神々の剣士は電脳都市で生きる   作:アイエオ

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第四話 ネオンの街の一夜

神々の剣士、初めての夜を迎える

 少女の寝息が、静かな部屋に響いていた。

 

 古びた寝台の上で、ミナが眠っている。

 

 先ほどまで青白かった頬には、うっすらと赤みが戻っていた。苦しげだった呼吸も落ち着き、今は穏やかな表情を浮かべている。

 

 俺はその様子を確認してから、ようやく肩の力を抜いた。

 

「……ひとまず、大丈夫そうだな」

 

 昼と太陽の神から授かった『陽光の奇跡』。

 

 俺を中心とした半径十メートルほどの範囲にいる、仲間や俺が認めた人間を癒やし続ける奇跡だ。

 

 対象を一人に絞れば、失われた身体の一部さえ再生させることができる。

 

 ただし、治癒には時間が必要であり、奇跡を維持する間は精神力を消耗し続ける。

 

 今回も、ミナの身体を癒やすためにそれなりの力を使った。

 

 だが、消耗は許容範囲内だ。

 

 邪神との戦いで酷使した身体にはまだ疲労が残っているものの、今すぐ倒れるほどではない。

 

 それよりも気になるのは、ミナの病気だった。

 

 俺は医者ではない。

 

 前世で多少の医学知識を得ていたとはいえ、専門家には遠く及ばない。

 

 まして、ここは科学技術が発展した異世界だ。

 

 未知の病原体や、この世界特有の病気が存在していても不思議ではない。

 

 奇跡によって症状は改善した。

 

 しかし、原因まで完全に取り除けたかどうかは分からない。

 

 しばらくは様子を見る必要があるだろう。

 

「……本当に、ありがとう」

 

 隣から声がした。

 

 振り返ると、リクが立っていた。

 

 十三歳の少年。

 

 痩せた身体に、擦り切れた服。

 

 まだ幼さの残る顔には、疲労の色が濃い。

 

 だが、その表情は先ほどまでとは違っていた。

 

 妹が助かったことへの安堵。

 

 それが、はっきりと見て取れる。

 

「礼なら、もう聞いたよ」

 

「でも……」

 

「それより、お前も少し休め」

 

 俺はリクの肩を軽く叩いた。

 

「妹のことが心配なのは分かるが、お前まで倒れたら意味がないぞ」

 

「……分かってる」

 

 リクは小さく頷いた。

 

 それから、少しだけ笑う。

 

「……カイって、変な奴だな」

 

「さっきも言われた気がする」

 

「だって、そうだろ。知らない奴のために銃を持った連中と戦って、そのうえ妹まで治してくれたんだぞ」

 

「……まあ、成り行きだ」

 

「普通は、そんな成り行きにならねえよ」

 

 それもそうか。

 

 俺は苦笑した。

 

 もっとも、俺にとっては特別なことではない。

 

 元の世界でも、似たようなことは何度もあった。

 

 困っている人間がいて、自分に助ける力がある。

 

 ならば、できる範囲で手を貸す。

 

 それだけのことだ。

 

 もちろん、誰でも彼でも助けられるわけではない。

 

 俺にも限界はある。

 

 だが、目の前で苦しんでいる人間を見捨てる理由にはならなかった。

 

「……それで、カイ」

 

 リクが口を開いた。

 

「さっき、街のことを知りたいって言ってたよな」

 

「ああ」

 

「何から聞きたい?」

 

 俺は少し考えた。

 

 知りたいことは山ほどある。

 

 この街の名前。

 

 国の名前。

 

 社会の仕組み。

 

 通貨。

 

 法律。

 

 そして、仕事を探す方法。

 

 だが、最初に確認すべきことは決まっていた。

 

「……まず、この街の名前を教えてくれ」

 

 リクが目を丸くした。

 

「……は?」

 

「街の名前だ」

 

「……冗談だろ?」

 

「残念ながら、本気だ」

 

 リクはしばらく俺を見つめていた。

 

 そして、額に手を当てる。

 

「……マジで何も知らねえんだな」

 

「だから、そう言ってるだろ」

 

「いや、ここまでとは思わねえよ……」

 

 リクは大きくため息をついた。

 

 それから、窓の外を指差した。

 

「ここはナイトシティだよ」

 

「……ナイトシティ?」

 

「ああ。知らねえ奴なんて、初めて見たぜ」

 

 その名前を聞いた瞬間。

 

 俺の頭の奥で、何かが引っかかった。

 

 ナイトシティ。

 

 どこかで聞いたことがある。

 

 いや。

 

 聞いたことがあるどころではない。

 

