神々の剣士は電脳都市で生きる   作:アイエオ

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第三十話 鋼鉄の怪物

神々の剣士、キメラ零号との激突

 邪神との最終決戦で、俺は一度だけ剣を手放したことがある。

 

 正確には、手放したのではない。

 

 握っていられなくなったのだ。

 

 邪神の一撃を受け止めた瞬間、右腕の骨が砕け、指が言うことを聞かなくなった。剣は血に濡れた手から滑り落ち、石畳の上を転がっていった。

 

 あのとき、俺の前には邪神がいた。

 

 背後には、倒れた仲間たちがいた。

 

 そしてセレーネが、残された魔力を振り絞って俺を守ろうとしていた。

 

 だから俺は、左手で剣を拾った。

 

 それが正しい判断だったかどうかは、今でも分からない。

 

 ただ一つ、確かなことがある。

 

 守るべきものがあるからといって、人間が無敵になるわけじゃない。

 

 むしろ、守るべきものが増えるほど、戦いは難しくなる。

 

 そして今、俺の前には新たな敵が待ち構えていた。

 

 神でも魔物でもない。

 

 人間の技術が生み出した、鋼鉄の怪物だ。

 

     ◇

 

 午後八時四十七分。

 

 旧ヘリックス研究施設、地下第三階層。

 

 中央試験室へ続く通路の前で、俺たちは足を止めていた。

 

 天井の照明は白く、床には細い誘導灯が埋め込まれている。壁の向こうからは、重い機械の駆動音が聞こえていた。

 

 先ほど救出した被験者、レオンとは別の男――CHM-011と呼ばれていた男性は、保守用の小部屋に避難させてある。

 

 マーカスが彼のそばに残り、ノアの指示で制御信号を遮断し続けていた。

 

 俺とガレスは、その小部屋から十数メートル離れた通路にいた。

 

『カイ、聞こえる?』

 

 耳元の通信機からノアの声がした。

 

「ああ。どうした?」

 

『中央試験室の映像を一部取得できた』

 

「中には何がいる?」

 

 数秒の沈黙。

 

『……大きい』

 

「何が?」

 

『軍用義体。通常の兵士より、ずっと大きい』

 

 俺は目の前の隔壁を見た。

 

「どれくらい?」

 

『全高、推定二・七メートル。重量は分からない。両腕に重火器らしい装備がある』

 

 ……二・七メートル。

 

 元の世界なら、かなり大型のオーガに近い。

 

 ただし、相手は金属製だ。

 

 そして、銃を使う。

 

「……厄介だな」

 

『それだけじゃない』

 

 ノアの声が低くなった。

 

『胸部に生体反応がある。人間の神経組織が残されている可能性が高い』

 

 俺は眉をひそめた。

 

 つまり、あの怪物も人間だったということか。

 

「……制御を解除できる?」

 

『まだ分からない。通常の被験者とは別の通信系統を使ってる』

 

「分かった。無理に触らなくていい」

 

『カイ』

 

「ん?」

 

『ヴォスは、あなたを捕獲するつもり』

 

 俺は苦笑した。

 

「知ってるよ。ずいぶん熱心に招待してくれるからな」

 

『冗談じゃない』

 

「……ああ」

 

 ノアの声には、いつもより強い緊張があった。

 

『あの装置、あなたと戦うために用意されてる。普通の警備用じゃない』

 

 俺は剣の柄を握った。

 

「なら、なおさら慎重にやる」

 

 通信の向こうで、ノアが小さく息を吐いた。

 

『……映像は送る。無理だと思ったら戻って』

 

「了解」

 

 通信を切ると、隣のガレスが鼻を鳴らした。

 

「ずいぶん心配されてんな」

 

「心配してくれる仲間がいるのは、ありがたいことだよ」

 

「……そうかよ」

 

 ガレスは修理途中の右腕を動かした。

 

 関節から、かすかな駆動音がする。

 

「お前、本当にあの化け物とやるつもりか?」

 

「できれば戦いたくない」

 

「だったら、引き返すか?」

 

「それもできない」

 

 俺は隔壁を見つめた。

 

「中に捕まってる人がいるなら、放っておけないからな」

 

 ガレスはしばらく黙っていた。

 

 やがて、低く笑った。

 

「……やっぱり変なガキだ」

 

「それ、もう聞き飽きたよ」

 

 そのときだった。

 

 ――ガコンッ。

 

 目の前の隔壁が震えた。

 

 重い金属音と共に、左右へ開き始める。

 

