何もしなくても、誰も死なない。
それはもう、知っていた。
USJの五日前の夜。僕は、机の上のノートを、最初のページからめくり直していた。
十二。十三。十四。……三十四。
三十四の欄の横は、空白のままだった。
ページをめくるたびに、あの広場の石畳の冷たさが、指先に蘇った。首を折られた。崩れた。空から落とされた。背中を砕かれた。
どれも、無駄だった。
あの男の筋書きの上では、僕が何もしなくても、誰も死なない。あなたが来て、全部を終わらせてくれる。僕がそれを知ったのは、石段の陰で膝を抱えていた、たった一度きりの世界でだった。
なら、もう何もしなければいい。
そう思うたびに、包帯の隙間からのぞいていた、相澤先生の目が浮かんだ。
眼窩底が砕けていて、目に後遺症が残るかもしれない。
あの人は、生きていた。けれど、あの目は――個性把握テストの時も、戦闘訓練の後の廊下でも、僕を測ろうとしていたあの目は、もしかしたら、もう元には戻らないのかもしれなかった。
救う必要は、なかった。
救う資格も、なかった。
それでも。
あの人の目だけは、と思ってしまった。
オールマイト。僕は多分相澤先生の個性こそがあの男をどうにかしてくれる希望だと思ったんだろう。だからあの時のゴールをそういう風に決めたんだと思う。
ページをめくる手が、ふと止まった。
二十三回目の欄だった。
あの回、僕は黒い靄に呑まれなかった。
偶然だった。靄が湧き上がった時、僕はたまたま障子くんのすぐ後ろに立っていた。障子くんは、幾本もの腕を広げて、近くにいた何人かを靄から庇っていた。その腕の陰にいた僕も、散らされずに入り口の階段の上に残ったのだ。
あの時、僕はすぐに広場へ駆け下りた。駆け下りる僕を呼び止めようとして、13号先生は振り返り、自分の個性に呑まれた。それでも僕は振り返らずに走って、脳無の前で四十秒を数えて、死んだ。
けれど、駆け下りる前に、ほんの一瞬だけ見ていた。
入り口に残った者たちのことを。
飯田くん。麗日さん。瀬呂くん。砂藤くん。芦戸さん。障子くん。そして、13号先生。
『委員長! 君に託します。学校まで駆けて、この事を伝えて下さい』
13号先生が、飯田くんにそう言っていた。
何もしなかった世界で、靄の男は、手の男に「生徒をひとり逃がした」と告げていた。その後で、あなたが扉を吹き飛ばして現れた。
あれは、飯田くんだったのだ。飯田くんが外へ駆け出して、学校に知らせて、それであなたが来た。
あの回の僕は、13号先生の言葉を聞き流した。助けが来るまでの時間など、待っていられなかった。今すぐ広場に行かなければ、相澤先生が死んでしまう。そう思って。
死なないのだ。待っていれば、助けは来る。
ただ、遅いだけだ。助けが来るまでのあいだに、相澤先生は、何度も石畳に叩きつけられる。
ノートの上で、僕はペンを握り直した。
僕には、脳無は倒せない。三十四回死んで、それだけは嫌というほど分かった。
でも、脳無を倒せる人が来るのを、ほんの少しだけ早めることなら。
あの石畳に叩きつけられる回数を、ひとつでも減らすことなら。
広場で正面から勝とうとするのとは、違う。あの男の筋書きは、そのまま進む。
それくらいなら、あの男にとっては、きっと取るに足らない誤差だ。
問題は、あの靄だった。
何もしなかった世界でも、飯田くんは外へ出られた。けれどそれは、靄に追われて、追われて、ようやく扉に辿り着いた末のことだったはずだ。あの靄の足を、ほんの数秒でも止められれば。
撃ち抜こうとする光は、使えない。呑み込まれて、別の場所から吐き出される。二十一回目に、それを見た。その直後に、僕自身も靄に呑まれて、空から落とされた。
なら、どうする。
答えが出ないまま、僕はノートを閉じた。
◇ ◇ ◇
翌日の昼休み、食堂で飯田くんを見かけた。
委員長になったばかりの彼は、トレイを手に、きびきびとした足取りで席を探していた。気がつくと、僕は彼の前に立っていた。
「飯田くん。ひとつ、聞いてもいいかい」
「む、青山くんか! 何だろうか。委員長として、どんな質問にも答えよう!」
「君の脚は、どのくらい速いんだい?」
飯田くんは一瞬きょとんとして、それから、眼鏡を押し上げた。
「エンジンの調子にもよるが、全力なら、誰にも負けない自信はある! 兄さんほどではないけれどね」
兄さん、と口にした時、彼の顔は、少しだけ誇らしげにほころんだ。
