『お待たせしましたにゃ!』
「お待たせしました」
猫型配膳ロボと人の店員、両方から注文した肉が大量に届いてくる。
四人がけ用のテーブルを埋め尽くさん勢いで。
「いっつも思うけど、お前ほんとよく食うよな…………」
その肉の五割ほどを胃に収めてるのは、誰あろう焼き網を隔てて私の目の前に座る愛すべき阿呆後輩だ。
食べ放題だからいいもののそうじゃないなら破産コースだろこれ。
「僕も思ってますけど、せんぱいもいつもそれ食べてますよね。焼肉に来たんだから肉食べましょうよ肉」
タン、ハラミ、カルビ、麻婆豆腐、その他諸々を貪りながら、呆れた様な目で私が食べてるシーザーサラダを亦紅が見る。
「いやお前も麻婆豆腐食ってるだろ」
私はこのシーザーサラダが好きなんだよ。
「麻婆豆腐には肉が入ってるからいいんですよー」
「その理屈ならここのシーザーサラダにもベーコンは入ってる訳だが」
「ベーコンなんて焼肉じゃ邪道ですよ邪道。BBQならいいですけど」
「いや単品もメニューにあるだろ…………」
「いいから、せんぱいも食べましょうよー」
「そうだよ桜。焼肉なんだからお肉たくさん食べないと。大きくなれないよ」
「ポテトフライ食べてる蓬には言われたくないんだが…………」
一応ベーコン入ってる私のシーザーサラダと比べても肉ゼロじゃねえか。
後いくら小学生じみたボディとは言え流石にデカくはならんだろ…………ならないよな?
言われてみると無いとは言い切れなくて少し不安になる。
「えー、せんぱい大きくなっちゃうんですか? それはちょっと…………というわけでこのお肉は貰いますね」
「願望を出すついでに私の焼いてた肉を取るな阿呆」
しかも結構いい感じになってたんだが。
許せん。
「じゃあ桜には私のあげる」
「お、サンキュ」
「いやそれ僕が焼いてた肉じゃないですか蓬さん」
すると、隣の蓬が亦紅側の網からいい感じの焼き加減の肉をくすねて私に寄越してきた。
「私が取ったから私のもの、ぶい」
「ぶいじゃないんですけど。ってせんぱいもう食べてますし」
「大きくなりたいからな」
なのでそれをむしゃりと食べて溜飲を下げる事にする。
「せんぱいのいけずー」
「うるさいぞ暴食後輩」
「ツンデレ幼女」
「ロリコン」
ブーブーと阿保が文句を言ってくるが関係ない。
絶対お前の理想から外れる様デカく成長してやるからな。
出来るか知らないけど。
というか男の時から思ってたけどその身長ちょっと寄越せ。
と、ちょっと醜い言い合いをしてた時。
「二人とも仲良いね。だけどお肉は早いもの勝ちだから。これ、もらうね」
「「あ」」」
するり、と蓬が網の肉を掻っ攫っていった。
クソ、ポテトに夢中で肉に興味無いかと思ってたから油断してた。
しょうがない、皿に置いてあるのも(亦紅がいつの間にか食べたせいで)少なくなってるし残りを網にぶち込んで新しく注文するか…………
私もまだ食べ足りないし。
「にしてもせんぱい、今日はよく食べますね?」
「そうか?」
「いやだって今日、喫茶店以外にも色々食べ歩きしたじゃないですか。僕は全然イケますけど、せんぱいならもうお腹いっぱいになってる頃じゃないですか」
言われて見れば、今日は結構食っていた事に気づく。
亦紅の言う通り、確かにそろそろ腹がはち切れそうになっててもおかしくない。
だけど身体はまだ肉を求めている。
「確かにそうだが…………でもまだ足りないんだよな」
「不思議ですねー。体積的に見ればどう考えてもせんぱいの胃の容量少なくなってますよね」
「つまり桜の身体がそれだけエネルギーを求めてるって事。やっぱり成長期だ。桜、もっと食べて大きく可愛くなって」
「え、本当に成長するのかこれ? そうだとしたらちょっと困るんだが」
別に亦紅の願望を満たしてやりたいとかそういうふざけた考えはないが、この身体が未成年相当だと嫌なんだが。
だって。
「仮に成長期だとして、僕が残念だなーって思う以外に困る事あります?」
「酒が飲めないだろ」
「ああ…………確かに。一応せんぱいにとっては困りますか」
