神々の剣士、巨大企業の闇に触れる
神々の世界にも、国を動かすほどの力を持った人間はいた。
王。
貴族。
大商人。
そして、神殿の最高位に立つ聖職者たち。
彼らは時として、数万の兵士を動かし、一つの都市の運命を左右した。
だが、俺が今いる世界には、それ以上の力を持つ組織が存在する。
巨大企業。
国家に匹敵する資金と軍事力を持ち、都市そのものを経済活動の一部として扱う存在。
その一つが、ミリテクだ。
前世でゲームを遊んでいた俺は、その名前を知っている。
アラサカと並ぶ、世界有数の軍事企業。
兵器の開発から販売、軍事作戦、警備業務まで手掛ける巨大組織。
そして、ナイトシティの裏側にも深く関わっている企業。
……そんな相手の名前が、どうして俺の初仕事に出てくるんだ?
俺は目の前の端末を見つめながら、静かに息を吐いた。
◇
「まず、勘違いするなよ」
フィクサーのヴィクターが口を開いた。
場所は、ワトソンのバー。
奥まった個室に、俺とヴィクター、エリオット、そして情報解析担当のノアが集まっている。
テーブルの上には、昨日の襲撃に関する資料が表示されていた。
「ミリテクの名前が出たからといって、会社そのものがお前を狙っていると決まったわけじゃねえ」
「……分かってる」
俺は頷いた。
「古い契約用の識別コードが残っていたんだろ?」
「ああ」
ヴィクターは満足そうに頷いた。
「話が早くて助かる」
隣に座っていたノアが、端末を操作した。
黒髪を短く切り揃えた、眼鏡の女性。
表情の変化は少ないが、説明は簡潔で分かりやすい。
「……ガレスの部隊が使っていた通信機器の一部に、旧式の軍用認証形式が残っていた」
画面に、数字と記号の羅列が表示される。
俺には、ほとんど意味が分からない。
「……これが?」
「そう」
ノアは頷いた。
「ミリテク関連の契約で使われていた形式と一致する部分がある。ただし、認証そのものは無効」
「……つまり、昔ミリテクの仕事をしていた奴が、その機器を使っていた可能性もある?」
俺が尋ねると、ノアは少しだけ目を見開いた。
「……正解」
ヴィクターが笑った。
「いいねえ。ちゃんと頭が回るじゃねえか」
「……馬鹿にしてるだろ」
「褒めてるんだよ」
俺は苦笑した。
ノアが話を続ける。
「ほかにも可能性はある。中古の軍用品、盗難品、偽装された通信機器。今の段階では、どれも否定できない」
「……なるほど」
俺は腕を組んだ。
つまり、まだ証拠としては弱い。
ミリテクという名前だけで騒ぐのは早計だろう。
「それで」
俺はヴィクターを見た。
「調べるって、具体的に何をするんだ?」
男は口元を歪めた。
「そこからが本題だ」
◇
ノアが画面を切り替えた。
表示されたのは、ナイトシティの地図。
ワトソンから少し離れた工業地区の一角に、赤い印がついている。
「……ここは?」
俺が尋ねると、ノアが答えた。
「ノースサイドの古い物流倉庫」
画面が拡大される。
建物は三棟。
中央に広い搬入口。
周囲にはコンテナ置き場と駐車場。
その一角に、監視カメラらしいものが設置されていた。
「表向きは廃業した運送会社の倉庫だ」
ヴィクターが説明する。
「だが、最近になって人と車の出入りが増えている」
「……ガレスの拠点か?」
「違う」
ヴィクターは首を横に振った。
「ガレスの連中が、そこへ荷物を運び込んでいた形跡がある」
俺は眉をひそめた。
「……何の荷物だ?」
「それを調べたい」
なるほど。
俺は地図を見つめた。
「……中へ入って確認するのか?」
「最終的にはな」
ヴィクターは答えた。
「だが、いきなり突っ込むつもりはねえ」
俺は少し安心した。
昨日のような銃撃戦は、できれば避けたい。
特に今回は、相手の正体すら分かっていない。
「まずは外から監視する」
ヴィクターは続けた。
「車両の出入り、警備の人数、荷物の種類。可能なら、通信記録も拾う」
「……それなら、俺より専門家が向いてそうだな」
俺が言うと、ノアが小さく頷いた。
「……その通り」
ヴィクターが笑った。
「自分の不得意なことを理解してるのは、いい傾向だ」
「……だから、馬鹿にしてるだろ」
「してねえって」
男は笑いながら続けた。
「お前には、護衛を頼みたい」
俺は顔を上げた。
「……護衛?」
「ああ」
ヴィクターはノアを指差した。
「こいつが現場近くで調査をする。その間、お前にはノアを守ってもらう」
俺はノアを見た。
彼女は淡々と頷いた。
「……私の仕事は情報収集。戦闘は専門外」
「……なるほど」
俺は少し考えた。
敵地への潜入ではなく、情報収集の護衛。
