神々の剣士、キメラ零号との激突
邪神との最終決戦で、俺は一度だけ剣を手放したことがある。
正確には、手放したのではない。
握っていられなくなったのだ。
邪神の一撃を受け止めた瞬間、右腕の骨が砕け、指が言うことを聞かなくなった。剣は血に濡れた手から滑り落ち、石畳の上を転がっていった。
あのとき、俺の前には邪神がいた。
背後には、倒れた仲間たちがいた。
そしてセレーネが、残された魔力を振り絞って俺を守ろうとしていた。
だから俺は、左手で剣を拾った。
それが正しい判断だったかどうかは、今でも分からない。
ただ一つ、確かなことがある。
守るべきものがあるからといって、人間が無敵になるわけじゃない。
むしろ、守るべきものが増えるほど、戦いは難しくなる。
そして今、俺の前には新たな敵が待ち構えていた。
神でも魔物でもない。
人間の技術が生み出した、鋼鉄の怪物だ。
◇
午後八時四十七分。
旧ヘリックス研究施設、地下第三階層。
中央試験室へ続く通路の前で、俺たちは足を止めていた。
天井の照明は白く、床には細い誘導灯が埋め込まれている。壁の向こうからは、重い機械の駆動音が聞こえていた。
先ほど救出した被験者、レオンとは別の男――CHM-011と呼ばれていた男性は、保守用の小部屋に避難させてある。
マーカスが彼のそばに残り、ノアの指示で制御信号を遮断し続けていた。
俺とガレスは、その小部屋から十数メートル離れた通路にいた。
『カイ、聞こえる?』
耳元の通信機からノアの声がした。
「ああ。どうした?」
『中央試験室の映像を一部取得できた』
「中には何がいる?」
数秒の沈黙。
『……大きい』
「何が?」
『軍用義体。通常の兵士より、ずっと大きい』
俺は目の前の隔壁を見た。
「どれくらい?」
『全高、推定二・七メートル。重量は分からない。両腕に重火器らしい装備がある』
……二・七メートル。
元の世界なら、かなり大型のオーガに近い。
ただし、相手は金属製だ。
そして、銃を使う。
「……厄介だな」
『それだけじゃない』
ノアの声が低くなった。
『胸部に生体反応がある。人間の神経組織が残されている可能性が高い』
俺は眉をひそめた。
つまり、あの怪物も人間だったということか。
「……制御を解除できる?」
『まだ分からない。通常の被験者とは別の通信系統を使ってる』
「分かった。無理に触らなくていい」
『カイ』
「ん?」
『ヴォスは、あなたを捕獲するつもり』
俺は苦笑した。
「知ってるよ。ずいぶん熱心に招待してくれるからな」
『冗談じゃない』
「……ああ」
ノアの声には、いつもより強い緊張があった。
『あの装置、あなたと戦うために用意されてる。普通の警備用じゃない』
俺は剣の柄を握った。
「なら、なおさら慎重にやる」
通信の向こうで、ノアが小さく息を吐いた。
『……映像は送る。無理だと思ったら戻って』
「了解」
通信を切ると、隣のガレスが鼻を鳴らした。
「ずいぶん心配されてんな」
「心配してくれる仲間がいるのは、ありがたいことだよ」
「……そうかよ」
ガレスは修理途中の右腕を動かした。
関節から、かすかな駆動音がする。
「お前、本当にあの化け物とやるつもりか?」
「できれば戦いたくない」
「だったら、引き返すか?」
「それもできない」
俺は隔壁を見つめた。
「中に捕まってる人がいるなら、放っておけないからな」
ガレスはしばらく黙っていた。
やがて、低く笑った。
「……やっぱり変なガキだ」
「それ、もう聞き飽きたよ」
そのときだった。
――ガコンッ。
目の前の隔壁が震えた。
重い金属音と共に、左右へ開き始める。
俺は剣を抜いた。
ガレスが銃を構える。
白い照明が、開いた扉の向こうから漏れてきた。
そして。
俺たちは、中央試験室へ足を踏み入れた。
◇
最初に感じたのは、冷気だった。
中央試験室は、想像していたより遥かに広い。
天井は高く、巨大な工場のような構造になっていた。
壁際には透明な収容装置が並び、その内部には機械化された人間たちが横たわっている。
六人。
いや、もっといる。
左側に四人。
右側に五人。
奥にも、いくつかの収容装置が見えた。
少なくとも十人以上。
レオンの話は本当だった。
「……くそ」
ガレスが低く呟いた。
俺も言葉を失った。
透明な装置の中には、年配の男性もいれば、若い女性もいる。
片腕だけが機械化された者。
下半身を義体に置き換えられた者。
そして、ほとんど全身を機械に改造された者。
誰もが首筋に神経制御装置を取り付けられていた。
そのとき、右奥の収容装置が目に入った。
小さな身体。
短い黒髪。
十歳くらいの少女。
彼女は透明な壁に両手をつき、こちらを見ていた。
目が合った。
少女の唇が動く。
声は聞こえない。
だが、その言葉は分かった。
――たすけて。
俺は剣を握り直した。
「……ガレス」
「分かってる」
男の声も硬かった。
「先に、あの装置を止めるんだろ」
「ああ」
俺たちが歩き出そうとした、その瞬間。
――ドォンッ!