「……待て」

 

 俺は思わず呟いた。

 

「ナイトシティって、あのナイトシティか?」

 

「……どのナイトシティだよ」

 

 リクが怪訝そうな顔をする。

 

 俺は返事をしなかった。

 

 前世の記憶を探る。

 

 現代日本で暮らしていた頃。

 

 俺は漫画やアニメ、ゲームが好きだった。

 

 休日にはゲームを遊び、気になる作品があれば何時間でも調べていた。

 

 その中に、確かにあった。

 

 巨大企業が支配する未来都市。

 

 身体を機械に置き換えるサイバーウェア。

 

 裏社会で仕事を仲介するフィクサー。

 

 そして、ナイトシティという名の街。

 

「……サイバーパンク」

 

 口から、言葉がこぼれた。

 

 リクが首を傾げる。

 

「何だって?」

 

「……いや、何でもない」

 

 俺は慌てて首を振った。

 

 だが、内心では驚愕していた。

 

 まさか。

 

 本当に?

 

 ここは、前世で知っていた作品の世界なのか?

 

 いや、まだ断定はできない。

 

 同じ名前の都市が存在するだけかもしれない。

 

 だが、これまで見てきた光景を思い出す。

 

 高層建築。

 

 巨大企業の広告。

 

 身体を機械に置き換えた人々。

 

 銃を持ったチンピラ。

 

 そして、エディーという通貨。

 

 ……一致する要素が多すぎる。

 

「……なるほどな」

 

 俺は小さく息を吐いた。

 

 どうやら、思っていた以上に厄介な世界へ来てしまったらしい。

 

     ◇

 

「……で、カイ」

 

 リクが不思議そうにこちらを見る。

 

「何でそんなに驚いてんだ?」

 

「……いや、ちょっとな」

 

「ちょっとって?」

 

「昔、似たような街の話を聞いたことがあるんだ」

 

 嘘ではない。

 

 ただし、それがゲームの中の話だったというだけだ。

 

「ふーん」

 

 リクはそれ以上追及してこなかった。

 

 俺は内心で安堵する。

 

 今はまだ、前世の知識をどこまで信用できるか分からない。

 

 仮にここが本当にあの作品の世界だとしても、時代や状況が同じとは限らない。

 

 俺が知っている出来事が、すでに起こっている可能性もある。

 

 逆に、まだ起こっていない可能性もある。

 

 そもそも、細かな設定をすべて覚えているわけではない。

 

 下手に知識を頼りすぎるのは危険だ。

 

「……なあ、リク」

 

「ん?」

 

「今って、何年だ?」

 

 リクが再び固まった。

 

「…………」

 

「……そんな顔するなよ」

 

「いや、するだろ!」

 

 リクが叫ぶ。

 

「街の名前も知らねえ、年も分からねえって、あんたどこから来たんだよ!」

 

「……遠いところだ」

 

「便利な言葉だな、それ!」

 

 俺は苦笑した。

 

 リクは大きくため息をついた。

 

 そして、壁に取りつけられた古い端末を操作する。

 

 ひび割れた画面に、数字が表示された。

 

「ほら。これ」

 

 俺は画面を覗き込んだ。

 

 そこには、日付と時刻が表示されていた。

 

 そして、年号。

 

「……なるほど」

 

 俺はその数字を記憶した。

 

 少なくとも、現在の年代は把握できた。

 

 前世の知識と照らし合わせれば、ある程度は状況を整理できるだろう。

 

 もっとも、今すぐ役立つかどうかは別問題だが。

 

「……他には?」

 

 リクが尋ねる。

 

「そうだな。まず、この街で仕事を探すにはどうすればいい?」

 

「仕事?」

 

「ああ。金が必要だからな」

 

 俺は肩をすくめた。

 

「今は少し持ってるが、いつまでもそれで生活するわけにはいかない」

 

 リクは少し考えた。

 

「……普通の仕事なら、身分証がいるぜ」

 

「身分証?」

 

「ああ。登録情報とか、口座とか、そういうの」

 

「……なるほど」

 

 予想していた問題だった。

 

 現代日本でも、身分証明書がなければできないことは多い。

 

 この世界では、さらに厳しいのかもしれない。

 

「……身分証がない場合は?」

 

 俺が尋ねると、リクは少しだけ声を落とした。

 

「……裏の仕事なら、できるかもしれねえ」

 

「裏の仕事?」

 

「ああ。フィクサーって連中が、そういう仕事を紹介してる」

 

 その言葉に、俺は目を細めた。

 

 フィクサー。

 

 前世の記憶にある言葉だった。

 

