神々の剣士は電脳都市で生きる   作:アイエオ

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第十話 爆炎の向こう側

神々の剣士、命の値段を知る

 爆発が起きた。

 

 それは、俺が車両へ飛び込んだ直後のことだった。

 

 視界が白く染まる。

 

 次いで、耳をつんざく轟音。

 

 空気が膨れ上がり、灼熱の衝撃が周囲へ広がっていく。

 

 ――間に合わなかった。

 

 そう理解した瞬間、俺は咄嗟に剣を構えた。

 

 狙うのは爆発物ではない。

 

 その手前にある車体の一部。

 

 爆発そのものを止められないなら、せめて被害の向きを変える。

 

「――はああっ!」

 

 全身の力を込め、剣を振り抜いた。

 

 神造の刃が金属を断ち切る。

 

 車体が裂け、火花が散った。

 

 だが、爆発は止まらない。

 

 俺は切断した車体の一部を蹴り飛ばした。

 

 重い金属片が、爆発の中心へ向かって跳ぶ。

 

 次の瞬間。

 

 衝撃波が俺を飲み込んだ。

 

「――っ!」

 

 身体が宙へ浮く。

 

 背中に強烈な衝撃。

 

 視界が回転した。

 

 地面。

 

 空。

 

 建物。

 

 炎。

 

 それらが一瞬のうちに入れ替わる。

 

 俺は反射的に身体を丸めた。

 

 そして、アスファルトへ叩きつけられた。

 

「……がっ!」

 

 肺から空気が押し出される。

 

 痛い。

 

 かなり痛い。

 

 だが、意識はある。

 

 俺はすぐに身体を起こそうとした。

 

「……っ!」

 

 左肩に鋭い痛みが走る。

 

 ……骨が折れたか?

 

 いや、動く。

 

 少なくとも、完全に砕けてはいない。

 

 右脚にも痛みがある。

 

 頬には熱いものが流れていた。

 

 血だろう。

 

 俺は歯を食いしばった。

 

 そして、地面へ手をつく。

 

 豊穣の女神の加護。

 

 大地に触れている限り、俺の身体は少しずつ癒やされていく。

 

 だが、ここはアスファルトだ。

 

 自然の土の上ほど、回復は速くない。

 

 それに、爆発による損傷は軽くない。

 

 ……すぐには治らないな。

 

 俺は静かに息を吐いた。

 

 そして、顔を上げた。

 

「……輸送車は?」

 

 最初に確認したのは、それだった。

 

     ◇

 

 黒煙の向こうに、輸送車両が見えた。

 

 車体の前部が大きく損傷している。

 

 フロントガラスには亀裂。

 

 側面の装甲にも、いくつもの傷が刻まれていた。

 

 だが。

 

 ……燃えていない。

 

 俺は安堵した。

 

 爆発の直撃は避けられたらしい。

 

 先ほど切断して蹴り飛ばした車体の一部が、多少は衝撃を受け止めたのかもしれない。

 

 もっとも、どこまで効果があったのかは分からない。

 

 ただ、輸送車両が原形を保っている。

 

 それだけでも、今は十分だった。

 

「――カイ!」

 

 声がした。

 

 振り返る。

 

 煙の向こうから、レナが走ってくる。

 

 銃を片手に持ち、周囲を警戒しながら近づいてきた。

 

「……生きてる!?」

 

「……何とか」

 

 俺は苦笑した。

 

 レナは俺の姿を見て、顔を引きつらせた。

 

「何とかって……!」

 

 彼女は俺の肩に手を伸ばしかけ、途中で止めた。

 

「……血、出てるじゃない!」

 

「少しな」

 

「少しじゃないでしょ!」

 

 俺は頬に触れた。

 

 指先に血がつく。

 

 確かに、少し多いかもしれない。

 

 だが、致命傷ではない。

 

 元の世界では、もっと酷い怪我をしたこともある。

 

 それに比べれば、まだ動ける。

 

「……それより、マーカスたちは?」

 

 俺が尋ねると、レナは一瞬、言葉を詰まらせた。

 