それなら、引き受けられるかもしれない。
ただし。
「……一つ確認したい」
ヴィクターが頷く。
「何だ?」
「昨日の護衛任務は、軽い強盗の危険があるって話だったよな」
室内が静かになった。
エリオットが少し表情を引き締める。
俺は続けた。
「でも、実際には狙撃手も爆発物もいた。事前に聞いていた危険とは、全然違った」
「……ああ」
ヴィクターは頷いた。
「その通りだ」
「今回は、分かっている危険を全部教えてほしい」
俺は男の目を見た。
「俺だけならまだしも、ノアまで巻き込まれるんだろ?」
ヴィクターはしばらく黙っていた。
そして、グラスを置いた。
「……もっともな要求だ」
男は真剣な顔になった。
「昨日の件については、俺たちの見積もりが甘かった。そこは認める」
俺は黙って聞いた。
「誰かが意図的に危険を隠していたのか、俺たちが情報を取り損ねたのか。それも含めて調べている」
ヴィクターは続けた。
「だが、少なくとも俺は、お前を爆弾の前に放り出すつもりで仕事を回したわけじゃねえ」
「……そうか」
「信じるかどうかは、お前が決めろ」
俺は少し考えた。
そして、頷いた。
「……分かった」
全面的に信用したわけではない。
だが、今のところヴィクターは、こちらの質問から逃げていない。
それは評価できる。
「それで、今回の危険は?」
俺が尋ねると、ヴィクターは画面を操作した。
「確認できている警備員は、最低六人。拳銃と自動小銃を装備している」
ノアが補足する。
「監視カメラが複数。小型ドローンも一機確認されている」
「……ほかには?」
「不明」
ノアは即答した。
「建物内部の人数は分からない。地下設備の有無も未確認。軍用装備の搬入記録があるため、重武装の警備が存在する可能性もある」
俺は頷いた。
……少なくとも、今回は正直に説明してくれているらしい。
「報酬は?」
俺が尋ねると、ヴィクターは笑った。
「二千五百エディー」
俺は少し驚いた。
「……二千五百?」
「ああ」
ヴィクターは頷いた。
「調査が成功し、ノアが無事に戻れば支払う。現金払いも可能だ」
昨日の護衛任務より千エディー多い。
危険を考えれば、決して破格ではないのだろう。
だが、今の俺にとっては大きな金額だ。
「……撤退した場合は?」
俺が尋ねると、ヴィクターの口元が緩んだ。
「ほう?」
「相手が予想以上に危険だったら、無理に調査を続けるべきじゃないだろ?」
「……その通りだ」
ヴィクターは頷いた。
「合理的な理由で撤退した場合は、経費と危険手当として八百エディーを支払う」
「……分かった」
俺は少し考えた。
ノアの護衛。
敵地への無理な突入はしない。
危険なら撤退する。
報酬も明確だ。
「……引き受けるよ」
俺が答えると、ヴィクターは満足そうに笑った。
「よし。交渉成立だ」
◇
打ち合わせが終わった後、俺は一つだけ別の質問をした。
「……ヴィクター」
「ん?」
「リクとミナの避難先のことなんだけど」
男は頷いた。
「ああ。無事に移れたそうだな」
「おかげさまで」
俺は頭を下げた。
「ありがとう」
「礼はいい。仕事の一部だ」
ヴィクターは肩をすくめた。
「費用については、あとで精算する」
「……分かった」
俺は頷いた。
そして、続けた。
「ただ、今日の移動中に襲撃された」
ヴィクターの表情が変わった。
「……聞いてる」
「黒い車で追ってきた連中だ」
「ああ。レナから報告を受けた」
俺は男を見つめた。
「……誰か分かったのか?」
「まだだ」
ヴィクターは首を横に振った。
「車両の登録情報は偽装されていた。使われた銃も、珍しいものじゃない」
……なるほど。
相手は、かなり用心深いらしい。
「……避難先は大丈夫か?」
俺が尋ねると、ヴィクターは少し考えた。
「今のところ、追跡された形跡はない」
俺は小さく息を吐いた。
「……そうか」
「ただし、安心しきるな」
ヴィクターは真剣な顔で言った。
「連中がお前の交友関係を調べているなら、いずれ別の手段で探し当てる可能性がある」
「……分かってる」
俺は頷いた。
「だから、二人には護衛をつけてある」
ヴィクターが眉を上げた。
「……護衛?」
「ああ」
俺は少し考えた。
シルヴァのことを、どこまで話すべきだろうか。
レナには見られてしまった。
だが、むやみに情報を広めるつもりはない。
「……信頼できる仲間だ」
俺はそう答えた。
ヴィクターはしばらく俺を見つめていた。
そして、小さく笑った。
「……なるほどな」
それ以上は聞いてこなかった。
俺は少し安心した。
◇
翌日。