 俺は剣を抜いた。

 

 ガレスが銃を構える。

 

 白い照明が、開いた扉の向こうから漏れてきた。

 

 そして。

 

 俺たちは、中央試験室へ足を踏み入れた。

 

     ◇

 

 最初に感じたのは、冷気だった。

 

 中央試験室は、想像していたより遥かに広い。

 

 天井は高く、巨大な工場のような構造になっていた。

 

 壁際には透明な収容装置が並び、その内部には機械化された人間たちが横たわっている。

 

 六人。

 

 いや、もっといる。

 

 左側に四人。

 

 右側に五人。

 

 奥にも、いくつかの収容装置が見えた。

 

 少なくとも十人以上。

 

 レオンの話は本当だった。

 

「……くそ」

 

 ガレスが低く呟いた。

 

 俺も言葉を失った。

 

 透明な装置の中には、年配の男性もいれば、若い女性もいる。

 

 片腕だけが機械化された者。

 

 下半身を義体に置き換えられた者。

 

 そして、ほとんど全身を機械に改造された者。

 

 誰もが首筋に神経制御装置を取り付けられていた。

 

 そのとき、右奥の収容装置が目に入った。

 

 小さな身体。

 

 短い黒髪。

 

 十歳くらいの少女。

 

 彼女は透明な壁に両手をつき、こちらを見ていた。

 

 目が合った。

 

 少女の唇が動く。

 

 声は聞こえない。

 

 だが、その言葉は分かった。

 

 ――たすけて。

 

 俺は剣を握り直した。

 

「……ガレス」

 

「分かってる」

 

 男の声も硬かった。

 

「先に、あの装置を止めるんだろ」

 

「ああ」

 

 俺たちが歩き出そうとした、その瞬間。

 

 ――ドォンッ!

 

 試験室の中央で、巨大な金属音が響いた。

 

 床が震える。

 

 俺たちは足を止めた。

 

 正面の大型格納庫。

 

 その扉が、ゆっくりと開いていく。

 

 暗闇の奥から、二つの赤い光が現れた。

 

 ――ガン。

 

 ――ガン。

 

 重い足音。

 

 そして、巨大な影。

 

 黒い装甲に覆われた巨体が、格納庫から姿を現した。

 

 全高は三メートル近い。

 

 肩幅は俺の倍ほどもある。

 

 両腕には大型の武装が組み込まれ、胸部には分厚い装甲板。

 

 脚部は人間のものとは大きく異なり、重量を支えるための補助関節が追加されている。

 

 赤い義眼が、俺を捉えた。

 

『……対象、確認』

 

 無機質な声。

 

『……識別名、カイ』

 

 俺は剣を構えた。

 

「……ああ。俺だ」

 

 巨体の胸部で、赤い光が点滅した。

 

『……特別試験機、CHM-000』

 

『……戦闘試験、開始』

 

 次の瞬間。

 

 巨大な右腕が持ち上がった。

 

 装甲が開く。

 

 内部から、大口径の銃身が現れた。

 

 ……まずい!

 

「ガレス、伏せろ!」

 

 俺は叫んだ。

 

 ――ドガガガガガッ!

 

 凄まじい銃声が響いた。

 

     ◇

 

 俺は横へ跳んだ。

 

 直後、背後の床が爆ぜた。

 

 ――ドドドドッ!

 

 大口径の弾丸がコンクリートを抉り、破片が飛び散る。

 

 俺は柱の陰へ滑り込んだ。

 

 ガレスも反対側の装置の陰へ飛び込んでいる。

 

「……冗談じゃねえ!」

 

 男が叫んだ。

 

「こんなもん、歩く戦車じゃねえか!」

 

 俺も同感だった。

 

 以前戦った軍用義体兵とは、火力が違う。

 

 あの銃撃をまともに受ければ、いくら俺でも無事では済まない。

 

 ……しかも。

 

 俺は周囲を確認した。

 

 収容装置が近い。

 

 このまま撃ち合えば、被験者たちを巻き込む。

 

「……ガレス!」

 

「何だ!」

 

「収容装置から離れろ! あいつの銃撃を誘導するな!」

 

「分かってる!」

 

 俺は柱の陰から飛び出した。

 

 CHM-000の赤い義眼が、こちらを追う。

 

 ……よし。

 

 狙いは俺だ。

 

 だったら、中央へ引きつける。

 

 俺は試験室の広い中央部分へ走った。

 

 ――ドガガガッ!

