神々の剣士、二人の家族を守るために
守りたい人間がいる。
それは、幸せなことだと思う。
誰かの笑顔を見て安心すること。
無事に帰ってきた姿を見て、胸を撫で下ろすこと。
温かな食事を囲み、くだらない話をすること。
そんな何気ない日常が、どれほど貴重なものなのか。
俺は、元の世界で嫌というほど思い知らされてきた。
だからこそ。
今度は、同じ後悔を繰り返したくない。
◇
立体駐車場から戻る途中、俺は一つのことを考えていた。
リクとミナの安全についてだ。
ガレス・ブレイク。
昨日の護衛任務で戦った、両腕を機械化した巨漢。
あの男の部下が、俺の住居を監視していた。
しかも、出入りする人間まで調べるよう命じられていたという。
つまり、俺だけでなく、周囲の人間にも危険が及ぶ可能性がある。
「……厄介だな」
俺は小さく呟いた。
正面から戦うだけなら、まだ対処のしようがある。
相手の人数。
武器。
戦闘能力。
そういったものを見極めれば、戦い方を考えられる。
だが、今回の問題は違う。
俺がいないときに襲撃されたらどうする?
リクとミナが買い物へ出たところを狙われたら?
あるいは、俺を誘い出すために二人を人質にされたら?
……どれも、十分にあり得る。
俺は足を止めた。
夜のナイトシティ。
道路を走る車両。
遠くから聞こえる銃声。
巨大な広告が、薄暗い路地を派手な光で照らしている。
俺は胸元の護符に触れた。
……セレーネなら、どうするだろう。
きっと、俺一人ですべてを解決しようとするなと言うはずだ。
勇者も同じだろう。
仲間を頼れ、と。
「……仲間、か」
その言葉を口にした瞬間。
ふと、あるものを思い出した。
「……あ」
俺は立ち止まった。
そして、思わず額に手を当てる。
「……そういえば、あれがあったな」
何故、今まで思い出さなかったのだろう。
この世界へ飛ばされてから、目の前の問題に追われていたせいかもしれない。
食料。
住居。
金。
身分証。
そして、初めての仕事。
次々と問題が起きていたため、持ち込んだ道具を一つずつ確認する余裕もなかった。
だが、今の状況にぴったりの道具がある。
俺はジャケットの内側に手を入れた。
そこには、小さな革袋が収められている。
中身は、異世界から持ち込んだいくつかの品だ。
護符や指輪のように身につけているものとは別に、すぐ使う必要のない道具を入れていた。
俺は袋の口を開いた。
そして、小さな笛を取り出す。
鈍い銀色をした、細長い笛。
一見すると、何の変哲もない犬笛だ。
だが、その表面には、狼の横顔を模した細かな紋様が刻まれている。
俺は思わず笑った。
「……久しぶりだな」
その道具の名は――
『霊狼の呼び笛』。
狩猟の神から授かった、特別な神具だった。
◇
それを貰ったのは、まだ邪神との戦いが本格化する前のことだ。
当時の俺たちは、北方の深い森を訪れていた。
目的は、森の奥に現れた魔獣の討伐。
周辺の村々では家畜が襲われ、行方不明者まで出ていた。
魔獣は非常に狡猾で、普通の狩人では足跡を追うことすら難しかった。
しかも、森の中では魔力を使った探知を妨害する能力まで持っていた。
そこで、俺たちは狩猟の神が祀られている古い神殿を訪れた。
神殿の奥。
巨大な狼の彫像の前で、俺はその神と出会った。
深緑色の外套。
背中に背負った大弓。
鋭い金色の瞳。
そして、頭には鹿の角を思わせる冠。
狩猟の神は、静かな男だった。
昼と太陽の神のように豪快に笑うこともなければ、正義と力の神のように大声で語ることもない。
ただ、こちらの目を真っ直ぐに見つめていた。
『獲物を追う者よ』
神は、そう言った。
『汝は何のために狩る?』
俺は少し考えた。
そして、答えた。
『……誰かを守るためです』
神は黙っていた。
『もちろん、生きるために獲物を狩ることもあります。でも、今回の魔獣は放っておけません』
俺は続けた。
『村の人たちが、安心して暮らせるようにしたいんです』
狩猟の神は、しばらく俺を見つめていた。
そして、静かに頷いた。
『ならば、狩りの意味を忘れるな』
その後、俺たちは神の助言を受け、魔獣を討伐した。