試験室の中央で、巨大な金属音が響いた。
床が震える。
俺たちは足を止めた。
正面の大型格納庫。
その扉が、ゆっくりと開いていく。
暗闇の奥から、二つの赤い光が現れた。
――ガン。
――ガン。
重い足音。
そして、巨大な影。
黒い装甲に覆われた巨体が、格納庫から姿を現した。
全高は三メートル近い。
肩幅は俺の倍ほどもある。
両腕には大型の武装が組み込まれ、胸部には分厚い装甲板。
脚部は人間のものとは大きく異なり、重量を支えるための補助関節が追加されている。
赤い義眼が、俺を捉えた。
『……対象、確認』
無機質な声。
『……識別名、カイ』
俺は剣を構えた。
「……ああ。俺だ」
巨体の胸部で、赤い光が点滅した。
『……特別試験機、CHM-000』
『……戦闘試験、開始』
次の瞬間。
巨大な右腕が持ち上がった。
装甲が開く。
内部から、大口径の銃身が現れた。
……まずい!
「ガレス、伏せろ!」
俺は叫んだ。
――ドガガガガガッ!
凄まじい銃声が響いた。
◇
俺は横へ跳んだ。
直後、背後の床が爆ぜた。
――ドドドドッ!
大口径の弾丸がコンクリートを抉り、破片が飛び散る。
俺は柱の陰へ滑り込んだ。
ガレスも反対側の装置の陰へ飛び込んでいる。
「……冗談じゃねえ!」
男が叫んだ。
「こんなもん、歩く戦車じゃねえか!」
俺も同感だった。
以前戦った軍用義体兵とは、火力が違う。
あの銃撃をまともに受ければ、いくら俺でも無事では済まない。
……しかも。
俺は周囲を確認した。
収容装置が近い。
このまま撃ち合えば、被験者たちを巻き込む。
「……ガレス!」
「何だ!」
「収容装置から離れろ! あいつの銃撃を誘導するな!」
「分かってる!」
俺は柱の陰から飛び出した。
CHM-000の赤い義眼が、こちらを追う。
……よし。
狙いは俺だ。
だったら、中央へ引きつける。
俺は試験室の広い中央部分へ走った。
――ドガガガッ!
銃撃。
俺は床を蹴り、弾道から外れる。
足元で火花が散った。
背後の柱が砕ける。
だが、収容装置からは離れられた。
……ここなら。
俺は振り返った。
巨大な義体兵が迫ってくる。
――ガンッ!
重い足音。
その動きは、見た目ほど鈍くない。
むしろ、驚くほど速い。
俺は剣を構えた。
狙うのは、右腕の武装。
以前の兵士たちと同じように、関節を破壊する。
俺は一気に距離を詰めた。
――ガキィンッ!
剣が装甲へ衝突する。
火花が散る。
だが。
……浅い!
刃は装甲の表面を削っただけだった。
次の瞬間、巨大な左腕が振り下ろされた。
俺は咄嗟に剣を立てた。
――ゴォンッ!
衝撃。
視界が揺れる。
身体が後方へ吹き飛ばされた。
――ガシャァンッ!
背中から床へ叩きつけられる。
「……ぐっ!」
肺から空気が抜けた。
右肩に鋭い痛みが走る。
……重い!
普通のオーガより遥かに重い一撃だ。
俺は床を転がり、追撃をかわした。
――ドォンッ!
