二十四回目の死は、広場の真ん中だった。
閃光で脳無の目を焼き、膝を撃ち、下がる。手の男の五本の指が届かない距離を保ち、靄には決して光を向けない。相澤先生の背中に回り込もうとする
覚えたことを、全部使った。
脳無の前で、一分を数えた。
一分と少しで、お腹の中身が尽きた。
二十五回目は、脳無に押さえつけられた相澤先生のもとへ、まっすぐに駆けた。
脳無の腕に、光を撃った。撃って、撃って、叫んだ。先生、と。
石畳に押さえつけられたまま、相澤先生が顔を上げた。血まみれのゴーグルの奥で、目が、僕を見た。
「来るな、青山……!」
その時、水辺の方で、短い悲鳴が上がった。
振り返ると、手の男が、蛙吹さんの前に立っていた。五本の指が、蛙吹さんの顔を覆っていた。
蛙吹さんの顔が、乾いた砂のように崩れていった。
「蛙吹さん!!」
緑谷くんの叫び声が、広場に響いた。峰田くんが、声にならない悲鳴を上げていた。
なぜ、と思った。どうして、今。
その答えを知ったのは、ずっと後のことだ。
僕は、手の男に向かって走った。光を撃った。何発撃ったのかも覚えていない。気がつくと、五本の指が、僕の顔の前にあった。
二十六回目は、仮病を使った。母は僕の額に手を当て、熱がないことを確かめると、困ったように笑って送り出した。休めば、あの男に何を言われるか。母の顔が、そう言っていた。
二十七回目は、水難ゾーンに飛ばされた。緑谷くんと、蛙吹さんと、峰田くんがいた。水の中の
「青山くん、すごい……! どうして、
緑谷くんが、目を丸くしていた。
「広場で、相澤先生がひとりで戦ってる。……手を貸してほしいんだ」
僕は、三人にそう言った。ひとりでは、何度やっても届かなかった。四人なら、届くかもしれない。
緑谷くんは、迷わずに頷いた。
四人で、広場へ走った。
僕たちの姿を見た瞬間、相澤先生の顔色が変わった。
「なんで来た!! 戻れ!!」
脳無が、こちらを向いた。
相澤先生が、僕たちと脳無の間に飛び込んだ。布が脳無の腕に巻きつき、先生の体が、僕たちの盾になった。
巨大な拳が、振り下ろされた。
一度。二度。三度。
四度目の後、相澤先生は、もう動かなかった。
僕たちが来なければ、先生は、こうはならなかった。
最後に見えたのは、泣き叫びながら脳無に拳を振りかぶる、緑谷くんの背中だった。
二十八回目は、脳無の足元の石畳に、ありったけの光を叩き込んだ。脳無は、崩れた穴から何事もなかったように這い上がってきた。
二十九回目。脳無の膝を、四十秒焼き続けた。
三十回目。手の男の指先から、三センチのところまで近づいた。
◇ ◇ ◇
七日間は、何度でも同じ顔をして始まった。
戦闘訓練のくじは、H、H、J、H、B、H、J、H。黒影の悲鳴を聞くたびに、胸の奥が静かになった。静かになることに、もう驚かなくなっていた。
委員長選挙では、毎回、緑谷くんの名前を書いた。「僕四票ーーー!!!?」という叫びを、数えきれないほど聞いた。昼休みには、飯田くんが非常口の表示に張りついた。何度見ても、彼はヒーローだった。何度見ても、僕は座っていた。
門の前には、二度と行かなかった。紙も、手紙も、二度と書かなかった。あの電話の声が、耳から離れなかった。
朝になると、母は焼きたてのパンをナプキンに包み、リボンを結んで僕の鞄に入れた。何度目の朝でも、母は同じように粉のついた指で、丁寧に結び目を作った。
夜になると、母が「最近、顔色が悪いわね」と心配そうに僕の頬に触れた。父は、黙って僕を見ていた。何も知らない二人に、僕は毎回、同じ笑顔で「平気さ☆」と答えた。
僕にとっては、もう何度目かも分からない七日間。両親にとっては、たった一度きりの七日間。その差が、少しずつ、僕と二人の間に見えない壁を作っていった。
強くは、なった。
広場の
それでも、光は少しも太くなっていなかった。脳無を倒せる光には、何度死んでも届かなかった。
◇ ◇ ◇
三十一回目の朝、僕は、ノートに書いた死に方を、最初から並べ直した。
ひとりで脳無の前に立てば、一分で潰される。誰かを連れていけば、その誰かを庇って、相澤先生が死ぬ。先生のそばへ駆け寄って叫べば、なぜか、蛙吹さんが死んだ。理由は、まだ分からなかった。分からないまま、ただ、先生に近づいてはいけないのだと思った。
