神々の剣士は電脳都市で生きる   作:アイエオ

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第五話 鋼鉄の街の流儀

神々の剣士、裏社会の掟を知る

 四人。

 

 俺の前に立ちはだかっている男たちの人数だ。

 

 全員が武装しており、そのうち二人は身体の一部を機械に置き換えている。

 

 先頭に立つ男は、四十歳前後だろうか。

 

 短く刈り込まれた髪に、左頬を走る古い傷跡。黒い革製の上着の下には防弾装備らしきものを着込んでいる。

 

 右腕は肘から先が金属製だった。

 

 それも、昼間に戦ったチンピラのものとは違う。

 

 外装の継ぎ目が少なく、駆動部もほとんど露出していない。見た目だけで判断するなら、相当に高価な代物だ。

 

 男の後ろには、銃を持った二人。

 

 さらに、路地の入口付近に一人。

 

 退路を塞ぐつもりらしい。

 

「……で、どうする?」

 

 俺は改めて尋ねた。

 

 先頭の男が眉をひそめる。

 

「あ?」

 

「話をするのか、それとも撃ち合いを始めるのかって聞いてるんだ」

 

「……随分と余裕じゃねえか」

 

「できれば、穏便に済ませたいからな」

 

 俺は肩をすくめた。

 

 嘘ではない。

 

 昼間から何度も揉め事に巻き込まれ、さすがに少し疲れていた。

 

 邪神との戦いを終えたばかりだというのに、休む暇もない。

 

 せめて今夜くらいは、まともな寝床で眠りたい。

 

 もっとも、目の前の連中がそれを許してくれるかは別問題だが。

 

「……お前、名前は?」

 

 男が尋ねた。

 

「カイ」

 

「カイ、ねえ」

 

 男は俺の顔をじろじろと眺めた。

 

「見ねえ顔だ。どこの組織の人間だ?」

 

「どこにも所属してない」

 

「ソロか?」

 

「……ソロ?」

 

 聞き慣れない言葉だった。

 

 男の目が細くなる。

 

「おいおい。冗談だろ?」

 

「……何が?」

 

「その腕で、ソロも知らねえのかよ」

 

 俺は少し考えた。

 

 ソロ。

 

 前世の記憶を探る。

 

 確か、サイバーパンクの世界では戦闘を専門とする傭兵や用心棒のような存在を指す言葉だったはずだ。

 

「ああ、戦闘屋のことか」

 

「……戦闘屋って」

 

 男が呆れた顔をした。

 

 後ろにいる仲間の一人が、小さく笑う。

 

「ボス、こいつ本当に田舎者なんじゃねえの?」

 

「黙ってろ」

 

 男が短く言った。

 

 それだけで、後ろの男は口を閉じた。

 

 なるほど。

 

 少なくとも、ある程度の統率は取れているらしい。

 

 昼間の二人組とは違う。

 

「……もう一度聞く」

 

 男が俺を見据えた。

 

「お前、何者だ?」

 

「ただの旅人だよ」

 

「旅人が、うちの連中を二人も病院送りにするか?」

 

「先に銃を向けられたからな」

 

「……」

 

「それに、殺してないだろ?」

 

 男の表情がわずかに変わった。

 

 俺は続ける。

 

「こっちは事情も知らずに、子供が撃たれそうになっているところを見たんだ。止めるのは当然だろ」

 

「……当然、ねえ」

 

 男は鼻を鳴らした。

 

「この街じゃ、そんな理屈は通用しねえぞ」

 

「そうなのか?」

 

「ああ。ナイトシティじゃ、他人の揉め事に首を突っ込む奴から死んでいく」

 

 俺は少しだけ考えた。

 

 確かに、その考え方にも一理ある。

 

 危険な相手に不用意に関われば、自分まで命を落とすかもしれない。

 

 だが。

 

「……それでも、見捨てる理由にはならないな」

 

 俺はそう答えた。

 

 男は数秒ほど黙り込んだ。

 

 そして、低く笑った。

 

「……なるほど」

 

 その笑みには、どこか獰猛なものがあった。

 

「お前、相当な馬鹿だな」

 

「否定はしないよ」

 

 俺は苦笑した。

 

