外の音が響かない自室で机に向かい、昨夜の祭りについて書き進めていた。
櫓の造りや屋台の様子、太鼓の音。夜空を彩った花火に、踊りの輪に加わった人々の姿。思い返すたびに、書き残しておきたいことが増えていく。
筆を走らせていた手が、ふと止まった。
「……少し、長くなりそうですね」
思わず声に出してしまった。幾度も繰り返してきたことですが、この癖はなかなか抜けないらしい。
私は筆先を紙から離し、書き終えたところまで目を通した。何度か読み返してみても、削れそうな部分を探すたび、そこにも残しておきたいことがあるように思えてしまう。
記録として残す以上、見たものはできるだけ正確に書きたい。けれど、あの夜に感じた楽しさまで伝えようとすると、どうしても言葉が増えてしまうのだ。
「そもそも、あの場にいた人たちと同じように、読んだ人にも楽しさが伝わるのでしょうか」
書きかけの一文に視線を落としたまま、しばらく考える。短くできる文章を探してみるものの、情報を削れば、あの夜の景色まで色褪せて伝わってしまう気がした。結局、私はそれ以上手を加えるのを諦める。
「……いえ。考えても仕方ありませんね」
小さく息を吐いて、最後の一文を書き足した。
『祭りが終わった翌朝。昨夜の余韻を残したまま、町はいつもの日常へと戻り始めていた。』
記録をまとめ終え、用紙を揃える。端を軽く叩いて紙の位置を整え、机の脇へ置いた。
ひとまず、これでよしとしましょう。
筆記用具や記録に使った資料を片づけていると、まだ確認していない報告書の束が目に入った。何枚かにはすでに目を通したものの、残りは手つかずのままだ。
「このままにしておくわけにもいきませんし、報告に行きましょうか」
私は報告書を数枚手に取り、部屋を出た。
廊下を進むにつれ、遠くから人の話し声が聞こえてくる。アルカディアでは、朝からそれぞれの仕事が進んでいるようだ。誰かが荷物を運び、別の誰かが書類を抱えて通り過ぎていく。
そんな様子を横目に、私は老古書管へと向かった。
扉を開けると、リアは机に向かって書類を整理していた。手元の紙を揃え、何かを書き留めたところで、こちらに気づいて顔を上げる。
「ルミネス。もう記録は書き終わったんですか?」
「ええ。……ひとまず、ですが」
リアの手が止まった。
「ひとまず、ね」
彼女は私の手元にある報告書と、私の顔を交互に見る。
「あとから書き足すつもりでしょう?」
「……どうしてわかったのですか?」
「いつものことでしょうに」
そう言って、リアは小さく笑った。
……否定はできませんね。
私は苦笑しながら、手にしていた報告書を机の上に置く。
「それはそうと、こちらの確認をお願いできますか?」
「わかりました。こっちに置いておいて」
リアは手元の書類を脇へ寄せ、私が持ってきた報告書を受け取った。紙を一枚ずつめくりながら、記載された内容を確かめていく。
私もその隣に立ち、彼女の手元を覗き込んだ。
土地の様子や、道中で見つかったもの。現地の人々から聞いた話もあれば、実際に観察して記録したものもある。
同じ場所についての報告でも、書き手によって目を向けるところは違う。ある者は地形を詳しく記し、またある者は人々の暮らしについて書き残す。そうした違いを見比べるのも、報告を確認する際の楽しみの一つだった。
リアが一枚の紙をめくったところで、机の端に置かれた別の資料が目に留まった。
『
「……こちらは?」
私が尋ねると、リアは手を止め、資料へ視線を移した。
「ああ、それね。今回の報告に関連して、現地で伝えられている話もまとめてあったの。少し珍しい内容だったから、別にしておいたのよ」
彼女は資料を抜き取り、私の見やすい位置へ置いた。
私は軽く身をかがめ、そこに記された文字を追っていく。中には、こう記されていた。
『夜の草地に咲くその花は、古くより「星が地上に落ちた跡に咲く花」と伝えられている。』
『夜空より零れ落ちた星の欠片が地に根づき、花となったものだという。』
『また、その光景に心を奪われた者は、やがて精霊に導かれ、星のもとへといざなわれるとも言い伝えられている。』
「夜に光る花、ですか」
思わず声に出していた。
花が光るという現象も興味深い。けれど、それ以上に気になったのは、その花にまつわる言い伝えだった。人を星へといざなうとは、いったいどのような光景を見て、そのように語られるようになったのでしょう。
読み進めていた視線を上げると、リアがこちらを見ていた。
「気になる?」
