臨時休校の一日を、僕はベッドの上で過ごした。
母が、温かい紅茶と、焼いたばかりのパンを部屋まで運んできた。手をつけなかった。母のパンを残したのは、初めてだった。昼過ぎに、父がドアの向こうから「優雅、大丈夫か」と声をかけた。返事をしなかった。
大丈夫か、と聞かれて、平気さ☆と答える。十年間、それだけは欠かしたことがなかった。
その一言が、どうしても出てこなかった。
天井を見上げていると、ひとつの考えが、何度も浮かんでは沈んだ。
全部、言ってしまえばいい。
僕が何をしてきたのか。誰に、何を伝えてきたのか。言えば、どうなるのかは分からない。雄英にはいられなくなるだろう。警察に連れて行かれるかもしれない。両親は。あの男は。
考えようとして、やめた。
考えるのにも、もう疲れていた。二十二回分の「今度こそ」を考え抜いて、そのどれもが無駄だった。なら、最後にひとつくらい、何も考えずに口を開いたっていいはずだ。
◇ ◇ ◇
翌朝の教室は、USJの話で持ちきりだった。
「なあ、昨日のニュース見たか! 俺らのこと、めっちゃ流れてたぜ!」
「オールマイト、ほんとにすごかったよね……」
「皆ー!! 朝のHRが始まる、席につけー!!」
「ついてるよ。ついてねーのおめーだけだ」
飯田くんが、自分の席で慌てて座り直した。笑い声が起きた。
僕は、自分の席に座って、それを聞いていた。
「青山、おはよ!」
芦戸さんが、僕の机に手をついてのぞき込んできた。
「ねえ、USJの時どこにいたの? 全然見かけなかったけど、大丈夫だった?」
「……隠れていたよ」
☆は、つけなかった。
芦戸さんは一瞬きょとんとして、それから、慌てたように笑った。
「そ、そっか! そうだよね、怖かったもんね。あたしも正直めっちゃ怖かったし!」
それだけ言って、彼女は自分の席に戻っていった。
本当のことを言ったのに、誰も、何も気づかなかった。
この教室の誰ひとり、知らない。あの広場で、僕が何度も死んだことを。時には、この中の誰かが、僕より先に死んでいったことを。そのたびに、この人たちが同じ顔で同じ言葉を交わすのを、何度も見てきたことを。そして、この人たちを、僕が売ったことを。
扉が開いた。
「おはよう」
全身を包帯で巻かれた相澤先生が、教室に入ってきた。
「相澤先生復帰早えええ!!」
「先生、無事だったのですね!!」
「無事言うんかなぁ、アレ……」
両腕は吊られ、顔は包帯で覆われ、その隙間から、かろうじて目元がのぞいていた。
眼窩底が砕けていて、目に後遺症が残るかもしれない。刑事の声が、耳の奥で蘇った。
「俺の安否はどうでもいい。何より、まだ戦いは終わってねえ」
「戦い?」
「まさか……」
「まだ
「雄英体育祭が迫ってる!」
「クソ学校っぽいの来たあああ!!」
教室が、一気に沸き立った。
その騒がしさの中で、僕は、相澤先生の包帯を見ていた。
あの包帯の下の目を潰したのは、脳無だ。脳無をあそこへ連れてきたのは、あの手の男だ。あの手の男に、このクラスとオールマイトが学校の外で一緒になる日を教えたのは――
気がつくと、僕は立ち上がっていた。
「先生」
自分の声が、ひどく遠くに聞こえた。
教室が、静かになった。みんなの視線が、僕に集まった。
「……なんだ、青山」
「体育祭の話の前に、ひとつだけ、いいですか」
語尾は、跳ねなかった。☆も、つかなかった。
「USJに
誰も、何も言わなかった。
「僕は、
◇ ◇ ◇
沈黙が、教室を満たした。
最初に口を開いたのは、上鳴くんだった。
「……じょ、冗談だろ? 青山、お前、そういうキャラだっけ……?」
誰も笑わなかった。
「入学してから、ずっと、授業の予定をある男に伝えていました」
僕は、続けた。止められなかった。止めるつもりも、なかった。
「ヒーロー基礎学は週に何度か。オールマイトの受け持ちで、ほとんど毎回来る。学外の施設を使う授業もある。……全部、僕が伝えました。あの男が知りたがっていたのは、このクラスが学校の守りの外に出て、そこにオールマイトがいる時です。あの日、
「青山……?」
芦戸さんの声が、震えていた。
「テメェ……」
爆豪くんが、机に手をついて腰を浮かせかけていた。その掌の中で、小さな火花が弾けていた。
蛙吹さんは、大きな丸い目で、まっすぐに僕を見ていた。緑谷くんは、真っ青な顔で、何か言おうとして、言葉にならずにいた。
相澤先生だけが、微動だにしなかった。
包帯の隙間から、静かな目が、僕を見ていた。何かを測るような、あの目で。
「……誰にだ」
低い声だった。
「誰に、伝えた」
僕は、息を吸った。
これを言えば、全部終わる。あの男の名前を、ここで口にすれば。僕のような子どもに個性を植えつけ、両親を縛り、須藤さんを殺した男の名前を。オールマイトの、ずっと昔からの宿敵の名前を。
言ってしまえば、もう、戻れない。それでよかった。
「僕に、この個性をくれた男です」
体の奥で、何かが、ふいに目を覚ました。
