神々の剣士は電脳都市で生きる   作:アイエオ

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第二十九話 奪われた自由

神々の剣士、地下第三階層への突入

 人間の身体というものは、不思議なものだ。

 

 腕を動かそうと思えば、腕が動く。

 

 歩こうと思えば、足が前に出る。

 

 目を閉じようと思えば、瞼が下りる。

 

 普段は意識することさえない、ごく当たり前のこと。

 

 だが、その当たり前を奪われたらどうなるだろう。

 

 自分の意思とは無関係に身体が動き、誰かを傷つける。

 

 止めたいと思っても止められない。

 

 助けを求めようとしても、口さえ自由に動かせない。

 

 しかも、その間ずっと意識だけは残っている。

 

 ……想像するだけで、吐き気がする。

 

 元の世界にも、人間の精神を操る魔術は存在した。

 

 邪神に仕える魔術師たちは、捕虜を支配して兵士として使うことがあった。

 

 俺たちは何度も、そうした人々と戦った。

 

 だから知っている。

 

 操られている人間を救う戦いは、普通の戦いよりずっと難しい。

 

 相手を倒すだけでは駄目だからだ。

 

 そして今。

 

 俺たちは、まさにその戦いへ向かおうとしていた。

 

     ◇

 

 午後八時三十一分。

 

 旧ヘリックス研究施設、地下第二階層。

 

 赤い警告灯が、廊下を不気味に照らしていた。

 

『……プロジェクト・キメラ、フェーズ4開始』

 

『……全被験者、神経制御同期を実行』

 

 天井のスピーカーから、無機質な音声が繰り返し流れている。

 

 俺は長剣を握り直した。

 

 隣ではマーカスが銃の残弾を確認している。

 

 ガレスは、修理途中の右腕を軽く動かした。

 

「……くそったれ。嫌な音だな」

 

 俺も同感だった。

 

 警報そのものが嫌なのではない。

 

 その向こうで、誰かが苦しんでいるかもしれないことが嫌だった。

 

「カイ」

 

 マーカスが声をかけた。

 

「地下三階へ下りる前に、確認しておくぞ」

 

「ああ」

 

「俺たちの目的は被験者の救出だ。ヴォスを追い回すことじゃない」

 

「分かってる」

 

「それと、制御された被験者が襲ってきた場合、無理に全員をその場で助けようとするな」

 

 俺は眉をひそめた。

 

「……どういうことだ?」

 

「制御を止められないなら、動きを封じるしかねえ。だが、相手の義体によっては、それすら危険だ」

 

 マーカスは真剣な顔で続けた。

 

「お前が一人を助けようとしている間に、ほかの奴が撃たれる可能性もある」

 

 俺は黙った。

 

 ……正しい。

 

 だが、簡単に割り切れる話でもない。

 

「……分かった」

 

 俺は頷いた。

 

「まず全員が生き残れる方法を考える」

 

 マーカスは満足そうに頷いた。

 

「それでいい」

 

 そのとき、通信端末からノアの声が聞こえた。

 

『……カイ、聞こえる?』

 

「聞こえる」

 

『……地下三階への通路を確認した』

 

 俺は顔を上げた。

 

「……どうなってる?」

 

『……二つある。中央のエレベーターと、東側の保守階段』

 

「……どっちが安全?」

 

『……保守階段。ただし、途中に警備用の隔壁がある』

 

 俺は頷いた。

 

「……解除できそうか?」

 

『……試してる。でも、施設側が制御を切り替えてる』

 

 ……なるほど。

 

 簡単には通してくれないらしい。

 

「分かった。現地で確認する」

 

『……無理しないで』

 

「ああ」

 

 俺は通信を終えた。

 

 そして、二人へ顔を向ける。

 

「……東側の保守階段へ行こう」

 

 マーカスとガレスが頷いた。

 

 俺たちは、赤い警告灯の下を進み始めた。

 

     ◇

 

 地下第二階層の東側。

 

 保守階段へ続く廊下は、ほかの場所より狭かった。

 

 壁には太い配管が走り、天井には古い照明が並んでいる。

 

 俺は先頭を歩きながら、夜と月の女神の祝福を意識した。

 