 

 銃撃。

 

 俺は床を蹴り、弾道から外れる。

 

 足元で火花が散った。

 

 背後の柱が砕ける。

 

 だが、収容装置からは離れられた。

 

 ……ここなら。

 

 俺は振り返った。

 

 巨大な義体兵が迫ってくる。

 

 ――ガンッ!

 

 重い足音。

 

 その動きは、見た目ほど鈍くない。

 

 むしろ、驚くほど速い。

 

 俺は剣を構えた。

 

 狙うのは、右腕の武装。

 

 以前の兵士たちと同じように、関節を破壊する。

 

 俺は一気に距離を詰めた。

 

 ――ガキィンッ!

 

 剣が装甲へ衝突する。

 

 火花が散る。

 

 だが。

 

 ……浅い!

 

 刃は装甲の表面を削っただけだった。

 

 次の瞬間、巨大な左腕が振り下ろされた。

 

 俺は咄嗟に剣を立てた。

 

 ――ゴォンッ!

 

 衝撃。

 

 視界が揺れる。

 

 身体が後方へ吹き飛ばされた。

 

 ――ガシャァンッ!

 

 背中から床へ叩きつけられる。

 

「……ぐっ!」

 

 肺から空気が抜けた。

 

 右肩に鋭い痛みが走る。

 

 ……重い!

 

 普通のオーガより遥かに重い一撃だ。

 

 俺は床を転がり、追撃をかわした。

 

 ――ドォンッ!

 

 巨体の拳が、さっきまで俺の頭があった場所へ突き刺さる。

 

 コンクリートが砕けた。

 

 ……まともに受けたら、骨が折れるどころじゃないな。

 

 俺は立ち上がり、剣を構え直した。

 

     ◇

 

『……カイ!』

 

 通信機からノアの声が響いた。

 

『……大丈夫!?』

 

「ああ! まだ動ける!」

 

『……その機体、通常の軍用義体とは構造が違う!』

 

「見れば分かる!」

 

『……右肩の下! そこに補助駆動部がある!』

 

 俺は巨体を見た。

 

 右肩の装甲。

 

 その下に、僅かな隙間がある。

 

 ……なるほど。

 

「……ありがとう!」

 

 俺は床を蹴った。

 

 CHM-000が右腕を振り上げる。

 

 俺はその下を潜り抜けた。

 

 そして、剣を斜め上へ突き出す。

 

 ――ギィンッ!

 

 刃が装甲の隙間へ食い込んだ。

 

 手応えがある。

 

 俺はさらに力を込めた。

 

 ――バキンッ!

 

 金属が砕ける音。

 

 右肩の補助駆動部から火花が散った。

 

 巨体の右腕が一瞬だけ停止する。

 

 ……よし!

 

 だが、次の瞬間。

 

 CHM-000の左腕が、俺の胴体へ迫った。

 

 避けきれない。

 

 俺は剣を横に構え、衝撃を受け流そうとした。

 

 ――ドガァンッ!

 

 身体が吹き飛ぶ。

 

 今度は壁へ叩きつけられた。

 

「……がはっ!」

 

 背中に激痛。

 

 口の中に血の味が広がる。

 

 ……肋骨、何本かいったか?

 

 俺は歯を食いしばった。

 

 視界が一瞬、白くなる。

 

 だが、意識はある。

 

 まだ動ける。

 

 ……くそ。

 

 やっぱり、真正面から力比べをする相手じゃないな。

 

     ◇

 

「カイ!」

 

 ガレスの怒鳴り声。

 

 ――ドンッ!

 

 大口径の銃声が響いた。

 

 CHM-000の左肩に弾丸が命中する。

 

 装甲がへこみ、火花が散った。

 

 巨体がガレスへ顔を向ける。

 

「……こっちだ、鉄屑野郎!」

 

 ガレスが叫んだ。

 

 CHM-000の左腕から、別の銃身がせり出した。

 

 ……まずい!

 

「ガレス、逃げろ!」

 

 俺は叫んだ。

 

 ――ダダダダッ!

 

 銃撃。

 

 ガレスは横へ飛び、装置の陰へ滑り込んだ。

 

 だが、完全には避けきれなかった。

 

 ――バシュッ!

 

 男の左肩から血が飛び散る。

 

「……ぐあっ!」

 

 ガレスが床へ倒れた。

 

 俺は歯を食いしばった。

 

 ……くそっ!

