神々の剣士は電脳都市で生きる   作:アイエオ

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第八話 初仕事

神々の剣士、ナイトシティの傭兵となる

 朝のナイトシティは、夜とは違った意味で騒がしい。

 

 高層ビルの間を飛行車両が横切り、道路には無数の自動車が列を作っている。

 

 建物の壁面を覆う巨大な広告には、見知らぬ企業の名前が次々と映し出されていた。

 

 ミリテク。

 

 バイオテクニカ。

 

 カンタオ。

 

 そして、アラサカ。

 

 前世の記憶に残っている名前ばかりだ。

 

 それらを眺めながら、俺は改めて実感していた。

 

 ここは本当に、あの『サイバーパンク2077』の世界なのだと。

 

 ただし、ゲームの舞台となった2077年ではない。

 

 現在は2072年。

 

 ゲーム本編より五年前のナイトシティだ。

 

 昨日、リクに見せてもらった端末で日付を確認したときには、さすがに驚いた。

 

 前世で遊んだゲームの世界。

 

 その歴史の途中に、自分が立っている。

 

 不思議な感覚だった。

 

 だが、今の俺には感慨に浸っている余裕はない。

 

 何しろ、今日は初めての仕事なのだから。

 

「……よし」

 

 俺は背負ったケースの位置を直した。

 

 中に収めているのは、鍛冶と炎の神が鍛えた長剣。

 

 昨日購入した大型のケースに入れてあるため、外からは剣だと分からない。

 

 服装も変えた。

 

 暗い灰色のフード付きジャケット。

 

 丈夫な黒いズボン。

 

 足首を保護するブーツ。

 

 魔獣皮の鎧は、今はジャケットの下に収まる範囲の軽い防具だけを残している。

 

 全身鎧を着込むより防御力は落ちるが、目立たないことも重要だ。

 

 もっとも、武器を背負っている時点で完全に普通の人間というわけではない。

 

 それでも、昨日までよりは随分とマシだろう。

 

「カイ!」

 

 背後から声がした。

 

 振り返ると、リクが駆け寄ってきた。

 

「……忘れ物!」

 

 少年が差し出したのは、小さな紙袋だった。

 

「何だ、これ?」

 

「朝飯。ミナが持ってけって」

 

 袋を開ける。

 

 中には、簡単なサンドイッチが二つ入っていた。

 

「……わざわざ作ってくれたのか」

 

「まあな。まだ本調子じゃねえから、俺も手伝ったけど」

 

 リクは少し照れくさそうに鼻を擦った。

 

 俺は思わず笑った。

 

「ありがとう。二人にも礼を言っておいてくれ」

 

「おう」

 

 リクは頷いた。

 

 そして、少し真剣な顔になる。

 

「……なあ、カイ」

 

「ん?」

 

「無茶すんなよ」

 

 俺は目を瞬かせた。

 

「……お前までそんなこと言うのか」

 

「お前まで?」

 

「いや、何でもない」

 

 俺は苦笑した。

 

 セレーネも、よく同じことを言っていた。

 

 どうやら俺は、どこの世界でも心配される性分らしい。

 

「気をつけるよ」

 

「……絶対だぞ」

 

「ああ」

 

 俺は頷いた。

 

 そして、リクに手を振った。

 

「じゃあ、行ってくる」

 

「おう! ちゃんと帰ってこいよ!」

 

 その言葉に、俺はもう一度頷いた。

 

 帰る場所がある。

 

 それだけで、随分と気持ちが違うものだ。

 

     ◇

 

 集合場所は、ワトソン地区の外れにある小さな物流施設だった。

 

 周囲には倉庫や工場が立ち並び、道路には大型の輸送車両が行き交っている。

 

 昨日エリオットから渡された地図を頼りに、俺は目的地へ向かった。

 

 途中で何度か道を間違えたものの、予定より少し早く到着することができた。

 

「……ここか」

 

 目の前には、金属製のフェンスに囲まれた倉庫があった。

 

 入口には監視カメラ。

 

 その隣には、武装した警備員が二人。

 

 俺が近づくと、一人がこちらを見た。

 

「おい、坊主。何の用だ?」

 

「護衛の仕事で来た。エリオットという男から紹介されたんだが」

 

 警備員は俺をじろじろと眺めた。

 

「……お前が?」

 

「ああ」

 

「……名前は?」

 

「カイ」

 

 男は手元の端末を操作した。

 

 数秒後。

 

「……ああ、聞いてる」

 

 警備員は頷いた。

 

 だが、その顔には疑問が浮かんでいる。

 

「……お前、本当に護衛なのか?」

 

「そのつもりだが」

 

「……十代だろ?」

 

