神々の剣士は電脳都市で生きる   作:アイエオ

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第二十話 傭兵の流儀

神々の剣士、敗者との再会

 ナイトシティでは、信用にも値段がつくらしい。

 

 情報を売る人間がいる。

 

 命を売る人間がいる。

 

 そして、昨日まで殺し合っていた相手と、今日は同じテーブルを囲む人間もいる。

 

 最初にその話を聞いたとき、俺は冗談だと思った。

 

 だが、どうやらこの街では珍しいことではないらしい。

 

 もちろん、誰もがそう簡単に過去を水に流すわけではない。

 

 恨みは残る。

 

 借りも残る。

 

 金銭の貸し借りなら、なおさらだ。

 

 そして今回、俺が会おうとしている相手は、その三つをすべて抱えているようだった。

 

 ガレス・ブレイク。

 

 昨日まで俺の命を狙っていた傭兵団の頭目。

 

 右腕に大型の戦闘用サイバーウェアを組み込み、二メートル近い巨体を持つ男。

 

 俺が剣でその腕を斬り、戦闘不能にした相手だ。

 

 その男が、直接会いたいと言ってきた。

 

 ……さて。

 

 何を考えているんだろうな。

 

     ◇

 

 翌朝。

 

 俺は避難先の小さな台所で、リクが淹れてくれた飲み物を口にしていた。

 

 見た目はコーヒーに似ている。

 

 だが、味は少し違う。

 

 苦味の奥に、妙な甘さがある。

 

「……これ、本当にコーヒーなのか?」

 

 俺が尋ねると、リクが肩をすくめた。

 

「コーヒー味の合成飲料だよ。本物なんて高くて買えないって」

 

「なるほど」

 

 俺はカップを見つめた。

 

 ……異世界の方が、まともなコーヒーを飲めていた気がする。

 

 もっとも、向こうでは砂糖が高価だった地域もある。

 

 どちらが恵まれているかは、一概には言えないだろう。

 

 食卓の向こうでは、ミナがシルヴァの毛並みを整えていた。

 

 小さな櫛を使い、銀灰色の背中を丁寧に梳いている。

 

「シルヴァちゃん、じっとしててね」

 

 霊狼は大人しく伏せていた。

 

 ただし、尻尾だけはゆっくりと動いている。

 

「……お前、完全に気に入ってるな」

 

 俺が言うと、シルヴァは片耳を動かした。

 

 ミナが得意げに笑う。

 

「シルヴァちゃん、いい子だもん!」

 

「そうだな」

 

 俺は頷いた。

 

 元の世界で魔獣を追い詰めていた霊狼が、今では十歳の少女に毛繕いをされている。

 

 狩猟の神がこの光景を見たら、どんな顔をするだろう。

 

 ……案外、笑って喜びそうだな。

 

 あの神は、狩りの獲物だけでなく、共に生きる獣たちを大切にしていた。

 

 そのとき、通信端末が振動した。

 

 エリオットからだ。

 

「もしもし」

 

『おはよう、カイ。ガレスとの面会について、話がまとまったよ』

 

 俺はカップを置いた。

 

「早かったな」

 

『向こうも急いでいるらしい』

 

「……場所は?」

 

『ワトソンの旧工業地区。閉鎖された配送会社の事務所だ』

 

 俺は眉をひそめた。

 

「ガレスの縄張りじゃないだろうな?」

 

『違う。ヴィクターが管理者を通して借りた場所だ。周辺の出入りもこちらで確認する』

 

「なるほど」

 

『ただし、ガレスは護衛を二人連れてくると言っている』

 

「……武装は?」

 

『拳銃まで。大型火器は禁止。君も剣を持ってきて構わない』

 

 俺は少し考えた。

 

 護衛が二人。

 

 ガレス本人。

 

 そして、こちらは俺とエリオット。

 

 場合によってはマーカスも来るかもしれない。

 

 ……人数としては問題ない。

 

 だが、重要なのは人数ではない。

 

 ガレスが何を目的に会おうとしているのか。

 

