都市生活日記 作:T(K)G
都市の裏路地。
その中でも襤褸小屋の散見するゴミだめの一角で、追い詰められた男たちと追い詰めたフィクサーがいた。
「なんでだよ...なんで俺たちを...」
一人の男が恐怖をにじませながら言葉を吐露した。
訳が分からないというわけではない。
訳はわかる、自分たちがネズミだからだ。
裏路地でたむろし、少しでも住人が隙を見せれば襲い、奪い、殺す。
裏路地の住人からすればネズミは厄介者どころか、目の敵にされるだろう。
だから、自分たちを殺すためにフィクサーを雇うのはわかる、それだけはわかる。
だが...
「なんでこんな強いフィクサーを雇ってるんだよ...!?」
それこそが疑問。
なぜこんなに強いフィクサーを雇ったのか。
雇われたフィクサーが自分たちを殺しに来ることはあった。
だが、所詮は裏路地の底辺住民が雇ったフィクサー。
精々9級か8級程度。
フィクサーとはいえど所詮は底辺も底辺。
一対一なら不可能だが、数で押し込み、殺した。
それ以来、フィクサーが自分たちを殺しに来ることはなかった。
裏路地の住民たちが、怖気ついたのだろうと、金がもったいないと理解したのだろうと、仲間内で好き勝手に言い合い、しばしの安泰を笑い合った。
だがその安泰は今日までだった。
「なんでって言われてもなあ...」
目の前のフィクサーは頭をポリポリと搔きながらネズミを見つめる。
武器を構えず、ただぼーっと立って、赤い瞳でこちらを眺めているだけ。
ただそれだけなのに。
死のイメージが頭から離れない。
目の前のフィクサーは格が違う。
戦ったわけじゃないし、こいつを知っているわけでもない。
それでもわかる。
こいつには勝てない。
これはネズミとしての勘というべきか。
強者を襲わず、弱者だけを選んで食らう、浅ましくみすぼらしく生き延びるための術だった。
その勘が今、異常なほどに警鐘を鳴らしている。
逃げろ、と。
死ぬぞ、と。
もう手遅れだ、と。
「最近フィクサー業を始めてさ」
「...?」
だからどうしたとネズミは疑問を浮かべた。
他業界でやらかし、フィクサー業に流れる...そんな話はいくらでもある。
任務の失敗や裏切り、組織の解散や壊滅など、様々な理由でフィクサー業を始めるやつはいる。
このフィクサーが場違いに強い理由は理解した。
だが、それが自分たちと何の関係があるというのだ。
ただのネズミである自分たちを殺しても、ろくな報酬はない。
フィクサー業を始めたばかりの金のない時期にわざわざこんな依頼を受ける必要があるはずもない。
「初めての依頼だったから通常の半額で引き受けるって言っちゃってさ」
「...」
「そしたら近所のおじさんが『娘の仇をとってくれ』って泣きながら全財産出してきたんだよね」
「...!」
裏路地の住民とはいえ、貯えがないわけではない。
その日暮らしの住民が大半ではあるが、それでもコツコツ貯める変わり者はいる。
その全財産とやらが大金だったのだろう。
ネズミはそう納得しようとした。
「だから、その全財産の半額の7万眼で引き受けたってわけ」
「は!?」
7万眼、たった7万眼で依頼を引き受けた。
理解できない。
例として、ハムハムパンパンのサンドイッチ一つが一万眼前後である。
つまりこいつは外食7回分の金額のために自分たちを殺すといっているのだ。
意味が分からない。
「俺からすれば大したことない金額だけど、そのおじさんからすれば全財産だ」
「それを差し出す覚悟を無下にするなんて、嫌だなって」
ネズミはようやく理解した。
理解してしまった。
こいつは金で依頼を受けたわけではない。
全財産というその重みを、娘を殺された思いを、そのまま受け取った。
だから依頼を受けた。
それだけなのだ。
ただ、それだけの理由で。
あまりにも大きな価値観のずれ。
受けとったものに答えただけ。
理解できない。
「まあ、そういうことなので」
「ひっ!?」
思わず、声が漏れた。
フィクサーは背中に背負った一本の剣を掴んだ。
もうおしゃべりは終わりだというかのように、静かに刃を向けた。
「殺すね」
軽い声音だった。
だが、芯のこもった言葉だった。
覚悟を込めた言葉。
仇を討つと、人を殺すと。
まっすぐと赤い眼をネズミに向けた。
一歩。
その瞬間、空気がネズミを叩いた。
瞼を閉じそうになった瞬間にネズミは気づいた。
目の前にフィクサーがいる。
(これが詰みか)
皮肉気に笑みを浮かべ、ネズミは瞼を閉じた。
数瞬のち、
依頼が完了した。