個性「死に戻り」の青山くん   作:永愛垣生

18 / 18
警報

 昼休みの大食堂は、いつものように混み合っていた。

 

 ヒーロー科、普通科、サポート科、経営科。全校の生徒が一斉に押し寄せ、ランチラッシュの料理を求めて長い列を作っている。

 

 僕は、いつものように母のパンの包みを抱えて、窓際の隅の席に座った。

 

 少し離れたテーブルに、緑谷くんと麗日さん、飯田くんの三人が座っていた。委員長に選ばれたばかりの緑谷くんは、まだ緊張が抜けないらしく、何度も「僕なんかが」と繰り返していた。

 

「大丈夫さ。緑谷くんのここぞという時の胆力や判断力は、"多"をけん引するに値する。だから君に投票したのだ」

 

 飯田くんの声が、こちらまで聞こえてきた。

 

 やはり、と思った。飯田くんも、緑谷くんに入れていたのだ。

 

「でも飯田くんも委員長やりたかったんじゃないの? メガネだし!」

 

「やりたいと相応しいか否かは別の話……僕は僕の正しいと思う判断をしたまでだ」

 

「……僕?」

 

「ちょっと思ってたけど、飯田くんて坊ちゃん!?」

 

 麗日さんの言葉に、飯田くんが慌てたように眼鏡を押し上げた。家がヒーローの一家で、兄が有名なプロヒーローなのだと、照れくさそうに話し始める。

 

 僕は、窓の外を眺めながら、母のパンを齧った。

 

 相変わらず、味はしなかった。

 

   ◇ ◇ ◇

 

 その時だった。

 

 けたたましい警報音が、食堂中に鳴り響いた。

 

『セキュリティ3が突破されました。生徒の皆さんは、すみやかに屋外へ避難してください』

 

 一瞬の静寂。

 

 それから、食堂は、爆発したような騒ぎになった。

 

「セキュリティ3って何ですか!?」

 

「校舎内に誰か侵入してきたってことだよ!! 三年間でこんなの初めてだ!!」

 

 近くの席の上級生が叫ぶのが聞こえた。

 

 侵入。

 

 その言葉を聞いた瞬間、頭に浮かんだのは、ひとりの男の姿だった。顔と呼べるものがあればの話だけれど。黒いマスク。何本もの管。そして、柔らかい声。

 

 あの男だ、と思った。

 

 生徒たちが、一斉に出口へ殺到した。何百人もの生徒が、狭い廊下へ同時に押し寄せる。押し合い、踏みつけ合い、悲鳴が上がる。誰かが転び、誰かがその上に倒れ込む。

 

 すぐ近くで、一年生らしい女子生徒が、人波に押し倒された。片方の靴が脱げて、床を転がっていった。起き上がろうとするたびに、誰かの膝に押し戻されていた。

 

 僕は、席に座ったまま、それを眺めていた。

 

 慌てる理由が、なかった。

 

 このくらいの騒ぎで死ぬことはないだろう。もし死んだとしても、三日前に戻るだけだ。人波に揉まれて骨を折るくらいなら、ここで座っている方がずっと合理的だった。

 

 倒れた女子生徒のことも、同じように考えた。このくらいで、人は死なない。

 

 そう考えている自分を、少しも不思議に思わなかった。

 

 僕は、窓の外に目をやった。

 

 校舎の向こう、正門の方角に、人影が見えた。カメラを担いだ大人たち。マイクを握った大人たち。今朝、門の前に群がっていた報道陣が、校舎の敷地内へなだれ込んできていた。

 

 ただのマスコミだ。

 

 そう分かった瞬間、ほっとするよりも先に、胸の奥がひやりと冷えた。

 

 あの分厚い隔壁を、どうやって越えたのだろう。

 

 学生証も許可証も持たない者が近づけば、自動的に閉まる門だ。報道陣が押し寄せたくらいで、開くはずがない。誰かが、開けたのだ。あるいは――壊したのだ。

 

『あとは、こちらで調べよう』

 

 昨夜の電話の声が、耳の奥で柔らかく響いた。

 