「……運転手が怪我した」

 

 俺の表情が変わった。

 

「……どれくらい?」

 

「分からない。頭を打ったみたいで、意識がはっきりしてない」

 

 俺はすぐに立ち上がろうとした。

 

「……っ!」

 

 左肩に痛みが走る。

 

 レナが慌てて支えてくれた。

 

「ちょっと! 無理しないで!」

 

「……大丈夫だ」

 

「どこがよ!」

 

 俺は苦笑した。

 

 だが、今は休んでいる場合ではない。

 

「……運転手のところへ案内してくれ」

 

 レナは俺を見つめた。

 

 そして、短く息を吐いた。

 

「……分かった」

 

 彼女は俺の身体を支えながら、輸送車両へ向かった。

 

     ◇

 

 運転席では、マーカスが負傷した運転手を支えていた。

 

「――おい! しっかりしろ!」

 

 男の声が響く。

 

 運転手は四十代ほどの男性だった。

 

 額から血を流し、目を閉じている。

 

 呼吸はある。

 

 だが、意識は薄いらしい。

 

「……マーカス」

 

 俺が声をかけると、男が振り返った。

 

「……カイ!?」

 

 目を見開く。

 

「お前、生きてたのか!」

 

「……何とか」

 

 俺は答えた。

 

 そして、運転手へ視線を向ける。

 

「……状態は?」

 

「頭を打った。呼吸はあるが、反応が鈍い」

 

 俺は頷いた。

 

 ……頭部の負傷か。

 

 厄介だ。

 

 元の世界でも、頭の怪我は慎重に扱う必要があった。

 

 外から見える傷が小さくても、内部で深刻な損傷が起きていることがある。

 

 俺は運転手の隣に膝をついた。

 

「……少し、診てもいいか?」

 

 マーカスが俺を見る。

 

「……お前、医療もできるのか?」

 

「専門家じゃない」

 

 俺は正直に答えた。

 

「でも、多少の手当てはできる」

 

 マーカスは一瞬、迷った。

 

 だが、すぐに頷いた。

 

「……頼む」

 

 俺は運転手の額へ手を伸ばした。

 

 そして、意識を集中させる。

 

 昼と太陽の神から授かった奇跡。

 

 ――陽光の奇跡。

 

 神の力を借り、傷ついた肉体を癒やす祝福。

 

 俺の指先に、淡い金色の光が灯った。

 

「……!」

 

 マーカスが息を呑む。

 

 レナも目を見開いた。

 

「……何、それ」

 

 俺は答えなかった。

 

 今は集中する必要がある。

 

 光が、運転手の身体を包み込む。

 

 温かな輝き。

 

 それは、傷ついた肉体へ静かに染み込んでいった。

 

 額から流れていた血が止まる。

 

 浅い裂傷が閉じていく。

 

 運転手の呼吸が、少しずつ落ち着いた。

 

「……っ」

 

 男の指が動いた。

 

 俺はさらに意識を集中させる。

 

 頭部の損傷。

 

 意識の混濁。

 

 それらが改善するように、奇跡の力を注ぎ込む。

 

 だが、俺には医学的な診断能力があるわけではない。

 

 どこまで回復したのか、完全には分からなかった。

 

 だからこそ、慎重に力を使う。

 

「……う……」

 

 運転手が小さく呻いた。

 

 そして、ゆっくりと目を開けた。

 

「……ここは……?」

 

 マーカスが顔を上げた。

 

「……おい!」

 

 運転手の肩に手を置く。

 

「分かるか!? 俺だ、マーカスだ!」

 

「……ああ……」

 

 運転手が弱々しく頷いた。

 

 俺は安堵した。

 

 少なくとも、意識は戻った。

 

 だが、完全に治ったと判断するのは早い。

 

「……無理に動かさない方がいい」

 

 俺はマーカスに告げた。

 

「頭を打ってる。医療機関で診てもらった方がいい」

 

 マーカスは頷いた。

 

「……分かった」

 

 そして、俺を見た。

 