 元の世界でも、似たようなことを何度も言われてきた。

 

 特にセレーネには。

 

『カイは、もう少し自分の命を大切にするべき』

 

 そう言って、彼女はよく俺を叱った。

 

 普段は冷静で、感情をあまり表に出さない少女だったが、俺が無茶をしたときだけは容赦がなかった。

 

 ……今頃、どうしているだろうか。

 

 無事だろうか。

 

 あの黒い空間に飲み込まれた俺を、どう思っているだろう。

 

 胸の奥が、わずかに痛んだ。

 

 だが、今は考えている場合ではない。

 

「……それで」

 

 俺は男を見た。

 

「盗まれた物を取り返したいんだったな?」

 

「ああ」

 

「だったら、まずはその話をしよう」

 

 男の目が細くなった。

 

     ◇

 

「……チップを返せ、だと?」

 

 俺の言葉を聞いたリクは、露骨に顔を強張らせた。

 

 俺たちは路地の入口付近に移動していた。

 

 武装した男たちとは、少し距離を取っている。

 

 もちろん、完全に信用したわけではない。

 

 夜と月の女神から授かった加護は、今も働いている。

 

 男たちの位置は把握できていた。

 

 ただし、相手の考えを読み取れるわけではない。

 

 敵意が消えたとしても、安心できるとは限らなかった。

 

「……あれを返したら、金が手に入らねえだろ!」

 

 リクが声を荒らげる。

 

 俺は小さくため息をついた。

 

「お前な。妹の治療費が必要だったんだろ?」

 

「……そうだけど」

 

「ミナの具合は落ち着いた。今すぐチップを売る必要はなくなったはずだ」

 

「でも……!」

 

 リクは言い淀んだ。

 

 その顔には、まだ不安が残っている。

 

 俺は少し声を落とした。

 

「……気持ちは分かる」

 

 俺は続けた。

 

「だが、あれを持っている限り、連中に追われ続けることになるぞ」

 

「……」

 

「お前一人なら、まだ逃げられるかもしれない。でも、ミナはどうする?」

 

 リクの表情が変わった。

 

 俺は静かに言った。

 

「妹を守りたいなら、今は危険を減らすことを考えろ」

 

 リクは唇を噛んだ。

 

 しばらく沈黙が続く。

 

 そして。

 

「……分かった」

 

 少年は小さく頷いた。

 

「……返すよ」

 

「ありがとう」

 

 俺は安堵した。

 

 これで、少なくとも一つの問題は片づく。

 

 ……はずだった。

 

「ただし」

 

 背後から声がした。

 

 振り返る。

 

 先頭の男が、こちらを見ていた。

 

「それだけじゃ済まねえ」

 

 俺は眉をひそめた。

 

「……どういう意味だ?」

 

「うちの連中を二人もやったんだ。治療費ってもんがあるだろ?」

 

「……なるほど」

 

 俺は頷いた。

 

 確かに、怪我をさせたのは事実だ。

 

 ただし。

 

「先に撃ってきたのは、そっちだろ?」

 

「それがどうした?」

 

「……いや、普通は関係あると思うんだが」

 

 男は笑った。

 

「ここはナイトシティだぜ、坊主」

 

 またそれか。

 

 どうやら、この街では何かあるたびにその言葉が使われるらしい。

 

「……つまり?」

 

「チップを返す。それから、詫びを入れる。そうすりゃ、今回の件は水に流してやる」

 

 俺は男を見つめた。

 

「詫びって、具体的には?」

 

「金だよ」

 

 男が即答した。

 

「二人分の治療費と迷惑料。まとめて五千エディー」

 

「……五千?」

 

 俺は思わず聞き返した。

 

 金額の相場が分からない。

 

 だが、先ほど食べた屋台の軽食が十二エディーだったことを考えると、かなりの額に思える。

 

「……高くないか?」

 

「嫌なら、別の方法で払ってもらうだけだ」

 

 男の右腕が、低い駆動音を立てた。

 

 金属製の指が、ゆっくりと握り込まれる。

 

 後ろの男たちも、銃に手をかけた。

 

 俺は静かに息を吐いた。

 

「……交渉決裂か」

 

「最初から交渉なんざしてねえよ」

 