 ……いる。

 

 前方。

 

 少なくとも三人。

 

 敵意を持つ人間の気配がある。

 

 俺は手を上げた。

 

「……止まって」

 

 マーカスとガレスが足を止める。

 

「どうした?」

 

「……前に三人いる」

 

 マーカスが銃を構えた。

 

「警備員か?」

 

「たぶんな」

 

 俺は角の向こうを覗いた。

 

 灰色の制服を着た警備員が三人。

 

 それぞれ銃を持ち、保守階段の入口を守っている。

 

 ……どうするか。

 

 正面から戦えば、倒せるだろう。

 

 だが、銃声を立てれば増援が来る。

 

 それに、相手は普通の警備員だ。

 

 できれば殺したくない。

 

「……マーカス」

 

「何だ?」

 

「一人だけ、こっちへ誘い出せるか?」

 

 マーカスは少し考えた。

 

「……できなくはない」

 

 俺は頷いた。

 

「じゃあ、俺が取り押さえる」

 

 ガレスが鼻を鳴らした。

 

「……面倒なことしやがる」

 

「静かに済ませたいんだよ」

 

 俺が答えると、男は肩をすくめた。

 

「……好きにしろ」

 

 マーカスが小さな金属片を拾い、廊下の反対側へ投げた。

 

 ――カランッ。

 

 音が響く。

 

 警備員の一人が顔を上げた。

 

「……何だ?」

 

 男は銃を構え、こちらへ近づいてくる。

 

 俺は壁際へ身を寄せた。

 

 足音が近づく。

 

 一歩。

 

 二歩。

 

 三歩。

 

 そして、警備員が角を曲がった瞬間。

 

 俺は動いた。

 

 相手の銃口を横へ逸らし、手首を掴む。

 

 そのまま身体を回転させ、男を壁へ押しつけた。

 

 ――ドンッ!

 

「……ぐっ!」

 

 警備員が呻いた。

 

 俺は首元へ腕を回し、動きを封じる。

 

「……静かにしてくれ」

 

 男は抵抗した。

 

 だが、俺の力には敵わない。

 

 数秒後、身体から力が抜けた。

 

 俺は意識を失った男をゆっくりと床へ下ろした。

 

 ……よし。

 

 マーカスが小さく頷いた。

 

「……上出来だ」

 

 俺は頷き返した。

 

 だが、残り二人がいる。

 

 俺たちは慎重に角へ近づいた。

 

 そのとき。

 

「……おい、どうした?」

 

 警備員の声が聞こえた。

 

 仲間が戻ってこないことに気づいたらしい。

 

 俺はマーカスへ合図した。

 

 ……次は二人同時だ。

 

 俺たちは角を曲がった。

 

 警備員たちが振り返る。

 

「……誰だ!?」

 

 俺は一気に距離を詰めた。

 

 銃口がこちらへ向くより先に、右側の男の腕を掴む。

 

 そのまま肘を捻り、銃を落とさせた。

 

 ――ガシャンッ!

 

 左側の警備員が銃を構える。

 

 だが、その瞬間。

 

 ――パンッ!

 

 マーカスの銃声。

 

 弾丸が警備員の足元へ命中した。

 

 男が驚いて後ずさる。

 

 その隙に、ガレスが距離を詰めた。

 

 義手で銃を叩き落とし、男を床へ押さえ込む。

 

「……動くな」

 

 低い声。

 

 警備員は抵抗をやめた。

 

 俺も相手の腕を拘束した。

 

 ……よし。

 

 三人とも、殺さずに済んだ。

 

 ただし、銃声は響いてしまった。

 

 俺は眉をひそめた。

 

「……急ごう」

 

 マーカスが頷いた。

 

「ああ」

 

     ◇

 

 保守階段の入口には、厚い金属製の隔壁があった。

 

 中央には電子錠。

 

 そして、赤い警告灯。

 

 俺は通信端末へ声をかけた。

 

「ノア、隔壁まで来た」

 

『……確認した』

 

「開けられそうか?」

 

『……少し待って』

 

 俺たちは周囲を警戒した。

 

 廊下の奥から、遠くに足音が聞こえる。

 

 ……増援か?

