神々の剣士は電脳都市で生きる   作:アイエオ

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第十六話 企業の影

神々の剣士、巨大企業の闇に触れる

 神々の世界にも、国を動かすほどの力を持った人間はいた。

 

 王。

 

 貴族。

 

 大商人。

 

 そして、神殿の最高位に立つ聖職者たち。

 

 彼らは時として、数万の兵士を動かし、一つの都市の運命を左右した。

 

 だが、俺が今いる世界には、それ以上の力を持つ組織が存在する。

 

 巨大企業。

 

 国家に匹敵する資金と軍事力を持ち、都市そのものを経済活動の一部として扱う存在。

 

 その一つが、ミリテクだ。

 

 前世でゲームを遊んでいた俺は、その名前を知っている。

 

 アラサカと並ぶ、世界有数の軍事企業。

 

 兵器の開発から販売、軍事作戦、警備業務まで手掛ける巨大組織。

 

 そして、ナイトシティの裏側にも深く関わっている企業。

 

 ……そんな相手の名前が、どうして俺の初仕事に出てくるんだ?

 

 俺は目の前の端末を見つめながら、静かに息を吐いた。

 

     ◇

 

「まず、勘違いするなよ」

 

 フィクサーのヴィクターが口を開いた。

 

 場所は、ワトソンのバー。

 

 奥まった個室に、俺とヴィクター、エリオット、そして情報解析担当のノアが集まっている。

 

 テーブルの上には、昨日の襲撃に関する資料が表示されていた。

 

「ミリテクの名前が出たからといって、会社そのものがお前を狙っていると決まったわけじゃねえ」

 

「……分かってる」

 

 俺は頷いた。

 

「古い契約用の識別コードが残っていたんだろ?」

 

「ああ」

 

 ヴィクターは満足そうに頷いた。

 

「話が早くて助かる」

 

 隣に座っていたノアが、端末を操作した。

 

 黒髪を短く切り揃えた、眼鏡の女性。

 

 表情の変化は少ないが、説明は簡潔で分かりやすい。

 

「……ガレスの部隊が使っていた通信機器の一部に、旧式の軍用認証形式が残っていた」

 

 画面に、数字と記号の羅列が表示される。

 

 俺には、ほとんど意味が分からない。

 

「……これが?」

 

「そう」

 

 ノアは頷いた。

 

「ミリテク関連の契約で使われていた形式と一致する部分がある。ただし、認証そのものは無効」

 

「……つまり、昔ミリテクの仕事をしていた奴が、その機器を使っていた可能性もある?」

 

 俺が尋ねると、ノアは少しだけ目を見開いた。

 

「……正解」

 

 ヴィクターが笑った。

 

「いいねえ。ちゃんと頭が回るじゃねえか」

 

「……馬鹿にしてるだろ」

 

「褒めてるんだよ」

 

 俺は苦笑した。

 

 ノアが話を続ける。

 

「ほかにも可能性はある。中古の軍用品、盗難品、偽装された通信機器。今の段階では、どれも否定できない」

 

「……なるほど」

 

 俺は腕を組んだ。

 

 つまり、まだ証拠としては弱い。

 

 ミリテクという名前だけで騒ぐのは早計だろう。

 

「それで」

 

 俺はヴィクターを見た。

 

「調べるって、具体的に何をするんだ?」

 

 男は口元を歪めた。

 

「そこからが本題だ」

 

     ◇

 

 ノアが画面を切り替えた。

 

 表示されたのは、ナイトシティの地図。

 

 ワトソンから少し離れた工業地区の一角に、赤い印がついている。

 

「……ここは?」

 

 俺が尋ねると、ノアが答えた。

 

「ノースサイドの古い物流倉庫」

 

 画面が拡大される。

 

 建物は三棟。

 

 中央に広い搬入口。

 

 周囲にはコンテナ置き場と駐車場。

 

 その一角に、監視カメラらしいものが設置されていた。

 

「表向きは廃業した運送会社の倉庫だ」

 

 ヴィクターが説明する。

 

「だが、最近になって人と車の出入りが増えている」

 

「……ガレスの拠点か?」

 

「違う」

 

 ヴィクターは首を横に振った。

 

「ガレスの連中が、そこへ荷物を運び込んでいた形跡がある」

 

 俺は眉をひそめた。

 

「……何の荷物だ?」

 

「それを調べたい」

 

 なるほど。

 

 俺は地図を見つめた。

 

「……中へ入って確認するのか?」

 