 そして、その目的のために何をするつもりなのか。

 

「分かった。行くよ」

 

『ありがとう。正午に迎えを向かわせる』

 

「了解」

 

 通話を終えた。

 

 すると、リクがこちらを見ていた。

 

「……また危ない仕事?」

 

 俺は少し考えた。

 

「今日は話し合いだよ」

 

「誰と?」

 

「前に戦った相手」

 

 リクの表情が強張った。

 

「……ガレス?」

 

 俺は頷いた。

 

「ああ」

 

「……大丈夫なのか?」

 

「分からない。だから、準備して行く」

 

 俺は真剣な顔で続けた。

 

「でも、心配しすぎるな。危険だと思ったら、話を切り上げる」

 

 リクはしばらく黙っていた。

 

 そして、小さく頷いた。

 

「……分かった」

 

 ミナが顔を上げる。

 

「カイお兄ちゃん、ケンカするの?」

 

「できれば、しないつもりだよ」

 

「じゃあ、仲直り?」

 

 俺は思わず笑った。

 

「……そうなるといいな」

 

 ミナは満足そうに頷いた。

 

 子供の考え方は、時々驚くほど単純だ。

 

 だが、案外それが正しいこともある。

 

     ◇

 

 正午少し前。

 

 迎えに来たのは、マーカスだった。

 

 黒い車の運転席から、大柄な男が片手を上げる。

 

「よう、坊主」

 

「こんにちは、マーカス」

 

「乗れ。ヴィクターが待ってる」

 

 俺は助手席へ乗り込んだ。

 

 車が発進する。

 

 窓の外には、ワトソンの雑然とした街並みが流れていた。

 

 古い建物。

 

 派手な広告。

 

 路上にたむろするギャング。

 

 そして、どこかへ急ぐ人々。

 

 相変わらず騒がしい街だ。

 

「……なあ、カイ」

 

 マーカスが口を開いた。

 

「何だ?」

 

「ガレスと会うこと、本当に納得してるのか?」

 

 俺は少し考えた。

 

「納得してるかどうかは、まだ分からないな」

 

「……どういう意味だ?」

 

「会って、話を聞いてから判断する」

 

 マーカスは鼻を鳴らした。

 

「そりゃそうか」

 

 俺は彼を見た。

 

「マーカスは、ガレスを知ってるのか?」

 

「ああ。何度か仕事がぶつかったことがある」

 

「……どんな男だ?」

 

 マーカスは少し考えた。

 

「腕は立つ。部下をまとめる力もある。だが、短気で強引だ」

 

「……なるほど」

 

「金のためなら汚い仕事も引き受ける。ただ、無意味に部下を殺すような真似はしねえ」

 

 俺は眉をひそめた。

 

「……意外だな」

 

「傭兵の頭を何年もやってる奴だ。部下から完全に嫌われてたら、とっくに背中を撃たれてるさ」

 

 ……それもそうか。

 

 元の世界でも、傭兵団の頭目には様々な人間がいた。

 

 金だけを追う者。

 

 名誉を重んじる者。

 

 部下を家族のように扱う者。

 

 そして、部下を使い捨てにする者。

 

 ガレスがどの種類なのかは、まだ分からない。

 

「ただな」

 

 マーカスが続けた。

 

「今回の件は、少し妙なんだ」

 

「……何が?」

 

「ガレスが、あそこまで大掛かりな襲撃をしたことだ」

 

 俺は顔を上げた。

 

「……普段は違うのか?」

 

「奴は荒っぽいが、馬鹿じゃねえ。爆発物まで使って医療輸送車を襲うなら、相当な理由があるはずだ」

 

 俺は腕を組んだ。

 

 ……確かに。

 

 昨日の調査でも、ガレスの背後に別の依頼主がいる可能性が浮かんでいた。

 

 しかも、ノースサイドの倉庫には軍用義体の兵士までいた。

 

 ……何かがおかしい。

 

 俺は静かに息を吐いた。

 

「……今日は、その理由を聞いてみるよ」

 

