個性「死に戻り」の青山くん   作:永愛垣生

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門

 七日。

 

 僕は、机の上に新しいノートを広げた。

 

 入試の時と同じだ。覚えていることを、全部書き出す。今日の戦闘訓練。今夜の電話。明日の朝の報道陣。昼休みの警報。崩れた正門。そして、七日後のUSJ。黒い靄の男。顔に手を貼りつけた男。剥き出しの脳をした巨体。

 

 書き終えたページを、しばらく眺めた。

 

 始まりは、明日の昼だ。

 

 あの日、正門の隔壁は、塵のように崩れていた。USJで、相澤先生の肘を崩したのと同じ崩れ方で。あの手の男が、門を壊したのだ。そして、マスコミが雪崩れ込んだ騒ぎに紛れて、教師たちの部屋からカリキュラムが盗まれた。

 

 なら、門を壊させなければいい。

 

 カリキュラムが盗まれなければ、敵(ヴィラン)はUSJに来られない。

 

 単純な話だった。単純すぎて、どこかに落とし穴がある気がした。それでも、他に思いつく手はなかった。

 

 落とし穴は、門よりもずっと手前にあった。

 

   ◇ ◇ ◇

 

 二度目の戦闘訓練は、一度目と寸分違わずに進んだ。

 

 緑谷くんは腕を壊して勝ち、轟くんはビルを凍らせた。僕は芦戸さんと組んで、常闇くんと蛙吹さんに二分足らずで確保された。

 

「青山ちゃん。さっきの青山ちゃん、捕まりに来てるみたいだったわ」

 

 蛙吹さんは、一度目と同じことを言った。

 

 その夜、黒い携帯電話が、僕の部屋に回されてきた。

 

『入学おめでとう、優雅くん。学校はどうだい』

 

 柔らかい声も、一度目と同じだった。

 

『授業の予定は、分かったかな』

 

「……まだ、何も分かりません」

 

 僕は、それだけを答えた。オールマイトのことも、学外の施設のことも、口にしなかった。

 

 短い沈黙があった。

 

『優雅くん』

 

 柔らかい声が、ほんの少しだけ、低くなった。

 

『君は、嘘が下手だね』

 

 背筋が、凍りついた。

 

『少しの沈黙のあとの、上ずった返事。長い間こうしてやり取りしているんだ。君のちょっとした癖や考えていることくらい、簡単に分かるさ』

 

 まさか、声が上ずっていたのだろうか。息を吸うのが、早すぎたのだろうか。十年も僕の声を聞いてきた男なら、電話越しでも、それくらいは――

 

『ふふふ……冗談だよ』

 

 僕の考えを見透かしたように、柔らかい声が続けた。

 

『君の声の癖なんて、分かるわけがないだろう。いちいち覚えている理由もない。……ただ、そういう個性を使っただけさ』

 

 くすり、と小さく笑う気配がした。

 

『便利だろう? 煩わしい問答が最小限で済む』

 

 受話器を持つ手が、汗で滑りそうになった。

 

『もう一度聞こう。授業の予定は、分かったかな』

 

 僕は、目を閉じた。

 

 ここで嘘を重ねたら、どうなるのか。その答えは、あの部屋の床に広がっていた血だまりが、教えてくれていた。

 

「……ヒーロー基礎学は、週に何度か。オールマイトの受け持ちです。ほかの先生がつく日もあるみたいですけど、オールマイトは、ほとんど毎回来るそうです。学外の施設を使う授業も、あるらしいです。でも、どこで、何をするのかは……まだ、分かりません」

 

 一度目の夜と、同じ言葉だった。

 

 一度目の夜には、本当だった言葉だ。

 

 言い終えてから、気づいた。

 

 今の僕は、知っている。七日後、どこで、何が起きるのか。USJという名前も、救助訓練という授業も、あの広場の石畳の硬さも。

 

 電話の向こうが、静かになった。

 

『おかしいね』

 

 柔らかい声だった。少しも、怒っていなかった。

 