 男が笑った。

 

「これは命令だ」

 

 なるほど。

 

 ようやく分かった。

 

 この男は、最初から対等に話すつもりなどなかったのだ。

 

 俺たちが要求を呑めばそれでよし。

 

 拒めば、力ずくで従わせる。

 

 そういうつもりらしい。

 

「……分かった」

 

 俺は頷いた。

 

 男が口元を歪める。

 

「物分かりがいいじゃねえか」

 

「いや」

 

 俺は首を振った。

 

「お前たちがどういう連中なのか、分かったって意味だ」

 

 男の笑みが消えた。

 

「……何だと?」

 

 俺はリクに視線を向けた。

 

「少し下がってろ」

 

「……カイ?」

 

「大丈夫だ」

 

 俺は小さく笑った。

 

「すぐ終わる」

 

     ◇

 

 最初に動いたのは、右側の男だった。

 

「調子に乗ってんじゃねえぞ!」

 

 銃を引き抜く。

 

 俺はその動きを見ていた。

 

 肩。

 

 肘。

 

 手首。

 

 銃口がこちらへ向くまでの軌道。

 

 すべてを観察する。

 

 男が引き金に指をかけた瞬間、俺は横へ踏み出した。

 

 銃声。

 

 弾丸が路地の壁を砕く。

 

 だが、俺はすでに男の射線から外れていた。

 

「なっ!?」

 

 驚愕する男。

 

 俺は地面を蹴り、距離を詰めた。

 

 右手で銃を持つ腕を押さえ、左手で顎を打つ。

 

「ぐっ!」

 

 男の身体が仰け反る。

 

 そのまま足を払い、地面へ転がした。

 

 銃を奪う。

 

 弾倉を抜き、銃本体を遠くへ放る。

 

 これで一人。

 

「てめえ!」

 

 背後から声。

 

 俺は振り返る。

 

 二人目の男が、短い刃物を構えていた。

 

 腕の内側から飛び出した、金属製の刃。

 

 ……なるほど。

 

 サイバーウェアに仕込まれた武器か。

 

 男が突進してくる。

 

 刃が横薙ぎに振るわれた。

 

 俺は身体を沈める。

 

 頭上を刃が通過した。

 

 そのまま男の懐へ潜り込み、腹へ掌底を叩き込む。

 

「がはっ!」

 

 男が息を吐き出す。

 

 俺はその腕を掴み、関節を極めながら地面へ押し倒した。

 

 刃物を振るえない体勢に固定する。

 

「……動くな」

 

 低く告げる。

 

 男は苦痛に顔を歪めながら、動きを止めた。

 

 これで二人。

 

 だが。

 

「――!」

 

 背後から、強烈な気配。

 

 俺は咄嗟に身体を捻った。

 

 直後。

 

 巨大な金属製の拳が、俺の顔の横を通過した。

 

 空気が唸る。

 

「……っ!」

 

 俺は後方へ跳んだ。

 

 地面に着地し、顔を上げる。

 

 先頭の男が立っていた。

 

 右腕の外装が開き、内部の駆動機構が露出している。

 

 赤い光が、関節部分を走っていた。

 

「……なるほど」

 

 俺は目を細めた。

 

「それが、お前の自慢の腕か」

 

「……ガキが」

 

 男が低く唸る。

 

「舐めやがって……!」

 

 次の瞬間。

 

 男の姿が、視界から消えた。

 

「……!」

 

 いや。

 

 消えたわけではない。

 

 異常な速度で移動したのだ。

 

 俺は反射的に身体を捻る。

 

 右側から、拳が迫っていた。

 

 速い。

 

 昼間の連中とは比べ物にならない。

 

 俺は腕を交差させ、防御の姿勢を取った。

 

 衝撃。

 

「――っ!」

 

 身体が後方へ押し出された。

 

 靴底がアスファルトを削る。

 

 数歩分、地面を滑ったところでようやく止まった。

 

「……へえ」

 

 俺は思わず声を漏らした。

 

 重い。

 

 かなりの威力だ。

 

 魔獣の突進ほどではないにせよ、普通の人間が受ければ骨が砕けてもおかしくない。

 

 男が笑った。

 