 マーカスは頷いた。

 

「ああ。俺も知りたい」

 

     ◇

 

 面会場所は、古い配送会社の事務所だった。

 

 外壁はひび割れ、看板の文字はほとんど消えている。

 

 だが、内部は掃除されていた。

 

 中央に大きなテーブル。

 

 向かい合うように置かれた椅子。

 

 窓には薄いブラインドが下りている。

 

 俺が到着すると、ヴィクターとエリオットがすでに待っていた。

 

「来たか」

 

 ヴィクターが顔を上げる。

 

「遅くなりました」

 

「いや、時間通りだ」

 

 男は腕時計を確認した。

 

「ガレスは、あと十分ほどで来る」

 

 俺は頷いた。

 

「……条件は?」

 

「互いに護衛は二人まで。大型火器は禁止。会談中の攻撃は、双方に対する敵対行為とみなす」

 

 俺は少し考えた。

 

「……破ったら?」

 

 ヴィクターは口元を歪めた。

 

「俺が保証人を降りる。それだけで、ガレスはかなり困るだろうな」

 

 ……なるほど。

 

 フィクサーの信用というものは、思っていた以上に大きいらしい。

 

「それと、カイ」

 

 ヴィクターが続けた。

 

「一つだけ頼みがある」

 

「何です?」

 

「できれば、今日は誰も斬らないでくれ」

 

 俺は苦笑した。

 

「……俺だって、好きで斬ってるわけじゃないですよ」

 

「分かってるさ」

 

 ヴィクターは笑った。

 

「だが、お前が本気で剣を抜いたら、止めるのが大変そうだからな」

 

 俺は肩をすくめた。

 

「……努力します」

 

「努力じゃなくて、約束してほしいんだが」

 

 エリオットが横で小さく笑った。

 

 ……何だか、信用されていない気がする。

 

     ◇

 

 約束の時間。

 

 外から車の音が聞こえた。

 

 続いて、重い足音。

 

 扉が開く。

 

 最初に入ってきたのは、黒いジャケットを着た男だった。

 

 腰には拳銃。

 

 右目は機械化されている。

 

 その後ろから、もう一人の護衛が現れた。

 

 そして最後に。

 

 大柄な男が、ゆっくりと姿を現した。

 

 ガレス・ブレイク。

 

 相変わらず巨大な身体だ。

 

 二メートル近い身長。

 

 厚い胸部装甲。

 

 左腕は以前と同じ大型の戦闘用サイバーウェア。

 

 そして、俺が斬った右腕には、新しい装甲が取り付けられていた。

 

 ただし、完全な修理ではないらしい。

 

 肩部の外装が一部外され、内部の駆動装置が露出している。

 

 動きにも、僅かなぎこちなさがあった。

 

 ……まだ直りきってないのか。

 

 ガレスは俺を見ると、足を止めた。

 

 赤く光る義眼が、こちらを捉える。

 

「……久しぶりだな、ガキ」

 

 俺は頷いた。

 

「どうも」

 

「……随分と余裕だな」

 

「そっちこそ。腕の具合は?」

 

 ガレスの眉が動いた。

 

 そして、低く笑った。

 

「……お前が斬った腕のことか?」

 

「ほかに何かあるのか?」

 

 護衛の一人が顔をしかめた。

 

 だが、ガレスは片手を上げて制した。

 

「……相変わらず、ふざけたガキだ」

 

 俺は肩をすくめた。

 

「そっちが先に襲ってきたんだろ」

 

 ガレスは黙った。

 

 数秒後。

 

 男は椅子へ腰を下ろした。

 

「……まあいい」

 

 俺も向かい側へ座った。

 

 ヴィクターが中央に立つ。

 

「双方、条件は理解しているな?」

 

 ガレスが頷く。

 

「ああ」

 

 俺も頷いた。

 

「問題ありません」

 

 ヴィクターは静かに言った。

 

「なら、始めよう」

 

     ◇

 

 最初に口を開いたのは、ガレスだった。

 

