神々の剣士、守るべき日常
ナイトシティでは、誰かに目をつけられること自体が危険だ。
強いから狙われる。
金を持っているから狙われる。
珍しい技術を持っているから狙われる。
そして、本人に利用価値がなくても、その人間と親しいというだけで標的になることがある。
フィクサーのヴィクターから話を聞いたとき、俺はその危険性を理解したつもりだった。
だが、実際に自分の身近な人間が狙われる可能性を突きつけられると、話は違ってくる。
俺は夕暮れのナイトシティを歩きながら、通信端末を見つめていた。
『君の知り合いには、特に気をつけてくれ』
エリオットから届いた最後のメッセージ。
その一文が、頭から離れなかった。
「……リク、ミナ」
小さく呟く。
二人は、俺がこの世界に来て初めて親しくなった人間だ。
見知らぬ世界に放り出され、食べ物を手に入れる方法すら分からなかった俺に、居場所を与えてくれた。
もちろん、最初に助けたのは俺の方だった。
だが、それとこれとは別の話だ。
あの小さな部屋で食べた朝食。
ミナの笑顔。
生意気な口を利きながらも、何かと俺を気遣ってくれるリク。
そんな日常を、俺はもう失いたくなかった。
「……急ごう」
俺は歩調を速めた。
ただし、走り出しはしない。
この街では、慌てた人間ほど目立つ。
それに、相手が監視しているなら、俺がどこへ向かうのか知らせるようなものだ。
まずは周囲を確認する。
それから、二人の無事を確かめる。
俺はフードを少し深く被り、通行人の流れに紛れ込んだ。
◇
集合住宅へ向かう途中、俺は何度か足を止めた。
巨大な広告の下。
屋台が並ぶ通り。
古びた立体駐車場の前。
そのたびに、何気ない様子で周囲を観察する。
……尾行されているか?
判断は難しい。
ここはナイトシティだ。
人通りは多い。
全身を機械化した人間もいれば、顔を隠した人間もいる。
同じ方向へ歩いているからといって、尾行しているとは限らない。
元の世界なら、気配を探ることもできた。
だが、今はまだ夕方だ。
夜と月の女神の加護による敵意の感知は使えない。
あの加護が教えてくれるのは、夜間における敵意ある人間の位置だ。
便利な力ではあるが、万能ではない。
それに、敵意を持たずに監視するだけの人間なら、夜になっても感知できるとは限らない。
「……難しいな」
俺は小さく呟いた。
剣を振るうより、こういうことの方がよほど神経を使う。
しばらく歩いたところで、俺は一軒の雑貨店へ入った。
店内には日用品や保存食が並んでいる。
俺は飲料水を二本と、安い菓子をいくつか購入した。
ミナへの土産だ。
もちろん、それだけが目的ではない。
店の窓越しに、通りを観察する。
俺が店に入った後、立ち止まった人間はいないか。
不自然に周囲を見回している者はいないか。
数分間、確認する。
……少なくとも、分かりやすい尾行はいないな。
俺は商品を受け取り、店を出た。
そして、少し遠回りをして集合住宅へ向かった。
◇
「……ただいま」
扉を開けると、室内から小さな足音が聞こえた。
「カイお兄ちゃん!」
ミナが駆け寄ってくる。
俺は思わず笑った。
「ただいま、ミナ」
「おかえり!」
少女は嬉しそうに笑っている。
顔色もいい。
呼吸も落ち着いていた。
……よかった。
まずは、その姿を見られただけで安心した。
「リクは?」
「奥にいるよ!」
俺は頷いた。
「そうか」
居間へ入ると、リクが古い端末を操作していた。
俺を見るなり、顔を上げる。
「……おかえり、カイ」
「ああ」
「フィクサーとの話、どうだった?」
「色々聞けたよ」
俺は買ってきた袋をテーブルに置いた。
「それより、何か変わったことはなかったか?」
リクが眉をひそめた。
「……変わったこと?」
「ああ。知らない人間が訪ねてきたり、妙な連絡が来たり」
リクは少し考えた。
「……いや、特には」
「そうか」
俺は小さく息を吐いた。
だが、リクは俺の顔をじっと見つめていた。
「……何かあったんだろ?」
鋭いな。
俺は苦笑した。
