都市生活日記 作:T(K)G
大通りの道を4人の男が歩いている。
一人は黒コートを羽織り、背中に刀を背負い、両腕にガントレットを備えた男。
我らがエドワード、自称戦闘系フィクサーだ。
もう一人はエドワードを雇った依頼人、ボッシュ。
ここら一帯の裏路地の土地・物件を所有している。
あとの二人はボッシュが個人的に雇っている護衛だ。
「今回お前を雇ったのは、俺の護衛のためだ」
そういいながらボッシュは眉を顰める。
「俺は今から家賃を三か月滞納しているクズどもから金を巻き上げる」
「本来であれば俺一人でもよかったんだが、最近妙な動きをしていてな」
「妙な動き?」
エドワードが声を上げた。
本来であれば、ボッシュはわざわざ自分の護衛以外を連れていくことはしない。
しかし、今回は違う。
クズども...否、人数からして組織といってもいいだろう。
今までは家賃の支払いが遅れたことのない組織が三か月も家賃の滞納をしている。
何かがあったことは間違いない。
「金を稼ごうとしているわけでもなく、夜逃げをしようとしているわけでもない」
「家賃の滞納をしているにも関わらず、組織の動きが変わっていない」
「それは妙な動きですね」
護衛の一人が同意する。
家賃の滞納、ボッシュからすればよくあることである。
依頼を完遂できず違約金が課されたフィクサー事務所やシノギがうまくいかなかった組織などが、家賃を滞納することはよくあることである。
大抵の場合は、頭を下げて家賃交渉を行うか、夜逃げをするかの二択である。
ボッシュとしてはうまみのない契約は好ましくないので、交渉された場合は家賃交渉には利子付きで半年まで滞納を許可。
夜逃げの場合は夜逃げをする前にフィクサーを派遣して、できる限り金を搾り取り、滞納者の内臓も含めてすべてを売り払い、滞納金を解消する。
ボッシュの行いはここらでは知れ渡った所業であり、夜逃げをするくらいならばと少しでも金を稼ごうとするものが大半であった。
「俺のやり方を知ったうえで家賃を滞納し、余裕ぶった姿を見せてやがる」
「夜逃げの準備もしてねえからフィクサーをおくることもできねぇ」
「めちゃくちゃ怪しいけど手を出せないと」
「そういうことだ」
ボッシュは顔を顰めた。
「十中八九、やつらは俺を殺してこの裏路地の物件を掌握しようとしていやがる」
「よくわかりますね」
「家賃を払わねえし連絡もつかない、だが組織の動きが変わらない。」
「怪しすぎて俺が来ないわけがない。誘ってんだよ、俺を殺すためにな」
「俺を殺して、俺が所有する物件を奪い取ろうとしてんだよ」
「ほ~ん、よく行こうと思いましたね」
「俺は毎回、金を滞納している奴らには直接会いに行くようにしている。もし俺が今回行かなかったらあのゴミどもはどう思うと思う?」
「そうなったら...自分らの計画がバレたと察してしまう?」
「そういうことだ、それで逃げられても面倒だ。そうなるくらいなら俺自身が餌になってやつらを叩き潰す」
「なるほど...だったら俺のことを雇わないほうがいいのでは?」
小規模の組織とは言えど、そこそこの武力というものを持っている。
ボッシュの護衛は戦闘系フィクサーでいえば6級程度の実力を持っている。
だが戦闘が起きた場合、そこは敵のホームグラウンド。
部屋を貸しているため、部屋の間取りは把握しているがどんな小細工を用意しているかはわからない。
もしもの時のためにもう一人くらいは護衛を用意しておいても過剰ではない。
「お前はこの裏路地じゃそこそこ有名だからな、初回半額キャンペーンなんてやってるバカってな」
「バカってひどい!」
「俺はそれに乗ってお前を雇った。お前がどんなやつか見定めるために簡単な依頼に同行させた、そういう体で行く」
「そうすりゃやつらからすればお前はただの新人のフィクサーだ、警戒する必要もないひよっこ未満だからな」
ゴミどもから見ればエドワードはひよっこフィクサー。だがボッシュからすれば違う。
エドワードの眼は強化施術を行うか血鬼しか持たない深紅に染まっている。
そのどちらであったとしても、少なからず実力があることが見て取れる。
「そろそろ着く、おしゃべりはここまでだ。なにか警戒すべきことがあればすぐに言え」
眼前に見えてきたのは、裏路地の一角に建つ古びた雑居ビルだった。
