個性「死に戻り」の青山くん   作:永愛垣生

10 / 13
一度目の十分間

 演習場Dは、ひとつの街だった。

 

 門の向こうに、ビルが立ち並び、交差点が走り、信号機まで灯っている。人の気配だけが、どこにもない。巨大な門の前で、数十人の受験生が息を詰めてその時を待っていた。

 

 誰かが屈伸をしている。誰かが拳を握っては開いている。誰かが、小さく神様に祈っている。

 

「ハイスタート!」

 

 唐突に、どこからかマイクの声が響いた。

 

 受験生たちが、一斉にきょとんと顔を上げる。

 

「どうしたあ!? 実戦じゃカウントなんざねえんだよ!! 走れ走れぇ!! 賽は投げられてんぞ!!」

 

 その声が終わるより早く、僕は門の内側へ飛び込んでいた。

 

 唐突な合図にも、驚きはしなかった。知らない明日に放り込まれることには慣れている。何度死んで、何度目を覚ましても、そこにあるのはいつだって、予告なしに始まる一日だった。

 

 最初の交差点を曲がると、一ポイントの仮想敵が二体、こちらへ向かってきた。

 

『標的捕捉! ブッ殺ス!』

 

 機械仕掛けの声。腕の代わりについた鉄の棍棒。

 

 お腹に力を込める。

 

 細く絞った光が二本、立て続けにほとばしった。装甲の継ぎ目を撃ち抜かれたロボットが、火花を散らして崩れ落ちる。

 

 二ポイント。

 

 悪くない。けれど、これでは足りない。三百倍の倍率を勝ち抜くには、もっと効率よく稼がなければ。

 

 僕は、手近な雑居ビルの非常階段を駆け上がった。

 

 三階の踊り場から見下ろすと、大通りの様子がよく見えた。受験生たちが、それぞれ散らばって仮想敵と戦っている。火を吹く者、腕を硬化させる者、地面を泥に変える者。誰もが、自分の目の前の一体に必死だった。

 

 そして、通りの先の広場に、仮想敵が群れていた。

 

 一ポイントが四体、二ポイントが三体、三ポイントが二体。まだ誰も気づいていない。

 

 距離は、およそ五十メートル。普段の細い光では届かない。届いても、一体ずつしか倒せない。

 

 なら、太く撃てばいい。

 

 僕は、踊り場の手すりに足をかけた。

 

 下から、誰かの驚いたような声がした。三階の高さから飛び降りようとする受験生を見れば、誰だってそう思うだろう。

 

 構わなかった。

 

 足を折っても、背骨を折っても、死ぬだけだ。死ねば、三日前に戻るだけだ。

 

 僕は、空中に身を躍らせた。

 

 落下しながら、お腹の奥に溜めていた力を、一気に解き放つ。

 

 腕ほどの太さの光の束が、広場の仮想敵の群れを薙ぎ払った。装甲が溶け、金属が弾け、鉄の体が次々と崩れ落ちる。光の反動で、僕の体は空中でわずかに押し戻され、落下の勢いが少しだけ削がれた。

 

 それでも、地面は硬かった。

 

 受け身を取った右肩が、嫌な音を立てた。一瞬、視界が白く弾けた。お腹の中では、あの光が暴れ狂っていた。

 

 お腹の奥が、ぎゅるりと嫌な音を立てた。光を撃ちすぎた時の、いつもの感覚だ。けれど、朝からパン半分しか入れていない腹の中には、壊れて困るものなどほとんど残っていない。僕はアスファルトに膝をついたまま、広場を見た。

 

 仮想敵の残骸が、九つ。

 

 合わせて、十七ポイント。

 

 口元を拭い、外れかけた肩を壁に打ちつけて無理やり押し込む。悲鳴が喉まで出かかったけれど、歯を食いしばって飲み込んだ。

 

「ふふ……ご覧よ、このキラメキを☆」

 

 誰も見ていなかった。それで良かった。今の僕の顔は、とても人に見せられるものではなかったはずだから。

 

   ◇ ◇ ◇

 

