店長!注文は「バンド」です。   作:シン_クワちゃん

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第八話「歌いやすいドラム」

私は、息をするのも忘れてステージを見つめていた。

透明感のある歌声が、店内に伸びていく。高橋さんのピアノも、加藤さんのベースも、音が濁らない。三人とも、それぞれがしっかりと演奏しているのに、音がぶつかる感じがまったくしない。

そして、ときどき三人が目を合わせる。

ピアノが少し前に出る。ベースがそれに合わせる。江川さんのドラムが、そこに自然に寄り添う。かと思えば、全員がすっと引いて、種村さんの歌を前に出す。

それを、まるで打ち合わせでもしていたみたいに、笑顔でやっている。

これが、プロなんだ。

演奏そのものが上手いのはもちろんだけど、それだけじゃない。相手が何をしようとしているのかを感じて、それに合わせて自分の演奏を変えている。

私たちが練習で「ここはこうしよう」と決めて練習してやっていることを、ステージの上で自然にやってしまっている。

何曲か演奏され、気がつけば最後の曲が終わっていた。店内に拍手が広がる。

種村さんたちが頭を下げ、江川さんもドラムセットから立ち上がった。そして、四人がこちらへ戻ってくる。

「いやあ、やっぱり店でやるのは楽だな」江川さんが笑いながら言った。

「何言ってるのよ。ちゃんとお客さんいるじゃない」種村さんが笑う。

その二人のやり取りを見ていると、さっきまでステージの上で演奏していた人たちと、目の前にいる人たちが同じ人なのが不思議な感じがした。

「そういえば、早田さんには紹介してなかったな」

江川さんが私を見る。

「こちら、種村敦美。プロで歌ってる」

「よろしくね」

種村さんが笑顔を向けてくれた。

「あ、はい。よろしくお願いします」

「高校生よね? あなたも音楽やってるの?」

「はい。高校の軽音部でバンドを組んでいて、キーボードをやっています」

「へえ。じゃあ、さっきの演奏も見てくれてたのね」

「はい……」

私は少し緊張しながら、言葉を探した。

「ピアノトリオの演奏って、ちゃんと聴いたことがなかったんですけど……すごくきれいでした。それに、種村さんの歌も……」

「声がすごく伸びていて、演奏の音もしっかり聞こえるのに、歌がちゃんと前に出ていて……すごいなって」

「ありがとう」

言ってから、自分でも少し誉めすぎたかなと思ったけど、種村さんは嬉しそうに笑った。

「音楽やってる子にそう言ってもらえると嬉しいわ」

私たちが文化祭で江川さんにドラムを叩いてもらうことは、なぜか言い出せなかった。

 

★☆★☆★☆

 

ライブが終わり客も引けたので、俺はカウンターの中でグラスを拭いていた。

「店長」

小森が声をかけてくる。

「ん?」

「種村さん、最近よく来ますよね」

「そうだな」

「やっぱり、また一緒にやりたいんじゃないですか?」

「さあな」

俺は曖昧に答えた。

 

「江川君」

種村がテーブルからカウンターに来て、俺を見る。

「最近は、お店以外でドラムやってるの?」

「いや。ほとんどやってないよ」

「そう」

「種村さん、店長ね今度、女子高生とバンドやるんですよ?」

 小森が、突然口を挟んだ。

「……お前、なんで今それを言うんだよ」

「だって本当でしょ?」

「女子高生とバンド?」

 種村の表情が変わった。

「何それ?」

「いや、だから……」

「あなた、高校生なんかとバンドやるの?」

 少し不機嫌そうな声だった。

 その場にいた早田さんが、困ったような顔をする。

「……実は、私たちです」

「え?」

「江川さんにドラムをお願いしているの、私たちなんです」

 早田さんが頭を下げた。

「すみません。高校最後の文化祭でバンドをやりたいんですけど、ドラムがいなくて……それで、偶然このお店と江川さんのことを知って、私たちが半ば無理やりお願いしたんです」

「そうだったの」

 種村は、少し気まずそうに早田さんを見る。

「それで、どんな曲やるの?」

「シティポップです」

「あなたたちがシティポップ?」

「はい」

「なんでまた、そんな昔の曲を?」

 そこから種村の質問が始まった。 どんな曲をやるのか。どうしてシティポップなのか。 俺と一緒に演奏してみてどうなのか。早田さんは、ひとつひとつ丁寧に答えていた。

 

