神々の剣士は電脳都市で生きる   作:アイエオ

31 / 37
第三十一話 人形たちの反逆

神々の剣士、奪われた意志を取り戻すために

 人間を斬るのと、人間を救うのとでは、必要な技術がまるで違う。

 

 敵の急所を見抜くことなら、俺は得意だ。

 

 どこを斬れば武器を落とすか。どの関節を狙えば動きを止められるか。相手が次に何をするか。

 

 勇者一行で戦っていた頃から、そうした判断を何千回と繰り返してきた。

 

 だが、目の前の相手が自分の意思で動いていない場合はどうだろう。

 

 武器を奪っても、別の武器を拾う。

 

 足を止めても、腕を伸ばしてくる。

 

 痛みを感じていても、命令が続く限り動こうとする。

 

 しかも、その身体には、生命維持に必要な機械が埋め込まれている。

 

 下手に壊せば、助けるどころか殺してしまう。

 

 俺は、剣を握る右手に力を込めた。

 

 ……セレーネ。

 

 君なら、こういうとき何をする?

 

 答えは返ってこない。

 

 ただ、胸元の護符が服の内側で揺れた。

 

 それでも、あいつならきっと言うだろう。

 

『まず状況を見なさい。あなたの剣で解決できないことまで、剣で解決しようとしないで』

 

 ……ああ。

 

 まったく、その通りだ。

 

 俺は剣先を下げた。

 

 目の前に並ぶ十数人の被験者たち。

 

 彼らを斬るためではなく、守るために。

 

 今度は、頭を使って戦わなければならない。

 

     ◇

 

 午後九時三分。

 

 旧ヘリックス研究施設、地下第三階層。

 

 中央試験室。

 

 ――ガシャン。

 

 最後の収容装置が開いた。

 

 冷却用の白い蒸気が床を這い、赤い警告灯がその上を不気味に照らしている。

 

 被験者たちは、ゆっくりと装置から出てきた。

 

 全部で十二人。

 

 俺が確認できる範囲では、成人男性が七人、女性が四人。

 

 そして、小さな少女が一人。

 

 全員が何らかの形で身体を機械化されている。

 

 中には歩くことさえ苦しそうな人もいた。

 

 だが、彼らの首筋に埋め込まれた装置が赤く点滅すると、身体は無理やり動き始めた。

 

『全被験者、戦闘命令を受信』

 

 天井のスピーカーが告げる。

 

『標的識別――KAI』

 

 十二人の視線が、一斉に俺へ向いた。

 

 その動きはあまりにも揃っていて、背筋が冷たくなった。

 

「……カイ」

 

 隣でガレスが低く言った。

 

「どうする?」

 

 俺は一瞬だけ周囲を確認した。

 

 右奥には、先ほど倒した巨大義体兵CHM-000――エリックが横たわっている。

 

 ガレスの元部下だ。

 

 その胸部に残された脳と生命維持装置は、まだ稼働していた。

 

 ガレス自身は左肩を撃たれている。

 

 俺も右肩と肋骨に負傷していた。

 

 まともに戦える状態とは言い難い。

 

 そして、目の前には十二人。

 

 ……状況は最悪に近いな。

 

 だが、完全に手詰まりというわけじゃない。

 

「ガレス」

 

「何だ」

 

「撃つなら武器だけを狙ってくれ。人間の部分には当てないでほしい」

 

 男は顔をしかめた。

 

「簡単に言いやがる」

 

「分かってる。でも、頼む」

 

 ガレスは舌打ちした。

 

 そして、銃口を下げた。

 

「……できる範囲でな」

 

「ありがとう」

 

「礼は生きて帰ってからにしろ」

 

 その瞬間。

 

 被験者の一人が右腕を持ち上げた。

 

 人工皮膚の下から、小型の銃身が現れる。

 

 ……来る!

 

「伏せろ!」

 

 ――ダダダダッ!