『最初のいくつかは、本当だ。けれど、最後のひとつだけが嘘だ』

 

 受話器を握る指から、血の気が引いていった。

 

『君は、知っているんだね。どこで、何をするのか』

 

 答えられなかった。

 

 知っています、と言えば、次に聞かれることは決まっている。どこで。何を。そして――どうして、知っているのか。

 

 死んで、戻ってきたからです。

 

 それを口にした瞬間に何が起きるのか、考えるまでもなかった。あの男は、人の個性を奪い、与える。無個性の子どもに、光を植えつけられる男だ。死んでもやり直せる個性が、この体の奥で眠っていると知ったら――

 

 あの男が、それを放っておくはずがない。

 

 この個性だけは、あの男に知られてはいけない。

 

 僕は、唇を噛んで黙っていた。

 

『答えられないのかな』

 

 沈黙。

 

『そうか』

 

 声は、最後まで柔らかかった。

 

『嘘をつく。黙る。……君は、もう少し使える子だと思っていたよ』

 

 受話器を握る手が、震えた。

 

 体の奥で、何かが、ふいに目を覚ました。

 

 お腹ではなかった。光の生まれるところでもなかった。もっと深いところ。体の芯の、どこにあるのかも分からない場所で、知らない何かが、ゆっくりと身を起こした。

 

 熱かった。けれど、ネビルレーザーの熱とは、まるで違った。光が出口を探して暴れる時の、腹の底がきしむあの感覚ではない。光は、少しも動いていなかった。動いているのは、僕の知らない、別の何かだった。

 

 指先が、腕が、胸が、内側から押し広げられていく。皮膚が、張りつめていく。

 

 受話器が、手から滑り落ちた。

 

『さようなら、優雅くん』

 

 床に転がった受話器から、柔らかい声が、小さく聞こえた。

 

 あの男は、電話の向こうにいた。指一本、僕に触れていなかった。

 

 それなのに。

 

 僕の体が、内側から爆ぜた。

 

 最後に聞こえたのは、廊下を駆けてくる母の足音だった。

 

 暗くなっていく意識の中で、僕はほんの少しだけ、安堵していた。

 

 あの男は、気づかなかった。最後まで、僕の中で眠っているものに。

 

 十三回目だった。

 

   ◇ ◇ ◇

 

 目を開けると、自分の部屋の天井があった。

 

 お腹に手を当てる。胸に、腕に、喉に。どこも、膨れていない。

 

 けれど、壁に制服が掛かっていなかった。

 

 僕は跳ね起きて、机の上のカレンダーを掴んだ。

 

 まだ、春休みだった。雄英の門をくぐる日まで、六日もあった。

 

 死んだ時から、七日前。

 

 当たり前のことだった。USJで死ねば、入学二日目の朝に戻る。けれど、入学二日目の夜に死ねば、その七日前――まだ制服に袖を通してもいない春休みに戻る。戻る先は、いつも、死んだ時から数えて決まるのだ。当たり前すぎて、考えたこともなかった。

 

 僕は、ベッドの上で膝を抱えた。

 

 あれは、何だったのだろう。

 

 ネビルレーザーではなかった。光は、一度も暴れていなかった。エネルギー効率でもない。あの個性は、食べたものを余すことなく力に変えるだけだ。

 

 あの男は、電話の向こうにいた。指一本、触れていない。それなのに、僕の体は、内側から爆ぜた。

 

 思い当たるのは、ひとつしかなかった。

 

 中学三年の、塾の模擬試験の最中に倒れたあの日。あの男は、僕にエネルギー効率を与えた。あの時、額から這い込んできた冷たいものは、四歳の時と違って、お腹ではなく、体全体にゆっくりと染み渡っていった。

 

 あの時、入ってきたのは、ひとつではなかったのだ。

 

 入学前に壊れては元も子もない、とあの男は言った。僕は、それを、あの男にしては珍しい気まぐれな親切だと思っていた。

 

 違ったのだ。

 

 あの男は、贈り物の陰に、もうひとつ、別のものを紛れ込ませていた。

 

