こうして、私たちと店長さんとの唐突なセッションが始まることになった。
「おいおい、杉山さん相変わらず強引だよなぁ」
ぶつくさ言いながら、店長さんがドラムに座った。私たちも、それぞれ楽器を手にする。
育美ちゃんはストラト、奈央はESPのギターを構えた。二人とも、シールドにはディストーションがひとつ繋がっているだけだ。やよいさんはベースのストラップを調整している。
私はステージに置かれたエレピの前に座り、鍵盤を軽く鳴らした。エレピの上には、JUNO-Dが二段重ねになっている。
学校の部室とは違う器材。学校や練習スタジオ以外で、みんなで合わせるのは初めてだ。そう思うと、少しワクワクしてきた。
杉山さんはミキサーの前に座り、慣れた手つきでマイクを繋いでいる。
その間に、店長さんがドラムの位置を調整してスティックを手に取る。
そのときだった。
ドン。
突然、大きなバスドラムの音が響いた。続いて、ハイハット。スネア。ただ音を確認しているだけなのに、ものすごく音が抜けてくる。
「……え?」やよいさんが思わずドラムを見ている。
いつも学校で聞いているドラムとは、何かが違う。音が大きいというだけじゃない。叩いた音が、ちゃんとこっちまで届いてくるような、身体の中に入ってくるような感じがした。
私も思わず店長さんのほうを見る。でも、本人は特に気にした様子もなく、ドラムの音を確かめている。
「じゃあ、最初は『真夜中のドア』でいいですか?」私は少しだけ緊張しながら言った。
「ああ、いいよ」
「あと、終わり方なんですけど……」やよいさんが店長さんに向かって説明する。
「最後、合図でイントロに戻って、4小節目のキメでリットするんです」
「リットね。了解」
店長さんが頷く。
「はい」
「じゃあ、いいかい?」
スティックを持った腕が上がった。
「ワン、ツゥ、スリー、フォー」
私は鍵盤に指を置いた。
音が始まった瞬間、身体が自然に動いた。イントロ。そして歌い出し。キメが、ぴたりと合った。
「……!」
思わず息を呑む。
みんなで何度も練習して、それでも完全には揃わないことがある。なのに、今は、何も考えなくても合った。
Aメロが進んで行く。やよいさんのベースと店長さんのバスドラムが、ぴったり重なっている。
ただ合わせて弾いているだけじゃない。ベースとドラムが、一つの楽器みたいに聞こえて、その上に私たちの音が乗っている。なんだろう。すごく弾きやすい。いつもより、自分の音がよく聞こえる。
そしてサビ。キメが入る。また、ぴたりと合った。
そこで、曲の景色が変わった。Aメロよりも、ずっと広い。音が前に出ていく。
私のシンセの音も、奈央のギターも、育美ちゃんの歌も、全部が一緒に広がっていく感じがする。
シンセのソロ。私は鍵盤に集中する。その後ろから、江川さんのドラムが波のように盛り上がってくる。大きくなっているのに、うるさくない。もっと弾け!とあおられているようだ。
曲が進む。サビが繰り返される。そこに、聞いたことのないフィルが入った。派手なのに、曲の邪魔をしていない。そのフィルが合図になって自然にイントロへ戻る。そして最後。私たちがいつもやっていた終わり方。
店長さんがこちらを一瞬見た。そして、最後の音。リットして、全員の音が止まった。
……静かだった。誰も、すぐには何も言わなかった。自分の息遣いだけが聞こえる。私は鍵盤から手を離した。心臓が、まだ少し速い。
「……気持ちいい」
最初に言ったのは、奈央だった。
「うん……」
育美ちゃんも息を弾ませながら頷いている。
「なんか、すごく気持ちよかった」
「これ……ドラムで、こんなに違うんだ」やよいさんも、ベースを抱えたまま店長さんを見る。
杉山さんと女性店員さんが拍手してくれた。
私も、まだ胸の中に残っている感覚をどう言葉にしていいのかわからなかった。ただ、もう一度やってみたい。そう思った。
「じゃあ、次は『セプテンバー』やりたいです!」育美ちゃんが、いきなり元気よく言った。
「おいおい、また昔の曲かよ」店長さんが笑う。
「だって、今のすごく楽しかったから」
「まあ、いいけど」
「終わり方は、こんな感じで」奈央がギターを持ち上げてリフを弾いてみせる。
「なるほどOK、わかった。じゃあやるよ」
スティックが上がる。
「ワン、ツゥ、スリー……」
その後、私は夢中で鍵盤を弾いていた。
演奏が終わる。
「……なんか、すごい」育美ちゃんが言った。
「ドラムで、こんなに演奏って変わるんだ」
「本当に」奈央も頷いている。