 

 銃声が試験室に響いた。

 

     ◇

 

 俺はガレスの襟を掴み、近くの機械設備の陰へ飛び込んだ。

 

 直後、背後の壁に弾丸が突き刺さった。

 

 金属片が飛び散る。

 

「……おい、首が締まる!」

 

「悪い!」

 

 俺は手を離した。

 

 ガレスが咳き込みながら銃を構え直す。

 

 その間にも、被験者たちは近づいてくる。

 

 足音が不揃いだった。

 

 金属製の脚が床を叩く音。

 

 裸足が引きずられる音。

 

 補助関節が軋む音。

 

 そして、時折聞こえる、苦痛を押し殺した呻き声。

 

 俺は通信機を押した。

 

「ノア! 聞こえるか!」

 

『聞こえる! 映像も見えてる!』

 

「十二人が一斉に動き始めた! 制御を止められないか!」

 

『今、解析してる! でも制御系が切り替わってる!』

 

「どれくらいかかる!?」

 

『分からない!』

 

 ……そうか。

 

 なら、その時間を稼ぐしかない。

 

 俺は設備の陰から飛び出した。

 

 すぐに三人の被験者が反応する。

 

 一人は銃。

 

 一人は義手に内蔵された刃。

 

 もう一人は、両腕を前へ突き出して突進してきた。

 

 俺は銃を持つ男の懐へ飛び込んだ。

 

 銃口を上へ逸らし、手首を掴む。

 

 人工筋肉の強い抵抗。

 

 俺は力任せに捻るのではなく、関節の可動方向へ身体を回転させた。

 

 男の姿勢が崩れる。

 

 そのまま足を払って床へ倒した。

 

 ――ガシャンッ!

 

 だが、倒れた男はすぐに起き上がろうとする。

 

 俺は剣の鞘を抜き、武装した腕を床へ押さえつけた。

 

「動かないでくれ!」

 

 男の唇が震えた。

 

「……と……め……」

 

 俺は息を呑んだ。

 

「……聞こえるのか?」

 

 男の目から、涙が一筋流れた。

 

「……おれ……を……」

 

 その瞬間、背後から金属音が迫った。

 

 俺は男を突き飛ばさないよう身体をひねり、横へ転がった。

 

 ――ザシュッ!

 

 義手の刃が床へ突き刺さる。

 

 間一髪だった。

 

 俺は立ち上がり、剣の腹で相手の手首を打った。

 

 ――ガンッ!

 

 義手が弾かれる。

 

 さらに肩口へ踏み込み、相手の身体を押して距離を取った。

 

 だが、その後ろから別の被験者が迫る。

 

 ……多すぎる!

 

 一人ずつなら対応できる。

 

 しかし、十二人を相手に、誰も傷つけず戦うのは難しい。

 

 俺は歯を食いしばった。

 

 ……何か方法はないか。

 

     ◇

 

 そのとき、少女が動いた。

 

 黒い短髪。

 

 小柄な身体。

 

 左脚には不釣り合いな大きさの義足。

 

 首筋には、赤く点滅する制御装置。

 

 彼女はゆっくりと俺へ近づいてきた。

 

 俺は思わず動きを止めた。

 

 ……ミナと同じくらいの年齢だ。

 

 少女の右手が持ち上がる。

 

 その手には、小型の拳銃が握られていた。

 

 指が引き金へかかる。

 

 だが、少女の顔は恐怖で歪んでいた。

 

「……いや……」

 

 小さな声。

 

「……いや……なの……」

 

 俺は剣を下げた。

 

「大丈夫だ」

 

 少女の手が震える。

 

「……うちたく……ない……」

 

「分かってる」

 

 俺はゆっくりと近づいた。

 

 少女の義眼が赤く光る。

 

 銃口が俺の胸へ向いた。

 

 ……まずい。

 

 だが、ここで怯えさせたくない。

 

「俺はカイ。君を助けに来た」

 

 少女の瞳が揺れた。

 

「……たすけ……て……」

 

「ああ」

 

 俺は答えた。

 

「必ず助ける」

 

 次の瞬間。

 

 ――パンッ!

 

 銃声が響いた。

 

 俺は身体を捻った。

 

 だが、完全には避けきれなかった。

 

 熱いものが左脇腹を掠める。

 

「……っ!」

 

 鋭い痛み。

 

 俺は歯を食いしばった。

 

 少女が目を見開く。

 

「……あ……」

 

 彼女の手から、銃が落ちた。

 

 いや。

 

 正確には、落とそうとしていた。

 

 だが、機械化された指が再び銃を握ろうとする。

 

 俺は素早く近づき、少女の手を包むように掴んだ。

 

「もういい」

 

 少女の肩が震えた。

 

「……ごめ……なさ……」

 

「謝らなくていい」

 

 俺は銃を取り上げ、床の遠くへ滑らせた。

 

「君は悪くない」

 

 そのとき、背後から足音が迫った。

 

 俺は少女を抱きかかえ、横へ跳んだ。

 

 ――ドォンッ!

