「は?」
亦紅の、先祖。
目の前の男は、そう言ったのか。
予想外の言葉に、思考がフリーズする。
「驚いたか? 驚くよな。何せお前の可愛い後輩にそっくりな男が、その後輩の先祖だって世迷言を宣ったんだからな。だが悲しいかな、俺がお前の後輩の先祖っていうのは否定しようもない事実だ」
そんな私の様子に笑みを漏らしながら、自称元凶が言外の疑問を肯定する。
その堂々とした様子は、今の私に起きている超常的現象も相まって、元凶曰くの世迷言に、幾らかの真実味を持たせていた。
それにもう一つ、この元凶の言葉が真実だと考えるのに十分な証拠があった。
それは…………この元凶が亦紅と瓜二つの顔をしている、ということだ。
こいつが真実亦紅の先祖なら、二人が瓜二つの顔である事に説明がつく。
つまり。
「…………お前が亦紅にそっくりなんじゃない。亦紅がお前にそっくりなんだ、と。そう言いたいのか?」
因果が逆、ということだ。
「ま、俺が先祖なんだからそういう事になるな」
なるほど、あっさり首肯したあたり少なくともこいつにとっては常識レベルの真実らしい。
私としてはまだ若干の疑いがある、と言ったところだが。
ただ、こいつが悪意で亦紅の姿を取っている訳ではないのは理解した。
そのせいか、最初に抱いた悪印象が若干軽減する。
しかし。
「だから偽物はどちらかと言えばお前の後「違うな」何?」
次の言葉で、一気に悪化した。
亦紅が、偽物?
ふざけるなよ。
私の理解の及ばない超常的な存在に、理性が最大レベルの警告をしてるのにも関わらず、業火の様な怒りが吹き上がる。
その怒りのまま、目の前の元凶に喧嘩を売る。
「私にとってお前が亦紅の偽物なのは変わらない。いくらお前が私の可愛い後輩の先祖で、後輩の方がお前に似ているとしてもな。後輩の振りをした時点で私にとってはお前の方が偽物だ」
お前がどれだけ超常的な存在、例え神と呼ばれる様な存在だったとしても、私にとって偽物はお前の方だ。
亦紅が偽物なんて事は断じてあり得ない。
私が愛を向けるのはお前じゃない。
亦紅だ。
そんな思いを込めて、目の前の元凶を射殺さんばかりに睨みつける。
お前を許してなるものかと。
すると。
「…………は、はは。はははははは! 俺が先祖だと知って尚、あくまで俺の方が偽物だと、そう言い切るか! いいね君、やっぱり気に入った! うん、合格だ!」
「…………何?」
何が面白いのか、元凶が腹を抱えて笑い始めた。
「君にならあの子を任せられるって言ったのさ」
「あの子?」
「君の可愛い後輩、亦紅の事だよ」
「待て、話がわからん。何故そうなる」
合格というのもわからんし、亦紅を任せられるというのもわからん。
私が口にしてない筈の亦紅の名前をこいつが知ってるのはまあ、理解できなくもないが。
元人間の先祖らしいし。
「まあそれは説明するが…………その前にまず、亦紅を侮辱する様な事を言ってすまなかったな」
突然の展開に思わず毒気を抜かれて困惑していると、目の前の元凶がいきなり頭を下げた。
同時に、周りからざわざわと妙な声。
耳を澄ましてみると、何かこの元凶が不審者なんじゃないかといった類の言葉が聞こえてきた。
…………今の私は見た目幼女だから、それに相対する金髪の男がいきなり大声で笑い出して頭を下げてるのは確かに怪しいか。
まずいな、このままだと通報されてしまう。
そしたら話どころじゃないぞ。
「おい、とりあえず頭を上げろ。周りの視線がヤバいから」
なので頭を上げさせて、色々と誤魔化しながら周囲の視線を一旦逸らす。
「…………で、どういう事なんだ」
その結果、警察に通報、という最悪の事態はどうにか避けられたみたいなので、改めて話の続きを促す。