知っている感覚だった。
お腹ではない。光の生まれるところでもない。体の芯の、どこにあるのかも分からない場所。十三回目の夜、電話の向こうのあの男に起こされたものが、今、ゆっくりと身を起こしていた。
電話は、鳴っていなかった。
「その男の、名前は――」
それが、膨れ上がった。
熱かった。けれど、ネビルレーザーの熱とは、まるで違った。光が出口を探して暴れる時の、腹の底がきしむあの感覚ではない。光は、少しも動いていなかった。動いているのは、あの男が仕込んだ、別の何かだった。
指先が、腕が、胸が、内側から押し広げられていく。皮膚が、張りつめていく。体のあらゆるところで、同時に、何かが膨らんでいく。
「青山っ!!」
誰かが叫んだ。緑谷くんだったかもしれない。
相澤先生が、吊られた腕のまま、椅子を蹴って立ち上がるのが見えた。
喉が、焼けた。
名前の続きは、声にならなかった。
僕の体が、内側から爆ぜた。
爆ぜたのは、僕の内側だけだった。教室の誰ひとり、傷つけなかった。机も、窓も、すぐ前の席の背中も。ただ僕の体だけが、内側から、正確に壊されていった。まるで、最初からそのためだけに作られていたかのように。
最後に見えたのは、みんなの顔だった。
芦戸さんの、見開かれた目。蛙吹さんの、伸ばしかけた舌。爆豪くんの、止まった手。
三十四回目だった。
◇ ◇ ◇
目を開けると、自分の部屋の天井があった。
喉に手を当てる。焼けていない。胸に、腕に、お腹に手を当てる。どこも、膨れていない。
カレンダーを見た。
USJの、五日前だった。
マスコミが門を崩した、その翌朝。黒い携帯電話は、もう鳴らない。
僕は、ベッドの上で、自分の手のひらを長いあいだ見つめていた。
あれは、十三回目の夜と、同じものだった。
あの男が、エネルギー効率という贈り物の陰に紛れ込ませた仕掛け。電話一本で、指一本触れずに、僕を内側から吹き飛ばせるもの。
けれど、ひとつだけ、違うことがあった。
あの夜は、あの男が、電話の向こうでそれを起こした。門の周の夜も、そうだった。あの男は、どうやってか僕のしたことを知り、それから、起こした。いつも、何時間も経ってから。
今日は、違った。電話は鳴っていなかった。どれほど何もかもを知っている男でも、教室で僕が名前を言いかけた、その一瞬に、指を動かせるはずがない。
それでも、あれは膨れ上がった。
僕が、あの男の名前を口にしようとした、その瞬間に。
あの仕掛けは、あの男が望んだ時に動くだけではなかったのだ。僕が口を割ろうとすれば、ひとりでに動く。
口を割れば、内側から爆ぜる。それも、周りの誰も傷つけずに、僕ひとりだけを。誰かが手を伸ばす間もなく、裏切り者だけが、肝心なことを何ひとつ言えないまま砕け散る。
いかにも、あの男らしいやり方だった。
熱が膨れ上がったのは、内通者だと名乗った時ではなかった。あの男の名前を、口にしようとした瞬間だった。あの男にとって、駒が自分を裏切り者だと名乗ることなど、どうでもいいのだろう。許されないのは、ただひとつ。あの男の名前に、ヒーローの手を届かせることだけだ。
あの世界の教室には、内側から壊れた僕だけが残ったはずだ。芦戸さんも、蛙吹さんも、緑谷くんも、目の前で砕けたクラスメイトのことを、これからずっと覚えて生きていくのだろう。理由も分からないまま。
僕は、その世界を置き去りにして、ここにいる。
嘘をつけば、見抜かれて、あの男の手で吹き飛ばされる。本当のことを言おうとすれば、ひとりでに吹き飛ぶ。
僕に許されているのは、黙っていることだけだった。
――オールマイト。
だから僕は、あなたにも、誰にも、言えなかった。
今こうして話せているのは、あの男が、もうこの世のどこにもいないからだ。
◇ ◇ ◇
僕は、机の上のノートを開いた。
白紙だった。いつものように、最初のページから書き直した。十二から、三十三まで。番号の横に、死に方と、覚えたこと。二十四から先は、もう番号しか書けなかった。
その一番下に、三十四と書いた。
二十四と書いた時とは違う。今度は、もう起きてしまった死の番号だった。
その横に、何を書けばいいのか分からなかった。覚えたこと。本当のことは、誰にも言えない。それだけだった。
階下から、母の声がした。
「優雅、朝ごはんよ」
僕は、ノートを閉じた。
鏡の前に立ち、髪を整え、笑顔を作った。
今朝の笑顔は、驚くほど簡単にできた。
僕には、もう、それしか残っていなかったから。
体育祭編ですが何故かAFOに自爆させられて何度も繰り返す青山くんをいじめるルートとネビルレーザーが強化される覚醒ルートどちらが良いでしょうか?
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青山くんをいじめるルート
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覚醒ルート