神々の剣士、救出作戦開始
作戦を立てるとき、俺はいつも最悪の事態を想像するようにしている。
敵の数が予想より多かったら。
侵入経路が塞がれていたら。
仲間が負傷したら。
そして、助けに来たはずの人間を、自分の判断で死なせてしまったら。
考え始めればきりがない。
それでも、考えなければならない。
勇者一行で旅をしていた頃、セレーネはよく言っていた。
『カイ。準備というのは、成功するためだけにするものではないわ。失敗したときに、全員が生きて帰るためにもするのよ』
あの頃は、少し心配しすぎじゃないかと思っていた。
だが、今は違う。
彼女の言葉が、どれほど大切だったのか理解している。
だから今回も、全員で帰る。
俺たちだけじゃない。
地下に囚われている六人もだ。
もっとも、問題が一つある。
俺たちが助けようとしている人間は、本人の意思とは無関係に銃を向けてくるかもしれない。
そして、施設の警備には、以前俺が戦った軍用義体兵と同等の連中がいる可能性が高い。
……まったく。
邪神を倒した後くらい、もう少し平和な人生を送らせてくれてもいいと思うんだが。
神様たちは、どうやら俺に休暇を与えるつもりがないらしい。
◇
午前七時四十分。
俺はヴィクターからの通信で目を覚ました。
いや、正確には、目は覚めていた。
ただ、まだ寝台から出ていなかっただけだ。
端末を取る。
「おはようございます」
『カイ。起きてたか』
「はい。何かありました?」
『状況が変わった』
その一言で、眠気が消えた。
「……何が?」
『ノアが、ヘリックスの内部通信の一部を拾った』
俺は身体を起こした。
『内容は完全には読めてねえ。だが、今夜、旧研究施設で大規模な試験が行われるらしい』
「今夜?」
『ああ。被験者の移動と、警備の増員を示す記録がある』
俺は眉をひそめた。
ダニエルが話していた、神経制御実験。
それが、いよいよ本格的に始まるのかもしれない。
「被験者たちは?」
『分からん。ただ、エマに確認したところ、あの研究では大規模試験の前に被験者を中央試験室へ集めるそうだ』
俺は窓の外を見た。
朝日が、灰色の街を照らしている。
……今夜か。
予定より早い。
いや、そもそも俺たちは試験の正確な日時を知らなかった。
準備が整うまで待っていたら、手遅れになる可能性がある。
「ヴィクターさん」
『何だ』
「俺は行きます」
通信の向こうで、短い沈黙があった。
『……そう言うと思った』
「でも、一人では行きません。全員で作戦を決めたいです」
『そのための連絡だ。九時に来い』
「了解です」
『それと、カイ』
「はい」
『今日は長い一日になる。飯を食ってから来い』
俺は少し笑った。
「分かりました」
通信を切る。
寝台から降り、服を着替えた。
胸元には、セレーネからもらった護符。
右手には、奇跡の力を増幅する指輪。
そして、壁際には長剣を収めたケース。
俺はそれらを確認し、部屋を出た。
◇
「……今日、帰り遅い?」
朝食の席で、リクが尋ねてきた。
俺はパンを置いた。
「たぶんな」
リクは俺を見た。
「危ない仕事?」
ごまかそうとして、やめた。
この子は、俺が思っている以上によく見ている。
「ああ。危険はある」
リクの表情が曇った。
「……そっか」
「でも、無茶をするつもりはない。仲間もいるし、準備もしてる」
俺は続けた。
「今日はシルヴァと一緒に、ここで待っていてくれ」
「分かった」
リクは頷いた。
だが、少ししてから口を開いた。
「カイ」
「ん?」
「俺たちのことは、心配しなくていいから」
俺は少年を見た。
「ミナのことは俺が守る。シルヴァもいるし、何かあったらすぐ連絡する」
その言葉に、胸の奥が温かくなった。
俺はリクの頭へ手を伸ばしかけ、途中で止めた。
本人は、もう子供扱いされたくない年頃だろう。
代わりに、肩を軽く叩いた。
「頼りにしてる。でも、お前自身も守るんだぞ」
「……うん」
ミナがパンを持ったまま顔を上げた。