「簡単な事だ。君なら亦紅と添い遂げられると判断した。なので俺のお墨付きを与えたという訳だ」
「…………それは、娘の父親に結婚の許しを貰う、みたいな話か?」
この場合、亦紅は息子なので逆な気もするが。
ついでに言えば目の前の男はあくまで亦紅の先祖(本当なら)であって親ではないわけだが。
後何か呼び方変わってるな。
「結婚。結婚ね。…………はは、確かにその通りだな! 何せ君達、結婚出来る訳だしな! そうだ、俺は君達が結婚する事を許したのさ!」
私の質問に歯を見せて笑いながら、元凶が肯定する。
…………言われて気づいたが、確かに今の私と亦紅は結婚出来るのか。
ふむ、結婚か。
亦紅がどう思うかは知らないが、あいつの人生を貰った分の責任を果たす手段としてはアリだな。
無論、亦紅が賛成するのなら、という枕詞が付くが。
ともあれ、とりあえず合格という言葉の意味はわかった。
では次の質問だ。
「なるほど、その件については理解した。ではもう一つ聞きたい。…………何故、亦紅を偽物などと宣った?」
謝罪はされたが、その理由をまだ聞いていない。
…………正直、まだ心の底では怒りの感情が燻っている。
だから理由如何ではまた爆発してしまいそうだが、それでもこの男が何故そんな事をしたのか、確かめる必要がある。
亦紅にとって、何が害悪なのかを見極めるために。
私の一生は亦紅のものだ。
だからこそ、亦紅が幸せになれる様に手を尽くさなければならない。
それが例え、超常たる何かに喧嘩を売ることになっても。
「それについては、重ねて悪かった。だけど、必要な事だったんだ」
「…………何?」
果たして、目の前の元凶を名乗る男からの釈明は、何とも言えないものだった。
いや、言葉だけ見たら正直ふざけんじゃねえぞ、って吐き捨てたくなるんだが。
何というか目が、とても真剣だった。
少なくとも、こいつは真実必要だと思ってあんな事を言った、という事が読み取れた。
なので私としても逆に困惑して、続きを促す事しか出来なかった。
「君という存在を見極める為にな」
「…………どういう事だ?」
「その前に。君、あの子の過去について聞いた事はあるか?」
「…………いや、詳しくは。精々、変なアプローチされて色々と参ってた、ってくらいか」
正直、亦紅の過去については詳しくは知らない。
時折漏れる言葉的に実家や故郷の環境が酷かったのは何となく察せるが。
本人もあんまり言いたくなさそうだから、特に触れる理由がなかった。
それが何か関係あるのだろうか?
「そうか。なら、結論だけ言おう。詳しく言うとあの子のデリケートな部分に繋がるしな。…………俺は、知りたかったんだ。君が、あの子の事を本当に愛しているのか。あの子を通して別の影を見てないか、確かめたかったんだ」
「だから…………敢えて、侮辱した、と?」
「そうだ。君の反応を見る限り、俺の杞憂だったがな。…………君にとって許し難い事をしたのはわかっている。だから許せとは言わない。それでも、必要な事だった」
「…………それは、亦紅の為か?」
「そうだな。あの子の為だ。あの子がこれからの人生、幸せでいられるよう…………あの子と添い遂げる人間は、俺がこの目で見ておきたかった」
…………なるほど。
どうやら私とこの男は、似たもの同士らしい。
亦紅の事になると、ブレーキが壊れる人種の様だ。
それに気づくと、先程までの嫌悪感が薄れていく。
というか、怒る気が失せた。
亦紅の為にやったなら、仕方ないと思ってしまったからだ。
最早あり得ない仮定だが、仮に亦紅に私以外の…………まあ、彼女? が出来たらこいつと同じ様に見極めようとはするだろうからな。
何というか、共感してしまったんだ。
まあ、そのための手段が亦紅を騙り、侮辱する事だった事に不満はあるが…………飲み込む事は出来る。