 

 巨大な義手が床を叩く。

 

 コンクリートが砕けた。

 

 俺は少女を守るように身体を丸め、床を転がった。

 

 脇腹が痛む。

 

 ……くそ。

 

 このままでは、少女を抱えたまま戦うことになる。

 

 俺は通信機へ叫んだ。

 

「マーカス! 中央試験室まで来られるか!」

 

『今向かってる! だが通路に警備がいる!』

 

「急いでくれ! 子供を保護した!」

 

『了解!』

 

 俺は少女を抱え直した。

 

 彼女は小さな声で呟いた。

 

「……おにい……ちゃん……」

 

 俺は顔を下げた。

 

「ん?」

 

「……こわい……」

 

 胸の奥が痛んだ。

 

 ……そうだよな。

 

 怖いに決まっている。

 

 俺は少女の頭を軽く撫でた。

 

「大丈夫。もう一人にはしない」

 

     ◇

 

 ――パチ、パチ、パチ。

 

 天井から、拍手が聞こえた。

 

 俺は顔を上げた。

 

 ……ヴォス。

 

『実に興味深い』

 

 男の声が響く。

 

『君は、自分を撃った相手まで守るのだね』

 

「……黙れ」

 

『怒っているのかね?』

 

「当たり前だろ」

 

 俺は少女を抱えたまま、監視カメラを睨んだ。

 

「こんな小さな子供に銃を持たせて、何が楽しいんだ」

 

 ヴォスは平然と答えた。

 

『彼女は優秀な被験者だ。特に神経制御への抵抗反応が興味深い』

 

「人間を研究材料としてしか見られないのか?」

 

『科学者とは、時に感情を切り離さなければならないものだ』

 

 俺は歯を食いしばった。

 

「……感情を切り離すのと、人間を物扱いするのは違う」

 

 短い沈黙。

 

 そして、ヴォスは小さく笑った。

 

『君の倫理観は理解した。だが、実験は続けさせてもらう』

 

 その瞬間。

 

 ――ピッ。

 

 少女の首筋にある制御装置が、強く赤く光った。

 

「……あっ……!」

 

 少女の身体が痙攣する。

 

 俺は慌てて支えた。

 

「おい! 大丈夫か!?」

 

 少女の口から、苦しそうな声が漏れた。

 

「……いた……い……」

 

 俺は顔を上げた。

 

「ヴォス! やめろ!」

 

『神経制御の出力を上げただけだよ』

 

「止めろと言ってる!」

 

『では、君がどう対処するか見せてもらおう』

 

 俺は歯を食いしばった。

 

 ……この野郎。

 

 俺は少女の首筋を確認した。

 

 赤い制御装置。

 

 細い接続端子。

 

 そして、皮膚の下へ伸びる複数の配線。

 

 ……無理に外せない。

 

 ノアが言っていた。

 

 生命維持系と接続されている可能性がある。

 

 なら、破壊するわけにはいかない。

 

 俺は少女の身体を抱きしめた。

 

 ……どうする。

 

 何か。

 

 何か方法は――。

 

 そのとき、胸元の護符が肌に触れた。

 

 セレーネ。

 

 俺は一瞬、彼女の顔を思い浮かべた。

 

 そして、気づいた。

 

 ……そうか。

 

 制御装置そのものを壊せなくても。

 

 身体への負担を減らすことはできる。

 

 俺は右手を少女の背中へ当てた。

 

 昼と太陽の神の祝福。

 

 仲間を癒す、太陽の奇跡。

 

 夜間のため負担は大きい。

 

 だが、今は迷っている場合じゃない。

 

 俺は意識を集中した。

 

 ――ふわり。

 

 金色の光が、少女を包んだ。

 

     ◇

 

 少女の身体が、小さく震えた。

 

 俺は祝福を維持する。

 

 傷ついた神経。

 

 炎症を起こした接続部分。

 

 過剰な負荷によって損傷した筋肉。

 

 それらを癒すように、力を流し込む。

 

 だが、すぐに異変が起きた。

 

 ……重い。

 

 いつもより、遥かに力を消耗する。

 

