神々の剣士は電脳都市で生きる   作:アイエオ

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第七話 フィクサーからの招待状

神々の剣士、ナイトシティで初めての仕事を知る

 ナイトシティでは、何もかもに値段がつく。

 

 食事。

 

 住居。

 

 医療。

 

 情報。

 

 そして、人間の命にさえ。

 

 そんな話を聞いたのは、この世界に来てからまだ二日目のことだった。

 

 もっとも、その言葉の意味を本当に理解するまでには、もう少し時間が必要だったのだが。

 

     ◇

 

「……仕事、ね」

 

 俺は目の前の男を見つめた。

 

 灰色のジャケット。

 

 整えられた短い髪。

 

 左目には、薄い青色の光を宿した人工眼球。

 

 年齢は三十代半ばほどだろうか。

 

 見た目だけなら、どこにでもいそうな会社員だ。

 

 だが、身のこなしが違う。

 

 周囲への視線の配り方。

 

 椅子に腰を下ろす際の重心移動。

 

 そして、常に右手を自由にしていること。

 

 少なくとも、荒事に慣れている人間なのは間違いなかった。

 

「そう。仕事だ」

 

 男は微笑んだ。

 

「君のような人材を探している人間がいてね」

 

「……その人間ってのは?」

 

「それを話す前に、いくつか確認させてほしい」

 

 俺は眉をひそめた。

 

「質問に答える義務はないと思うが」

 

「もちろん。答えたくなければ答えなくていい」

 

 男はあっさりと頷いた。

 

 ……妙に物分かりがいいな。

 

 俺は少し警戒を強めた。

 

 男はそんな俺を見て、小さく笑う。

 

「そんなに身構えなくてもいい。少なくとも、ここで君を襲うつもりはないよ」

 

「……そうか」

 

 俺は頷いた。

 

 だが、警戒は解かなかった。

 

 昼間の食堂。

 

 周囲には何人もの客がいる。

 

 ここで騒ぎを起こせば、無関係な人間を巻き込む可能性がある。

 

 それは避けたい。

 

 男も、そのことを理解しているのだろう。

 

 わざわざ人目のある場所で接触してきたのは、敵意がないことを示すためかもしれない。

 

「……それで、何を聞きたい?」

 

 俺が尋ねると、男は少しだけ姿勢を正した。

 

「まず、君の名前を確認したい」

 

「カイだ」

 

「姓は?」

 

「……カイでいい」

 

 男は一瞬だけ目を細めた。

 

 だが、追及はしてこなかった。

 

「分かった。カイ。それじゃ、次の質問だ」

 

 男はテーブルの上に小さな端末を置いた。

 

 画面には、昨夜の戦闘映像が映し出されている。

 

 四人の武装した男。

 

 そして、彼らを相手に戦う俺。

 

「この映像について、説明してもらえるかな?」

 

「……何を?」

 

「君の戦い方だよ」

 

 男は画面を指差した。

 

「銃を持った相手に、ほとんど素手で勝っている。しかも、相手を殺していない」

 

「……それが?」

 

「普通じゃない」

 

 男は即答した。

 

「ナイトシティには腕の立つソロが大勢いる。だが、君のような戦い方をする人間は珍しい」

 

 俺は少し考えた。

 

 確かに、そうかもしれない。

 

 この世界では、銃器やサイバーウェアが戦闘の中心になっている。

 

 それに対して、俺が使っているのは剣術と体術だ。

 

 もちろん、元の世界でも弓や魔法による遠距離攻撃は存在した。

 

 だが、銃はそれらとは性質が違う。

 

 弾丸は速い。

 

 射程も長い。

 

 何より、扱うために特別な魔力や才能が必要ない。

 

 訓練を受けた兵士ならともかく、街のチンピラですら簡単に人を殺せる武器を持っている。

 

 ……恐ろしい世界だ。

 

「……昔から鍛えていただけだよ」

 

 俺はそう答えた。

 

 男が笑った。

 