酒飲めないし。
流石にこの身体が未成年相当の成長期なら酒は当面禁止せざるを得ないぞ。
将来が怖いし。
「桜、あんまりお酒飲まないよね?」
私の言葉に、蓬が不思議そうな顔をする。
そういや蓬には言った事なかったな。
私も別に外で飲むわけじゃないし。
蓬が不思議に思っても仕方ない。
「家で飲むんだよ。時々な」
「僕としてはよくあんな癖強いお酒好き好んで飲んでますよねって感じですけど」
「あの癖の強さが良いんだよ。私は薬草臭いのが好きだ」
「桜にも好きなお酒とかあったんだね。初めて知った。でも何でお店で飲まないの?」
「置いてるとこが少ないからな。通販で頼んでちびちび飲んでるんだよ」
「ふーん…………ね、私にもそれ教えて」
「ん? 良いぞ。アブサンって酒だ」
アブサンはヨーロッパ発祥のリキュールで一部では禁断の酒だの何だの言われてる酒だ。
味としては材料のハーブの香りが強い酒でとにかく癖が強い。
目の前の後輩は一口飲んだだけでギブアップしたしな。
でもアイスとか混ぜて食べるとこれが美味いんだ。
「面白そう。私も飲んでみようかな」
「蓬さん、これは親切心で言うんですけど。せんぱいの言ってるお酒は本当に癖が強いから飲むならまずせんぱいの家のを飲むのをおすすめしますよ」
親切心で蓬を私の家に誘うとかそんなにアブサンが苦手か、亦紅よ。
「亦紅ちゃんが珍しく私に優しい」
ほら見ろ。
蓬が地味に驚いてるじゃないか。
「僕は誰にでも優しいですよ?」
「嘘こけ」
面倒くさいから適当に流してるの間違いだろ。
別にお前がいいならそれでいいと思うけど。
「じゃあ亦紅ちゃんが私にちょっかいかけてくるのは私が特別だからなんだ。嬉しい」
「地味に否定しにくい事言わないでもらえますかね」
「あ。デレた」
「私をツンデレって言うけどお前も大概ツンデレじゃないか?」
「僕は親しい人に嘘をつきたくないだけでーす」
そこで蓬を親しい人って認めてる時点で語るに落ちてる気がするが…………
ちょっと顔も赤いし。
「じゃあ、私と親しい亦紅ちゃんのアドバイスに従って、桜の家で飲ませてもらうね」
「ぐっ…………」
しかも蓬に自分の言った言葉をそのまま返されて上手い感じに言えなくて詰まってる。
ああ言えばこう言う後輩だから言葉に詰まるなんて地味にレアな場面だな。
「桜も、それでいい?」
「いいぞ。いつにする?」
「土曜日とかどう?」
「土曜? まあ問題はないが…………」
土曜って、翌日お前と一緒に出掛ける予定じゃなかったっけ?
「いや土曜日って、日曜のデートの前日じゃないですか」
「うん、そうだよ?」
「そうだよじゃなくてだな…………え、まさかお前」
蓬の家は私達のマンションから地味に遠い。
なので酒飲んだ蓬を送るのが地味に面倒だしお互い疲れるんじゃないか、と思ったんだが。
蓬の顔を見た瞬間、妙な予感がした。
…………大学時代の中で一番付き合いが濃い奴と言えば当然目の前にいる亦紅だが、その次に濃い奴と言えば隣の蓬だ。
期間だけを見るなら亦紅より長い。
だからこそ、蓬の思考はなんとなくわかる。
「土曜に泊まりにくるとか言うつもりか?」
「うん、そうだけど」
なので先に言ってみると、普通に蓬が肯定した。
やっぱりか。
「ちょっと何言ってるんですか蓬さん。来るのは良いですけど泊まるのはダメですよ。夜はせんぱいと僕で二人っきりなんですから」
「何か妙な響きなのは気になるけど、概ねそうだな」
今回ばかりは亦紅に同意だな。
流石に蓬が泊まりに来るのは色々とまずい。
「え、どうして?」
「片方男で片方は昨日まで男だった女だぞ。危ないだろ」
別に私も亦紅もそんな気は一切ないけど、それはそれだ。
「別に私は気にしないけど」
「そこは気にしろよ」
「だって今の桜は可愛い女の子だし。亦紅ちゃんも可愛いしそういう事苦手なの知ってるし。危ない感じしない」
クソ、反論出来ない。
