三度目の七日間も、戦闘訓練から始まった。
「次! ヒーローチームH、
くじは、前と同じだった。
芦戸さんに作戦を伝え、三階の廊下に降り、蛙吹さんの這う音に背を向ける。踊り場の影が揺れる前に、光を広げる。
前の周よりも、ずっと簡単だった。どこに立てばいいのか。どのくらいの幅で広げればいいのか。いつ半歩ずれれば、舌が空を切るのか。もう、体が知っていた。
『ヤ、ヤメテ……!』
黒影の悲鳴も、前と同じだった。
今度こそ、すぐに止めるつもりだった。テープを巻いて、それで終わりにするつもりだった。
止められなかった。
縮こまった影を光で炙り続けている間、胸の奥は、前の周と同じように静かだった。そして前の周よりも、ほんの少しだけ長く、その静けさは続いた。
『青山少年! 光を止めるんだ!!』
あなたの声で、ようやく我に返った。
二度目の八つ当たりは、一度目よりも上手かった。
そのことが、何よりも恐ろしかった。
その夜の電話も、前と同じだった。同じ質問に、同じだけ足りない答えを返した。嘘のひとつもない答えを。
◇ ◇ ◇
広場で起きることを、僕は頭の中で並べ直した。
脳無は、手の男の命令で動く。前の周、脳無が僕に向かってきたのは、手の男が僕を「目障りだ」と思ったからだ。
なら、命令する者を先に倒せばいい。
あの連中の後ろには、あの男がいる。けれど少なくともあの広場では、脳無に命令を下しているのは、あの手の男ひとりだった。
九日目。
石段の陰で目を開けると、すぐ隣に、峰田くんが転がっていた。靄の飛ばす先が、ほんの少しずれたらしい。
「な、なんだよここ……!
震える峰田くんに、静かにしているように言って、僕は、
広場の奥。噴水の前。首を掻きむしりながら、相澤先生の戦いを眺めている痩せた男。
細く絞った光を撃った。
男は、首を傾けただけだった。光は男の耳のすぐ横を抜け、噴水の水面に白い湯気を立てた。
「……あ?」
男が、ゆっくりとこちらを向いた。顔に貼りついた手の、指の隙間から、赤い目がのぞいていた。
次の光を撃つより早く、男は走り出していた。
二発目は、男の肩をかすめた。
「く、来んなよぉっ!!」
隣で、峰田くんが、頭のもぎもぎを男めがけて投げつけた。泣きながら。震えながら。
ひとつが、男の腕に貼りついた。
「……あ?」
男は、腕に貼りついたもぎもぎを、指先でつまんで崩した。それから、ゆっくりと、峰田くんの方を向いた。
五本の指が、峰田くんの肩に触れた。
峰田くんの体が、肩から、乾いた砂のように崩れていった。悲鳴は、途中で途切れた。
僕が撃たなければ、この男は、峰田くんのことなど見もしなかった。
三発目は、撃つ前に、手首を掴まれた。
五本の指。
手首から先の感覚が、乾いた砂のように崩れていった。
皮膚がひび割れ、肉が色を失い、ぼろぼろと剥がれ落ちていく。崩れは手首から肘へ、肘から肩へと、僕の体を這い上がってきた。あの正門の隔壁と、同じ崩れ方だった。
視界の端で、相澤先生がこちらを振り返るのが見えた。ゴーグルの奥の目が、手の男を捉えていた。
遅かった。
「さっきから、何なんだよ、おまえ」
男は、崩れていく僕の腕を見下ろしながら、心底面倒くさそうに言った。
「キラキラ、キラキラ。うるさいんだよ」
崩れが、胸に届いた。
二十回目だった。
――あの手に、触れられてはいけない。五本の指が全部触れたら、そこで終わりだ。
それが、二十回目に覚えたことだった。
◇ ◇ ◇
四度目の七日間で、くじが変わった。
「次! ヒーローチームJ、
あなたが掲げたボールの文字を、僕はしばらく理解できなかった。
J。切島くんと、瀬呂くん。
これまでは、何度引いても、ずっとHだった。死んで戻る世界は、前と全く同じではない。入試の時に思い知ったはずのことを、僕はすっかり忘れていた。
切島くんの硬化は、僕の光を通さなかった。
細く絞った光は、硬くなった肌の表面を焦がすだけで、その下まで届かなかった。
「いってぇ! でも効かねえ!!」