「今度、一回聞かせてよ、沙織ちゃん」

「はい、じゃあもし来れたら文化際に来てください」

「それにしても……」

 敦美が俺を見る。

「江川君のドラムはねぇ、とっても歌いやすいの」

「そうだと思います」

「バンドが解散してからは、私、主にジャズの曲をやることが多いんだけど、たまにポップスをやると、なんか違うのよね。ジャズのドラムって」

 敦美は少し考えるように言葉を続けた。

「ポップスを叩かせたら、この人より歌いやすいドラムはなかなかいないわよ」

「だから私は……」

 しかし、その先は言わなかった。

 

 早田さんが少し考えてから、口を開く。

「私たちがプロの人たちに及ばないことは分かっています。でも、高校最後の文化祭なので、私たちなりに一生懸命やって、いい演奏をしたいと思っています」

「あ、そう、うんまあ、そうよね」

 敦美は淡々と答えた。

 

★☆★☆★☆

 

 その翌日。

 放課後、私たちは部室に集まった。

 でも、明日からは期末テストの準備期間に入るため、部活動はしばらく活動停止になる。

「今週のスタジオは休みにしよう」やよいさんが言った。

「うん。テストもあるしね」私も頷いた。

 結局、私たちは勉強を優先することにした。

 

 

 テストが終わり、結果も出たところで、今度は夏休みの練習について話し合った。

「私、夏休みは予備校の夏期講習に行けって言われた」

 やよいさんが、面倒そうに言う。

「私は補習」奈央が手を挙げた。

「赤点?」

「……そう」

「じゃあ、奈央の補習が終わるまでは、練習できないね」

「うん」

「その後は、やよいさんの予定に合わせよう」育美ちゃんがまとめる。

 こうして、夏休みに入ってもしばらくは練習をしないことになった。

 

 

 夏休みに入って少し経ったころ、私は育美ちゃんと一緒に買い物に出かけた。

 その帰りに、メイプル&ローズへ寄る。

 

「こんにちは」

「あら、いらっしゃい」小森さんが迎えてくれた。

「江川さんは?」

「今は仕入れに出てるよ」

「そうなんですか」

 私たちはカウンター席に座った。

「そういえばさ」

 小森さんが、少し楽しそうに話し始めた。

「この前来た女の人、店長とずいぶん親しそうだったでしょ?ほら、種村さん、歌手の」

「この前の歌手って、それはいったいなに?もしかしてプロの人?プロの歌手がここで歌ったの?」育美ちゃんが反応した。

「そう、私もそのライブを見させてもらったけど、もう世界が違うって感じ」

「なにそれ、私聞いてないよ」

「この前、文化祭の代わりの曲の譜面を渡しに来た時にライブがあって、歌ってくれたのよ」

「江川さんが叩いたの?バンドで?どんなバンド?」

「あ、えっと、演奏はピアノとベースとドラムで、皆さんとても上手で聞きほれちゃった」

「種村さん……プロの歌手かぁ……私、歌うの好きだからちょっと憧れます」

 そのときだった。

「こんにちは」

 店の入口が開き、声がした。

「あら、噂をすればだ」

 小森さんが振り向く。

「種村さん、いらっしゃいませ」

「江川君は?」

「今は、仕入れに行ってますよ」

「そう……」

 種村は少し残念そうな顔をした。

 私は思わず声をかけた。

「種村さん」

「あら、あなた、この前の……確か沙織ちゃん」

「はい。それで、彼女も江川さんにドラムをお願いしているバンドのメンバーです」

 育美ちゃんも頭を下げる。

「長谷部育美です。私そのバンドで、ギターを弾きながら歌っています」

「そうなの?」

「はい。種村さんみたいなプロの歌い手さんって、やっぱりすごいなって思います」

「ふふ。ありがとう」

 最初は少しぎこちなかったけれど、育美ちゃんが歌の話を始めると、種村さんもだんだん表情を柔らかくしていった。

 私も、自分が子どものころからピアノをやっていたことを話した。

 コンクールに出たこともある。でも、中学まででクラシックはやめて、高校から軽音部に入ったのは、昔から好きだったポップスを今度はバンドで演奏してみたいと思ったからだ。

 