「……単刀直入に聞く」

 

 男は俺を睨んだ。

 

「お前、何者だ?」

 

 俺は少し考えた。

 

「……剣士だよ」

 

 ガレスの額に青筋が浮かんだ。

 

「……ふざけるな」

 

「ふざけてない」

 

 俺は真顔で答えた。

 

「少なくとも、剣士なのは本当だ」

 

 ヴィクターが小さく咳払いした。

 

 マーカスは口元を押さえている。

 

 ……笑ってるな、あれ。

 

 ガレスは大きく息を吐いた。

 

「……まあいい。お前の正体については、今はどうでもいい」

 

 俺は眉を上げた。

 

「……じゃあ、何の話だ?」

 

 ガレスはテーブルに両肘を置いた。

 

「俺の部下が消えている」

 

 室内の空気が変わった。

 

 俺は姿勢を正した。

 

「……何人?」

 

「五人だ」

 

 俺は眉をひそめた。

 

 五人。

 

 思っていたより多い。

 

「……いつから?」

 

「お前と戦った翌日からだ」

 

 ガレスは答えた。

 

「最初は一人。次に二人。そして昨日、さらに二人消えた」

 

 俺は静かに息を吐いた。

 

 ……なるほど。

 

 ディーンだけじゃなかったのか。

 

「……そのうち一人は、見つかったぞ」

 

 俺が言うと、ガレスの目が細くなった。

 

「……何?」

 

「ディーンって男だ」

 

 ガレスが僅かに身を乗り出した。

 

「……生きてるのか?」

 

「ああ」

 

 俺は頷いた。

 

「怪我はしてたけど、今は治療を受けてる」

 

 ガレスはしばらく黙っていた。

 

 そして、低く呟いた。

 

「……そうか」

 

 その声には、僅かな安堵が混じっていた。

 

 俺は男の顔を見つめた。

 

 ……マーカスの言っていたことは、本当らしい。

 

 少なくとも、部下の生死を気にする程度の情はあるようだ。

 

     ◇

 

「……ディーンは何か話したか?」

 

 ガレスが尋ねた。

 

 俺は少し考えた。

 

「黒い装甲の兵士に連れ去られたって言ってた」

 

 ガレスの表情が険しくなった。

 

「……やはりか」

 

 俺は眉をひそめた。

 

「……心当たりがあるのか?」

 

 ガレスはしばらく黙っていた。

 

 そして、ヴィクターへ視線を向けた。

 

「……この場の話は、外へ漏らさないんだろうな?」

 

 ヴィクターが答えた。

 

「俺の信用に関わる。勝手に売り歩くつもりはねえよ」

 

 ガレスは頷いた。

 

 そして、低い声で話し始めた。

 

「……俺たちは、ある荷物を運ぶ仕事を受けた」

 

 俺は黙って聞いた。

 

「依頼主は、名前を明かさなかった。連絡は暗号化通信。報酬は通常の三倍」

 

 ……通常の三倍。

 

 かなり高額な仕事だったらしい。

 

「荷物は?」

 

 ヴィクターが尋ねた。

 

「大型の輸送ケースだ」

 

 ガレスは答えた。

 

「中身は知らされていない。開封は禁止。指定された倉庫へ運ぶだけだった」

 

 俺は顔を上げた。

 

「……ノースサイドの倉庫か?」

 

 ガレスの目が細くなった。

 

「……知ってるのか?」

 

「少し調べた」

 

 俺は答えた。

 

「そこで、黒い装甲の兵士と戦った」

 

 ガレスはしばらく俺を見つめた。

 

 そして、低く笑った。

 

「……あの連中と戦って、生きて帰ったのか」

 

「ああ」

 

 俺は頷いた。

 

「三人ほど倒した」

 

 ガレスの護衛たちが顔を見合わせた。

 

 男自身も、僅かに目を見開いた。

 

「……三人?」

 

「ああ」

 

 俺は答えた。

 

「かなり頑丈だったよ」

 

 ガレスは黙った。

 

