─────ピピピピピピ!
けたたましい耳障りな電子音が脳を叩く。
その不愉快な音に堪らず意識が浮上して、私、秋海桜(シュウカイ サクラ)の瞼が持ち上がる。
視界に映るのは朝日で明るくなった部屋の天井。
「…………朝か」
寝起きで回らない頭が、ため息混じりに見たままを口走る。
もう少し寝ていたかった。
しかし目覚ましが鳴ったのなら起きねばならない。
アラームの設定は始業の1時間前。
大学には徒歩10分程度の距離とはいえ、ノロノロしてたら遅刻してしまう。
そう思って、まだ耳障りなアラームを鳴らし続けるスマホを止めようと手を伸ばす。
すると。
むきょっ。
と、柔らかいとも固いとも言いがたい感触が腕を包み、スマホへの道を阻む。
「ん、んん…………っ」
同時に、何だか妙に艶かしい声。
その呑気な声に、いつものことながら軽い苛立ちを覚える。
「おい阿呆後輩。さっさと起きろ」
その苛立ちのまま、声の主────私を抱き枕代わりにして寝こけてる後輩に、軽く蹴りを入れる。
「ふぁ…………? あ、おはようございます、せんぱい…………」
すると、私の蹴りなど意にも介さないような寝ぼけた声で、後輩の目が開いた。
「おはよう。というわけでさっさとこの腕をどけろ、抱きつき魔」
叩き起こされた後輩はまだ眠そうな顔をしてるけど、関係ない。
私はさっさと飯を食べて大学に行かねばならないのだから。
「ふぁ〜い…………」
さて、私の命令に後輩が不満気ながらも腕を離す。
今日は素直に離した事に若干ほっとしながら、さっと飛び起き、アラームを止めて冷蔵庫に向かう。
冷蔵庫の中には、昨日作っておいたゆで卵。
それに塩をかけて頬張りながら、寝巻きを洗濯カゴにぶち込んで大学用の服を取る。
そのまま服に袖を通して諸々の準備をしていると、
「相変わらずせっかちですねぇ、桜せんぱい」
のそり、とベッドから出てきた長身長髪の憎たらしい顔のブロンド美人が、ふぁ、と妙に絵になるあくびをしながら私を見下ろす。
そいつは側から見ればサイズの合ってないデカいTシャツだけを着ている様な状態で、ある種のフェチにとってはとてもエロく見えるだろう格好だった。
言うまでもなく、私にさっきまで抱きついていた阿呆である。
こいつの名前は雪花亦紅(ユキハナ モコウ)。
隣の部屋に住んでる人体構造に喧嘩を売ってるとしか思えないふざけた美人で、訳あって一緒に生活している阿呆後輩である。
何が阿呆かって?
毎晩私のベッドに潜り込んでは私を抱き枕にしてくるからだ。
それの何処が阿呆か?
この抱きついてきてる阿呆は力がとても強い。
その細身のどこにそんな筋力があるのかと思うくらい強いから一度抱きつかれると振り解くのは無理だ。
その癖寝起きが悪くて小突いた程度じゃ全く動じないからこいつが起きない限り私はベッドから離れられない。
だから阿呆だ。
それでもエロい美人だからいいだろ?
なるほど、確かにエロい美人に抱き枕にされるというのはそれだけ聞けば羨ましいシチュエーションかもしれない。
だがしかし。
こいつも私も男である。
どこから見ても普通に男な私はともかく、亦紅に関しては普通に女にしか見えないし男とは思えないような甘い匂いとかするし何なら骨格からして男より女の方が近い気もするが、昔銭湯に一緒に行った時に確認したので間違いなく男である。
ついでに言うと、こいつにはほぼ毎日抱き枕にされてるが、私は別に同性愛者でもないし亦紅にそのケがある訳でもない。
なので、役得などとは思った事はない、
まあ私の場合異性愛者かと言われたらまた微妙な感じがするので仮にこの後輩が女でも同じ感想になってる気もするが、
さて、ではメリットがないのに何故毎晩私が抱き枕にされてるかというと…………まあ、単純にこの阿呆を見捨てられないからだ。
こいつとは大学からの付き合いだが、初めて出会った時にはもう死にそうな感じだった。
隣に住んでる人間としてそれを放置するのは寝覚めが悪いという事で色々世話を焼いてたら…………何か懐かれた。
なので、今も世話を焼いてるって感じだ。
まあ阿呆だとは思ってるが別に嫌いではないし人間的にはむしろ好みだからな。
世話を焼くのはそれなりに楽しい。
それにしても、男を抱き枕にして何が楽しいんだか…………
絶対抱き枕としての性能悪いだろ…………
「こっちは毎日6コマあるんだ、用意はさっさと済ませるに限る。というか急ぐ様になったのはお前のせいだよ!」
「僕のせいですかぁ?」
「お前の馬鹿力のせいで抱き枕にされたらお前が起きない限りベッドから離れられないからな! ったく…………」
「それは〜せんぱいがよわよわなのがいけないんじゃないんですかぁ?」
「いや私も人並みに筋力はあるわ!」
どう考えてもお前の筋力がおかしいだけだ。
というか全体的にほっそりしてて妙に身体が柔らかい癖に抱きつかれた私が全く動けないとかどこから来てんだその筋力。
確かちょっと前、お前と同じくらい高身長でお前より体格のいい男を片腕でのしてたよな?