外壁にはいくつもの亀裂が走り、窓ガラスの一部は板で塞がれている。周囲の建物と比べても特段珍しいものではない。裏路地では、こうした建物などいくらでも見かける。
その一室に、今回の滞納者たちは事務所を構えていた。
ボッシュは慣れた足取りで階段を上り、目的の部屋の前で立ち止まる。
「……ここだ」
扉を二度叩くと、間を置かずに内側から鍵が開いた。
「これはこれは、ボッシュさん。わざわざお越しいただいて、どうも」
出迎えたのは、スイーロと呼ばれる男だった。
口元には愛想笑いを浮かべているものの、その目は笑っていない。
「おやいつもより一人多いですね?」
スイーロは目を細めながらエドワードを嘗め回すように見つめる。
「こいつは初回半額キャンペーンがなんだとかほざいていた馬鹿だ」
「ああ、そんなこと言っている新人フィクサーがいるとか聞いた覚えがありますね」
「今回の件のついででな、このバカがどんなやつか見極めるために護衛させている、」
ボッシュの言葉にスイーロは満足そうにうなずいた。
「そうでしたか余計な事お聞きして申し訳ないです」
「そんなことはどうでもいいんだよ。三か月分の家賃、ずいぶんと溜め込んでくれたじゃねえか」
「いやあ、申し訳ない。ちょっとばかり立て込んでましてね。まあ、どうぞ中へ」
スイーロはさして悪びれる様子もなく、ボッシュたちを室内へ招き入れた。
部屋の中には、粗末な机と椅子、それにいくつかのソファが置かれている。組織の事務所としてはありふれた内装だ。
ただ、妙に片付いていた。
滞納した家賃を払うために金策に走っている様子もなければ、夜逃げを控えて荷物をまとめている様子もない。まるで、今日という日を何事もなく迎えることがわかっていたかのようだった。
エドワードは部屋に足を踏み入れると、何気なく周囲を見渡した。
そのとき、かすかな音が耳に届いた。
金属同士が触れ合う、ほんのわずかな音。
右の壁から。
続いて、何か硬いものが床に擦れるような音がした。
音の発生源は左の壁から。
エドワードは視線を動かさず、意識だけをそちらへ向けた。
金属の擦れる音。武器を身につけた人間が、体勢を変えたときにでも鳴ったのだろうか。
少なくとも、隣の部屋に誰かがいるのは間違いない。
それも、ただ休憩している人間ではなさそうだった。
エドワードは小声でボッシュにささやく。
「両方の部屋に武器持ちがいます、数はわかりませんが複数います」
ボッシュは軽くうなずいた。
「まあ、座ってくださいよ。せっかく来ていただいたんですから、お茶でも出しましょう」
スイーロはそう言うと、机の上に置かれたポットを手に取った。
エドワードは壁から意識を戻し、今度はスイーロの手元を眺めた。
ポットから注がれる茶が、湯気を立てながらコップを満たしていく。
「どうぞ。大したものじゃありませんが」
スイーロは笑顔でコップを差し出した。
「……ほう。ずいぶんと気が利くじゃねえか」
ボッシュはコップを受け取ると、中の茶に目を落とした。
おそらくとは言えど自分を殺そうとしている人が、わざわざ自分をもてなそうとしている。
しかも、こちらが何をしに来たのかを理解しているはずなのに、妙に落ち着き払っている。
どう考えても不自然だった。
毒か、それとも別の細工か。
いずれにせよ、警戒するに越したことはない。
しかし、ボッシュはコップをいつまでも眺めているわけにはいかなかった。
ここで露骨に警戒すれば、どうなるか。
スイーロが本当に自分を殺そうとしているのなら、こちらが何かを察していると気づかれる可能性がある。
そうなれば、相手が計画を変更するかもしれない。
最悪の場合、逃げられることだってあり得る。
それだけは避けたかった。
ボッシュは内心の警戒を押し殺し、何食わぬ顔でコップを持ち上げた。
「おや、飲んでいただけるんですか?」
スイーロが、どこか楽しげに尋ねた。
「客に茶を出しておいて、飲まれるのが不満なのか?」
「まさか。せっかく用意したんですから、飲んでいただけるなら何よりですよ」
スイーロはそう言うと、自分のコップにも同じポットから茶を注いだ。
そして、ボッシュの目の前でそれを持ち上げる。
「では、私も一緒に」
ごくり。
スイーロは一口、茶を飲んだ。
「……」
ボッシュはその様子を横目で確認する。