 その目には、驚きと困惑が浮かんでいた。

 

「……お前、今……何をした?」

 

 俺は少し考えた。

 

 どう説明したものか。

 

 魔法。

 

 奇跡。

 

 神々の祝福。

 

 どれも、この世界の人間には馴染みがないだろう。

 

 俺は小さく息を吐いた。

 

「……治療の技術だよ」

 

 そう答えた。

 

 マーカスはしばらく俺を見つめていた。

 

 そして。

 

「……そんな技術、見たことねえぞ」

 

 低く呟いた。

 

 ……だろうな。

 

 俺は苦笑するしかなかった。

 

     ◇

 

 運転手の意識が戻ったことで、少しだけ状況は落ち着いた。

 

 だが、戦闘はまだ終わっていない。

 

 周囲では、断続的に銃声が響いている。

 

 爆発によって敵も混乱しているらしいが、完全に撤退したわけではなかった。

 

「……マーカス」

 

 俺は声をかけた。

 

「……何だ?」

 

「車は動くか?」

 

 マーカスは運転席を確認した。

 

 端末を操作する。

 

 数秒後。

 

「……エンジンは生きてる」

 

 男は頷いた。

 

「だが、前部の装甲が損傷してる。長くは持たねえかもしれない」

 

「……それでも、動けるなら十分だ」

 

 俺は答えた。

 

 マーカスが眉をひそめる。

 

「……どうする気だ?」

 

「道を開ける」

 

 俺は静かに言った。

 

「……まだ、そのつもりか?」

 

「ああ」

 

 俺は頷いた。

 

「ここに留まれば、また爆発物を使われるかもしれない」

 

 マーカスは黙り込んだ。

 

 俺は続ける。

 

「それに、積み荷は医療用品なんだろ?」

 

「ああ」

 

「だったら、待ってる人間がいるはずだ」

 

 マーカスの表情が変わった。

 

 俺は静かに言った。

 

「……届けよう」

 

 しばらく沈黙が続いた。

 

 そして。

 

「……分かった」

 

 マーカスが頷いた。

 

「やるぞ」

 

 俺は小さく笑った。

 

「……ああ」

 

     ◇

 

 俺は再び車外へ出た。

 

 左肩にはまだ痛みが残っている。

 

 だが、先ほどよりは動ける。

 

 豊穣の女神の加護が、少しずつ傷を癒やしているのだろう。

 

 それに、陽光の奇跡を使ったことで、周囲の仲間にも多少の回復効果が及んでいるはずだ。

 

 ただし、奇跡を使い続ければ精神的な疲労が蓄積する。

 

 今の俺には、無制限に使える力ではない。

 

 ……短期決戦だな。

 

 俺は剣を抜いた。

 

 前方を見る。

 

 爆発によって、道路の一部が大きく損傷している。

 

 だが、バリケードの車両はまだ残っていた。

 

 その向こうには、武装した男たちが数人。

 

 俺は静かに息を吐いた。

 

 ……さて。

 

 どうするか。

 

 正面から突っ込めば、また銃撃を受ける。

 

 それに、先ほどのような爆発物が残っている可能性もある。

 

 俺は周囲を見回した。

 

 道路脇。

 

 建物。

 

 コンテナ。

 

 そして、倒れている車両。

 

 ……あれか。

 

 俺は目を細めた。

 

 バリケードの一台は、先ほどの爆発で大きく傾いている。

 

 車輪の一部が浮き、車体が不安定になっていた。

 

 あれなら、少し力を加えれば動かせるかもしれない。

 

 俺は地面を蹴った。

 

 煙の中を走る。

 

 銃声。

 

 弾丸が近くの壁を叩く。

 

 俺は身体を低くし、車両の陰へ滑り込んだ。

 

 そして、車体の下部へ手をかける。

 

「……ふんっ!」

 

 全身に力を込めた。

 

 金属が軋む。

 

 車体が、ゆっくりと動き始める。

 

 ……重い。

 

 だが、先ほどよりは動かしやすい。

 

 俺はさらに力を込めた。

 

 車体が傾く。

 

