神々の剣士は電脳都市で生きる   作:アイエオ

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第三十三話 六十秒の選択

神々の剣士、命の天秤を砕く

 ――六十秒。

 

 端末に表示された数字を見た瞬間、俺は状況を理解した。

 

 ヴォスは、俺に選ばせるつもりなのだ。

 

 目の前にいる一人の女性を助けるか。

 

 階下にいる十二人の被験者を助けるか。

 

 どちらかを選べ、と。

 

 ふざけた話だった。

 

 人間の命を天秤に載せ、その結果を観察しようというのだから。

 

 だが、腹を立てている暇はない。

 

 六十秒後には、階下の被験者たちが再び操られる。

 

 その中には、ミナと同じくらいの少女もいる。

 

 そして目の前には、完全制御された女剣士がいる。

 

 俺は長剣を構え直した。

 

 ……さて。

 

 どうしたものか。

 

 こういうとき、セレーネならきっと、まず俺を叱る。

 

『一人で全部背負おうとしないで』

 

 あいつは、よくそう言っていた。

 

 俺が無茶をすると、決まって眉を吊り上げるのだ。

 

 そして結局、俺の隣で一緒に無茶をする。

 

 ……そうだったな。

 

 今の俺は、一人じゃない。

 

 だったら、答えは最初から決まっている。

 

 どちらかを選べというなら、その選択肢そのものを壊してやる。

 

     ◇

 

 午後九時二十四分。

 

 旧ヘリックス研究施設、地下第三階層。

 

 中央制御室。

 

 ――キィンッ!

 

 銀色の長剣と赤い刀身が衝突した。

 

 火花が散る。

 

 目の前の女――CHM-013は、先ほどまでと変わらぬ無表情で剣を振るっていた。

 

 だが、俺は知っている。

 

 その奥に、本人の意識が残っていることを。

 

 彼女は一瞬だけ、俺に逃げろと言った。

 

 なら、まだ助けられる。

 

「ノア!」

 

 俺は斬撃を受け流しながら叫んだ。

 

「再同期まで、あと何秒だ!」

 

『五十二秒!』

 

「階下の十二人を優先してくれ!」

 

『でも、十三号は!?』

 

「こっちは俺が引き受ける!」

 

 女が踏み込んだ。

 

 赤い刃が俺の左肩へ迫る。

 

 俺は剣を斜めに構え、その一撃を受け流した。

 

 ――ギィンッ!

 

 重い衝撃。

 

 負傷した右肩に痛みが走る。

 

 ……くそっ。

 

 さすがに、そろそろ身体が限界だな。

 

 だが、今は止まれない。

 

『カイ、聞いて!』

 

 ノアの声が響く。

 

『階下の制御解除は第二段階まで進んでる! でも、ヴォスが再同期を始めたら、解除処理が上書きされる!』

 

「止める方法は?」

 

『中央制御サーバーへの書き込みを遮断できれば、少なくとも再同期は遅らせられる!』

 

「そのサーバーはどこだ?」

 

『今いる制御室の奥! ただし、生命維持系と同じ設備ラックに入ってる!』

 

 俺は視線を走らせた。

 

 室内の奥。

 

 ガラス張りの仕切りの向こうに、複数の黒い機器が並んでいる。

 

 冷却ファンの音。

 

 点滅するランプ。

 

 そして、無数の配線。

 

 ……あれか。

 

「壊したら?」

 

『駄目! 生命維持装置まで止まるかもしれない!』

 

「分かった」

 

 俺は女の剣を受け止めた。

 

 ――ガキンッ!

 

 ……なら、壊さずに止める方法を探す。

 

「ノア、オスカーはそっちにいるか?」

 

『いる!』

 

「設備の構造を調べてもらってくれ!」

 

『了解!』

 

 俺は通信を切らず、目の前の女へ向き直った。

 

「悪いけど、少しだけ付き合ってくれ」

 

 彼女は答えなかった。

 

 代わりに、剣を構え直した。

 

 赤い瞳が、俺を正確に捉える。

 

 ……さあ。

 

 あと五十秒。

 

 ここからが勝負だ。

 

     ◇

 

 ――四十五秒。

 

 俺は剣を振り上げた。

 

 女がそれを受ける。

 

 ――ギィンッ!

 

 そのまま鍔迫り合いになる。

 

 俺は一歩踏み込み、相手の重心を崩そうとした。

 

 だが、女は滑るように後退した。

 

 そして、左手を俺へ向ける。

 

 ……またワイヤーか!

 

 俺は即座に横へ跳んだ。

 

 ――バシュッ!