 少女の身体には、複数の義体が接続されている。

 

 生身の部分だけを癒しても、機械が与える負荷は止まらない。

 

 傷が回復しても、制御装置が再び神経へ過剰な信号を送り込んでくる。

 

 まるで、穴の開いた桶へ水を注いでいるようだった。

 

 ……このままじゃ駄目だ。

 

 俺は歯を食いしばった。

 

 少女の呼吸は、少しずつ落ち着いている。

 

 だが、制御装置の赤い光は消えない。

 

 ……やっぱり。

 

 治癒だけでは、支配を止められない。

 

 そのとき、通信機からノアの声が響いた。

 

『……カイ!』

 

「……何だ!」

 

『制御信号の経路が分かった!』

 

 俺は顔を上げた。

 

「……止められるか!?」

 

『全員分を一度に止めるのは無理! でも、中央制御装置へアクセスできれば可能性がある!』

 

「……どこにある!?」

 

『試験室の北側! ガラス張りの制御室!』

 

 俺は顔を上げた。

 

 試験室の奥。

 

 二階部分に、ガラス張りの部屋が見えた。

 

 内部には複数の端末。

 

 そして、人影。

 

 ……あそこか。

 

『ただし、問題がある』

 

「……何だ!?」

 

『制御室への扉は、施設側が完全にロックしてる!』

 

 俺は剣を見た。

 

 ……なら。

 

「扉なら、何とかする」

 

『カイ! 待って!』

 

 ノアの声が強くなった。

 

『制御室の中には、被験者の生命維持系も接続されてる! 装置を壊さないで!』

 

 俺は足を止めた。

 

 ……そうか。

 

 扉を破るだけならいい。

 

 だが、内部の機械を壊せば、被験者たちが死ぬ可能性がある。

 

「……分かった。制御装置には触らない」

 

『……お願い』

 

 俺は少女を見た。

 

 金色の光に包まれた彼女は、少しだけ呼吸が落ち着いていた。

 

 だが、まだ苦しそうだ。

 

 ……時間がない。

 

 俺は通信機へ声をかけた。

 

「マーカス、今どこだ!?」

 

『もうすぐ試験室だ!』

 

「子供を預けたい! 入口で待っててくれ!」

 

『了解!』

 

 俺は少女を抱え、入口へ走った。

 

 その間にも、被験者たちは追ってくる。

 

 俺は彼らの攻撃をかわしながら、何とか距離を取った。

 

 ……頼む。

 

 もう少しだけ、持ってくれ。

 

     ◇

 

 中央試験室の入口。

 

 マーカスが駆け込んできた。

 

「カイ!」

 

「この子を頼む!」

 

 俺は少女をマーカスへ預けた。

 

 男は慎重に抱きかかえた。

 

「……分かった!」

 

「制御装置が暴走してる! 首の接続部には触るな!」

 

「了解!」

 

 俺は少女へ顔を向けた。

 

「少しだけ待っててくれ」

 

 少女は弱々しく頷いた。

 

「……うん……」

 

 俺は笑った。

 

「すぐ戻る」

 

 そして、踵を返した。

 

 試験室の中央。

 

 十二人の被験者たちが、まだ動いている。

 

 だが、今は彼らを相手にしている時間がない。

 

 俺はガレスへ声をかけた。

 

「ガレス!」

 

「何だ!」

 

「制御室へ行く! 援護してくれ!」

 

 男は銃を構え直した。

 

「……分かった!」

 

 俺は床を蹴った。

 

 痛む脇腹を無視して走る。

 

 被験者の一人が、俺の前へ立ちはだかった。

 

 機械化された右腕が振り下ろされる。

 

 俺は身体を捻ってかわし、相手の背後へ回り込んだ。

 

 さらに別の被験者が迫る。

 

 俺は床を蹴り、跳躍した。

 

 ――タンッ!

 

 近くの装置の上へ着地する。

 

 そこからさらに跳ぶ。

 

 ……よし。

 

 これなら、被験者たちを傷つけずに進める。

 

 だが、その瞬間。

 

 ――ダダダダッ!

 

 銃声が響いた。

 

 俺は咄嗟に身を伏せた。

 

 弾丸が頭上を通過する。

 

 ……くそっ!

 

 銃を持つ被験者がいる。

 

 俺は装置の陰へ滑り込んだ。

 

 そのとき、ガレスの声が響いた。

 

「……カイ!」

 

 ――ドンッ!