 そして。

 

 轟音。

 

 バリケードの車両が、道路脇へ倒れ込んだ。

 

 道が開いた。

 

「――マーカス!」

 

 俺は叫んだ。

 

「――今だ!」

 

 輸送車両のエンジン音が高まる。

 

 黒い車体が、ゆっくりと動き始めた。

 

 俺はすぐに側面へ回り込む。

 

 銃声。

 

 敵がこちらへ向けて撃ってくる。

 

 俺は剣を構えた。

 

 だが、敵へ向かって突進するつもりはない。

 

 目的は、輸送車両を守ることだ。

 

 俺は車両の横を走りながら、周囲を警戒した。

 

 そして。

 

 前方に現れた男の銃を、剣で叩き落とした。

 

「――っ!?」

 

 男が驚く。

 

 俺はその隙に、肩を掴んで地面へ投げた。

 

 さらに、別の男が銃を向ける。

 

 俺はすぐに横へ跳んだ。

 

 銃声。

 

 弾丸が地面を叩く。

 

 俺は男の懐へ潜り込み、柄頭で腹を打った。

 

「がっ!」

 

 男が崩れ落ちる。

 

 これで、前方の脅威はほぼ排除できた。

 

「――カイ!」

 

 レナが叫んだ。

 

「乗って!」

 

 輸送車両の側面扉が開いている。

 

 俺は地面を蹴った。

 

 そして、走行中の車両へ飛び乗った。

 

 扉が閉まる。

 

 直後。

 

 車両が加速した。

 

 後方から銃声が響く。

 

 だが、距離は少しずつ離れていった。

 

 俺は壁にもたれかかり、静かに息を吐いた。

 

「……ふう」

 

 レナが俺を見つめている。

 

「……あんた」

 

「……何だ?」

 

「……本当に、人間?」

 

 俺は一瞬、言葉に詰まった。

 

 そして、苦笑した。

 

「……そのつもりだけどな」

 

 レナは額に手を当てた。

 

「……信じられない」

 

 マーカスも、運転席から声を上げた。

 

「……エリオットの野郎、とんでもねえ奴を寄越しやがった!」

 

 俺は小さく笑った。

 

 だが、すぐに表情を引き締める。

 

「……まだ終わってない」

 

 マーカスが頷いた。

 

「ああ」

 

 俺は窓の外を見た。

 

 ナイトシティの街並みが、再び流れ始めている。

 

 高層ビル。

 

 巨大な広告。

 

 そして、無数の車。

 

 ……ようやく、抜けたか。

 

 だが、油断はできない。

 

 目的地に着くまでは、仕事は終わらないのだから。

 

     ◇

 

 それから、しばらく走った。

 

 幸い、追撃はなかった。

 

 マーカスは何度かルートを変更し、敵の追跡を警戒していた。

 

 レナも窓の外を見張っている。

 

 俺は座席に腰を下ろし、身体の状態を確認した。

 

 左肩。

 

 右脚。

 

 頬の傷。

 

 どれも、少しずつ回復している。

 

 だが、完全ではない。

 

 特に左肩は、まだ動かすと痛みが走る。

 

 ……しばらくは無茶を控えた方がいいな。

 

 俺は小さく息を吐いた。

 

 そのとき。

 

「……カイ」

 

 レナが声をかけてきた。

 

「ん?」

 

「……さっきの光、何だったの?」

 

 俺は目を瞬かせた。

 

「……光?」

 

「運転手を治したときの」

 

 ああ。

 

 陽光の奇跡のことか。

 

 俺は少し考えた。

 

 どう説明すべきだろう。

 

 この世界には、魔法という概念がないわけではない。

 

 少なくとも、娯楽作品としては存在しているはずだ。

 

 だが、現実に魔法を使う人間はいない。

 

 ましてや、神々の奇跡など。

 

「……昔、教わった技術だよ」

 

 俺はそう答えた。

 

 レナは眉をひそめた。

 

「……誰に?」

 

「……恩人に」

 

 嘘ではない。

 

