コスチュームの要望書を書いたのは、合格通知が届いた翌週のことだった。
雄英では、入学前に生徒自身がヒーローコスチュームの案を提出する。体型のデータと個性の届け出、それに簡単なデザイン画を添えて送れば、学校と提携するサポート会社が形にしてくれる。
机の上に、白い用紙を広げた。
最初に描いたのは、騎士だった。
白銀の鎧。肩から流れる長いマント。胸元には星の飾り。光を放つベルトを中心に、全身がきらきらと輝く、光の騎士。幼い頃の僕が、テレビの前で「キラキラのヒーローになる」と叫んだ時、頭の中に思い描いていた姿そのものだった。
描き終えて、しばらく眺めた。
それから、消しゴムを手に取った。
全部、消した。
白銀の鎧も、マントも、星の飾りも。用紙が薄く毛羽立つまで、何度も擦った。
光の騎士など、僕には似合わない。この光は、あの男の指が置いていったものだ。それを誇らしげに掲げて、騎士を名乗るなんて。
代わりに、黒を選んだ。
動きやすい、体にぴったりと沿う黒のボディスーツ。関節にはプロテクター。膝まで届く短いフード付きのケープは、走っても絡まないように裾を鋭く切り込んだ。顔の上半分を覆う、骸骨を模したバイザー。腰には、光を抑えるいつものベルト。
描き上がったのは、死神だった。
それも、陸上選手のように身軽な、スポーティーな死神。
青山。墓。死に場所。
何度も死んでは戻ってくる僕には、こちらのほうがよほど似合っている。そう思った。
要望書の備考欄には、「闇夜にこそ映えるキラメキを☆」とだけ書き添えた。
◇ ◇ ◇
入学二日目は、拍子抜けするほど普通に始まった。
午前中は、必修科目の授業だった。英語の教壇に立ったのは、入試の説明会で叫んでいたプレゼント・マイクだった。
「んじゃ次の英文のうち、間違っているのは?」
普通だ、と教室中の誰もが思ったに違いない。
昼休みには、大食堂で、クックヒーローのランチラッシュが作る料理を、全校生徒がこぞって食べていた。安くて、美味しくて、量が多いと評判らしい。僕は小さなパンをひとつだけ買って、窓際の席で齧った。
相変わらず、味はしなかった。
そして、午後。
ヒーロー基礎学。
「わーたーしーがー!!」
教室の扉が、勢いよく開いた。
「普通にドアから来た!!!」
教室中が、どっと沸いた。
「オールマイトだ……!!」
「すげえや、本当に先生やってるんだな!!」
「銀時代のコスチュームだ……!! 画風が違いすぎて鳥肌が……!」
オールマイト。
あなたが、そこにいた。
テレビの中でも、合格通知の投影でもない。手を伸ばせば届くほどの距離に、本物のあなたが立っていた。
僕は、自分の席で、膝の上の拳を握りしめていた。
四歳の僕が、テレビの前で憧れた人。光るものが好きだった僕が、どんな宝石よりも眩しいと思った人。そして今の僕が、その授業の予定を、あの男に売り渡そうとしている人。
「ヒーロー基礎学! ヒーローの素地をつくるため、様々な訓練を行う科目だ! 早速だが今日はコレ!! 戦闘訓練!!!」
あなたは、『BATTLE』と書かれたカードを高々と掲げた。
「そしてそいつに伴って……こちら!!」
教室の壁が、音を立ててせり出した。中には、出席番号の書かれたケースがずらりと並んでいた。
「入学前に送ってもらった『個性届』と『要望』に沿ってあつらえた……戦闘服!!!」
「おおお!!!」
「着替えたら順次グラウンド・βに集まるんだ!!」
◇ ◇ ◇
更衣室で、ケースを開けた。
黒いボディスーツは、描いたとおりの形をしていた。袖を通すと、吸いつくように体に馴染んだ。ケープを羽織り、ベルトを締め、最後に骸骨のバイザーを顔に当てる。
鏡の中に、黒い死神が立っていた。
悪くない、と思った。少なくとも、白銀の騎士よりは、ずっと僕らしい。
グラウンド・βに出ると、クラスメイトたちが思い思いのコスチュームで集まっていた。鎧のような装甲をまとった飯田くん。氷に覆われた左半身の轟くん。全身がほとんど肌の露出した――目のやり場に困るような――八百万さん。
「え、待って、あれ青山!?」
ピンク色の肌をした女の子――芦戸さんが、目を丸くして僕を指差した。
「うっそ、死神じゃん!! もっとこう、キラッキラなの来ると思ってた! でもかっこいい!」
「意外だね……」
隣で、透明な女の子――葉隠さんが、手袋だけで首を傾げているのが分かった。
僕は、ケープの裾を翻して、ポーズを決めた。
「ノンノン、分かっていないね。闇の中でこそ、キラメキは一層際立つのさ☆」
「なるほど、ギャップってやつだ!」
芦戸さんが手を叩いて笑った。みんなも笑った。
笑い声の中で、僕はバイザーの奥から、自分の手袋に包まれた指を見下ろしていた。
ギャップ、か。
本当は、ギャップなど何もない。この黒い衣装のほうが、僕の中身にずっと近い。
「さあ、始めようか有精卵ども!!」
あなたの声が、グラウンドに響き渡った。
「格好から入るってのも大切なことだぜ少年少女!! 自覚するのだ!! 今日から自分は――ヒーローなんだと!!」
ヒーロー。
骸骨のバイザーの下で、僕は、その言葉を口の中で転がした。
死神の格好をした内通者が、ヒーローを名乗るのか。
これ以上の皮肉は、きっとこの世のどこを探しても見つからないだろう。