「ええ。実際に光るというのも興味深いですが、星へいざなわれるという言い伝えも気になります」
私はもう一度、資料へと目を落とした。
花が光るという現象と、星の欠片が地上に根づいたという話。さらに、精霊に導かれるという言い伝え。
どうして、そのように語られるようになったのか。
実際に花が光る様子を見た人が、そこに何かを感じたのでしょうか。それとも、長い時間をかけて語り継がれるうちに、少しずつ形を変えていったのか。
資料には、そこまで詳しいことは書かれていない。
「……やはり、読んだだけではわかりませんね」
「伝承のほう?」
リアの声に、私は顔を上げた。
「はい。どのような光景を見て、そう語られるようになったのかと」
リアは資料を覗き込み、記述を確かめるように目を動かした。
「実際に見てみないと、わからないこともありそうね」
「ええ。私もそう思います」
私は小さく頷いた。
もちろん、実際に見に行ったところで、伝承の由来までわかるとは限りません。花が光る理由を知ることはできても、最初にそれを見た人が何を思ったのかまでは、簡単にはわからないでしょう。
それでも、気になってしまったものは仕方ありません。
「……リア。今の予定から、少し寄り道をすることはできますか?」
「宵星花を見に行くのね」
尋ねるより先に、リアはそう答えた。
「……ええ。できれば、実際に見てみたいと思いまして」
「そう言うと思った」
リアは特に驚いた様子もなく、机の上に広げていた予定表をこちらへ向けた。
「場所はもう確認してあるわ。今の予定に少し手を加えれば寄れるし、全体の行程にも大きな影響はないはずよ。必要な手配も進めておくから、心配しなくていいわ。必要なら、二人だけで行ってもいいですしね」
「もう、そこまで確認していたのですか?」
「あなたが気にしそうな話だったから」
さらりと返され、私は言葉に詰まった。
……なるほど。資料を別にしておいたのも、そのためでしたか。
私が報告書を読むことも、気になるものがあれば実際に見に行きたくなることも。リアにとっては、今さら改めて説明するまでもないことなのでしょう。
長く一緒に旅をしてきた彼女には、私自身がまだ言葉にしていない興味まで、見透かされているようなところがある。
それでいて、ただ先回りして止めるのではなく、動けるように道を整えてくれるのだから、頭が下がる。
伝承の書かれた資料を手に取り、もう一度、宵星花についての記述に目を通す。それから顔を上げ、リアのほうへと向き直った。
「ありがとうございます。ああ、それと、もちろんついてきてくれますよね? リア」
リアは予定表に目を落としたまま、口元をわずかに緩めた。
「どういたしまして。わかっていて聞いてるんでしょ? あなたの行く場所が私の場所だから」
その言葉に、私は思わず小さく笑った。
「そうでしたね。今さら、聞くまでもありませんでした。では、お願いします」
「ええ。出発できるようにしておくわ。あなたはその資料を読んでいて」
リアはそう言うと、予定表の端に印をつけ、手近にあった別の書類を引き寄せた。行程の変更を伝えるためでしょう。すでに必要な連絡先を確かめているらしく、迷いなくペンを走らせている。
私も邪魔にならないよう一歩退き、資料を持って机のそばを離れた。
部屋を出る前に振り返ると、リアはもう次の書類に目を通していた。こちらを気にする様子はない。私が何をするつもりなのかも、そのために彼女が何をすればいいのかも、きっと最初からわかっているのでしょう。
……本当に、頼もしい人です。
私は資料を胸元に抱え、宵星花の記述を頭の中で繰り返しながら、出発の準備へと向かった。
星が地上に落ちた跡に咲く花。その名にふさわしい光景が、本当にあるのかと思うと、胸が躍った。
村に着いた頃には、日が傾き始めていた。
規模の大きな村ではない。街道から少し外れた場所に家々が集まり、その周囲には畑や草地が広がっている。目立った建物こそないものの、道はよく踏み固められ、家の軒先には収穫したばかりらしい作物が並んでいた。のどかな土地だ。
私たちは村の人に宵星花について尋ね、花が咲く草地への道を教えてもらったところだった。
話をしてくれた年配の女性によれば、草地は村からそれほど離れていないらしい。ただし、花がよく見えるのは日が落ちてからで、暗くなってから向かうなら足元には気をつけたほうがいいとのことだった。
「昔から、このあたりでは知られている話なんですか?」