「どうした、坊主!」

 

 金属製の腕が唸る。

 

「さっきまでの威勢はどうしたよ!」

 

 俺は腕を軽く振った。

 

 防具の下に、鈍い痛みが残っている。

 

 だが、骨に異常はない。

 

 足元はアスファルト。

 

 豊穣の女神から授かった加護が、わずかに働いているのを感じた。

 

 自然の土の上ほどではない。

 

 それでも、軽い打撲や擦り傷程度なら問題なく癒やせる。

 

「……なるほどな」

 

 俺は男を見た。

 

「この世界の戦士は、そうやって身体を強くするのか」

 

「……あ?」

 

「いや、興味深いと思って」

 

 男の顔が引きつった。

 

「……てめえ、まだ舐めてんのか!」

 

 再び突進してくる。

 

 俺は静かに息を吐いた。

 

 確かに速い。

 

 だが、先ほどの一撃で大体の感覚は掴めた。

 

 男の動きは、身体能力の強化に頼りすぎている。

 

 速度はある。

 

 威力もある。

 

 しかし、動作の始まりが大きい。

 

 そして、攻撃の軌道が単純だ。

 

 俺は半歩、横へずれた。

 

 男の拳が空を切る。

 

 その腕に、俺は左手を添えた。

 

 勢いを殺さず、進行方向をわずかに変える。

 

「なっ!?」

 

 男の体勢が崩れた。

 

 俺はその足を払う。

 

 巨体が宙を舞った。

 

 そして。

 

 轟音。

 

 男の身体が、アスファルトに叩きつけられた。

 

「ぐあっ!」

 

 俺はすぐに距離を取った。

 

 男は呻きながら起き上がろうとする。

 

 だが、うまく身体を動かせないらしい。

 

 金属製の腕が、不規則な音を立てていた。

 

 ……駆動部に負荷がかかったか。

 

 俺は男を見下ろした。

 

「……まだやるか?」

 

 男は歯を食いしばった。

 

 だが、立ち上がることはできなかった。

 

 俺は静かに息を吐いた。

 

 これで終わり。

 

 そう思った。

 

 しかし。

 

「――動くな!」

 

 鋭い声が響いた。

 

 振り返る。

 

 最後の一人が、リクの背後に立っていた。

 

 銃口を、少年の頭に押しつけている。

 

「……カイ!」

 

 リクが悲鳴を上げた。

 

 俺は足を止めた。

 

「……おい」

 

 声が低くなる。

 

 男が笑った。

 

「へへっ……! 動くなよ!」

 

 銃口が、リクのこめかみに押しつけられる。

 

「少しでも動いたら、このガキの頭を吹っ飛ばす!」

 

 俺は黙って男を見つめた。

 

 なるほど。

 

 そう来たか。

 

 ……やはり、甘かった。

 

 敵を無力化することばかり考えて、リクの安全を完全には確保できていなかった。

 

 俺の失敗だ。

 

「……分かった」

 

 俺は静かに答えた。

 

 両手をゆっくりと上げる。

 

「動かない」

 

「……そうだ! 最初からそうしてりゃいいんだよ!」

 

 男が叫ぶ。

 

 その声には、焦りが混じっていた。

 

 当然だろう。

 

 仲間三人が、ほとんど何もできずに倒されたのだから。

 

「……剣を捨てろ!」

 

 男が命じた。

 

 俺は腰の長剣に視線を落とした。

 

 鍛冶と炎の神が鍛えた剣。

 

 正義と力の神から授かった、大切な武器。

 

 俺は少しだけ考えた。

 

 そして。

 

「……それは無理だな」

 

 静かに答えた。

 

 男の顔が歪む。

 

「何だと!?」

 

「その剣は、簡単に手放せるものじゃない」

 

「このガキがどうなってもいいのか!」

 

「……よくないさ」

 

 俺は男を見つめた。

 

「だから、今すぐ銃を下ろしてくれ」

 

「ふざけ――」

 

 男が怒鳴ろうとした。

 

 その瞬間。

 

 俺は右手をわずかに動かした。

 

 意識を集中させる。

 

 正義と力の神から授かった奇跡。

 

 雷。

 

 神の権能の一端を借り受けた、強大な力。

 

