♪タカドン♪
最後の曲が終わり、客席から拍手が起こる。私たちは顔を見合わせてから、客席に向かって頭を下げた。
「ありがとうございました!」
演奏中は夢中だったから気づかなかったけれど、終わってみると四人ともかなり息が上がっていた。でも、不思議と疲れよりもやり切ったという気持ちのほうが強かった。拍手が少し落ち着くと、客席から声が飛んできた。
「よかったよ」
「みんなかわいくて、上手だわ」
「最後の曲、すごくよかった」
「またやってよ」
「ありがとうございます!」
育美ちゃんがもう一度頭を下げる。
私たちが練習してきたものを、お客さんがちゃんと聴いてくれていた。それが、なんだか嬉しかった。
ミニライブが終わり、お客さんも帰っていくと店も閉店時間になった。
店内に残ったのは、私たち四人と江川店長、杉山さん、それからカウンターで食器を洗っている小森さんだけだった。
江川さんが、私たちのほうを見る。
「で、お前ら。やりたい演奏はできたか?」
最初に答えたのは育美ちゃんだった。
「はい。もちろん、まだまだですけど……今できることはやれたと思います」
「私も。練習してきたことは出せたかなって」奈央が続く。
「うん。楽しかった」やよいも頷いた。
私は少し考えてから答えた。
「私もです。もっと上手くなりたいですけど……今日、みんなで演奏できてよかったです」
江川さんは、四人を順番に見た。
「そうか」
少し間を置いてから、江川さんが言った。
「なら、受けよう」
「え?」
私たち四人が一斉に顔を上げる。
「俺が、お前らのバンドのサポートに入る」
「ほんとですか!」育美ちゃんが身を乗り出した。
「ただし、条件がある」
「条件?」
「俺が練習に入るのは、基本的に一回おき。多くても月二回までだ」
「はい」
「それから、俺はアレンジを決めたりしない。お前らが考えたものでやる。ただ、明らかに間違っているところとか、変なところがあれば言う」
「はい!」
「それと、俺はサポートだ。バンドのメンバーになるわけじゃない」
育美ちゃんが奈央を見る。奈央もやよいさんを見る。そして、三人とも私を見る。
「いいよね?」
「うん」私は頷いた。
「じゃあ、よろしくお願いします!」
みんなで頭を下げる。
「こちらこそ」江川さんは少し照れくさそうに笑った。
まずは、文化祭で演奏する曲を決めて江川さんに連絡することになった。
「では、決まったら連絡します。今日はありがとうございました」
私たちはメイプル&ローズを後にした。
帰り道、四人で駅まで歩きながら、今日のことを何度も話した。
「まさか本当に店長が一緒にやってくれるとは思わなかった」
「しかも今日の演奏、ちゃんと聴いてくれてたんだよね」
「お客さんにも、よかったって言ってもらえたし」
「もっと練習しないとね」
文化祭までは、まだ時間がある。
今日の演奏で、自分たちにはまだ足りないものがあると思う。でもそれ以上に、もっと演奏してみたいと思った。
今度は四人だけじゃない。江川さんと一緒に。そう考えると、文化祭が遠くではなくなった気がした。
その日の夜。私はベッドに寝転がり、スマホで動画を見ていた。少し前に偶然見つけた曲だった。
今日のミニライブを終えて、改めて思った。文化祭では、これもやってみたい。私は、その動画をもう一度再生した。
★☆★☆★☆
女子高生たちが帰ったあと、小森さんも「お先に~」と帰り、店内には、俺と杉山さんだけが残った。
「まったく……いきなりミニライブなんて、相変わらず無茶ぶりしますよね、俺、慌てて曲を聞き直したんですから」
俺が言うと、杉山さんは悪びれもせず笑った。
「だって、お客さんがいたんだから仕方ないじゃん」
「確かに、連休の最終日の夜なら客入りは少ないと思ったんで、彼女たちを呼ぶ日を今日の夜にしたんですけど、意外とお客さん入ってましたね」
「あぁ、俺が呼んだ人が半分以上だけどね」
「え?杉山さん呼んでたんですか?」
「おう、JKバンドのライブやるぞって言ったら、あいつら喜んで来たしな」
「じゃあ、最初からライブにするつもりだったんですか、はぁ……」
「でも、いい感じだったじゃん?」
「まあ……それはそうですけど」
「それに、お前もやる気になったんだろ?」
「……まあ、それは否定できませんけど」
杉山さんは笑っている。
確かに、俺自身も演奏が始まってしまえば、思った以上に楽しんでいた。
四人とも、それぞれに弱いところはある。まだ高校生なんだから当然だ。でも、演奏そのものは悪くなかった。
何より、俺が思っていた以上に、彼女達はちゃんと音楽と向き合っている。
俺があの子たちに「店長として手伝う」だけなら、今日の演奏を聞いて終わりだったかもしれない。でも、実際に一緒に演奏してみると少し違った。
そして俺は、プロでやっていた頃のことを思い出していた。
バンド時代の後半数年と、その後にサポートで呼ばれた現場でも、基本的には「もらった譜面を正確に演奏する」ことが仕事だった。