元からその気が無い上、亦紅は襲うとか命令されても無理だろうし(何なら命令した奴をボコボコにするまである)私も蓬にそんな事が物理的に出来そうにない。
つまり私の懸念がクリアされてる。
「だとしても、男くさいと思うんだが」
とはいえ、それ以外にも問題はあるっちゃある。
匂いとか匂いとか匂いとか。
いくら改変されたとは言え、部屋の中身は服以外はそこまで変わってなかったしな。
「今日の桜の匂いは普通に女の子の匂いだったし、多分元の桜の匂いは残ってないと思うけど」
「言われてみれば、今朝は普段より甘い匂いがしてた気がしますね。それどころじゃなかったので忘れてましたけど」
「え、そうなのか?」
気づかなかったんだが。
「自分の匂いってわからないものじゃないですか。僕は前のせんぱいの匂いも平気でしたけど」
「だから、私が泊まりに行くのは大丈夫。きゅーいーでぃー」
「いや証明完了出来てないですから。そもそも泊まっていいって認めてないですから」
「何故お前が許可を出す立場にいるのかは置いといて、実際私としても抵抗感はあるんだが」
確かに蓬の言う通り問題はあんまり無さそうだが。
それでも女の知り合いを泊めるってのはなあ。
「私としては亦紅ちゃんはともかく、桜がそこまで渋る理由がわからないんだけど」
「何?」
「だって、今日も一緒に寝るでしょ。桜と亦紅ちゃん」
「勿論です!」
「まあそれはそうだが」
毎日同じ事してるから今更やめても落ち着かなくて寝付けないしな。
「じゃあ、別に私が泊まっても良いと思うんだけど」
吐き捨てる様に蓬が言った後、むう、と不満気に頬を詰め込んだ肉で膨らまらせる。
その態度に何でだ? と一瞬思うが、すぐに納得した。
今の私と亦紅が普段通り寝る方がよっぽど絵面がヤバい事に気づいたからだ。
とは言え亦紅とそういう事が起きないのはわかってるし、今更やめたところで変に気まずくなるだけだからやめる理由がない。
というか個人的にもやめたくはない。
なるほど、確かにこれだと私が渋る理由はあまり無いな。
なら別にいいか。
「あーすまん蓬、確かに私としては渋る理由がなかったわ。というわけで泊まりに来てもいいぞ」
「よかった。桜ならわかってくれると思った」
「ちょっと待ってください! 僕は認めてませんよ!」
まずい、蓬が収まったと思ったら今度はこっちだ。
まあ予想してたが。
「ちなみに認めない理由は?」
「蓬さんが来たら僕がせんぱいと一緒に寝れないじゃ無いですか!」
「別に蓬と一瞬に寝るって決まった訳でもないが」
とはいえ、亦紅にとって切実な理由なのはわかるので私も簡単に切り捨てる訳にはいかない。
私を抱き枕にするのは亦紅にとって大切なルーチーンだし。
…………亦紅を拾った時、こいつは極度の不眠症だった。
ストレスで目がもうヤバいくらいにかっ開いてて自分で眠る事も出来ない有様だった。
それで病院に連れて行ける様な精神状況でもなかったからとりあえず試しにとこいつと一緒にベッドに横たわったのが始まりだったんだが…………子守唄とか色々と試してたら、何かスースー寝息を立ててるこいつに抱き枕にされてた。
それ以降、亦紅は私を抱き枕にする事によって安眠を手に入れたという事だ。
今は流石に私無しでも眠れる様になったみたいだが、それでもこのルーチーンを崩したくはない。
というか逆戻りされると私の心にも悪いのでやめて欲しい。
それはそれとして男を抱き枕にして何が楽しいんだこいつとはずっと思ってるしこいつが安眠しすぎて私が遅刻しかけたのも一度や二度ではないので阿呆だと思ってるが。
閑話休題。
「私は桜と一緒に寝たい」
「うん今余計な事言わないで貰えるかな蓬さん」
「桜の態度が冷たい。悲しい」
自業自得だろ。
さて、どうするか…………
少なくとも私のベッドじゃ二人の要望を叶えるのは無理だな。
二人はともかく三人はベッドが狭すぎる。
とは言え床に川の字はちょっと床面積が狭いし。
考えても考えても、いい感じの案が出てこない。
本格的にどうしようかと頭を抱えた時。
「…………よし、わかりました。ここは僕が身体を張りましょう!」