なら、誰も連れていかない。先生には近づかない。声もかけない。先生の目に入らない場所から、遠くから、ひとりで撃つ。
広場の
三十回分の死に方を、全部、裏返した答えだった。
三十一回目は、うまくいった、と思った。
覚えたことを、全部使った。石段の上の、先生の死角から、広場の
最後に、脳無が、僕の方を向いた。一瞬で距離を詰められ、腕に薙ぎ払われて、石段に叩きつけられた。
目を開けた時には、全部が終わっていた。ドームの外の、救急車の中だった。あなたが来て、脳無を空の彼方へ殴り飛ばしたのだと、隊員の人が教えてくれた。
救急車の窓の向こうで、刑事が生徒の人数を数えていた。
全員、生きていた。
相澤先生は、両腕の骨折だけで済んだ。顔も、目も、無事だった。
うまくいった。
初めて、そう思った。
臨時休校が明けた朝、耳郎さんの席が、空いていた。
次の日も。その次の日も。
「耳郎さん……おうちから、出られないんですって」
八百万さんが、小さな声でそう話しているのが聞こえた。上鳴くんは、ずっと黙ったまま、空いた席を見ていた。
山岳ゾーンで、耳郎さんは、ひとりで
先生たちが駆けつけた時、耳郎さんは岩陰に押し込められて、何人もの
治せなかったのは、体ではないところだった。
物音がすると、震えが止まらない。玄関の扉の前まで行くと、足が動かなくなる。耳郎さんのお母さんが、学校にそう連絡してきたのだと、八百万さんは言った。
耳郎さんを囲んだのは、広場から逃げてきた
僕が、石段の上から撃って、散らした
広場から追い払った
その夜、黒い携帯電話が鳴った。
『やあ、優雅くん』
柔らかい声だった。
『黒霧から、いろいろと聞いたよ。広場の駒を、ずいぶん散らしてくれたそうだね。脳無の前にも、ずいぶん長く立っていたとか』
受話器を持つ手が、冷たくなった。
『この数日、ずっと考えていたんだ。君を、どうしたものかとね』
声は、少しも怒っていなかった。
『残念だよ、優雅くん』
体の奥で、あれが目を覚ました。
三十一回目は、自分の部屋の床の上だった。
目を開けると、カレンダーは、USJの三日前を指していた。
戦闘訓練も、マスコミの騒ぎも、もう終わった後だった。死んだ日から数えて、七日前。USJから何日も生き延びてしまった分だけ、戻る朝も、後ろへずれていた。
三十二回目の三日間、僕は、ずっと考えていた。
広場の
なら、流れていく先を、先に塞げばいい。
九日目、靄に飛ばされてすぐ、僕は広場ではなく、山岳ゾーンへ走った。耳郎さんたちのいる場所へ。三人を囲もうとしていた
それから、広場へ向かった。三十一回目と同じように、先生の死角から
最後は、また脳無に薙ぎ払われて、気を失った。目を覚ましたのは、救急車の中だった。
相澤先生の目は、また、無事だった。
臨時休校が明けた朝、今度は、葉隠さんの席が空いていた。
倒壊ゾーンで、見えない体のまま、何人もの
山岳ゾーンへ逃げられなかった
葉隠さんは、もう、学校の門をくぐれなくなっていた。
ひとつ救えば、別のどこかで、誰かが壊れる。
二日後、黒い携帯電話が鳴った。君は、どうも余計なところへ顔を出すね、と柔らかい声が言った。
三十二回目も、自分の部屋の床の上だった。
◇ ◇ ◇
三十三回目は、また、USJの三日前の朝から始まった。
散らせば、どこかで誰かが壊れる。散らさなければ、先生が壊れる。
三日間考えて、僕に残っていたのは、いちばん最初の答えだけだった。誰も散らさない。誰も連れていかない。ただ、僕の体で、先生の頭を守る。
九日目が来た。
僕は、もう一度、相澤先生と石畳の間に滑り込んだ。
一番最初の世界と同じように。頭を抱え込み、背中で巨大な腕を受けた。
骨の砕ける音。肺から押し出される温かいもの。割れたゴーグルの奥で、わずかに見開かれる相澤先生の目。
「庇ったのか。かっこいいなあ。……でも、無駄だよ」
手の男の声も、一番最初と同じだった。
無駄だ。
その言葉が、砕けた背中よりも深く、僕の中に刺さった。
◇ ◇ ◇
目を開けると、自分の部屋の天井があった。
入学二日目の朝。壁の制服。真新しい匂い。
久しぶりの、この朝だった。USJで死ねば、戻るのは、いつもこの朝だ。
僕は、ベッドから起き上がらなかった。