「十六だ」

 

「……マジかよ」

 

 男は呆れたように息を吐いた。

 

 ……またこの反応か。

 

 どうやら、この世界では十六歳で戦う人間は珍しいらしい。

 

 いや、普通に考えれば当然か。

 

 元の世界でも、十六歳の戦士は決して多くなかった。

 

 俺の場合、神々の加護や旅の経験があったからこそ、ここまで戦えているのだ。

 

「……まあいい。入れ」

 

 警備員が門を開いた。

 

「奥にいる責任者に話を聞け」

 

「分かった。ありがとう」

 

 俺は礼を言い、敷地内へ入った。

 

     ◇

 

 倉庫の前には、黒い輸送車両が停まっていた。

 

 昨日、エリオットが見せてくれた写真と同じ車だ。

 

 車体は頑丈そうな装甲で覆われている。

 

 窓は小さく、タイヤも分厚い。

 

 元の世界で使われていた馬車とは、まるで違う。

 

 当然だが。

 

「……すごいな」

 

 俺は思わず呟いた。

 

 これほど大きな鉄の塊が、馬もなしに走るのだ。

 

 前世で自動車を見慣れていたとはいえ、改めて考えると不思議なものだった。

 

「……おい」

 

 背後から声がした。

 

 振り返る。

 

 そこには、大柄な男が立っていた。

 

 年齢は四十代半ばほど。

 

 短く刈り込まれた髪。

 

 右目には、赤い光を宿した人工眼球。

 

 左腕は肩から先が金属製だった。

 

 そして、腰には拳銃。

 

 背中には大型の銃を背負っている。

 

「お前が、エリオットの紹介した護衛か?」

 

「ああ。カイだ」

 

 俺が答えると、男は眉をひそめた。

 

「……冗談だろ」

 

「……何が?」

 

「ガキじゃねえか」

 

 俺は小さくため息をついた。

 

 今日だけで、何度目だろう。

 

「……十六歳だ」

 

「十分ガキだろうが」

 

 男は呆れたように言った。

 

 だが、すぐに真剣な顔になる。

 

「……まあ、エリオットが推薦したなら、それなりの理由があるんだろう」

 

 男は右手を差し出した。

 

「俺はマーカス。今回の輸送の責任者だ」

 

「よろしく」

 

 俺は握手を返した。

 

 金属製の腕ではない方の手だったが、握力はかなり強い。

 

 鍛えられた人間の手だ。

 

「……お前、何ができる?」

 

 マーカスが尋ねた。

 

「剣術と体術が得意だ」

 

「……剣?」

 

「ああ」

 

 俺は背負ったケースを軽く叩いた。

 

 マーカスは数秒ほど黙った。

 

 そして。

 

「……エリオットの野郎、何考えてやがる」

 

 額に手を当てた。

 

 ……失礼な。

 

 剣だって、立派な武器だと思うんだが。

 

 もっとも、銃社会では珍しいのだろう。

 

「……銃は使えるか?」

 

「基本的な仕組みは知っているが、実戦で使ったことはない」

 

 正直に答える。

 

 マーカスは大きく息を吐いた。

 

「……勘弁してくれよ」

 

 だが、俺は続けた。

 

「ただし、銃を持った相手との戦闘経験はある」

 

「……ほう?」

 

「昨日も何人か倒した」

 

 マーカスの表情が変わった。

 

「……昨日?」

 

「ああ」

 

「……もしかして、路地裏で四人の武装した連中を叩きのめしたっていう……」

 

「……それなら、多分俺だな」

 

 マーカスはしばらく俺を見つめた。

 

 そして、低く笑った。

 

「……なるほど」

 

 男は頷いた。

 

「エリオットが推薦した理由が、少し分かった気がするぜ」

 

     ◇

 

 輸送の準備が整うまで、俺は倉庫内で待機することになった。

 

 その間に、依頼内容の最終確認を行う。

 

 今回の仕事は、医療用品を積んだ車両を目的地まで護衛すること。

 

 報酬は千五百エディー。

 

 支払いは任務完了後、現金で。

 

 そして、荷物の中身を確認する権利も認められている。

 

「……これが積み荷だ」

 

 マーカスが金属製のコンテナを指差した。

 

 中には、さまざまな医療用品が詰め込まれている。

 

 包帯。

 

 消毒用品。

 

 医療用の注射器。

 

 簡易診断機器。

 

 そして、密閉された薬品ケース。

 

 俺は一つずつ確認した。

 

 もちろん、この世界の医療技術を完全に理解しているわけではない。

 

 だが、少なくとも武器や違法薬物のようなものは見当たらなかった。

 

「……これ、どこへ運ぶんだ?」

 