同じポットから注がれた茶を、スイーロ自身が飲んだ。
少なくとも、ポットの中身そのものに毒が仕込まれている可能性は低い。そう見せかけるために飲んだ可能性もあるが、ここで自分だけ飲まないというのも不自然だった。
どのみち、飲むふりをするにしても限度がある。
ボッシュは腹を決め、コップを口元へ運んだ。
警戒を解いたわけではない。
ただ、相手に警戒していると悟らせないために、飲む必要があったのだ。
そして、茶が唇に触れようとした、その瞬間。
エドワードはボッシュを手で制す。
「なんだ?」
「それ、毒だから飲まないほうがいいですよ」
エドワードのひと言にボッシュは動きを止めた。
しんと静まりかえる室内。
「...」
沈黙。
じっとコップを見つめたボッシュは顔を上げ、目の前のスイーロと目を合わせる。
「尻尾を出したな、スイーロ」
ボッシュの問いにスイーロは弁解することもなく頬を歪め、
「お前らぁ!こいつらを殺せぇ!!」
両隣の部屋からあわただしい足音が響く。
それと同時にスイーロは懐からナイフを出しボッシュめがけて振り下ろした。
「バレバレだよ?」
エドワードは振り下ろされたナイフの刃をそのまま握り込んだ。
手袋越しとはいえ、鋭利なナイフ。
並大抵の人間であれば掌に大きな切り傷を負うところだが、
エドワードは並大抵の人間ではなかった。
「クソが!!」
スイーロは全力でナイフを引き抜こうとした。
だがピクリとも動かない。
7級相当の強化施術をしたスイーロに対し、エドワードは10億眼以上を強化施術に費やした超人。
身体能力において、圧倒的な格の差が存在した。
「この前ネズミ相手に刀を使っちゃったんだけどさ」
「クソが!クソが!!クソが!!!さっさとナイフを離しやがれ!!!!」
「手入れが面倒で面倒で、血と油でびっちゃびちゃでさ」
「死ねゴミが!!!」
スイーロは空いた拳でエドワードに殴り掛かった。
だがそれより早くエドワードの拳がスイーロの頭を打ち抜いた。
「だから素手でやるね」
拳は頭蓋骨を砕き、脳を半壊させていた。
都市において、脳を再生させる技術は禁忌に指定される。
スイーロの死が確定した。
「おい、エドワード」
背後からボッシュの低い声が聞こえた。
「どうしましたか?」
「お前、どうして毒が入ってるとわかった?」
「ああ、簡単ですよ。匂いですよ」
「ほう?お前に毒に関する知識があったとはな」
「いや、そうじゃなくて」
「?」
エドワードは握っていたナイフを放り捨てると何事もなかったように振り返った。
「ボッシュさんとスイーロのお茶のにおいが少し違ったので」
「...お前、鼻も強化施術していたのか」
「ハハ、鼻どころか全身。脳みそ以外余すことなく施術していますよ」
部屋の扉が乱暴に開かれ、武器を手にした男たちが次々と押し入ってきた。
「野郎どもぉ!行くぞぉ!」
意気揚々と現れた男たちの視線が、床に倒れ伏す頭の砕けたスイーロの姿へと集まった。
「...は?」
「おい、嘘だろ...?」
頭部は見るも無惨に損壊し、床には血が広がっている。つい先ほどまで自分たちに指示を出していた男が、ぴくりとも動かずに倒れていた。
何が起きたのか。誰がやったのか。
彼らにはわからなかった。
ただ一つ、確かなことがある。
目の前にいる四人のうち、誰かがスイーロを殺したのだ。
「てめえら……スイーロさんに何をしやがった!」
男の一人が叫ぶと、ほかの者たちも一斉に武器を構えた。困惑はすぐに怒りへと変わり、部屋の空気が殺気で満たされていく。
「おいおい、複数なんてレベルじゃないだろ」
ボッシュは舌打ちし、すぐさま護衛たちに目配せした。
「お前ら、俺の護衛を優先しろ! 死ぬんじゃねえぞ!」
「了解!」
二人の護衛がボッシュの前に出る。
「エドワード!」
「はい」
「お前が全員殺せ」
「え?急な無茶振りだぁ...」
エドワードは心底面倒くさそうに頭を掻いた。
敵の殲滅は護衛の依頼の範疇を超えていると思う。
だがこのままお疲れ様ですと変えるわけにもいかない。
敵の親玉を殺して、お疲れ様ですと返してくれるような手下はいないだろう。
部屋の中にいる男たちは、全員が武器を構えている。
手にしているのはナイフや棍棒といった安物ばかりだ。
中には、どこから持ってきたのかもわからない金属パイプを握っている者までいる。