「昔から、ね。君、まだ十代だろう?」

 

「十六歳だ」

 

「……十六?」

 

 男の笑みが、わずかに固まった。

 

 隣に座っていたリクが口を挟む。

 

「俺も最初は驚いたぜ。こんなに強いのに、カイって十六なんだよ」

 

「……リク」

 

「何だよ。本当のことだろ?」

 

 俺はため息をついた。

 

 男はしばらく俺を見つめていた。

 

 そして、小さく呟く。

 

「……ますます興味深いな」

 

 ……何だか嫌な予感がする。

 

     ◇

 

「自己紹介が遅れたね」

 

 男はそう言って、胸元から薄いカードを取り出した。

 

「私はエリオット。仕事ではエリックと呼ばれることもあるが、好きな方で呼んでくれ」

 

「……エリオット」

 

「ああ」

 

 男は頷いた。

 

「情報の収集や、人と人を繋ぐ仕事をしている」

 

「……仲介人か?」

 

「そんなところだ」

 

 俺はカードを受け取った。

 

 そこには、名前と連絡先らしき情報が記載されている。

 

 だが、俺にはまだこの世界の通信機器がない。

 

 どうやって連絡するのかも分からなかった。

 

「……一つ聞いていいか?」

 

「何かな?」

 

「フィクサーって知ってるか?」

 

 その言葉を口にした瞬間。

 

 エリオットの目が、わずかに変わった。

 

「……もちろん」

 

 男は微笑んだ。

 

「ナイトシティで仕事を探すなら、避けて通れない存在だ」

 

「そうなのか」

 

「ああ。依頼人と傭兵を繋ぎ、報酬や条件を取り決める。そういう仕事をしている人間たちだよ」

 

 俺は頷いた。

 

 リクから聞いた話と一致する。

 

「……お前もフィクサーなのか?」

 

 エリオットは首を横に振った。

 

「いや。私は、その下で動いている人間だ」

 

「……なるほど」

 

「今回も、あるフィクサーの代理で君に会いに来た」

 

 俺は少しだけ姿勢を正した。

 

 どうやら、ようやく本題に入るらしい。

 

「……そのフィクサーは、俺に何をさせたいんだ?」

 

 エリオットは端末を操作した。

 

 画面が切り替わる。

 

 そこには、古びた倉庫の写真が映し出されていた。

 

 外壁は錆びつき、窓の一部は割れている。

 

 周囲には、コンテナや廃車が積み上げられていた。

 

「……これは?」

 

「倉庫だよ」

 

「それは見れば分かる」

 

 俺が答えると、エリオットは小さく笑った。

 

「失礼。では、説明しよう」

 

 男は画面を拡大した。

 

 倉庫の周辺には、数人の武装した人間が写っている。

 

「この倉庫には、ある人物の所有物が保管されている」

 

「……所有物?」

 

「ああ。正確には、盗まれた品物だ」

 

 俺は眉をひそめた。

 

「盗まれた?」

 

「そう。依頼人は、それを取り戻したがっている」

 

 なるほど。

 

 奪われた物を取り返す仕事か。

 

 元の世界でも、似たような依頼は何度も受けた。

 

 盗賊に奪われた荷物。

 

 魔物に持ち去られた宝物。

 

 時には、人質の救出。

 

 そういう仕事なら、経験はある。

 

「……何を取り戻すんだ?」

 

「小型のデータストレージだ」

 

「……データストレージ?」

 

「情報を保存する装置だよ」

 

 俺は頷いた。

 

 前世で言うところの、記録媒体のようなものだろう。

 

「……中身は?」

 

 エリオットは肩をすくめた。

 

「依頼人の機密情報だそうだ」

 

「……具体的には?」

 

「それは教えられない」

 

 即答だった。

 

 俺は目を細めた。

 

「……知らないのか?」

 

「知る必要がない、と言った方が正しいかな」

 

 なるほど。

 

 どうやら、この街の仕事にはそういうものが多いらしい。

 

 依頼人が何を隠しているのか。

 

