一九九五年度『闇の魔術に対する防衛術』教授、ペルセオン・セイア(旧姓リドル) 作:T・M・レボリューション・リドル
グリモールド・プレイスに戻ってきた二人は青い顔をしたモリーに迎えられ、押し込まれるように中に通された。
「ああハリーたちが帰ってくる前で良かったわ!」
「なんだ誰が来たんだモリー」
「見れば分かるわ!!」
と、大変取り乱しているモリーに顔を見合わせながら、応接室に通された。そこには──
「お邪魔しているわ私の愛しい貴方」
ソファに腰掛けて優雅に紅茶を飲んでいるアルキオーネがいた。それは良い。ペルセオンにとっても嬉しいことである。なぜか彼女は隣に座る老人の首筋に油断なく杖を突きつけているが。
しかも老人の首筋には角水蛇の刻印が刻まれている。何かしらの縛りを課したのだとペルセオンは悟った。
「おいアルバス。お前まだ甘いものをそんな量食べているのか? もう爺だろう」
「喧しいわ」
そんな老人──ゲラート・グリンデルバルドはそんな彼を射殺さんばかりに睨めつけるダンブルドアに呆れたようにため息をついた。
「……どういうことだ?」
シリウスのその言葉はこの場にいるグリンデルバルドとアルキオーネ以外の者たちの心の代弁だった。
□
数時間前。ホグワーツ校長室。
「………コーネリウスめ」
押し殺した吐息が熱を帯びる。ペルセオンから届いた『ドローレス・アンブリッジが闇の品物を用いて生徒に体罰を与えている』という報告は、ダンブルドアに少なからずファッジの信用を地に落とさせる効果があった……ヴォルデモートの復活を疑い、然るべき対処をしてくれまいかと期待した自分が情けなくなってくる。
「次の大臣はアメリアかの」
かつての教え子の顔を思い浮かべる。魔法法執行部部長。騎士団団員であったエドガー・ボーンズの姉にして、彼が殺されたときは下手人の死喰い人たちを纏めて監獄に放り込んだ。
公明正大な彼女ならばファッジよりよほど巧くやるだろう。
「───?」
ふと、気配を感じた。懐かしいもの。もう二度と会うまいと思っていた男の気配。やがて銀色の光が──有体の守護霊が飛び込んでくる。豹だ。
光がほどけ、ダンブルドアが予想した通りの声が言う。
『お前の弟の店に来い』
ホグズミード村、『ホッグス・ヘッド』。
お世辞にも綺麗とは言えない店の内装に相変わらずかと苦笑しつつ、ダンブルドアは目をやった。
「茶の一つも出ないのか」
「死ね」
飄々とするかつての友は、弟に罵倒を浴びせられても態度を崩さない。何をやっとるんだかとため息をついてそちらに向かった。
「やあアルバス」
かつての巨悪──ゲラート・グリンデルバルドは微笑みを浮かべて手をヒラヒラさせる。その首筋には魔女がしっかり杖を突きつけている。さながら囚人と看守だ……間違ってはないのだろう。
「ふざけているのかお前は」
「随分な言い草だな。こっちは遠路はるばるやってきてやったというのに」
「お前が脱獄したなら騒ぎになっておるはずだがの」
「そこは巧くやったのさ」
ウインクまでする余裕を見せるグリンデルバルドに、隣に座る魔女が強く杖を押し付けた。
「ふざけていないで本題に入ってくれないかしら」
「怖い怖い。そう急かさずとも良いだろうお嬢さん」
「黙れ」
薄紅の目をギラつかせる魔女にグリンデルバルドは肩を竦める。そんな魔女を見て、ダンブルドアは得心がいった。
「君がペルセオンの奥方かの?」
「ええ。アルキオーネ・セイアと言います。よろしくお願いします曾祖伯父様」
「……なんと?」
ダンブルドアが目を剥く。近くでグラスを拭いていたアバーフォース・ダンブルドアは思わずグラスを落としそうになった。
「……アウレリウスか……?」
アバーフォースの呆然とした声が響く。アルキオーネはゆっくり頷いた。グリンデルバルドは肩を竦める。
「もっとも、あの子は最期までクリーデンスと名乗っていたようだがな」
「アウレリウスというのはこの子に付けられたの」
炎が燃え上がり、アルキオーネの肩に一匹の不死鳥が現れる。ダンブルドア兄弟は目を細めた。
「確かにクリーデンスの不死鳥じゃ」
「……信じるしかないか」
二人は疲れたようにため息をついて、改めてアルキオーネとグリンデルバルドを見た。
「それで、わざわざ儂を呼び出して何の用かね」
「ペルセオンを蝕む呪いについて」
アルキオーネの揺るぎない言葉にダンブルドアは瞑目した。
「ヴォルデモートと名乗る愚か者が産まれる前の彼に施した呪いよ」