ただし。
「…………亦紅の為、というのはわかった。だから、今回はこっちが飲み込もう。だけど…………二度と、その顔で亦紅を騙るな」
二度目は無い。
「…………君のあの子への愛に誓って約束しよう。二度と、こんな事はしない」
「その言葉、裏切るなよ。亦紅の為と言うのなら」
「承知した」
目の前の元凶がこちらをじっと見据えたまま、ゆっくりと頷く。
その態度には少なくとも、嘘の様なものは混じってないように見えた。
まあ私の勘なので当てになるかは怪しいが…………疑ってもキリがないので一旦ここで手打ちにした方がいい。
という訳で、気になっていた別の話題を振ってみる。
「ところで…………結局、何で私は女になったんだ?」
それは、私が女になるという摩訶不思議な現象が何故起こったのかというものだ。
この元凶は原因であって犯人ではないらしいが、事情通みたいだしその理由くらいは知ってるだろう。
…………と、思ったのだが。
「悪いが、今それを言うわけにはいかないな」
「は?」
返ってきたのは、明らかなはぐらかしだった。
「…………おい、なら何故思わせぶりな事を言った」
正直この謎がわからないならお前に付き合った意味が半分ほど無くなるんだが。
「そう睨むなよ。今は言えないってだけだ。君が女になったのは、あの子が原因って訳じゃないが、あの子の生い立ちやら過去やらにも関わる事だからな。故に、あの子の過去を知らない君に詳しい部分を教える訳にはいかない」
「…………む」
しかし、元凶の補足に黙るしかなくなってしまった。
私の抱くこの謎が、亦紅のデリケートな部分に否が応でも触れてしまうものならば、こいつから無理矢理聞き出す訳にはいかない。
こいつの言う通り、せめて亦紅に直接聞いてからでないと私には無理だ。
…………しかし、初日に冗談染みて言った亦紅関係という予想が当たってるとはな。
あいつの実家、どうなってんだ?
疑問に思いつつも、とりあえずこの場では解決しないので一旦機嫌を直す。
「納得してくれた様で何より。お詫びと言ってはなんだが、君が知りたい事を教えてやろう」
すると、元凶がまた思わせぶりな事を言ってきた。
「またはぐらかすなよ」
「わかってるって。で、本題だが…………その身体はあの子の趣味が多分に反映されてるけど、身体としては既に大人だ。酒は普通に飲めるぞ」
「…………それは助かるな」
三度目の正直(二度目だが)という奴か、今度は確かに私の知りたい情報だった。
なるほど、成人済みか。
これなら存分にアレを飲めるな。
…………後やっぱりこの身体は亦紅の趣味が反映されてるのか。
今更な話とはいえ、超常現象にちょくちょく混ざる若干の俗っぽさに何となく呆れの様な感情が湧いてくる。
まあ亦紅がロリコンということなんて前から知ってるから別に失望とかしないけどな。
亦紅本人が原因って訳ではないのは確定したし。
むしろ、自分の趣味を私という形で世にバラされているんだからある意味被害者だろう。
…………どう考えても喜んでる様に見えるが、被害者という事にしておこう。
閑話休題。
ふと時計を見ると、結構時間が経っていた。
どうやら結構長い間こいつと話していたらしい。
何やらこいつがフォローしてくれるらしいが、時間を浪費するのも良くはないだろう。
そろそろ大学に行ったほうがいいか。
そう思い、最後の質問を元凶に尋ねる。
「時間も無いし最後に訊きたいんだが、お前の名前を教えてくれ」
この元凶曰く、この男は亦紅の先祖だ。
そして私は何故か結婚の許しをこの男に貰った。
ならば、その分の敬意を払うのに名前を知る事は重要だろう。
…………敬意を払うと言ってる割に今までの態度が無礼?
