神々の剣士、六つの命を救うために
勇者一行にいた頃、俺たちには一つの決まりがあった。
危険な任務の前には、必ず全員で食事を取ること。
誰が言い出したのかは覚えていない。
おそらく、勇者だったと思う。
あいつは食べることが好きだったし、何かにつけて宴会を開こうとする奴だった。
だが、その習慣には意味があった。
戦いの前に顔を合わせる。
くだらない話をする。
温かい料理を食べる。
そして、明日も同じように食卓を囲もうと約束する。
それだけで、不思議と恐怖が和らいだ。
もちろん、約束が必ず守られるとは限らない。
俺たちは何度も死にかけたし、仲間を失いかけたこともある。
それでも、最後には全員で邪神を倒した。
……まあ、その直後に俺だけ別世界へ飛ばされたわけだが。
人生というのは、本当に何が起こるか分からない。
そして今。
俺は再び、危険な任務を前にしていた。
旧ヘリックス研究施設。
地下第三階層。
そこには、少なくとも六人の被験者が囚われている可能性がある。
彼らを助け出す。
言葉にすれば簡単だ。
だが、実際には多くの問題があった。
敵の警備。
施設の構造。
神経制御装置。
そして、被験者たちの身体の状態。
剣で敵を倒せば終わり、という話ではない。
だからこそ、準備が必要だった。
……今回は、セレーネに叱られない作戦を立てたいものだ。
◇
午前八時。
ワトソンの小さな診療所。
俺はヴィクター、ノア、エリオットと共に、ダニエルの病室を訪れていた。
排水路で助けた男は、寝台の上で上半身を起こしていた。
顔色は昨日よりも良い。
だが、機械化された右腕と左脚は、まだ動かない。
首筋には医療用の接続器具が取り付けられ、神経制御装置の状態を監視している。
「……おはようございます」
俺が声をかけると、ダニエルが顔を上げた。
「……カイ」
「体調はどうですか?」
「……昨日よりは、ずっといい」
男は小さく笑った。
「医者が言っていた。身体の傷が、信じられないほど回復しているって」
俺は苦笑した。
「それはよかったです」
ダニエルは俺を見つめた。
「……あの光は、何だったんだ?」
俺は少し考えた。
太陽の神の祝福。
異世界の神々。
そして、治癒の奇跡。
全部説明したところで、簡単に信じてもらえるとは思えない。
「……俺が使える、特別な治療法です」
そう答えると、ダニエルはしばらく黙っていた。
そして、静かに頷いた。
「……そうか」
それ以上、追及してこなかった。
俺は少し安心した。
ヴィクターが椅子を引いた。
「ダニエル。体調が悪ければ、すぐに言ってくれ」
「……分かった」
「今日は、施設のことを詳しく聞きたい」
ダニエルの表情が強張った。
俺は口を開いた。
「無理に全部思い出さなくても大丈夫です」
男は首を横に振った。
「……いや」
そして、震える右手を見つめた。
「……あそこには、まだ仲間がいる」
俺は黙って聞いた。
「俺だけ逃げてきた。あいつらを置いて」
その声には、深い後悔が滲んでいた。
「……だから、話す」
俺は頷いた。
「お願いします」
◇
ノアが端末を操作した。
画面に、旧研究施設の立体地図が表示される。
「……まず、地下の構造」
ダニエルは画面を見つめた。
そして、ゆっくりと指を動かした。
「……ここ」
彼が示したのは、地下第一階層の東側だった。
「排水路から入ると、設備室に出る」
俺は頷いた。
「……そこまでは、エマさんの話と一致しています」
ダニエルが続けた。
「設備室の先に、保守用の通路がある。そこを進むと、地下第二階層へ下りる階段がある」
ノアが地図へ印をつけた。
「……警備は?」
「……設備室には、ほとんどいない」
俺は少し驚いた。
「……本当ですか?」
「ああ。普段は、点検用のドローンが一機いるくらいだ」
……なるほど。
侵入経路としては、悪くない。
ただし、問題はその先だ。