切島くんは、焦げた胸を拳で叩いて笑った。
太い光なら、たぶん通る。けれどそれは、訓練で人に向けていい光ではなかった。それくらいの分別は、まだ残っていた。
だから、撃ち方を変えた。
瀬呂くんの肘から、テープが伸びてくる。その根元に向けて、一瞬だけ光を瞬かせた。テープが焼き切れる。もう一度、瞬かせる。今度は、瀬呂くんの目の前で。暗い廊下に慣れた目には、それで十分だった。
「うおっ、まぶしっ!!」
目を押さえた瀬呂くんの手首に、テープを巻いた。
切島くんは、まっすぐに突っ込んできた。光は効かない。けれど、どこへ走ってくるのかは分かる。僕は一歩ずつ下がりながら、彼を上の階段へ誘い込んだ。芦戸さんが、酸を撒いた階段へ。
足を滑らせた切島くんの上に、芦戸さんが飛びついた。
『
「青山、お前すげーな! 光、全然効かなかったのに勝つとか、漢だぜ!!」
ビルの出口で、切島くんは悔しがるどころか、目を輝かせて僕の肩を叩いた。
「メルシー☆ キラメキとは、知恵の輝きでもあるのさ」
「なんだそれ、かっけえ!」
切島くんは、まっすぐに笑っていた。
その笑顔の向こうで、常闇くんが、別のチームの戦いを黙って眺めていた。肩の上で、黒影がのんびりと揺れていた。この世界の黒影は、僕の光を知らない。
黒影と戦えなかったことに、少しだけがっかりしている自分に気づいて、僕は手すりを握りしめた。
◇ ◇ ◇
五本の指に触れられなければいい。なら、近づかなければいい。
四度目の九日目。僕は石段の陰から、手の男に向けて、撃てる限りいちばん太い光を撃った。
距離は、三十メートル。腕ほどの太さの光の束が、まっすぐ男へ伸びていく。
届く、と思った。
光の先に、黒い靄が広がった。
光は、靄の中へ吸い込まれた。門の前で撃った時と、同じように。
次の瞬間、背中が熱くなった。
振り返ると、すぐ後ろの石段が、白く焼け焦げていた。僕の光だった。靄に呑まれた光が、僕の背後に開いたもうひとつの靄から吐き出され、石段を焼いたのだ。
呑んだものを、別の場所から吐き出せる。
そう理解した時には、もう、足元に黒い靄が広がっていた。
床が、消えた。
落ちていく、と思った瞬間、目の前の景色が切り替わった。
ドームの天井が視界いっぱいに広がっていた。
「生徒といえど、侮れませんね」
靄の男の声が、どこか遠くで聞こえた。
「ですが、どこへ落ちるかまでは、選べないでしょう」
お腹から光を撃った。しかし、ご丁寧に仰向けに飛ばされたためレーザーは空を切りもはやどうしようもなかった。
石畳が、迫ってきた。
二十一回目。
――あの靄は、光を呑むだけではない。呑んだものを、好きな場所へ吐き出せる。光も、人も。
◇ ◇ ◇
五度目のくじは、Bだった。轟くんと、障子くん。
スタートの合図から、十秒も経たなかった。
足元から、白い冷気が這い上がってきた。気づいた時には、ビル全体が凍りついていた。床も、壁も、天井も。僕の両足も、膝まで氷に呑まれていた。
足元に光を撃った。氷の表面が、わずかに曇っただけだった。もう一度、もう少し長く。ようやく指一本ぶんの溝ができた頃、障子くんの腕が、僕の手首にテープを巻いていた。
知っていることも、積み重ねた撃ち方も、何の役にも立たなかった。ただ凍らされて、終わった。
ビルを出る時、轟くんは一度も僕の方を見なかった。見る必要もなかったのだろう。
その周、僕は、もう一度だけ、相澤先生のところへ行きかけた。
放課後の廊下。職員室へ向かう、気だるげな背中。
「先生」
「なんだ」
相澤先生が、振り返った。
学外の授業で、
その言葉は、喉のすぐそこまで来ていた。
『お父上とお母上にも、よろしく伝えておくれ』
柔らかい声が、耳の奥でよみがえった。
門の周で、僕がこの人に言ったのは、たったひと言だった。警告ですらない、ただの問いだった。それだけで、あの男は知っていた。
今度吹き飛ぶのは、僕だけでは済まないかもしれない。
「……なんでもありません」
「なら、呼び止めるな」