 そして、ゆっくりと息を吐いた。

 

「……なるほどな」

 

 男は椅子へ深く座り直した。

 

「お前が俺を倒したのも、まぐれじゃなかったわけだ」

 

 俺は肩をすくめた。

 

「まぐれで戦ってたつもりはないけどな」

 

 ガレスは苦笑した。

 

「……そうだろうな」

 

     ◇

 

「……それで」

 

 俺は話を戻した。

 

「医療輸送車を襲ったのは、どうしてだ?」

 

 ガレスの表情が変わった。

 

 男はしばらく黙っていた。

 

 そして、低い声で答えた。

 

「……追加の依頼が来た」

 

「追加?」

 

「ああ」

 

 ガレスは頷いた。

 

「荷物を運び終えた後、同じ依頼主から別の仕事を頼まれた」

 

 俺は腕を組んだ。

 

「……それが、医療輸送車の襲撃?」

 

「そうだ」

 

 ガレスは答えた。

 

「指定された車両を止め、積荷を回収しろと言われた」

 

 俺は眉をひそめた。

 

「……中身は知ってたのか?」

 

「医療物資だと聞いていた」

 

 俺の表情が険しくなる。

 

「……それで引き受けたのか?」

 

 ガレスは俺を睨んだ。

 

「俺は傭兵だ。慈善事業をやってるわけじゃねえ」

 

「……そうか」

 

 俺は静かに答えた。

 

「じゃあ、あの診療所で薬を待っていた患者が死んでも、構わなかったわけだ」

 

 室内が静まり返った。

 

 ガレスの眉が動いた。

 

「……何?」

 

「俺たちが運んでいた荷物は、本物の医療物資だった」

 

 俺は続けた。

 

「届け先には、治療を待っている人たちがいた。薬が届かなければ、困る人間がいたんだ」

 

 ガレスは黙った。

 

 俺はその目を見つめた。

 

「……それを分かった上で襲ったなら、俺はお前のやったことを許せない」

 

 ガレスの護衛が身じろぎした。

 

 だが、男は片手を上げて制した。

 

「……説教か?」

 

「事実を言ってるだけだよ」

 

 俺は答えた。

 

「金のために仕事をするのは分かる。でも、何をしてもいいわけじゃないだろ」

 

 ガレスはしばらく俺を睨んでいた。

 

 そして、低く笑った。

 

「……甘いな、ガキ」

 

「そうかもな」

 

 俺は頷いた。

 

「でも、俺はそういう考えで生きてる」

 

 ガレスは黙った。

 

 その表情からは、何を考えているのか読み取れなかった。

 

     ◇

 

 しばらくして、ヴィクターが口を開いた。

 

「……ガレス。追加依頼の内容について、もう少し詳しく話せ」

 

 ガレスは頷いた。

 

「指定された輸送車両を止める。それが最初の指示だった」

 

「……最初の?」

 

「ああ」

 

 ガレスは続けた。

 

「だが、襲撃の直前になって、別の指示が来た」

 

 俺は顔を上げた。

 

「……何だ?」

 

 ガレスは俺を見た。

 

「……護衛の中に、特定の人物がいた場合は生け捕りにしろ、と」

 

 俺は眉をひそめた。

 

「……特定の人物?」

 

 ガレスは頷いた。

 

「黒髪。十代半ば。長剣を持っている」

 

 室内が静まり返った。

 

 俺は、ゆっくりと息を吐いた。

 

 ……なるほど。

 

 つまり。

 

「……俺か」

 

 ガレスは頷いた。

 

「そうだ」

 

 俺は腕を組んだ。

 

 ……妙だな。

 

 あの護衛任務を受けた時点で、俺の情報が依頼主に伝わっていたということになる。

 

 だが、俺がヴィクターの仕事を受けたのは、襲撃の前日だ。

 

 それ以前から、俺を調べていた人間がいたのだろうか。

 

「……その依頼主は、俺のことを知ってたのか?」

 

 俺が尋ねると、ガレスは首を横に振った。

 

「詳しくは知らねえ。ただ、異常な身体能力を持つ少年だと聞かされていた」

 

 俺は眉をひそめた。

 

 ……なるほど。

 

 どうやら、俺がこの街へ来てから戦った場面を、誰かが見ていたらしい。

 

 最初の路地裏。

 

 リクを追っていた男たち。

 

 ギャングとの戦い。

 

 そして、ミナを治療したときのこと。

 

 ……どこまで知られているんだ?