巨体の拳が、さっきまで俺の頭があった場所へ突き刺さる。
コンクリートが砕けた。
……まともに受けたら、骨が折れるどころじゃないな。
俺は立ち上がり、剣を構え直した。
◇
『……カイ!』
通信機からノアの声が響いた。
『……大丈夫!?』
「ああ! まだ動ける!」
『……その機体、通常の軍用義体とは構造が違う!』
「見れば分かる!」
『……右肩の下! そこに補助駆動部がある!』
俺は巨体を見た。
右肩の装甲。
その下に、僅かな隙間がある。
……なるほど。
「……ありがとう!」
俺は床を蹴った。
CHM-000が右腕を振り上げる。
俺はその下を潜り抜けた。
そして、剣を斜め上へ突き出す。
――ギィンッ!
刃が装甲の隙間へ食い込んだ。
手応えがある。
俺はさらに力を込めた。
――バキンッ!
金属が砕ける音。
右肩の補助駆動部から火花が散った。
巨体の右腕が一瞬だけ停止する。
……よし!
だが、次の瞬間。
CHM-000の左腕が、俺の胴体へ迫った。
避けきれない。
俺は剣を横に構え、衝撃を受け流そうとした。
――ドガァンッ!
身体が吹き飛ぶ。
今度は壁へ叩きつけられた。
「……がはっ!」
背中に激痛。
口の中に血の味が広がる。
……肋骨、何本かいったか?
俺は歯を食いしばった。
視界が一瞬、白くなる。
だが、意識はある。
まだ動ける。
……くそ。
やっぱり、真正面から力比べをする相手じゃないな。
◇
「カイ!」
ガレスの怒鳴り声。
――ドンッ!
大口径の銃声が響いた。
CHM-000の左肩に弾丸が命中する。
装甲がへこみ、火花が散った。
巨体がガレスへ顔を向ける。
「……こっちだ、鉄屑野郎!」
ガレスが叫んだ。
CHM-000の左腕から、別の銃身がせり出した。
……まずい!
「ガレス、逃げろ!」
俺は叫んだ。
――ダダダダッ!
銃撃。
ガレスは横へ飛び、装置の陰へ滑り込んだ。
だが、完全には避けきれなかった。
――バシュッ!
男の左肩から血が飛び散る。
「……ぐあっ!」
ガレスが床へ倒れた。
俺は歯を食いしばった。
……くそっ!
今度は俺が助ける番だ。
俺は床を蹴った。
痛む身体を無理やり動かす。
CHM-000がガレスへ銃口を向ける。
その瞬間。
俺は剣を振り抜いた。
――ザンッ!
左腕の銃身を支える固定部へ刃が食い込む。
金属が裂けた。
銃口が大きく逸れる。
――ドガガガッ!
弾丸が天井へ突き刺さった。
俺は続けて、左肘の関節を狙った。
――ギィンッ!
硬い手応え。
だが、今度は完全には切れない。
CHM-000が身体を回転させた。
巨大な脚が、俺の腹部へ迫る。
……避けろ!
俺は跳んだ。
だが、間に合わない。
――ドォンッ!
蹴りが脇腹をかすめた。
身体が横へ弾き飛ばされる。
床を転がり、何とか受け身を取った。
……痛っ!
右肩。
肋骨。
背中。
あちこちが悲鳴を上げている。
俺は剣を床へ突き立て、立ち上がった。
……まずいな。
このままでは、消耗戦になる。
相手は機械化された身体。
こちらは生身だ。
長引けば不利になる。
……なら。
俺は右手の指輪を見た。
正義と力の神の祝福。
雷の奇跡。
一日に五回だけ使える、強力な一撃。
……使うか。
だが、問題がある。
周囲には被験者たちがいる。
雷撃が収容装置へ流れれば、彼らを傷つける可能性がある。
俺は周囲を確認した。
中央の広い空間。
金属製の床。
そして、天井から吊り下げられた複数の配管。
……駄目だ。
ここで大規模な雷撃を放つのは危険すぎる。
俺は剣を握り直した。
……別の方法を探そう。
◇
そのとき。
通信機からノアの声が聞こえた。
『……カイ!』
「……何だ!」
『……CHM-000の動力系を確認した!』
俺は顔を上げた。
「……どこだ!?」
『……背部! 肩甲骨の間に補助電源がある!』
俺は巨体の背中を見た。
確かに、分厚い装甲の中央に、僅かな膨らみがある。
……あそこか。
『……ただし、破壊すると機体が停止する可能性がある!』
「……それでいい!」
『……違う!』
ノアの声が強くなった。
『……生命維持系にも接続されてるかもしれない!』
俺は歯を食いしばった。
……くそっ。
やっぱり、簡単にはいかない。
俺は巨体を見つめた。
あの中には、人間がいる。
もしかしたら、意識も残っている。
だったら、動力を完全に破壊するわけにはいかない。
……どうする?
