個性「死に戻り」の青山くん   作:永愛垣生

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十二番目の死に場所

「13号!! 生徒を守れ!!」

 

 相澤先生が叫んだ。

 

「先生は!? 一人で戦うんですか!? あの数じゃいくら個性を消すっていっても! イレイザーヘッドの戦闘スタイルは敵(ヴィラン)の個性を消してからの捕縛だ、正面戦闘は――」

 

 緑谷くんが、早口でまくし立てた。

 

「一芸だけじゃヒーローは務まらん」

 

 相澤先生は、首元の布を握り直した。

 

「13号、任せたぞ」

 

 そう言い残して、相澤先生は階段を飛び降りた。

 

 敵(ヴィラン)の群れの中に、たった一人で。

 

   ◇ ◇ ◇

 

「させませんよ」

 

 出口へ向かおうとした僕たちの前に、黒い靄が立ち塞がった。

 

 さっきまで広場にいたはずの、あの靄の男だった。

 

「はじめまして、我々は敵(ヴィラン)連合。せんえつながら……この度ヒーローの巣窟、雄英高校に入らせて頂いたのは、平和の象徴オールマイトに息絶えて頂きたいと思ってのことでして」

 

 丁寧な口調だった。まるで、ホテルの支配人が客を出迎えるような。

 

 その丁寧さに、僕は、あの柔らかい声を思い出していた。

 

「本来ならば、ここにオールマイトがいらっしゃるハズ……ですが、何か変更があったのでしょうか? まあ……それとは関係なく、私の役目はこれ」

 

 靄が、大きく広がった。

 

 その瞬間、切島くんと爆豪くんが、左右から飛びかかっていた。爆発と硬化した拳が、靄の男を捉える。

 

「その前に俺たちにやられることは考えてなかったか!?」

 

「危ない危ない……そう……生徒といえど優秀な金の卵」

 

 靄の男は、何事もなかったように揺らめいた。

 

「ダメだ、どきなさい二人とも!」

 

 13号先生が叫んだ時には、もう遅かった。

 

「散らして、嬲り殺す」

 

 黒い靄が、僕たちを呑み込んだ。

 

   ◇ ◇ ◇

 

 視界が、真っ黒に塗りつぶされた。

 

 足元の感覚が消える。上も下も分からない。冷たい水の中に放り込まれたような、ひどく不快な浮遊感。

 

 次の瞬間、僕は硬い石畳の上に投げ出されていた。

 

 顔を上げる。

 

 中央広場の、すぐ外れだった。噴水へと続く階段の陰。ほんの数十メートル先で、相澤先生が、敵(ヴィラン)の群れの中を駆け回っていた。

 

 僕のそばには、誰もいなかった。みんな、別々の場所へ飛ばされたらしい。

 

 石段の陰に身を伏せて、僕は広場を見た。

 

 相澤先生は、強かった。

 

 首元の布が、生き物のようにうねる。敵(ヴィラン)の個性を一瞥で消し、布で絡め取り、引き寄せて、膝と肘で叩き伏せる。異形型の敵(ヴィラン)が殴りかかってきても、その拳を紙一重でかわし、別の敵(ヴィラン)へと叩きつける。ゴーグルの奥の視線が、次々と標的を移していく。

 

 あの気だるげな人が、こんなふうに戦うのか。

 

 敵(ヴィラン)の数が、目に見えて減っていった。

 

「すごい……」

 

 思わず、声が漏れた。

 

 その時、顔に手を貼りつけた男が、ふらりと相澤先生の前に歩み出た。

 

「二十三秒……」

 

 男が、低く呟いた。

 

「本命か」

 

 相澤先生が布を放つ。男はそれを掴み取り、そのまま相澤先生の懐へ飛び込んだ。

 

 男の手が、相澤先生の肘に触れた。

 

 相澤先生の肘から、皮膚が、ぼろぼろと崩れ落ちた。

 

 まるで、何十年もの風雨にさらされた古い塀のように。

 

 あの、正門の隔壁と同じように。

 

「動き回るのでわかり辛いけど、髪が下がる瞬間がある。一アクション終えるごとだ」

 

 男は、愉快そうに笑った。

 

「そしてその間隔は段々短くなってる。無理をするなよイレイザーヘッド」

 

 相澤先生が、男を蹴り飛ばして距離を取る。崩れた肘から、血が滴っていた。

 

「その個性じゃ集団との長期決戦は向いてなくないか? 普段の仕事と勝手が違うんじゃないか? 君が得意なのはあくまで"奇襲からの短期決戦"じゃないか?」

 

 男は首を掻きむしりながら、後ろを振り返った。

 

「それでも真正面から飛び込んできたのは、生徒に安心を与える為か? かっこいいなあ、かっこいいなあ」

 

 黒い影が、動いた。

 

 あの、剥き出しの脳をした巨体だった。

 

「ところでヒーロー。本命は俺じゃない」

 

 巨体が、相澤先生の背後に立っていた。

 

 相澤先生が振り返るより早く、巨大な手が、その頭を掴んだ。

 