亦紅が何やら張り切った声で、ドンと胸を張った。
「あん?」
「要はせんぱいの部屋のベッドが僕とせんぱいと蓬さんで寝るには狭いのが問題なんですから、僕の部屋のベッドで寝ればいいんですよ。せんぱいのより大きいですし」
「なるほど、そういう事か」
確かにこいつの部屋のベッドはこいつのデカさに合わせてかなりのサイズだったし、小さくなった私と女子の平均くらいの蓬なら三人でも余裕だろう。
「私はそれでもいいよ。亦紅ちゃんのお部屋も楽しみだし」
「なら僕も問題なしです!」
「じゃあ、土曜に泊まりに来るって事でいいか」
「うん」
蓬も受け入れてくれたし、どうやら三方一両得で話は纏まったみたいだ。
という訳で、土曜に蓬が遊びに来る事になった。
「で」
「どうしました、せんぱい?」
「素直に代替案を出すとか、どんな風の吹き回しだ? もう少しゴネるだろお前」
別にこういう流れになるのは初めてじゃない。
ただいつもはもうちょい亦紅と蓬が言い合ってぶつかって最終的にはいい感じに纏まるって流れだ。
今回はちょっとスムーズすぎる。
何を企んでるんだ。
「酷い言いがかりですね!」
「事実だろ。で、何でなんだ?」
「何でって言われましても…………まあ、ちょっと嬉しかったから、ですかね?」
「嬉しい?」
「だって、さっき僕のために悩んでくれたじゃないですか。せんぱいからしたら蓬さんを受け入れる障害は無いですよね。なのにせんぱいの部屋に忍び込んでる僕のためにどうにかしようとあれこれ考えてましたよね」
「そりゃそうだろ。お前を拾うのを決めたのも、お前を世話するのを決めたのも、全部私だ。なら私はその選択の責任を取る必要がある」
蓬とも長い仲だから蓬も願望も出来れば通してやりたいと思うが、それ以上に私の家の中なら亦紅の方が優先なのは私の中では当たり前の事だ。
あの時、死にそうな顔をしてたお前を見てられなくて拾ったのは私だ。
なら私は、お前がもう二度とあんな顔をしなくていい様に、責任とって面倒を見る必要がある。
だから私は、お前と離れるつもりはない。
いつかお前に、私以外の羽を休める止まり木が出来るまで。
「…………そういう事素面で断言するから縛られちゃうんですよねぇ」
「縛られる?」
え、私なんかやらかしてたか?
さっき二度とあんな顔させないなんて思ったのにちょっと不安になってきたぞ。
「ああ、気にしないでください。とにかく、そうやってせんぱいが僕のことを考えてくれてるのが嬉しいので僕も譲歩する気になったって訳です」
「なるほどな」
何だ違うのか。
とりあえず私が束縛DVじみた事を無意識にしていたという事案ではなかった事に胸を撫で下ろしつつ、亦紅の譲歩にも一応の納得は行った。
まあそういう事なら、これ以上追求しなくてもいいかと思うくらいには。
なので、この話題は終わらせて食事に戻ろうとした時。
「…………急にイチャつき始めた。見せつけてる?」
「してないが」
「してますね! 蓬さんに見せつけてます!」
「おい」
「やっぱり。桜と亦紅ちゃんのいじわる」
「だからしてない「いやー、やっぱせんぱいと僕って切っても切れない鎖で繋がれてるみたいな? 固い関係なんですよねー!」おい」
蓬の一言で、再び場がカオスになってしまった。
後亦紅が地味にウザい。
確かにお前と私はもう簡単には縁は切れないだろうが。
それで蓬を煽るな。
「私も、桜との縁は切っても切れない。大学でずっと一緒だし」
蓬も何かヒートアップし始めたし。
さてこの二人をどうしたものかと考えるが、仲良く口喧嘩してる二人に割り込む隙は見出せず。
「…………とりあえず頼むか」
腹もまだ満足してないので、適当に食いたいものを注文して誤魔化す事にした。
あーうどんおいしー。
こういうとこのうどんも味があって好きなんだよなー。
現実逃避気味に食事に集中しながら、ラストオーダーまでとにかく頼んで食い続ける。
結果、時間終了までに私の腹は満足した。
目的は達成した。
いやそうだったか?