 

 俺は静かに息を吐いた。

 

 これは、思っていた以上に厄介な話かもしれない。

 

     ◇

 

「……それで」

 

 ヴィクターが低く尋ねた。

 

「お前は、カイを生け捕りにしようとしたのか?」

 

 ガレスは鼻を鳴らした。

 

「最初はな」

 

 俺は眉を上げた。

 

「……最初?」

 

「ああ」

 

 ガレスは俺を見た。

 

「だが、実際に戦ってみて考えが変わった」

 

 男は右腕を軽く動かした。

 

 内部の駆動装置が、低い音を立てる。

 

「……こんなガキが、俺の腕を斬り落とすとは思わなかったからな」

 

 俺は苦笑した。

 

「……あれは、そっちが銃を向けたからだろ」

 

「分かってる」

 

 ガレスは答えた。

 

「だが、俺にも意地ってもんがある」

 

 俺は肩をすくめた。

 

「……意地で死んだら、意味ないぞ」

 

 ガレスは低く笑った。

 

「……まったくだ」

 

 その言葉には、妙な実感がこもっていた。

 

 俺は少し考えた。

 

「……それで、依頼主には何て報告した?」

 

 ガレスの表情が引き締まった。

 

「……失敗した、と」

 

「……それだけ?」

 

「ああ」

 

 ガレスは頷いた。

 

「だが、その翌日から部下が消え始めた」

 

 俺は静かに息を吐いた。

 

 ……なるほど。

 

 失敗した傭兵団。

 

 秘密を知っている部下たち。

 

 そして、黒い装甲の兵士。

 

 嫌な繋がり方だ。

 

「……口封じか?」

 

 俺が尋ねると、ガレスは頷いた。

 

「俺もそう考えている」

 

 男は拳を握り締めた。

 

「……あいつらは、俺の部下を使い捨てにするつもりだったんだ」

 

 俺は静かに男を見つめた。

 

 ……それは、確かに許せないだろう。

 

 だが。

 

 俺は、あえて口を開いた。

 

「……お前も、医療物資を待っていた人たちを使い捨てにしようとしたんだぞ」

 

 ガレスの拳が止まった。

 

 俺は続けた。

 

「自分の部下が大切なのは分かる。でも、ほかの人間にも大切な誰かがいる」

 

 男は黙った。

 

「……そこは、忘れないでほしい」

 

 しばらくして。

 

 ガレスは、ゆっくりと息を吐いた。

 

「……分かった」

 

 俺は少し驚いた。

 

 男は苦々しそうに続けた。

 

「お前の言うことが、全部間違ってるわけじゃねえ」

 

 ……へえ。

 

 少なくとも、話を聞く気はあるらしい。

 

     ◇

 

「……それで、ガレス」

 

 ヴィクターが口を開いた。

 

「お前は、何を望んでいる?」

 

 ガレスは少し考えた。

 

 そして、答えた。

 

「……部下を取り戻したい」

 

 俺は顔を上げた。

 

「……生きていると思うのか?」

 

「分からねえ」

 

 ガレスは正直に答えた。

 

「だが、死体が見つかっていない以上、可能性はある」

 

 俺は頷いた。

 

 ……なるほど。

 

「それと」

 

 ガレスは続けた。

 

「依頼主の正体を知りたい」

 

 ヴィクターが眉をひそめた。

 

「……復讐か?」

 

「場合によってはな」

 

 ガレスは答えた。

 

「だが、まずは誰が俺たちを売ったのかを知りたい」

 

 俺は腕を組んだ。

 

 ……分かる気はする。

 