「……地下第二階層は?」
俺が尋ねると、ダニエルの表情が暗くなった。
「……収容区画だ」
男は続けた。
「被験者を入れる部屋が並んでいる。監視カメラも多い」
「……警備員は?」
「……四人から六人くらい。交代制だった」
ノアが頷いた。
「……軍用義体の兵士は?」
ダニエルは少し黙った。
そして、低い声で答えた。
「……地下第三階層にいる」
俺は眉をひそめた。
……やはり、最深部か。
「……何人くらい?」
俺が尋ねると、ダニエルは首を横に振った。
「……分からない。俺が見たのは四人だけだ」
俺は頷いた。
エマは少なくとも六人を見たと言っていた。
なら、最低でもそれくらいはいると考えた方がいい。
しかも、あの兵士たちは普通の人間より遥かに強い。
……厄介だな。
◇
「……次に、被験者の位置」
ノアが言った。
ダニエルは頷いた。
「……地下第三階層の中央だ」
画面に、六つの部屋が表示された。
「……この辺りに、個別の収容室がある」
俺は画面を見つめた。
「……六人とも、そこに?」
「……俺が逃げたときは」
ダニエルは答えた。
「ただし、実験のときは別の部屋へ運ばれる」
俺は眉をひそめた。
「……どんな実験です?」
ダニエルは目を伏せた。
しばらくして、低い声で答えた。
「……身体を、勝手に動かされる」
俺は黙った。
「命令が聞こえるんだ。頭の中に直接」
男の声が震えた。
「立て。歩け。走れ。撃て。殺せ」
俺は拳を握った。
「……逆らえないんですか?」
「……最初は、少しだけ抵抗できた」
ダニエルは答えた。
「だが、装置を調整されるたびに、身体が言うことを聞かなくなった」
俺は静かに息を吐いた。
……最悪だ。
本人の意思を奪う。
それは、元の世界で見た精神支配の魔法と変わらない。
「……それでも」
ダニエルが続けた。
「完全に意識が消えるわけじゃない」
俺は顔を上げた。
「……どういうことです?」
「全部、見えているんだ」
男は震える声で言った。
「自分の身体が勝手に動くのを、ずっと見ている」
病室が静まり返った。
俺はダニエルを見つめた。
……そんな状態で、何日も。
いや、何か月も過ごしていたのかもしれない。
想像するだけで、胸が苦しくなった。
◇
「……ダニエルさん」
俺は静かに声をかけた。
「一つ、確認させてください」
「……何だ?」
「あなたが逃げ出したとき、どうやって制御装置から抜け出したんですか?」
ダニエルは少し考えた。
「……停電があった」
俺は顔を上げた。
「……停電?」
「ああ。施設の一部で、突然電気が落ちた」
ノアが眉をひそめた。
「……原因は?」
「……分からない」
ダニエルは首を横に振った。
「警報が鳴って、警備員たちが走っていった。そのとき、俺の身体が少しだけ動くようになった」
俺は腕を組んだ。
……なるほど。
神経制御装置は、外部の設備と接続されている可能性がある。
その接続が切れれば、本人の意思が戻るのかもしれない。
「……ノア」
俺は彼女へ顔を向けた。
「施設の電源を落とせば、被験者たちを助けられる?」
ノアは少し考えた。
「……可能性はある」
俺は頷いた。
だが、彼女は続けた。
「……でも、危険」
「……どうして?」
「生命維持装置や義体の補助機能まで止まる可能性がある」
俺は眉をひそめた。
……そうか。
全身を機械化した人間にとって、電力は命に関わる。
単純に施設の電源を落とせばいいわけではない。
「……じゃあ、制御装置だけを止める必要があるんだな」
「……そう」
ノアは頷いた。
「……それができれば、救出の可能性は高くなる」
俺は静かに頷いた。
……よし。
作戦の方向性が、一つ見えてきた。
◇
午前十一時。
俺たちは診療所を出て、ヴィクターのバーへ戻った。
奥の個室には、マーカスとレナが待っていた。
そして、ガレスもいる。