村へ戻ったとき、狩猟の神は再び姿を現した。
そして、俺に小さな笛を差し出した。
『これは、汝への報酬だ』
俺は驚いた。
『……笛、ですか?』
『霊狼を呼ぶ神具だ』
神は答えた。
『二頭まで呼び出せる。姿を隠し、影のように歩くことも、肉体を得て牙を振るうこともできる』
俺は笛を見つめた。
『……そんなものを、俺に?』
『汝は、力を誇るために狩らなかった』
神は静かに言った。
『ならば、この狼たちも、汝の力となるだろう』
ただし、神は一つだけ注意を与えた。
『霊狼は不滅ではない』
俺は顔を上げた。
『存在を保てぬほど傷つけば、霊狼は我が領域へ退く。再び呼び戻せるまで、およそ七日を要する』
そして、最後にこう告げた。
『彼らを矢や剣の代わりと思うな。共に狩る者として扱え』
その言葉を、俺は今でも覚えている。
◇
「……そうだったな」
俺は手の中の笛を見つめた。
霊狼。
狩猟の神から授かった、二頭の守護者。
姿を消すことも、実体を持つこともできる。
戦闘能力も高く、優れた感覚を持っている。
何より、俺の指示に従って行動してくれる。
……リクとミナの護衛には、うってつけじゃないか。
もちろん、問題がないわけではない。
霊狼は無敵ではない。
存在を維持できないほどのダメージを受ければ、強制的に退去する。
その場合、同じ霊狼を再召喚するまで、およそ一週間かかる。
銃や爆発物が当たり前のように使われるこの世界では、危険も大きいだろう。
だが、それでも。
俺が不在の間、二人のそばにいてくれる存在がいる。
それは、何より心強かった。
「……よし」
俺は笛を革袋へ戻した。
まずは、二人に説明しよう。
そして、実際に召喚してみる。
この世界でも問題なく使えるか、確認する必要がある。
俺は再び歩き出した。
◇
「……霊体の狼?」
リクが、何とも言えない顔で俺を見つめていた。
集合住宅へ戻った俺は、さっそく二人に話をしていた。
もっとも、ミナはすでに眠っている。
今は、リクと二人だけだ。
「ああ」
俺は頷いた。
「昔、貰った道具で呼び出せるんだ」
「……カイ」
「ん?」
「お前、本当に何者なんだよ」
……まあ、そうなるよな。
俺は苦笑した。
「……色々あったんだ」
「色々で済む話じゃねえだろ!」
リクが思わず声を上げる。
俺は口元に指を当てた。
「……ミナが起きるぞ」
「……っ」
リクは慌てて口を閉じた。
そして、小さな声で続ける。
「……本当に狼が出てくるのか?」
「ああ」
「……機械じゃなくて?」
「違う」
「……ホログラムでもなく?」
「違うな」
「……じゃあ、何なんだよ」
俺は少し考えた。
「……霊体だ」
リクは額を押さえた。
「……意味分かんねえ」
「だろうな」
俺も笑った。
この世界では、霊体という概念自体が現実のものとして認識されていないのだろう。
元の世界なら、幽霊や精霊の存在は珍しくなかった。
だが、ナイトシティでは違う。
少なくとも、俺が見た範囲では、そういった存在を見かけていない。
「……とにかく」
俺は話を戻した。
「二人の護衛として、一頭呼び出しておきたい」
リクの表情が変わった。
「……俺たちの?」
「ああ」
俺は頷いた。
「俺が仕事で外出している間、二人を守ってもらう」
「……そんなことができるのか?」
「できる」
俺は答えた。
「ただし、万能じゃない。危険なときは逃げることが最優先だ」
リクは黙っていた。
そして、少し考えた後。
「……見せてくれ」
そう言った。
俺は頷いた。
「分かった」
◇
召喚する場所は、集合住宅の屋上にした。
部屋の中では狭すぎる。
それに、突然大きな狼が現れたら、ミナが驚いてしまうだろう。
夜の屋上。
周囲には、ナイトシティのネオンが広がっている。
俺は屋上の中央に立った。
リクは少し離れた場所で、こちらを見ている。
「……本当に大丈夫なんだろうな?」
「ああ」
俺は頷いた。
「俺の仲間だからな」
リクは半信半疑の表情だった。
俺は革袋から、霊狼の呼び笛を取り出した。
鈍い銀色の笛。
表面に刻まれた狼の紋様が、月明かりを受けて淡く輝く。
俺は笛を口元へ運んだ。