マジで何?
バーテン服着て自販機投げ飛ばしたりするの?
考えれば考えるほど現実離れしている摩訶不思議な後輩に頭を捻りつつも、着替えを終わらせて玄関に向かう。
「あれ? もう出るんですか、せんぱい? まだ時間ありますよね?」
「余裕あるからついでに電気代とか色々支払ってくる。お前もなるべくサボるなよ」
「はーい」
「あ、後お前の分も卵茹でといたから食べていいぞ」
「わーい、嬉しいー…………」
「何故露骨にテンションを下げる…………」
「いやー、僕出されたものは基本文句言わずに食べる主義ですけどー…………流石に1ヶ月連続朝食ゆで卵は作ってくれてる事を考慮しても飽きるなぁって」
「む」
言われて見ればそうかもしれない。
実家でも朝はそうだったから特に疑問に思ってなかったが、同じものをぶっ続けは確かに飽きるか。
「なら明日は別のでも作るか」
「いや別にいいですよ、そこまで気を遣わなくたって。というかそもそも、僕にそこまでしなくていいですから」
「と言われてもなぁ…………別にお前に気を遣ってる訳ではないしな。一応朝はお前と一緒にいるから自分の分だけ作るってのはしっくりこないってだけだ。実家だとそうだったしな」
「それ、僕がいなければ解決って事ですか? せんぱいひどーい」
「んな訳ないだろ、阿呆。そもそも私個人の習性の問題であってお前に気を遣ってる訳じゃないから気にするなって話だ。だからわざとらしい泣き真似をするな、わかってる癖に」
「あ、バレました?」
「そこそこ長い時間一緒にいるんだからそりゃ多少の機微はわかるだろ」
「…………」
「どうした?」
「…………いえ、別に。ところでー、せんぱいが別のもの作ってくれるならー、何かリクエストしてもいいですかー?」
「なんだ急に。まあ、手間のかからんものなら別にいいが…………」
「言質取りましたよ?」
「嫌な言い方をするな、嫌な言い方を」
「冗談でーす。でもまあ、明日もゆで卵はちょっと嫌なので夕方までに考えておきますねー」
「おう。じゃ、行ってくるわ」
「行ってらっしゃーい」
最後まで憎たらしい態度の後輩といつも通りの会話をしながら、大学に向かう。
いつも通りの、退屈な日が始まる。
ガチャリ。
桜せんぱいが出て行って閉まった扉に鍵をかけながら、せんぱいのお手製ゆで卵をむしゃむしゃして水で流し込み、ベッドに向かう。
目的は勿論、二度寝だ。
「今日は特に何もないし…………たっぷり寝れますねー」
せんぱいはサボるな、と僕に言うけど、実のところ僕は言うほどサボってないんですよねー。
必要分の単位は大体取ってるから、何もない日がせんぱいに比べて多いだけです。
いやまあ、この時期になると普通就活とか考えなきゃ行けないんだろうけど。
僕の場合そこら辺は無視できるから関係ないというか。
あ、別にせんぱいがサボってるって言いたい訳じゃないですよ。
せんぱいと僕じゃ学部が違うからカリキュラムも違いますし。
何ならキャンパスも別だから、今じゃ大学でせんぱいに会う事とか全く有りませんし。
あーあ、昔はせんぱいもこっちに来てたのになー。
せんぱい医学部だから、今はもう専用キャンパスの方にしかいないんですよねー。
そっちに僕が行く事は学祭とかでもなきゃ無いですしー。
せんぱいの使ってた枕に顔を埋めながら、とりとめもない思考に時間を費やす。
すると、せんぱいの男くさい匂いが鼻をくすぐってきた。
別にいい匂いって訳じゃないけど、なんだか凄く安心する匂いだ。
だからなのか、せんぱいの匂いで身体の力が抜けて、思考も段々溶けていく。
そのまま意識が微睡みに囚われて、眠りの底に落ちていく。
「せんぱい、すきですよー…………」
自分が何を口走ったのかにも、気づかないまま。
──────起きろ。
「はえ?」
──────起きろ。
「なんだ、夢ですか。おやすみなさーい…………」
──────起きろと言ってるだろ、この馬鹿者!