男は椅子に座り、端末を眺めていた。
「……よう」
俺が声をかけると、ガレスが顔を上げた。
「……ガキ」
「相変わらず、その呼び方なんだな」
「お前がガキなのは事実だろ」
「……まあ、そうだけど」
俺は苦笑した。
マーカスが笑った。
「お前ら、仲良くなったな」
「なってねえ!」
ガレスが即答した。
俺も首を横に振った。
「そこまでじゃないよ」
レナが吹き出した。
「息ぴったりじゃない」
……何だかな。
ヴィクターが手を叩いた。
「雑談はそこまでだ。始めるぞ」
◇
ノアが立体地図を表示した。
旧研究施設。
地下第一階層。
地下第二階層。
そして、地下第三階層。
俺たちはダニエルから聞いた情報を共有した。
説明が終わると、マーカスが腕を組んだ。
「……問題は、地下三階だな」
俺は頷いた。
「ああ」
「軍用義体の兵士がいる。しかも、被験者たちも同じ階層だ」
レナが続けた。
「戦闘になれば、被験者を巻き込む可能性がある」
俺は静かに頷いた。
……そこが一番の問題だ。
敵を倒すだけなら、俺が前に出ればいい。
だが、被験者たちを守りながら戦うのは難しい。
しかも、彼ら自身が神経制御装置によって攻撃してくる可能性もある。
……どうするか。
そのとき、ガレスが口を開いた。
「……一つ、提案がある」
俺たちは男を見た。
「……何だ?」
ヴィクターが尋ねる。
ガレスは地図を指差した。
「……地下搬入口を使う」
俺は眉をひそめた。
「……正面から?」
「いや」
ガレスは首を横に振った。
「輸送車両に紛れ込む」
俺は少し考えた。
……なるほど。
施設には、定期的に輸送車両が出入りしている。
その中に紛れ込めば、警備を突破できるかもしれない。
だが。
「……危険じゃないか?」
俺が尋ねると、ガレスは鼻を鳴らした。
「当たり前だろ」
男は続けた。
「だが、排水路から全員で入るよりは、荷物に紛れた方が目立たねえ場合もある」
ノアが頷いた。
「……輸送記録を調べる価値はある」
俺は腕を組んだ。
……なるほど。
侵入経路を一つに絞らない方がいい。
排水路。
地下搬入口。
そして、他の経路。
複数の選択肢を用意しておけば、状況に応じて対応できる。
「……じゃあ、両方調べよう」
俺が言うと、ヴィクターが頷いた。
「そうだな」
◇
「……ただし」
ガレスが続けた。
「俺には、もう一つ気になることがある」
俺は顔を上げた。
「……何だ?」
「……俺の部下たちだ」
室内が静かになった。
ガレスは低い声で続けた。
「五人が行方不明になった。ディーンは見つかったが、残りの四人はまだだ」
俺は頷いた。
「……そうだったな」
「そいつらが、あの施設にいる可能性がある」
俺は少し考えた。
……確かに。
ガレスの部下たちは、黒い装甲の兵士に連れ去られた可能性がある。
ディーンの証言とも一致する。
「……なら、救出対象に加えよう」
俺が言うと、ガレスが顔を上げた。
「……何?」
「もし施設にいるなら、助ける」
俺は答えた。
「被験者たちと同じだ」
ガレスはしばらく俺を見つめていた。
そして、低く呟いた。
「……お前、本当に変なガキだな」
俺は苦笑した。
「……またそれか」
ガレスは鼻を鳴らした。
だが、その表情は少しだけ柔らかくなっていた。
◇
午後一時。
作戦会議は、さらに具体的な内容へ進んだ。
ノアが施設の通信設備を調べる。
エリオットが周辺の交通状況と警備会社の情報を集める。
レナが脱出用の車両を手配する。
マーカスが武器と装備を確認する。
ガレスは、過去に運んだ輸送コンテナの情報を提供する。
そして、俺。
俺の役割は、最も危険な場所で仲間を守ることだった。
「……カイ」
マーカスが声をかけた。
「ん?」
「お前には、前衛を任せたい」
俺は頷いた。
「分かった」
「ただし、今回は剣だけじゃ厳しいかもしれねえ」
俺は少し考えた。