 それからの数分間を、僕はほとんど覚えていない。

 

 ただ、走って、撃って、壊した。お腹はとうに壊れていたけれど、空っぽの腹が壊れたところで、何も困らなかった。エネルギー効率が、強引に体を動かし続けた。肩が痛んでも、腕は上がった。痛みというのは、命に関わらない限り、ただの情報にすぎない。何度も死んできた僕の体は、いつの間にかそれを覚えていた。

 

 ビルの屋上から屋上へ飛び移った。仮想敵の真正面に飛び込んで、至近距離から撃ち抜いた。三ポイントの巨体が倒れてくるのを、避けずに撃ち続けて、崩れた鉄の腕の隙間を転がり抜けた。

 

 他の受験生たちが、時折ぎょっとしたように僕を見た。

 

 あいつ、正気か、という目だった。

 

「お、おい、お前! その肩、外れてんじゃねえのか!?」

 

 一度だけ、両腕をバネのように伸び縮みさせる大柄な受験生に呼び止められた。心配そうな顔だった。受験の最中に、見ず知らずのライバルを気にかけるなんて、お人好しにもほどがある。

 

「ノンノン、これは脱臼ではなく、キラメキが溢れ出しているだけさ☆」

 

「いや意味分かんねえよ! 無理すんなって、怪我したら元も子も――」

 

「心配ありがとう。でも、平気なんだ」

 

 本当に、平気だった。

 

 怪我をしたら、元も子もない。それは、一度きりの人生を生きている人間の理屈だ。僕には当てはまらない。

 

 彼の制止を背中で聞き流して、僕はまた次の仮想敵へ走った。

 

 正気だった。少なくとも、僕は自分を正気だと思っていた。死んでも構わないのなら、恐れるものは何もない。それは、とても合理的な考え方に思えた。

 

 八分が過ぎた頃だった。

 

 地面が、揺れた。

 

 ビルの陰から、見上げるほど巨大な影が立ち上がった。五階建てのビルよりも、さらに高い。〇ポイントの「お邪魔虫」。その一歩ごとに、アスファルトが波打ち、窓ガラスが一斉に砕け散った。

 

 受験生たちが、悲鳴を上げて逃げ惑う。

 

 僕も、いったんは足を止めた。

 

 そして、見つけてしまった。

 

 お邪魔虫の足元、崩れかけたビルの谷間に、三ポイントの仮想敵が三体、まとめて取り残されていた。巨体の陰に隠れて、まだ誰も手をつけていない。

 

 九ポイント。

 

 残り時間は、二分を切っている。

 

 逃げる受験生たちとすれ違いながら、僕は逆方向へ走りだした。

 

「おい、そっちは――!」

 

 誰かが叫んだ。聞こえないふりをした。

 

 崩れたビルの谷間に滑り込み、三体の仮想敵に向けて、お腹の底から光を放つ。一体。二体。三体目の装甲を撃ち抜いた瞬間、頭上が暗くなった。

 

 見上げると、巨大な鉄の拳が、空を覆っていた。

 

 ああ、と思った。

 

 怖くはなかった。ただ、少しだけ、面倒だなと思った。また、三日分をやり直さなければならない。

 

 ――そう思ってしまった自分に、ほんの少しだけ、ぞっとした。

 

 衝撃は、一瞬だった。

 

   ◇ ◇ ◇

 

 目を開けると、自分の部屋の天井があった。

 

 僕は、いつものようにお腹に手を当てた。膨れていない。破れていない。右肩も、外れていない。

 

 枕元の時計を見る。

 

 入試の、三日前だった。

 

 僕はしばらく天井を見つめ、それからゆっくりと起き上がった。机の引き出しからノートを取り出し、白紙のページを開く。

 

 演習場Dの地図。大通りの形。交差点の位置。仮想敵がどこから現れ、どこに群れていたか。お邪魔虫が現れた時刻と、その歩いた道筋。

 

 覚えていることを、全部書き出した。

 

 ペンを走らせながら、僕は自分が少しも動揺していないことに気がついた。

 

 死ぬのは、これで十一回目だった。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。