一九九五年度『闇の魔術に対する防衛術』教授、ペルセオン・セイア(旧姓リドル) 作:T・M・レボリューション・リドル
一九九五年十月。
ホグワーツに冬の始まりが起きかけた頃、ペルセオン・セイアは一つの思いつきを実行に移した。
四寮合同授業。
それも、闇の魔術に対する防衛術の実技授業である。グリフィンドール、スリザリン、レイブンクロー、ハッフルパフ。それぞれの寮に属する五年生を一堂に集め、普段の教室では到底収まりきらない人数を相手に授業を行うという、なかなか正気を疑われそうな試みだった。
もっとも、当の本人は至って楽しそうである。
「いやあ、これだけ集まると実に壮観だ」
黒い三つ揃えに闇祓いのローブを羽織った青年は、教室を見渡して満足そうに頷いた。
教室、と呼んではいるものの、実際には普段の教室ではない。使われなくなって久しい広間を、ペルセオンが数日前からせっせと改造したものだった。
天井は魔法によって高く拡張され、壁には衝撃吸収と呪文反射防止の術式が幾重にも刻まれている。床には巨大な円形の決闘場が描かれ、その周囲を観覧席が取り囲んでいた。決闘場の四隅には、それぞれの寮を象徴する旗が掲げられている。
まるで、小規模な決闘大会の会場だった。
「……先生」
ハーマイオニー・グレンジャーが、おずおずと手を挙げた。
「どうぞグレンジャー」
「これ、本当に授業なんですか?」
「もちろん」
「……四寮合同で? 五年生全員を集めて?」
「そうだな」
「……どうしてです?」
ペルセオンはにっこり笑った。
「面白そうだから」
「先生!」
「冗談、冗談」
もっとも、完全な冗談ではなかった。ハーマイオニーはそれを察したらしく、額を押さえた。隣ではロン・ウィーズリーがどこか感心したように決闘場を見渡している。
「すげぇや。フレッドとジョージが見たら喜びそうだ」
「やめてよロン。あの二人に知られたら、絶対に何か仕掛ける」
ハリー・ポッターは苦笑した。しかし、その緑色の瞳には隠しきれない期待があった。ペルセオンの授業は楽しい。
少なくとも、教科書を開いて延々と理論を読み上げるだけのアンブリッジの授業とは比較にならないほど。
そして何よりこの教師は、本当に魔法を教えてくれる。
「さて」
ペルセオンが軽く手を叩いた。ざわめいていた生徒たちが、一斉に彼へ視線を向ける。
「今日は少し趣向を変えてみようと思う。普段は寮ごとに授業を受けてもらっているが、実戦では相手の所属寮なんて関係ないからな」
彼は杖を取り出した。漆黒の杖が、指先でくるりと回る。
「相手がどんな魔法を使うのか、どういう癖があるのか、どの程度の技量を持っているのか。分からない状態で対処しなきゃいけないこともある。だから今日は、普段あまり組まない相手と実技をしてもらうつもりなんだけど……その前に」
そこで、彼は一度言葉を切った。
「各寮から一人ずつ、前に出てもらおうか」
生徒たちが顔を見合わせた。
「グリフィンドール、ハリー・ポッター」
「……僕?」
「そう。おいで」
ハリーは少し驚きながら立ち上がった。
「レイブンクロー、アンソニー・ゴールドスタイン」
「はい」
眼鏡を掛けた少年が、緊張した面持ちで席を立つ。
「ハッフルパフ、アーニー・マクミラン」
「承知しました、先生」
アーニーは胸を張って立ち上がった。
「そして、スリザリン」
そこでペルセオンは少しだけ笑った。
「ドラコ・マルフォイ」
その名前が呼ばれた瞬間、スリザリンの一角がざわついた。ドラコは目を瞬かせる。
「……僕ですか?」
「そう。君」
「……何故?」
「成績が良いから」
あまりにも単純な理由だった。ドラコは一瞬、返答に困った。しかし周囲の視線を感じると、すぐにいつもの尊大な表情を取り戻した。
「……当然ですね」
そう言って立ち上がる。隣のブレーズ・ザビニが面白そうに口元を歪めた。
「頑張れよ、ドラコ」
「言われなくても分かっている」
「ポッターと一緒だぞ」
「……見れば分かる!」