 依頼人と実行者を仲介する人間。

 

 情報や人脈を持ち、裏社会で仕事を斡旋する存在。

 

 確か、そんな役割だったはずだ。

 

「……具体的には、どんな仕事だ?」

 

「色々だよ。荷物の運搬とか、護衛とか、物の回収とか……」

 

 リクは少し言い淀んだ。

 

「……危ない仕事も多いけどな」

 

「危ない仕事、か」

 

 俺は呟いた。

 

 危険には慣れている。

 

 むしろ、危険な仕事の方が俺の能力を活かせるかもしれない。

 

 だが、問題は別にあった。

 

「……そのフィクサーって連中には、どうやって会うんだ?」

 

 リクは首を横に振った。

 

「知らねえ。俺みたいなガキが簡単に会える相手じゃねえし」

 

「……そうか」

 

 俺は頷いた。

 

 まあ、当然だろう。

 

 裏社会の仲介人が、誰でも簡単に会える場所にいるとは思えない。

 

 それに、仮に会えたとしても、いきなり仕事を紹介してもらえるとは限らない。

 

 信用。

 

 実績。

 

 人脈。

 

 どれも、今の俺にはないものだった。

 

「……地道にやるしかないか」

 

 俺は小さく呟いた。

 

     ◇

 

 それからしばらく、俺はリクに街のことを教えてもらった。

 

 ナイトシティ。

 

 巨大企業が強い影響力を持つ都市。

 

 治安は決してよくなく、地区によっては銃撃戦も珍しくない。

 

 警察は存在するが、すべての事件に対応してくれるわけではない。

 

 金があれば大抵のものは手に入る。

 

 逆に、金がなければ生きていくことすら難しい。

 

 そんな街らしい。

 

「……随分と物騒だな」

 

 俺が呟くと、リクは肩をすくめた。

 

「今さら何言ってんだよ。ナイトシティだぜ?」

 

「……そうだったな」

 

 俺は苦笑した。

 

 前世で知っていた作品の世界だとすれば、確かにそういう街だった。

 

 だが、実際に暮らすとなると話は別だ。

 

 画面越しに見るのと、現実にその場所で生きるのとでは、危険の重みが違う。

 

「……それにしても」

 

 俺は部屋を見渡した。

 

 狭い。

 

 古い。

 

 設備も十分とは言えない。

 

 だが、リクとミナはここで暮らしている。

 

 この街には、同じような境遇の人間が大勢いるのだろう。

 

 科学技術が発展していても、貧困がなくなるわけではない。

 

 むしろ、格差は元の世界以上に大きいのかもしれない。

 

「……カイ?」

 

 リクが声をかけてきた。

 

「ん?」

 

「何考えてんだ?」

 

「……いや、色々とな」

 

 俺は首を振った。

 

 今は、目の前の問題を片づけよう。

 

「……そうだ。宿についても聞きたい」

 

「宿?」

 

「ああ。今夜泊まる場所がないんだ」

 

 リクが目を丸くした。

 

「……マジで?」

 

「マジだ」

 

「……あんた、本当に何も持ってねえんだな」

 

「剣と鎧ならあるぞ」

 

「それ、今の話と関係ねえだろ!」

 

 リクが呆れた声を上げた。

 

 俺は笑った。

 

 すると、リクは少し考え込んだ。

 

 そして、口を開く。

 

「……だったら、ここに泊まれば?」

 

「……ここ?」

 

「ああ」

 

 リクは部屋を見渡した。

 

「狭いけど、床なら空いてるし」

 

「……いや、それは悪いだろ」

 

「何で?」

 

「お前たちの家だぞ。俺は今日会ったばかりの人間だ」

 

 リクは肩をすくめた。

 

「でも、妹を助けてくれたじゃん」

 

「それはそれだ」

 

「……頑固だな」

 

 リクが呟いた。

 

 俺は苦笑した。

 

 確かに、少し頑固なのかもしれない。

 

 だが、助けたことを理由に、相手の生活へ負担をかけるのは違うと思った。

 

 特に、この兄妹は決して裕福ではない。

 

 俺が泊まれば、それだけ負担が増える。

 

「……気持ちだけ受け取っておくよ」

 

 俺はそう言った。

 

 リクは不満そうな顔をしたが、それ以上は何も言わなかった。

 

     ◇

 

 しばらくして、ミナが目を覚ました。

 

「……お兄ちゃん」

 

 か細い声がした。

 

 リクがすぐに駆け寄る。

 

「ミナ! 大丈夫か?」

 

「……うん」

 

 少女はゆっくりと身体を起こした。

 