そして、静かに息を吹き込む。
――――。
人間の耳には、ほとんど聞こえない。
だが、確かに何かが響いた。
空気が、僅かに震える。
次の瞬間。
俺の足元に、淡い銀色の光が生まれた。
「……っ!?」
リクが息を呑む。
光は、ゆっくりと広がっていく。
霧のような輝き。
その中心から、巨大な影が浮かび上がった。
四本の脚。
長い尾。
鋭い耳。
そして、青白く輝く瞳。
やがて、銀色の霧が晴れた。
そこに立っていたのは、一頭の狼だった。
体高は、大型犬よりもさらに大きい。
灰銀色の毛並み。
しなやかな四肢。
そして、月光を宿したような青い瞳。
その姿は、どこか神秘的だった。
「……うそだろ」
リクが呟いた。
狼は静かに俺を見つめた。
そして、ゆっくりと頭を下げた。
俺は思わず笑った。
「……久しぶりだな」
狼が小さく鼻を鳴らす。
俺はその頭へ手を伸ばした。
指先が、柔らかな毛並みに触れる。
今は実体を持っているらしい。
「……元気そうで何よりだ」
狼は俺の手に頭を擦り寄せた。
その仕草が、妙に懐かしかった。
◇
「……カイ」
リクが恐る恐る声をかけてきた。
「……これ、本物?」
「ああ」
俺は頷いた。
「触ってみるか?」
「……噛まない?」
「俺が許可しない限り、噛まないよ」
リクは少し迷った。
だが、やがて一歩近づいた。
狼は静かに座っている。
その大きさに、リクは少し怯んだ。
「……でけえ」
「そうだな」
俺は笑った。
リクはゆっくりと手を伸ばした。
そして、狼の背中へ触れる。
「……っ!」
少年の目が見開かれた。
「……毛がある」
「そりゃ、狼だからな」
「いや、そういうことじゃなくて!」
リクは驚いた顔で狼を撫でた。
「……本当に触れるんだ」
「ああ」
俺は頷いた。
「実体を持っているときはな」
「……実体を持っているとき?」
「姿を消すこともできる」
俺は狼へ視線を向けた。
「……やってみてくれ」
狼が静かに頷いたように見えた。
次の瞬間。
その身体が、淡い霧のように薄れていく。
銀色の毛並み。
青い瞳。
四本の脚。
それらが、ゆっくりと透明になった。
そして。
完全に姿が消えた。
「……は?」
リクが固まった。
俺は笑った。
「……こんな感じだ」
「……どこ行った!?」
「そこにいるよ」
俺はリクの隣を指差した。
リクが慌てて振り返る。
だが、何も見えない。
「……何もいねえぞ!」
「姿を消してるからな」
「……いや、そうだけど!」
俺は少し笑った。
そして、狼へ声をかけた。
「……もう一度、姿を見せてくれ」
すると。
リクの隣に、銀色の霧が現れた。
その中から、狼の姿が浮かび上がる。
「うわっ!」
リクが飛び退いた。
狼は、どこか楽しそうに尾を揺らした。
……相変わらず、少し悪戯好きだな。
俺は苦笑した。
◇
「……で、この狼が俺たちを守ってくれるのか?」
しばらくして、リクが尋ねた。
「ああ」
俺は頷いた。
「俺がいないときも、二人のそばにいてもらう」
リクは狼を見た。
狼も、リクを見つめ返す。
「……名前は?」
俺は少し考えた。
この霊狼には、以前から呼び名があった。
「……シルヴァだ」
俺は答えた。
「シルヴァ?」
「ああ。銀色の毛並みだからな」
リクは狼を見つめた。
「……シルヴァ」
名前を呼ばれた狼は、静かに耳を動かした。
そして、リクの前へ歩み寄る。
少年は少し緊張した。
だが、狼はその手に鼻先を寄せただけだった。
「……よろしくな」
リクが小さく言った。
シルヴァは、静かに尾を揺らした。
俺はその様子を見て、少し安心した。
どうやら、相性は悪くなさそうだ。
「……シルヴァ」
俺は狼へ向き直った。
その青い瞳が、俺を見つめる。
「この二人を守ってほしい」
俺は静かに言った。
「俺がいない間、リクとミナのそばにいてくれ」
シルヴァは微動だにしない。
だが、こちらの言葉を理解していることは分かる。
「危険が迫ったら、まず二人を逃がすんだ」
俺は続けた。
「必要なら、実体化して敵を足止めしてくれ。でも、無理はするな」
シルヴァの耳が動いた。
「……お前まで失いたくないからな」
俺は静かに言った。