 ただし、今必要なのは敵を焼き尽くすような雷撃ではない。

 

 ほんの一瞬。

 

 相手の動きを止めるだけでいい。

 

 俺は力を慎重に絞り込んだ。

 

 指先に、微かな光が走る。

 

「――っ!?」

 

 男が異変に気づいた。

 

 だが、遅い。

 

 俺は銃を握る手を狙い、細い雷光を放った。

 

 青白い閃光。

 

 乾いた破裂音。

 

「ぎゃっ!?」

 

 男の腕が跳ね上がった。

 

 銃が手から離れる。

 

 俺は同時に地面を蹴った。

 

 一瞬で距離を詰める。

 

 リクの肩を掴み、自分の背後へ引き寄せた。

 

 そして、男の胸元へ掌底を叩き込む。

 

「がっ!」

 

 男が吹き飛んだ。

 

 壁に背中を打ちつけ、そのまま崩れ落ちる。

 

 動かなくなった。

 

 俺はすぐにリクを確認した。

 

「……怪我は?」

 

「……な、ない」

 

 少年の声が震えている。

 

 俺は安堵した。

 

「……よかった」

 

 その場に膝をつき、リクと目線を合わせる。

 

「怖かったな」

 

 リクは何も言わなかった。

 

 ただ、小さく頷いた。

 

 俺は少年の肩を軽く叩いた。

 

「……もう大丈夫だ」

 

 そう言った。

 

 だが。

 

 内心では、深く反省していた。

 

 この世界の人間は、俺が思っていた以上に容赦がない。

 

 戦闘能力で勝っていても、それだけでは守れないものがある。

 

 元の世界でも、何度も学んだはずだった。

 

 なのに。

 

 ……少し、油断していたな。

 

     ◇

 

 男たちを無力化した後、俺はしばらくその場で周囲を警戒していた。

 

 夜と月の女神の加護は、まだ働いている。

 

 近くに、明確な敵意を持つ人間の気配はない。

 

 少なくとも、すぐに襲ってくる者はいなさそうだった。

 

 俺は倒れている男たちを確認した。

 

 全員、生きている。

 

 最後の男も、意識を失っているだけだった。

 

 雷を使ったことで、多少の火傷は負わせてしまったかもしれない。

 

 だが、命に関わるような状態ではなさそうだ。

 

 ……もっとも、この世界の機械化された身体に雷がどう作用するかは、今後もう少し慎重に考える必要がある。

 

 俺は小さく息を吐いた。

 

「……さて」

 

 問題は、ここからだ。

 

 こいつらを倒しただけでは、何も解決していない。

 

 むしろ、状況は悪化した可能性がある。

 

 男たちには仲間がいる。

 

 組織もあるのだろう。

 

 その規模がどれほどなのか、俺には分からない。

 

 もしリクとミナが狙われ続けるなら、俺がここを離れた後に何が起こるか分からない。

 

「……リク」

 

「……何?」

 

「こいつら、どこの組織の人間なんだ?」

 

 リクは少し考えた。

 

「……詳しくは知らねえ。でも、この辺りで違法な取引をやってる連中だ」

 

「ギャングか?」

 

「……たぶん。大きな組織の下で動いてるって話も聞いたことがある」

 

 俺は眉をひそめた。

 

 厄介だ。

 

 小さな集団なら、まだ対処できる。

 

 だが、背後に大きな組織がいるとなると話は変わる。

 

 俺一人なら、逃げることもできる。

 

 しかし、リクとミナはそうはいかない。

 

 俺はしばらく考えた。

 

 そして、決めた。

 

「……まず、チップを返そう」

 

 リクが顔を上げる。

 

「……でも」

 

「大丈夫だ。俺が話をつける」

 

「……本当に?」

 

「少なくとも、何もしないよりはマシだろ」

 

 俺は苦笑した。

 

 リクは不安そうな顔をしていたが、やがて頷いた。

 

「……分かった」

 

 少年は懐から金属製のケースを取り出した。

 

 昼間、盗んだというデータチップが入ったものだ。

 

 俺はそれを受け取った。

 

 そして、倒れている男たちに視線を向ける。

 

 ……さて。

 