 先ほどまでとは違い、顔色はかなりよくなっている。

 

 俺は少し離れた場所から様子を見守った。

 

「……お腹、すいた」

 

 ミナが呟く。

 

 リクが笑った。

 

「分かった。今、何か買ってくる」

 

 そう言って立ち上がる。

 

 俺はその肩を軽く叩いた。

 

「俺も行こう」

 

「……え?」

 

「食料を買うんだろ。荷物持ちくらいはできる」

 

「いや、でも……」

 

「それに、この街の店も見ておきたい」

 

 俺がそう言うと、リクは少し考えた後で頷いた。

 

「……分かった」

 

 俺たちは部屋を出た。

 

 階段を下り、夜の街へ向かう。

 

 外はすっかり暗くなっていた。

 

 だが、街は眠っていない。

 

 巨大な広告が空を照らし、無数の車が道路を走っている。

 

 人々の話し声。

 

 音楽。

 

 機械の駆動音。

 

 そして、遠くから聞こえる銃声。

 

 昼間と変わらない騒がしさだった。

 

「……夜でも賑やかだな」

 

 俺が呟くと、リクは不思議そうな顔をした。

 

「当たり前だろ。ナイトシティだぜ?」

 

「……そうだったな」

 

 俺は苦笑した。

 

 そして、ふと空を見上げる。

 

 巨大な建物の隙間。

 

 そこに、わずかな夜空が見えた。

 

 月は見えない。

 

 建物に隠れているのか。

 

 それとも、今夜は月が出ていないのか。

 

 俺は静かに目を閉じた。

 

 夜と月の女神から授かった加護。

 

 夜間、敵意を持つ人間の位置を察知する力。

 

 その感覚を、意識の奥から呼び起こす。

 

 すると。

 

「……!」

 

 周囲に、いくつもの気配が浮かび上がった。

 

 近くの路地。

 

 建物の陰。

 

 少し離れた道路の向こう。

 

 明確な敵意を持つ人間たちの位置が、ぼんやりと分かる。

 

 俺は目を開けた。

 

「……使えるな」

 

 小さく呟く。

 

 この世界でも、女神の加護は働いている。

 

 それは、非常に大きな収穫だった。

 

 ただし、感じ取れるのは敵意を持つ人間の位置だけだ。

 

 相手の名前や目的まで分かるわけではない。

 

 それに、この街には機械によって身体を強化した人間が多い。

 

 加護がどこまで正確に働くのか、まだ検証が必要だ。

 

「……カイ?」

 

 リクが振り返った。

 

「どうした?」

 

「いや、何でもない」

 

 俺は首を振った。

 

 今は、余計なことを考える必要はない。

 

 まずは食料だ。

 

     ◇

 

 俺たちは、近くの小さな食料品店へ入った。

 

 店内には、見慣れない商品が並んでいた。

 

 色鮮やかな包装。

 

 奇妙な形の容器。

 

 そして、聞いたことのない名前の食べ物。

 

「……何だ、これ」

 

 俺は棚に並んだ商品を手に取った。

 

 細長い包装の中に、何かの食品が入っている。

 

 表面には、栄養成分らしき数字が表示されていた。

 

「それ、栄養バー」

 

 リクが答える。

 

「栄養バー?」

 

「ああ。安いし、腹も膨れる」

 

「……なるほど」

 

 俺は包装を眺めた。

 

 前世にも似たようなものはあった。

 

 ただ、こちらの方がずいぶん派手な見た目だ。

 

 試しに一つ購入してみることにした。

 

 他にも、保存の利きそうな食品や飲み物をいくつか選ぶ。

 

 リクは妹のために、消化のよさそうな食べ物を探していた。

 

「……これなら、ミナも食べられるかな」

 

 少年が小さく呟く。

 

 俺はその横顔を見た。

 

 十三歳。

 

 本来なら、まだ大人に守られていてもおかしくない年齢だ。

 

 それなのに、妹の生活を支えるために必死になっている。

 

 その姿に、少し胸が痛んだ。

 

「……リク」

 

「ん?」

 

「食料は、俺が払うよ」

 

「……え?」

 

「妹のために必要なんだろ」

 

「いや、でも……」

 

「いいから」

 

 俺は笑った。

 

「その代わり、もう少し街のことを教えてくれ」

 

 リクはしばらく俺を見つめていた。

 

 そして、少しだけ笑った。

 

「……ほんと、変な奴だな」

 

「それ、今日何回目だ?」

 

「知らねえよ」

 

 二人で笑った。

 

 ほんの短い時間だったが、少しだけ気が楽になった。

 