「最終的にはな」

 

 ヴィクターは答えた。

 

「だが、いきなり突っ込むつもりはねえ」

 

 俺は少し安心した。

 

 昨日のような銃撃戦は、できれば避けたい。

 

 特に今回は、相手の正体すら分かっていない。

 

「まずは外から監視する」

 

 ヴィクターは続けた。

 

「車両の出入り、警備の人数、荷物の種類。可能なら、通信記録も拾う」

 

「……それなら、俺より専門家が向いてそうだな」

 

 俺が言うと、ノアが小さく頷いた。

 

「……その通り」

 

 ヴィクターが笑った。

 

「自分の不得意なことを理解してるのは、いい傾向だ」

 

「……だから、馬鹿にしてるだろ」

 

「してねえって」

 

 男は笑いながら続けた。

 

「お前には、護衛を頼みたい」

 

 俺は顔を上げた。

 

「……護衛?」

 

「ああ」

 

 ヴィクターはノアを指差した。

 

「こいつが現場近くで調査をする。その間、お前にはノアを守ってもらう」

 

 俺はノアを見た。

 

 彼女は淡々と頷いた。

 

「……私の仕事は情報収集。戦闘は専門外」

 

「……なるほど」

 

 俺は少し考えた。

 

 敵地への潜入ではなく、情報収集の護衛。

 

 それなら、引き受けられるかもしれない。

 

 ただし。

 

「……一つ確認したい」

 

 ヴィクターが頷く。

 

「何だ?」

 

「昨日の護衛任務は、軽い強盗の危険があるって話だったよな」

 

 室内が静かになった。

 

 エリオットが少し表情を引き締める。

 

 俺は続けた。

 

「でも、実際には狙撃手も爆発物もいた。事前に聞いていた危険とは、全然違った」

 

「……ああ」

 

 ヴィクターは頷いた。

 

「その通りだ」

 

「今回は、分かっている危険を全部教えてほしい」

 

 俺は男の目を見た。

 

「俺だけならまだしも、ノアまで巻き込まれるんだろ?」

 

 ヴィクターはしばらく黙っていた。

 

 そして、グラスを置いた。

 

「……もっともな要求だ」

 

 男は真剣な顔になった。

 

「昨日の件については、俺たちの見積もりが甘かった。そこは認める」

 

 俺は黙って聞いた。

 

「誰かが意図的に危険を隠していたのか、俺たちが情報を取り損ねたのか。それも含めて調べている」

 

 ヴィクターは続けた。

 

「だが、少なくとも俺は、お前を爆弾の前に放り出すつもりで仕事を回したわけじゃねえ」

 

「……そうか」

 

「信じるかどうかは、お前が決めろ」

 

 俺は少し考えた。

 

 そして、頷いた。

 

「……分かった」

 

 全面的に信用したわけではない。

 

 だが、今のところヴィクターは、こちらの質問から逃げていない。

 

 それは評価できる。

 

「それで、今回の危険は?」

 

 俺が尋ねると、ヴィクターは画面を操作した。

 

「確認できている警備員は、最低六人。拳銃と自動小銃を装備している」

 

 ノアが補足する。

 

「監視カメラが複数。小型ドローンも一機確認されている」

 

「……ほかには?」

 

「不明」

 

 ノアは即答した。

 

「建物内部の人数は分からない。地下設備の有無も未確認。軍用装備の搬入記録があるため、重武装の警備が存在する可能性もある」

 

 俺は頷いた。

 

 ……少なくとも、今回は正直に説明してくれているらしい。

 

「報酬は?」

 

 俺が尋ねると、ヴィクターは笑った。

 

「二千五百エディー」

 

 俺は少し驚いた。

 

「……二千五百?」

 

「ああ」

 

 ヴィクターは頷いた。

 

「調査が成功し、ノアが無事に戻れば支払う。現金払いも可能だ」

 

 昨日の護衛任務より千エディー多い。

 

 危険を考えれば、決して破格ではないのだろう。

 

 だが、今の俺にとっては大きな金額だ。

 

「……撤退した場合は?」

 

 俺が尋ねると、ヴィクターの口元が緩んだ。

 

「ほう?」

 

「相手が予想以上に危険だったら、無理に調査を続けるべきじゃないだろ?」

 

「……その通りだ」

 

 ヴィクターは頷いた。

 

「合理的な理由で撤退した場合は、経費と危険手当として八百エディーを支払う」

 

「……分かった」

 

 俺は少し考えた。

 

 ノアの護衛。

 