 僕は、窓ガラスに映る自分の顔を見つめた。

 

 こちらで、調べる。

 

 あの時は、聞き流した。けれど、どうやって調べるつもりだったのだろう。

 

 僕が伝えたのは、オールマイトがほとんど毎回来ることと、学外の授業があることだけだった。どこで、何をするのかは分からない。

 

 分からないのなら――知っている者のところから、直接持ち出せばいい。

 

 教師たちの部屋から。

 

 背筋を、冷たいものが這い上がった。

 

   ◇ ◇ ◇

 

「皆さん……大丈ー夫!!」

 

 ふいに、食堂の上の方から、大きな声が降ってきた。

 

 見上げると、出口の真上、非常口の案内表示に、飯田くんが張りついていた。手足を広げた奇妙な格好で、まるで表示の中の人型そのもののように。

 

 麗日さんの個性で体を浮かせてもらい、エンジンの推進力で人波の頭上を飛び越えてきたのだ、と後で知った。

 

「ただのマスコミです! 何もパニックになることはありません、大丈ー夫!! ここは雄英! 最高峰の人間に相応しい行動をとりましょう!!」

 

 食堂中が、しんと静まり返った。

 

 出口に殺到していた生徒たちが、足を止め、上を見上げていた。押し合っていた手が、ゆっくりと離れていく。

 

 やがて、窓の外にパトカーのサイレンが近づいてきた。警察が到着し、報道陣は次々と敷地の外へ連れ出されていった。

 

 僕は、非常口の表示に張りついたままの飯田くんを見上げていた。

 

 ヒーローだ、と思った。

 

 自分の身の安全も、格好の悪さも顧みずに、ただ、パニックに呑まれた人々を落ち着かせるために、一番目立つ場所に飛び込んでいった。

 

 僕は、その間、ずっと座っていた。死んでも構わないから、という理由で。

 

 倒れていた女子生徒に手を貸して立たせたのも、僕ではなかった。名前も知らない、上級生だった。

 

 同じ「動かない」でも、僕のそれは、ただの怠慢だった。

 

   ◇ ◇ ◇

 

 午後のホームルームで、緑谷くんは教壇に立つと、真っ赤な顔で言った。

 

「委員長は、やっぱり飯田くんが良いと……思います!」

 

 あの騒ぎの中で、みんなを落ち着かせたのは飯田くんだった。だから、自分よりも飯田くんの方が委員長に相応しい、と。

 

「あ! 良いんじゃね!! 飯田、食堂で超活躍してたし!」

 

「非常口の標識みてえになってたよな」

 

「非常口飯田!!」

 

 教室中が笑いに包まれ、飯田くんは「委員長の指名ならば仕方あるまい!!」と、誇らしげに眼鏡を光らせた。

 

 僕も、みんなと一緒に拍手をした。

 

   ◇ ◇ ◇

 

 放課後、正門の前を通りかかった時、僕は足を止めた。

 

 門の周りに、黄色いテープが張り巡らされていた。数人の教師が、厳しい顔で何かを調べている。その隙間から、ちらりと見えた。

 

 分厚い隔壁が、崩れていた。

 

 壊されたのではない。崩れていたのだ。まるで、何十年もの風雨にさらされた古い塀のように、ぼろぼろの塵になって。

 

 ただのマスコミに、あんなことができるはずがない。

 

「何をしている。さっさと帰れ」

 

 テープの内側から、相澤先生の声が飛んできた。僕は「メルシー、先生☆」と手を振って、足早にその場を離れた。

 

 その夜、父の黒い携帯電話は、鳴らなかった。

 

 鳴れば、いつものように、父が僕の部屋まで持ってくる。僕は、自分の部屋の扉を少しだけ開けて、廊下の向こうの、父の書斎の気配に耳を澄ませていた。

 

 書斎の明かりは、夜遅くまで消えなかった。父も、扉の向こうで、同じように待っているのだと思った。鳴ってほしいのか、鳴らないでほしいのか、自分でも分からないまま。

 

 日付が変わっても、鳴らなかった。

 