 

 俺は剣を抜いた。

 

 数秒後。

 

 ノアの声が聞こえた。

 

『……駄目。ロックが独立系統に切り替わってる』

 

 俺は眉をひそめた。

 

「……解除できない?」

 

『……今の接続では無理』

 

 ……仕方ないな。

 

 俺は隔壁を見た。

 

 厚い金属。

 

 だが、扉そのものは一枚板ではない。

 

 中央には継ぎ目があり、上下に固定具がある。

 

 ……斬れるか?

 

 俺は長剣を構えた。

 

「……二人とも、少し下がってくれ」

 

 マーカスが眉をひそめた。

 

「……おい、まさか」

 

「ああ」

 

 俺は頷いた。

 

「……斬ってみる」

 

 ガレスが低く笑った。

 

「……相変わらず、無茶苦茶だな」

 

「できるかどうかは、やってみないと分からない」

 

 俺は答えた。

 

 そして、剣を振り上げた。

 

 正義と力の神から授かった長剣。

 

 銀色の刀身が、薄暗い廊下で僅かに輝く。

 

 俺は呼吸を整えた。

 

 狙うのは、隔壁の固定部分。

 

 装甲そのものを無理に斬るより、構造的に弱い場所を狙う。

 

 ……よし。

 

 俺は一歩踏み込んだ。

 

 ――ザンッ!

 

 剣が金属へ食い込む。

 

 火花が散った。

 

 だが、完全には切断できない。

 

 ……硬いな。

 

 俺は剣を引き抜いた。

 

 もう一度。

 

 今度は角度を変える。

 

 ――ギィンッ!

 

 金属が裂ける音。

 

 固定具の一つが破損した。

 

 俺は続けて下部を狙った。

 

 ――ガキンッ!

 

 鈍い音。

 

 隔壁が僅かに歪んだ。

 

 ……あと少し。

 

 俺は剣を構え直した。

 

 そして、最後の一撃を叩き込む。

 

 ――ガァンッ!

 

 固定具が砕けた。

 

 隔壁の片側が、重い音を立てて傾く。

 

 俺は剣を下ろした。

 

 ……よし。

 

 マーカスが目を丸くした。

 

「……本当に斬りやがった」

 

 ガレスが鼻を鳴らした。

 

「……だから化け物だって言っただろ」

 

 俺は苦笑した。

 

「……褒め言葉として受け取っておくよ」

 

 俺たちは歪んだ隔壁の隙間を通り抜けた。

 

     ◇

 

 地下第三階層。

 

 階段を下りた瞬間、空気が変わった。

 

 冷たい。

 

 そして、消毒液の匂いが強い。

 

 白い壁。

 

 明るい照明。

 

 整然と並んだ扉。

 

 まるで、大きな病院のようだった。

 

 だが、普通の病院とは決定的に違うものがある。

 

 壁の向こうから、機械の駆動音が聞こえる。

 

 そして、遠くから人間の呻き声が響いていた。

 

 俺は拳を握った。

 

 ……ここか。

 

 プロジェクト・キメラの中心。

 

 俺たちは、ようやく辿り着いた。

 

「……カイ」

 

 マーカスが小声で言った。

 

「……気をつけろ」

 

「ああ」

 

 俺は頷いた。

 

 夜の祝福を意識する。

 

 ……いる。

 

 複数の敵意。

 

 廊下の先。

 

 左右の部屋。

 

 そして、さらに奥。

 

 ……かなり多いな。

 

 俺は眉をひそめた。

 

 少なくとも、十人以上。

 

 だが、この感覚では相手が人間なのか、どの程度機械化されているのかまでは分からない。

 

 それに、敵意のない被験者や無人の警備装置は感知できない。

 

 ……油断できないな。

 

「……前方に敵が多い」

 

 俺が伝えると、マーカスが頷いた。

 

「……正面突破は厳しいな」

 

 ガレスが銃を構えた。

 

「……なら、別の道を探すか」

 

 俺は周囲を確認した。

 

 廊下の右側に、保守用の扉がある。

 

 その先には、細い通路が続いているようだった。

 