「……下衆め」
「ありとあらゆる外法が施されていて、解くのは困難」
「あやつがペルセオンをそうした用途は?」
「自分の魂の器にしたいからよ」
ダンブルドアはそれはもう嫌悪をあらわにした。グリンデルバルドも面白くなさそうな顔をしている。
「……分霊箱かね?」
「似ているが違う。分霊箱は魂を切り分けて保存する術だが、恐らくこれは移動先の魂を己の魂に作り変えるものだろう……分霊箱より質が悪い」
「私がこの人を脱獄させたのは、その術式に彼の理論が組み込まれていたから」
「はっ。トム・リドルは他人の成果物を横取りすることが好きらしい。帝王などではなく浅ましい盗人だろう」
グリンデルバルドは嘲笑を隠さず吐き捨てた。どうやらこの老人からすればヴォルデモートは盗人らしい。
「で、アルバス。お前ヴォルデモートが分霊箱をいくつ作っているか見当はついているのか?」
「なぜそれを……いや、お前は予見者じゃったな。ならば野暮か」
「少なくとも一つは道中で壊してやったぞ」
グリンデルバルドがさっと杖を振れば、テーブルの上に破片がパラパラと零れた。金色の豪華な装飾が施されていたのだろうそれは、もはや見る影もない。
「『ハッフルパフのカップ』……!」
「ご明察。ちなみに隠し場所はレストレンジの金庫だ」
驚愕するダンブルドアを他所にグリンデルバルドは実にさらりと言ってのけた。
「どうやってレストレンジの金庫に踏み入った?」
「私の配下の一人にレストレンジ家の者が──フランスのほうだが──いてな。そいつは昔、英国のレストレンジの金庫に預け物をしたと言っていたから代理人として取りに来たと鍵を見せれば素直に通されたとも」
ちなみに鍵はここに来る道中でフランスに寄って渡してもらった、とグリンデルバルドが笑えば隣に座るアルキオーネは実にゲンナリとした。付き合わされたのだろう、可哀想に。
ダンブルドアは深く、大変深くため息をつく。考えてもしょうがない。この男は昔からこうなのだから。
「……一先ず、拠点に案内しようかの」
「良いのですか」
見開かれた薄紅の眼がダンブルドアを見つめた。老賢者はニッコリと笑う。
「君が縛りをかけておるのだろうアルキオーネ・セイア嬢。『
□
「……以上が事の経緯じゃ」
ダンブルドアの語りが終わり、部屋に沈黙が満ちる。ペルセオンは妻の大胆さに頭を抱え、シリウスはグリンデルバルドを油断なく見据えている。
「お前脱獄……脱獄って……長官が聞いたら何と言うか!!」
「あなたグレイブス長官のこと怖がってないでしょう」
「そういう意味じゃないんだよなぁ……」
問題なのはゲラート・グリンデルバルドとかいう世紀の闇の魔法使いが今この場にいることである。
ヴォルデモートと接触でもされて手を組まれたくはない。
「私の身の上など今はどうでもいい事だ」
「大問題だろうが」
ペラペラとよく回る口を動かすグリンデルバルドをペルセオンが睨むが、どこ吹く風で流される。
「あの男は分霊箱を作っている。それも複数な」
その言葉にペルセオンは苦々しい顔をし、シリウスは絶句した。
「複数……つまり、何度も魂を裂いたと?」
「そう言っている」
「……正気じゃないだろ」
「正気では闇の魔法使いなぞ務まらんさ」
グリンデルバルドが尤もな正論を吐く。シリウスは疲れたようにため息をついた。
「ともかく、あれの弱点が知れただけでも良しとするか……」
「ちなみに奴の分霊箱の一つはこの屋敷にあるぞ」
「……………は?」
シリウス、二度目の絶句。ペルセオンやアルキオーネ、ダンブルドアも目を剥いた。
「あのカップと同じ気配がする。二階の……君の弟君の部屋じゃないか?」
「なぜこの屋敷の間取りを知っているかは置いておいて……レギュラスの? クリーチャー!!!」
シリウスが大声で呼べば、やがて姿あらわしの音と共にブラック家に仕える屋敷しもべ妖精のクリーチャーが不満そうな顔を隠しもせずに現れた。
「……何でしょう、シリウス坊ちゃま」
「レギュラスの部屋に分霊箱があるそうだが?」
「クリーチャーめは何も──」
「言え」
シリウスの灰の目が怒りを帯びる。ブラック本家の──気に食わないとはいえ──当主の言葉。
そして、レギュラスが死に際に遺した『
「レギュラス様は、クリーチャーに命じられたのです。分霊箱を壊すようにと……しかし、クリーチャーめはレギュラス様の最期のお言葉を果たすことができませんでした!!」