     ◇

 

 買い物を終え、リクの家へ戻る途中。

 

 俺はふと足を止めた。

 

「……リク」

 

「ん?」

 

「少し、こっちへ」

 

 俺は少年の肩を掴み、路地の陰へ引き寄せた。

 

「な、何だよ?」

 

「……静かに」

 

 俺は声を落とした。

 

 夜と月の女神の加護。

 

 その感覚が、先ほどから妙な反応を示していた。

 

 明確な敵意。

 

 それが、こちらへ向けられている。

 

 しかも、一人ではない。

 

「……三人、いや、四人か」

 

 俺は小さく呟いた。

 

 建物の陰。

 

 少し離れた道路。

 

 そして、背後の路地。

 

 複数の人間が、こちらを意識している。

 

 偶然ではない。

 

 明らかに、俺たちを追っている。

 

「……カイ?」

 

 リクの声が震えた。

 

「……誰かいるのか?」

 

「ああ」

 

 俺は頷いた。

 

「どうやら、客が来たらしい」

 

 リクの顔が青ざめる。

 

「……まさか」

 

 俺は少年を見た。

 

「心当たりがあるのか?」

 

 リクは唇を噛んだ。

 

 そして、小さく頷く。

 

「……昼間の奴らかもしれない」

 

 なるほど。

 

 データチップを盗まれた連中。

 

 その仲間が、追ってきたということか。

 

 俺はため息をついた。

 

「……やっぱり、そう簡単には終わらないか」

 

 腰の剣に手を添える。

 

 だが、すぐに思い直した。

 

 ここは人通りのある街中だ。

 

 下手に剣を抜けば、周囲に被害が出るかもしれない。

 

 それに、相手が何者なのかも分からない。

 

 まずは話を聞くべきだろう。

 

「……リク」

 

「な、何だ?」

 

「お前は、ここで待ってろ」

 

「……カイ?」

 

「大丈夫だ。すぐ戻る」

 

 俺はそう言って、路地の奥へ歩き出した。

 

 その先。

 

 暗がりの中から、男たちが姿を現した。

 

 四人。

 

 全員、武装している。

 

 そのうち一人は、明らかに高価そうなサイバーウェアを装着していた。

 

 男たちは俺を見て、足を止めた。

 

「……お前か」

 

 先頭の男が口を開く。

 

「昼間、うちの連中を叩きのめしたってガキは」

 

 俺は肩をすくめた。

 

「……そういうことになるな」

 

 男が笑った。

 

 だが、その目は笑っていない。

 

「……随分と舐めた真似してくれたじゃねえか」

 

「そっちが先に銃を向けたんだろ」

 

「口の減らねえガキだ」

 

 男は腰の銃に手をかけた。

 

 俺は静かに息を吐いた。

 

 どうやら、話し合いで済ませるのは難しそうだ。

 

「……一つ聞いていいか?」

 

 俺が尋ねると、男は眉をひそめた。

 

「あ?」

 

「お前たちは、何が目的なんだ?」

 

「決まってんだろ」

 

 男が笑う。

 

「盗まれた物を取り返す。それと、うちの連中をやった落とし前をつけてもらう」

 

「……なるほど」

 

 俺は頷いた。

 

 盗まれた物を取り返す。

 

 それ自体は、理解できる。

 

 だが、問題はその方法だ。

 

 銃を持って子供を追い回し、街中で発砲する。

 

 それを正当化することはできない。

 

「……なら、まず話をしよう」

 

 俺はそう言った。

 

 男たちが顔を見合わせる。

 

 そして、笑い出した。

 

「……ははっ!」

 

「聞いたか? 話をしよう、だってよ!」

 

「この状況で、何言ってんだ?」

 

 俺は肩をすくめた。

 

「……話が通じないなら、仕方ないけどな」

 

 男たちの笑いが止まった。

 

 先頭の男が目を細める。

 

「……何だと?」

 

 俺は静かに剣の柄へ手を添えた。

 

「……できれば、誰も怪我をしない方がいいだろ」

 

 その言葉に、男たちの表情が変わった。

 

 怒り。

 

 侮蔑。

 

 そして、殺意。

 

 俺は小さく息を吐いた。

 

 夜と月の女神の加護が、彼らの位置を明確に捉えている。

 

 逃げ道も、周囲の状況も確認した。

 

 あとは。

 

「……さて」

 

 俺は半歩、前へ出た。

 

「どうする?」

 

 ネオンの光が、剣の鞘を照らしていた。

 

 鋼鉄の街で迎える、初めての夜。

 

 どうやら、まだ眠ることはできそうになかった。

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