 その情報が何に使われるのか。

 

 そういったことを知らずに、依頼だけをこなす。

 

 ……少し、気に入らないな。

 

「……悪いが」

 

 俺は静かに言った。

 

「中身も分からない物を、いきなり取り返せと言われても困る」

 

 エリオットが眉を上げた。

 

「……ほう?」

 

「例えば、その情報が誰かを傷つけるためのものだったらどうする?」

 

「……」

 

「それを知らずに手伝うのは、俺の性に合わない」

 

 エリオットはしばらく黙っていた。

 

 そして、微笑んだ。

 

「……なるほど」

 

 男は端末を閉じた。

 

「君は、少し変わっているね」

 

「……よく言われる」

 

 俺は肩をすくめた。

 

 リクが隣で頷いている。

 

 ……おい。

 

 そこは否定してくれてもいいんじゃないか?

 

     ◇

 

「では、別の話をしよう」

 

 エリオットは姿勢を正した。

 

「君は、この街で仕事を探しているんだね?」

 

「ああ」

 

「目的は?」

 

「生活費を稼ぐことだ」

 

「……それだけ?」

 

「今のところはな」

 

 俺は答えた。

 

 もちろん、本当の目的は別にある。

 

 元の世界へ帰る方法を探すこと。

 

 セレーネたちと再会すること。

 

 だが、それを初対面の相手に話すつもりはなかった。

 

 そもそも、信じてもらえるとは思えない。

 

 エリオットは少し考えた。

 

「……君には、身分証があるかい?」

 

「ない」

 

「銀行口座は?」

 

「ない」

 

「通信インプラントは?」

 

「……それもない」

 

 エリオットは目を瞬かせた。

 

 そして、ゆっくりと息を吐いた。

 

「……本当に?」

 

「ああ」

 

「……君、どうやって生活しているんだ?」

 

「昨日、この街に来たばかりだからな」

 

 男の表情が固まった。

 

「……昨日?」

 

「そうだ」

 

「……どこから?」

 

「遠いところだ」

 

 俺は答えた。

 

 エリオットは額に手を当てた。

 

「……なるほど」

 

 その声には、何とも言えない響きがあった。

 

「……君は、私が思っていた以上に厄介な人材らしい」

 

「……褒めてるのか?」

 

「半分くらいは」

 

 俺は苦笑した。

 

 エリオットは端末を操作しながら言った。

 

「普通、ナイトシティで傭兵として働くには、最低限の準備が必要だ」

 

「……例えば?」

 

「通信手段。報酬を受け取る方法。身元を保証してくれる人間。それから、ある程度の装備」

 

 俺は頷いた。

 

 確かに、どれも必要そうだ。

 

「……銃も必要か?」

 

 俺が尋ねると、エリオットは少し考えた。

 

「必須ではない。だが、持っていた方がいい」

 

「……なるほど」

 

「君は近接戦闘が得意なようだが、ナイトシティでは銃を使う相手が圧倒的に多い」

 

 俺は頷いた。

 

 それは、すでに実感している。

 

 昨日から何度も銃を向けられているのだ。

 

「……まあ、考えておくよ」

 

 俺がそう言うと、エリオットは苦笑した。

 

「君は本当に変わっているね」

 

 ……またか。

 

 どうやら、この街では俺のような人間は珍しいらしい。

 

     ◇

 

「……それで、カイ」

 

 エリオットが再び口を開いた。

 

「君に一つ提案がある」

 

「……何だ?」

 

「最初から危険な仕事を任せるのは、こちらとしても不安がある」

 

 俺は頷いた。

 

 それは理解できる。

 

 向こうからすれば、俺は身元不明の少年だ。

 

 どれほど戦闘能力が高くても、信用できるかどうかは別問題だろう。

 

「だから、まずは簡単な仕事を一つやってもらいたい」

 

「……簡単な仕事?」

 

「ああ」

 

 エリオットは端末を操作した。

 

 画面に、新しい写真が表示される。

 