血を吐くように叫ぶ。さてどうしたものか、壊れないだろうなとペルセオンは母方の生家に仕える妖精を見下ろし、その視線を受けたクリーチャーはまた泣いた。
「レギュラス様は……暗い、洞窟に──湖の底に」
「──なんだと?」
クリーチャーの言葉に、シリウスとペルセオンの声が重なった。
その後、レギュラスの部屋を漁って見つけ出した分霊箱──スリザリンのロケットだ。ダンブルドア曰く『あやつはこうした特別な品を分霊箱にしたのだろう』とのこと。つまり先のハッフルパフのカップ同様、創始者の品と言われるレイブンクローの髪飾りも十中八九見つけ出して分霊箱にしているだろう。
ただしグリフィンドールの剣は例外。奴には引き抜けまい。
兎にも角にも亡骸を見つけてやる必要があるということで、シリウスが開心術でクリーチャーの心を覗き、洞窟に当たりをつけて姿くらましで発っていった。実の弟だ、異論はないとペルセオンも見送った。
そしてロケットはグリンデルバルドの『プロテゴ・ディアボリカ』で破壊され、クリーチャーは涙を流していた。重い重い枷が、一つ外れたからだろう。
「……問題は、あの男がいくつ分霊箱を作ったか、だな」
「己を特別だと思い込み、そうすることに執着するのなら、数字にも意味を見出してもおかしくはない」
グリンデルバルドはソファに腰掛けてつまらなそうに答えた。いかにも予測しやすい考えであり、こんな男が自分の後継だと言われているのかと大変不服極まりないのだろう。
「となると、魔法数字の七あたりかしら」
「七という数字は古来から特別な意味を持つ。自分をより完全なものにするために、死すら超越するためにそうした手法にも手を伸ばすのは必然か」
「本体の魂を入れて七つとするなら、壊れた分霊箱を除けば、あと破壊するべき分霊箱は四つか」
「三つじゃよ」
その声にペルセオンは視線を向ける。ダンブルドアは静かに息を吐いた。
「三年前、秘密の部屋が開かれたとき、それを為したのはルシウスがジニー・ウィーズリー嬢の大鍋に忍ばせたトムの日記じゃった……そして、あれは分霊箱だった。ハリーが、バジリスクの牙で壊したのじゃ。分霊箱だと知らずして」
「期せず、ルシウス・マルフォイはご主人様の魂が入った品を破壊する一助となったと」
なんという偶然か。ただ、お陰でこちらの益になったのは事実だとペルセオンは鼻を鳴らす。
「あれが知れば怒り狂うでしょうね」
「それだけで済めばよいが……」
「……レイブンクローの髪飾り」
アルキオーネがふと口を開いた。その手にはペルセオンが書き出した羊皮紙がある。
「これについては、調べる価値がありそうね」
「そうだな」
ペルセオンは頷いた。
「レイブンクローの失われた髪飾り。伝承によれば、身につけた者に知恵を授ける品だったとか」
「ホグワーツの創始者にまつわる遺物なら、トムが欲しがる理由としては十分じゃろう」
ダンブルドアが言った。
「……ただ、問題は所在じゃ」
「失われた品なの?」
「長い年月、誰も見つけておらん」
「……ふうん」
アルキオーネは、少しだけ考え込んだ。
「ホグワーツの中に残っている可能性は?」
その問いに、ダンブルドアが目を瞬かせた。
「……何故そう思うのかね?」
「彼がホグワーツに執着していたからよ。トム・リドルにとって、ホグワーツは初めて自分の力を認めてもらえた場所でしょう?」
「……そうじゃな」
「なら、自分の魂を隠す場所として選んでも不思議ではないわ」
なるほど、とペルセオンは得心がいった。自分の魂を入れるもの、それを隠す場所。そのどちらにも自分に関わりのあるものを選ぶのではないかと。
そして深紅の目がダンブルドアを見た。
「そういえばダンブルドア。母と住んでいた邸を調べていたときに、これが」
ペルセオンは邸で見つけた一冊の本をダンブルドアに渡す。
『憐れな魂は、いつか祓われん』。そう銘打たれたそれを手に取り、中を読んだダンブルドアは、深く身を沈ませた。
「……どうやら、あの子は……君に施された術式を解こうとしていたようじゃ」
「……母が?」
「『帝王があの子に刻んだ魔法は、ともすれば分霊箱より恐ろしいもの。他人の魂を己に適したものへと作り替え、従属させ、あわよくば魂を上書きして己の肉体とするためのもの』……エリスの所感じゃ。しかしこれは……」
「筋が通っている、と」
ダンブルドアの言葉をグリンデルバルドが引き継いだ。納得したように頷き、ダンブルドアの手から本を奪い取って中を見る。