天井を見上げたまま、ノートに書くはずの次の番号を、頭の中で数えた。三十四。
――無駄だよ。
手の男の声が、耳の奥で鳴り続けていた。
あの広場で、十五回死んだ。広場の外で、七度、あの男に吹き飛ばされた。強くなった。覚えた。撃ち方を研いだ。それでも、何ひとつ変わらなかった。
なら、もう、いいじゃないか。
その朝、僕は初めて、何もしないことに決めた。
◇ ◇ ◇
戦闘訓練では、蛙吹さんの舌に捕まった。一番最初の世界と同じように。
「青山ちゃん。さっきの青山ちゃん、捕まりに来てるみたいだったわ」
懐かしい言葉だった。
その夜の電話には、足りない答えを返した。翌日の昼、門が崩れるのを、食堂の窓から眺めた。夜は、テニスコートに出なかった。ノートも、開かなかった。
九日目。
黒い靄に呑まれ、石段の陰に投げ出された僕は、そこから一歩も動かなかった。
相澤先生が、
一度。二度。
両腕が、小枝のように折られた。
僕は、石段の陰で膝を抱えて、それを見ていた。
目は、逸らさなかった。逸らす資格がないことくらいは、分かっていた。
黒い靄が広場に戻ってきて、手の男に何かを告げた。生徒をひとり逃がした、と言ったように聞こえた。手の男は苛立たしげに首を掻きむしり、それから、ふらりと水辺の方へ歩き出した。そこには、蛙吹さんと、緑谷くんと、峰田くんがいた。
手の男の手が、蛙吹さんの顔に伸びる。
その手が、触れる寸前で止まった。
石畳の上の相澤先生が、血まみれの顔を上げて、手の男を見ていた。個性を消したのだ。あんな状態で、まだ。
息が、止まった。
二十五回目の世界で、蛙吹さんの顔は崩れた。あの時、相澤先生の目は、手の男ではなく、僕を見ていた。来るな、と叫ぶために。
蛙吹さんを殺したのは、手の男の指だ。
けれど、あの人の目を、手の男から逸らさせたのは、僕だった。
脳無が、もう一度、相澤先生の頭を石畳に叩きつけた。
緑谷くんが、拳を振りかぶって飛び込んでいった。脳無が、それを受け止めた。
その時だった。
入り口の扉が、轟音とともに吹き飛んだ。
舞い上がる粉塵の向こうに、大きな影が立っていた。
黄金の髪。逆光の中で、ネクタイを毟り取る大きな手。
あなただった。
「もう大丈夫」
低い声だった。笑っていなかった。
「何故って? 私が来た!!」
初めて見る光景だった。
十七回、この広場に来た。十七回とも、僕はこの瞬間を見る前に、死ぬか、気を失っていた。
あなたは一瞬で広場に降り立ち、相澤先生を脳無の手から救い出した。緑谷くんたちを、瞬きする間に安全な場所へ運んだ。そして脳無と真正面から殴り合い、最後には、ドームの天井ごと空の彼方へ殴り飛ばした。
僕が何度死んでも、焦がすことしかできなかった怪物を。
やがて教師たちが雪崩れ込んできて、手の男と靄は姿を消した。
◇ ◇ ◇
「十六、十七、十八、十九……両足重傷の彼を除いて、ほぼ無傷か」
ドームの外で、トレンチコートを着た刑事が、生徒の人数を数えていた。
「先生たちは……」
誰かが聞いた。刑事は、手帳に目を落とした。
「13号ヒーローは、背中から上腕にかけての裂傷が酷いが、命に別状はなし。イレイザーヘッドは、両腕粉砕骨折、顔面骨折。……眼窩底が砕けていて、目に何らかの後遺症が残るかもしれないそうだ」
命に、別状はない。
誰も、死ななかった。
僕が、何もしなくても。
◇ ◇ ◇
その夜、黒い携帯電話が鳴った。
『やあ、優雅くん。大変な一日だったね』
柔らかい声だった。
『黒霧から聞いたよ。君は、ずっと隠れていたそうだね』
「……はい」
『それでいい』
声が、満足そうに笑った。
『いい子だ』
電話が切れた。
いい子だ。
十四歳の冬にも、同じことを言われた。須藤さんが血を吐いて死ぬのを、黙って見届けた日に。
受話器を置いた途端に、笑いがこみ上げてきた。
おかしくて、たまらなかった。
誰も死ななかった。相澤先生も、13号先生も、緑谷くんも、蛙吹さんも。あなたが来て、全部終わらせてくれた。僕が石段の陰で膝を抱えていても、世界はちゃんと、誰ひとり死なせずに回っていた。
守る必要なんて、最初からなかったのだ。
脳無からも。手の男からも。あの靄からも。僕が守らなくても、あの人たちは守られていた。
それなのに。
僕は、何回も、あの広場で死んだ。
