黒い靄が、飯田くんの背中に覆いかぶさろうとしていた。
僕は、その靄に向けて、お腹から光を放った。
撃ち抜くための光ではなかった。
細く絞るのではなく、広げた。光線ではなく、照明のように。
黒影に向けて、何度も浴びせた撃ち方だった。八つ当たりのために覚えて、八つ当たりのたびに磨いてしまった光だった。
お腹の奥がきしみ、腸がねじれる。構わなかった。ありったけの光を、靄の全体に浴びせかけた。
この靄に光を撃ち込んではいけない。ノートには、そう書いてあった。門の前でも、広場でも、撃ち抜こうとした光はみんな靄に呑まれた。二十一回目には、呑まれた光が、僕の背後の石段を焼いた。
けれど、それは撃ち抜こうとしたからだ。ただ照らすだけの光なら、呑み込んで返したところで、誰も焼けはしない。
それに、光が呑まれていく一瞬、靄の奥で何かが鈍く光るのを、僕は何度も見た気がしていたのだ。
今度は、見えた。
光を浴びた黒い靄が、わずかに薄くなる。その奥、ちょうど人の首にあたる位置に、靄ではない何かがあった。
金属だ。
首当てのような、硬い金属の輪。靄の中で、それだけが、僕の光を鈍く跳ね返していた。
「麗日さん!!」
僕は叫んだ。
「靄の中に、金属がある!! 首のところ!! あそこだけ、実体があるんだ!!」
麗日さんが、はっと顔を上げた。
次の瞬間、彼女は床を蹴っていた。
「理屈は知らへんけど……こんなん着とるなら、実体あるってことじゃないかな!!」
小さな手のひらが、靄の奥の金属に触れた。
靄の男の体が、ふわりと浮いた。無重力。
「瀬呂くん!!」
「おうよ!!」
瀬呂くんの肘から伸びたテープが、浮いた靄の男の金属の首当てに絡みつく。そのまま、砂藤くんがテープを掴んで、力任せに振り回した。
「行けえええ!!」
靄の男が、入り口から遠く離れた空中へと放り投げられた。
その隙に、飯田くんは扉へと辿り着いていた。
両手を扉の隙間にねじ込み、エンジンの推力で無理やりこじ開ける。
「くっそおおおお!!」
扉が開いた。
外の光が、ドームの中に差し込んだ。
飯田くんの背中が、その光の中へと消えていった。
◇ ◇ ◇
放り投げられた靄の男が、ゆっくりと空中で体勢を立て直した。
金属の首当てが、ぎらりと光った。靄の奥の目が、僕を見ていた。
「……あなたは」
低い声だった。他の誰にも聞こえないくらいの。
僕は、身構えた。お腹の中はとっくに壊れていた。もう一度撃てるかどうかも分からない。散らされるか、殺されるか。どちらでも構わない、と思った。飯田くんは、もう外に出たのだから。
けれど、靄の男は、何もしなかった。
ほんの数秒、僕を見つめていた。何かを測るように。何かを、知っているように。
それから、ふいと背を向けて、広場の方へと消えていった。
「応援を呼ばれる……ゲームオーバーだ」
広場の方から、手の男の苛立った声が聞こえてきた。
入り口の階段の上から、僕は広場を見下ろした。
遠くて、細かいところまでは見えなかった。ただ、脳無が、石畳の上に倒れた誰かを押さえつけているのが見えた。黒い服。首元の布。
相澤先生だった。
脳無の腕が、まだ、振り上げられてはいなかった。
手の男が、首を掻きむしりながら何かを叫び、それから、ふらりと水辺の方へ歩き出した。そこには、蛙吹さんと、緑谷くんと、峰田くんがいた。
手の男の手が、蛙吹さんの顔に伸びる。
その手が、触れる寸前で止まった。
石畳の上の相澤先生が、血まみれの顔を上げて、手の男を見ていた。個性を消したのだ。あんな状態で、まだ。
緑谷くんが、拳を振りかぶって飛び込んでいくのが見えた。脳無がそれを受け止める。
その時だった。
背後で、轟音が響いた。
飯田くんがこじ開けた扉が、外側から、丸ごと吹き飛んでいた。
舞い上がる粉塵の向こうに、大きな影が立っていた。
黄金の髪。逆光の中で、ネクタイを毟り取る大きな手。
あなただった。
二度目に見る光景だった。一度目は、広場の石段の陰で、膝を抱えたまま見上げた。あの時よりも、ほんの少しだけ早い到着だった。
「もう大丈夫」
低い声だった。笑っていなかった。
「何故って? 私が来た!!」
◇ ◇ ◇
そこから先のことは、きっと、あなたの方がよく知っているだろう。
あなたは一瞬で広場へと飛び降り、残っていた
そして、脳無と真正面から殴り合った。
ショック吸収。あの巨体は、どんな衝撃も吸収してしまうのだと、手の男が得意げに叫んでいた。それでも、あなたは殴り続けた。一発一発が、ドーム全体を揺らした。百パーセントを超える力で。
「ヒーローとは、常にピンチをぶち壊していくもの!