「うわぁ⁉︎」
妙に威厳のある変な声にどやされたと思ったら、強制的に起こされました。
「ってあれ? ここ、どこですか?」
と思ったら、目が覚めたのは真っ暗い変な場所でした。
まだ夢を見ているんですかね?
──────漸く起きたか。
「いや夢の中で起きるって言われても変な感じですけど…………」
──────細かいことは気にするな。
「はあ。それで、なんなんですかこれ? 僕の無意識が喋ってるとかベタな展開だったりします?」
「ならそうしてやろうか?」
「うわっ⁉︎」
さっきまで頭の上で響いてた感じのする声が目の前で聞こえたかと思うと、そこには僕が立っていた。
「ほら、お前の無意識って奴だぞ?」
「何言ってんだこいつ…………」
僕の顔で、僕じゃない誰かが喋っている。
その異様な光景に思わず言葉が歪む。
すると僕の顔をした誰かがその顔をにぃ、と歪めて。
「お前の恋路の手助けをしてやろうと思ってな」
「──────は?」
とんでもない事を言い出してきた。
恋路。
僕が誰かに恋してるって?
は。
ありえない。
「意味がわからないって顔だなあ、小僧?」
頭上で喋ってた時とはまるで違う乱雑な声で、僕の顔が笑う。
「…………心あたりがないのに、恋路と言われてもわからないですからねー」
ニヤニヤと笑う僕に、どこか僕の核心めいたものを握られてると直感しながらも、誤魔化すために白を切る。
「ふーん、お前は自分についてそういう態度な訳か。なら、老婆心で手助けしてやるか」
「は? ちょっと、何を…………」
意味がわからないながらも、何だか不穏な事を言う僕の顔に、ここが夢だと言うことも忘れてぞわぞわと嫌な予感が背中を這いずり回る。
嫌な予感が、こいつを止めろと騒ぎ立て始める。
だけど、動けない。
夢の中だからだろうか、それとも別の理由だろうか。
嫌な予感はこれ以上なく募っているのに、僕の身体は何故か、僕の顔をした誰かに竦んでいた。
「何、お前もすぐに俺に感謝するようになるだろうさ。さて、夢の話はここで終わりにしようか」
そのまま硬直してる内に、僕の顔が指を鳴らす。
すると、頭の中に靄がかかる様な感覚と共に、視界がぼやけていく。
「素晴らしい成果を期待しているぜ?」
最後に聞こえたのは、そんな声だった。
「おーい、起きろー」
ツンツンと、家の中でまだ寝こけてる阿呆後輩の肩を突く。
講義が終わって帰ってきたらこれだ。
相変わらずの後輩に呆れるが、このままベッドを占拠されてると夜私が困る。
なのでもうちょい強く揺さぶってみる。
「起きろー、亦紅ー」
「はぇ…………?」
「お」
「せんぱい…………?」
「そうだぞー、もう夕方だから早く起きろー」
「はぁーい…………って今何時ですか?」
「もうすぐ夕方のベルが鳴るな」
「うわ、18時前じゃないですか。はあ、無駄に寝ちゃったな…………」
「お前今日どんだけ寝てたんだよ。サボるなって言っただろ」
もしかして私が出てからずっと寝てたのかこいつ?