「……銃のことか?」
マーカスが頷いた。
「ああ」
俺は笑った。
「ちょうど、相談しようと思ってた」
マーカスが眉を上げた。
「……そうなのか?」
「ああ。ドローン相手だと、剣だけじゃ届かないからな」
マーカスは頷いた。
「なら、少し練習するか」
俺は顔を上げた。
「……いいのか?」
「ああ」
マーカスは笑った。
「ただし、いきなり実戦で使わせるつもりはねえ」
俺は頷いた。
……当然だ。
銃は剣とは違う。
扱いを間違えれば、仲間を傷つける可能性がある。
まずは基本を覚える必要がある。
◇
午後三時。
俺はマーカスに連れられ、ワトソンの小さな射撃場へ来ていた。
屋内型の射撃場。
防音設備。
そして、複数の標的。
俺は興味深く周囲を見回した。
「……すごいな」
マーカスが笑った。
「初めてか?」
「ああ」
「なら、まず安全確認からだ」
俺は頷いた。
マーカスは拳銃を取り出した。
そして、弾倉を外し、薬室を確認する。
「銃口は人に向けるな。撃つつもりがなくてもだ」
「分かった」
「引き金には、撃つと決めるまで指をかけるな」
「了解」
「それと、標的の向こうに何があるか確認しろ」
俺は頷いた。
……なるほど。
剣と似ている部分もあるな。
武器を扱う以上、周囲への注意は欠かせない。
マーカスは拳銃を俺へ渡した。
「……持ってみろ」
俺は慎重に受け取った。
金属と樹脂で作られた武器。
思っていたより軽い。
だが、独特の重量感がある。
「……これが銃か」
俺は呟いた。
マーカスが笑った。
「そうだ。剣とは勝手が違うぞ」
俺は頷いた。
……さて。
どこまで扱えるようになるかな。
◇
最初の射撃は、散々だった。
俺は標的を狙い、引き金を引いた。
――バンッ!
銃声が響く。
弾丸は、標的の端へ当たった。
俺は眉をひそめた。
「……あれ?」
マーカスが笑った。
「力みすぎだ」
「……そうなのか?」
「ああ。腕の力だけで押さえ込もうとするな」
俺は頷いた。
……なるほど。
剣なら、筋力である程度は補える。
だが、銃は違うらしい。
次の一発。
――バンッ!
今度は、少し中央へ近づいた。
俺は小さく笑った。
「……おっ」
マーカスが頷いた。
「今のはいい」
その後も、何度か射撃を繰り返した。
少しずつ、感覚が分かってくる。
照準。
呼吸。
引き金の操作。
そして、反動への対応。
……なるほど。
剣術とは違うが、身体の使い方には共通する部分がある。
俺は集中して練習を続けた。
しばらくして、マーカスが口を開いた。
「……お前、覚えるの早いな」
俺は首を傾げた。
「……そうか?」
「ああ」
男は頷いた。
「普通は、もう少し時間がかかる」
俺は少し考えた。
……これも、神々の祝福の影響だろうか。
いや。
単純に、戦闘経験が役に立っているのかもしれない。
俺は拳銃を安全な状態にして、マーカスへ返した。
「……ありがとう」
マーカスは頷いた。
「まだ実戦で使えるとは言えねえが、基礎は悪くない」
俺は笑った。
「……練習するよ」
男は満足そうに頷いた。
◇
夕方。
俺は避難先へ戻った。
部屋へ入ると、ミナが駆け寄ってきた。
「カイお兄ちゃん!」
「ただいま」
俺は少女を抱き上げた。
ミナが嬉しそうに笑う。
「今日は何してたの?」
「ちょっと勉強してた」
「カイお兄ちゃんも勉強するの?」
「ああ」
俺は頷いた。
「知らないことは、まだまだ多いからな」
ミナは目を丸くした。
「……そうなんだ」
俺は笑った。
「そうだよ」
リクが奥から顔を出した。
「おかえり、カイ」
「ああ。ただいま」
シルヴァも近づいてきた。
俺はその頭を撫でた。
「今日もありがとう」
霊狼は嬉しそうに尾を揺らした。
……よし。
今日も、二人は無事だった。
俺は小さく息を吐いた。
それだけで、少し安心できる。
◇
夕食は、三人で簡単な料理を作った。