 敵地への無理な突入はしない。

 

 危険なら撤退する。

 

 報酬も明確だ。

 

「……引き受けるよ」

 

 俺が答えると、ヴィクターは満足そうに笑った。

 

「よし。交渉成立だ」

 

     ◇

 

 打ち合わせが終わった後、俺は一つだけ別の質問をした。

 

「……ヴィクター」

 

「ん?」

 

「リクとミナの避難先のことなんだけど」

 

 男は頷いた。

 

「ああ。無事に移れたそうだな」

 

「おかげさまで」

 

 俺は頭を下げた。

 

「ありがとう」

 

「礼はいい。仕事の一部だ」

 

 ヴィクターは肩をすくめた。

 

「費用については、あとで精算する」

 

「……分かった」

 

 俺は頷いた。

 

 そして、続けた。

 

「ただ、今日の移動中に襲撃された」

 

 ヴィクターの表情が変わった。

 

「……聞いてる」

 

「黒い車で追ってきた連中だ」

 

「ああ。レナから報告を受けた」

 

 俺は男を見つめた。

 

「……誰か分かったのか?」

 

「まだだ」

 

 ヴィクターは首を横に振った。

 

「車両の登録情報は偽装されていた。使われた銃も、珍しいものじゃない」

 

 ……なるほど。

 

 相手は、かなり用心深いらしい。

 

「……避難先は大丈夫か?」

 

 俺が尋ねると、ヴィクターは少し考えた。

 

「今のところ、追跡された形跡はない」

 

 俺は小さく息を吐いた。

 

「……そうか」

 

「ただし、安心しきるな」

 

 ヴィクターは真剣な顔で言った。

 

「連中がお前の交友関係を調べているなら、いずれ別の手段で探し当てる可能性がある」

 

「……分かってる」

 

 俺は頷いた。

 

「だから、二人には護衛をつけてある」

 

 ヴィクターが眉を上げた。

 

「……護衛?」

 

「ああ」

 

 俺は少し考えた。

 

 シルヴァのことを、どこまで話すべきだろうか。

 

 レナには見られてしまった。

 

 だが、むやみに情報を広めるつもりはない。

 

「……信頼できる仲間だ」

 

 俺はそう答えた。

 

 ヴィクターはしばらく俺を見つめていた。

 

 そして、小さく笑った。

 

「……なるほどな」

 

 それ以上は聞いてこなかった。

 

 俺は少し安心した。

 

     ◇

 

 翌日。

 

 俺は、ノアと共にノースサイドへ向かっていた。

 

 時刻は午前十一時過ぎ。

 

 空は薄く曇っている。

 

 巨大な工場。

 

 錆びた配管。

 

 放置されたコンテナ。

 

 そして、遠くに見える煙突。

 

 ワトソンの中心部とは、また違った雰囲気の場所だった。

 

「……随分と寂しいところだな」

 

 俺が呟くと、隣を歩くノアが答えた。

 

「……この辺りは、廃業した工場が多い」

 

 彼女は小型端末を操作している。

 

「物流拠点として使われている建物もあるけど、管理が行き届いていない場所も多い」

 

「……なるほど」

 

 俺は周囲を見回した。

 

 人通りは少ない。

 

 時折、作業着姿の人間が歩いている程度だ。

 

 俺は長剣のケースを背負い直した。

 

「……ノア」

 

「何?」

 

「一つ聞いていいか?」

 

「……どうぞ」

 

「こういう調査は、いつも一人でやってるのか?」

 

 ノアは少し考えた。

 

「……場合による」

 

「……そうなのか?」

 

「安全な場所なら一人。危険がある場合は、護衛をつける」

 

 彼女は俺を見た。

 

「……今回は、あなたが護衛」

 

「……責任重大だな」

 

 俺が笑うと、ノアは淡々と答えた。

 

「……そう」

 

 ……冗談が通じないタイプか。

 

 いや、単に真面目なだけかもしれない。

 

 俺は小さく苦笑した。

 

「……頑張るよ」

 

 ノアは頷いた。

 

「……期待してる」

 

     ◇

 

 目的の倉庫が見えてきた。

 

 大きな建物。

 

 周囲には高いフェンス。

 

 入口には、二人の武装した警備員。

 

 さらに、屋上には監視カメラが設置されている。

 

 俺は建物を見つめた。

 

 ……確かに、廃業した倉庫には見えないな。

 

 警備が厳重すぎる。

 

「……ここか」

 