「カイお兄ちゃん、今日も誰かを助けに行くの?」
俺は少し驚いた。
「どうしてそう思う?」
「だって、カイお兄ちゃん、いつもそうだから」
……参ったな。
子供というのは、時々こちらが思っている以上に鋭い。
「そうだな。助けたい人がいるんだ」
「じゃあ、がんばってね」
ミナは笑った。
「帰ってきたら、一緒にごはん食べようね」
俺も笑った。
「ああ。約束だ」
足元では、シルヴァが青い瞳でこちらを見上げていた。
俺はその首筋を撫でる。
「二人を頼む」
霊狼は一度だけ、力強く尾を振った。
◇
午前九時。
ヴィクターのバーの奥には、すでに全員が揃っていた。
ヴィクター、エリオット、ノア、マーカス、レナ。
そしてガレス。
さらに、今日は見慣れない男が一人いた。
四十代くらいだろうか。
細身で、灰色の作業服を着ている。
左目の周囲には古い傷跡があった。
「カイ、紹介する」
ヴィクターが言った。
「こいつはオスカー。昔、企業施設の保守設備を扱っていた技術屋だ」
男は片手を上げた。
「よろしく。噂の剣士さん」
「カイです。よろしくお願いします」
「礼儀正しいな。ガレスから聞いた話とは随分違う」
俺はガレスを見た。
「……何て説明したんだ?」
「化け物みてえに強い、生意気なガキだ」
「ひどい紹介だな」
「間違ってねえだろ」
マーカスが吹き出した。
ヴィクターは咳払いをして、会議を始めた。
ノアが端末を操作する。
旧ヘリックス研究施設の立体図が表示された。
以前より詳しい。
ダニエルとエマの証言を元に、地下部分の構造が追加されていた。
「……今朝、輸送記録が更新された」
ノアが言った。
「……今夜二十二時、地下第三階層で大規模な神経制御試験が予定されている可能性が高い」
俺は眉をひそめた。
「……六人全員が対象か?」
「……そこまでは分からない。でも、六つの被験者番号が同じ移送指示に含まれている」
ヴィクターが腕を組んだ。
「試験の前に救出できれば理想だ。だが、準備時間は短い」
オスカーが地図の北側を指差した。
「排水路の件だが、古い設計図を見つけた」
画面に、一本の細い通路が表示された。
「ここから地下第一階層の設備室へ入れる。ただし、排水管の途中には保守用の遮断扉がある」
「開けられるんですか?」
俺が尋ねると、オスカーは肩をすくめた。
「現物を見ないと断言できない。機械式なら何とかなる。電子錠に交換されていたら、ノアの出番だ」
ノアが頷いた。
「……現地で確認する」
俺は彼女を見た。
「ノアも入るのか?」
「……設備室まで」
ヴィクターが口を開いた。
「ノアは施設の奥には行かせねえ。現地の通信設備に接続できたら、そこから支援する」
俺は頷いた。
ノアは優秀な情報屋だ。
だが、戦闘要員ではない。
危険な場所へ連れていく必要はない。
「……じゃあ、地下三階へ行くのは?」
マーカスが答えた。
「俺とお前。それから、ガレスだ」
俺はガレスを見た。
男は腕を組んでいた。
「……その右腕、大丈夫なのか?」
「まだ完調じゃねえ。だが、銃は撃てる」
「無理はするなよ」
「お前に言われたくねえ」
……それはそうかもしれない。
◇
「待ってください」
俺は地図を見ながら口を開いた。
「六人を救出するとして、全員が自分で歩けるとは限りませんよね?」
エリオットが頷いた。
「その通りだ」
「それに、神経制御装置が作動したら、俺たちを攻撃する可能性もある」
ノアが画面を切り替えた。
そこには、ダニエルの首筋にあった装置の画像が表示された。
「……この装置は、外部命令を受信して義体の動作へ介入する仕組みらしい」
俺は頷いた。
「……止める方法は?」
「……個別の緊急遮断は可能。ただし、全員が同じ型とは限らない」
オスカーが続けた。
「それと、主電源を落とすのは駄目だ。義体の生命維持機能まで停止する可能性がある」
俺は腕を組んだ。
……やはり、簡単にはいかない。
「制御信号だけを止めることは?」
ノアは少し考えた。