俺は周囲を見た。
そして、一つのものが目に入った。
試験室の中央。
床に埋め込まれた、巨大な固定装置。
おそらく、義体兵を拘束して整備するための設備だ。
俺は通信機へ声をかけた。
「ノア!」
『……何!?』
「あの床の固定装置、動かせるか!?」
短い沈黙。
『……確認する!』
俺は剣を構えた。
CHM-000がこちらへ向かってくる。
――ガンッ!
――ガンッ!
重い足音。
俺は一歩下がった。
そして、わざと中央の固定装置へ近づいた。
……来い。
もう少し。
CHM-000が右腕を持ち上げた。
銃口がこちらへ向く。
俺は床を蹴り、横へ跳んだ。
――ドガガガッ!
銃撃が床を削る。
俺はさらに後退した。
巨体が追ってくる。
……よし。
固定装置の真上だ。
「……ノア!」
『……いける!』
「……今だ!」
次の瞬間。
――ガシャンッ!
床から巨大な固定具がせり上がった。
金属製の拘束アーム。
それがCHM-000の両脚へ絡みつく。
――ガァンッ!
巨体が大きく揺れた。
『……警告。外部拘束を検知』
CHM-000が暴れる。
拘束具が軋む。
……長くは持たない!
俺は一気に距離を詰めた。
狙うのは、右肩の補助駆動部。
すでに一度、傷をつけている。
俺は剣を振り上げた。
――ザンッ!
銀色の刃が、装甲の隙間へ深く食い込む。
そして。
――バキィンッ!
右肩の駆動部が破損した。
CHM-000の右腕が垂れ下がる。
……よし!
だが、巨体はまだ動いていた。
左腕がこちらへ伸びる。
俺は身体を捻ってかわした。
そして、左肘の関節へ剣を叩き込む。
――ギィンッ!
火花が散る。
もう一撃。
――ザシュッ!
人工筋肉が切れた。
左腕の動きが鈍くなる。
俺はさらに踏み込んだ。
――ガキンッ!
最後の一撃で、左肘の駆動部が破損した。
CHM-000の両腕が、力なく垂れ下がった。
……よし。
これで武装は封じた。
だが、巨体はまだ暴れている。
拘束具が悲鳴を上げた。
――ギギギギッ!
……まずい。
もうすぐ壊れる。
俺は剣を構え直した。
そして、両脚の補助関節を狙った。
――ザンッ!
右脚の駆動部が破損する。
続けて左脚。
――ギィンッ!
刃が金属へ食い込む。
俺は力を込めた。
――バキンッ!
左脚の補助関節が砕けた。
次の瞬間。
――ドォォンッ!
CHM-000の巨体が、床へ崩れ落ちた。
試験室全体が震えた。
俺は距離を取り、剣を構えたまま様子を見る。
赤い義眼は、まだ光っている。
だが、両腕と両脚は動かない。
……止まったか。
俺は荒い息を吐いた。
……何とか、殺さずに済んだ。
◇
「……カイ!」
マーカスの声が通信機から響いた。
『……そっちはどうなってる!?』
「……倒した!」
『……本当か!?』
「ああ。ただし、まだ生きてる。医療班が必要だ」
『……分かった!』
俺は剣を下ろした。
だが、その瞬間。
――ピッ。
CHM-000の赤い義眼が明滅した。
俺は足を止めた。
……何だ?
『……神経制御、再同期』
無機質な音声。
俺は剣を構え直した。
……まだ動くのか?
だが、巨体は動かなかった。
代わりに、胸部のスピーカーから、かすかな声が聞こえた。
「……たす……け……」
俺は息を呑んだ。
……人間の声?
俺は慎重に近づいた。
「……聞こえるか?」
赤い義眼が、俺を見た。
「……おれ……は……」
途切れ途切れの声。
俺は膝をついた。
「……大丈夫だ。もう戦わなくていい」
巨体の胸部で、何かが小さく鳴った。
――カチッ。
装甲の一部が開く。
その奥には、透明な保護容器があった。
そして。
そこにあったものを見た瞬間、俺は言葉を失った。
人間の脳。
複数の神経接続装置。
そして、生命維持用の配管。
……まさか。
この巨大な機械の中に残されているのは。
それだけなのか?