 

 細い金属線が、さっきまで俺のいた場所を通過する。

 

 壁へ突き刺さった。

 

 女はワイヤーを引き戻し、再び剣を構える。

 

 俺は息を整えた。

 

 ……厄介だな。

 

 純粋な剣術だけなら、何とか対応できる。

 

 だが、義体の補助機能が加わると、予測しにくい。

 

 しかも、相手は疲労を無視して動く。

 

 ……いや。

 

 違うな。

 

 疲労を無視させられている、か。

 

 俺は女の顔を見た。

 

 その額には、僅かに汗が浮かんでいる。

 

 呼吸も浅い。

 

 機械化されていても、完全な機械ではない。

 

 身体は限界に近づいているのかもしれない。

 

「……もう少しだ」

 

 俺は声をかけた。

 

「君を助ける方法を探してる」

 

 女の瞳が僅かに揺れた。

 

 だが、すぐに赤い光が強くなる。

 

『捕獲命令、継続』

 

 俺は剣を構え直した。

 

「……そうか」

 

 そして、踏み込んだ。

 

 ――キィンッ!

 

 剣と剣がぶつかる。

 

 俺は相手の刃を滑らせ、右手首へ剣の柄頭を叩き込んだ。

 

 ――ガンッ!

 

 女の剣が僅かに逸れる。

 

 その隙に、俺は身体を回転させた。

 

 相手の背後へ回り込む。

 

 そして、左腕を肩へ回し、関節を固定する。

 

 ……よし。

 

 今度こそ、動きを止める。

 

 だが、女の義体は強かった。

 

 肩の駆動部が唸り、俺の腕を押し返してくる。

 

 ……くそっ!

 

 俺は歯を食いしばった。

 

 そのとき。

 

 通信機からノアの声が響いた。

 

『カイ! オスカーが構造を確認した!』

 

「……どうだ!?」

 

『制御系と生命維持系は、同じラックにあるけど、電源は別!』

 

 俺は目を見開いた。

 

「……つまり?」

 

『制御系だけを切り離せる! ただし、物理的な安全遮断器を操作する必要がある!』

 

「どこだ!?」

 

『ラックの右側! 黄色い保護カバーの下!』

 

 俺は顔を上げた。

 

 確かに、奥の機器に黄色いカバーが見える。

 

 ……あれか!

 

「分かった!」

 

 俺は女の身体を押し、距離を取った。

 

 そして、ラックへ向かって走り出した。

 

 女が追ってくる。

 

 ……当然だよな!

 

 俺は剣を構え直した。

 

 だが、そのとき。

 

 ――パンッ!

 

 銃声が響いた。

 

     ◇

 

 俺は反射的に身を伏せた。

 

 弾丸が頭上を通過し、壁へ突き刺さる。

 

 ……何だ!?

 

 振り返ると、制御室の入口に二人の武装警備員が立っていた。

 

 先ほどまで廊下にいた連中とは違う。

 

 黒い防弾装備。

 

 顔を覆うヘルメット。

 

 そして、短機関銃。

 

「侵入者を確認!」

 

「射撃許可!」

 

 ……まずい!

 

 俺は近くの端末の陰へ飛び込んだ。

 

 ――ダダダダッ!

 

 銃弾が機器を削る。

 

 火花が散った。

 

 俺は歯を食いしばった。

 

 ……これ以上、設備を壊されたら困る!

 

「おい! 撃つな!」

 

 俺は叫んだ。

 

「ここには生命維持装置があるんだぞ!」

 

 警備員たちは答えなかった。

 

 銃口が再びこちらへ向く。

 

 ……くそ。

 

 命令に従ってるだけか。

 

 俺は剣を握り直した。

 

 そのとき。

 

 ――ドンッ!

 

 重い銃声。

 

 入口にいた警備員の一人が、横へ吹き飛んだ。

 

 俺は顔を上げた。

 

「……ガレス!?」

 

 そこには、負傷した左肩を押さえながら銃を構えるガレスがいた。

 

「……お前、何やってんだ!」

 

 男が怒鳴った。

 

「さっさと装置を止めろ!」

 

 もう一人の警備員がガレスへ銃を向ける。

 

 だが、その瞬間。

 

 ――パンッ、パンッ!

 

 別の銃声。

 

 警備員の武器が弾かれた。

 

 マーカスが入口へ飛び込んでくる。

 

「カイ! こっちは任せろ!」

 

 俺は息を呑んだ。

 

「……二人とも!」

 

「いいから行け!」

 

 マーカスが叫んだ。

 

「お前にしかできねえことをやれ!」

 

 俺は頷いた。

 

 ……ありがとう。

 

 俺は奥の設備ラックへ走った。

 

     ◇

 

 ――三十秒。

 

 黄色い保護カバー。

 

 その下には、二つのレバーが並んでいた。

 

 片方は赤。

 

 もう片方は青。

 

 俺は通信機へ叫んだ。

 

「ノア! どっちだ!」

 

『待って! 確認する!』

 

 俺は振り返った。

 

 十三号が迫ってくる。

 

 赤い剣。

 

 鋭い踏み込み。

 

 ……くそっ!