「……できるかもしれない。でも、施設の内部ネットワークへ接続する必要がある」
「設備室から?」
「……そう」
俺は頷いた。
少なくとも、試す価値はある。
「……もう一つ」
俺はヴィクターへ顔を向けた。
「救出後の治療は?」
ヴィクターは頷いた。
「医師を二人確保した。移送先も用意してある。お前が以前行った診療所とは別の場所だ」
俺は少し安心した。
被験者たちの身体は、相当に傷ついているはずだ。
太陽の祝福で治療できる部分もあるだろう。
だが、義体の機械的な故障や神経接続装置の調整までは、俺の力ではどうにもならない。
専門の医師が必要だ。
「……分かりました」
俺は頷いた。
「じゃあ、俺たちがやることは、六人を生きたまま外へ連れ出すことですね」
マーカスが笑った。
「簡単に言ってくれるぜ」
「難しいのは分かってるよ」
俺も笑った。
「だから、みんなに協力してもらいたいんだ」
ガレスが鼻を鳴らした。
「……今さらだろ」
俺は彼を見た。
「……何が?」
「ここまで来て、俺たちが逃げると思ってんのか?」
男は立ち上がった。
「俺の部下も、まだ見つかってねえ。あの施設には用がある」
俺は頷いた。
「分かった。ただし、約束は守ってくれ」
「……分かってる」
ガレスは不機嫌そうに答えた。
……よし。
少なくとも、今は協力できそうだ。
◇
午後一時。
俺たちは準備を始めた。
マーカスは武器と防具を確認する。
レナは脱出用の車両を二台用意した。
エリオットは医療班との連絡を取る。
ノアとオスカーは、施設の保守設備に関する資料を調べていた。
俺はマーカスと共に、装備を確認していた。
「……カイ」
「ん?」
「拳銃、持っていくか?」
マーカスが小型の拳銃を差し出した。
俺は少し考えた。
昨日、射撃場で基本的な扱い方を教わった。
だが、まだ実戦で使えるほど慣れてはいない。
「……今回はやめておく」
俺が答えると、マーカスは頷いた。
「賢明だな」
「必要なら、あんたたちに任せるよ」
「任せろ」
男は笑った。
俺は長剣を取り出し、刃を確認した。
神々から授かった剣。
邪神との戦いでも、最後まで俺を支えてくれた武器だ。
銀色の刀身には、傷一つない。
俺は静かに鞘へ収めた。
そのとき、マーカスが口を開いた。
「……一つ聞いていいか?」
「何だ?」
「お前、あの兵士たちを斬ったとき、怖くなかったのか?」
俺は少し考えた。
北側の倉庫。
ノアを守るために戦った、三体の軍用義体兵。
そのうち二体は、俺が殺した。
……怖くなかったわけじゃない。
「怖かったよ」
俺は答えた。
マーカスが少し驚いた顔をした。
「……そうなのか?」
「ああ。俺だって死にたくないし、仲間を失いたくない」
俺は剣の柄へ手を置いた。
「それに、相手を殺すのが好きなわけでもない」
マーカスは黙って聞いていた。
「でも、あのときはノアを守るために戦うしかなかった」
俺は続けた。
「今回も、できるだけ殺さずに済ませたい」
マーカスはしばらく俺を見つめていた。
そして、静かに頷いた。
「……分かった」
男は拳銃をホルスターへ戻した。
「なら、俺もできる限り合わせる」
俺は笑った。
「ありがとう」
◇
午後五時。
作戦開始まで、残り数時間。
俺たちは最後の確認を行っていた。
ヴィクターが全員を見渡す。
「……いいか。今回の目的は救出だ」
俺たちは頷いた。
「研究施設を破壊することでも、企業と戦争を始めることでもねえ」
ヴィクターは続けた。
「六人を助け出し、証拠を確保できるなら確保する。それ以上のことはするな」
俺は頷いた。
……その通りだ。
俺たちの目的は、敵を倒すことではない。
助けるべき人間を救うことだ。
「……撤退条件も決めておく」
ヴィクターが言った。
「救出対象の位置が変わっていた場合。施設の警備が予想を大きく超えていた場合。そして、通信が完全に途絶えた場合」
俺は眉をひそめた。
「……通信が途絶えたら、どうするんです?」
「状況によるが、基本は撤退だ」
ヴィクターは答えた。