ドラコは不機嫌そうに鼻を鳴らし、決闘場へ向かった。こうして四つの寮から選ばれた四人が、ペルセオンの前に並んだ。
ハリー・ポッター。
ドラコ・マルフォイ。
アンソニー・ゴールドスタイン。
アーニー・マクミラン。
いずれも防衛術の成績が優秀な生徒たちである。ペルセオンは四人を見渡した。
「うん。よろしい……じゃ、今から君たちと俺で決闘しようか!」
満面の笑みでそう言った。
沈黙。実に見事な沈黙だった。
「…………は?」
最初に声を漏らしたのはドラコだった。続いて、アーニーが恐る恐る手を挙げる。
「……先生?」
「何かなマクミラン」
「……今、何と?」
「決闘しようって」
「……誰と誰が?」
「君たち四人と俺が」
アーニーはハリーを見た。ハリーはアンソニーを見た。アンソニーはドラコを見た。ドラコはペルセオンを見た。
「……先生、頭でも打ったんですか?」
ドラコが真顔で尋ねた。教室のあちこちから笑い声が上がった。
「失礼だなあ、マルフォイ」
「だって、四対一ですよ!」
「うん」
「僕たちが四人で、先生が一人!」
「そうだよ」
「……それで決闘を?」
「そう言ってるじゃないか」
ペルセオンは不思議そうに首を傾げた。ドラコは言葉を失った。ハリーが、おずおずと口を開く。
「……先生」
「何かな、ハリー」
「……僕たち、先生に勝てるんですか?」
ペルセオンは少し考えた。
「……さあ?」
「さあって……」
「やってみなきゃ分からないだろう?」
彼はにっこり笑った。
「ただし、俺は現役の闇祓いだからね。手加減はするけど、簡単には負けないつもりだよ」
ロンが観覧席から叫んだ。
「それ、絶対勝てないやつじゃないですか!」
「おや、ウィーズリー。友達を信じてあげなよ」
「信じてますけど!」
「じゃあ大丈夫」
「何がですか!?」
再び笑い声が広がった。ペルセオンは杖を振る。
決闘場を取り囲む結界が、淡い青色の光を放つ。
「さて、ルールを説明しよう」
彼は指を一本立てた。
「まず、危険な呪文は禁止。失神呪文、武装解除呪文、足縛り呪文、盾の呪文、それから授業で習った範囲の拘束呪文は使用可能」
二本目。
「次に、俺を武装解除するか、決闘場の外へ押し出せば君たちの勝ち」
三本目。
「俺は君たち全員を武装解除するか、行動不能にしたら勝ち」
そこで、ペルセオンは杖を軽く掲げた。
「それから、結界が危険だと判断した攻撃は自動的に無効化される。怪我も防ぐようにしてあるから、安心していいよ」
ハーマイオニーが眉を寄せた。
「……先生」
「はい、どうぞグレンジャー」
「……それでも、四人で一人を相手にするのは不公平じゃありませんか?」
「そうだな。だから、俺は無言呪文を使わないことにしよう」
「……え?」
ハーマイオニーが瞬きをした。
「呪文は全部、声に出して唱える。これなら何を使うか分かるだろう?」
ペルセオンは楽しそうに笑った。
「それでも、四人がかりなら十分勝機はあると思うよ」
その言葉に、ハリーは少しだけ表情を引き締めた。確かに。呪文を声に出して唱えるなら、何を使うか予測できる。しかも四人で連携すれば……ひょっとすると、ひょっとするのかもしれない。
「……やってみよう」
ハリーが呟いた。ドラコが横目で彼を見る。
「……何だと?」
「やってみようって言ったんだ」
「……いよいよ気が触れたのかポッター?」
「先生が勝負しようって言ってるんだ。逃げる理由はないだろ」
ドラコは鼻を鳴らした。そして、杖を取り出した。
「言われるまでもない」
アンソニーとアーニーも、それぞれ杖を構えた。ペルセオンは満足そうに頷く。
「よし。それじゃあ、始めようか」
最初の一撃を放ったのはハリーだった。
「エクスペリアームス!」
赤い閃光が一直線に走る。ペルセオンは軽く身体を傾けた。呪文が肩先を掠め、背後の結界へ吸い込まれる。
「いいねハリー。でも、少し素直すぎるな。目線が正直すぎる」
「ステューピファイ!」
間髪入れず、アーニーが失神呪文を放った。同時に、アンソニーが足縛りの呪文を唱える。
二方向からの攻撃。ペルセオンは杖を振った。