 

 大口径の銃声。

 

 被験者の手元にあった銃が弾き飛ばされた。

 

 男が驚いたように腕を引く。

 

 俺は顔を上げた。

 

「……ありがとう!」

 

「さっさと行け!」

 

 俺は頷いた。

 

 そして、再び走り出した。

 

     ◇

 

 制御室へ続く階段。

 

 俺は一気に駆け上がった。

 

 上階の扉には、厚い金属製のロックがかかっている。

 

 俺は剣を構えた。

 

 ……装置は壊さない。

 

 扉だけだ。

 

 俺は固定具の位置を確認した。

 

 上部。

 

 下部。

 

 そして、中央の電子錠。

 

 狙うのは、固定部分。

 

 俺は剣を振り抜いた。

 

 ――ザンッ!

 

 金属が裂ける。

 

 もう一撃。

 

 ――ギィンッ!

 

 火花が散る。

 

 最後に、中央の固定具を狙った。

 

 ――ガキンッ!

 

 重い音。

 

 扉が大きく歪んだ。

 

 俺は足を踏み込み、肩で押した。

 

 ――ドォンッ!

 

 扉が内側へ倒れ込む。

 

 俺は制御室へ飛び込んだ。

 

 そこには、二人の研究員がいた。

 

 白衣。

 

 端末。

 

 そして、怯えた表情。

 

「……な、何者だ!?」

 

 俺は剣を構えたまま答えた。

 

「被験者たちの制御を止めに来た」

 

 研究員の一人が、慌てて端末へ手を伸ばした。

 

 俺は即座に距離を詰めた。

 

 手首を掴み、端末から引き離す。

 

「動くな」

 

 男は青ざめた。

 

「……わ、分かった!」

 

 もう一人の研究員が、壁際の警報装置へ向かおうとした。

 

 俺は剣の鞘を投げた。

 

 ――ガンッ!

 

 鞘が男の足元へ当たり、転倒させる。

 

 俺は二人を見た。

 

「……頼む」

 

 低い声で言った。

 

「被験者たちを助ける方法を教えてくれ」

 

 研究員たちは黙っていた。

 

 俺は続けた。

 

「制御を止めれば、彼らは自由になれるんだろ?」

 

 年配の研究員が、震える声で答えた。

 

「……簡単じゃない」

 

 俺は眉をひそめた。

 

「……どういうことだ?」

 

 男は端末を見た。

 

「……神経制御装置は、すでに深く同期している」

 

 俺は黙って聞いた。

 

「急に信号を切れば、神経系が損傷する可能性がある」

 

 ……そうか。

 

 単純に止めればいいわけじゃない。

 

「……なら、安全に解除する方法は?」

 

 研究員はしばらく迷っていた。

 

 そして、低い声で答えた。

 

「……段階的に同期率を下げるしかない」

 

 俺は頷いた。

 

「……できるのか?」

 

「……理論上は」

 

 そのとき。

 

 通信機からノアの声が響いた。

 

『……カイ!』

 

「……聞こえる!」

 

『……制御室に入ったのね!?』

 

「ああ!」

 

『……端末へ接続できる! 研究員に操作させて!』

 

 俺は頷いた。

 

「……分かった!」

 

 そして、研究員へ顔を向けた。

 

「今から、外部の技術者と協力してもらう」

 

 男は戸惑った表情を浮かべた。

 

「……外部?」

 

「俺の仲間だ」

 

 俺は答えた。

 

「……人を助けるための技術なら、あんたにも使えるはずだ」

 

 研究員は黙った。

 

 そして、ゆっくりと頷いた。

 

「……分かった」

 

     ◇

 

 数分後。

 

 ノアが制御室の端末へ接続した。

 

 画面に、複数の被験者番号が表示される。

 

 CHM-003。

 

 CHM-005。

 

 CHM-008。

 

 CHM-014。

 

 そして、ほかの番号。

 

 俺は画面を見つめた。

 

「……全員分あるのか?」

 

 研究員が頷いた。

 

「……この部屋で管理している被験者は、全員表示されている」

 

 俺は少し安心した。

 

 だが、ノアの声が響いた。

 

『……待って』

 

「……どうした?」

 

『……人数が合わない』

 

 俺は眉をひそめた。

 

「……何人いる?」

 