数は二十人ほど。
少なくとも、エドワードにとっては大した敵ではない。
強化施術によってその五感は敵の緩慢な動きを正確にとらえ、並大抵の攻撃では皮膚に傷をつけることすら難しいだろう。
敵を殲滅することはできる、ただ面倒ではある。
素手で片付けるとなると、一人ずつ殴って回らなければならない。
面倒だし、逃げられるかもしれない。
逃げられたとしても、追いつくことはできるが面倒だ。
手間を考えれば、剣を使うのが一番早いだろう。
「...手入れが面倒なんだけどなあ。」
「おい、何をぼさっとしてやがる!」
男の一人が怒鳴った。
「スイーロさんを殺しやがって! ぶっ殺してやる!」
「できないことをほざくのはやめたほうがいいですよ」
男たちは、エドワードの言葉を挑発と受け取ったらしい。顔を真っ赤にして武器を握り直している。
(まあ、いいか)
エドワードは背中に手を伸ばし、刀の柄を握った。
その瞬間、ボッシュがこちらを見た。
「……お前、刀を使うのか?」
「使えますよ?」
「いや、そうじゃなくてだな。さっき、手入れが面倒だから素手で戦うとか言ってなかったか?」
「言いましたね」
「渋った割にはあっさり使うんだな」
「まあ、すぐ終わらせられるので」
エドワードはゆっくりと歩きながら鞘から刀を引き抜いた。
金属が擦れる音が、静まり返った部屋に響く。
それを合図にしたかのように、男たちが一斉に動き出した。
「囲め! 一人ずつじゃねえ、全員で叩き潰せ!」
正面から三人。左右からそれぞれ数人。残りはエドワードの背後へ回ろうとしている。
連携としては悪くない。
相手が普通の人間なら、だが。
「じゃ、失礼します」
最初に飛び込んできた男のナイフを、刀で弾く。
そのまま一歩踏み込み、男の胴を切断した。
男の上半身が崩れ落ちるより早く、二人目の棍棒が振り下ろされる。
半歩だけ横へずれ、空振りした腕ごと相手の体勢を崩す。
返す刃で武器を持つ手を斬り、続けてもう一人の攻撃を受け流した。
剣を振るう。
男が倒れる。
また一人。
その繰り返しだった。
大振りな攻撃は避け、隙ができたところを斬る。
複数人が同時に襲いかかってきても、互いの動きが邪魔になる位置へ誘導すればいい。
囲んで叩こうにも、いっせいので攻撃できるのはせいぜい4人程度。
その癖、連携も何もなくただ武器を振るうだけ。
特別なことをする必要はない。
ただ、相手の動きを見て、最小限の動きで対処しているだけでいい。
「な、なんだこいつ……!」
「速すぎるだろ!」
男たちの言葉にエドワードは苦笑した。
「速さは関係ないでしょ、あなたたちが弱すぎるんですよ」
エドワードは一人の攻撃をかわしながら、別の男を腕を斬り飛ばす。
返す太刀でかわした相手の首を斬る。
仲間が殺されて呆然とした隙に、刀の柄で顎を打ち抜く。
倒れた男を避け、次の相手へ。
足を止める理由はなかった。
「くそっ! 化け物かよ!」
「おい、逃げろ! こんなの相手にできるか!」
誰かが叫んだ。
それをきっかけに、男たちの動きがさらに乱れた。
最初はスイーロを殺された怒りに任せて襲いかかってきた彼らも、仲間が次々と倒れていく光景を前にして、ようやく自分たちの置かれた状況を理解したようだった。
目の前の男は、ただの護衛ではない。
そもそも、まともに戦っていい相手ではない。
しかし、逃げようとしたところで遅かった。
エドワードは刀を振るい、逃げ始めたものから次々と無力化していく。
やがて、部屋の中に立っている者は、エドワードとボッシュ、そして護衛二人になった。
「……終わりましたよ、ボッシュさん」
刀を振って血を払い、鞘に収める。
所要時間は、ほんのわずか。
刀を使う必要はなかったなとエドワードは考え直した。
「…………」
ボッシュは黙ったまま、床に倒れた男たちを見渡していた。
二人の護衛も、似たような顔をしている。
「……おい」
「はい?」
「お前、本当に新人フィクサーなのか?」
「ええ。新人ですよ」
「嘘つけ」
「本当ですって。まだまだ勉強中の身です」
「はあ、まあいい。依頼は完遂したからな。余計な検索はやめよう」
ボッシュがため息をついた。
エドワードは首を傾げた。
これで依頼の評価も上がるだろうか。
初回半額のキャンペーンは、次の仕事につながるかどうかが重要なのだ。