寝過ぎにも程があるだろ…………というか大学はどうした。
「と、言われましても…………今日は特に何もない日ですからねー。サボってはいませんよー」
「チッ」
そう思うと、何とも要領の良い大学生らしい言葉が帰ってきてイラッとする。
そういやこいつ、1〜2年の頃に結構詰めてたから3年からはちょくちょく暇な日があるとか言ってたな…………
こっちが基本詰め詰めな分、理不尽だとは思うが多少イラッとする。
「何故に舌打ち」
「いやなんかお前が要領良いの思い出して腹立ったから」
「理不尽ですねー」
「うるさい。良いから飯にするぞ」
「わーい。今日何も食べてないからお腹減ってたんですよねぇ。ちなみにメニューは?」
「鯛鍋」
「これまた意外なものを。今、春ですよねー?」
「何か切り身が安かったんでな」
後鍋は比較的楽だからな。
「そうですか。ではありがたく御相伴に預かりまーす」
「おう」
で、いつも通り後輩との飯の時間が始まった訳だが。
「…………」
亦紅の様子が何かおかしい。
いやまあこいつはいつも様子がおかしいんだが今日はそれに輪をかけておかしい気がする。
普段のこいつなら飯の時間に黙りこくるなんてしない筈なんだが。
コレでは気になってせっかくゆず塩出汁で作った鯛鍋の味がわからなくなってしまう。
一日中寝こけてたみたいだし何か悪い夢でも見たか?
それとも鍋が口に合わなかったか?
こいつは朝自分でも言った通り出されたものに基本文句は言わないけど口に合わない時は黙りこくるし。
「なあ、亦紅よ」
「…………なんですかー?」
「鯛、苦手か?」
「…………別にそんな事は」
「じゃあ悪夢でも見たか。何を見た?」
「…………はぁ。桜せんぱいって、嫌になるくらいこっちの事見てますよねー」
「一緒に生活してるなら多少は見るだろ」
別に同棲って訳では無いが。
一応こいつの部屋は隣だし。
合鍵渡してるからこいつがこっちによく入り浸ってるだけで。
「…………はいはい、わかりましたよー。桜せんぱいには敵いませんねー」
「で、何見たんだ?」
「んー…………そうですねー…………」
亦紅がポツポツと悪夢の内容について喋り始める。
「なるほど、そりゃ悪夢だ」
それを聞いた私の感想としては、確かに悪夢だ、としか言いようがなかった。
第一に、この後輩は恋愛とかその手の話が地雷だ。
面がいい上に雰囲気がエロいから男と女双方から多種多様なアプローチを受けて色々と苦労してたらしい。
だから浮いた話とか無いしそもそもする気もない私に懐いたって面もあるが…………言ってて少し悲しくなるな。
閑話休題。
ともかく、後輩の見た夢はそんな地雷を踏み抜いてたって訳だ。
そりゃ変な顔にもなるだろうな。
「ですよねー? …………はあ、ほんとなんであんな夢見たんですかねー」
「知らん。悪夢なんて理不尽に見るものだからな」
「えー、そこはもっとこう、学術的に答えてくれるとこじゃないですかー? せんぱいの学んでる分野の一つでしょう」
「免許もない上に講義受けて試験通っただけの分際でそんな事言えるか。私が言えるのは精々PTSDは悪夢を見やすい…………なんて国家試験の問題的な事だけだな。なので悪夢について医学的に相談に乗る気はない。同居…………いや、同じ釜の飯を食う仲としては相談に乗るけどな」
「何か言い直した結果長くなってません?」
「知るか。いいからさっさと食え。私は早く締めにしたい」
箸が止まってる奴の器に気持ち多めに鯛を取り分けながら、さっき冷蔵庫にぶち込んどいたうどんを取りに行く。
「はーい…………ほんと、せんぱいは居心地いいですねー」
「何か言ったか?」
「なにも〜」
「そうか」
ならいい。
それよりもうどんだ。
さっと市販の茹でうどんを出して、鍋にぶち込んで中火で軽く煮る。
「ほれ」
「はーい」
出来上がった締めのうどんを、後輩と半分こする様に分けて、残った鍋の中身を胃に収める。
うむ、やはり鍋の締めはうどんだ。
鍋の中身を粗方掃除して、お互いの腹もくちくなった頃。
「あ」
洗い物をしてる時にそういえば、と後輩に聞く事があったのを思い出す。
「おーい亦紅ー」
「告白ならお断りですよー」
なので我が物顔で私のベッドを占拠してる阿呆に呼びかけるとさっきの話から妙に返しにくいボケを投げてきた。
「拾わないからな。で、明日の朝はどうする」
こういうのはスルーして話を進めるに限る。
「明日? 何かありましたっけ?」
「いや夕方までに明日の朝飯リクエスト考えとくって言ってただろ、お前」