まあとにかく腹一杯だからよし!
尚阿呆二名の口喧嘩は時間終了まで続いていた事をここに記す。
途中から最近話題のコスメとかに脱線してたけど。
ほんと仲良いね君たち。
「じゃ、私こっちだから」
「送るか?」
「別にいいよ。まだそんな遅くないし」
「おう。じゃ、また明日」
「うん、またね。亦紅ちゃんも」
「はーい。僕は明日会いませんけど、また一緒にご飯しましょうねー」
「うん。じゃあねー」
焼肉からの帰り道、家が反対方向の蓬と途中で別れる。
腹が満足したのか、亦紅も素直に蓬に手を振る。
いつもこうなら楽なんだけどな…………
「にしても、今日は盛り沢山の一日でしたねー」
「主にお前と蓬がハイテンションなだけだった気がするけどな」
「いやいや、せんぱいも結構テンション高かったですよ」
「何処がだよ」
「僕にあーんしてくれたじゃないですか」
「忘れろ」
「嫌でーす♡永久保存しときました♡」
「悪夢だ…………」
一生の不覚だ…………
何故私はあんな事をやってしまったのか。
やはり亦紅の言うようにテンションが高かったのだろうか。
「いやー、それ以外にも沢山可愛いせんぱいコレクションが集まりましたねぇ。途中からせんぱいもノリノリでしたし」
「断じてそんな事はない」
「いやいや。確かに最初は僕が色々指示しましたけどー、途中からは完全にせんぱいの意思でハートマークとか作ってましたよね?」
「ぐっ…………」
気づけばどんどん私の痴態がこいつに回収されてる気がする。
まずい、このままでは先輩としての威厳がなくなってしまう。
「別にせんぱいに先輩としての威厳とか感じた事ないですけど…………」
うるさい思考を読むな。
「せんぱいがわかりやすいのが原因だと思うんですけど。だからカードゲームで負けるんですよ。カードの使い方は僕より上手いのに」
「顔に出やすいタイプで悪かったな」
「いえ、僕は悪いと思った事ありませんよ? むしろせんぱいの美点だと思ってます」
「本音は?」
「何ですかその振り。本音ですよ本音。せんぱいの顔に出やすい子供…………いえ素直なとこは僕にとって尊敬出来るってだけですよ」
ふむ、なるほど。
碌に先輩の私を先輩として扱う気のないこの阿保後輩も多少は私を先輩として…………いやちょっと待て。
「お前今子供っぽいって言おうとしなかったか?」
「気のせいです。断じて気のせいです。顔に出やすいとことかめちゃくちゃ負けず嫌いなとことか子供っぽくて今の外見相応で可愛いですねなんて事はカケラも思ってないですよ♡」
問い詰めたら気のせいとはとても思えない様な腹立つ笑顔で白を切られた。
やっぱこいつ私の事子供だと思ってるだろ。
許せん。
仮にも年上だぞこっちは。
「お前覚えてろよ…………」
「睨んでも可愛いだけですよせんぱい♡あーもう本当可愛いですね♡このまま抱っこして持ち帰って飾っちゃいましょうか♡」
「うわロリコン怖…………」
「いやガチで引かないでくださいよ」
お前の怪力を知ってる身としては抱っこなんてされたら抵抗出来ずに愛でられそうで洒落になってないんだが。
お前の事だから手は出さないのはわかってるけど代わりに着せ替え人形にされそうな未来が見えるぞ。
もしもしポリスメン?