 俺が呟くと、ノアが頷いた。

 

「……そう」

 

 彼女は端末を操作した。

 

「まずは、外部の通信を確認する」

 

「……ここで?」

 

「少し離れた場所に、監視に適した建物がある」

 

 ノアは地図を見せた。

 

 倉庫から二百メートルほど離れた、小さな事務所跡。

 

 そこからなら、倉庫の一部を見渡せるらしい。

 

「……分かった」

 

 俺は頷いた。

 

「先に周囲を確認しよう」

 

 ノアが顔を上げた。

 

「……何かいる?」

 

「いや」

 

 俺は首を横に振った。

 

「まだ分からない。でも、用心した方がいい」

 

 ノアは少し考えた。

 

 そして、頷いた。

 

「……合理的」

 

 俺は小さく笑った。

 

 ……褒められた、のか?

 

     ◇

 

 事務所跡へ入ると、俺たちは二階へ上がった。

 

 窓の一部は割れている。

 

 床には埃が積もり、古い机や椅子が放置されていた。

 

 ノアは窓際へ移動した。

 

 そして、小型の観測機器を設置する。

 

 俺はその間、建物の入口と階段を確認した。

 

 ……今のところ、問題はなさそうだ。

 

 だが、昼間なので夜と月の女神の敵意感知は使えない。

 

 自分の目と耳で警戒するしかない。

 

「……カイ」

 

 ノアが声をかけてきた。

 

「ん?」

 

「……少し静かにして」

 

「……分かった」

 

 俺は頷いた。

 

 ノアは端末を操作し始めた。

 

 画面には、倉庫周辺の映像が表示されている。

 

 警備員。

 

 搬入口。

 

 駐車場。

 

 そして、出入りする車両。

 

 ノアは、それらを一つずつ記録していった。

 

 俺は窓から少し離れた場所に立ち、周囲を見張る。

 

 しばらく、静かな時間が続いた。

 

     ◇

 

 三十分ほど経った頃。

 

 ノアが小さく呟いた。

 

「……変」

 

 俺は顔を上げた。

 

「……何が?」

 

 彼女は画面を指差した。

 

「……搬入されている荷物」

 

 俺は近づいた。

 

 画面には、黒い大型ケースが映っている。

 

 複数の作業員が、それを倉庫へ運び込んでいた。

 

「……何か問題があるのか?」

 

 俺が尋ねると、ノアは頷いた。

 

「……ケースの規格が、一般的な物流用じゃない」

 

「……軍用品?」

 

「……可能性が高い」

 

 ノアは映像を拡大した。

 

 ケースの側面には、小さな識別番号が刻まれている。

 

 俺には読めないほど細かい。

 

 だが、ノアはそれを確認したらしい。

 

「……旧式の軍用輸送ケース」

 

 彼女は呟いた。

 

「……しかも、最近になって再塗装されている」

 

 俺は眉をひそめた。

 

「……中身は?」

 

「……不明」

 

 ノアは答えた。

 

「ただ、重い」

 

 俺は画面を見た。

 

 作業員たちは、ケースを専用の運搬機械で動かしている。

 

 確かに、かなりの重量がありそうだ。

 

「……兵器か?」

 

「……その可能性がある」

 

 ノアは頷いた。

 

 そして、別の画面を開いた。

 

「……それと、もう一つ」

 

「ん?」

 

「……通信量が多すぎる」

 

 俺は首を傾げた。

 

「……どういうことだ?」

 

「倉庫としては、不自然なほど暗号化通信が多い」

 

 ノアは説明した。

 

「しかも、一部は軍用の通信形式に似ている」

 

 俺は静かに息を吐いた。

 

 ……なるほど。

 

 どうやら、単なる倉庫ではなさそうだ。

 

     ◇

 

 そのときだった。

 

 俺は、微かな音を聞いた。

 

 ……ん?

 

 金属が擦れるような音。

 

 場所は、建物の外。

 

 俺は窓から少し離れ、耳を澄ませた。

 

 ……車?