「……あそこは?」

 

 俺が尋ねると、マーカスが確認した。

 

「……保守通路だな」

 

 俺は頷いた。

 

「……使えるかもしれない」

 

 俺たちは慎重に扉へ近づいた。

 

 そのとき。

 

 ――ピッ。

 

 短い電子音が響いた。

 

 俺は足を止めた。

 

 天井の監視カメラが、こちらを向いている。

 

 ……見つかったか。

 

 次の瞬間。

 

『……対象、カイ』

 

 無機質な音声。

 

 俺は剣を構えた。

 

『……ドクター・ヴォスより、指示』

 

 俺は顔をしかめた。

 

「……またか」

 

『……中央試験室へ進め』

 

 俺は天井のカメラを睨んだ。

 

「……断る」

 

 短い沈黙。

 

 そして。

 

『……命令拒否を確認』

 

 廊下の奥から、重い足音が聞こえた。

 

 ――ガン。

 

 ――ガン。

 

 俺は目を細めた。

 

 ……来るな。

 

 黒い装甲。

 

 赤く光る義眼。

 

 軍用義体兵が、二体。

 

 さらに、その後ろ。

 

 別の人影が現れた。

 

 俺は息を呑んだ。

 

 ……何だ、あれ?

 

 それは、全身を機械化された男だった。

 

 だが、軍用義体兵とは違う。

 

 装甲は不完全。

 

 人工皮膚の一部が剥がれ、内部の金属骨格が露出している。

 

 そして、首筋には神経制御装置。

 

 男は苦しそうに顔を歪めていた。

 

「……たす……け……」

 

 俺は剣を握り直した。

 

 ……被験者か。

 

 その男の義眼が赤く光った。

 

 ――ピッ。

 

 次の瞬間。

 

 男の身体が、不自然に動き始めた。

 

 俺は歯を食いしばった。

 

 ……やっぱり。

 

 本人の意思とは無関係に、身体を操られている。

 

 軍用義体兵二体。

 

 そして、制御された被験者一人。

 

 俺は剣を構えた。

 

「……マーカス、ガレス」

 

 二人が頷いた。

 

「……分かってる」

 

「……ああ」

 

 俺は続けた。

 

「……被験者は殺さない」

 

 ガレスが鼻を鳴らした。

 

「……面倒な注文だな」

 

「頼む」

 

 俺は真剣に言った。

 

 ガレスはしばらく俺を見つめた。

 

 そして、低く答えた。

 

「……分かったよ」

 

 俺は頷いた。

 

 ……よし。

 

 戦闘開始だ。

 

     ◇

 

 最初に動いたのは、軍用義体兵だった。

 

 右側の兵士が銃を構える。

 

 俺は即座に床を蹴った。

 

 ――ダダダダッ!

 

 銃声。

 

 弾丸が壁を削る。

 

 俺は身体を低くし、兵士の懐へ飛び込んだ。

 

 剣を横薙ぎに振る。

 

 ――ギィンッ!

 

 装甲に火花が散る。

 

 ……硬い!

 

 だが、以前戦った兵士と同じだ。

 

 関節部分には、必ず隙間がある。

 

 俺は剣を返し、膝裏を狙った。

 

 ――ザンッ!

 

 金属が裂ける。

 

 兵士の右膝が折れた。

 

 だが、倒れない。

 

 左腕を床へつき、身体を支えながら反撃してくる。

 

 ……しぶといな!

 

 俺は一歩引いた。

 

 その瞬間、マーカスの銃声が響いた。

 

 ――パンッ、パンッ!

 

 弾丸が兵士の肩へ命中する。

 

 俺はその隙に、右腕の銃身を斬り落とした。

 

 ――ガキンッ!

 

 火花。

 

 黒煙。

 

 兵士の右腕が動きを止めた。

 

 ……よし。

 

 だが、もう一体が近づいてくる。

 

 俺は剣を構え直した。

 

 そのとき。

 

 ――ガァンッ!