「いつもの『セプテンバー』じゃないみたい」
「グルーブって、こういう気持ちよさのことを言うんですね」やよいさんが、しみじみと言った。
「ところで……」やよいさんが、店長さんを見る。
「店長って、何者なんですか?」
「何者って……」
「だって、普通じゃないですよね。ドラム」
すると、女性店員さんが横から口を挟んだ。
「店長、元プロドラマーなんですよ」
「そうなんですか?」四人の視線が、一斉に集まった。
「まあ……昔の話だけどね」
「だからあんなに……」
「なるほど……」
四人が口々に言っている。
そうこうしているうちに、閉店時間とのこと。
「今日はありがとうございました!」四人が揃って頭を下げる。
「あの、もしよかったら連絡先教えてもらえませんか?」私は声をかける。
「あ、これお店の連絡先ね。で、店長は江川さん。ちなみにアタシは小森こころね」
女性店員がカードをくれた。
「あと、カウンターにいるオジサンは、お客さんじゃなくてオーナーの杉山さんね」
「あ、はい。さっきそう呼ばれてましたね」
「では、今日はこれで、ありがとうございました」
「ありがとうございました!」みんなでお辞儀をして店を出る。
「またねー」小森さんが手を振ってくれた。
★☆★☆★☆
「杉山さん」
カウンターに戻った俺は、ため息交じりに声を掛けた。
「ん?」
「あんまり無茶ぶりしないでくださいよ」
「ごめんごめん、でも江川なら楽勝だろ?」
杉山さんは悪びれた様子もなく笑っている。
「それに、JKと一緒に演奏なんて、めったにできないでしょ?」
「まあ……そうですけど」
俺はさっきまでの演奏を思い出した。
「みんな、カワイイ子でしたしね」
「ほらほら」
「店長、なんか浮かれてません?」小森がカウンターの向こうから笑った。
「浮かれてねえよ」
「まあ、でも……」俺は少し考えた。
「あれくらい弾けるなら、合わせてても気を遣わずに演れますね」
杉山さんがニヤニヤしている。
「ほら、小森ちゃん。店長、結構気に入ったみたいだよ」
「店長~、やっぱり浮かれてる~」
「だから浮かれてないって」
そう言いながらも、俺は笑っていた。たまには、こういうのも悪くない。
★☆★☆★☆
メイプル&ローズでのセッションの翌日。
「やっぱり、文化祭でやりたいよね」
部室に集まった私たちは、昨日の演奏のことを話していた。
「うん!絶対やりたい!」奈央がすぐに答える。
「私も」 育美ちゃんも頷いた。
「昨日みたいにできるなら、やっぱり出たいよね」やよいさんも言う。私も同じ気持ちだった。
高校最後の文化祭。せっかくここまで続けてきたんだから、最後くらい四人でステージに立ちたい。問題は、やっぱりドラムだった。
新入部員が入ってきた。その中に、ドラムをやりたいという一年生も一人いた。
「じゃあ、その子にお願いしてみる?」奈央が言った。
でも、その子はまだドラムを始めたばかりだった。
そして何より、「一年生同士でバンド組みたいです」と言われてしまった。
「……そっか」
仕方ない。私たちも、一年生のときはドラムがいなかった。結局、内田先輩が叩いてくれたけど、三年と一年だと考えると、無理に頼むことはできない。
「じゃあ、二年の高橋君は?」
今度は、二年生でドラムをやっている子に声を掛けてみた。
「掛け持ちでお願いできないかな?」
「いやあ……」
彼は困ったような顔をした。
「僕には先輩たちのやる曲って、普段やらないし、難しくて無理っす」
「そっか……」
「私、吹部の友達にも聞いたんだけど」育美ちゃんが言った。
「パーカスの人でドラム叩ける人いないかって。でも、吹部はコンクールに出るから無理って、あっさり断られました」
「……やっぱり、ドラムいないね」
部室の空気が重くなる。昨日の演奏が楽しかった分、余計に現実が辛い。
「せっかく昨日、あんなに楽しかったのに」育美ちゃんがぽつりと言った。
「……ねえ」奈央が顔を上げた。
「店長に頼めないかな?」
「え?」
「昨日の店長」奈央は私たちを見回した。
私は昨日の演奏を思い出した。江川さんのドラム。あの音。あのグルーブ。みんなで演奏したときの、あの感覚。
「……できるなら、一番いいよね」私が言うと、3人も頷いた。
「だよね」
「うん」
「私もそう思う」
問題は、いくつかある。まず、学校の文化祭に外部の人を参加させられるかどうかだ。
「まず、そこからね」私は立ち上がった。
「生徒会に聞いてみよう」
最初の関門は、思ったよりも高かった。
「外部の人を文化祭に参加させるのは、原則として認められません」