 

 いや。

 

 足音だ。

 

 複数。

 

 俺はノアへ視線を向けた。

 

「……ノア」

 

 彼女が顔を上げる。

 

「……何?」

 

「誰か来る」

 

 ノアの表情が変わった。

 

「……何人?」

 

「……少なくとも三人」

 

 俺は答えた。

 

「まだ、こちらに気づいているかは分からない」

 

 ノアはすぐに機器を片付け始めた。

 

 ……判断が早いな。

 

 俺は長剣のケースへ手を伸ばした。

 

 だが、まだ抜かない。

 

 相手が何者か分からないからだ。

 

 数秒後。

 

 階下から声が聞こえた。

 

「……上を確認しろ」

 

 男の声。

 

 続いて、別の声。

 

「了解」

 

 ……まずいな。

 

 明らかに、この建物を調べている。

 

 俺はノアへ視線を向けた。

 

「……撤退するぞ」

 

 ノアは頷いた。

 

「……了解」

 

 俺たちは部屋の奥へ移動した。

 

 事前に確認しておいた、裏側の非常階段。

 

 そこからなら、建物の外へ出られる。

 

 だが。

 

 俺が扉へ手を伸ばした瞬間。

 

 階下から、別の音が聞こえた。

 

 ……金属音?

 

 それも、かなり重い。

 

 俺は足を止めた。

 

 何かが階段を上がってくる。

 

 一歩。

 

 また一歩。

 

 普通の人間より、明らかに重い足音。

 

 ……何だ?

 

 俺は静かに息を吐いた。

 

 ノアが小さな声で尋ねる。

 

「……どうしたの?」

 

「……何かいる」

 

 俺は答えた。

 

「普通の警備員とは、少し違うかもしれない」

 

 ノアの表情が引き締まった。

 

 俺は剣のケースを開いた。

 

 中から、神々の剣を取り出す。

 

 銀色の刃が、薄暗い室内で淡く輝いた。

 

 ……さて。

 

 相手が誰であろうと、まずはノアを逃がす。

 

 それが、今回の仕事だ。

 

 俺は剣を構えた。

 

     ◇

 

 非常階段の扉が開いた。

 

 現れたのは、一人の男だった。

 

 黒い戦闘服。

 

 全身を覆う装甲。

 

 そして、機械化された四肢。

 

 顔の大部分は、無機質な金属製のマスクに覆われている。

 

 目の部分には、赤い光が灯っていた。

 

 ……なるほど。

 

 俺は目を細めた。

 

 普通の人間ではない。

 

 少なくとも、身体の大部分が機械化されている。

 

 男は俺たちを見た。

 

 そして、低い声で告げた。

 

「……未確認の侵入者を発見」

 

 俺は静かに息を吐いた。

 

 男の右腕が動く。

 

 装甲の一部が開き、内部から銃口が現れた。

 

 ……内蔵火器か。

 

 俺はノアへ声をかけた。

 

「……下がれ」

 

 ノアはすぐに後退した。

 

 男の赤い目が、俺を捉える。

 

「……武器を捨てろ」

 

 機械的な声だった。

 

 俺は剣を構えたまま答えた。

 

「……俺たちは、もう帰るところだ」

 

 男は動かない。

 

「……武器を捨てろ」

 

 同じ言葉を繰り返す。

 

 俺は小さく息を吐いた。

 

「……話が通じないか」

 

 そのとき。

 

 男の腕に内蔵された銃口が、僅かに動いた。

 

 狙いは、俺ではない。

 

 後ろにいるノア。

 

 ……っ!

 

 俺は床を蹴った。

 

 銃声が響くより先に、男の射線へ飛び込む。

 

 神剣を振るう。

 

 銀色の刃が、男の右腕へ向かった。

 

 だが。

 

 ――ガキンッ!

 

 鋭い金属音。

 

 男は左腕を上げ、剣を受け止めていた。

 

 ……硬い!

 

 俺は目を細めた。

 

 装甲の強度が、昨日のガレスとは違う。

 

 男の左腕が動いた。

 

 俺の腹部へ向けて、鋭い打撃が放たれる。

 

 ……速い!

 

 俺は身体を捻り、拳をかわした。

 

 直後、背後の壁が砕ける。

 

 ……なるほど。

 

 かなりの出力だ。

 

 だが。

 

 俺は静かに息を吐いた。

 

 ……それだけか?

 

 元の世界では、もっと速い相手と戦ってきた。

 

 巨大な魔獣。

 

 神々の眷属。

 

 そして、邪神の配下。

 

 それらと比べれば、この男の動きはまだ読みやすい。

 

 問題は、別にある。

 

 俺は男の身体を見た。

 

 全身の装甲。

 

 機械化された四肢。

 

 そして、内部に組み込まれた火器。

 

 ……どこまでが生身なんだ?