 石畳に、叩きつけた。

 

 一度。

 

 鈍い音が、広場に響いた。

 

 僕は、息をすることを忘れていた。

 

 巨体は、相澤先生の腕を掴み、まるで小枝のようにへし折った。もう片方の腕も。そして、もう一度、頭を石畳に叩きつけた。

 

「対平和の象徴、怪人脳無」

 

 手を貼りつけた男が、歌うように言った。

 

   ◇ ◇ ◇

 

 相澤先生は、動かなかった。

 

 ゴーグルが割れ、その下から血が流れ出していた。

 

 あの人は、僕を見ていた。個性把握テストの時も、戦闘訓練の後の廊下でも。入試の点数ではなく、その先に何があるのかを見分けようとしていた人。気だるげな目の奥で、僕を、測ろうとしていた人。

 

 その人が、今、石畳の上で血を流している。

 

『オールマイトは、ほとんど毎回来るそうです』

 

 僕の声が、頭の中で響いた。

 

 僕のせいだ。

 

 全部じゃない。分かっている。あの男は、僕の言葉がなくても、カリキュラムを盗んでいた。マスコミを使って、門を崩して、教師たちの部屋から。

 

 それでも、答え合わせをしたのは、僕だ。

 

 気がつくと、僕は石段の陰から立ち上がっていた。

 

 頭のどこかで、冷静な声がした。

 

 ――無駄だ。お前の光で、あれが倒せるはずがない。

 

 分かっていた。

 

 ――死ぬぞ。

 

 分かっていた。

 

 死んでも、戻るだけだ。

 

 僕は、石段を駆け下りた。

 

 脳無が、相澤先生の頭を、三度目に持ち上げていた。振り下ろされれば、今度こそ終わる。あの石畳に、あの人の頭が叩きつけられる。

 

 光を撃っている暇はなかった。撃ったところで、きっと止まらない。

 

 だから、僕は、自分の体を使った。

 

 石畳を蹴り、相澤先生と石畳の間に、頭から滑り込んだ。黒いケープが翻る。相澤先生の頭を両腕で抱え込み、自分の背中を、振り下ろされる巨大な腕の方へ向けた。

 

 ほんの一瞬、腕の中の相澤先生と目が合った。

 

 割れたゴーグルの奥で、血に濡れた目が、わずかに見開かれていた。

 

 何をしている、と言われた気がした。

 

 次の瞬間、背中に、世界そのものが落ちてきた。

 

 骨の砕ける音が、自分の内側から聞こえた。肺から、空気と一緒に、何か温かいものが押し出された。腕の中の相澤先生を、それでも離さなかった。離したら、意味がなくなる。

 

「……あ? なんだ、こいつ」

 

 どこか遠くで、手を貼りつけた男の声がした。

 

「キラキラしたのが一匹、飛び込んできたぞ。黒霧、こいつは散らさなかったのか?」

 

 霞んでいく視界の端に、黒い靄が揺らめいていた。その靄の奥の目が、ほんの一瞬だけ、僕を見て細められた気がした。

 

 何かを、知っている目だった。

 

 けれど、靄の男は、何も言わなかった。

 

「庇ったのか。かっこいいなあ。……でも、無駄だよ」

 

 二撃目が、来た。

 

 今度は、もう何も感じなかった。

 

 ああ、と思った。

 

 十二回目だ。

 

 四歳の時から数えて、十二回。そのうち一度だって、僕は誰かの身代わりになって死んだことはなかった。

 

 これが、初めてだった。

 

 優雅な死に場所、か。

 

 それでも、やっぱり、少しも優雅ではなかった。

 

   ◇ ◇ ◇

 

 目を開けると、自分の部屋の天井があった。

 

 いつものように、お腹に手を当てる。膨れていない。破れていない。背中に手を回す。骨は、砕けていない。

 

 息を、吐いた。

 

 三日前に戻ったのだ、と思った。USJの、三日前。まだ、マスコミ侵入の後だ。カリキュラムはもう盗まれている。黒い携帯電話は、もう鳴らない。それでも三日あれば、何か――

 

 枕元の時計に目をやって、僕は凍りついた。

 

 日付が、おかしかった。

 

 三日前ではない。

 

 もっと、前だった。

 

 僕はベッドから転がり落ちるようにして、机の上のカレンダーを掴んだ。指で、日付を数える。一度。二度。何度数えても、同じだった。

 

 七日前。

 

 入学二日目の朝だった。

 

 戦闘訓練が行われる日。オールマイトが初めて教壇に立つ日。

 

 そして――その夜、僕が初めて、あの男に報告をする日。

 

 壁に掛けられた制服が、まだ真新しい匂いをさせていた。

 

 まだ、何も起きていない。

 

 マスコミは、まだ門の前に来ていない。カリキュラムは、まだ盗まれていない。相澤先生は、まだ、石畳に叩きつけられていない。

 

 僕は、カレンダーを握りしめたまま、床に座り込んでいた。

 

 一日。三日。そして、七日。

 

 この力は、僕と一緒に育っている。

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