「すいませんマジで謝るんでそれはやめてください」
「冗談だ」
「目がガチ引きだったんですけど」
それはお前の自業自得だ。
「はぁ…………全く、可愛いせんぱいを愛でたいというこの純粋な願いがどうして受け入れられないんでしょうか」
「濁った欲望の間違いだろ」
この感じ、そのまま聞き流してたら暴走したこいつに拉致されるまでは行かないだろうけどマジで抱っこされてもおかしくはなかったな。
危ない危ない。
「で、そんな可愛いせんぱいにちょっとした提案なんですけど」
と、私の危機回避能力を自画自賛してると、亦紅が変な事を言ってきた。
個人的にはさっきの今で不安なんだが…………
「まだ言うか。話だけは聞いてやる」
まあなんだかんだ言ってもこいつの人柄はよく知っている。
なのでここで変な事は提案しないだろうと、続きを促す。
「…………なるほど」
果たして、亦紅から出された提案は私にとってもそれなりに有意義な提案だった。
夜、私の部屋。
「ふんふんふ〜ん♪」
私は、亦紅の提案に従い、亦紅に自分の髪の毛を手入れされていた。
亦紅の言い分としてはこうだ。
『せんぱいがいくら女の子としての動きが出来ると言っても、髪の手入れはせんぱいにとっては面倒だからやりたくないですよね? だけどサボったら蓬さんに絶対小言言われますよ。なのでせんぱいの後輩たる僕がそのお手入れをしてあげましょう! ほら僕、髪の手入れなら手慣れてますし!』
なるほど、確かに理に適ってる。
私の髪は肩までの長さと言っても男の時より大分長くなっている。
当然、その変化に合わせて私も手入れする必要があるのだろうが…………正直言って可能不可能より先に面倒くさい、という気持ちが出てくる。
だけどサボると亦紅の言う通り蓬に色々言われるのは間違いない。
なので綺麗なブロンドの長髪を日々維持している亦紅に手入れをしてもらうのは、確かに私にとって助かる提案だった。
というわけで、亦紅愛用のブラシでブラッシングされている。
とはいえ、亦紅より私の髪は短い。
なのでブラッシングもすぐに終わる。
で、次なんだが。
「せんぱい、次どうします? 僕が全部やりますか? それともせんぱいがやります? 一応せんぱいも洗い方はわかるんですよね?」
「ああ、身体が覚えている。他のヘアケア用品も私の部屋に何故かあるのを確認したから私一人でも問題はない。ないが…………」
地味に悩む。
このまま亦紅に洗ってもらうか、洗うとこは自分でするかだ。
自分でやるのは面倒だから亦紅に全部やってもらいたいとこはあるが、流石にそれはまずいだろう。
主に絵面が。
悩んだ結果、とりあえず今回は自分で洗う、という事にした。
「別に気にしなくてもいいんですけどね」
と、亦紅は言うが亦紅の提案とはいえ余り手間というか変なリスクを負わせたくない。
代わりに亦紅の髪を私がやれば等価交換でいいんじゃないかという提案もあったが、お手入れ素人の私の手で亦紅の髪を傷つけたくないので断らせてもらった。
というかそれは私の方が面倒くさくないか?
閑話休題。
とりあえず、一旦亦紅をリビングに置いてパジャマ片手に風呂場に向かい、お湯を出すために蛇口を捻る。
だけどまだ水なので、温まるまでの時間潰しに鏡で自分の姿を改めて見る。
「…………やっぱ見事なまでに小さいなこれ」
そこにいるのは、やはり見事なまでの幼女だった。
癖のない綺麗なピンクの髪、大きな瞳、薔薇色の頬、もちっとした肌、平坦で小さな胸、短い手足、そして何故かちょっと膨らんでるお腹。
うん、何処から見ても幼女だ。
しかもクラスどころか地域で話題になりそうなレベルの美幼女だ。
正直私の趣味としては大きい方が好みだからどうせ変わるならならもっと大きくなっといてくれよと思うが。
後小学校中学年から高学年くらいの身長なのにイカ腹なのはどういう事だよという突っ込みたくなる気持ちにもなる。
亦紅の趣味に合わせて二次元体型でモデリングでもしたのか。
と、変わってしまった自分の身体に改めて何らかの意図を感じていると、足元に伝わる水が温かくなる。
どうやらお湯になったらしい。
逆方向に蛇口を捻り、シャワーヘッドからお湯を出して全身を洗う。
そして身体の記憶に従い、男の時よりも丁寧に全身を洗っていく。
