1年A組の副担任はステゴロ上等ちゃん 作:高身長アラサー女子スキー
「━━だらしないとこ見せてくれるなよ、ヒーロー?」
唐突に加えられた体の痛みに目が覚めると、そばで誰かが何かを話していた。
どうにか立ち上がろうとするが、疲労と痛みで体が言う事をきかない。
「━━どうした、黒霧?━━」
誰かが誰かに話しかけているのをぼんやりとした意識の中で聞きながら、目線だけを遠くに投げる。
その先には、気を失って真っ黒いデカブツに踏まれているイレイザーヘッド━━相澤先輩の姿があった。
守れなかった。
薄ぼんやりとした視界と意識の中、グルグルと悔しさが頭を駆け巡る。
傲慢だなんて言われるかもしれない、舐めるなと、俺だってプロだと憤るかもしれない。
でも、私は。相澤先輩だけは、守らなければならないのだ。
そうでなければ、私が生き残った意味がないから。
あそこで助けられた意味が無くなってしまうから。
あの日生き残るべきだったのは、彼だったのだから。
そう思って、どうにか立ち上がろうとすると——ぴくり、と。
デカブツに踏まれている相澤先輩の指が——確かに動いた。
気のせいや痙攣ではない。人差し指と中指が何度か間隔を変えて振られていて、確かに何らかの意志を持っていて——
(……違う!あれは……モールスか!)
人差し指がトン、中指がツー。音こそ出していないが、見ればやっている事は分かる。幸いにも、手だらけ男は黒モヤ野郎となにかを話していてこちらには気が付いていないようだ。
そして、何を言うのかと思えば。
(……イ・ケ・ニ・セ・イ・ト……?)
池に生徒。
ゾッとして、視線だけ池——水難ゾーンに繋がる水場へ向ければ。
(——ッ、何やってんだアイツら!?)
緑谷、蛙水、峰田の三人が、水場の岸に隠れながらこちらを伺っているのが見えた。
(まさか、助けようとでも思ってんじゃ……ダメだダメだダメだ!大人しく逃げてくれ!)
そう思うが迂闊に声は出せないし、向こうに合図でもしようにも体が言う事をきかない。
それでも、動けない、なんて言って諦めるわけにはいかない。
まだオールマイトは来ていないのだし、それに
そう思っていると、不穏な言葉が耳に飛び込んできた。
無邪気で、無垢で、それでいて酷く淀んだ悪意に満ちたその声で——
「平和の象徴としての矜恃を、少しでも━━」
不思議と、弾丸のように体がひとりでに跳ねた。
両足は力が入らないし、動く度に酷く痛むが——それでも不格好に飛び出して、腕に鱗を展開して。
「——へし折って帰ろう!」
「~~~~ッ!」
手だらけ男が手を伸ばす、その前に。
蛙水と男の間に、盾として割り込んだ。
「さわら……せ、ねえよ……」
「脳無」
間に合った、と安堵もつかの間。横合いからとんでもない衝撃に襲われ、壁まで吹き飛ばされる。痛みが襲ってくるのに数瞬、デカブツに殴られたのだと理解するのに更に数瞬。
立ち上がろうとして、ごふ、と真っ黒い血が咳と共に溢れ出る。胃液やら何やら混ざりあった、体内に大ダメージを負った時の色だ。
ああ、もう。ダメなんだな、と思って。
「……すみません、白雲先輩……」
そして、目を閉じかけた、その時。
轟音とともに、USJの扉が吹き飛んで。
「私が━━来た!」
頼もしい声を聞きながら、俺は意識を手放した。
***
「……ん、知らない天井だ」
目を覚ますとそこは見覚えのない場所——とまでは言いすぎか。清潔感のある真っ白い天井と、体中に付けられた様々な医療器具。
どうやら、病室で寝かされていたらしかった。
「……生き残れた、って事でいいのかな」
「……うん。オールマイトのおかげだよ」
ひとりごとのつもりだった言葉に返事が返ってきたのだから、ひどく驚いて。声のした方を見てみれば、そこには黄色と紺色のツートンカラーの髪——13号、もとい
「~~~っ、亜南ちゃん!良かった、ほんっとうに良かった!」
「——うん。僕も、金鱗ちゃんが無事で良かったよ」
感激のあまり抱きつきそうになり、体の痛みと沢山の機器に押しとどめられてそれは叶わなかった。代わりにエアハグを繰り返しては無限に頭をエアなでなで。良かった良かった……
「……生徒たちも、皆無事だよ。怪我した子はいるけど、とんでもない大怪我、ってのはいな……」
そして、そこで言葉が濁されて。途端に、最悪の予想が私の頭をよぎる。
みんな無事とはいうけれど、もしや精神とかに何かをされた子が——?