 

 俺はラックの前から飛び退いた。

 

 ――ギィンッ!

 

 赤い刃が金属の床を削る。

 

 俺は剣を振り上げた。

 

 女が受け止める。

 

 ――ガキンッ!

 

 鍔迫り合い。

 

 俺は女の顔を見た。

 

「……頼む」

 

 低い声で言った。

 

「少しだけ、止まってくれ」

 

 女の瞳が揺れた。

 

 だが、身体は動き続ける。

 

 ……駄目か。

 

 俺は剣を押し返し、相手の腕を絡め取った。

 

 そして、足を払う。

 

 ――ドンッ!

 

 女が床へ倒れた。

 

 俺はそのまま相手の剣を持つ手首を押さえ込む。

 

 ……よし。

 

 数秒だけでも、動きを封じられれば。

 

『カイ!』

 

 ノアの声。

 

『青いレバー! 右側の青い方!』

 

「了解!」

 

 俺は女の腕を押さえたまま、左手を伸ばした。

 

 ……届かない!

 

 レバーまで、あと一メートルほど。

 

 俺は歯を食いしばった。

 

 女の義体が、俺の拘束を押し返してくる。

 

 ……まずい。

 

 このままでは、間に合わない。

 

 そのとき。

 

 マーカスが叫んだ。

 

「カイ! 伏せろ!」

 

 俺は反射的に身体を低くした。

 

 ――パンッ!

 

 銃声。

 

 弾丸が、女の剣を持つ手首の近くへ命中した。

 

 火花が散る。

 

 女の右腕が一瞬だけ止まった。

 

 俺はその隙に身体を起こし、ラックへ手を伸ばした。

 

 ……今だ!

 

 青いレバーを掴む。

 

 そして。

 

 ――ガコンッ!

 

 思い切り引き下げた。

 

     ◇

 

 ――二十一秒。

 

 室内の照明が、一瞬だけ明滅した。

 

 設備ラックから、低い駆動音が消える。

 

 そして、端末に新しい表示が現れた。

 

 中央神経制御系――物理遮断。

 

 俺は息を呑んだ。

 

「……止まった?」

 

 通信機からノアの声が響いた。

 

『……待って!』

 

 数秒。

 

 長い沈黙。

 

 そして。

 

『……止まった!』

 

 俺は顔を上げた。

 

『再同期命令が遮断された! 生命維持系は稼働してる!』

 

 ……よし!

 

 俺は大きく息を吐いた。

 

 だが、安心するには早い。

 

 目の前の十三号は、まだ動いている。

 

 彼女の赤い瞳が、俺を捉えた。

 

『捕獲命令、継続』

 

 俺は剣を構え直した。

 

 ……やっぱり。

 

 十三号は別系統。

 

 中央制御系を止めても、彼女の命令は消えない。

 

 だが、階下の十二人は助かった。

 

 それだけでも、大きな前進だ。

 

「……ノア!」

 

『聞こえる!』

 

「階下の被験者たちは!?」

 

『制御出力が低下してる! 再同期も止まった!』

 

 俺は頷いた。

 

「……よかった」

 

 その瞬間。

 

 十三号が踏み込んだ。

 

 ――ギィンッ!

 

 赤い刃が迫る。

 

 俺は剣を受け止めた。

 

 ……さて。

 

 残るは、この人だ。

 

     ◇

 

 中央試験室。

 

 マーカスが通信機で状況を確認している間、ガレスは負傷した肩を押さえていた。

 

 十二人の被験者たちは、徐々に動きを止め始めていた。

 

 中には、その場へ崩れ落ちる者もいる。

 

 だが、意識は残っているようだった。

 

 少女は壁際に座り、震える手で自分の膝を抱えていた。

 

 マーカスが近づく。

 

「……大丈夫か?」

 

 少女は小さく頷いた。

 

「……うん……」

 

「もう少しで助けが来る」

 

 少女は顔を上げた。

 

「……おにいちゃんは?」

 

「……カイか?」

 

 少女は頷いた。

 

 マーカスは制御室の方向を見た。

 

「……まだ戦ってる」

 

 少女の表情が曇った。

 

「……だいじょうぶ……?」

 

 マーカスは少しだけ笑った。

 

「……あいつなら、きっと大丈夫だ」

 

 そのとき、ガレスが低く呟いた。

 

「……なあ、マーカス」

 

「何だ?」

 

「……俺の部下たちも、ここにいると思うか?」

 

 マーカスは黙った。

 

 ガレスは床へ視線を落とした。

 

「……エリックだけじゃねえ。ほかにも、行方不明になった奴らがいる」

 

 男は拳を握った。

 

「……あいつらも、こんな目に遭ってるのかもしれねえ」

 

 マーカスは少し考えた。

 

 そして、答えた。

 

「……なら、探すしかねえな」

 

 ガレスが顔を上げた。

 

「……ああ」

 

 男は頷いた。

 

「……そうだな」

 

     ◇

 

 中央制御室。

 

 俺と十三号の戦いは、まだ続いていた。

 

 ――キィンッ!