「……少しな」
「少しって?」
俺はミナへ視線を向けた。
少女は買ってきた菓子を嬉しそうに眺めている。
「ミナ。悪いけど、少しだけリクと話してもいいか?」
「うん!」
ミナは素直に頷いた。
「じゃあ、あっちで絵を描いてるね!」
「ありがとう」
少女が奥の部屋へ向かう。
俺は、その姿が見えなくなるのを待った。
そして、リクへ向き直った。
「……実は、昨日の襲撃について分かったことがある」
リクの表情が変わった。
「……あの、護衛の仕事の?」
「ああ」
俺は頷いた。
それから、ヴィクターとの会話を簡単に説明した。
襲撃が計画的だった可能性。
武装集団のリーダー、ガレス・ブレイク。
そして、何者かが俺について調べ始めているらしいこと。
リクは黙って聞いていた。
やがて、低い声で呟く。
「……最悪じゃねえか」
「……そうだな」
「何でカイが狙われるんだよ」
「昨日、連中の仕事を邪魔したからだろうな」
俺は答えた。
「それに、俺の戦い方が珍しかったらしい」
「……そりゃそうだろ」
リクは呆れたように言った。
「剣で銃を壊して、車をひっくり返す奴なんて普通いねえよ」
「……それは否定できない」
俺は苦笑した。
だが、リクは笑わなかった。
「……それで、俺たちも危ないってこと?」
俺は少し考えた。
「まだ分からない」
正直に答える。
「相手が二人の存在を知っているかどうかも不明だ」
「……でも、可能性はあるんだろ?」
「ああ」
リクは唇を噛んだ。
俺は静かに続ける。
「だから、しばらくは気をつけてほしい」
「……どうすればいい?」
「まず、知らない人間に扉を開けないこと。俺のことを聞かれても、答えないこと」
リクは頷いた。
「分かった」
「それから、何かおかしいと思ったら、すぐに連絡してくれ」
俺は簡易通信端末を取り出した。
「使い方を教えてほしい」
リクは一瞬、目を丸くした。
そして、少しだけ笑った。
「……そこからかよ」
「……頼む」
「分かったよ」
リクは端末を受け取り、操作を始めた。
◇
それから三十分ほど、俺は通信端末の使い方を教わった。
通話。
メッセージ。
位置情報の確認。
緊急連絡。
基本的な機能は、前世のスマートフォンに似ている。
ただし、操作方法は少し違った。
この世界では、サイバーウェアを使って直接情報をやり取りする人間も多いらしい。
俺には、そんなものはない。
今のところ、外部端末を使うしかなかった。
「……なるほど」
俺は画面を操作した。
「これで、連絡できるんだな」
「ああ」
リクが頷いた。
「でも、その端末は簡易型だから、機能は限られてるぞ」
「……そうなのか?」
「ちゃんとした端末を買った方がいい」
「……いくらくらいする?」
リクは大体の相場を教えてくれた。
俺は少し考えた。
昨日の報酬は千五百エディー。
そこから、ミナの診察料と食費を支払っている。
残りは、まだある。
だが、無駄遣いできるほどではない。
「……次の報酬が入ったら考えるか」
俺が呟くと、リクは頷いた。
「その方がいいな」
そして、少しだけ真剣な顔になる。
「……なあ、カイ」
「ん?」
「もし、本当に誰かが俺たちを狙ってきたら……」
リクは言葉を区切った。
「……どうする?」
俺は静かに答えた。
「守る」
リクが顔を上げる。
「……絶対に?」
「ああ」
俺は頷いた。
「できる限りのことはする」
リクは黙った。
俺は続ける。
「ただし、俺がいないときに危険が迫ったら、逃げてくれ」
「……逃げる?」
「ああ」
俺は真剣な顔で言った。
「戦おうとするな。俺を待とうとするな。ミナを連れて、安全な場所へ逃げるんだ」
リクは唇を噛んだ。
「……でも」
「リク」
俺は少年の目を見た。
「お前がミナを守るんだ」
その言葉に、リクの表情が変わった。
俺は静かに続ける。
「俺が駆けつけるまで、二人で生き延びてくれ」
しばらく沈黙が続いた。
そして。
「……分かった」
リクが頷いた。
その声には、確かな決意が込められていた。
◇
夜。