 仲間を奪われたなら、取り戻したいと思うだろう。

 

 だが、問題は方法だ。

 

「……俺たちに協力しろってことか?」

 

 俺が尋ねると、ガレスは頷いた。

 

「そうだ」

 

 室内が静かになった。

 

 俺は少し考えた。

 

 昨日まで敵だった相手。

 

 医療輸送車を襲った傭兵団。

 

 そして、リクとミナを監視させていた男。

 

 ……簡単に信用できる相手じゃない。

 

 だが、情報は持っている。

 

 しかも、今は共通の敵がいる可能性が高い。

 

「……条件がある」

 

 俺は静かに言った。

 

 ガレスが顔を上げた。

 

「……何だ?」

 

 俺は指を一本立てた。

 

「まず、リクとミナには二度と近づくな」

 

 ガレスは頷いた。

 

「分かった」

 

「監視も禁止だ」

 

「ああ」

 

「部下にも徹底してくれ」

 

「約束する」

 

 俺は二本目の指を立てた。

 

「次に、医療物資を狙う仕事は引き受けるな」

 

 ガレスが眉をひそめた。

 

「……それは、仕事の内容によるだろ」

 

 俺は首を横に振った。

 

「少なくとも、患者へ届けられる薬を奪うような仕事は駄目だ」

 

 ガレスはしばらく黙っていた。

 

 そして、頷いた。

 

「……分かった」

 

 俺は三本目の指を立てた。

 

「最後に、今回の件で無関係な人間を巻き込むな」

 

 ガレスが苦笑した。

 

「……随分と厳しい条件だな」

 

「嫌なら、協力しない」

 

 俺は即答した。

 

 ガレスは俺を見つめた。

 

 そして、低く笑った。

 

「……気に入らねえガキだ」

 

「それはお互い様だろ」

 

 俺は笑った。

 

 男はしばらく黙った。

 

 そして、右手を差し出した。

 

「……分かった。条件を飲む」

 

 俺はその手を見つめた。

 

 修理途中の機械化された右腕。

 

 俺が斬った腕だ。

 

 ……何だか、妙な気分だな。

 

 俺は静かに手を伸ばした。

 

 そして、握手を交わした。

 

「……よろしく、ガレス」

 

「……ああ」

 

 男は低く答えた。

 

「ただし、勘違いするなよ」

 

「……何を?」

 

「俺たちは、友達になったわけじゃねえ」

 

 俺は苦笑した。

 

「分かってるよ」

 

 そして、少し笑った。

 

「でも、敵じゃなくなったなら十分だ」

 

 ガレスは一瞬だけ目を丸くした。

 

 そして、低く笑った。

 

「……本当に変なガキだ」

 

     ◇

 

 会談が終わった後。

 

 俺はヴィクターと共に、建物の外へ出た。

 

 ガレスたちは、すでに車で去っている。

 

 空は、少しずつ夕方の色へ変わり始めていた。

 

「……カイ」

 

 ヴィクターが声をかけた。

 

「何です?」

 

「お前、随分と大胆なことをしたな」

 

 俺は首を傾げた。

 

「……そうですか?」

 

「ああ」

 

 男は頷いた。

 

「ガレスのような男と、正面から条件交渉する十六歳なんて、そうそういねえよ」

 

 俺は苦笑した。

 

「……元の世界では、もっと怖い相手とも話しましたから」

 

 ヴィクターが眉を上げた。

 

「……元の世界?」

 

 ……しまった。

 

 俺は少し考えた。

 

「……昔の話です」

 

 ヴィクターはしばらく俺を見つめていた。

 

 そして、肩をすくめた。

 

「……まあいい。今は聞かねえよ」

 

 俺は少し安心した。

 

 ……助かった。

 

 ヴィクターは続けた。

 

「だが、今回の件はまだ終わってねえ」

 

「……分かってます」

 

 俺は頷いた。

 

「ガレスの部下が消えた理由も、依頼主の正体も、まだ分からない」

 

「そうだ」

 

 ヴィクターは頷いた。

 