私が尋ねると、女性は少し考えるように視線を上げた。
「ええ。子どもの頃にも聞きましたよ。星の欠片が地面に根づいて花になったんだって。それから、花に見入ってしまった人は、精霊に連れられて星へ行ってしまう、とね」
女性はそこで小さく笑った。
「本当にそんなことがあるのかはわかりませんが。夜の草地はきれいですからね。あまり夢中になって、帰り道を忘れないようにしてくださいね」
「……肝に銘じておきます」
私は教えてもらった場所へ向かいながら、話の内容を思い返していた。
星の欠片が地面に根づき、花になる。そして、その光景に心を奪われた者は、精霊に導かれて星へといざなわれる。
資料に記されていた内容と、話に大きな違いはない。
けれど、村の人々にとって、それは単に古くから伝わる不思議な話というわけでもないらしい。女性の口ぶりには、恐ろしいものを遠ざけようとするような切迫感も、誰かに信じさせようとする強さもなかった。ただ、夜の草地を訪れる者に向けた、ささやかな忠告のように聞こえたのだ。
もちろん、それだけで伝承の成り立ちを判断することはできません。語り継ぐ人によって受け止め方が違うこともあるでしょうし、私が聞いたのは、その一端にすぎないのだから。
宵星花を見に行く数人の団員を除き、ほかの団員たちは先に次の街へ向かい、あとで合流することになっていた。そのことはすでに連絡を済ませてある。これなら、花の観察に少し時間をかけても問題はないでしょう。
それでも、少し気になりますね。
「……リア。あの言い伝えは、今でも村の人たちに語られているのですね」
「そうみたいね。あの人も、ずいぶん自然に話していたもの」
隣を歩くリアへ声をかけると、彼女は歩みを緩めることなく、村のほうを一度だけ振り返った。
「ただ、実際に信じているかどうかは、また別の話でしょうね」
「ええ。私もそう思います」
言い伝えを知っていることと、それを信じていることは同じではない。まして、長い時間をかけて伝わってきた話なら、最初に語られた時と今とでは、その意味も変わっているかもしれない。
私は草地の先へと目を向けた。まだ、花の姿は見えない。日暮れの光が草の表面を淡く照らしているだけだ。
けれど、もう少しすれば、あの資料に記されていた光景を自分の目で確かめられる。そう考えていると、自然と足が少しだけ速くなっていたらしい。
「ルミネス」
「……なんでしょう?」
「急いでも、花が逃げるわけじゃないわよ」
リアは呆れたように言いながらも、どこか楽しそうに目を細めていた。気づけば、私は彼女を置いていくような歩調になっていたらしい。
「……そうですね。少し、気が急いてしまいました」
私は歩調を戻し、もう一度、草地の向こうを眺めた。
日が落ちるまで、あと少し。星が地上に落ちた跡に咲く花。その名にふさわしい光景を求め、胸が弾んだ。
三十分ほど歩くと、足元に青い花が見え始めた。
「着きました。ここに咲いているのが宵星花のようですね」
リアは一帯に咲く花を見つめながら、そう言った。
「では、私たちはこの周辺の環境を調べてきます。ルミネス様、ヴァレリア様もよい発見があることを願っています。よい智を」
「ええ、よい智を」
挨拶を交わし、私たちはそれぞれの調査へと移った。私はリアとともに宵星花の群生地へ向かい、ほかの団員たちは少し離れた場所で、周囲の草花や地形を調べ始める。
同じ場所を訪れていても、注目するものは人によって違う。私が花の形や生育環境を確かめている間にも、離れた場所から団員たちの話し声が聞こえてくる。ときおり、草地の向こうで誰かがしゃがみ込んだり、別の場所へ移動したりする姿も見えた。彼らもまた、それぞれの視点から、この土地について知ろうとしているのでしょう。
宵星花。資料には夜になると淡く光る花と記されていたが、今のところ、目の前にあるのはごく普通の草花に見える。細い茎に小さな青い花弁をつけ、周囲の草に紛れるようにして、あちらこちらに咲いていた。
手帳を取り出し、花弁の形や葉の付き方、茎の長さを記録する。近くの花をいくつか見比べても、大きさや形に多少の違いがある程度で、目立った特徴は見当たらなかった。
「何か、わかりましたか?」
少し離れたところから、リアが声をかけてきた。
「今のところは、まだ何とも。少なくとも、ほかの草花と大きく違うところはなさそうです」
私は花から目を離さず、慎重にメモを取りながら答えた。
「そう。では、暗くなるまでゆっくり調べましょうか」
「ええ。お願いします」