 昼と太陽の神は、俺にとって恩人の一人だ。

 

 ただし、その正体を話すつもりはなかった。

 

 レナはしばらく俺を見つめていた。

 

 そして、ため息をついた。

 

「……まあ、いいわ」

 

 俺は少し驚いた。

 

「……いいのか?」

 

「無理に聞いても、答えないんでしょ?」

 

「……まあな」

 

 俺が頷くと、レナは笑った。

 

「だったら、今はそれでいい」

 

 そして、少し真剣な顔になる。

 

「……でも、ありがとう」

 

 俺は目を瞬かせた。

 

「……何が?」

 

「運転手を助けてくれたこと」

 

 レナは静かに言った。

 

「……あのままだったら、危なかったかもしれない」

 

 俺は少し考えた。

 

 そして、頷いた。

 

「……助かってよかった」

 

 レナは微笑んだ。

 

「……本当にね」

 

     ◇

 

 目的地に到着したのは、それから一時間ほど後だった。

 

 サントドミンゴの外れ。

 

 古びた建物が立ち並ぶ一角。

 

 その中に、小さな診療所があった。

 

 外壁はひび割れ、看板の一部は壊れている。

 

 だが、入口には明かりが灯っていた。

 

 そして、建物の前には数人の人間が集まっていた。

 

「……着いたぞ」

 

 マーカスが言った。

 

 輸送車両が停止する。

 

 俺は窓の外を見た。

 

 診療所の入口から、白衣を着た女性が駆け出してくる。

 

「――マーカス!」

 

 女性が叫んだ。

 

「無事だったの!?」

 

「……まあ、何とかな」

 

 マーカスが苦笑した。

 

 女性は車両の損傷を見て、顔を青くした。

 

「……何があったの?」

 

「襲撃だ」

 

 マーカスが答える。

 

「だが、荷物は無事だ」

 

 女性は息を呑んだ。

 

 そして、目に涙を浮かべた。

 

「……よかった」

 

 その声には、心からの安堵が込められていた。

 

 俺は静かに車を降りた。

 

 女性がこちらを見る。

 

「……あなたは?」

 

「護衛の一人だよ」

 

 俺は答えた。

 

 女性は目を丸くした。

 

「……こんなに若い子が?」

 

「……十六歳だ」

 

 俺は苦笑した。

 

 どうやら、この反応にも慣れる必要がありそうだ。

 

 女性はしばらく俺を見つめていた。

 

 そして、深く頭を下げた。

 

「……ありがとう」

 

 俺は少し驚いた。

 

「……何が?」

 

「薬を届けてくれて」

 

 女性は静かに言った。

 

「……ここには、治療を待っている人がたくさんいるの」

 

 俺は診療所の中を見た。

 

 狭い待合室。

 

 古びた椅子。

 

 そして、そこに座る人々。

 

 子供。

 

 老人。

 

 怪我をした労働者。

 

 疲れ切った顔の女性。

 

 その誰もが、何かを待っているようだった。

 

 俺は静かに息を吐いた。

 

 ……なるほど。

 

 この荷物は、彼らのためのものだったのか。

 

 俺は小さく笑った。

 

「……間に合ってよかった」

 

 女性は頷いた。

 

 そして、再び頭を下げた。

 

「……本当に、ありがとう」

 

     ◇

 

 荷物の搬入が終わる頃には、すでに昼を過ぎていた。

 

 マーカスは依頼人と最終確認を行い、報酬の手続きを進めている。

 

 レナは運転手の様子を見に行った。

 

 俺は診療所の外にあるベンチへ腰を下ろしていた。

 

 左肩が、まだ少し痛む。

 

 だが、休んでいるうちに回復していくだろう。

 

 俺は空を見上げた。

 

 青空。

 

 その向こうには、巨大な建物の輪郭が見える。

 

 ……不思議な世界だ。

 

 神々の祝福がなくても、人々はさまざまな技術を生み出している。

 

 病気を治す薬。

 

 失った手足を補う機械。

 

 遠く離れた場所と通信する装置。

 

 どれも、元の世界では考えられないほど発達している。

 