 

 ガレスの銃声。

 

 大口径の弾丸が、二体目の兵士の胸部へ命中した。

 

 装甲が大きくへこむ。

 

 兵士が一歩後退した。

 

「……カイ!」

 

 ガレスが叫んだ。

 

「……今だ!」

 

 俺は頷いた。

 

 床を蹴り、一気に距離を詰める。

 

 剣を斜め下へ振り抜いた。

 

 ――ザシュッ!

 

 兵士の左膝関節が破損した。

 

 巨体が床へ崩れ落ちる。

 

 俺は続けて、武装した右腕の駆動部を破壊した。

 

 ――バキンッ!

 

 兵士の動きが止まる。

 

 ……よし。

 

 二体とも、戦闘不能にできた。

 

 だが。

 

 まだ一人、残っている。

 

     ◇

 

 制御された被験者が、こちらへ近づいてきた。

 

 男の顔には、苦痛が浮かんでいる。

 

 だが、機械化された腕は止まらない。

 

 右腕の先には、小型の銃口。

 

 俺は剣を構えた。

 

「……聞こえるか?」

 

 男の唇が動いた。

 

「……に……げ……」

 

 俺は首を横に振った。

 

「逃げない」

 

 男の義眼が赤く光る。

 

 ――ピッ。

 

 銃口がこちらへ向く。

 

 俺は横へ飛んだ。

 

 ――ダダダッ!

 

 弾丸が床へ突き刺さる。

 

 俺は一気に距離を詰めた。

 

 男の右腕を掴み、銃口を天井へ向ける。

 

 ――ダダダッ!

 

 銃声が響いた。

 

 俺は歯を食いしばった。

 

 ……重い!

 

 義手の力はかなり強い。

 

 だが、ダニエルを助けたときと同じだ。

 

 制御装置を止められれば、本人の意思が戻るかもしれない。

 

「……マーカス!」

 

 俺は叫んだ。

 

「……首の後ろを確認してくれ!」

 

 マーカスが駆け寄る。

 

 男の首筋を確認した。

 

「……接続端子がある!」

 

 俺は頷いた。

 

「……緊急遮断は!?」

 

 マーカスは眉をひそめた。

 

「……前の奴と型が違う!」

 

 ……くそっ。

 

 そう簡単にはいかないか。

 

 俺は男の腕を押さえ続けた。

 

 そのとき。

 

 通信端末からノアの声が聞こえた。

 

『……カイ!』

 

「……何だ!?」

 

『……その被験者、制御信号が外部から送られてる!』

 

 俺は顔を上げた。

 

「……止められるか!?」

 

『……試す! でも、少し時間が必要!』

 

 俺は歯を食いしばった。

 

 ……時間か。

 

 なら、稼ぐしかない。

 

 俺は男の腕を押さえながら、足を払った。

 

 ――ガシャンッ!

 

 男が床へ倒れる。

 

 俺はその身体を押さえ込んだ。

 

 だが、義体の力は強い。

 

 少しでも気を抜けば、振りほどかれる。

 

 ……頼む、ノア。

 

 早く。

 

 男が苦しそうに呻いた。

 

「……やめ……て……」

 

 俺は低い声で答えた。

 

「……大丈夫だ」

 

 そして、続けた。

 

「……必ず止める」

 

 数秒後。

 

 ノアの声が響いた。

 

『……カイ!』

 

「……どうした!?」

 

『……制御信号を一時的に遮断できた!』

 

 その瞬間。

 

 男の義眼の赤い光が消えた。

 

 機械化された腕から、力が抜ける。

 

 俺は男の身体を支えた。

 

「……大丈夫か?」

 

 男は荒い息を吐いていた。

 

 だが、先ほどまでの苦痛に歪んだ表情は、少し和らいでいる。

 

「……あ……ああ……」

 

 俺は安心した。

 

 ……よかった。

 

 少なくとも、今は制御が止まっている。

 

 俺は男の肩へ手を置いた。

 

 昼と太陽の神の祝福。

 

 夜間のため負担は大きい。

 

 だが、傷ついた身体を少しでも癒したかった。

 

 俺は意識を集中した。

 

 ――ふわり。

 

 金色の光が、男を包む。

 

 筋肉の損傷。

 

 神経の疲弊。

 

 そして、義体との接続部分に生じた炎症。

 

 それらを癒すように、力を流し込む。

 