俺は集合住宅の屋上にいた。
ナイトシティの夜景が、視界いっぱいに広がっている。
巨大な広告。
ネオンの光。
空を横切る航空機。
そして、遠くから響くサイレン。
……相変わらず、騒がしい街だ。
俺は小さく息を吐いた。
昼間とは違い、空には月が浮かんでいる。
雲の切れ間から覗く、淡い光。
俺は胸元の護符に触れた。
セレーネ。
月を見るたびに、彼女のことを思い出す。
銀色の髪。
群青色の瞳。
少し冷たい口調。
だが、仲間には誰よりも優しかった。
俺が無茶をすると、いつも怒っていた。
『カイ。あなたは、自分の命を軽く考えすぎです』
そんな声が、耳の奥に蘇る。
俺は苦笑した。
「……今も怒られそうだな」
昨日の護衛任務。
爆発物へ飛び込んだことを話したら、間違いなく説教されるだろう。
それでも、あの場では他に方法が思いつかなかった。
……いや。
正確には、もっとよい方法があったかもしれない。
だが、俺にはそれを考える時間がなかった。
その結果、怪我をした。
仲間たちにも心配をかけた。
……反省しないとな。
俺は静かに息を吐いた。
そして、意識を集中させた。
夜と月の女神の加護。
夜間に、敵意を持つ人間の位置を感じ取る力。
周囲の気配を探る。
建物の中。
路地。
道路。
遠くの屋上。
……何かいるか?
しばらく、静かに待つ。
すると。
「……ん?」
俺は目を細めた。
建物の向かい。
道路を挟んだ先にある、古い立体駐車場。
その二階付近。
そこに、微かな反応があった。
敵意。
明確な殺意とまでは言えない。
だが、こちらへ向けられた敵対的な気配だ。
俺はゆっくりと顔を上げた。
……いるな。
俺はすぐには動かなかった。
相手が何者なのか、まだ分からない。
ただの通りすがりかもしれない。
別の人間を狙っている可能性もある。
だが、気になる。
俺は屋上の端へ近づいた。
そして、向かいの立体駐車場を見つめた。
暗い窓。
壊れた照明。
放置された車両。
その陰に、何かが動いたような気がした。
「……なるほど」
俺は小さく呟いた。
どうやら、エリオットの忠告は正しかったらしい。
◇
俺は一度、部屋へ戻った。
リクは居間で端末を操作している。
ミナは、すでに眠っていた。
「……リク」
俺が声をかけると、少年が顔を上げた。
「……どうした?」
「少し、外を見てくる」
リクの表情が変わった。
「……何かあったのか?」
「まだ分からない」
俺は答えた。
「でも、気になることがある」
リクは立ち上がりかけた。
「俺も――」
「いや」
俺は首を横に振った。
「お前はミナのそばにいてくれ」
リクは黙った。
「何かあったら、すぐに連絡する」
俺は通信端末を見せた。
リクはしばらく俺を見つめていた。
そして、頷いた。
「……分かった」
俺は笑った。
「ありがとう」
それから、長剣のケースを手に取った。
リクがそれを見る。
「……剣、持ってくのか?」
「ああ」
俺は頷いた。
「念のためな」
リクは小さく息を吐いた。
「……気をつけろよ」
「分かってる」
俺は答えた。
そして、部屋を出た。
◇
集合住宅を出た俺は、すぐには立体駐車場へ向かわなかった。
まずは、通りを歩く。
屋台の前を通り過ぎる。
人通りの多い交差点を渡る。
そして、少し離れた路地へ入った。
夜と月の女神の加護は、まだ働いている。
敵意の反応は、立体駐車場の二階付近に残っていた。
……動かないな。
俺は眉をひそめた。
監視しているのか。
それとも、待ち伏せしているのか。
どちらにしても、放置するのは危険だ。
俺は建物の裏手へ回った。
古い非常階段がある。
錆びた手すり。
壊れかけた段差。
だが、登れないほどではない。
俺は足音を抑えながら、階段を上がった。
二階。
薄暗い駐車場。
壊れた車両が並んでいる。
俺は静かに息を吐いた。
……さて。
敵意の反応は、奥の柱の向こう。
距離は、まだ少しある。
俺は剣のケースを肩から下ろした。
だが、すぐには抜かない。
相手が武器を持っているとは限らないからだ。