 

 今度は俺が助ける番だ。

 

 俺は床を蹴った。

 

 痛む身体を無理やり動かす。

 

 CHM-000がガレスへ銃口を向ける。

 

 その瞬間。

 

 俺は剣を振り抜いた。

 

 ――ザンッ!

 

 左腕の銃身を支える固定部へ刃が食い込む。

 

 金属が裂けた。

 

 銃口が大きく逸れる。

 

 ――ドガガガッ!

 

 弾丸が天井へ突き刺さった。

 

 俺は続けて、左肘の関節を狙った。

 

 ――ギィンッ!

 

 硬い手応え。

 

 だが、今度は完全には切れない。

 

 CHM-000が身体を回転させた。

 

 巨大な脚が、俺の腹部へ迫る。

 

 ……避けろ!

 

 俺は跳んだ。

 

 だが、間に合わない。

 

 ――ドォンッ!

 

 蹴りが脇腹をかすめた。

 

 身体が横へ弾き飛ばされる。

 

 床を転がり、何とか受け身を取った。

 

 ……痛っ!

 

 右肩。

 

 肋骨。

 

 背中。

 

 あちこちが悲鳴を上げている。

 

 俺は剣を床へ突き立て、立ち上がった。

 

 ……まずいな。

 

 このままでは、消耗戦になる。

 

 相手は機械化された身体。

 

 こちらは生身だ。

 

 長引けば不利になる。

 

 ……なら。

 

 俺は右手の指輪を見た。

 

 正義と力の神の祝福。

 

 雷の奇跡。

 

 一日に五回だけ使える、強力な一撃。

 

 ……使うか。

 

 だが、問題がある。

 

 周囲には被験者たちがいる。

 

 雷撃が収容装置へ流れれば、彼らを傷つける可能性がある。

 

 俺は周囲を確認した。

 

 中央の広い空間。

 

 金属製の床。

 

 そして、天井から吊り下げられた複数の配管。

 

 ……駄目だ。

 

 ここで大規模な雷撃を放つのは危険すぎる。

 

 俺は剣を握り直した。

 

 ……別の方法を探そう。

 

     ◇

 

 そのとき。

 

 通信機からノアの声が聞こえた。

 

『……カイ!』

 

「……何だ!」

 

『……CHM-000の動力系を確認した!』

 

 俺は顔を上げた。

 

「……どこだ!?」

 

『……背部! 肩甲骨の間に補助電源がある!』

 

 俺は巨体の背中を見た。

 

 確かに、分厚い装甲の中央に、僅かな膨らみがある。

 

 ……あそこか。

 

『……ただし、破壊すると機体が停止する可能性がある!』

 

「……それでいい!」

 

『……違う!』

 

 ノアの声が強くなった。

 

『……生命維持系にも接続されてるかもしれない!』

 

 俺は歯を食いしばった。

 

 ……くそっ。

 

 やっぱり、簡単にはいかない。

 

 俺は巨体を見つめた。

 

 あの中には、人間がいる。

 

 もしかしたら、意識も残っている。

 

 だったら、動力を完全に破壊するわけにはいかない。

 

 ……どうする?

 

 俺は周囲を見た。

 

 そして、一つのものが目に入った。

 

 試験室の中央。

 

 床に埋め込まれた、巨大な固定装置。

 

 おそらく、義体兵を拘束して整備するための設備だ。

 

 俺は通信機へ声をかけた。

 

「ノア!」

 

『……何!?』

 

「あの床の固定装置、動かせるか!?」

 

 短い沈黙。

 

『……確認する!』

 

 俺は剣を構えた。

 

 CHM-000がこちらへ向かってくる。

 

 ――ガンッ!

 

 ――ガンッ!

 

 重い足音。

 

 俺は一歩下がった。

 

 そして、わざと中央の固定装置へ近づいた。

 

 ……来い。

 

 もう少し。

 

 CHM-000が右腕を持ち上げた。

 

 銃口がこちらへ向く。

 

 俺は床を蹴り、横へ跳んだ。

 

 ――ドガガガッ!

 

 銃撃が床を削る。

 

 俺はさらに後退した。

 

 巨体が追ってくる。

 

 ……よし。

 

 固定装置の真上だ。

 

「……ノア!」

 

『……いける!』

 

「……今だ!」

 

 次の瞬間。

 

 ――ガシャンッ!

 

 床から巨大な固定具がせり上がった。

 

 金属製の拘束アーム。

 

 それがCHM-000の両脚へ絡みつく。

 

 ――ガァンッ!