この男が亦紅を侮辱したのが悪い。
飲み込みはしたけど許しては無いからな。
「最後に訊く事が俺の名前か。男に戻れるのかとか聞かなくていいのか?」
そんな私の思惑を他所に、元凶が不思議な顔をする。
私が男に戻れるか、ね。
亦紅も似たような事を聞いてきたが…………正直、そんなのは私にとっては相変わらずどうでもいい話だな。
どうせ戻れないだろうし。
それに。
「男に戻る気は今のところないからな」
戻れるとして、戻る気なんてさらさらないからな。
まあ、そう決めたのはついさっきの事だけど。
別にそれまでも積極的に戻りたいという訳でもなかったが。
…………さっき、こいつと話していて思った。
今の私なら、亦紅と結婚という手段が取れる。
それは、私が亦紅の人生を背負うのにぴったりすぎる手段だ。
亦紅の人生を貰った責任が私にはある以上、この手段を使わない手は無い。
その代わり、これからは女として生きてく事になるが…………まあ、どうでもいいな。
私は私だし。
「…………イカれてるな君は」
「失礼だな」
イカれてるのはお前みたいな超常の存在がいる事だろ。
「いやいや、人か化け物なら化け物の俺から見てもイカれてるぞ君は。君に起きている事は君という人間の否定なのに、あっさりとそれを受け入れ、あまつさえそのままでいる事を望むなんて」
「亦紅の人生を背負うならこっちの方が都合がいい。だからこっちを選んだだけだ」
「…………なるほど。こりゃあの子も堕ちる訳だ」
「何か言ったか?」
「いや、何も。では、君のその愛に感謝と敬意を表して…………俺も名乗ろうか」
「俺の名前は、連翹(レンギョウ)。雪花 連翹だ」
連翹。
それがこの男の名前か。
「…………よろしくお願いします、連翹殿、でいいか?」
一応は人ならざるものらしいし、今更だが敬意を払っといた方がいいだろう。
私は超常存在にはそれなりに靡くタイプだ。
「やめてくれ。君に敬われるとか寒気がする。連翹でいいよ君は。代わりに、君の事を名前で呼んでも?」
「それはまあ好きにしてくれていいが…………ちょっと待て。私は教えてないぞ」
連翹的にはダメだったらしい。
まあ呼び捨てでいいならそっちのが楽だから遠慮なく連翹と呼ばせてもらうが。
後私の名前をどうやって知った。
「これでも一応、敬われる神の類なんでね。それくらいは出来るぞ」
しれっと自分が神の類ってバラしたな…………
まあ神の類なら知っててもおかしくないか。
「じゃあ桜。俺もこれで帰らせてもらう。と、言い忘れてた事があったな…………」
「何だ?」
「桜。君と亦紅には、近いうちに試練が訪れる。その時、全てを話そう。…………じゃ、俺は帰るから。君の欠席のフォローはしておくから、会計よろしく」
「は?」
何か気になる事言ったと思ったら会計を私に押し付けようとしてるんだがこの神。
しかも何か消え始めてるし。
「いやちょっと待…………」
慌てて連翹を止めようとするが、制止も虚しく連翹が溶けるように消えていく。
こいつマジか。
神の癖に会計全部押し付けて行ったぞ。
大して頼んでないからまだマシだが。
「…………はあ」
何というか、私を振り回すとこは流石亦紅の先祖って感じだな。
顔だけでなく性格も似るなよ。
神らしくあれよそこは。
いや、欠席のフォローとかしてくれるらしいからそこはまあギリギリ神らしいか?
まあいいか。
逃げた神より、重要な事がある。
「…………試練、ね」
私と亦紅に降りかかる試練。
どんなものか知らんが、まあ碌でもないものなのは間違いないだろう。
さて、どうするか…………
「いや、考えるまでもないか」
私と亦紅の間に割って入ろうとするなら、誰であろうが許さない。
そいつが例え、神の如き力を持っていたとしても。
それだけの、シンプルな話だ。
どんな試練だろうが、ぶっ飛ばしてやる。
「じゃ、行くか」
ここでやる事も無くなったので、さっさと大学に行くとしよう。
レジに向かい、会計を済ませて大学に向かう。
尚、大学で着いた時、いきなり受けていない筈の講義の記憶が流れ込んできた事をここに記す。
蓬に聞いても、私は1コマ目からいたという事になってるらしい。
なるほど、連翹は確かに神の類ではあるようだ。
会計をこちらに押し付けて逃げるやたらと俗っぽい神だけど。
そんな事を思いながら、今日も一日が過ぎて行った。
夜、夕飯時。
「…………」
「…………」
なんか亦紅の様子がおかしい。
普段なら憎まれ口の一つや二つや三つくらい叩くのに、今日は妙に静かだ。
夕飯ならもう少しはしゃいでいるのがデフォルトなのに、ただ黙々と箸を動かしてる。
と言うか、食べてない。
何も摘んでない箸を口と食器の間で往復させてるだけだ。
「…………亦紅?」
「…………」
呼びかけても、こうだ。
何か帰ってきた時からこんな感じで上の空なんだよな。
おかげでまだチョーカーを返せてないし連翹の話も出来ていない。
おかしいな、味付けでもミスったか?