リアは私の隣に腰を下ろすと、手帳と周囲の草地を見比べた。私が記録した内容と実際の花を照らし合わせるように、いくつかの花を確かめている。
それからしばらく、私たちはそれぞれ気になったものを調べた。
花弁の裏側や葉の状態を確かめ、根元の土にも目を向ける。いくつか見比べても、発光の仕組みにつながりそうな特徴は見つからなかった。
その一方で、花が密集する場所とまばらな場所があることに気づいた。地面の湿り気や周囲の草の密度にも違いがある。これらが発光に関係しているのか、それとも単に生育条件の違いなのか。今の段階では、判断するには情報が足りなかった。
私はその点も手帳に書き留めた。発光との関係はまだわからない。生育しやすい場所が限られているだけなのかもしれなかった。
顔を上げると、いつの間にか空の色が変わり始めていた。遠くの空にはまだ夕暮れの明るさが残るものの、草地には少しずつ影が伸びている。
「……そろそろでしょうか」
「そうね。もう少しすれば、見えてくるんじゃないかしら」
私が呟くと、リアも空を見上げた。
手帳を閉じ、改めて足元の花へ目を向けた。昼間の姿は、よく知る草花と大きく変わらない。けれど、夜になると光を放つという。
その変化は、どのように始まるのでしょう。
私は花に顔を近づけ、じっと観察を続けた。
やがて、草地の向こうに残っていた夕日の色が薄れ、太陽が地平線の向こうへ姿を隠した。
その時。
足元の花弁の縁に、ごく淡い光が浮かび上がった。
最初に光ったのは、一輪だけだった。
隣にいたリアも、変化に気づいたようだ。彼女はすぐには声を上げず、少し身を乗り出して、光を放ち始めた花を見つめている。
やがて周囲の花々にも光が広がり始め、リアは小さく息をついた。
「本当に、光るのね」
「ええ。資料で読んだとおりですが……実際に見ると、ずいぶん印象が違いますね」
私が答えると、リアは頷き、花から少し視線を外して周囲を見渡した。
「一輪だけじゃないのね。どこまで広がるのかしら」
彼女の言葉に、私も改めて草地へ目を向けた。
花弁の縁に浮かんだ淡い光は、細い線のように輪郭をなぞっていく。目を凝らしてみると、その光は少しずつ花弁の内側へと広がっているようだった。
「……花そのものが光っているのでしょうか」
口に出してみたものの、すぐに答えが出るわけではない。半ば独り言のようなものだった。
光が花弁の表面に現れているのか、それとも内部から透けて見えているのか。今の距離からでは、まだ判断できない。
少しだけ距離を取ってから手帳を開き、光が現れ始めた時刻と、その時の花の様子を書き留めた。
やがて、近くに咲いていた花にも、同じような光が浮かび始める。
一輪、また一輪と、青い花弁の縁が淡く輝いていく。まるで、夜空で星が一つずつ姿を現すようだった。
光の強さはどれも同じではない。輪郭がはっきりと見えるものもあれば、わずかに色が変わったように見えるだけのものもある。
「個体差はあるようですね……」
光は私たちの足元だけに留まらなかった。少し離れた場所でも草の間に小さな光が見え始め、暗さが増すにつれて、草地のあちらこちらへ淡い輝きが広がっていった。
「……きれいですね」
隣で、リアが静かに呟いた。
私は返事をすることも忘れ、目の前の光景を見つめていた。
昼間には、ただの草花に見えたものが、今では暗くなった草地の中で、一輪ずつ存在を示すように光っている。
ただ光るというだけなら、この世界にはほかにも似た現象があるのかもしれない。それでも、こうして実際に目にすると、資料を読んだだけではわからなかったものが確かにあった。
花の数や、光の強さ。それぞれの違い。そして、暗闇の中で初めて見えてくる、この草地の姿。
私は手帳に目を落とし、今見たことを書き加えようとした。
その時、頬に触れる風が少し強くなった。
草地を渡る風が、青い花々を一斉に揺らす。光の輪郭も揺れ、草の間に散らばっていた光が、ほんの一瞬だけ乱れた。
その直後、花の周囲から、ごく小さな光の粒が浮かび上がってきた。
最初は、花弁からこぼれた光のように見えた。しかし、目を凝らすと、それらは花から離れ、風に乗ってゆっくりと上昇していく。
まるで、小さな命が生まれてきたかのようだ。
粒はどれも小さく、数も多くない。けれど、草地のあちこちで同じような現象が起きているため、視界の中にはいくつもの光が浮かんでいた。
私は思わず、手帳を持つ手を止めた。