生徒会室。眼鏡を掛けた生徒会長が、淡々と言った。どうやら、かなり真面目な人らしい。
「でも……」育美ちゃんが隣から小声で言う。
「私たち、どうしても最後の文化祭で演奏したくて……」
「そう言われましても、規則がありますから」
会長は動じない。
私は育美ちゃんと顔を見合わせた。仕方がない。育美ちゃんが少しだけ身体を傾けて近づく。
「……お願いします」
上目遣い。私も、それに合わせる。
「……お願いします」
「…………」
会長の眼鏡の奥の目が泳いだ。
「いや、しかし……規則が……」
「お願い♡会長さん」
「お願いします」
「…………」
数秒の沈黙。
「……外部参加者についての規定を確認してください」
「え?」
「必要書類を提出して、条件を満たしているのであれば……まあ、申請はできます」
「本当ですか?」
「はい」
「ありがとうございます!」育美ちゃんが嬉しそうに頭を下げる。
「ありがとうございました!」私も頭を下げた。
生徒会室を出たところで、育美ちゃんと顔を見合わせる。
「……やったね」
「うん」
「上目遣い、効いたかな?」
「……たぶん」
私たちは笑った。
ともかく、第一関門は突破した。次は、本人に頼むだけだ。放課後。私たちは再び、メイプル&ローズへ向かった。
店に入ると、小森さんがこちらに気づいた。
「あ、また来たのね、いらっしゃい」
「こんにちは」
「今日はどうしたの?」
「店長に用事があって……」
「店長に?」
「はい」
小森さんが厨房のほうを見る。
「店長ー、お客さん」
「なに、客ならこころちゃんに……て、君たち?」
厨房から江川さんが出てきた。
「どうした?」
私たちは顔を見合わせた。代表して、私が口を開く。
「あの……お願いがあります」
「お願い?」
「文化祭で、私たちのバンドのサポートをしてもらえませんか?」
江川さんの表情が変わった。
「……文化祭?」
「はい」
「学校の?」
「はい」
少しの沈黙。
「悪いけど、断るよ」
あっさりした答えだった。
「え……」育美ちゃんが固まる。
「なんでですか?」奈央が聞く。
「俺はもうプロとして仕事をしてないからな」
「でも……」
「プロだったからこそ、やりたいと思わない相手でも仕事として引き受けた。ただし無償ではやらなかった」
厳しい言い方だった。でも、たしかにそうなのかもしれない。
「お前たちは、そこそこ弾ける」
江川さんは私たちを見る。
「高校生にしては上手いんだから、焦る必要はないだろ」
「他の学校の生徒でも探せば、間に合うんじゃないか?」
「……」
誰も答えられない。
「昨日、一緒に演奏したときに思ったんです」奈央が言った。
「あのときの感じが、すごく気持ちよかったんです」
「うん」育美ちゃんも続く。
「私たち、あんなふうに演奏したことなくて……」
「だから、店長さんとやりたいんです」
私は江川さんを見る。
「昨日の演奏みたいに、みんなで演奏したいです」
「……」
江川さんは黙っている。
「俺とやれば、昨日みたいな演奏がまたできると思ってるのか?」
「はい」
すると江川さんは、少し困ったように笑った。
「つまり俺任せか?」
「え?」
「俺は、お前らのバンドの演奏を俺が作るつもりはない」
四人とも黙った。
「指導するつもりもない」
「じゃあ……」育美ちゃんが口を開く。
「どうしたら、やってもらえますか?」
江川さんは少し考えた。
「……そうだな」
そして、私たちを順番に見た。
「じゃあ、課題を出そう」
「課題?」
「そうだ」
「竹内まりやの『プラスティック・ラブ』。シティポップが好きなら知ってるだろ?」
「……!」私たちは顔を見合わせた。
「四人で、この曲をどう演奏するか決めて」
江川さんの声は、さっきより少しだけ真剣だった。
「俺に聞かせてくれ」
「……」
「自分たちで言った通りの演奏になっていたら、考えてやる」
胸が高鳴った。これは、試されている。でも、嫌な感じはしなかった。むしろ、やってみたいと思った。
「わかりました」私は答えた。
「まず、私たちだけで練習します」
「それで、ゴールデンウィークに、またここで演奏させてください」
「分かった」江川さんは頷いた。
「ただし、日時は俺が指定する」
「はい!四人の声が重なった。
今日はこのまま店を出る。さっきまでの不安とは違う。今度は、やらなければならないことがはっきりしている。私たちは顔を見合わせた。
「……やろう」
誰が言ったのか、わからなかった。でも、四人とも同じ気持ちだった。