 

 巨体が大きく揺れた。

 

『……警告。外部拘束を検知』

 

 CHM-000が暴れる。

 

 拘束具が軋む。

 

 ……長くは持たない!

 

 俺は一気に距離を詰めた。

 

 狙うのは、右肩の補助駆動部。

 

 すでに一度、傷をつけている。

 

 俺は剣を振り上げた。

 

 ――ザンッ!

 

 銀色の刃が、装甲の隙間へ深く食い込む。

 

 そして。

 

 ――バキィンッ!

 

 右肩の駆動部が破損した。

 

 CHM-000の右腕が垂れ下がる。

 

 ……よし!

 

 だが、巨体はまだ動いていた。

 

 左腕がこちらへ伸びる。

 

 俺は身体を捻ってかわした。

 

 そして、左肘の関節へ剣を叩き込む。

 

 ――ギィンッ!

 

 火花が散る。

 

 もう一撃。

 

 ――ザシュッ!

 

 人工筋肉が切れた。

 

 左腕の動きが鈍くなる。

 

 俺はさらに踏み込んだ。

 

 ――ガキンッ!

 

 最後の一撃で、左肘の駆動部が破損した。

 

 CHM-000の両腕が、力なく垂れ下がった。

 

 ……よし。

 

 これで武装は封じた。

 

 だが、巨体はまだ暴れている。

 

 拘束具が悲鳴を上げた。

 

 ――ギギギギッ!

 

 ……まずい。

 

 もうすぐ壊れる。

 

 俺は剣を構え直した。

 

 そして、両脚の補助関節を狙った。

 

 ――ザンッ!

 

 右脚の駆動部が破損する。

 

 続けて左脚。

 

 ――ギィンッ!

 

 刃が金属へ食い込む。

 

 俺は力を込めた。

 

 ――バキンッ!

 

 左脚の補助関節が砕けた。

 

 次の瞬間。

 

 ――ドォォンッ!

 

 CHM-000の巨体が、床へ崩れ落ちた。

 

 試験室全体が震えた。

 

 俺は距離を取り、剣を構えたまま様子を見る。

 

 赤い義眼は、まだ光っている。

 

 だが、両腕と両脚は動かない。

 

 ……止まったか。

 

 俺は荒い息を吐いた。

 

 ……何とか、殺さずに済んだ。

 

     ◇

 

「……カイ!」

 

 マーカスの声が通信機から響いた。

 

『……そっちはどうなってる!?』

 

「……倒した!」

 

『……本当か!?』

 

「ああ。ただし、まだ生きてる。医療班が必要だ」

 

『……分かった!』

 

 俺は剣を下ろした。

 

 だが、その瞬間。

 

 ――ピッ。

 

 CHM-000の赤い義眼が明滅した。

 

 俺は足を止めた。

 

 ……何だ?

 

『……神経制御、再同期』

 

 無機質な音声。

 

 俺は剣を構え直した。

 

 ……まだ動くのか?

 

 だが、巨体は動かなかった。

 

 代わりに、胸部のスピーカーから、かすかな声が聞こえた。

 

「……たす……け……」

 

 俺は息を呑んだ。

 

 ……人間の声?

 

 俺は慎重に近づいた。

 

「……聞こえるか?」

 

 赤い義眼が、俺を見た。

 

「……おれ……は……」

 

 途切れ途切れの声。

 

 俺は膝をついた。

 

「……大丈夫だ。もう戦わなくていい」

 

 巨体の胸部で、何かが小さく鳴った。

 

 ――カチッ。

 

 装甲の一部が開く。

 

 その奥には、透明な保護容器があった。

 

 そして。

 

 そこにあったものを見た瞬間、俺は言葉を失った。

 

 人間の脳。

 

 複数の神経接続装置。

 

 そして、生命維持用の配管。

 

 ……まさか。

 

 この巨大な機械の中に残されているのは。

 

 それだけなのか?