相澤先生は、それだけ言って歩き去った。
九日目のバスの中で、相澤先生は一度だけ、僕の方を見た。けれど、それだけだった。
広場で、僕は手の男にも、靄にも向かわなかった。脳無だけを見ていた。
脳無が動いた瞬間に、閃光を浴びせる。焼いた目が三秒で戻るなら、三秒ごとに焼けばいい。焼いて、下がって、また焼く。膝を撃つ。撃って、下がる。決して、真正面には立たない。
十秒。二十秒。
生きていた。脳無の前で二十秒も生きていられたのは、初めてだった。
三十秒を数える前に、お腹の中身が尽きた。光が、途切れた。
二十二回目。
――脳無の前で、僕は三十秒も保たない。
◇ ◇ ◇
六度目のくじは、またHだった。
黒影の名前を聞いた時、ほっとしている自分に気づいて、吐き気がした。
九日目、USJの入り口で13号先生の話を聞いている間、僕はたまたま、障子くんのすぐ後ろに立っていた。前の周と、ほんの半歩だけ、立つ場所がずれていた。それだけの違いだった。
黒い靄が広がった時、障子くんの腕が、近くにいた何人かを覆った。その陰にいた僕も、散らされずに入り口の階段の上に残った。
「委員長! 君に託します。学校まで駆けて、この事を伝えて下さい」
13号先生が、飯田くんにそう言うのが聞こえた。
聞こえていた。けれど、聞き流した。助けが来るのを待っている暇などない。今この瞬間にも、広場では、相澤先生が
僕は、階段を駆け下りた。
「青山くん!? 戻りなさい!!」
背後で、13号先生の声がした。
振り返ると、13号先生が、僕の方を振り向いていた。指先を黒い靄の男へ向けたまま、ほんの一瞬、目だけを離して。
その一瞬で、十分だった。
13号先生の吸い込む口の先に、黒い靄の門が開いた。その門の向こうは、13号先生自身の背中だった。
ブラックホールが、13号先生自身を呑み込んだ。
背中から。肩から。白いコスチュームが内側から裂けて、塵になっていく。
「先生ーー!!!」
麗日さんの悲鳴が、聞こえた。
二十一回目に、僕は、呑まれた僕の光が背後から吐き出されるのを見た。あの靄が、呑んだものを好きな場所へ吐き出せることを、僕は知っていた。知っていたのに。
僕が、振り返らせたのだ。
僕は、前を向いた。
振り返ったら、走れなくなる気がした。
閃光。膝。下がる。また閃光。
脳無の前で、三十秒を越えた。
四十秒目に、足首を掴まれた。
二十三回目。
◇ ◇ ◇
二十回目は、崩れて死んだ。二十一回目は、空から落とされた。二十二回目と二十三回目は、脳無に潰された。
二十回目には、峰田くんが、僕より先に崩れた。二十三回目には、13号先生が、自分の個性に呑まれた。僕を、呼び止めようとして。
死ぬたびに、僕はひとつずつ、死に方を覚えた。あの指に触れられてはいけない。あの靄に光を撃ち込んではいけない。脳無の前で、僕の光は四十秒しか保たない。
覚えたことは、確かに増えていた。強くなっている、と言えたのかもしれない。光は少しも太くなっていないのに、戦い方だけが、死ぬたびに研がれていった。
それでも、広場で起きることは、ほとんど何も変わらなかった。
どの周でも、
二十三回目の死から目を覚ました朝、僕は机の上のノートを開いた。
白紙だった。死んで戻るたびに、ノートも、何も書かれていない朝に戻っている。だから戻るたびに、最初のページから書き直す。それが、いつの間にか習慣になっていた。
十二から、二十三まで。それぞれの数字の横に、死に方と、覚えたことを書き込んでいく。
それから、ページの端に、小さく名前を書いた。
緑谷くん。峰田くん。13号先生。
僕より先に、死んだ人の名前を。
書き終えてから、少し迷って、その下に一行だけ書き足した。
二十四。
まだ起きていない死の、番号だった。
体育祭編ですが何故かAFOに自爆させられて何度も繰り返す青山くんをいじめるルートとネビルレーザーが強化される覚醒ルートどちらが良いでしょうか?
-
青山くんをいじめるルート
-
覚醒ルート