 だが。

 

 それでも、救われない人間がいる。

 

 金がなければ治療を受けられない。

 

 薬がなければ病気を治せない。

 

 そして、薬を運ぶだけでも命がけになる。

 

 ……どこの世界も、同じか。

 

 俺は小さく息を吐いた。

 

 そのとき。

 

「……カイ」

 

 声がした。

 

 振り返る。

 

 マーカスが立っていた。

 

 手には、小さな封筒。

 

「……報酬だ」

 

 俺は立ち上がった。

 

「……ありがとう」

 

 封筒を受け取る。

 

 中には、現金が入っていた。

 

 千五百エディー。

 

 約束どおりの金額だ。

 

 俺は数を確認し、頷いた。

 

「……確かに」

 

 マーカスは俺を見つめていた。

 

 そして、低く笑った。

 

「……なあ、カイ」

 

「ん?」

 

「お前、これからも傭兵をやるつもりか?」

 

 俺は少し考えた。

 

 そして、頷いた。

 

「……そのつもりだ」

 

 マーカスは笑った。

 

「……そうか」

 

 男は俺の肩を軽く叩こうとして、途中で手を止めた。

 

 怪我をしていることを思い出したらしい。

 

「……次に仕事を受けるときは、もう少し報酬を高く設定してもらえ」

 

 俺は眉をひそめた。

 

「……どういう意味だ?」

 

 マーカスは苦笑した。

 

「今回の仕事、お前がいなかったら全滅してたかもしれねえ」

 

 俺は黙って聞いていた。

 

「……千五百エディーじゃ、安すぎる」

 

 その言葉に、俺は少し驚いた。

 

「……そうなのか?」

 

「ああ」

 

 マーカスは頷いた。

 

「お前の腕なら、もっと稼げる」

 

 俺は少し考えた。

 

 そして、笑った。

 

「……覚えておくよ」

 

 マーカスも笑った。

 

「……ああ」

 

     ◇

 

 その日の夕方。

 

 ナイトシティの一角。

 

 薄暗い事務所の中で、一人の男が通信端末を眺めていた。

 

 画面には、短い報告が表示されている。

 

『護衛任務完了』

 

『積み荷、無事到着』

 

『輸送車両、損傷あり』

 

『護衛対象、負傷者一名』

 

『対象カイ、戦闘能力極めて高し』

 

 男は小さく笑った。

 

「……やってくれたな」

 

 画面を切り替える。

 

 そこには、戦闘映像が映し出されていた。

 

 黒髪の少年。

 

 長剣。

 

 銃を持った男たち。

 

 そして、車両を動かす異常な怪力。

 

 男はしばらく映像を眺めていた。

 

 さらに、別の映像へ切り替える。

 

 輸送車両の内部。

 

 負傷した運転手。

 

 そして、その頭へ手をかざす少年。

 

 淡い金色の光。

 

 男の目が細くなった。

 

「……今度は治療か」

 

 低く呟く。

 

 昨日は電撃。

 

 今日は治療。

 

 しかも、どちらも既存のサイバーウェアとは異なるように見える。

 

 男は椅子にもたれかかった。

 

「……ますます分からねえな」

 

 だが、その声には楽しげな響きがあった。

 

「……カイ」

 

 男は画面の少年を見つめた。

 

「お前、一体何者なんだ?」

 

 答えは、まだ分からない。

 

 だが、一つだけ確かなことがある。

 

 この少年には、価値がある。

 

 それも、相当な価値が。

 

 男は通信端末を操作した。

 

 そして、短いメッセージを送信する。

 

『エリオット。次の仕事を用意しろ』

 

 少し考え、もう一文を追加した。

 

『今度は、本人と直接話してみたい』

 

 送信。

 

 男は小さく笑った。

 

 ナイトシティ。

 

 欲望と暴力が渦巻く街。

 

 その裏社会で、一人の少年の名前が、少しずつ知られ始めていた。

 

 神々の剣士。

 

 カイ。

 

 彼の物語は、まだ始まったばかりだった。

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