江川店長から、課題を出されてから数日後。放課後の軽音楽部の部室に、私たち四人は集まっていた。今日は、竹内まりやさんの「プラスティック・ラブ」を、どう演奏するかを考えることになっている。
私はスマホを部室のスピーカーにつないで、動画サイトを開いた。
「まずは、もう一回ちゃんと聞いてみよう」
「CDのやつ?」
「うん。それと、ライブのもいくつかあるみたい」
再生すると、聞き慣れたイントロが流れ始めた。
この前、江川店長に課題として出されたときも聞いたけれど、改めてちゃんと聞いてみると、やっぱり音が多い。
ベース、ドラム、ギター、キーボード。そこにホーンや、いろいろな音が重なっている。
しばらく黙って聞いていると、曲の途中で、やよいさんが口を開いた。
「なに、このベース」
「え?」
「こんなグルーブ、ずっと維持できるのすごくない?」
やよいさんは、スマホの画面を見ながら、少し呆れたような顔をしている。
「確かに……」
私もベースの動きを意識して聞いてみる。派手なことをしているようには聞こえないのに、ずっと曲を前に進めている。
「ギターも、ソロは難しくはないけど……」
奈央が続けた。
「バッキングがカッコよすぎ」
「うん、そうね」私も同意した。
ギターがガンガンと前に出てくるわけではない。でも、いなくなると曲の感じがかなり変わりそうだ。
「ライブ版だと、サックスソロも入るのね」
別のライブ映像を見ながら、私は言った。
「これ、どれのバージョンでやるかを最初に決めて欲しいし、シンセの音作りが大変かも」
私が担当するキーボードは、音色を選ぶだけでも結構考えないといけない。そして最後のほうになると、育美ちゃんが首をかしげた。
「この終わりの英語のところさ」
「うん」
「コーラスいないと、ちょっと淋しくない?」
「確かに」
「それに、最後の男性の裏メロ?これはさすがに無理かも」
「じゃあ、英語の繰り返しを減らして、その分、サックスソロを倍にしましょうか?」
四人で顔を見合わせる。しばらくして、奈央がため息をついた。
「……これ、難しくない?」
「うん」
「仕上げるのに、結構時間かかりそう」
「……だね」
少しだけ、部室の空気が重くなった。
でも、育美ちゃんがすぐに顔を上げた。
「でも、やるしかないじゃん」
「まあね」奈央が笑う。
「せっかく店長が出してくれた課題だし」
「でも、その前にギターの振り分けとか、ちゃんと考えてから練習しないとだめかも」
私は、ライブ映像をもう一度再生した。
「やっぱりバンドでやるならライブ版でやった方がいいよね」
「間奏の部分はスタジオ版みたいにギターソロでいい?」
「私は、終わりのサックスソロをやるわね」
スタジオ版とライブ版を聞き比べて、私は気がついた。
「ねぇこれ、半音キーが違うかも」
「え、ほんと?」奈央がギターで合わせてみる。
「低いね。……」
「じゃあ、キーもライブ版でやる?」
「私、歌の音域はスタジオ版の方が合うと思う」
「じゃあ、演奏はライブ版を参考にして、キーはスタジオ版の方でやろう」
ライブ版の動画をもう一度頭から聞き直してみる。
「やっぱりギターは二本だね」
「二本とも同じことをやるわけじゃないよね」
「そうそう」奈央が画面を見ながら言う。
「こっちはコードカッティングだけど、もう一本は単音で動いてる」
「リズムも違うね」
「うん」
実際に音を追ってみると、二本のギターは同じように弾いているわけではない。それぞれが違う動きをしているからこそ、重なったときに音に広がりが出る。
「じゃあ……」育美ちゃんが少し困った顔をした。
「私、歌いながらカッティングやるの?」
「そこが問題なんだよね」
「私は単音のほう?」奈央が言った。
「これはさすがに歌いながらは絶対無理」
「これ、リズムが結構細かいよ?」
「だから問題なんじゃん」
「うわぁ……」奈央が頭を抱える。
それから私たちは、ギターを二本でどう分けるか、歌いながらどこまで弾けるか、どの部分なら簡略化しても曲として成立するかを、あれこれ話し合った。
「奈央とやよいさんでコーラスできる?」
「私はいいけど」やよいさんが答える。
「奈央は?」
「やってみる」
「じゃあ、そこも練習だね」
こうして、まだ楽器を持っていないのに、課題だけがどんどん増えていった。
「ところで、ゴールデンウィーク中って学校で練習できるよね?」
育美ちゃんが何気なく聞いた。
「あ」奈央が固まった。
「もう休日使用申請の締め切り過ぎてる」
「え?」
「だから、学校使えない」
「じゃあ、スタジオ入るしかないじゃん」
「スタジオ代……」
「お父さんにお小遣い、おねだりしないとだめかも」育美ちゃんがつぶやく。
「そもそも、スタジオ入ってばっかりだと、親に受験勉強してるのかって怒られそう」
「それは……ある」
私たちは顔を見合わせた。
高校三年生。文化祭でバンドをやりたいと言っても、受験のほうが大事なのは当然だ。それでも、やることにした。
私たちは予定を合わせて、スタジオに入った。