俺は歯を食いしばった。
……ヴォス。
お前、どこまで人間を弄べば気が済むんだ。
そのとき、スピーカーから再び声が聞こえた。
「……な……まえ……」
俺は顔を上げた。
「……名前?」
赤い義眼が明滅する。
「……おれ……の……なまえ……」
俺は静かに答えた。
「……教えてくれ」
長い沈黙。
そして。
「……エリック……」
俺は息を呑んだ。
その名前には、聞き覚えがあった。
ガレスが以前、行方不明になった部下の名前を挙げたことがある。
その中の一人。
……エリック。
俺は顔を上げた。
「……ガレス!」
男が肩を押さえながら、こちらへ近づいてきた。
「……何だ?」
俺は巨体を指差した。
「……この人、エリックって言ってる」
ガレスの表情が変わった。
「……何?」
男は足を止めた。
そして、ゆっくりと巨体へ近づいた。
「……おい」
低い声。
「……エリック?」
赤い義眼が動いた。
しばらくの沈黙。
そして。
「……ボス……?」
ガレスの顔から、血の気が引いた。
「……嘘だろ」
男は震える声で呟いた。
「……お前、なのか?」
巨体のスピーカーから、かすかな声が聞こえた。
「……すま……ねえ……」
ガレスは何も言わなかった。
ただ、拳を握りしめていた。
俺はその横顔を見た。
怒り。
後悔。
そして、悲しみ。
いくつもの感情が、男の表情に浮かんでいた。
「……エリック」
ガレスが低く言った。
「……謝るんじゃねえ」
男は巨体へ近づいた。
「……悪いのは、お前じゃねえ」
俺は黙って見守った。
そのとき。
天井のスピーカーから、拍手が響いた。
――パチ、パチ、パチ。
俺は顔を上げた。
……ヴォス。
『……素晴らしい』
男の声が響いた。
『まさか、CHM-000をここまで損傷させるとは』
俺は剣を握り直した。
「……あんた、これが何だか分かってるのか?」
『もちろんだ』
ヴォスは答えた。
『最高水準の戦闘用義体だよ』
「……違う!」
俺は叫んだ。
声が試験室に響いた。
「……この人には、名前がある!」
短い沈黙。
そして、ヴォスは静かに答えた。
『名前など、識別番号と同じだ』
俺は歯を食いしばった。
……こいつ。
本当に、人間を何だと思っているんだ。
「……ヴォス」
『何かね?』
「……今すぐ、被験者たちを解放しろ」
『それはできない』
「……なら、俺が解放する」
ヴォスは笑った。
『君一人で?』
俺は首を横に振った。
「……違う」
ガレスを見た。
そして、通信機の向こうにいる仲間たちを思い浮かべた。
「……俺たちで、だ」
ヴォスはしばらく黙っていた。
そして、静かに言った。
『……では、最後の試験を始めよう』
俺は眉をひそめた。
……最後の試験?
その瞬間。
――ウウウウウッ!
施設全体に、新たな警報が響いた。
天井の照明が赤く変わる。
そして、中央試験室の壁際に並んでいた収容装置。
その一つが、ゆっくりと開き始めた。
――ガシャンッ。
俺は顔を上げた。
……まさか。
次の装置も開く。
さらに、その隣も。
――ガシャンッ。
――ガシャンッ。
透明な収容装置が、次々と開いていく。
中にいた被験者たちの義眼が、赤く光った。
俺は息を呑んだ。
……全員、動かすつもりか!?
天井のスピーカーから、無機質な音声が響いた。
『……プロジェクト・キメラ』
『……フェーズ4、最終試験』
俺は剣を構えた。
ガレスも銃を握り直す。
そして。
『……全被験者、戦闘命令を受信』
収容装置から、一人。
また一人。
機械化された人間たちが歩き出した。
その中には、あの小さな少女の姿もあった。
俺は歯を食いしばった。
……冗談じゃない。
ここまで来て。
この人たち同士を戦わせるつもりか。
俺は剣を握り直した。
だが、刃を向けることはできなかった。
目の前にいるのは、敵ではない。
助けを求めている人間たちなのだから。