まずは、話を聞く。
俺はゆっくりと歩き出した。
そして。
「……そこにいるんだろ?」
静かに声をかけた。
返事はない。
俺は続ける。
「出てきてくれ。話がしたい」
数秒間、沈黙。
その後。
「……チッ」
小さな舌打ちが聞こえた。
柱の陰から、一人の男が姿を現した。
黒いジャケット。
短く刈り込まれた髪。
片目には、小型のサイバーウェア。
そして、右手には拳銃。
男は俺を睨んでいた。
「……どうして分かった?」
俺は肩をすくめた。
「……勘だよ」
「……ふざけるな」
男が銃を構える。
俺は静かに息を吐いた。
「……撃つつもりか?」
「動くな」
男が低く言った。
俺は足を止めた。
……さて。
どうするか。
相手は銃を持っている。
距離は、およそ十メートル。
この距離なら、銃弾を見てから避けることはできない。
だから、相手が撃つ前に動く必要がある。
だが、今は話を聞きたい。
「……俺に何の用だ?」
俺は尋ねた。
男は黙っていた。
俺は続ける。
「誰かに頼まれたのか?」
男の目が僅かに動いた。
……当たりか。
「……誰だ?」
俺が尋ねると、男は歯を食いしばった。
「……黙れ」
そして、銃口をこちらへ向けた。
俺は静かに息を吐いた。
……仕方ない。
次の瞬間。
男の指が引き金へかかった。
俺は、その動きを見た。
そして、身体を横へ滑らせる。
銃声。
弾丸が、俺のいた場所の後方にある壁を叩いた。
俺は地面を蹴った。
一気に距離を詰める。
「――なっ!?」
男が驚く。
俺は右手で銃を持つ腕を掴んだ。
そして、手首を捻る。
「ぐあっ!」
銃が床へ落ちた。
俺は男の腕を背中側へ回し、柱へ押しつけた。
「……落ち着け」
低く言う。
男は暴れた。
だが、俺の力から逃れることはできない。
「……くそっ!」
俺は静かに尋ねた。
「……誰に頼まれた?」
男は黙っていた。
俺は続ける。
「俺を監視していたんだろ?」
「……知らねえ!」
「そうか」
俺は頷いた。
「じゃあ、何で銃を向けた?」
男は言葉に詰まった。
俺は少しだけ力を緩めた。
「……話してくれれば、これ以上何もしない」
男は荒い息を吐いた。
しばらくして。
「……俺は、ただの見張りだ」
低く呟いた。
俺は目を細めた。
「……見張り?」
「ああ」
男は続けた。
「……お前が、どこに住んでるか調べろって言われた」
俺の表情が変わった。
「……誰に?」
男は黙った。
俺は静かに言った。
「……答えてくれ」
しばらく沈黙が続いた。
そして。
「……ガレスの仲間だ」
男が呟いた。
俺は目を細めた。
……やはりか。
「……ガレス・ブレイク?」
男は頷いた。
「……ああ」
俺は静かに息を吐いた。
どうやら、昨日の襲撃犯たちは、まだ俺を諦めていないらしい。
◇
「……何を調べろと言われた?」
俺は尋ねた。
男はしばらく黙っていた。
だが、やがて諦めたように口を開いた。
「……住所と、出入りする人間」
俺の表情が変わった。
「……それだけか?」
「……ああ」
男は頷いた。
「俺は、それだけしか聞いてねえ」
俺は男の顔を見つめた。
嘘をついている可能性はある。
だが、今のところ判断する材料がない。
「……他にも見張りはいるのか?」
男は首を横に振った。
「……知らねえ」
俺は小さく息を吐いた。
……面倒だな。
この男を倒したところで、問題は解決しない。
依頼した人間がいる限り、別の監視役が送られてくる可能性がある。
それに、すでにリクとミナの存在を知られているかもしれない。
俺は少し考えた。
そして、男の腕を離した。
「……行け」
男が目を見開いた。
「……は?」
「帰っていい」
俺は静かに言った。
「ただし、伝えてくれ」
男は俺を見つめた。
「……何を?」
俺は一歩近づいた。
「俺に用があるなら、直接来い」
男の表情が強張る。
「……俺の知り合いには手を出すな」
俺は続けた。
「もし、無関係な人間を巻き込むつもりなら――」
そこで言葉を区切る。
そして、男の目を真っ直ぐに見た。