 数秒後。

 

 男の呼吸が落ち着いた。

 

 俺は祝福を止めた。

 

 ……よし。

 

 男が俺を見上げた。

 

「……あんた……」

 

「カイです」

 

 俺は笑った。

 

「助けに来ました」

 

 男の目に、涙が浮かんだ。

 

「……ありがとう……」

 

 俺は頷いた。

 

「どういたしまして」

 

     ◇

 

 そのとき。

 

 天井のスピーカーから、拍手の音が響いた。

 

 ――パチ、パチ、パチ。

 

 俺は顔を上げた。

 

 ……ヴォスか。

 

『……素晴らしい』

 

 男の声が響いた。

 

『君は本当に、予想を超えてくれる』

 

 俺は顔をしかめた。

 

「……見世物じゃないぞ」

 

『もちろんだ。だが、君の能力は実に興味深い』

 

 俺は剣を握り直した。

 

「……被験者たちを解放しろ」

 

『それはできない』

 

「……どうして?」

 

『彼らは、重要な研究資産だからだ』

 

 俺は歯を食いしばった。

 

 ……研究資産。

 

 人間を、物のように扱う言葉。

 

「……あんた、本当に最低だな」

 

 ヴォスは笑った。

 

『そう言われることには慣れている』

 

 俺は天井のカメラを睨んだ。

 

「……なら、直接会って話そうか」

 

 短い沈黙。

 

 そして。

 

『……いいだろう』

 

 廊下の奥で、重い金属音が響いた。

 

 ――ガシャンッ。

 

 大きな隔壁が開く。

 

 その先には、広い通路が続いていた。

 

『……中央試験室へ来たまえ』

 

 俺は剣を構えた。

 

 ……また罠か。

 

 だが、ここまで来た以上、引き返すわけにはいかない。

 

 俺はマーカスへ顔を向けた。

 

「……この人を頼めるか?」

 

 マーカスが頷いた。

 

「ああ。後方へ送る」

 

 俺は頷いた。

 

「ありがとう」

 

 ガレスが銃を構え直した。

 

「……行くのか?」

 

「ああ」

 

 俺は答えた。

 

「……ヴォスを止める」

 

 そして、開いた通路へ視線を向けた。

 

 その先には、まだ多くの被験者がいる。

 

 そして、子供も。

 

 俺は一歩を踏み出した。

 

 ……待っていてくれ。

 

 必ず、助けに行く。

 

     ◇

 

 同じ頃。

 

 地下第三階層、中央制御室。

 

 ドクター・エイドリアン・ヴォスは、監視映像を見つめていた。

 

 黒髪の少年。

 

 銀色の長剣。

 

 そして、金色の治癒の光。

 

 ヴォスは満足そうに微笑んだ。

 

「……実に素晴らしい」

 

 隣の研究員が口を開いた。

 

「……ドクター。被験者CHM-011の制御が一時的に遮断されました」

 

 ヴォスは頷いた。

 

「……確認している」

 

「……どうしますか?」

 

 ヴォスは少し考えた。

 

 そして、画面を切り替えた。

 

 そこには、中央試験室が映っていた。

 

 広い空間。

 

 複数の収容装置。

 

 そして、その中央に立つ一体の巨大な義体兵。

 

 通常の軍用義体兵より、さらに大きい。

 

 黒い装甲。

 

 赤く光る複数のセンサー。

 

 そして、両腕に組み込まれた大型武装。

 

 ヴォスは静かに笑った。

 

「……次の試験へ進もう」

 

 研究員が顔を上げた。

 

「……まさか、あれを?」

 

「そうだ」

 

 ヴォスは頷いた。

 

「……キメラ計画の最新成果だ」

 

 男は端末を操作した。

 

 画面に、新しい指示が表示される。

 

 PROJECT CHIMERA

 

 PHASE 4:完全制御試験

 

 特別試験機:CHM-000

 

 戦闘試験、開始準備完了。

 

 ヴォスは満足そうに頷いた。

 

「……さあ、カイ」

 

 その目には、冷たい期待が宿っていた。

 

「……君が、どこまで戦えるのか見せてくれ」

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