 いつでも、僕を吹き飛ばせる仕掛けを。電話一本で。指一本、触れずに。

 

 須藤さんの時と、同じように。

 

 嘘は、つけない。

 

 黙ることも、許されない。

 

 なら、残された道は、ひとつしかなかった。

 

 本当のことだけを話す。ただし、全部は話さない。

 

 あの夜、あの男が最初に聞いたのは、「授業の予定は、分かったかな」という一言だけだった。どこで何をするのか、と聞かれたわけではない。分からない、と言ったのは、僕の方だった。言わなくてもいいことを自分から口にして、自分で嘘にしたのだ。

 

 聞かれていないことは、言わなければいい。

 

 嘘をつかずに、足りないまま話す。

 

 十年間、キラメキの仮面をかぶって生きてきた。本当のことを半分だけ見せて笑うのは、僕の、いちばん得意なことだった。

 

   ◇ ◇ ◇

 

 二度目の入学の日も、相澤先生は寝袋から現れた。

 

 二度目の個性把握テストでも、緑谷くんの指は同じように折れた。三度目の戦闘訓練でも、僕は蛙吹さんの舌に捕まった。

 

 その夜、黒い携帯電話が鳴った。

 

『入学おめでとう、優雅くん。学校はどうだい』

 

 三度目に聞く、同じ声だった。

 

『授業の予定は、分かったかな』

 

「……はい。ヒーロー基礎学は、週に何度か。オールマイトの受け持ちです。ほかの先生がつく日もあるみたいですけど、オールマイトは、ほとんど毎回来るそうです。学外の施設を使う授業も、あるらしいです」

 

 そこで、口を閉じた。

 

 どこで、何をするのか。その先は、言わなかった。

 

 短い沈黙があった。心臓の音が、受話器の向こうまで聞こえてしまいそうだった。

 

『そうか。それで十分だ』

 

 柔らかい声だった。

 

『あとは、こちらで調べよう』

 

 電話が切れた。

 

 僕は、受話器を握りしめたまま、床に座り込んでいた。

 

 嘘は、ひとつもなかった。足りないだけだった。

 

 そしてあの男にとって、僕の答えが足りているかどうかなど、どうでもよかったのだ。声の癖を覚える価値すらない駒の、言葉の隙間にまで目を凝らす理由はない。嘘をつかれた時だけ、個性で聞き分ければいい。それだけのことだった。

 

 そのことが、今夜の僕を生かしていた。

 

 言葉では、何も変えられない。僕の言葉は、全部あの男に聞き分けられてしまう。

 

 なら、行動で変えるしかない。明日の昼。門の前で。

 

   ◇ ◇ ◇

 

 翌朝、正門の前には、一度目と同じように報道陣が群がっていた。

 

 僕は、マイクを向けられても足を止めずに門をくぐった。振り返り、門の周りを見渡す。カメラを担いだ大人。マイクを握った大人。腕章をつけた大人。

 

 あの手の男の姿は、まだなかった。

 

 昼休みが近づくにつれて、心臓の音がうるさくなった。四時間目の授業は、何ひとつ頭に入らなかった。

 

 チャイムが鳴ると同時に、僕は教室を飛び出した。

 

「青山? 食堂そっちじゃねえぞ」

 

 背後で切島くんの声がした。聞こえないふりをした。

 

 校舎を抜け、正門へ続く並木道を走る。門の向こうに、まだ報道陣がたむろしているのが見えた。隔壁は、閉じたままだ。

 

 間に合った。

 

 門の手前の植え込みに身を隠して、僕は報道陣の群れを見つめた。

 

 五分。十分。

 

 何も起きない。記者たちは、退屈そうに煙草を吸ったり、カメラの機材を点検したりしている。

 

 見間違いだったのだろうか。あの崩れ方は、ただの偶然だったのか。

 

 そう思いかけた時だった。

 

 報道陣の群れの、一番後ろ。フードを目深にかぶった痩せた男が、人垣の隙間を縫うように、ゆっくりと門へ近づいていた。

 