「お前がどれだけ強くても、情報なしで地下施設を歩き回るのは危険すぎる」
俺は頷いた。
……分かってる。
それでも、もし目の前に助けを求める人がいたら。
俺は、撤退できるだろうか。
その迷いを見透かしたように、ヴィクターが言った。
「カイ」
「……はい」
「助けたい気持ちは分かる。だが、お前が死んだら、助けられる人間も助けられなくなる」
俺は男を見た。
そして、静かに頷いた。
「……覚えておきます」
◇
午後七時。
俺たちは旧研究施設の北側へ到着した。
空はすでに暗くなっている。
遠くには、ナイトシティの光が見えた。
だが、この工業地帯は静かだった。
時折、古い配管が風で軋む音が聞こえる。
俺は車から降り、周囲を確認した。
夜と月の女神の祝福。
その感覚が、静かに広がっていく。
……いるな。
遠くの施設の方向。
敵意を持つ人間の位置が、いくつか感じ取れる。
ただし、距離があるため、細かな動きまでは分からない。
それでも、敵の存在を察知できるのは大きい。
「……カイ」
レナが声をかけた。
「何か分かる?」
俺は頷いた。
「施設の方に、警戒している人間がいる」
レナは眉を上げた。
「……見えるの?」
「……ちょっと特殊な感覚でな」
俺は曖昧に答えた。
レナはそれ以上追及しなかった。
「便利だね」
「夜だけだけどな」
俺は苦笑した。
……本当に。
この力が昼間にも使えれば、もっと楽なんだが。
◇
午後七時半。
俺たちは排水路へ到着した。
前回確認した鉄格子は、まだそのままだった。
ただし、周辺には新しい足跡が増えている。
……誰かが調べに来たのか?
俺は眉をひそめた。
「……マーカス」
「何だ?」
「この辺り、前より足跡が多い」
マーカスが地面を確認した。
「……確かにな」
レナも周囲を見た。
「警備が来たのかもしれない」
俺は頷いた。
……気をつけよう。
俺たちは鉄格子を慎重に開いた。
今回は、オスカーが用意した工具がある。
固定具を外し、音を抑えながら格子を動かす。
数分後。
人が通れる隙間ができた。
「……よし」
マーカスが頷いた。
俺は剣のケースを背負い直した。
「……行こう」
俺たちは排水管の中へ入った。
◇
排水管の内部は、以前と同じように湿っていた。
濁った水が流れ、壁には古い汚れがこびりついている。
俺は先頭を進んだ。
その後ろにマーカス。
さらに、ノアとオスカー。
ガレスが最後尾を警戒する。
レナは外に残り、脱出用の車両を準備している。
俺はライトを低く構え、慎重に歩いた。
……静かだな。
水の流れる音以外、ほとんど何も聞こえない。
だが、油断はできない。
この先には、敵の施設がある。
数分後。
前方に、金属製の扉が見えた。
「……あれか」
俺が呟くと、オスカーが頷いた。
「保守用の遮断扉だ」
男は扉へ近づき、状態を確認した。
古い金属。
錆びた蝶番。
そして、電子錠らしい装置。
「……面倒だな」
オスカーが呟いた。
俺は眉をひそめた。
「……開けられそうですか?」
「少し時間がかかる」
ノアが端末を取り出した。
「……接続してみる」
俺は頷いた。
「頼む」
その間、俺は周囲の警戒を続けた。
夜の祝福による感覚。
施設の方向に、いくつかの敵意。
だが、今のところ、こちらへ近づいてくる気配はない。
……よし。
このまま開いてくれれば。
数分後。
――カチッ。
小さな音がした。
ノアが顔を上げた。
「……開いた」
俺は笑った。
「さすがだな」
彼女は少しだけ口元を緩めた。
「……まだ入口」
「それでも助かったよ」
オスカーが扉をゆっくりと押した。
重い金属音。
そして、暗い通路が現れた。
俺はその先を見つめた。
……いよいよか。
◇
地下第一階層。
設備室。
俺たちは慎重に内部へ入った。
壁には太い配管が走り、天井には古い照明が並んでいる。
機械の低い駆動音。
そして、僅かな振動。
……動いているな。
閉鎖された施設とは思えない。
オスカーが周囲を見回した。