「……俺も、遠慮しない」
男は息を呑んだ。
俺はそれ以上、何も言わなかった。
しばらくして、男は落とした銃を拾おうとした。
「……銃は置いていけ」
俺が言うと、男は動きを止めた。
そして、舌打ちをして走り去った。
俺はその背中を見送った。
……さて。
これで、少しは時間を稼げるだろうか。
いや。
むしろ、相手を刺激した可能性もある。
俺は静かに息を吐いた。
「……ヴィクターに相談するか」
今の俺には、情報が足りない。
そして、この街で情報を持っているのは、フィクサーのような人間だ。
俺は通信端末を取り出した。
◇
数分後。
俺はエリオットへ連絡を入れていた。
『……監視役を捕まえた?』
通信越しに、男の驚いた声が聞こえる。
「ああ」
『……怪我は?』
「俺は大丈夫だ」
『相手は?』
「少し腕を捻っただけだ」
エリオットは小さく息を吐いた。
『……君らしいね』
俺は苦笑した。
「……そうか?」
『普通、銃を向けられたら、もっと大きな騒ぎになるものだよ』
「……まあ、そうかもな」
俺は周囲を見回した。
立体駐車場は静まり返っている。
だが、いつまでもここにいるわけにはいかない。
「……それで、相談がある」
『何かな?』
「リクとミナを、安全な場所へ移したい」
エリオットは黙った。
俺は続ける。
「今の住居が知られた可能性がある」
『……なるほど』
男の声が少し低くなった。
『それは、早めに動いた方がいいね』
「……手伝ってもらえるか?」
『もちろん。ただし、少し時間をくれ』
俺は頷いた。
「……分かった」
『それと、カイ』
「ん?」
『今夜は、できるだけ外出を控えてくれ』
俺は少し考えた。
「……理由は?」
『君の周囲を調べている人間が、どれくらいいるか分からないからだ』
……なるほど。
確かに、今は慎重に動くべきだ。
「……分かった」
『明日の朝までに、何か手配できるか確認するよ』
「助かる」
『では、また』
通信が切れた。
俺は端末をしまった。
そして、静かに空を見上げた。
月が、雲の間から覗いている。
淡い光。
俺は胸元の護符に触れた。
「……セレーネ」
小さく呟く。
彼女なら、こういう状況でどうするだろうか。
きっと、冷静に情報を集めるだろう。
そして、俺が無茶をしようとすれば、容赦なく止めるはずだ。
……そうだな。
今は、焦らないことが大切だ。
俺は小さく息を吐いた。
そして、集合住宅へ戻ることにした。
◇
同じ頃。
ナイトシティの別の場所。
薄暗い倉庫の中で、一人の男が通信端末を握りしめていた。
ガレス・ブレイク。
両腕を機械化した巨漢。
昨日の戦闘で右腕の駆動部を破壊され、現在は応急修理を受けている。
男の表情は、怒りに歪んでいた。
「……あのガキが」
低い声が響く。
目の前には、先ほど立体駐車場から逃げ帰った男が立っていた。
「……すみません、ボス」
男は俯いている。
「……見つかりました」
ガレスは黙っていた。
そして、ゆっくりと口を開く。
「……何を言われた?」
男は躊躇した。
だが、やがて答えた。
「……用があるなら、直接来いと」
ガレスの目が細くなる。
「……ほう」
「それから……」
「……何だ?」
「……知り合いには手を出すな、と」
その瞬間。
ガレスは低く笑った。
「……なるほどな」
男は機械化された左手を握りしめた。
金属が軋む。
「……弱点があるってことか」
見張りの男が顔を上げた。
「……ボス?」
ガレスは笑った。
だが、その笑みには、温かさなど欠片もなかった。
「……あのガキ、強いのは確かだ」
男は続けた。
「だが、強い奴ほど、自分の力を過信する」
そして、端末を操作した。
「……正面から勝てないなら、別の方法を考えればいい」
画面には、集合住宅の外観が映っていた。
ガレスはそれを見つめた。
「……さて」
低く呟く。
「……どこまで守れるか、試してやろうじゃねえか」
その声が、倉庫の中に響いた。
そして。
神々の剣士を巡る争いは、静かに次の段階へ進もうとしていた。