もちろん、それが悪いわけじゃない。仕事なんだから、要求されたものをきちんと演奏する。それは当然だ。
でも、あの四人は違った。自分たちで「ここはどう弾く」「ここはこうしたほうがいい」と考えている。
うまくいかなければ、やり直す。音を出して、聴いて、また考える。
演奏を聴き、そんな風に練習してきたのがわかると、いつの間にか自分が忘れかけていたものを思い出させられるような気がした。
だから、力を貸してやってもいいと思った。
「結果的には、ライブにしてよかっただろ?」杉山さんが言う。
「そうですね」俺は店内を見回した。
もし今日、ただあの子たちの演奏を聞いて終わっていたら。
俺はたぶん、あの四人のことを「頑張ってる女子高生」くらいにしか思わなかっただろう。
最初は、俺が少し厳しい条件を出せば、向こうから断ってくるだろうと思っていた。ところが、予想に反して、俺が一緒に演奏してみたいと思う相手になってしまった。
「まあ……一応、感謝しておきますよ」俺がそう言うと、杉山さんが笑った。
「素直じゃないねぇ」
「策士の杉山さんだけには言われたくないですよ」
俺は苦笑しながら、店の片付けを始めた。全部終わって、照明を落とす。
そういえば、最近まともにストロークの練習なんてしていなかったな。久しぶりに、少しやってみるか。そんなことを考えながら、俺は店の鍵を閉めた。
★☆★☆★☆
連休が明けて、学校が始まり、放課後、私たちは部室に集まっていた。今日の議題は、文化祭で演奏する曲をみんなで決める。
「『真夜中のドア』と『プラスティック・ラブ』は決まりとして、あと何やる?」育美ちゃんが言った。
「去年と同じだけ時間がもらえるのなら四曲は用意したいよね」奈央が答える。
「杏里とか?」
「いいね」
「亜蘭知子もあるよね」
「EPOとかも」
いろいろな名前が出てくる。
「男性ボーカルも入れていいなら、オメガトライブとか角松敏生もあるよ」やよいが言った。
「確かに。シティポップって、思ったよりいっぱいあるね」奈央がスマホを眺めながら言う。
私は少し迷ってから口を開いた。
「あのね」
「ん?」
「私、別の時代の曲なんだけど、やってみたいのがある」
「どんな曲?」
「ちょっと見て」
私はスマホをみんなの前に出して動画を再生する。
「へえ……」奈央が画面を見る。
「これ、カッコいいじゃん」
「うん。私もこういうの好き」育美ちゃんも頷いた。
曲が終わる。
「これ、誰の曲?」育美ちゃんが聞いた。
「Velveteen Blueっていうバンド」
「知らないなあ」奈央が首をかしげる。
「私も知らない」育美ちゃんも言った。
やよいさんは少し考えるような顔をした。
「Velveteen Blue……名前は聞いたことあるような気がする」
「私もこの曲、前に偶然見つけたんだけど、すごく好きなんだ」
「じゃあ、やろうよ!」育美ちゃんがすぐに答えた。
「え、いいの?」
「沙織がそこまで推すなら、いいんじゃない?」奈央も笑う。
やよいさんはスマホを触って、もう一度動画を再生させる。
「私、このドラム好きだわ」
「ドラム?」
「うん。なんか店長と似たような感じだよね」
「え、そう?」私は聞き返した。
「うん。間の取り方というか、音の置き方がなんとなく」
「じゃあ、店長に叩いてもらったら面白そうだね」育美ちゃんが言う。
「そうね、ぴったりかもしれないわ」私は笑った。
結局、文化祭でやる四曲が決まった。
松原みきの「真夜中のドア」。
竹内まりやの「プラスティック・ラブ」。
EPOの「土曜の夜はパラダイス」。
そして、Velveteen Blueの「Winter is coming soon」。
「じゃあ、楽譜探さないとね」奈央が言う。
「なかったら、アプリで音源から取っていくしかないね」
「うん」
私たちは、これからの練習の予定も確認した。学校で週に一回練習して、次の週はスタジオで週に一回。江川さんが入るのは一回おきだから、条件にもちゃんと合っている。
「これなら月二回までっていうのも大丈夫だね」育美ちゃんが言った。
「音源の準備ができたら、店長に連絡をとるね」
これから、また新しい曲を練習する。文化祭まで、まだ時間はある。今度は江川さんも一緒だ。そう思うと、ますます楽しみになってきた。
「……あ」突然、育美ちゃんの顔が曇った。
「でも、まず中間テストじゃん……」
「そうだった」奈央も少し遠い目をする。
「私、親から受験勉強もしっかりやれって言われてる」
私も同じだった。やよいも黙って頷いている。
「まあ、何とかなるでしょ」奈央だけが、いつもの調子で言った。
「その自信、どこから来るの?」育美ちゃんが呆れたように言う。
私たちは顔を見合わせて、笑った。
文化祭までは、まだ時間はある。でも、その前に越えなきゃいけないものも、いくつかあるらしい。
Velveteen Blueの「Winter is coming soon」は、全くの架空バンド名で、曲名は自分が活動しているバンドの曲名を流用しています。