リアもまた、光の粒を目で追っている。彼女は立ち上がり、風上と風下を確かめるように、草地の周囲へ視線を巡らせた。
「花が揺れた直後に現れたわね」
「ええ。ただ、花から生じたものなのか、風によって見えるようになったものなのか……」
「そこは、まだわからないわね」
リアはそう言って、舞い上がる粒を見上げた。手を伸ばして捕まえようとすることもなく、ただ、その動きと消えていく先を静かに追っている。
「風が弱まったら、どうなるのかしら」
その言葉に、私は手帳へ目を落としかけた手を止めた。
確かに、風が弱まったときの変化も記録しておくべきでしょう。私は再び顔を上げ、光の粒がどのように流れていくのかを見守ることにした。
……花から離れているのでしょうか。それとも、もともと周囲に漂っていたものが、花の光に照らされて見えているのでしょうか。
近くで確かめたい気持ちはあったが、今はまず、この光景を見届けることにした。
光の粒は風に流されながら、ゆっくりと空へ向かっていく。その近くでは、小さな虫たちが光の粒の周囲を飛び回っていた。まるで光を追っているようにも見える。
その様子を見ていると、草地に咲く花々が、地上から何かを送り出しているようにも思えた。風に乗って舞い上がる光の粒は、まるで精霊が空へ向かって飛んでいく姿のようにも見える。
ふと空を見上げると、頭上には、すでにいくつもの星が輝いていた。
浮かび上がる光の粒と、夜空にある星々。地上と空をつなぐように見えるその光景に、私はしばらく目を奪われた。
隣では、リアも空を見上げていた。
「こうして見ると、星へ導かれるという話も、少しわかる気がするわね」
「リアも、そう思いますか?」
「ええ。花の光だけなら、夜に咲く珍しい花で終わるかもしれない。でも、そこから光の粒が空へ昇っていくのを見ると……何かに導かれているように感じる人がいても、不思議ではないでしょう?」
彼女はそう言って、再び草地へ視線を戻した。
「もちろん、これだけで伝承の由来がわかったわけではないけれど」
「ええ。私も、そう思います」
リアの言葉に頷きながら、私はもう一度、花々と空を見比べた。
風が弱まると、光の粒は少しずつ見えにくくなっていった。それでも、花々の淡い輝きは消えていない。
……なるほど。
私は、先ほど読んだ伝承を思い返した。
星の欠片が地上に落ち、その跡に花が咲いた。そして、その光景に心を奪われた者は、精霊に導かれて星へといざなわれる。
もちろん、この光景だけで伝承の由来がわかったわけではない。花が光る理由も、光の粒の正体も、依然として謎のままだ。
それでも、暗い草地に浮かぶ花の光と、そこから空へ昇る小さな粒。その先に無数の星々が輝いている。初めてこの光景を目にした人が、星の欠片が地上に根づいたのだと考えたり、光の粒を精霊が星へ帰る姿に見立てたりしたとしても、不思議ではないでしょう。
……もちろん、今の私の想像にすぎませんが。
私は手帳を開き、花が光り始めた時刻、風が吹いた時の変化、そして花から離れて上昇していく光の粒について、忘れないうちに書き留めた。わかったことと、まだわからないこと。その二つを混同しないように気をつけながら、今見たものを記録していく。
「何か、わかりましたか?」
リアが、私の手元を覗き込んだ。
「いくつか気になることは見つかりました。ただ、まだ理由まではわかりません」
私は手帳から顔を上げ、もう一度、草地を見渡した。花々は変わらず淡く輝き、時折、小さな光の粒がその間を漂っている。頭上には、すっかり暗くなった空に無数の星々が輝いていた。
この風景に魅入られた人が、その美しさを誰かに伝えようとしたのかもしれません。地上から空へ昇る光を、星へ向かう精霊に見立てた。そう考えれば、あの言い伝えが生まれたことにも納得がいく気がします。
……もっとも、それを確かめる術はありません。今のところは、私の想像にすぎないのですから。
「花が光ることと、そこから光の粒が浮かび上がること。この二つに関係があるのか、もう少し調べてみたいですね」
「そうね。今日だけでは難しそうだけれど」
「ええ。すぐにわかるとは思っていません」
そう答えながらも、私はもう一度、花々へと目を向けた。
まだ知らないことがある。それを知るために、また調べることができる。
その事実が、今は何よりも嬉しく感じられた。
夜の草地には、変わらず淡い光が広がっている。
星が地上に落ちた跡に咲く花。その言葉が、先ほどまでとは少し違った意味を持って、私の中に残っていた。