 どうしたものか。

 

     ◇

 

 数分後。

 

「……おい」

 

 俺は先頭の男の頬を軽く叩いた。

 

「起きろ」

 

「……ぐっ」

 

 男が呻いた。

 

 ゆっくりと目を開ける。

 

 俺の顔を見た瞬間、表情が強張った。

 

「……てめえ」

 

「目が覚めたか」

 

 俺は男の前にしゃがみ込んだ。

 

「……何のつもりだ」

 

「話の続きだよ」

 

 俺はそう言って、金属製のケースを見せた。

 

 男の目が細くなる。

 

「……それは」

 

「お前たちが探してた物だろ?」

 

「ああ……」

 

「返すよ」

 

 俺はケースを地面に置いた。

 

 男が怪訝そうな顔をする。

 

「……何?」

 

「元々、お前たちの物なんだろ?」

 

「……ああ」

 

「なら、持っていけ」

 

 俺は静かに告げた。

 

「ただし、条件がある」

 

 男の目が鋭くなった。

 

「……条件?」

 

「リクと、その妹には手を出すな」

 

 男は黙り込んだ。

 

 俺は続ける。

 

「今回の件は、これで終わりにしてほしい」

 

「……随分と勝手な話だな」

 

「そうかもしれない」

 

 俺は頷いた。

 

「でも、お前たちも十分暴れただろ?」

 

 男の顔が歪む。

 

 俺は静かに言った。

 

「これ以上続けても、誰も得しないと思うんだが」

 

 沈黙。

 

 男は俺を睨みつけていた。

 

 だが、その目には先ほどまでの余裕がなかった。

 

 代わりに、警戒と困惑が浮かんでいる。

 

 俺は少しだけ声を落とした。

 

「……それとも、まだやるか?」

 

 男は答えなかった。

 

 俺は腰の剣に手を添える。

 

 抜くつもりはない。

 

 だが、必要なら使う。

 

 その意思だけは伝えた。

 

 男はしばらく黙り込んでいた。

 

 そして。

 

「……分かった」

 

 低く呟いた。

 

「……今回の件は、これで終わりだ」

 

 俺は男を見つめた。

 

「本当だな?」

 

「ああ」

 

「リクたちには?」

 

「……手を出さねえ」

 

 俺は頷いた。

 

「なら、いい」

 

 男はケースを拾い上げた。

 

 それから、俺を見た。

 

「……一つ聞かせろ」

 

「何だ?」

 

「お前、本当に何者なんだ?」

 

 俺は少し考えた。

 

 そして、笑った。

 

「……ただの剣士だよ」

 

 男は呆れたように息を吐いた。

 

「……ふざけたガキだ」

 

 だが、その声には先ほどまでの敵意がなかった。

 

 男は仲間たちを起こし、ゆっくりと立ち上がった。

 

 そして、路地の奥へ消えていった。

 

 俺はその背中を見送った。

 

 ……これで、本当に終わってくれればいいんだが。

 

 正直、確信はなかった。

 

 男が約束を守る保証はない。

 

 それでも、今できることは限られている。

 

 俺は小さく息を吐いた。

 

     ◇

 

「……カイ」

 

 背後から声がした。

 

 振り返る。

 

 リクが、こちらを見つめていた。

 

「……何だ?」

 

「……あんた、すげえな」

 

 俺は首を傾げた。

 

「何が?」

 

「何がって……!」

 

 リクは言葉を探すように手を動かした。

 

「銃を持った奴らを、あっという間に倒して……しかも、最後は話までつけちまった」

 

「……まあ、運がよかっただけだ」

 

「運でできるかよ!」

 

 リクが叫んだ。

 

 俺は苦笑した。

 

 確かに、運だけではない。

 

 俺は長い間、戦ってきた。

 

 魔物。

 

 盗賊。

 

 魔族。

 

 邪神の眷属。

 

 そして、邪神そのもの。

 

 その経験が、今の俺を支えている。

 

 だが、この世界ではまだ分からないことばかりだ。

 

 今日の戦いでも、それを思い知らされた。

 

 銃。

 

 サイバーウェア。

 

 そして、人質。

 

 力があるだけでは、すべてを解決できない。

 