「あー…………そういえばそうでしたねー。変な夢見たから忘れてました」
こいつ…………
まあいつもの事だが。
気を取り直して、話を続ける。
こいつのペースに飲まれたら終わりだ。
「ほう、なら明日もゆで卵コースか」
「えー…………」
「嫌なら早く言え」
「ちなみに作らないってのは…………」
「ほっといたら昼飯食い忘れる阿呆だからナシだ」
「信用ないですねー」
「むしろ信用してるからと認識して欲しいところだが」
「ものはいいようですねー」
「で、リクエストは?」
「…………じゃあ、ハムエッグで」
「いいぞ。固さとかはどうする?」
「半熟で。世の中には固めて半分に切ればいいなんていう人もいますけどー、やっぱハムエッグは半分に切り分けられない半熟ですよねー」
「返しに困るネタ振りだな」
私が知ってるとは言え、10年は前のロボットアニメのクロスオーバーネタなんてさらっと出ないだろ。
「でもせんぱいはわかりますよねー」
「そりゃお前に教えたの私だし。で、結局半熟ハムエッグでいいのか?」
「それが良いでーす」
「はいよ」
さて、聞くべき事も聞いたしちゃっちゃと洗って色々済ませるか。
幸い、鍋だから洗い物は割と少ないしな。
「ところでせんぱい」
「あん?」
と思ってたら、洗い物が終わるあたりで亦紅が声をかけてきた。
「それ終わったら、一緒にこれ作ってくれませんか?」
そう言って亦紅が取り出したのは、二つの模型の箱。
イラストに描かれてるのはさっき話題に出したロボアニメの、1号機と6号機だ。
いやお前どっからそれ出した。
「先輩が洗い物してる間に、僕の部屋から取ってきましたよ?」
「玄関通らずにどうやって持ち出したんだよ」
「それはもちろん、ベランダから僕の部屋に入ってですね」
「鍵かけろよ…………危ないだろ…………」
「僕の部屋なんて大したものないから大丈夫ですよー。それよりも、これ作りましょうよせんぱい。中古ショップで見つけたはいいんですけど昔のキットだから作りが古くて1人でやるには持て余してたんですよねー」
「お前なぁ…………」
まあ、そいつらに関してはリアルタイムで私も組んでたから大変というのはわからんでもないが。
「それ、単に1人で組むとゴミ処理が面倒くさいからだろ」
本当の目的はこっちだろう。
このキット、ランナーが結構あるからな…………
それでめんどくさくて放置してたのをハムエッグの会話で思い出したから持ち出してきたとかそんなノリだ。
この前もそんな感じで投げてきたからきっとそうだ。
まあ…………
「せんぱいのいじわるー。可愛い後輩が頼んでるのにー」
「別に組まないとは言ってないだろ」
「さっすがせんぱい!」
断る理由はないんだが。
「で、いつも通りパチ組で良いのか?」
「シールには気をつけてくださいね〜」
そのままひょい、と紫の箱を渡される。
刺々しい装飾のついた魔女みたいな機体だ。
こいつ細かいから組みにくいんだよな…………まあ良いけど。
「ほらほらせんぱい、こっちこっち」
気づいたらもう赤い1号機のランナーを広げた亦紅が、ニッパーを掲げながら手招きしてる。
それに溜息を吐きながら腰を下ろし、亦紅のランナーと混ざらない様にランナーを広げながらパーツを切り出してく。
これ地味にシールも細かいから気を使うんだよな…………こいつ、めんどくさい方を私に投げやがったな。
ま、良いか。
タダで組めるんなら、それはそれで楽しいしな。
そのままパチパチと、パーツを切っては嵌め込む音が部屋に響く。
お互いに無言だが、響く音が妙に心地いい。
なんだかんだこいつといると結構楽しいんだよな。
何というか、波長が合って気持ちいい。
その心地よさに身を任せながら、組み立てを続けていくと…………いつの間にか、完成していた。
「あ、せんぱいも完成したんですね」
声に顔を上げると、亦紅の方は既に完成している様だった。
まあこっちのがボリュームあるしそりゃそうか。
「そっちも終わったか。時間は…………うわ、結構経ってるな」
どうやら作るのに結構夢中で時間を気にしてなかったらしい。
気づいたらもう23時前だ。
20時過ぎから作ってたから…………大体3時間弱か。
思ったより時間が経ってた事に若干焦りながら、急いでゴミを片付ける。
ポージングとか取ってる場合じゃねえ。
「ほら亦紅、お前もさっさと帰れ」
「はーい」
「ドアから帰れよ」
「はーい…………」
一旦亦紅を追い出して(どうせ寝る時にベッドに潜り込んでくる)、シャワーやら歯磨きやらと就寝の準備を整える。
何か早くないかって?