 誰も、その男に気づいていなかった。記者たちは皆、門の向こうの校舎ばかりを見ていた。

 

 男が、隔壁に手を伸ばした。

 

 五本の指が、分厚い金属の表面に、そっと触れた。

 

 その瞬間、触れた場所から、隔壁がひび割れ始めた。ひびは蜘蛛の巣のように広がり、金属が錆びるように色を失い、ぼろぼろと崩れ落ちていく。

 

「――っ!」

 

 考えるより先に、体が動いていた。

 

 植え込みから飛び出し、男に向けて、お腹から光を放った。

 

 細く絞った光線が、真っ直ぐに男の背中へ伸びる。

 

 届く、と思った。

 

 光が男に触れる寸前、その背後に、黒い靄が湧き上がった。

 

 光線は、靄の中へ吸い込まれるように消えた。どこにも当たらなかった。どこにも、届かなかった。

 

 フードの男が、ゆっくりとこちらを振り返った。

 

 その顔は、フードの影に隠れてよく見えなかった。ただ、口元が、にい、と吊り上がるのだけが見えた。

 

 次の瞬間、男の姿は、靄と一緒に消えていた。

 

 崩れた隔壁の向こうから、報道陣が歓声を上げて雪崩れ込んできた。

 

 校舎の方から、けたたましい警報音が鳴り響いた。

 

『セキュリティ3が突破されました。生徒の皆さんは、すみやかに屋外へ避難してください』

 

 僕は、崩れた門の前で、立ち尽くしていた。

 

 何も、変わらなかった。

 

 門は崩れた。報道陣は雪崩れ込んだ。そして、きっと今頃、どこかの部屋で、黒い靄が音もなく教師たちの机をあさっている。

 

   ◇ ◇ ◇

 

「敷地内で、許可なく個性を使ったそうだな」

 

 放課後、職員室の隣の小部屋で、相澤先生は僕を見下ろしていた。

 

 門の前で光を撃つところを、何人かの記者が見ていたらしい。

 

「門の前に、怪しい人がいたんです。フードをかぶった男が、門に触って、それで門が崩れて――」

 

「他に見た者は」

 

「……いません」

 

 相澤先生は、しばらく黙って僕を見ていた。何かを測るような、あの目で。

 

「門が崩れたのは事実だ。調べる」

 

 短く、それだけ言った。

 

「だが、二度と勝手な真似はするな。敵(ヴィラン)だと思ったなら、まず教師を呼べ。お前が一人で撃って、それで何が変わった」

 

 何も。

 

 何も、変わらなかった。

 

「……すみません」

 

 僕は、頭を下げた。

 

 部屋を出る時、相澤先生が小さく呟くのが聞こえた。

 

「……変な奴だな」

 

   ◇ ◇ ◇

 

 その夜、黒い携帯電話が鳴った。

 

 一度目のこの夜には、鳴らなかった電話だった。

 

『やあ、優雅くん』

 

 柔らかい声だった。

 

『今日、雄英の正門の前で、ずいぶん綺麗な光が見えたそうだね』

 

 受話器を持つ手が、震えた。

 

「……門の前に、変な人がいたので」

 

 嘘ではなかった。

 

『そうか。ヒーローの卵らしい、立派な心がけだ』

 

 声は、少しも怒っていなかった。それが、何よりも恐ろしかった。

 

『ところで、ご両親は元気かな。最近、お父上の顔色があまり良くないと聞いたものでね』

 

 少しだけ、間があった。

 

『可哀想にこれからもっと元気が無くなるだろう……息子に先立たれるのは、親にとって、何よりつらいことだろうから』

 

 体の奥で、あれが、目を覚ました。

 

 十三回目の夜と、同じだった。お腹ではない。光の生まれるところでもない。体の芯の、どこにあるのかも分からない場所。

 

「待っ――」

 

 言い終わる前に、指先が、腕が、胸が、内側から押し広げられていった。

 

 僕の体が、内側から爆ぜた。

 