「……設計図通りだ」
ノアが端末を操作する。
「……内部ネットワークへ接続できるか確認する」
俺は頷いた。
「頼む」
マーカスが銃を構えた。
「……カイ、奥を見てくれ」
「ああ」
俺は設備室の扉へ近づいた。
夜の祝福を意識する。
……いる。
廊下の向こう。
二人。
敵意を持つ人間がいる。
俺は小声で伝えた。
「……廊下の先に二人いる」
マーカスが頷いた。
「……警備か」
「たぶんな」
俺は扉の隙間から外を覗いた。
灰色の制服。
拳銃。
そして、警備用の通信端末。
……普通の警備員に見える。
少なくとも、軍用義体兵ではない。
俺は剣を抜かず、マーカスへ合図した。
「……できれば、戦わずに通りたい」
マーカスは頷いた。
「……同感だ」
俺たちは警備員が通り過ぎるのを待った。
数分後。
二人は廊下の奥へ消えた。
俺は小さく頷いた。
「……今だ」
俺たちは静かに通路へ出た。
◇
地下第二階層へ続く階段。
俺は先頭で足を止めた。
……何か、おかしい。
夜の祝福による感覚。
階段の下。
複数の敵意がある。
だが、それだけではない。
空気が、妙に静かだった。
俺は眉をひそめた。
「……マーカス」
「何だ?」
「……下に敵がいる」
マーカスが頷いた。
「何人だ?」
「……少なくとも四人」
ガレスが低く呟いた。
「……多いな」
俺は頷いた。
ダニエルの証言では、地下第二階層の警備は四人から六人。
人数としては想定内だ。
だが、配置が気になる。
……全員が、階段の近くに集まっている?
まるで、誰かを待っているような。
俺は足を止めた。
「……一度、戻ろう」
マーカスが眉をひそめた。
「……どうした?」
「……嫌な予感がする」
俺は答えた。
「警備員の位置が不自然だ」
ガレスが鼻を鳴らした。
「……罠か?」
「可能性はある」
俺は頷いた。
その瞬間。
――ピッ。
短い電子音が響いた。
俺たちは一斉に顔を上げた。
天井の監視装置。
赤い光が点灯している。
……まずい!
「伏せろ!」
俺は叫んだ。
次の瞬間。
――ガシャンッ!
階段の上部で、金属製の防火扉が閉じた。
俺たちは階段の途中に閉じ込められた。
マーカスが舌打ちする。
「……くそっ!」
ガレスが銃を構えた。
「……やっぱり罠か!」
俺は剣を抜いた。
銀色の刀身が、薄暗い階段を照らす。
……落ち着け。
敵は下にいる。
上は閉じられた。
だが、まだ逃げ道が完全になくなったわけじゃない。
俺は通信端末へ声をかけた。
「ノア! 聞こえるか!?」
『……聞こえる!』
「階段が封鎖された! 解除できるか!?」
短い沈黙。
そして、ノアの声。
『……試す! でも、外部からロックされてる!』
俺は頷いた。
「分かった!」
そのとき。
階段の下から、足音が聞こえた。
――ガン。
――ガン。
重い金属音。
俺は目を細めた。
……これは。
普通の警備員の足音じゃない。
階段の下。
暗闇の向こうから、一体の人影が現れた。
黒い装甲。
赤く光る義眼。
そして、両腕に組み込まれた武器。
……軍用義体兵。
俺は剣を構えた。
マーカスとガレスも銃を向ける。
だが、その兵士は攻撃してこなかった。
代わりに、低い電子音声が響いた。
『……対象を確認』
俺は眉をひそめた。
『……識別名、カイ』
……俺の名前を知っている?
兵士は続けた。
『……ドクター・ヴォスより、伝言』
俺は剣を構えたまま答えた。
「……聞こう」
兵士の赤い義眼が、僅かに明滅した。
そして。
『……ようこそ、プロジェクト・キメラへ』
俺は歯を食いしばった。
……やっぱり。
俺たちが来ることを、待っていたのか。
だが。
ここで引き返すわけにはいかない。
地下には、まだ六人の被験者がいる。
そして、彼らを助けるために、俺たちはここまで来た。
俺は剣を握り直した。
「……悪いな」
静かに告げる。
「招待された覚えはないんだ」
兵士が腕を持ち上げた。
銃口が、こちらへ向く。
俺は足を踏み出した。
……さて。
ここからが、本番だ。