「そうなのね」

 種村さんは、私の話を聞いていた。

「ちゃんと音楽のこと考えてるのね」

「そんな……」

 私は少し照れた。そのとき、ふと思い出した。

「そういえば……」

「なに?」

「私たちが文化祭でやる曲の中に『Winter is coming soon』っていう曲を候補に入れていたんですけど」

「江川さん、どうしてもやりたくないみたいで……。でも理由は聞かない方がいいって言われて……」

 種村さんの表情が変わった。

「Winter is coming soon?」

「はい」

「その曲はね、江川君と私がいたVelveteen Blueってバンドの曲よ」

「Velveteen Blue?」

「あ、確かそんなバンド名……って、江川さんと種村さんがいたバンドだったんですか?」

「そうよ、逆にあなたたちが、その曲を知っていた事の方が驚きだわ」

「動画配信サイトで、私がたまたま見つけて、すごくオシャレでカッコいいって思って……」

「沙織、江川さんたちの曲って知っててやろうって言ったの?」

「ううん、全然知らなかった」

「そう言えば、やよいさんがドラムが江川さんぽいって言ってなかった?」

「うん、言ってた」

「ぽいじゃなくて、本人だったのか」

「あの曲は、作詞も江川君よ」

「え、江川さんって作詞もやるんですね」

「確か、とても幸せそうな女の子って感じの歌詞だったような……」

「江川さんって、なんかすごいね」

 

 少し間を置いて、種村さんが呟いた。

「私ね、あの曲はとても好きだったのよ」

「そうなんですか?」

「ええ。でも、あの曲を出したころからバンドがもめちゃって……結局、解散することになったの」

 私は黙ってしまった。江川さんが、あの曲を嫌がった理由が少し分かった気がした。

 曲そのものが嫌いだったわけじゃない。その曲の周りで起きたことが、江川さんにとって嫌な記憶になっているんだ。

 

「できることなら、また歌いたいんだけどね」

 種村さんが、少し遠くを見るように言った。

 私は何も言わなかった。思い浮かぶことはあるけれど、それは私の想像でしかない。

 ただ、江川さんが『Winter is coming soon』を断った理由が、曲そのものではないことだけは分かった。

 

 そのとき、店のドアが開いた。

「ただいま」

 江川さんが戻ってきた。

「あ、江川君」

 種村さんが立ち上がる。

「沙織ちゃんたちから聞いたわ」

「何を?」

「Winter is coming soonのこと」

 江川さんが一瞬、困ったような顔をした。

「……そうか」

「私、あの曲が好きだったのよ」

「そうか」

「だから、また歌いたいの」

「もしできるなら、江川君のドラムでね」

 種村さんが、少しだけ身を乗り出す。

「……そう言われてもな」

「もちろん分かってるわよ。でも、私が歌いたいって思うのもわかって欲しいわ」

 江川さんは少し黙ったあと、私たちを見る。

「悪かったな。二人とも」

「え?」

「曲を変えてもらったこと」

「もう済んだことですから」私は首を振った。

「そうですよ」育美ちゃんも笑った。

「それで実は……」私は現状を話すことにした。

「実は奈央、東田さんが期末テストで赤点をとってしまい、夏休みも補習があるんです」

「補習?」

「なんかね、最初数学って言ってたのに、実は物理もなんだって」

「そうなんです。だからほぼ毎日学校に行っているらしくって……」

「じゃあ、今は東田さんの補習があるから、まだ練習はできないんだな」

「はい。お盆明けの水曜日にはやりたいです」

「そうか、まぁ学生だしな。しかし、彼女は赤点かぁ」

 江川さんが頷いた。

 すると、種村さんが少し拗ねたような顔をする。

「いいわよね~。女子高生とバンドなんて。おばさんはもう用なしなのかしら?」

「なにを言ってる。この前、一緒にやったじゃんか」

「そうだけど、ジャズの定番曲ばかりだったじゃない」

「俺は、どんな曲でもお前とやるのは楽しいよ」

「……そう」

種村さんの顔が、少し赤くなった。

私は二人を見ていた。

江川さんは、種村さんとまた一緒に演奏することを嫌がっているわけではない。でも、あの曲については、まだ何か引っかかっているようだった。

種村さんは、もう一度歌いたいと言っている。二人の話を聞いているうちに、私はふと思いついたことがある。

けれど、それを口にするのは、まだ早い気がした。

 

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