 十四回目だった。

 

   ◇ ◇ ◇

 

 目を開けると、また、春休みだった。雄英の門をくぐる日まで、五日。

 

 見られていたのだ、と思った。

 

 当たり前だった。報道陣の目の前で、真昼に光を撃ったのだ。フードの男にも、靄の向こうの誰かにも、顔を見られた。あの男の耳に入らないはずがなかった。

 

 なら、見られなければいい。

 

 門を守るのに、僕がそこにいる必要はない。先生たちが、そこにいればいい。

 

   ◇ ◇ ◇

 

 三度目の入学の日を過ごし、四度目の戦闘訓練で捕まった。夜の電話には、足りない答えを返した。

 

 そして、門の崩れる日の朝。

 

 僕は、誰よりも早く登校して、職員室の扉の隙間に、一枚の紙を差し込んだ。

 

『今日の昼、正門に敵(ヴィラン)が来ます。手で触れたものを崩す個性です』

 

 春休みのうちに、家から遠いコンビニのコピー機で刷っておいた紙だった。名前は書かなかった。指紋がつかないように、手袋をして折った。

 

 昼休み、食堂の窓から正門を見た。

 

 隔壁の内側に、セメントス先生と、スナイプ先生が立っていた。報道陣は、いつものように門の外に群がっていた。

 

 フードの男は、来なかった。

 

 門は、崩れなかった。警報も、鳴らなかった。飯田くんは非常口の表示に張りつかず、委員長は、緑谷くんのままだった。

 

 その夜、電話は鳴らなかった。

 

 守れたのだ、と思った。誰にも見られずに。あの男にも、知られずに。

 

 次の夜、ベッドに入って目を閉じた時だった。

 

 体の奥で、あれが、目を覚ました。

 

 電話は、鳴っていなかった。声も、聞こえなかった。暗い部屋で、僕はひとりきりで、内側から押し広げられていった。

 

 十五回目だった。

 

   ◇ ◇ ◇

 

 何を知られたのか、分からなかった。

 

 紙のせいなのか。早すぎた登校のせいなのか。それとも、門とは何の関係もないのか。あの男は、最後まで何も言わなかった。

 

 確かめるには、もう一度、やるしかなかった。

 

 今度は、学校の中では何もしない。

 

 春休みのうちに、電車を乗り継いで、知らない町へ行った。利き手ではない左手で、雄英の校長先生に宛てて、同じことを書いた。今日の昼、ではなく、日付を入れて。手袋をしたまま封をして、三つ先の駅前のポストに落とした。誰にも、行き先は言わなかった。

 

 入学してからは、何もしなかった。門の崩れる日の昼も、食堂の窓際の席で、母のパンを千切っていた。

 

 隔壁の内側には、先生たちが立っていた。

 

 門は、崩れなかった。

 

 その夜、黒い携帯電話が鳴った。

 

『やあ、優雅くん』

 

 柔らかい声だった。

 

『雄英の校長のところに、手紙が届いたらしい。ひどく読みにくい字だったそうだよ。……利き手ではない方の手で、書いたような』

 

 息が、止まった。

 

『三つ先の駅の、改札を出てすぐのポストだったかな。ずいぶん遠くまで、出かけたね』

 

 答えられなかった。答えようにも、何かを聞かれたわけではなかった。

 

『ああ、答えなくていいよ。聞いているわけじゃないんだ』

 

 声は、最後まで柔らかかった。

 

『もう、知っているからね』

 

 体の奥で、あれが、目を覚ました。

 

 十六回目だった。

 

   ◇ ◇ ◇

 

 どうして、知っているのか。

 

 誰にも見られていないはずだった。手紙には、名前も、指紋も残していない。遠い町のポストまで、誰にも言わずに行った。

 

 あの男は、数えきれないほどの個性を持っている。遠くを見る個性も、遠くの声を聞く個性も、あるのかもしれない。誰かに、僕の後をつけさせていたのかもしれない。それとも――この体の奥に眠っているあれが、僕の見たものを、聞いたものを、あの男に伝えているのだろうか。

