校生だなあ」
「いいじゃん」
女性の店員が注文を聞いて、カウンターへ戻っていく。そのとき、奈央が店の奥を見た。
「あ」
「ん?」
「ステージある」
四人が一斉に店の奥を見る。そこには、本当に小さなステージがあった。ドラムセット。アンプ。電子ピアノ。ギターやベースまで置かれている。
「ここ、ライブやったりするんですか?」育美ちゃんが店員に聞く。
「たまにですよ、普段はほとんど使ってないですけど」女性はカウンター越しに答えた。
「へえ」四人は席を立つ。
やよいさんが真っ先に機材へ近づく。
「……これ、結構いいやつじゃん」
「そうなの?」
「うん」
悠木はドラムセットを眺めた。
「DWだよ、これ」
「ディーダブリュー?」
「DW。アメリカのドラムメーカー」
「こっちはJCで、こっちAmpeg」アンプを指さしながら、やよいさんが続ける。
「わかるの?」
「当然」やよいさんは即答。
私も電子ピアノの前に立った。
「これ、RD-700SXだわ」
「沙織、知ってるの?」
「弾いてみたいって思ってたから」
スタンドにはギターも掛かっていた。フェンダーのストラトキャスター。その隣には見たことがない形だけどESPとロゴがある。
「おぉMusic ManのStingRay」やよいさんがベースに目を輝かせる。
「なんか、妙にいいのがそろってる」
「このストラト、お父さんのと同じ色」育美ちゃんが言った。
「じゃあ、お父さんも弾くんだ」
「そう。たぶん同じフェンダー」
「昔、バンドやってたってよく言ってるし、私が使ってるムスタングはお父さんのおさがりだし」
「へえ」
四人が機材を見ながら話していると、カウンターから声がした。
「君たち、バンドやってるの?」
四人が振り返る。カウンター席に、五十代くらいの男が一人座っていた。コーヒーを飲みながら、こちらを見ている。突然話しかけられ、四人とも少しだけ警戒しながらも答える。
「はい。軽音楽部です」育美ちゃんが答える。
「そうかそうか」
男は嬉しそうに笑った。
「あのギターとか楽器、店の人のですか?」
「まぁそうかな。昔、俺が人からもらったり、買い取ったりしたやつ」
「へえ」
「音楽関係の知り合いがいてね」
男はそう言って、コーヒーを一口飲んだ。
「それで、今どきの高校生は、どんな曲やるんだ?」
「また始まった」
店員の女性が、カウンターの中からぼそっと言った。
「何が?」
「オジサンの昔話」
「まだ何も話してないだろ」
「質問の時点で、おじさんっぽいです」
「余計なお世話だ」
男は笑った。四人もつられて笑う。
「○○高校の軽音部?」カウンター越しに女性が聞いてくる。
「はい、そうです」
「私たちで、バンド組んでます」
「文化祭でライブとかやるの?」
「もちろんです、一番のイベントですし」
「なるほど、今時の女子高生は文化祭ではどんなのやるの?」おじさんが口をはさむ。
「えっと……」
「松原みきとか」育美ちゃんが答える。
「竹内まりやとか」私が続ける。
「杏里もやったよね」奈央が言った。
「……え?」男の顔が止まった。
「松原みき?」
「はい」
「竹内まりや?」
「はい」
「杏里?」
「そうですけど」
男はしばらく四人を見ていた。
「なんで、そんな昔の曲を?」
「昔?」奈央が首を傾げる。
「普通にカッコいいからですけど……」
「そうそう、動画サイトでたまたま見つけたんです」育美ちゃんも頷く。
「私は親の影響かな。でも、どれもオシャレな曲だし」私も答える。
「あと、他の人と違う曲やりたかったしね」奈央が笑った。
男はしばらく黙っていた。そして、にやりと笑った。
「よかったら、今ここで演奏してみない?聞かせてよ。JKのシティポップ」
「ほら、楽器も一通りそろってるし、オジサン興味あるなぁ」
「え?いいんですか?」育美ちゃんの顔がぱっと明るくなった。
「やりたい!」奈央もすぐに反応する。
「いやいやちょっと待って、ドラマーいないんだけど」やよいさんが二人を見る。
「あ……」育美ちゃんの顔が曇る。
私も小さく頷いた。
「実は、ドラマー先輩だったんですけど卒業しちゃったから」
「そうか。ドラムがいないのか」
男がステージを見る。
「ドラムか……」
そして、厨房のほうへ声を飛ばした。
「おーい、店長!」
「なんすか、オーナー」
厨房からバナナパフェを持った男が顔を出した。
★☆★☆★☆
クリームを乗せてからパフェスプーンを刺してバナナパフェが出来たところで、カウンターから杉山さんの声がした。
「おーい、店長!」
「なんすか、オーナー」
バナナパフェを持って、カウンターに出る。
「バナナパフェよろしく」
「は~い」
店のオーナーでカウンターに座る杉山さんが俺に向かって話してくる。
「お前、松原みきとか竹内まりやって知ってるよな?」
「もちろん」俺は少し笑った。
「大先輩達じゃないですか」
「んじゃ、叩けるよな?」
「は?」俺は杉山さんを見る。
「なんですか、一体」
「いや、この子たちがバンドやっててな」
「はあ」
「演奏してよって頼んだら、ドラムがいないらしいんだ。お前、暇だろ」
「は?まぁドリンクは、こころちゃんが作るから手すきですけど……」
高校生四人がこちらを見ている。その目が、妙に期待に満ちていた。俺は小さく息を吐いた。
「……何曲やるんですか?」彼女たちに声をかける。
「二、三曲でいいだろ」なぜか杉山さんが言う。
「勝手に決めないでくださいよ」
「じゃあ、二曲」
「減っただけじゃないですか」
高校生たちが笑っているから、俺もつられて少し笑った。
「まあ……いいですけど」
こうして、俺と女子高生との唐突なセッションが始まることになった。