いや本当身体が覚えてくれてるから適応が楽だな。
面倒くさいのには変わらないけど。
そうこうしてる内に身体も髪も洗い終わったので、脱衣所で水分を拭き取る。
ぽんぽん叩く様に水分を拭き取り、タオルをかごに投げて謎に可愛らしいパジャマに着替えてベッドに向かうと、ドライヤーとタオルを構えた亦紅が待ち構えていた。
意図はわかるのでその膝に座り込む。
「お、ちゃんと出来てますねー。じゃあ仕上げ、やっちゃいますねー」
「頼んだ」
はーい、という返答と共に亦紅がオイルを髪に塗りこんでいく。
そして十分塗り終わったタイミングでドライヤーを動かして、先端から乾かしていく。
そこからしばらく亦紅のされるがままに乾かされていく。
そして。
「これで終わりですよー」
ドライヤーの音が止まったと同時、亦紅の膝から解放される。
手入れの終わった髪を触ってみると、サラサラした手触りで気持ちいい。
「おー」
これが手入れの力か、とつい間抜けな声が漏れてしまった。
「いやそれはせんぱいの髪質がすごい良いだけだと思いますけど」
「そうなのか?」
「流石に一回の手入れでそんな劇的に変わりませんよ」
そういうものか。
「そういうものです。さ、せんぱいの手入れも終わったし僕もしてくるとしますか」
「ドアから出ろよ」
「はいはい。じゃあまた後で」
「おう」
という訳で、亦紅がいつも通り出て行ったので私も寝るために諸々の準備を整えて、ベッドに沈み込み、いつも通りに時間を潰す。
「お邪魔しま〜す」
すると亦紅が潜り込んできたので電気を消し、就寝に備える。
「おやすみなさい、せんぱい」
「おやすみ」
そしていつも通りに挨拶を交わして、眠ろうとした、のだが。
「…………おい」
「何ですか?」
「何故匂いを嗅いでる」
何か阿保が私の髪に顔を埋めて匂いを嗅いでたので無理だった。
「いや何か昨日までのせんぱいと匂いが違うから落ちつかないんですよ。なのでたっぷり嗅いで慣れておこうかと」
犬かお前は?
…………いやこいつ割と匂いに敏感なとこあるから犬だわ。
まあそういう事なら仕方ないが…………髪を嗅がれると私が眠れん。
というわけで。
「なら今日はこうしてやる」
「え? …………わぷっ」
亦紅の頭を私の胸に抱いて眠ることにする。
これなら私はスムーズに眠れる、亦紅は私の匂いに慣れる。
ウィンウィンだ。
「さあ存分に嗅げ。私は寝る」
「いやちょっとこれは恥ずかしいんですけど」
「生意気」
「更に密着させないでくださいよ」
「私は早く寝たいんだよ。というわけでおやすみ」
亦紅の頭を抱き枕(抱き枕かこれ?)に瞼を閉じる。
普段と逆の状況だが、ふむ存外悪くない。
少なくとも亦紅が私を抱き枕にしてたのも三割くらいは理解出来るな。
今日は安眠出来そうだ。
そんな事を考えている内に、意識が沈んでいく。
今日は色々あったし、かなり疲れたからな。
落ち着きさえすればすぐ眠れる。
という訳で、おやすみー…………
「えー…………本当に寝ちゃいましたよこのせんぱい…………まあちょっと役得ですからいいですけど…………」
何か阿保の文句が聞こえた気がするけど知らん。
登場人物紹介
桜 実は死ぬほど重いTSイカ腹幼女。亦紅がいい人見つけて出てく分には全く止めないけど亦紅に害を与えそうな奴が亦紅を持っていこうとしたら死ぬほどキレる。亦紅の事は人として好きだけどそれよりも責任感が割合大きかったり。拾ったきっかけは隣が事故物件になるのは困るし寝覚めが悪いという俗な理由。ちなみに亦紅の過去を聞いて亦紅が引くくらいキレた事がある。
割と異常者の類。
亦紅 せんぱい大好き大型犬男の娘後輩。地味にせんぱいの匂いが変わった事にショックを受けている。せんぱいを抱き枕にしないと眠れなかった系後輩。今でも一人で眠る時はせんぱいの匂いがないと中々寝付けなかったりする。ちなみに今の桜にASMRされたら死ぬ。
実は常識人寄り。
蓬 可愛いもの大好き天然ボケ同級生。割と狡猾な面があったりする。桜は今のままでも可愛いけどもう少し大きくなったらもっと私好みで可愛いと思ってる。ちなみに桜と亦紅がイチャイチャするのを見て楽しんでる。実は揶揄い好きだったり。
異常者か常識人なら異常者寄り。