 

 どれも、確かめようがなかった。

 

 紙も、手紙も、だめだった。なら、形の残るものは、何ひとつ残さなければいい。

 

 門の崩れる日の、前の日の放課後。誰もいない廊下で、僕は相澤先生を呼び止めた。

 

「先生。正門の隔壁って……手で触っただけで、崩れたりは、しませんよね」

 

 警告ではなかった。ただの、問いだった。嘘も、どこにもなかった。

 

 相澤先生は、黙って僕を見た。何かを測るような、あの目で。

 

「……何でそんなことを聞く」

 

「少し、気になっただけです☆」

 

 次の日の昼、正門の隔壁の上に、黒い影がひとつ、座っていた。

 

 相澤先生だった。首に巻いた捕縛布が、風に揺れていた。

 

 フードの男は、来なかった。門は、崩れなかった。

 

 その夜、黒い携帯電話が鳴った。

 

『イレイザーヘッドが、昼休みの間、ずっと正門の上に座っていたそうだね』

 

 柔らかい声だった。それから、その声が、ゆっくりと言った。

 

『――手で触っただけで、崩れたりは、しませんよね』

 

 僕の声では、なかった。けれど、僕の言葉だった。一字一句、違わずに。

 

 誰もいない廊下だった。相澤先生のほかに、聞いていた者はいなかったはずだった。

 

『面白いことを聞く子だ』

 

 くすり、と笑う気配がした。

 

『お父上とお母上にも、よろしく伝えておくれ』

 

 体の奥で、あれが、目を覚ました。

 

 十七回目だった。

 

   ◇ ◇ ◇

 

 また、春休みだった。

 

 僕は、ベッドの上で膝を抱えていた。

 

 光を撃てば、見られる。紙を差し込んでも、遠い町から手紙を出しても、たったひと言ほのめかしただけでも、あの男は知っていた。どうやって知ったのかは、最後まで分からなかった。分からないまま、四度、吹き飛ばされた。

 

 お父上とお母上にも、よろしく。

 

 あの声が、耳の奥から離れなかった。

 

 次に爆ぜるのは、僕ではないのかもしれない。父と母の体の中にも、同じものが仕込まれていないと、誰が言えるだろう。須藤さんのように血を吐いて倒れる父を、僕は、もう一度見ることになるのかもしれない。

 

 門は、守れない。

 

   ◇ ◇ ◇

 

 もう一度、入学の日を過ごした。戦闘訓練では、また蛙吹さんの舌に捕まった。夜の電話には、足りない答えを返した。

 

『そうか。それで十分だ。あとは、こちらで調べよう』

 

 門の崩れる日の昼、僕は、食堂の、いちばん門から遠い席に座っていた。

 

 窓の外は、見なかった。

 

 警報が鳴った。食堂の入り口に、生徒たちが押し寄せた。人の波の向こうで、飯田くんが非常口の表示に張りついていた。

 

 僕は、テーブルの下で、拳を握りしめていた。

 

 その夜、電話は鳴らなかった。

 

   ◇ ◇ ◇

 

 六日後。

 

 バスの中は、一度目と同じように騒がしかった。

 

「私、思ったことは何でも言っちゃうの。緑谷ちゃん。あなたの個性、オールマイトに似てる」

 

「爆豪ちゃんはキレてばっかだから、人気出なそう」

 

「んだとコラ出すわ!!」

 

 一字一句、同じだった。

 

 USJの巨大なドームが、窓の向こうに近づいてくる。

 

 僕は、膝の上で拳を握りしめていた。

 

 門は、守れなかった。四度守ろうとして、四度とも、あの男に吹き飛ばされた。

 

 なら、残された場所は、ひとつしかない。

体育祭編ですが何故かAFOに自爆させられて何度も繰り返す青山くんをいじめるルートとネビルレーザーが強化される覚醒ルートどちらが良いでしょうか?

  • 青山くんをいじめるルート
  • 覚醒ルート
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