「大本の術式には私の理論が組み込まれてはいるが、大半はあの男独自のものだ。これでは手の施しようがないぞ」
「それならあなたを連れてきた意味がないじゃない」
「無駄足だったなお嬢さん?」
「……こうなったら貴方にも死喰い人と戦ってもらうわ。私が刻んだ刻印でこちらに手出しは出来ないのだし」
何やら妻とグリンデルバルドが言い合っている光景を視界の端に捉えながらも、ペルセオンは本の最後のページ──一番下に直筆で書かれた一文を指でなぞった。
自分を労うこと。誰かに頼って、抱え込まないこと。私は貴方を見守ってあげられないから。置いて逝ってしまってごめんなさい──
もっと一緒にいたかった
ペルセオンは顔を手で覆った。あんまりだ、こんなの。もっと生きたかったはずで。何より幸福な未来を潰されて、忌み子を孕んで産み落として。きっとペルセオンのことも心底から憎んで良いはずだったのに。
「……涙で滲むくらいなら、書くんじゃねぇよ……」
もう、そんな言葉も掛けられないじゃないか。
そうしてダンブルドアの『心当たりがある』と言う言葉に従って、リトル・ハングルトンの小さな小屋に赴いたペルセオンは、箱に掛けられた術を壊し、中にあるものを取り出す。
「四つ目か」
ゴーントの指輪。父方の生家の家宝。トム・リドルによって悪辣な呪いが掛けられているそれ。
ひょい、と杖から死の呪文を放ち、指輪を砕く。
イチイにセストラルの尾の毛──生死を司る木材と、死を受け入れた者にのみ扱える芯材を組み合わせて作り上げられた至極の杖は、帝王と高貴なる黒き星の姫君の血を継ぎ、膨大な魔力を持って産まれた呪いの子の手によって分霊箱をも砕き得る力を手にし、そうして砕けた指輪から一つの石が転がり落ちる。
『蘇りの石』。
死の秘宝の一つ。死したものを現に蘇らせると謳われるそれを、ペルセオンは高く高く放り──
「もはや、死を制する者は必要ない」
鮮やかに、その輝きを砕いた。
□
「ブラック家の始まり……その姉は星の巫女と呼ばれたという」
マルフォイ邸。椅子に深く座り込みながら、ヴォルデモートは熱に浮かされたようにそう語る。傍らには恍惚とした顔のベラトリックスが控え、傍にはベラトリックス以外のアズカバンに収監されていた忠臣たちや、マルフォイ夫妻、ピーター・ペティグリューや不忠者たち。
彼らは皆、ヴォルデモートを見ていた。
「そしてその巫女を娶ったのは、かのサラザール・スリザリンだとか」
「つまり、我が君……偉大なるあなた様がエリス・ブラックを手にしたのは……」
「クルーシオ!!!」
一人の死喰い人が不用意に発言したその愚を、ヴォルデモートは磔の呪いで以て咎めた。その男──オーガスタス・ルックウッドは激しく床をのたうち回り、ややあって磔が解かれると全身を痙攣させていた。
「オーガスタス。お前が軽々しくあの女の名を語ることは許さん……誰であってもだ。あれは俺様のもの。その子であるペルセオンもまた、俺様の血を引く者。俺様を支えるべき存在よ」
その声は恍惚としていた。愛しいものを語るような。しかし、その実態は所有欲と支配欲に塗れた歪なもの。
そして、ヴォルデモートは己の片腕を見やる。小さな命、儚く灯火を吹かせるそれを。
「やはりエリスでなければ駄目か。まあ良い……よくもたらした、ベラ」
「ああ、我が君……恐悦至極に存じます……」
あまりに悍ましいと、ルシウスは身を震わせる。ベラトリックスたちが脱獄してよりまだ一ヶ月も経っていない。だと言うのにベラトリックスは闇の帝王の子を産み落とした。白銀の髪に紅の目を持つ女の子。計算が合わないにも程がある。
「これの名はデルフィーニ」
情というものを削ぎ落としたような声がヴォルデモートから発せられる。ペルセオンを語るときと比べて、あまりにもお粗末にその赤子を掲げる。まるで、つまらない物を持つように。
「俺様の子。俺様とベラの子──ペルセオンと同じ血を持つ、俺様のもの」
ヴォルデモートはまた一つ禁忌を犯した。
神の定められた
あまりにも悍ましい、あまりにも狂っている。
ヴォルデモートは生命を弄んだ。産まれる前の胎児を弄くり、挙句に生命の理すら早めて。
もはや死などでは生温い。しかし闇の帝王は代価を払わなければならない──
永劫の苦しみと終わらぬ死という、何物にも代え難い罰で以て。
多分、あと二、三話くらいで本編を終わらせる予定