俺は、ノアと共にノースサイドへ向かっていた。
時刻は午前十一時過ぎ。
空は薄く曇っている。
巨大な工場。
錆びた配管。
放置されたコンテナ。
そして、遠くに見える煙突。
ワトソンの中心部とは、また違った雰囲気の場所だった。
「……随分と寂しいところだな」
俺が呟くと、隣を歩くノアが答えた。
「……この辺りは、廃業した工場が多い」
彼女は小型端末を操作している。
「物流拠点として使われている建物もあるけど、管理が行き届いていない場所も多い」
「……なるほど」
俺は周囲を見回した。
人通りは少ない。
時折、作業着姿の人間が歩いている程度だ。
俺は長剣のケースを背負い直した。
「……ノア」
「何?」
「一つ聞いていいか?」
「……どうぞ」
「こういう調査は、いつも一人でやってるのか?」
ノアは少し考えた。
「……場合による」
「……そうなのか?」
「安全な場所なら一人。危険がある場合は、護衛をつける」
彼女は俺を見た。
「……今回は、あなたが護衛」
「……責任重大だな」
俺が笑うと、ノアは淡々と答えた。
「……そう」
……冗談が通じないタイプか。
いや、単に真面目なだけかもしれない。
俺は小さく苦笑した。
「……頑張るよ」
ノアは頷いた。
「……期待してる」
◇
目的の倉庫が見えてきた。
大きな建物。
周囲には高いフェンス。
入口には、二人の武装した警備員。
さらに、屋上には監視カメラが設置されている。
俺は建物を見つめた。
……確かに、廃業した倉庫には見えないな。
警備が厳重すぎる。
「……ここか」
俺が呟くと、ノアが頷いた。
「……そう」
彼女は端末を操作した。
「まずは、外部の通信を確認する」
「……ここで?」
「少し離れた場所に、監視に適した建物がある」
ノアは地図を見せた。
倉庫から二百メートルほど離れた、小さな事務所跡。
そこからなら、倉庫の一部を見渡せるらしい。
「……分かった」
俺は頷いた。
「先に周囲を確認しよう」
ノアが顔を上げた。
「……何かいる?」
「いや」
俺は首を横に振った。
「まだ分からない。でも、用心した方がいい」
ノアは少し考えた。
そして、頷いた。
「……合理的」
俺は小さく笑った。
……褒められた、のか?
◇
事務所跡へ入ると、俺たちは二階へ上がった。
窓の一部は割れている。
床には埃が積もり、古い机や椅子が放置されていた。
ノアは窓際へ移動した。
そして、小型の観測機器を設置する。
俺はその間、建物の入口と階段を確認した。
……今のところ、問題はなさそうだ。
だが、昼間なので夜と月の女神の敵意感知は使えない。
自分の目と耳で警戒するしかない。
「……カイ」
ノアが声をかけてきた。
「ん?」
「……少し静かにして」
「……分かった」
俺は頷いた。
ノアは端末を操作し始めた。
画面には、倉庫周辺の映像が表示されている。
警備員。
搬入口。
駐車場。
そして、出入りする車両。
ノアは、それらを一つずつ記録していった。
俺は窓から少し離れた場所に立ち、周囲を見張る。
しばらく、静かな時間が続いた。
◇
三十分ほど経った頃。
ノアが小さく呟いた。
「……変」
俺は顔を上げた。
「……何が?」
彼女は画面を指差した。
「……搬入されている荷物」
俺は近づいた。
画面には、黒い大型ケースが映っている。
複数の作業員が、それを倉庫へ運び込んでいた。
「……何か問題があるのか?」
俺が尋ねると、ノアは頷いた。
「……ケースの規格が、一般的な物流用じゃない」
「……軍用品?」
「……可能性が高い」
ノアは映像を拡大した。
ケースの側面には、小さな識別番号が刻まれている。
俺には読めないほど細かい。
だが、ノアはそれを確認したらしい。
「……旧式の軍用輸送ケース」
彼女は呟いた。
「……しかも、最近になって再塗装されている」
俺は眉をひそめた。
「……中身は?」
「……不明」
ノアは答えた。
「ただ、重い」
俺は画面を見た。
作業員たちは、ケースを専用の運搬機械で動かしている。
確かに、かなりの重量がありそうだ。
「……兵器か?」
「……その可能性がある」
ノアは頷いた。
そして、別の画面を開いた。
「……それと、もう一つ」
「ん?」
「……通信量が多すぎる」
俺は首を傾げた。
「……どういうことだ?」
「倉庫としては、不自然なほど暗号化通信が多い」
ノアは説明した。
「しかも、一部は軍用の通信形式に似ている」
俺は静かに息を吐いた。
……なるほど。
どうやら、単なる倉庫ではなさそうだ。
◇
そのときだった。
俺は、微かな音を聞いた。
……ん?