 俺が尋ねると、マーカスは端末を操作した。

 

「サントドミンゴの外れにある診療所だ」

 

「……診療所?」

 

「ああ。企業の大病院じゃない。小さな民間の診療所だ」

 

 俺は頷いた。

 

 なるほど。

 

 医療用品を必要としている人間がいるのか。

 

「……どうして護衛が必要なんだ?」

 

 マーカスは苦笑した。

 

「最近、この辺りの輸送車が何度か襲われててな」

 

「……強盗か」

 

「ああ。医療用品は高く売れる。特に、企業の管理が行き届いていない地区じゃな」

 

 俺は眉をひそめた。

 

 薬や治療器具を奪う。

 

 それによって、困る人間がいる。

 

 ……どこの世界にも、そういう連中はいるらしい。

 

「……分かった」

 

 俺は頷いた。

 

「目的地まで、しっかり守るよ」

 

 マーカスは俺を見た。

 

 そして、笑った。

 

「……頼むぜ、坊主」

 

     ◇

 

 輸送車両には、俺を含めて四人が乗り込んだ。

 

 運転手。

 

 マーカス。

 

 もう一人の護衛。

 

 そして、俺。

 

 もう一人の護衛は、レナという女性だった。

 

 年齢は二十代後半ほど。

 

 短い赤茶色の髪。

 

 左腕には、いくつかのサイバーウェアが組み込まれている。

 

 腰には拳銃。

 

 そして、背中には短い自動小銃を背負っていた。

 

「……あんたが新入り?」

 

 レナが俺を見た。

 

「ああ。カイだ」

 

「……十六歳?」

 

「……そうだ」

 

 俺は少し疲れた声で答えた。

 

 レナは笑った。

 

「ははっ! 若いねえ!」

 

「……よく言われる」

 

「まあ、よろしく」

 

 彼女は右手を差し出した。

 

 俺は握手を返した。

 

「よろしく」

 

 レナは俺の背負ったケースを見た。

 

「……それ、何?」

 

「剣だ」

 

「……剣?」

 

 彼女の目が丸くなる。

 

 そして。

 

「……あはははっ!」

 

 突然、笑い出した。

 

「マジで!? この時代に剣!?」

 

「……そんなに変か?」

 

「いや、変っていうか……!」

 

 レナは笑いながら首を振った。

 

「……あんた、面白いね!」

 

 俺は苦笑した。

 

 どうやら、剣を使う人間は相当に珍しいらしい。

 

 もっとも、元の世界では剣士など珍しくもなかったのだが。

 

 ……世界が違えば、常識も違うということか。

 

     ◇

 

 輸送車両が走り始めた。

 

 エンジンの低い振動。

 

 車体を伝わる細かな揺れ。

 

 窓の外を流れていく街並み。

 

 俺は座席に腰を下ろし、周囲を眺めていた。

 

 高層ビル。

 

 巨大な広告。

 

 無数の車。

 

 そして、道路の端に座り込むホームレスらしき人々。

 

 豊かさと貧しさが、同じ場所に存在している。

 

 ナイトシティ。

 

 この街の姿を、俺は少しずつ理解し始めていた。

 

「……なあ、カイ」

 

 隣に座っていたレナが声をかけてきた。

 

「ん?」

 

「あんた、どこで戦い方を覚えたの?」

 

「……昔、旅をしていたときに」

 

「旅?」

 

「ああ」

 

 俺は頷いた。

 

「いろんな場所を回って、いろんな相手と戦った」

 

 レナは興味深そうに俺を見た。

 

「……へえ」

 

「魔……いや、危険な獣とか、盗賊とか」

 

 危うく魔物と言いかけた。

 

 この世界では、魔物という存在は一般的ではないはずだ。

 

 少なくとも、俺が知る限りでは。

 

「……獣?」

 

 レナが首を傾げる。

 

「ああ」

 

「……バッドランズでも旅してたの?」

 

「……まあ、そんなところだ」

 

 俺は曖昧に答えた。

 

 バッドランズ。

 

 前世の記憶では、ナイトシティの外に広がる荒野地帯だったはずだ。

 

 詳しい地理はまだ分からないが、旅をしていたという説明には都合がよさそうだった。

 

「……なるほどね」

 

 レナは頷いた。

 

「それなら、剣を使うのも分からなくはないか」

 

 ……本当か?