「しかも、向こうはお前を生け捕りにしようとしていた」

 

 俺は静かに息を吐いた。

 

 ……そこが一番気になる。

 

 俺の存在を、誰かが知っている。

 

 しかも、単なる好奇心ではなく、捕獲対象として見ている。

 

 ……厄介だな。

 

「……ヴィクター」

 

「ん?」

 

「俺の身分登録の件は、どうなってます?」

 

 ヴィクターは少し考えた。

 

「まだ調整中だ。だが、相談できる相手は見つかった」

 

 俺は頷いた。

 

「……ありがとうございます」

 

「礼は、うまくいってからにしろ」

 

 男は笑った。

 

「この街じゃ、正式な身分を手に入れるのも簡単じゃねえ」

 

「……そうでしょうね」

 

 俺は苦笑した。

 

 だが、少しずつ前へ進んでいる。

 

 それだけでも、ありがたかった。

 

     ◇

 

 帰り道。

 

 俺は歩きながら、今日の会談を思い返していた。

 

 ガレス・ブレイク。

 

 最初に戦ったときは、ただの乱暴な傭兵だと思っていた。

 

 だが、今日話してみると、少し印象が変わった。

 

 部下を気にかけている。

 

 自分の失敗を認めることもできる。

 

 そして、少なくとも今は、こちらの条件を飲むだけの理性がある。

 

 ……もちろん、信用しきるつもりはない。

 

 人間は、簡単には変わらない。

 

 まして、この街で長年傭兵をしてきた男だ。

 

 必要なら、また汚い仕事を引き受けるかもしれない。

 

 だが。

 

 それでも、話し合いで解決できることがあるなら、その方がいい。

 

 俺は胸元の護符へ触れた。

 

 セレーネ。

 

 ……君なら、どうするだろうな。

 

 きっと、最初は冷たい顔でガレスを睨むだろう。

 

 そして、俺が甘いことを言えば、少し呆れたように溜息をつく。

 

 だが最後には、こう言ってくれる気がする。

 

『……あなたがそう決めたなら、私は信じるわ』

 

 俺は小さく笑った。

 

 ……会いたいな。

 

 その気持ちは、今日も変わらない。

 

 だが、今はまだ、この世界で生きていくしかない。

 

 俺は空を見上げた。

 

 巨大な広告の向こう。

 

 雲の切れ間に、夕陽が見えていた。

 

 ……さて。

 

 今日も、無事に帰れそうだ。

 

 そう思ったとき。

 

 通信端末が振動した。

 

 表示されたのは、エリオットからのメッセージだった。

 

『カイ、ヴィクターから追加情報だ』

 

 俺は足を止めた。

 

 続けて、もう一通。

 

『ガレスが、依頼主との通信記録を一部提供してきた』

 

 俺は眉をひそめた。

 

 ……通信記録?

 

 さらに、メッセージが届く。

 

『ノアが解析したところ、発信元の一部が判明した』

 

 俺は画面を見つめた。

 

 そして、最後の一文を読んだ。

 

『通信は、ミリテク関連の施設を経由していた可能性がある』

 

 ……ミリテク。

 

 俺は静かに息を吐いた。

 

 どうやら、少しずつ核心へ近づいているらしい。

 

 だが。

 

 その先に何が待っているのかは、まだ分からない。

 

 俺は端末をしまった。

 

 そして、歩き出す。

 

 ナイトシティ。

 

 巨大企業が支配する街。

 

 その裏側で、何かが動いている。

 

 そして俺は、どうやらその何かに目をつけられてしまったらしい。

 

 ……まったく。

 

 異世界へ飛ばされて、まだ一週間ほどだというのに。

 

 どうして、こんなに忙しいんだろうな。

 

 俺は苦笑した。

 

 だが、足を止めるつもりはなかった。

 

 守りたい人間がいる。

 

 帰りたい場所がある。

 

 そして、いつか再会したい少女がいる。

 

 そのためにも。

 

 俺は、この街で生き抜いてみせる。

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