金属が擦れるような音。
場所は、建物の外。
俺は窓から少し離れ、耳を澄ませた。
……車?
いや。
足音だ。
複数。
俺はノアへ視線を向けた。
「……ノア」
彼女が顔を上げる。
「……何?」
「誰か来る」
ノアの表情が変わった。
「……何人?」
「……少なくとも三人」
俺は答えた。
「まだ、こちらに気づいているかは分からない」
ノアはすぐに機器を片付け始めた。
……判断が早いな。
俺は長剣のケースへ手を伸ばした。
だが、まだ抜かない。
相手が何者か分からないからだ。
数秒後。
階下から声が聞こえた。
「……上を確認しろ」
男の声。
続いて、別の声。
「了解」
……まずいな。
明らかに、この建物を調べている。
俺はノアへ視線を向けた。
「……撤退するぞ」
ノアは頷いた。
「……了解」
俺たちは部屋の奥へ移動した。
事前に確認しておいた、裏側の非常階段。
そこからなら、建物の外へ出られる。
だが。
俺が扉へ手を伸ばした瞬間。
階下から、別の音が聞こえた。
……金属音?
それも、かなり重い。
俺は足を止めた。
何かが階段を上がってくる。
一歩。
また一歩。
普通の人間より、明らかに重い足音。
……何だ?
俺は静かに息を吐いた。
ノアが小さな声で尋ねる。
「……どうしたの?」
「……何かいる」
俺は答えた。
「普通の警備員とは、少し違うかもしれない」
ノアの表情が引き締まった。
俺は剣のケースを開いた。
中から、神々の剣を取り出す。
銀色の刃が、薄暗い室内で淡く輝いた。
……さて。
相手が誰であろうと、まずはノアを逃がす。
それが、今回の仕事だ。
俺は剣を構えた。
◇
非常階段の扉が開いた。
現れたのは、一人の男だった。
黒い戦闘服。
全身を覆う装甲。
そして、機械化された四肢。
顔の大部分は、無機質な金属製のマスクに覆われている。
目の部分には、赤い光が灯っていた。
……なるほど。
俺は目を細めた。
普通の人間ではない。
少なくとも、身体の大部分が機械化されている。
男は俺たちを見た。
そして、低い声で告げた。
「……未確認の侵入者を発見」
俺は静かに息を吐いた。
男の右腕が動く。
装甲の一部が開き、内部から銃口が現れた。
……内蔵火器か。
俺はノアへ声をかけた。
「……下がれ」
ノアはすぐに後退した。
男の赤い目が、俺を捉える。
「……武器を捨てろ」
機械的な声だった。
俺は剣を構えたまま答えた。
「……俺たちは、もう帰るところだ」
男は動かない。
「……武器を捨てろ」
同じ言葉を繰り返す。
俺は小さく息を吐いた。
「……話が通じないか」
そのとき。
男の腕に内蔵された銃口が、僅かに動いた。
狙いは、俺ではない。
後ろにいるノア。
……っ!
俺は床を蹴った。
銃声が響くより先に、男の射線へ飛び込む。
神剣を振るう。
銀色の刃が、男の右腕へ向かった。
だが。
――ガキンッ!
鋭い金属音。
男は左腕を上げ、剣を受け止めていた。
……硬い!