 鳴らない電話が、鳴る電話よりも恐ろしいものだとは、知らなかった。

 

 鳴れば、あの声が聞こえる。何を聞かれ、何を答え、何を言わずにおくのかを、考えることができる。けれど、鳴らなければ、何も分からない。あの男が今、何を手に入れ、何をしようとしているのか。僕の答えを、どう受け取ったのか。

 

 次の夜も、その次の夜も、鳴らなかった。

 

 三日目の夜、ようやく分かった。

 

 あの男はもう、僕に聞く必要がなくなったのだ。

 

 知りたかったことは、もう、自分の手で持ち出したのだから。

 

 なら、聞く必要のなくなった駒は、どうなるのだろう。

 

 須藤さんの口から溢れた血の色が、頭をよぎった。僕は、廊下の向こうの暗がりから目を逸らして、布団を頭までかぶった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
点
一言
0文字 一言(任意:500文字まで)
※評価値0,10は一言の入力が必須です。参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

ワイ「雄英の偏差値高すぎワロタ」(作者:夜酒見)(原作:僕のヒーローアカデミア)

ヒロアカ世界にチート最強個性(厳密には個性ではない)と転生した主人公。▼しかし、そんな主人公を阻むは哀れな現実。▼掲示板形式は後々少なくなるかもしれない。


総合評価:3107/評価:7.43/連載:24話/更新日時:2026年10月24日(土) 10:00 小説情報

気づいたら人生2周目だった方々による「最悪」を避ける物語(作者:もみじししゃも)(原作:僕のヒーローアカデミア)

▼「来世に期待してワンちゃんダイb、、、、、、」▼その瞬間、爆豪に雷が落ちた▼当然比喩である▼「、、、、ワンちゃんダイブなんか言わねぇから体鍛えろ、いいな?」▼「、、、え???」▼爆豪勝己、人生2周目が始まった瞬間だった▼____________________▼複数の人間が、人生2周目やってます▼思い出すタイミングは人それぞれ▼全員が全員思い出すわけではな…


総合評価:4069/評価:8.21/連載:48話/更新日時:2026年10月23日(金) 16:09 小説情報

性癖と原作を崩壊させる俺のヒーローアカデミア(作者:エンディングハンター)(原作:僕のヒーローアカデミア)

▼死柄木弔は、最終決戦の後遂にオール・フォー・ワンを緑谷出久の手によって自身の精神から追い出した。▼オール・フォー・ワンが持っていた個性がなくなっていき、自分の体が崩壊していく。▼そしてその結末を見届けながら……死んだ“はずだった”。▼自分が目覚めると、真っ暗闇の世界にいた。▼そしてその空間で過ごす内に、自分の本当の気持ちを吐露する。▼本当は自分も、学校に行…


総合評価:933/評価:8.33/連載:9話/更新日時:2026年08月18日(火) 12:00 小説情報

雄英高校裏でヤニ吸う猫(作者:DEMIDEMI)(原作:僕のヒーローアカデミア)

※未成年者の喫煙は法律で禁じられています。本作品内では未成年者の喫煙シーンがありますが、それはストーリー上の必要性のためであり喫煙を推奨するものではありません。くれぐれも真似をしないようお願い致します。▼ヤニカスが雄英高校に通う話。


総合評価:2388/評価:8.69/連載:17話/更新日時:2026年10月04日(日) 19:00 小説情報

俺のハリポタなんか変(作者:パシフィカ)(原作:ハリー・ポッター)

トムは思わず手元の手紙を二度見した。▼---▼ホグワーツ魔法魔術学校 ▼校長 セブルス・スネイプ ▼マーリン勲章、勲二等、魔法省魔法薬研究顧問、国際魔法薬学連盟会長▼親愛なるブライト殿▼このたび、貴殿のホグワーツ魔法魔術学校への入学がめでたく許可されましたことを、心よりお喜び申し上げます。 ▼教科書並びに必要な教材のリストを同封いたします。▼敬具 ▼…


総合評価:2490/評価:8.49/連載:31話/更新日時:2026年10月24日(土) 14:42 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>