首を折られた。崩れて死んだ。空から落とされた。足首を掴まれて、頭を掴まれて、背中を砕かれた。誰に頼まれたわけでもないのに。
そもそも僕は、あの人たちを売った側なのに。
オールマイトはほとんど毎回来る、学外の授業もある、と、あの男に告げたのは僕だ。このクラスを、あなたを呼び寄せるための餌として差し出したのは、僕だ。守る資格もない人間が、守る必要もないものを守ろうとして、何度も何度も死んでいた。
しかも、死んだのは、僕だけではなかった。
緑谷くんは、僕を庇って、石畳に叩きつけられた。峰田くんは、僕が怒らせた手の男に崩された。13号先生は、僕を呼び止めようと振り返って、自分の個性に呑まれた。蛙吹さんは、僕が相澤先生の目を逸らさせたせいで、顔を崩された。相澤先生は、僕が連れてきた生徒たちを庇って、動かなくなった。
何もしなかった世界では、誰も死ななかったのに。
僕が動くたびに、誰かが、僕より先に死んでいた。
それに――うまくいったと思った世界も、あった。
三十一回目。相澤先生の目は、無事だった。誰も、死ななかった。
そして、耳郎さんは、家から出られなくなった。僕が広場から追い払った
耳郎さんを救った三十二回目には、葉隠さんが、学校に来られなくなった。
あの男は、靄の男から全部を聞いた。自分の駒が、自分の筋書きを正面から叩き潰そうとしたことを。門の前で光を撃っただけで、手紙を一通出しただけで、僕を吹き飛ばした男だ。許すはずがなかった。
僕は、二度とも、電話の向こうから吹き飛ばされた。次は、父と母が、須藤さんと同じように血を吐くのかもしれなかった。
勝っても、意味がなかったのだ。勝てば勝つほど、あの男の指は、僕の大切なものに伸びてくる。
「馬鹿か僕は」
そんなこと、少し考えれば分かったはずだった。門の前で光を撃った夜、電話の向こうで、あの男ははっきりと言ったのだから。お父上を大事にしてあげなさい、と。
分かっていて、考えなかった。
馬鹿は死んでも治らないというのは本当だった。僕はあの男に歯向かえばどうなるか分かっているのに
歯向かっても何にもならないのに無駄に死に続けたのだ
どうせ、死ねば戻れる。失敗しても、やり直せる。うまくいかなければ、もう一度。そうやって僕は、いつの間にか、死に戻りさえあれば何とかなると思い込んでいた。勝ったその先のことなど、一度も考えずに。何十回死んでも、いつかはどうにかなるのだと、自分でも気づかないうちに。
どうにかなるはずが、なかった。
この力は、何も変えてくれない。ただ、僕に何度でも間違えさせてくれるだけだった。
「……は、はは」
笑い声が、喉の奥で潰れた。
「何を……やっているんだ、僕は」
声に出した瞬間、何かが決壊した。
僕は床に崩れ落ちて、泣いた。四歳のあの日から、こんなふうに声を上げて泣いたことはなかった。拳で床を叩いた。何度も、何度も。
「何をやっているんだ……! 何を、やっていたんだ、僕は……!」
答えてくれる者は、どこにもいなかった。
覚えているのは、僕だけだった。二十二回の死も、二十二回の痛みも、二十二回の「今度こそ」も。この世界の誰ひとり、そんなものがあったことを知らない。
――無駄だよ。
手の男は、正しかった。
僕の死は、最初から最後まで、全部、無駄だった。
◇ ◇ ◇
階下から、母の声がした。
「優雅? どうしたの、大きな音がしたけれど」
僕は、床に頬をつけたまま、返事をしなかった。
鏡の前に立つ気には、なれなかった。笑顔を作る理由が、もうどこにも見つからなかった。
臨時休校が明けたら、また、あの教室に行く。何も知らないみんなの前で、キラメキの仮面をかぶって、笑う。
その次の週も。その次の月も。あの男が、もういいと言うまで、ずっと。
――もう、いい。
何もかも、どうでもよかった。
体育祭編ですが何故かAFOに自爆させられて何度も繰り返す青山くんをいじめるルートとネビルレーザーが強化される覚醒ルートどちらが良いでしょうか?
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青山くんをいじめるルート
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覚醒ルート