 

 俺は少し疑問に思ったが、口には出さなかった。

 

 どうやら、彼女は勝手に納得してくれたらしい。

 

 ありがたいことだ。

 

     ◇

 

 出発からしばらく。

 

 車両は比較的大きな道路を進んでいた。

 

 周囲には、倉庫や工場が立ち並んでいる。

 

 高層ビルは少なくなり、代わりに古びた建物が増えてきた。

 

 俺は窓の外を眺めながら、ふと違和感を覚えた。

 

「……ん?」

 

 前方。

 

 道路の先。

 

 何かがおかしい。

 

 俺は目を細めた。

 

 少し離れた場所に、古びた車が停まっている。

 

 その周囲には、数人の男たち。

 

 作業員のような服装をしているが、動きが妙だった。

 

 そして。

 

 道路脇の建物の影。

 

 そこに、別の人影がある。

 

「……マーカス」

 

 俺は声をかけた。

 

「ん?」

 

「前方の車、見えるか?」

 

「ああ。故障車か?」

 

「……多分、違う」

 

 マーカスが眉をひそめた。

 

「……何?」

 

「周囲の人間の動きがおかしい」

 

 俺は静かに言った。

 

「……待ち伏せかもしれない」

 

 マーカスの表情が変わった。

 

 すぐに運転手へ声をかける。

 

「おい、速度を落とせ!」

 

 車両が減速した。

 

 その瞬間。

 

 前方の男たちが動いた。

 

 道路脇から、一人が飛び出してくる。

 

 手には、何か大きな装置。

 

 そして。

 

「――伏せろ!」

 

 俺は叫んだ。

 

 直後。

 

 閃光。

 

 轟音。

 

 車両の前方で爆発が起きた。

 

「――っ!」

 

 強烈な衝撃。

 

 車体が大きく揺れる。

 

 俺は座席を掴み、身体を支えた。

 

 マーカスが怒鳴る。

 

「クソッ! やっぱり来やがった!」

 

 レナが銃を構える。

 

「……待ち伏せ!?」

 

「ああ!」

 

 マーカスが叫ぶ。

 

「全員、戦闘準備!」

 

 俺は静かに息を吐いた。

 

 ……なるほど。

 

 これが、ナイトシティの護衛任務か。

 

 初仕事にしては、随分と派手な歓迎だ。

 

 だが。

 

 俺は背負ったケースに手を伸ばした。

 

 中には、神々から授かった長剣が収められている。

 

 元の世界で、幾度となく俺の命を救ってくれた武器。

 

 そして、仲間たちと共に邪神へ立ち向かった剣。

 

「……さて」

 

 俺は静かに呟いた。

 

「仕事の時間だな」

 

     ◇

 

 爆発の煙が、道路を覆っていた。

 

 その向こうから、銃声が響く。

 

 車体に弾丸が当たり、金属音が連続して鳴った。

 

「……チッ!」

 

 マーカスが舌打ちする。

 

「思ったより人数が多い!」

 

 俺は窓の外を確認した。

 

 前方に四人。

 

 右側の建物の影に二人。

 

 さらに、後方にも人影がある。

 

 少なくとも七人以上。

 

 全員が武装しているようだった。

 

 ……なるほど。

 

 昨日の連中とは、少し違う。

 

 連携して動いている。

 

 そして、こちらの退路を塞ごうとしている。

 

 俺は静かに息を吐いた。

 

 元の世界なら、盗賊団の待ち伏せに近い状況だ。

 

 だが、相手は銃を持っている。

 

 無闇に飛び出せば、集中砲火を浴びる可能性がある。

 

「……マーカス!」

 

 俺は声を上げた。

 

「ん!?」

 

「この車、どれくらい頑丈なんだ?」

 

「小銃弾くらいなら、しばらく耐えられる!」

 

「……爆発物は?」

 

「何発も食らえば終わりだ!」

 

 俺は頷いた。

 

 なるほど。

 

 時間をかけすぎるのは危険か。

 

 俺は窓の外を見た。

 

 敵の位置。

 

 遮蔽物。

 

 射線。

 

 そして、周囲の地形。

 

 頭の中で、いくつかの選択肢を組み立てる。

 

 そのとき。

 

「――おい、坊主!」

 

 マーカスが叫んだ。

 

「無茶すんじゃねえぞ!」

 

 俺は振り返った。

 

 そして、小さく笑った。

 

「……分かってる」

 

 そう答えながら、長剣の柄を握る。

 

 だが、すぐに飛び出すつもりはなかった。

 

 護衛の仕事は、敵を倒すことではない。

 

 荷物を目的地まで届けることだ。

 

 ならば、まず考えるべきは――。

 

「……突破する方法だな」

 

 俺は静かに呟いた。

 

 車体に、再び弾丸が当たる。

 

 金属音。

 

 怒号。

 

 そして、遠くから響くサイレン。

 

 ナイトシティの片隅で、俺の初仕事が本格的に始まろうとしていた。

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