 

 それが分からない。

 

 不用意に斬れば、相手を殺してしまうかもしれない。

 

 俺は剣の角度を変えた。

 

 狙うのは、右腕の駆動部。

 

 男が再び銃口を向ける。

 

 俺は、その動きに合わせて踏み込んだ。

 

 剣を振るう。

 

 ――ギィンッ!

 

 装甲が裂けた。

 

 火花が散る。

 

 男の右腕が、不自然な方向へ跳ねる。

 

「……右腕駆動系、損傷」

 

 機械的な声が響いた。

 

 だが、男は止まらない。

 

 左腕を振り上げる。

 

 俺はその内側へ入り込んだ。

 

 そして、剣の柄を胸部へ叩き込む。

 

 ――ドンッ!

 

 重い衝撃。

 

 男の身体が後方へ押し戻された。

 

 だが、倒れない。

 

 ……頑丈だな。

 

 俺は小さく息を吐いた。

 

 そして、男の足元へ視線を向けた。

 

 ……なら。

 

 次の瞬間。

 

 俺は低く踏み込んだ。

 

 神剣が、男の膝関節を斬り裂く。

 

 金属音。

 

 火花。

 

 そして、機械化された脚が大きく折れ曲がった。

 

 男の身体が崩れる。

 

「……左脚駆動系、重大損傷」

 

 俺は即座に距離を取った。

 

 男は片膝をつき、なおもこちらへ顔を向けていた。

 

 ……まだ動けるのか。

 

 俺は剣を構え直した。

 

 だが、そのとき。

 

 ノアが叫んだ。

 

「……カイ!」

 

 俺は振り返った。

 

 非常階段の奥。

 

 そこに、さらに二つの赤い光が見えた。

 

 ……増援か。

 

 俺は目を細めた。

 

 現れたのは、同じような装甲をまとった二人の兵士。

 

 その手には、大型の銃が握られている。

 

 ノアの顔が青ざめた。

 

「……そんな」

 

 俺は静かに尋ねた。

 

「……知ってるのか?」

 

 ノアは頷いた。

 

「……軍用の全身義体に近い」

 

 俺は兵士たちを見つめた。

 

 赤い目。

 

 重い装甲。

 

 そして、機械的な動き。

 

 ……なるほど。

 

 どうやら、普通の警備員ではないらしい。

 

 ノアが震える声で続けた。

 

「……あれ、企業の特殊作戦用装備かもしれない」

 

 俺は静かに息を吐いた。

 

 ……企業の特殊部隊。

 

 前世の記憶が、頭をよぎる。

 

 ミリテク。

 

 アラサカ。

 

 そして、全身を機械化した戦闘員たち。

 

 この世界には、そういう存在がいることを知っていた。

 

 だが、実際に目の前で見るのは初めてだ。

 

 俺は剣を握り直した。

 

 ……さて。

 

 相手が何者かは、まだ分からない。

 

 だが、ノアを狙った時点で、こちらにとっては明確な敵だ。

 

 しかも、相手は重武装。

 

 手加減をしている余裕があるかどうかも怪しい。

 

 俺はノアへ声をかけた。

 

「……ノア」

 

「……何?」

 

「裏口まで、走れるか?」

 

 ノアは頷いた。

 

「……走れる」

 

「なら、俺が道を開く」

 

 俺は静かに言った。

 

「絶対に振り返るな」

 

 ノアは一瞬、俺を見つめた。

 

 そして、頷いた。

 

「……分かった」

 

 俺は前方へ視線を戻した。

 

 二人の兵士が、銃を構える。

 

 その銃口が、こちらへ向けられる。

 

 ……なるほど。

 

 俺は静かに息を吐いた。

 

 そして、剣を構え直した。

 

 今までの戦いでは、できるだけ相手を殺さずに済ませてきた。

 

 だが、それは俺が全力を出していたという意味ではない。

 

 相手の急所を避ける。

 

 武器だけを破壊する。

 

 手足の動きを封じる。

 

 そういったことに、どれほど神経を使っていたか。

 

 ……考えてみれば、随分と面倒な戦い方をしていたものだ。

 

 俺は小さく笑った。

 

 もちろん、無意味に命を奪うつもりはない。

 

 だが。

 

 相手が本気でこちらを殺しに来るなら。

 

 そして、守るべき人間の命がかかっているなら。

 

 俺も、覚悟を決める必要がある。

 

 神剣の刃が、淡い光を帯びた。

 

 俺は静かに呟いた。

 

「……悪いな」

 

 そして。

 

「……ここからは、手加減できそうにない」

 

 次の瞬間。

 

 俺は、床を蹴った。

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