 そこには、一台の車が映っていた。

 

 黒い車体。

 

 頑丈そうな外装。

 

 そして、いくつかの傷。

 

「……車?」

 

「そう。依頼内容は、この車の護衛だ」

 

 俺は眉をひそめた。

 

「……護衛?」

 

「ああ。ある荷物を運ぶ車両に同行して、目的地まで無事に届ける。それだけだ」

 

「……荷物の中身は?」

 

「医療用品だよ」

 

 俺は少しだけ目を細めた。

 

「……本当か?」

 

 エリオットは苦笑した。

 

「疑り深いね」

 

「昨日から色々あったからな」

 

「……それもそうか」

 

 男は頷いた。

 

「中身は医療用の消耗品と、簡単な治療器具だ。違法な薬物や武器ではない」

 

「……確認してもいいか?」

 

 俺が尋ねると、エリオットは少し驚いた顔をした。

 

 だが、すぐに頷いた。

 

「もちろん。依頼を受けるなら、出発前に確認してもらって構わない」

 

 俺は少し考えた。

 

 医療用品の運搬。

 

 それなら、誰かの役に立つ仕事だ。

 

 少なくとも、現時点では問題なさそうだった。

 

「……報酬は?」

 

 俺が尋ねると、エリオットは微笑んだ。

 

「千五百エディー」

 

 俺は一瞬、黙り込んだ。

 

 千五百。

 

 昨日の食事代や買い物の金額を考えると、決して少なくない額だ。

 

 だが、相場が分からない。

 

 高いのか。

 

 安いのか。

 

 それとも、危険に見合っていないのか。

 

 判断できなかった。

 

「……リク」

 

 俺は隣の少年に声をかけた。

 

「ん?」

 

「千五百エディーって、どう思う?」

 

 リクが目を丸くした。

 

「……は?」

 

「高いのか、安いのか分からなくてな」

 

 リクはしばらく俺を見つめていた。

 

 そして、額に手を当てる。

 

「……カイ、あんた本当に金の感覚がないんだな」

 

「昨日来たばかりだからな」

 

「……それ、便利な言い訳だな」

 

 リクはため息をついた。

 

 そして、小さな声で言う。

 

「……悪くねえと思う。でも、危険な仕事なら話は別だ」

 

 俺は頷いた。

 

 確かに、その通りだ。

 

「……襲撃される可能性は?」

 

 俺が尋ねると、エリオットは少しだけ真剣な顔になった。

 

「ゼロではない」

 

「……具体的には?」

 

「最近、そのルートで小規模な強盗が発生している」

 

 俺は眉をひそめた。

 

「……それで護衛が必要なのか」

 

「ああ」

 

 エリオットは頷いた。

 

「ただし、依頼人は大規模な襲撃を想定していない。あくまで、万が一に備えた護衛だ」

 

 俺は少し考えた。

 

 ……なるほど。

 

 完全に安全な仕事ではない。

 

 だが、戦闘になる可能性があるなら、俺の能力を活かせる。

 

 それに、報酬も悪くなさそうだ。

 

「……一つ条件がある」

 

 俺は静かに言った。

 

 エリオットが眉を上げる。

 

「……何かな?」

 

「荷物の中身を確認させてもらうこと。それから、依頼人が誰なのか、最低限の情報を教えてほしい」

 

 男は少し考えた。

 

 そして、頷いた。

 

「……分かった」

 

「それと」

 

「まだあるのかい?」

 

「依頼を受ける前に、報酬の支払い方法を決めておきたい」

 

 エリオットは笑った。

 

「……君、意外としっかりしているね」

 

「金のことで揉めるのは面倒だからな」

 

 俺は肩をすくめた。

 

 元の世界でも、報酬の未払いは何度か経験した。

 

 そのたびに、面倒な交渉をする羽目になったものだ。

 

 だからこそ、最初に条件を確認する重要性は理解している。

 

「……分かった。報酬は現金で支払おう」

 

「助かる」

 