今日は今朝色々と助けられた感謝の印に亦紅が好きなチーズインハンバーグを出してみたんだが。
「…………」
ぱく、と自分の分を食べてみる。
美味い。
つまり私の味覚がおかしくなったとかでも無い限り、このハンバーグが原因で上の空では無いようだ。
じゃあ何故だろうか。
考えても、答えは出ない。
直接聞こうにも、当の亦紅がこの有様である。
どうしたものか。
「…………」
相変わらず亦紅は上の空だし。
大声で呼び掛ければ元に戻るだろうか。
その時。
「…………待てよ」
私の中に、ちょっとした悪戯な閃きが舞い降りた。
その閃きに従い、一旦食事を止めて亦紅の近くに寄ってみる。
大声で呼びかけるより、耳元で囁いた方がロリコンのこいつには覿面だろ。
近くに寄ってみても亦紅は上の空のままで、何やらぶつぶつ言っている。
何か考え事でもしてるのだろうか。
まあしていたとしても今からそれを邪魔する訳だが。
考え事しようが何しようが別に構わんがせめて飯を食え。
という訳で。
「もーこーうっ」
「うわぁっ⁉︎」
こいつの喜びそうな、煽る様な感じのロリ声で囁く。
すると、予想通り驚いた亦紅がひっくり返った。
「何するんですかせんぱい!」
「それはこっちのセリフだ阿呆。何を考えてるのか知らんがまず飯を食え。冷めるだろ」
「いや、僕はちゃんとご飯食べて…………ませんね」
不満そうに亦紅が抗議するが、食卓に残る自分の分の夕飯を見て黙り込んだ。
「ほらな。別に考え事をするな、とは言わんが食事も覚束なくなるようなら一旦それは止めろ。…………それとも、考え事に集中出来るように私が食べさせてやった方がいいか?」
「む…………」
まあ半分冗談だが。
半分冗談なのはこいつがまた上の空になった場合は実行するつもりだからだ。
こいつ監視しとかないと不規則に食事を取るからな…………私の目が黒い内に食べさせないと。
とはいえ、ここまでキツく言っといたら亦紅も自分で食べるだろう。
こいつも、私に食べさせられるのは流石に恥ずかしいから避けたい筈。
…………と、思っていたのだが。
「…………おい」
予想に反して、亦紅は雛鳥の様に口を開けて待っていた。
食べさせろ、という事らしい。
「何ですかせんぱい。食べさせてくれるんですよね」
顔を赤らめながら、早くしろと言いたげに亦紅が口を尖らせる。
いや恥ずかしいならやるなよ…………
内心ため息を吐くが、まあ自分で撒いた種だ。
やってやろうじゃないか。
「…………仕方ないな、ほら、あーん」
ハンバーグを箸で適当な大きさに割ってやって、亦紅の口に運ぶ。
素直にそれを受け入れた亦紅が、もぐもぐとハンバーグを咀嚼する。
それをごくん、と飲み込み
「…………美味しいです」
とコメント。
「それは良かった。ほらもっと食え。出来れば自分で食え」
亦紅のその様子に、どうやら普段通りに作れていたらしいと密かに安堵する。
後亦紅の食べる様子を見ていたら何かこっちも恥ずかしくなってきたので自分で食べさせようと亦紅に箸を渡す。
しかし。
「それは嫌です。次はご飯と一緒に食べさせてください」
亦紅に箸を返されて、私が食べさせる事になってしまった。
私が言い出した事なので強く言い返す事も出来ない。
クソ、逆手に取られてしまった。
お前も恥ずかしい癖に。
まだ顔赤いぞ。
と言っても、亦紅に譲る気は無いようだが。
…………結局、自分で撒いた種は自分で始末するしかないか。
「…………甘えん坊だな、お前は」
「せんぱいが甘えん坊にしたんです」