私も亦紅の事を笑えないくらいにはベッドでゴロゴロするのが好きだからな。
だから私の就寝準備は結構早い。
というわけでサクッと色々と終わらせて、ベッドに飛び込んでソシャゲのデイリーやら積んでる漫画の最新刊やらを読みながら、時間を浪費する。
そうこうしてるうちにガチャ、と鍵の開く音がする。
「お邪魔しま〜す」
そんな声と共に、するっと私のベッドに着替えた亦紅が潜り込んできた。
同時に、微かに漂う甘い匂い。
いつもの事ながら、こいつ男とは思えないくらいに匂いが私と違うな。
正直私がこいつの侵入を許してるのはこの匂いが結構気に入ってるからかもしれない。
「おやすみなさい、桜せんぱい」
「おやすみ」
互いに挨拶を交わして、目を閉じる。
今日は細かいものを触ってたせいか、やたらと頭が疲れてる。
気づけば、眠気がすぐそこまで迫っていた。
そのまま、意識が闇に落ちていく。
─────お前か。
夢か現かわからない、変な声を聞きながら。
──────ピピピピピピ!
「ん…………」
いつも通りのアラームが、私の脳を揺さぶって叩き起こす。
視界にはいつも通り、太陽で明るくなった私の部屋の天井。
そして。
「すー…………すー…………」
相変わらず私を抱き枕にしている、阿呆の寝息が聞こえてくる。
「亦紅ー、起きろー…………あん?」
それを起こそうと声をかけた時、違和感に気づく。
なんか私の声、高くないか?
「あー…………あ?」
試しに発声してみると、やっぱり高い。
しかも掠れてるとか苦しいとかそんな感じはない。
私は普通に発声してるだけの筈なのに、妙に高い。
「どういう事だこれ…………」
吸った事ないけどヘリウムガスでも吸わされたか?
いや、それにしては自然な高さな感じだ。
まるで、最初からこうだった、みたいな。
「ん…………ふぁ…………」
謎の現象に困惑していると、隣の阿保が起きる気配。
思わずそれに意識を向ける。
すると。
「おはようございます…………せんぱ…………」
なんか変なものでも見た様な顔した亦紅と、目が合った。
そして。
「え、誰ですか?」
「は?」
なんかすごい失礼な事を言われた。
「誰って…………私だが」
「いや知りませんよ。というかここせんぱいの部屋なのに何でせんぱいのベッドにいるんですか?」
突然の発言に面食らって反射的に返すと、凄い不審者を見る目で返された。
「何でもクソもここは私の部屋で私のベッドな訳だが」
そもそもお前が毎晩ベッドに潜り込む方が普通謎だからな?
「はい?」
「あ?」
「…………このとても見覚えのある僕への態度。もしかして…………せんぱい、ですか?」
「だからそうだって言ってるだろう」
相変わらず失礼な事を言ってる阿呆に何言ってんだこいつと内心呆れる。
仮にも部屋主の私を不審者扱いするとか寝ぼけてるにも程があるだろう。
と思ってたら、阿呆がインカメにしたスマホの画面をこっちに見せつけてくる。
どうやら見ろ、という事らしいが──────は?
「誰だこいつ」
「せんぱいでしょ」
そこには、私の顔とは似ても似つかない、ピンクブロンドの美少女の顔が映っていた。
登場人物紹介
桜・・・・・・主人公。TSさせられた。
感情が割とフラット
恋愛感情とかはないが亦紅のツラがよかったりいい匂いがするので割と気に入ってる。
亦紅・・・・・・ヒロイン(?)めちゃくちゃデカいナチュラルボーン男の娘。
デカい、美人、強いの三拍子揃った男の娘。
実家に訳アリ。
色恋沙汰で色々あったので死ぬほどその辺に興味ない桜に懐いた。
桜への感情は今のところは大好きなせんぱい(親愛的な意味で)。