 

 俺は歯を食いしばった。

 

 ……ヴォス。

 

 お前、どこまで人間を弄べば気が済むんだ。

 

 そのとき、スピーカーから再び声が聞こえた。

 

「……な……まえ……」

 

 俺は顔を上げた。

 

「……名前?」

 

 赤い義眼が明滅する。

 

「……おれ……の……なまえ……」

 

 俺は静かに答えた。

 

「……教えてくれ」

 

 長い沈黙。

 

 そして。

 

「……エリック……」

 

 俺は息を呑んだ。

 

 その名前には、聞き覚えがあった。

 

 ガレスが以前、行方不明になった部下の名前を挙げたことがある。

 

 その中の一人。

 

 ……エリック。

 

 俺は顔を上げた。

 

「……ガレス!」

 

 男が肩を押さえながら、こちらへ近づいてきた。

 

「……何だ?」

 

 俺は巨体を指差した。

 

「……この人、エリックって言ってる」

 

 ガレスの表情が変わった。

 

「……何?」

 

 男は足を止めた。

 

 そして、ゆっくりと巨体へ近づいた。

 

「……おい」

 

 低い声。

 

「……エリック?」

 

 赤い義眼が動いた。

 

 しばらくの沈黙。

 

 そして。

 

「……ボス……?」

 

 ガレスの顔から、血の気が引いた。

 

「……嘘だろ」

 

 男は震える声で呟いた。

 

「……お前、なのか?」

 

 巨体のスピーカーから、かすかな声が聞こえた。

 

「……すま……ねえ……」

 

 ガレスは何も言わなかった。

 

 ただ、拳を握りしめていた。

 

 俺はその横顔を見た。

 

 怒り。

 

 後悔。

 

 そして、悲しみ。

 

 いくつもの感情が、男の表情に浮かんでいた。

 

「……エリック」

 

 ガレスが低く言った。

 

「……謝るんじゃねえ」

 

 男は巨体へ近づいた。

 

「……悪いのは、お前じゃねえ」

 

 俺は黙って見守った。

 

 そのとき。

 

 天井のスピーカーから、拍手が響いた。

 

 ――パチ、パチ、パチ。

 

 俺は顔を上げた。

 

 ……ヴォス。

 

『……素晴らしい』

 

 男の声が響いた。

 

『まさか、CHM-000をここまで損傷させるとは』

 

 俺は剣を握り直した。

 

「……あんた、これが何だか分かってるのか?」

 

『もちろんだ』

 

 ヴォスは答えた。

 

『最高水準の戦闘用義体だよ』

 

「……違う!」

 

 俺は叫んだ。

 

 声が試験室に響いた。

 

「……この人には、名前がある!」

 

 短い沈黙。

 

 そして、ヴォスは静かに答えた。

 

『名前など、識別番号と同じだ』

 

 俺は歯を食いしばった。

 

 ……こいつ。

 

 本当に、人間を何だと思っているんだ。

 

「……ヴォス」

 

『何かね?』

 

「……今すぐ、被験者たちを解放しろ」

 

『それはできない』

 

「……なら、俺が解放する」

 

 ヴォスは笑った。

 

『君一人で?』

 

 俺は首を横に振った。

 

「……違う」

 

 ガレスを見た。

 

 そして、通信機の向こうにいる仲間たちを思い浮かべた。

 

「……俺たちで、だ」

 

 ヴォスはしばらく黙っていた。

 

 そして、静かに言った。

 

『……では、最後の試験を始めよう』

 

 俺は眉をひそめた。

 

 ……最後の試験?

 

 その瞬間。

 

 ――ウウウウウッ!

 

 施設全体に、新たな警報が響いた。

 

 天井の照明が赤く変わる。

 

 そして、中央試験室の壁際に並んでいた収容装置。

 

 その一つが、ゆっくりと開き始めた。

 

 ――ガシャンッ。

 

 俺は顔を上げた。

 

 ……まさか。

 

 次の装置も開く。

 

 さらに、その隣も。

 

 ――ガシャンッ。

 

 ――ガシャンッ。

 

 透明な収容装置が、次々と開いていく。

 

 中にいた被験者たちの義眼が、赤く光った。

 

 俺は息を呑んだ。

 

 ……全員、動かすつもりか!?

 

 天井のスピーカーから、無機質な音声が響いた。

 

『……プロジェクト・キメラ』

 

『……フェーズ4、最終試験』

 

 俺は剣を構えた。

 

 ガレスも銃を握り直す。

 

 そして。

 

『……全被験者、戦闘命令を受信』

 

 収容装置から、一人。

 

 また一人。

 

 機械化された人間たちが歩き出した。

 

 その中には、あの小さな少女の姿もあった。

 

 俺は歯を食いしばった。

 

 ……冗談じゃない。

 

 ここまで来て。

 

 この人たち同士を戦わせるつもりか。

 

 俺は剣を握り直した。

 

 だが、刃を向けることはできなかった。

 

 目の前にいるのは、敵ではない。

 

 助けを求めている人間たちなのだから。

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