 

 ――ギィンッ!

 

 銀色と赤色の刃が交差する。

 

 俺は相手の動きを観察した。

 

 ……変化がある。

 

 さっきまでより、僅かに動きが鈍い。

 

 いや。

 

 違う。

 

 動きが鈍いのではない。

 

 剣の軌道が、ほんの少しだけ乱れている。

 

 ……本人が抵抗しているのか?

 

 俺は声をかけた。

 

「……聞こえるか?」

 

 女は答えない。

 

 だが、赤い瞳が僅かに揺れた。

 

「……もう、ほかの被験者たちは助かった」

 

 俺は続けた。

 

「……だから、次は君の番だ」

 

 女の剣が一瞬だけ止まった。

 

 ……今だ。

 

 俺は剣を下げた。

 

 そして、ゆっくりと一歩近づいた。

 

「……名前を教えてくれ」

 

 女の唇が震えた。

 

 赤い瞳が明滅する。

 

『……命令、継続』

 

 俺は首を横に振った。

 

「……命令じゃなくて、君の名前が知りたい」

 

 女の身体が震えた。

 

 そして。

 

「……わた……し……」

 

 かすかな声。

 

 俺は息を呑んだ。

 

 ……戻ってきてる。

 

 少しずつだが、本人の意思が表に出ている。

 

「……ゆっくりでいい」

 

 俺は声をかけた。

 

「……君の名前は?」

 

 女の唇が動いた。

 

「……リ……」

 

 俺は耳を澄ませた。

 

「……リ?」

 

 女の瞳から、一筋の涙が流れた。

 

「……リナ……」

 

 俺は頷いた。

 

「……リナ」

 

 名前を呼ぶ。

 

「……いい名前だ」

 

 女の表情が僅かに変わった。

 

 だが、その瞬間。

 

 ――ピッ。

 

 首筋の制御装置が、強く赤く光った。

 

 女の身体が痙攣する。

 

 俺は慌てて支えた。

 

「……リナ!」

 

 彼女は苦しそうに呻いた。

 

 そして。

 

 再び、赤い瞳が俺を捉えた。

 

『……戦闘制御、再起動』

 

 俺は歯を食いしばった。

 

 ……くそっ!

 

 だが、今度は違う。

 

 俺は彼女の名前を知った。

 

 そして、彼女自身が抵抗していることも分かった。

 

 なら、諦める理由なんてない。

 

「……リナ」

 

 俺は剣を構え直した。

 

「……もう少しだけ、頑張ってくれ」

 

     ◇

 

 地下第三階層、中央制御室のさらに奥。

 

 ドクター・エイドリアン・ヴォスは、監視映像を見つめていた。

 

 画面には、黒髪の少年と、赤い瞳の女が映っている。

 

 その表情には、僅かな苛立ちが浮かんでいた。

 

「……中央制御系を物理遮断したか」

 

 隣の研究員が頷いた。

 

「はい。生命維持系は維持されていますが、被験者の再同期命令は失敗しました」

 

 ヴォスは画面を見た。

 

「……なるほど」

 

 研究員が恐る恐る尋ねた。

 

「……博士、どうしますか?」

 

 ヴォスは少し考えた。

 

 そして、静かに笑った。

 

「……まだ終わりではない」

 

 男は端末を操作した。

 

 画面に、新しい指示が表示される。

 

 PROJECT CHIMERA

 

 CHM-013:独立制御系、最大出力

 

 捕獲命令:継続

 

 制御強化プロトコル:実行準備

 

 研究員が顔を青ざめさせた。

 

「……博士。それを使えば、十三号の神経系が耐えられません!」

 

 ヴォスは平然と答えた。

 

「構わない」

 

 研究員が息を呑んだ。

 

「……しかし!」

 

「彼女の役割は、あの少年を捕獲することだ」

 

 ヴォスは画面を見つめた。

 

「……そのためなら、多少の損耗は許容範囲だよ」

 

 研究員は何も言えなかった。

 

 ヴォスは静かに微笑んだ。

 

「……さあ、カイ」

 

 その声には、冷たい期待が宿っていた。

 

「……今度こそ、君の限界を見せてもらおう」

 

 そして。

 

 中央制御室の端末に、新しい警告が表示された。

 

 CHM-013

 

 独立制御系、最大出力まで――十秒。

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