 俺は頷いた。

 

 エリオットは端末を操作し、いくつかの情報を表示した。

 

「出発は明日の午前。集合場所はここだ」

 

 画面に、地図が表示される。

 

 俺はそれを眺めた。

 

 ……当然だが、まったく分からない。

 

「……リク」

 

「……何だよ」

 

「ここ、どこだ?」

 

 リクは大きくため息をついた。

 

「……分かったよ。後で案内してやる」

 

 俺は笑った。

 

「頼りにしてる」

 

「……ったく」

 

 リクは呆れたように言った。

 

 だが、その口元には小さな笑みが浮かんでいた。

 

     ◇

 

 話し合いを終えた後、エリオットは席を立った。

 

「では、明日の朝に」

 

「ああ」

 

 俺は頷いた。

 

 男は一度だけ振り返る。

 

「……カイ」

 

「ん?」

 

「一つだけ忠告しておこう」

 

 その声は、先ほどまでとは違っていた。

 

 軽い調子が消え、真剣な響きが混じっている。

 

「ナイトシティでは、強いだけでは生き残れない」

 

 俺は黙って聞いていた。

 

「誰を信用するか。誰と敵対するか。どんな仕事を受けるか」

 

 エリオットは続けた。

 

「それを間違えれば、どれほど腕が立っても簡単に死ぬ」

 

 俺は静かに頷いた。

 

「……覚えておくよ」

 

 男は微笑んだ。

 

「それならいい」

 

 そして、店を出ていった。

 

 俺はその背中を見送った。

 

 ……どうやら、悪い人間ではなさそうだ。

 

 少なくとも、今のところは。

 

 だが、完全に信用するには早い。

 

 俺は小さく息を吐いた。

 

「……さて」

 

 リクがこちらを見る。

 

「……どうするんだ?」

 

「何が?」

 

「明日の仕事だよ」

 

 俺は少し考えた。

 

 そして、笑った。

 

「……やってみるさ」

 

 リクが目を丸くした。

 

「……本当に?」

 

「ああ」

 

 俺は頷いた。

 

「この街で生きていくには、金が必要なんだろ?」

 

「……まあ、そうだけど」

 

「だったら、働くしかない」

 

 俺は肩をすくめた。

 

 元の世界でも、冒険者として依頼を受けていた。

 

 魔物退治。

 

 護衛。

 

 探索。

 

 物資の運搬。

 

 仕事の内容はさまざまだった。

 

 この世界でも、基本的には同じことだ。

 

 違うのは、相手が魔物ではなく、銃やサイバーウェアを持った人間だということ。

 

 そして、報酬が金貨ではなく、エディーだということ。

 

「……まあ、何とかなるだろ」

 

 俺がそう言うと、リクは呆れた顔をした。

 

「……カイって、ほんと変な奴だな」

 

「……それ、もう聞き飽きたぞ」

 

 俺たちは笑った。

 

 窓の外では、巨大な広告が光を放っている。

 

 ナイトシティ。

 

 欲望と暴力が渦巻く街。

 

 その片隅で、俺は初めての仕事を手に入れようとしていた。

 

     ◇

 

 同じ頃。

 

 ナイトシティの一角。

 

 薄暗い事務所の中で、一人の男が通信端末を眺めていた。

 

 画面には、短い報告が表示されている。

 

『対象、護衛任務を受諾』

 

 男は小さく笑った。

 

「……そうか」

 

 机の上には、昨日の戦闘映像が並んでいる。

 

 黒髪の少年。

 

 異常な身体能力。

 

 未知の電撃。

 

 そして、サイバーウェアの装着記録なし。

 

 男は椅子にもたれかかった。

 

「……さて、カイ」

 

 その声には、明らかな興味が込められていた。

 

「お前が本当に使える人間なのか、見せてもらおうじゃねえか」

 

 男は端末を操作した。

 

 新しい画面が開く。

 

 そこには、翌日の護衛任務に関する情報が表示されていた。

 

 輸送ルート。

 