あなたの拳が、脳無の体にめり込んだ。
「更に、向こうへ――Plus Ultra!!!」
脳無の巨体が、ドームの天井を突き破って、空の彼方へと消えていった。
入り口の階段の上で、僕は、その光景を見上げていた。
眩しかった。
テレビの中で見ていた時よりも。合格通知の投影で見た時よりも。石段の陰から見上げた、一度目の時よりも。ずっと、ずっと、眩しかった。
やがて、入り口から、飯田くんの声が響いた。
「1-Aクラス委員長、飯田天哉!! ただいま戻りました!!」
その後ろから、雄英の教師たちが次々とドームの中へ飛び込んできた。スナイプ先生の銃声が響き、手の男の手足を撃ち抜いた。黒い靄が、手の男を包み込む。
「今回は失敗したけど……今度は殺すぞ。平和の象徴、オールマイト」
手の男の声を残して、靄は消えた。
◇ ◇ ◇
警察が到着したのは、それからしばらくしてからだった。
ドームの外で、トレンチコートを着た刑事が、生徒の人数を数えていた。
「十六、十七、十八、十九……両足重傷の彼を除いて、ほぼ無傷か」
緑谷くんは、また体を壊して保健室に運ばれていた。
「先生たちは……」
誰かが聞いた。刑事は、手帳に目を落とした。
「13号ヒーローは、背中から上腕にかけての裂傷が酷いが、命に別状はなし。イレイザーヘッドは――」
僕は、息を止めた。
「両腕の骨折、顔面の打撲。だが、命に別状はない。目にも、後遺症は残らないだろうとのことだ」
目にも、後遺症は残らない。
何もしなかった世界で、同じ刑事は、目に後遺症が残るかもしれない、と言った。
膝から、力が抜けた。
僕は、その場にしゃがみ込んでいた。
「青山? 大丈夫?」
芦戸さんが、心配そうにのぞき込んできた。
「……メルシー。ちょっと、お腹が痛くてね☆」
嘘ではなかった。お腹は、ちぎれそうなほど痛かった。
何度も、石畳に叩きつけられる相澤先生を見た。三十四回の死のあいだに、数えきれないほど。割れたゴーグルの下から流れる血を、何度も見た。
今回、脳無は、相澤先生の頭を、二度しか叩きつけなかった。
たった、それだけだった。
大筋は、何ひとつ変わらなかった。
守る必要は、なかった。今でも、そう思う。僕がいなくても、誰も死ななかった。
それでも、たったひとつだけ、変わったものがあった。
僕の光が、初めて、誰かを救けるために使われたのだ。
◇ ◇ ◇
その夜、黒い携帯電話が鳴った。
『やあ、優雅くん。大変な一日だったね』
柔らかい声だった。
『黒霧から聞いたよ。君の光で、ずいぶん困らされたと』
受話器を持つ手が、冷たくなった。
けれど、続いた言葉は、僕の予想とはまるで違っていた。
『いい芝居だった』
「……え」
『
電話は、それで切れた。
僕は、受話器を耳に当てたまま、動けなかった。
初めて、僕の光が誰かを救けた。
その光でさえ、あの男の筋書きの中では、ただの芝居として呑み込まれていく。
僕は何故今回は見逃されたのか分からなかった。何度も繰り返したループを思い出しても分かるのはあの男は僕にあまり興味がないことだけだった。
いつまでも迷う思考の末、結局僕は今回何故生き延びたか分からずに眠りについた。ただの気まぐれだという真実に気付かないふりをして。
そして、何度目かの明日が来る。
体育祭編ですが何故かAFOに自爆させられて何度も繰り返す青山くんをいじめるルートとネビルレーザーが強化される覚醒ルートどちらが良いでしょうか?
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青山くんをいじめるルート
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覚醒ルート