「プロテゴ」
透明な盾が展開され、失神呪文を弾く。そのまま一歩踏み込み、足縛りの呪文を躱した。
「うん。悪くない」
彼は楽しそうに頷いた。
「ちゃんと同時攻撃を考えてるね。感心感心」
「……余裕そうですね!」
ドラコが叫んだ。
「まあ、まだ始まったばかりだからね……さて」
ゆらりと杖先が動いた。
「エクスペリアームス!」
赤い閃光。狙いはアンソニー。
「プロテゴ!」
アンソニーは咄嗟に盾を展開した。しかしその瞬間、ペルセオンが横へ踏み込んだ。
「よく防いだ! 君の従兄弟は君を誇りに思うだろう! ──インペディメンタ!」
「うわっ!」
アンソニーの身体が後方へ弾かれた。結界が柔らかく受け止め、彼を床へ下ろす。
同時に、決闘場の縁に刻まれたルーン文字が光った。脱落。
「一人目」
ペルセオンは穏やかに告げた。観覧席がどよめいた。
「……速っ!」
ロンが叫んだ。ハーマイオニーは目を見開いていた。今の攻撃は単に呪文が速かったのではない。アンソニーが盾を展開した瞬間、その防御の向きと姿勢を見て、即座に別方向へ移動したのだ。
盾の呪文は強力だ。しかし、万能ではない。防御する方向を間違えれば、意味がない。
「……なるほど……だから、四対一なのね」
ペルセオンは残る三人を見渡した。
「さあ、どうする?」
その笑顔が、何とも腹立たしかった。特にドラコにとっては。
「……ポッター!」
「何だよ!」
「右から行け!」
「君は!?」
「左だ!」
ハリーは一瞬驚いた。ドラコ・マルフォイが自分に指示を出している。しかも実に的確な指示を。
だが、今は言い争っている場合ではない。
「分かった!」
二人が同時に走った。アーニーは正面から杖を構える。三方向。ペルセオンの退路を塞ぐ配置。
「……へえ」
青年の深紅の瞳が、楽しそうに細められた。
「いい判断だ。スリザリンに五点」
「ステューピファイ!」
「エクスペリアームス!」
「インペディメンタ!」
三つの呪文が、ほぼ同時に放たれた。ペルセオンは杖を振った。
「プロテゴ!」
正面からの呪文を弾く。続けて身体を捻り、ハリーの武装解除呪文を躱す。だがドラコの妨害呪文が、足元を狙っていた。
「……おっと」
ペルセオンは軽く跳んだ。呪文が靴底を掠める。着地と同時に、彼は笑った。
「今のは良かった!」
ドラコの口元が僅かに緩んだ。しかし──
「けど」
ペルセオンの杖先が、見えない速度で振るわれる。
「まだ甘い──エクスペリアームス!」
ドラコの杖が弾き飛ばされた。
「なっ!?」
空中を舞う杖。ペルセオンはそのまま左手を伸ばし、飛んできた杖を受け止めた。
「二人目」
ドラコは呆然とした。観覧席から、スリザリンの生徒たちの悲鳴と笑い声が上がる。
「マルフォイ!」
「何やってんだ!」
「うるさい!」
ドラコは真っ赤になって叫んだ。ペルセオンは楽しそうに笑った。
「いい攻撃だったぞ、マルフォイ」
「……慰めは結構です!」
「慰めじゃないさ」
彼は杖を返した。
「君はちゃんと俺の足元を狙った。上半身ばかりに注意が向く相手には有効だ」
そして、少しだけ真剣な顔になった。
「ただ、攻撃が成功したと思った瞬間に気を抜いた。それがいけない」
ドラコは口を閉じた。
「実戦では、相手が倒れるまで油断しないこと。闇の魔法使いでも、ゴロツキとかでも、戦うのなら基本中の基本だ」
「……はい」
小さく頷く。ペルセオンは微笑んだ。
「よし。次は気をつけよう」
残るは二人。ハリーとアーニー。ペルセオンは杖を軽く振って魔力の残滓を払い落とす。
「さて、どうする?」
ハリーは息を整えた──強い。分かっていたことだが、実際に相手をするとその差がよく分かる。
呪文の威力、反応速度、足運び。そして何より、相手の動きを読む力。
ペルセオンは、まるでこちらの考えが分かっているかのように動く。だがハリーは、ふと気づいた。先生は、まだ一度も本気で攻撃していない。こちらが考える時間を与えている。わざと……なら。
「……アーニー」
ハリーは小声で呼びかけた。
「何だ?」