最初は、うまくいかなかった。特にギターの二人は、なかなか噛み合わない。
育美ちゃんが歌いながらのカッティングは、どうしても歌につられる。
奈央も単音のバッキングを弾こうとすると、育美ちゃんとは違うリズムを意識しなければならない。
「ちょっと待って」奈央が演奏を止める。
「今の、私、途中でずれたよね?」
「私もずれてたかも」
「じゃあ、もう一回」
また最初からやる。演奏して、止めて、録音したものを聞き直して、また弾く。少しずつ、二人の違うリズムが重なっていく。それでも、まだ完成には遠い。
私もシンセの音色をいくつか試した。
「この音は違う」
「じゃあ、こっちは?」
「うーん……」
やよいさんもベースを弾きながら、全体の音を聞いている。育美ちゃんは歌いながらギターを弾く。奈央は単音のバッキングを入れる。うまくいかなければ止めて、また考える。
演奏して、聞き直して、考えてまた演奏する。そんな練習を連休中、一日おきにスタジオでやっていた。
そして、ゴールデンウィークも半ば、その日の練習が終わったところで、私はスマホを取り出して江川店長にメッセージを送る。
『練習しました。いつでもできます』
しばらくして、返信が来た。
『じゃあ、ゴールデンウィーク最終日の19時。店に来て』
「明後日、ゴールデンウィーク最終日に19時だって」
「了解」
「いよいよだね」
「うん」
私たちは、当日の午後にも最後のスタジオに入ることにした。
ゴールデンウィーク最終日。最後の練習が終わった。
「……ちゃんとできたよね?」育美ちゃんが聞く。
「私たちにしちゃ、上出来だよ!」奈央が答える。
「でも……」私は、少し考えてから言った。
「店長の言う『この曲をどう演奏するか』に、ちゃんと応えられてるのかは、自信ないかも」
「まあ、後はJKのかわいらしさでカバーすれば、おじさんだし大丈夫でしょ」
「それ、カバーになってる?」やよいさんが冷静に突っ込む。
「知らない」奈央が笑った。
私たちは、そんなことを言いながらスタジオを出た。不安は消えていなかった。でも、もうやるしかない。四人で店へ向かった。
店に着くと、小森さんが迎えてくれた。
「いらっしゃい」
「あ、小森さん、こんばんは」
店の中を見ると、いつもよりお客さんが多い。
カウンターには杉山さんがいて、私たちを見ると、「お、来た来た」と笑った。そして、カウンターに置いてあったボードを指さす。
そこには、大きな文字でこう書かれていた。
『本日19時より、カワイイ女子高生バンドのミニライブがあります!』
「……ミニライブ?」私は思わず杉山さんに聞いた。
「ミニライブって何ですか、これは?」
「だって、お客さんがいるんだから、ちゃんと聞かせないとだめでしょ?」
「でも、曲が……」
「ん?」
杉山さんは、何でもないことのように言った。
「店長から『プラスティック・ラブ』やれって言われてるんだよね?」
「はい」
「あと、この前の『真夜中のドア』と『セプテンバー』で三曲できるでしょ?」
「三曲……」
そのとき、厨房から江川店長が出てきた。
「ああ、急遽そうなったから」
「どうしよう。お客さんがいるの?」やよいさんも、少し不安そうな顔をしている。
「店長……」
「俺も曲、聞いて確認したから。この前より、ちゃんと叩くよ」
「え?」私は思わず聞き返した。
すると奈央が、「店長、この前のはちゃんとじゃなくて、あんな演奏するんだ」と言った。
「いや、そういう意味じゃ……」
私が慌てていると、育美ちゃんが明るい声を出した。
「わー、聞いてくれるお客さんがいるなんていいじゃん!」
「そうだよ。私たちの演奏を聞かせようよ!」奈央も続ける。
二人に押されるようにして、私は息を吐いた。
「……うん」やよいさんも小さくうなずいた。
「じゃあ、やるしかないね」
「そういうこと」杉山さんが笑った。
「じゃあ、セッティング始めて」
私たちは、それぞれの楽器を準備し始めた。ギターやベースをアンプにつなぎ、キーボードの電源を入れる。
そして、私は店長のところへ行った。
「店長」
「ん?」
「エンディングなんですけど」
私は、最後の部分のアレンジを説明した。
「こんな感じで終わります」
「了解」
江川店長は短く答えてドラムに座る。私たちも、それぞれの位置についた。全員で顔を見合わせる。
「よし!」
「いこう!」
育美ちゃんがマイクの前に立った。
「こんばんは。私たちは、○○高校軽音楽部のカナリア・コーストです」
少し緊張しているのが分かる。
「これから、ミニライブということで、三曲演奏したいと思いますので、よろしくお願いします!」
店内から拍手が起こった。十人ほどのお客さんが、こちらを見ている。私は一度だけ、深く息を吸った。
「じゃあ、最初の曲は、竹内まりやさんの『プラスティック・ラブ』です」
育美ちゃんが振り返る。江川店長が、ドラムの前で腕を上げた。私たちも、それぞれ楽器を構え、店長がカウントを出す。
ワン、、ツゥー、、ワン、ツゥー、スリー。