そんな私の心中を察したのか、亜南ちゃんは苦笑して言った。可愛い。
「あの子だよ。ほら、緑谷くん。''個性''を使ったせいで指と両足がバッキバキに折れてて、リカバリーガールに治癒かけてもらったってさ」
「ああ、そっか……」
あの子は確か、''個性''に体が追いついていない——とかだったか。発現したての頃ならともかく、高校生になってもそんな事がありえるのかと驚きはしたが、入試でのあのパワーを見れば納得はできる。0ポイントロボットをあんなド派手にぶち壊す受験生なんて中々いない。
そして、もう一人について。
共に戦った、あの人はどうなのか。
「……じゃあ、相澤先輩は?」
「……一命はとりとめた、らしいよ」
医者曰く、幸いにも脳に異常は見られず、手術も無事に終わったという。重大な後遺症が残ることも無いだろう、と。
けれど、USJ襲撃のちょうど翌日の朝にあたる今もまだ、目を覚ましていない。
沈み込む私を見かねたのか、亜南ちゃんはおもむろに口を開いた。
「…………ねえ、金鱗ちゃん。まだ、あの事を気にしてるの?」
「……忘れられるわけ、ないじゃん」
あの事。
あの人が死んでしまった、あの日の事。
絞り出すように答えて、しばらくの沈黙が続いて。そして、ぽつりと亜南ちゃんが呟いた。
「金鱗ちゃんはアレだよね。学生の頃から思ってたけど、すっごいタフだよね」
「……それは、肉体的にって意味で?」
「それもだけど。精神的にも、だよ」
自慢じゃないが、私は体の強さには自信がある。怪我の治りは早いし、病気にかかったことなど数える程しかない。
だから、肉体的にタフというなら分かるけれど。精神的にも、というのはどういうことか。
「……でもさ。あんまり抱えすぎないようにね?」
そう言われて、う、と言葉に詰まる。抱えすぎている自覚はなかったが、傍から見たらそう見えているのか。
「支えなきゃ、役に立たなきゃ、とか。あんまり気にしすぎてると、そのうち潰れちゃうよ?」
「……分かってるけどさ」
分かっている。
自分がひどく傲慢な考えに固執しているのも、いつまでも過去を引きずっているのも。
———あいつを頼んだぞ、腕山!
ふと、砂煙の中のあの笑顔が頭に浮かんで。
窓の外へ目線を向ければ、高く青い空に真っ白い雲がぽっかりと浮かんでいた。
◆◆◆
時間は少し遡り、USJ襲撃事件がオールマイトらヒーローの手により終結した、その直後。
誰もいない、薄暗いバーにて。突然、空間に真っ黒いモヤが染みのように広がり、そこから一人の男が倒れるように歩き出てきた。体の至るところに手を付けた灰色の髪の男——USJ襲撃の主犯、
痛ぇ、と床に倒れ込んだ彼は恨みがましく呟く。
「両腕両脚撃たれた……完敗だ。脳無もやられた」
痛みに呻きながら、深い屈辱を声に滲ませて。両手両足の応急処置をモヤの男——
「手下共は瞬殺だ……子どもも強かった。平和の象徴は健在だった」
「それに、事前に頂いていた情報と異なる点がいくつかありました。13号とオールマイトがいると聞いていましたが……」
「いたのは13号とイレイザーヘッド、ガントレッドだった。話が違うぞ、先生!」
『違わないさ』
静かな口調で、画面から壮年の男の声が返ってくる。
話しぶりこそ穏やかなものだが、何故だか聞く者の心をざわつかせるような、不吉な響きを含む声。
闇に潜む事に慣れているような、闇そのもののようなもの。
『仮にも相手はヒーローの総本山、雄英高校だ。見通しが甘かった、と言うほかないね』
『うむ、なめすぎたな。ヴィラン連合なんちうチープな団体名で良かったわい』
不吉な声に続いて、更に老爺の声が答える。
『ところで、ワシと先生の共作脳無は?』
「吹き飛ばされました。正確な位置の確認もできず、回収は不可能でした」
『何ぃ?なんと勿体ない!』
黒霧が答えると、老爺がわざとらしいくらいの様子で言った。
「申し訳ございません。確認のための時間も取れませんでしたので……」
『まぁ仕方ないか。残念だ』
気に入っていた玩具が壊れてしまった時のような声色で、不吉な声がそう言う。
また作ればいいさ、とでも言いたげなその様子は、その被造物との対比で酷く悍ましくもなる。
『せっかくオールマイト並みのパワーにしたのにのう……ただ、ガントレッド相手にかなり粘られていたのは予想外じゃったな。本気モードでないとはいえ、対オールマイトを想定して調整したんじゃがなあ』
『雄英で教師をするだけはあるということだろう。それに、脳無は思考能力に大幅な欠陥があるからね。そこを突かれたんだ、仕方ないさ』
『うむ。今後の課題は思考力を維持したまま戦闘力をどれだけ盛れるか、じゃな』
そして、そこで息を吐いて。子供に言い聞かせるように声が語る。
その声はよく通り、薄暗いバーに木霊した。
『失敗を悔やんでも仕方がない。それに、今回だって無駄ではなかったハズだ』
「……ああ、そうだ。忌々しいあのガキの顔も覚えた」
『精鋭を集めるんだ。じっくりと、時間をかけてね』
種を植え、水を与え、芽が出るのを待つように。
『死柄木弔、次こそ君という恐怖を世に知らしめろ』
どうしようもなく昏い悪意が、刃を研いでいた。