「……ちょっと、試したいことがある」
アーニーは彼を見た。そして頷いた。
「分かった」
二人は杖を構えた。ペルセオンは、少しだけ首を傾げた。
「……何か企んでるな?」
「……さあ?」
ハリーは笑った。ペルセオンも笑った。
「よろしい」
彼は杖を構え直した。
「そういう顔は好きだ」
「ステューピファイ!」
アーニーが呪文を放った。ペルセオンは盾を展開する。その瞬間、ハリーが動いた。
真正面ではない。横でもない。ペルセオンの背後へ回り込むように走った。そして。
「エクスペリアームス!」
赤い閃光。ペルセオンは振り返った。だがハリーの狙いは彼の杖ではなかった。
足元。決闘場の床。呪文が石畳に当たり反射する。結界によって制御された魔力が、斜め下から跳ね上がった。
「……!」
ペルセオンの瞳が、僅かに見開かれた。
「……なるほど」
彼は笑った。杖を振る。
「プロテゴ!」
盾が、下方からの閃光を受け止めた。
「ステューピファイ!」
しかしその瞬間、アーニーの第二撃が正面から飛んでくる。ペルセオンは身体を捻ったが、呪文がローブを掠める。
そしてハリーが、最後の呪文を放った。
「エクスペリアームス!」
赤い閃光が走った。ペルセオンは流石闇祓いと言わんばかりの直感で杖を振った。だが、ほんの僅かに反応が遅れた。
杖が、彼の指先から離れた。空中を舞う。観覧席が息を呑んだ。
そしてペルセオンは、空になった右手を見つめた。
数秒の沈黙。やがて──
「……お見事」
彼は、満面の笑みを浮かべた。決闘場の結界が鮮やかな金色に輝いた。勝者、生徒側。
「うおおおおおおっ!」
ロンが立ち上がった。グリフィンドールの生徒たちが歓声を上げる。ハッフルパフからも拍手が起こり、レイブンクローの生徒たちが感心したように頷いた。スリザリンの一角では、ドラコが複雑そうな顔をしていた。
「……ふん……まあ、悪くなかったんじゃないか」
ザビニが笑った。
「素直じゃないな」
「黙れ」
ペルセオンは床に落ちた杖を拾い上げた。そして、四人を呼び戻す。
「さて。今日の授業で、一番大事なことは何だったと思う?」
ハリーが考え込む。アーニーも首を傾げた。アンソニーは少し悔しそうに唇を噛んでいる。ドラコは腕を組んだまま、ペルセオンを見つめた。
「……一人で戦わないこと、ですか?」
ややあってハリーが答えた。ペルセオンは頷く
「正解。グリフィンドールに三点」
彼は四人を見渡した。
「君たちはそれぞれ優秀な魔法使いだ。だが、一人でできることには限界がある」
静かな声が広間に響く。
「だからこそ、協力するんだ。寮が違っても、考え方が違っても、普段は仲が悪くてもな」
ハリーとドラコが、思わず顔を見合わせた。
そして、同時に顔を背けた。観覧席から笑い声が上がる。「それからもう一つ」
四人が顔を上げる。ペルセオンは真剣な目をしていた。
「……君たちは、俺に勝った」
彼は穏やかに言った。
「でも、それは俺が君たちを殺そうとしていなかったからでもある」
広間が静かになった。
「本当の敵は、ルールを守ってくれない。手加減もしない。君たちが考える時間を与えてくれるとも限らない」
ペルセオンが杖を下ろした。
「だから、今日の勝利に満足しちゃいけない……でも」
彼は、いつもの柔らかな笑みを浮かべた。
「今日の勝利を、誇りに思っていい」
ハリーは少しだけ胸を張った。アーニーも嬉しそうに頷いた。アンソニーは、次こそはと決意を固めたようだった。ドラコは、しばらく黙っていた。
「……先生」
「何かな? マルフォイ」
「……次は、僕が最後まで残ります」
ペルセオンは目を細めた。
「……楽しみにしてるよ」
その言葉に、ドラコは小さく頷いた。そして観覧席へ戻っていく。ペルセオンは四人の背中を見送りながら、静かに微笑んだ。
……さて。次は、もう少し難しい課題を出してみようか。
そんなことを考えながら彼は再び杖を振った。
「それじゃあ、次は全員で実技だ!」
広間に歓声が上がった。そしてホグワーツの一日は、まだまだ賑やかに続いていくのだった。