 むしろ、力があるからこそ、慎重にならなければならない。

 

「……リク」

 

「ん?」

 

「この街じゃ、こういうことはよくあるのか?」

 

 リクは少し考えた。

 

「……まあ、珍しくはないな」

 

「……そうか」

 

 俺は夜空を見上げた。

 

 巨大な建物の隙間。

 

 そこに、わずかな星が見えた。

 

 元の世界とは違う空。

 

 違う街。

 

 違う人々。

 

 だが。

 

 争いも、貧困も、苦しみも。

 

 どこへ行っても、なくならないらしい。

 

「……やれやれ」

 

 俺は小さく笑った。

 

「本当に、厄介な世界だな」

 

 リクが首を傾げる。

 

「……何か言った?」

 

「いや、何でもない」

 

 俺は首を振った。

 

「帰ろう。ミナが待ってる」

 

「……ああ!」

 

 リクが頷いた。

 

 俺たちは再び歩き始めた。

 

 ネオンの光が、濡れたアスファルトを照らしている。

 

 遠くでは、また銃声が響いていた。

 

 この街では、それが日常なのだろう。

 

 俺は腰の剣に手を添えた。

 

 神々から授かった力。

 

 長い旅で培った技術。

 

 そして、仲間たちと共に戦い抜いた経験。

 

 それらが、この世界でどこまで通用するのか。

 

 まだ分からない。

 

 だが。

 

 少なくとも、今日一つだけ学んだことがある。

 

 この街では、力がなければ守れないものがある。

 

 そして。

 

 力があっても、それだけでは守りきれないものがある。

 

「……覚えておこう」

 

 俺は静かに呟いた。

 

     ◇

 

 同じ頃。

 

 ナイトシティの一角。

 

 薄暗い事務所の中で、一人の男が通信端末を眺めていた。

 

 机の上には、いくつもの映像が表示されている。

 

 鎧を着た黒髪の少年。

 

 銃を持った男たち。

 

 そして、ほんの短い時間で終わった戦闘。

 

「……またこいつか」

 

 男は小さく呟いた。

 

 昼間にも、同じ少年の映像を見ていた。

 

 身元不明。

 

 登録情報なし。

 

 サイバーウェアの装着記録も見つからない。

 

 それなのに、異常な戦闘能力を持っている。

 

 男は映像を巻き戻した。

 

 金属製の腕を持つ男が、黒髪の少年へ突進する。

 

 少年はそれを受け流し、投げ飛ばす。

 

 さらに、別の男が人質を取る。

 

 そして。

 

 青白い閃光。

 

 男は映像を止めた。

 

「……何だ、これ」

 

 画面を拡大する。

 

 少年の指先から、何かが放たれている。

 

 電撃。

 

 そう見えた。

 

 だが、腕には武器らしきものがない。

 

 少なくとも、映像で確認できる範囲には。

 

「……サイバーウェアか?」

 

 男は呟いた。

 

 だが、それにしては妙だった。

 

 通常なら、何らかの駆動動作や装置の反応が見えるはずだ。

 

 しかし、この少年にはそれがない。

 

 男は椅子にもたれかかった。

 

「……面白え」

 

 口元が、ゆっくりと歪む。

 

 戦闘能力。

 

 判断力。

 

 そして、未知の技術。

 

 どれを取っても、ただのチンピラではない。

 

 むしろ、相当に優秀な戦闘要員だ。

 

「……使い道はありそうだな」

 

 男は通信端末を操作した。

 

 短いメッセージを入力する。

 

『例の少年について、引き続き調べろ』

 

 少し考え、もう一文を追加した。

 

『可能なら接触しろ。ただし、敵対するな』

 

 送信。

 

 男は画面を閉じた。

 

 そして、窓の外を見た。

 

 ナイトシティ。

 

 巨大企業と裏社会が入り乱れる、欲望の街。

 

 ここでは、金と力がすべてを動かす。

 

 そして、力のある人間には、必ず誰かが目をつける。

 

「……さて、坊主」

 

 男は小さく笑った。

 

「お前は、この街で何を望む?」

 

 窓の外では、ネオンが瞬いていた。

 

 その光は、まるで新たな獲物を待つ獣の目のようだった。

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