霊狼は、不滅ではない。
存在を保てないほど傷つけば、強制的に退去する。
その場合、再召喚には約一週間が必要だ。
だが、俺にとっては単なる時間制限の問題ではない。
この狼も、神から託された大切な仲間なのだ。
シルヴァはゆっくりと頭を下げた。
そして、俺の手に鼻先を押しつけた。
……分かった、ということだろう。
俺は笑った。
「……頼んだぞ」
◇
その後、俺たちは部屋へ戻った。
もちろん、シルヴァも一緒だ。
ただし、廊下では姿を消してもらった。
巨大な狼を連れて歩けば、間違いなく騒ぎになる。
部屋へ入ると、ミナが目を覚ましていた。
「……カイお兄ちゃん?」
「ああ。起こしたか?」
俺が尋ねると、ミナは首を横に振った。
「……お水飲みに起きたの」
「そうか」
俺は笑った。
そのとき。
ミナが首を傾げた。
「……あれ?」
「ん?」
「……何かいる?」
俺は少し驚いた。
シルヴァは、まだ姿を消している。
普通なら、見えるはずがない。
だが、ミナは部屋の入口付近を見つめていた。
「……何でそう思うんだ?」
俺が尋ねると、ミナは少し考えた。
「……何となく」
俺は目を細めた。
……なるほど。
子供の勘というやつだろうか。
それとも、霊狼特有の気配を感じ取っているのか。
どちらにしても、興味深い。
「……実は、紹介したい友達がいるんだ」
俺はそう言った。
ミナの目が輝く。
「……友達?」
「ああ」
俺は頷いた。
「ちょっと大きいけど、怖がらなくていいよ」
ミナは首を傾げた。
俺はシルヴァへ声をかけた。
「……姿を見せてくれ」
次の瞬間。
部屋の中に、淡い銀色の霧が広がった。
「……わあ」
ミナが小さく声を上げる。
霧の中から、巨大な狼が姿を現した。
灰銀色の毛並み。
青い瞳。
そして、静かな佇まい。
ミナは目を丸くした。
「……おおかみさん?」
「ああ」
俺は頷いた。
「シルヴァっていうんだ」
ミナはしばらく狼を見つめていた。
そして。
「……きれい」
小さく呟いた。
俺は少し驚いた。
怖がると思っていたのだが。
シルヴァはゆっくりと伏せた。
ミナの目線に合わせるように、頭を低くする。
少女は恐る恐る近づいた。
「……さわってもいい?」
「もちろん」
俺は頷いた。
ミナは小さな手を伸ばした。
そして、シルヴァの頭へ触れる。
「……ふわふわ」
その顔が、ぱっと明るくなった。
「……すごい!」
シルヴァは静かに目を細めた。
ミナは嬉しそうに毛並みを撫でている。
リクは、その様子を見て呆れたように笑った。
「……お前、怖くないのかよ」
「ぜんぜん!」
ミナは元気よく答えた。
「シルヴァ、やさしいもん!」
俺は思わず笑った。
……どうやら、気に入ってもらえたらしい。
◇
それからしばらく、ミナはシルヴァと遊んでいた。
といっても、激しく走り回るわけではない。
まだ病み上がりだからな。
シルヴァは床に伏せ、ミナが毛並みを撫でるのを静かに受け入れている。
時々、尾を揺らして少女を喜ばせていた。
俺はその様子を眺めながら、リクへ声をかけた。
「……どうだ?」
リクは少し考えた。
「……すげえと思う」
「そうか」
「ああ」
少年はシルヴァを見た。
「……でも、本当に大丈夫なのか?」
俺は頷いた。
「シルヴァは強い」
「……どれくらい?」
「普通の狼より、ずっと強いよ」
俺は答えた。
「それに、姿を消せる。敵に見つからずに動くこともできる」
リクは少し安心したようだった。
だが、俺は続けた。
「ただし、無敵じゃない」
リクの表情が引き締まる。
「……そうなのか?」
「ああ」
俺は頷いた。
「強い攻撃を受ければ、退去してしまうことがある」
「……退去?」
「召喚が解除されるんだ」
俺は説明した。
「その場合、もう一度呼び出すまで一週間くらいかかる」
リクは黙った。
「だから、シルヴァがいるからって無茶はしないでくれ」
俺は真剣に言った。
「危険が迫ったら、まず逃げる。シルヴァは、そのための時間を稼いでくれる」
リクはしばらく考えた。
そして、頷いた。
「……分かった」
俺は笑った。
「頼む」
◇
その夜。