 依頼人。

 

 積み荷。

 

 そして、最近その周辺で発生している強盗事件。

 

 男はそれらを眺めながら、小さく笑った。

 

「……まあ、普通のソロなら問題ない仕事だ」

 

 少し間を置く。

 

「ただし、この街じゃ何が起こるか分からねえ」

 

 男は通信端末を閉じた。

 

 そして、窓の外を見た。

 

 ナイトシティ。

 

 無数の光が、夜の闇を照らしている。

 

 その中で、一人の少年が新たな一歩を踏み出そうとしていた。

 

 神々から授かった力を持つ、異世界の剣士。

 

 その存在が、この街にどのような変化をもたらすのか。

 

 まだ、誰も知らない。

 

 もちろん。

 

 少年自身も。

 

     ◇

 

 その夜。

 

 俺はリクとミナの部屋に戻り、明日の準備を整えていた。

 

 新しく買った服。

 

 長剣を入れるケース。

 

 必要最低限の現金。

 

 そして、護衛任務の集合場所を書き留めた紙。

 

 この世界の通信機器を持っていないため、情報は紙に記録している。

 

 リクには少し笑われたが、仕方ない。

 

 使い方を知らない機械に頼るより、確実な方法を選んだ方がいい。

 

「……カイお兄ちゃん」

 

 背後から声がした。

 

 振り返る。

 

 ミナが寝台の上からこちらを見ていた。

 

「……どうした?」

 

「明日、お仕事に行くの?」

 

「ああ」

 

 俺は頷いた。

 

「少し遠くまで行ってくる」

 

「……危なくない?」

 

 少女が心配そうに尋ねる。

 

 俺は少し考えた。

 

 危険がないとは言えない。

 

 だが、不安にさせる必要もない。

 

「……気をつけるよ」

 

 俺はそう答えた。

 

 ミナはしばらく俺を見つめていた。

 

 そして、小さく頷いた。

 

「……うん」

 

 俺は微笑んだ。

 

「それより、身体の具合はどうだ?」

 

「……だいぶ楽になった」

 

「そうか」

 

 俺は安堵した。

 

 昼と太陽の神から授かった奇跡は、確かに効果を発揮している。

 

 だが、病気の原因が完全に取り除かれたかどうかは、まだ分からない。

 

 今後も様子を見る必要がある。

 

「……無理はするなよ」

 

「うん」

 

 ミナが頷いた。

 

 俺は少女の頭を軽く撫でた。

 

 すると、ミナは少し嬉しそうに笑った。

 

「……カイお兄ちゃん」

 

「ん?」

 

「……ありがとう」

 

 俺は一瞬、言葉に詰まった。

 

 そして、笑った。

 

「……どういたしまして」

 

 その言葉を聞いて、ミナは安心したように目を閉じた。

 

 俺はしばらく、その寝顔を見つめていた。

 

 ……守れるものは、守りたい。

 

 元の世界でも、そう思って戦ってきた。

 

 この世界でも、その気持ちは変わらない。

 

 たとえ、どれほど危険な街であっても。

 

 たとえ、神々の声が届かなくても。

 

 俺は、俺のやり方で生きていく。

 

「……さて」

 

 俺は小さく息を吐いた。

 

 明日は、初めての仕事だ。

 

 どんな相手が待っているのか。

 

 何が起こるのか。

 

 まだ分からない。

 

 だが。

 

「……やるだけやってみるか」

 

 俺は静かに呟いた。

 

 そして、胸元の護符に触れた。

 

 セレーネ。

 

 いつか、必ず会いに行く。

 

 そのためにも。

 

 まずは、この街で生き延びなければならない。

 

 窓の外では、ネオンの光が瞬いていた。

 

 神々の剣士がナイトシティで迎える、二度目の夜。

 

 その翌日。

 

 彼は初めて、フィクサーの依頼を受けることになる。

 

 そして、その仕事を通じて。

 

 この街が持つ、もう一つの顔を知ることになるのだった。

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