負け惜しみの様に亦紅に憎まれ口を叩きながら、諦めてさっきの様に食べさせる。
お互いに、妙な恥ずかしさを残しながら。
そのまま、奇妙な夕飯の時が過ぎて行った。
「…………」
ご飯を桜せんぱいに食べさせてもらってから、しばらくして。
僕は僕の中の問題に、一つの結論を出しました。
僕の中の、桜せんぱいへの気持ちへの結論を。
…………この胸の違和感に気づいてから、今日一日、ずっと考えていました。
せんぱいに叱られるくらい、上の空になる程に。
僕が、せんぱいの事をどう思ってるのか。
それだけを、考えていました。
…………せんぱいにも言いましたけど、僕はもうせんぱいがいないと生きていけないくらい、せんぱいの事が大好きです。
だけど…………僕は今までその感情を、友愛や親愛、そう呼ばれる類の感情だと思っていました。
でも、違ったんです。
それだけじゃ、なかったんです。
さっき、せんぱいにご飯を食べさせてもらって、わかりました。
僕は…………桜せんぱいに、恋してしまっているのだと。
恋されるのも、恋するのも嫌だった筈なのに。
僕は桜せんぱいに、どうしようもない程恋してしまっているんです。
その証拠に、今凄いドキドキしています。
桜せんぱいに食べさせてもらうなんて、別に初めてでもないのに…………平静を保つのが大変なくらい、胸が跳ねて仕方ありません。
これが恋以外の何なんでしょうか。
僕には、恋にしか見えません。
同時に、気づきました。
この気持ちは、今日いきなり出たものではないということに。
きっとこれは、せんぱいの事が好きになった時からここに在った気持ちです。
でも恋愛感情を嫌った僕が、無意識のうちに心の奥底に蓋をして閉じ込めていたんです。
きっかけは、今朝の出来事です。
あの時僕は、せんぱいの壁を壊しました。
その結果、せんぱいは僕を求めてくれましたが…………同時に、僕にもせんぱいを手離したくないという思いが生まれたんです。
その独占欲が僕の中の蓋を外して…………僕の中に封印されていた、恋という気持ちを解き放ったんです。
…………皮肉な事です。
身勝手なアプローチに辟易して、遠ざける様になった筈の恋という感情に、とうの昔から堕ちていたなんて。
今なら、彼らの気持ちも少しは理解できます。
せんぱいにこの感情が通じて欲しいと、僕も思っているのですから。
…………だからこそ。
僕はこの気持ちを、表に出さない事にしました。
だって、桜せんぱいに迷惑です。
桜せんぱいは僕を愛してくれてますが、そこに恋愛感情の様なものは感じません。
桜せんぱいはきっと…………親の様な目線で、僕を見ているのでしょう。
それは、僕の中にある感情とは決定的に違っています。
だから、この想いを伝えてもきっと、関係が壊れるだけです。
そうなるならいっそ、この先輩と後輩という関係をずっと維持した方がよっぽどいいです。
僕の中の気持ちは、恋愛だけじゃないですしね。
我慢するくらい、余裕です。
…………そう、思っていたのに。
「ところで亦紅、お前結婚とか興味あるか?」
洗い物をしていた桜せんぱいが、全部ぶち壊していきました。
登場人物紹介
桜 イカれTS幼女。亦紅への愛が重い。亦紅となら結婚してもいいと思ってる。
亦紅 繊細大型犬系男の娘。桜に恋してる事を自覚したけど桜と自分の中で抱く感情のズレを感じてるので封印しようとした。なんか桜にぶち壊された。
連翹 亦紅にそっくりなお爺さん兼神。亦紅の事をずっと見ていた。亦紅の為にキレる桜がめちゃくちゃ気に入ってる。尚会計は任せる。