ミナが眠った後、俺はシルヴァと二人で窓際に立っていた。
正確には、リクも奥の部屋で起きている。
だが、今は静かだった。
窓の外には、ナイトシティの夜景が広がっている。
俺はシルヴァの頭へ手を置いた。
「……久しぶりに呼んだな」
狼は静かに目を細めた。
元の世界では、何度も世話になった。
魔獣の追跡。
夜営中の警戒。
仲間の護衛。
そして、戦闘。
霊狼たちは、俺たちの旅を何度も助けてくれた。
だが、邪神との最後の戦いでは、召喚する余裕がなかった。
あの戦場は、神々の力すら乱れるほどの混沌に包まれていた。
そして、戦いが終わった直後。
俺は、この世界へ飛ばされた。
……あれから、まだ数日しか経っていないのか。
妙な感覚だった。
ずっと昔の出来事のようにも思える。
俺は小さく息を吐いた。
「……シルヴァ」
狼が顔を上げる。
「この世界は、俺たちがいた場所とは違う」
俺は静かに言った。
「魔物はいないみたいだけど、銃や爆発物がある」
シルヴァはじっと聞いている。
「だから、無理に戦わなくていい」
俺は続けた。
「二人を守ってくれれば、それで十分だ」
狼は静かに頭を下げた。
俺は微笑んだ。
「……ありがとう」
そして、少しだけ視線を落とす。
「……頼れる仲間がいてくれて、助かったよ」
シルヴァは俺の手に頭を擦り寄せた。
その温もりが、少しだけ懐かしかった。
◇
翌朝。
俺はいつもより早く目を覚ました。
窓の外には、朝日が差し込んでいる。
部屋の隅では、シルヴァが静かに伏せていた。
今は実体を持っている。
その背中に、ミナが小さな毛布をかけていた。
……いつの間に。
俺は思わず笑った。
シルヴァは目を開け、こちらを見た。
俺は小さく手を振る。
「……おはよう」
狼は静かに尾を揺らした。
そのとき。
ポケットの中で、通信端末が振動した。
「……ん?」
俺は端末を取り出した。
画面には、エリオットからのメッセージが表示されていた。
『おはよう、カイ』
続けて、もう一通。
『昨夜の件について、ヴィクターと相談した』
俺は画面を見つめた。
さらに、メッセージが届く。
『君の知り合いを、一時的に別の場所へ移す準備ができた』
……なるほど。
俺は小さく息を吐いた。
思ったより早いな。
そして、最後のメッセージ。
『ただし、少し問題がある』
俺は眉をひそめた。
……問題?
すぐに返信する。
『何だ?』
数秒後。
返事が届いた。
『昨夜、ガレスの部下が一人、行方不明になった』
俺は目を細めた。
……行方不明?
昨日、俺が捕まえた監視役のことだろうか。
だが、あの男は自分の足で逃げていった。
少なくとも、俺はそれを確認している。
続けて、エリオットからメッセージが届く。
『そして、ガレスの拠点周辺で、複数の武装集団が動いているらしい』
俺は静かに息を吐いた。
……どういうことだ?
ガレスが報復の準備をしているのか。
それとも、別の勢力が動いているのか。
まだ分からない。
だが、一つだけ確かなことがある。
状況は、少しずつ悪化している。
俺はシルヴァへ視線を向けた。
狼は静かにこちらを見つめていた。
「……どうやら、忙しくなりそうだ」
俺が呟くと、シルヴァは小さく鼻を鳴らした。
俺は苦笑した。
「……頼りにしてるぞ」
そして、通信端末を握り直した。
まずは、エリオットから詳しい話を聞こう。
その上で、リクとミナを安全な場所へ移す。
シルヴァがいるとはいえ、今の集合住宅に留まり続けるのは危険だ。
俺は窓の外を見た。
朝日に照らされたナイトシティ。
今日も、巨大な広告が騒々しく光っている。
その下では、無数の人間がそれぞれの生活を送っていた。
そして、そのどこかで。
俺たちを狙う人間も動いている。
「……さて」
俺は小さく息を吐いた。
「……次は、どう動くかな」
神々の剣士。
異世界から迷い込んだ、一人の少年。
その傍らには、銀色の霊狼。
そして、守るべき二人の子供。
ナイトシティでの生活は、まだ始まったばかりだった。
だが、俺にはもう、この世界で守りたいものができていた。
だからこそ。
どんな相手が来ようとも、簡単に奪わせるつもりはなかった。