加工肉と合成野菜の炒め物。
スープ。
そして、パン。
ミナは野菜を洗う係。
リクは食器を並べる係。
俺は調理を担当した。
料理が完成すると、三人で食卓を囲んだ。
「いただきます!」
ミナが元気よく言う。
俺とリクも手を合わせた。
食事をしながら、今日の出来事を話した。
リクは勉強の話。
ミナはシルヴァと遊んだ話。
俺は射撃場で銃を習ったことを、危険な部分を省いて説明した。
「……カイ、銃も使うの?」
リクが尋ねた。
「まだ練習中だよ」
俺は答えた。
「剣だけじゃ対応できない相手もいるからな」
リクは少し考えた。
「……そっか」
俺は頷いた。
……そうだ。
この世界では、剣だけで生きていくのは難しい。
必要なら、新しい技術も覚えなければならない。
それが、この世界で生きるということなのだろう。
◇
夜。
俺は窓際に立っていた。
外には、ナイトシティの夜景が広がっている。
巨大な広告。
遠くの高層ビル。
そして、雲の隙間から覗く月。
俺は胸元の護符へ触れた。
セレーネ。
……君なら、今回の作戦をどう考えるだろうな。
きっと、もっと慎重に準備を進めるだろう。
そして、俺が焦っていることに気づいたら、こう言うはずだ。
『カイ。助けたい気持ちは分かるけれど、無理をすれば助けられる人まで失うわ』
俺は小さく笑った。
……ああ。
その通りだ。
俺は寝台へ腰を下ろした。
明日から、本格的な救出作戦の準備が始まる。
旧研究施設。
地下第三階層。
六人の被験者。
そして、神経制御装置。
まだ分からないことは多い。
だが、少しずつ情報は集まってきた。
俺は目を閉じた。
……必ず、助ける方法を探そう。
そのために。
今は、できることを一つずつ積み重ねるだけだ。
◇
同じ頃。
旧ヘリックス研究施設。
地下第三階層。
ドクター・エイドリアン・ヴォスは、研究室の中央に立っていた。
目の前には、六つの透明な収容装置が並んでいる。
その中には、全身を機械化された人間たちがいた。
男性。
女性。
年齢も、身体の状態も異なる。
だが、全員の首筋には、神経制御装置が取り付けられていた。
ヴォスは静かに呟いた。
「……準備は整った」
隣の研究員が頷いた。
「はい。フェーズ4の試験を開始できます」
ヴォスは満足そうに笑った。
「……素晴らしい」
研究員が端末を操作した。
画面に、六人の被験者の状態が表示される。
神経接続率。
義体制御率。
精神負荷。
そして、外部命令への反応速度。
ヴォスは一つずつ確認した。
「……被験者たちの意識は?」
「全員、維持されています」
「……命令への抵抗は?」
「個体差がありますが、抑制可能です」
ヴォスは頷いた。
「……なら、問題ない」
研究員が少し躊躇した。
「……ドクター」
「何だね?」
「……このまま試験を進めれば、被験者の精神状態がさらに悪化する可能性があります」
ヴォスは研究員を見た。
そして、静かに答えた。
「……それも、貴重なデータだ」
研究員は黙った。
ヴォスは続けた。
「我々は、人間の限界を超える技術を開発している」
その声には、揺るぎない確信があった。
「多少の犠牲は、避けられない」
研究員は俯いた。
ヴォスは再び収容装置へ視線を向けた。
六人の被験者。
赤く光る義眼。
そして、機械化された身体。
男は静かに笑った。
「……さあ」
端末へ手を伸ばす。
画面に、新しい指示が表示された。
PROJECT CHIMERA
PHASE 4:神経制御試験
開始まで、残り12時間。
ヴォスは満足そうに頷いた。
「……完成は、もうすぐだ」
その声は、冷たい研究室へ静かに響いた。
だが、彼はまだ知らなかった。
自分たちが実験台にしている人間を救うために。
一人の異世界の剣士が、着実に準備を進めていることを。
そして、その剣士が。
かつて神をも斬り伏せた、勇者一行の一員であることを。