俺は目を細めた。
装甲の強度が、昨日のガレスとは違う。
男の左腕が動いた。
俺の腹部へ向けて、鋭い打撃が放たれる。
……速い!
俺は身体を捻り、拳をかわした。
直後、背後の壁が砕ける。
……なるほど。
かなりの出力だ。
だが。
俺は静かに息を吐いた。
……それだけか?
元の世界では、もっと速い相手と戦ってきた。
巨大な魔獣。
神々の眷属。
そして、邪神の配下。
それらと比べれば、この男の動きはまだ読みやすい。
問題は、別にある。
俺は男の身体を見た。
全身の装甲。
機械化された四肢。
そして、内部に組み込まれた火器。
……どこまでが生身なんだ?
それが分からない。
不用意に斬れば、相手を殺してしまうかもしれない。
俺は剣の角度を変えた。
狙うのは、右腕の駆動部。
男が再び銃口を向ける。
俺は、その動きに合わせて踏み込んだ。
剣を振るう。
――ギィンッ!
装甲が裂けた。
火花が散る。
男の右腕が、不自然な方向へ跳ねる。
「……右腕駆動系、損傷」
機械的な声が響いた。
だが、男は止まらない。
左腕を振り上げる。
俺はその内側へ入り込んだ。
そして、剣の柄を胸部へ叩き込む。
――ドンッ!
重い衝撃。
男の身体が後方へ押し戻された。
だが、倒れない。
……頑丈だな。
俺は小さく息を吐いた。
そして、男の足元へ視線を向けた。
……なら。
次の瞬間。
俺は低く踏み込んだ。
神剣が、男の膝関節を斬り裂く。
金属音。
火花。
そして、機械化された脚が大きく折れ曲がった。
男の身体が崩れる。
「……左脚駆動系、重大損傷」
俺は即座に距離を取った。
男は片膝をつき、なおもこちらへ顔を向けていた。
……まだ動けるのか。
俺は剣を構え直した。
だが、そのとき。
ノアが叫んだ。
「……カイ!」
俺は振り返った。
非常階段の奥。
そこに、さらに二つの赤い光が見えた。
……増援か。
俺は目を細めた。
現れたのは、同じような装甲をまとった二人の兵士。
その手には、大型の銃が握られている。
ノアの顔が青ざめた。
「……そんな」
俺は静かに尋ねた。
「……知ってるのか?」
ノアは頷いた。
「……軍用の全身義体に近い」
俺は兵士たちを見つめた。
赤い目。
重い装甲。
そして、機械的な動き。
……なるほど。
どうやら、普通の警備員ではないらしい。
ノアが震える声で続けた。
「……あれ、企業の特殊作戦用装備かもしれない」
俺は静かに息を吐いた。
……企業の特殊部隊。
前世の記憶が、頭をよぎる。
ミリテク。
アラサカ。
そして、全身を機械化した戦闘員たち。
この世界には、そういう存在がいることを知っていた。
だが、実際に目の前で見るのは初めてだ。
俺は剣を握り直した。
……さて。
相手が何者かは、まだ分からない。
だが、ノアを狙った時点で、こちらにとっては明確な敵だ。
しかも、相手は重武装。
手加減をしている余裕があるかどうかも怪しい。
俺はノアへ声をかけた。
「……ノア」
「……何?」
「裏口まで、走れるか?」
ノアは頷いた。
「……走れる」
「なら、俺が道を開く」
俺は静かに言った。
「絶対に振り返るな」
ノアは一瞬、俺を見つめた。
そして、頷いた。
「……分かった」
俺は前方へ視線を戻した。
二人の兵士が、銃を構える。
その銃口が、こちらへ向けられる。
……なるほど。
俺は静かに息を吐いた。
そして、剣を構え直した。
今までの戦いでは、できるだけ相手を殺さずに済ませてきた。
だが、それは俺が全力を出していたという意味ではない。
相手の急所を避ける。
武器だけを破壊する。
手足の動きを封じる。
そういったことに、どれほど神経を使っていたか。
……考えてみれば、随分と面倒な戦い方をしていたものだ。
俺は小さく笑った。
もちろん、無意味に命を奪うつもりはない。
だが。
相手が本気でこちらを殺しに来るなら。
そして、守るべき人間の命がかかっているなら。
俺も、覚悟を決める必要がある。
神剣の刃が、淡い光を帯びた。
俺は静かに呟いた。
「……悪いな」
そして。
「……ここからは、手加減できそうにない」
次の瞬間。
俺は、床を蹴った。