『……十三人』

 

 俺は息を呑んだ。

 

 試験室で確認したのは十二人。

 

 それに、CHM-000のエリック。

 

 ……十三人。

 

 数は合う。

 

 だが、ノアは続けた。

 

『……違う。CHM-000は別系統で管理されてる』

 

 俺は顔を上げた。

 

「……つまり?」

 

『……この制御室で管理されてる被験者が十三人。試験室にいたのは十二人』

 

 俺は眉をひそめた。

 

 ……一人、足りない。

 

「……どこにいる?」

 

 ノアが端末を操作した。

 

 数秒後。

 

『……地下第三階層のさらに奥』

 

 俺は息を呑んだ。

 

「……奥?」

 

『……隔離区画。通常の研究記録には載ってない』

 

 俺は画面を見つめた。

 

 そこには、新しい被験者番号が表示されていた。

 

 CHM-013

 

 そして、その下。

 

 状態:完全同期待機

 

 神経制御適応率:99.8%

 

 俺は眉をひそめた。

 

 ……ほぼ完全に制御されている?

 

 そのとき、年配の研究員が顔を青ざめさせた。

 

「……まさか」

 

 俺は振り返った。

 

「……何だ?」

 

 男は震える声で呟いた。

 

「……十三号が、まだいたのか……」

 

 俺は研究員を見つめた。

 

「……知ってるのか?」

 

 男は頷いた。

 

 そして、低い声で答えた。

 

「……あれは、失敗作じゃない」

 

 俺は眉をひそめた。

 

「……どういう意味だ?」

 

 研究員は画面を見つめた。

 

「……ヴォス博士が、最後まで手放さなかった被験者だ」

 

 俺は黙った。

 

 男は続けた。

 

「……完全な神経制御に成功した、唯一の個体」

 

 俺は息を呑んだ。

 

 ……完全制御。

 

 本人の意思を、ほぼ完全に奪う技術。

 

 それが、すでに完成しているというのか?

 

 その瞬間。

 

 ――ピッ。

 

 画面に、新しい警告が表示された。

 

 CHM-013

 

 起動命令を受信

 

 隔離区画、解放準備開始

 

 俺は歯を食いしばった。

 

 ……ヴォス。

 

 まだ、何か隠していたのか。

 

     ◇

 

 同じ頃。

 

 地下第三階層、隔離区画。

 

 厚い金属製の扉の向こう。

 

 暗い部屋の中央に、一つの収容装置が置かれていた。

 

 その中には、一人の人間がいた。

 

 年齢は二十代半ばほど。

 

 長い黒髪。

 

 細身の身体。

 

 そして、全身に埋め込まれた神経接続装置。

 

 外見だけなら、普通の人間に近い。

 

 だが、その身体の内部には、最新鋭の軍用義体技術が組み込まれていた。

 

 ――ピッ。

 

 装置の表示が切り替わる。

 

 CHM-013

 

 神経制御適応率:99.8%

 

 起動準備完了

 

 次の瞬間。

 

 収容装置の中で、女の瞳が開いた。

 

 赤い光。

 

 そして、無機質な声。

 

『……命令を確認』

 

 天井のスピーカーから、ヴォスの声が響いた。

 

『目覚めたかね、十三号』

 

 女は答えた。

 

『……はい、ドクター』

 

『君に新しい任務を与える』

 

『……命令を』

 

 ヴォスは静かに笑った。

 

『カイという少年を捕獲したまえ』

 

 短い沈黙。

 

 そして。

 

『……了解』

 

 収容装置の扉が開いた。

 

 女はゆっくりと立ち上がった。

 

 その動きには、先ほどの被験者たちのようなぎこちなさがない。

 

 滑らかで、無駄がなく。

 

 まるで、熟練した戦士のようだった。

 

 女は壁際に置かれた武器へ手を伸ばした。

 

 細身の長剣。

 

 黒い刀身。

 

 そして、赤い光を放つ刃。

 

 彼女はそれを握り、静かに構えた。

 

 ヴォスが満足そうに呟いた。

 

『……さあ』

 

 女は扉へ向かって歩き始めた。

 

『……君の力を見せてくれ』

 

 赤い義眼が、暗闇の中で光った。

 

 プロジェクト・キメラ、最終個体CHM-013。

 

 その刃が、今まさにカイへ向けられようとしていた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。