「そうか」
僕は、笑った。☆はつけなかった。
「なら、きっと間に合うよ」
「……? 何にだい?」
「さあ。何にだろうね」
飯田くんは首を傾げていたけれど、僕はそれ以上何も言わずに、その場を離れた。
◇ ◇ ◇
九日目。
USJの入り口で、13号先生の訓示を聞きながら、僕は障子くんのすぐ後ろに立っていた。
今度は、偶然ではなかった。
「君たちの力は、人を傷つける為にあるのではない。救ける為にあるのだと心得て帰って下さいな」
拍手が起きた。
僕は、拍手をしなかった。ただ、噴水の前を見つめていた。
照明が、ばちばちと明滅した。
黒い靄が、渦を巻いた。
「動くな!!! あれは、
相澤先生の声。
「先日頂いた教師側のカリキュラムでは、オールマイトがここにいる筈なのですが……」
何度聞いたか分からない台詞を、僕は唇だけでなぞった。
「13号!! 生徒を守れ!!」
相澤先生が、階段を飛び降りていく。
その背中を、僕は見送った。
今回は、追わない。
追っても、何も変えられないことは知っている。
「させませんよ」
黒い靄が、目の前に湧き上がった。
「散らして、嬲り殺す」
靄が広がる。その瞬間、僕は障子くんの背中に体を押しつけた。
「みんな、俺の後ろに!」
障子くんの腕が、何本にも分かれて大きく広がった。その陰に、僕と、何人かのクラスメイトが滑り込む。
視界が一瞬暗くなり、そして、晴れた。
入り口の階段の上に、僕たちは残っていた。
「皆はいるか!? 確認できるか!?」
飯田くんが叫んだ。
「散り散りにはなっているが、この施設内にいる」
障子くんが、複製した耳を広げながら答えた。
残ったのは、記憶のとおりだった。飯田くん、麗日さん、瀬呂くん、砂藤くん、芦戸さん、障子くん、13号先生。そして、僕。
「委員長!」
13号先生が、飯田くんを振り返った。
「君に託します。学校まで駆けて、この事を伝えて下さい」
「しかし、クラスの皆を置いていくなど委員長の風上にも……!」
「行けって非常口!! 外に出れば警報がある!! だからこいつらはこん中だけで事を起こしてんだろう!?」
砂藤くんが叫んだ。
「外にさえ出られりゃ追っちゃこれねえよ!! お前の脚でモヤを振り切れ!!」
「救う為に個性を使ってください!!」
13号先生の言葉に、飯田くんの顔が、ぐっと引き締まった。
「手段がないとはいえ、敵前で策を語る阿呆がいますか」
黒い靄が、再び僕たちの前に立ち塞がった。
13号先生が、指先のキャップを外した。
「バレても問題ないから語ったんでしょうが!」
ブラックホール。あらゆるものを吸い込み、チリにする個性。黒い靄が、13号先生の指先へと吸い寄せられていく。
けれど、僕は知っていた。
この後、何が起きるのかを。二十一回目に、僕の光が、同じやり方で背後から吐き出されるのを見たのだから。二十三回目には、目の前で、13号先生が呑まれたのだから。
「先生、だめだ!!」
叫んだ時には、遅かった。
13号先生の吸い込む口の先に、黒い靄の門が開いた。その門の向こうは、13号先生自身の、背中だった。
ブラックホールが、13号先生自身の背中を裂いた。
「13号、災害救助で活躍するヒーロー。やはり、戦闘経験は一般ヒーローに比べ半歩劣る」
靄の男が、淡々と言った。
「自分で自分を、チリにしてしまった」
「先生ーー!!!」
麗日さんの悲鳴が響いた。13号先生が、その場に崩れ落ちた。
「飯田ァ!! 走れって!!」
瀬呂くんが叫んだ。
飯田くんが、ふくらはぎのエンジンを唸らせて駆けだした。
黒い靄が、その背中を追う。
二十三回目の時、僕は、この光景を背にして広場へ駆け下りていった。何もしなかった世界では、ずっと広場の石段の陰にいた。だから、この先を知らない。飯田くんが、どうやってあの靄を振り切ったのかを。
知らない先へ、今、踏み出すのだ。
僕は、靄の男の前に飛び出した。
体育祭編ですが何故かAFOに自爆させられて何度も繰り返す青山くんをいじめるルートとネビルレーザーが強化される覚醒ルートどちらが良いでしょうか?
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青山くんをいじめるルート
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覚醒ルート