人との付き合い方がわからない。小学生のころ、俺はいじめに遭っていた。それも女の子に。悪口を言われ、陰口をたたかれ、上履きを隠されたりそんな些細ないじめだったが。
だけど、あのいじめは俺の自尊心を徹底的に壊した。人と接するのが怖くなってしまった。そうして俺は、高校生に上がった今も、友達は一人もいない。
「というわけで、入学おめでとう。今日から君らも高校生だ。自覚ある行動を心掛けるように」
担任の先生がそう言って手を叩く。俺は周囲と目を合わせないように俯いていた。他人の顔を見るのが怖い。俺は震えながらその時を待っていた。
「それじゃ自己紹介していってもらおうか」
担任の先生の死刑宣告と同時にクラスメイトたちが順番に自己紹介をしていく。
その時、聞き覚えのある声が耳朶を打った。
「院瀬見いせみ穂香ほのかです。みんなと仲良くしたいと思っているので、よろしくお願いします」
その名前を聞いた瞬間、俺は咄嗟に顔を上げた。院瀬見穂香。忘れもしない。小学生の頃、俺をいじめていた張本人だ。
久しぶりに見る院瀬見は、美しく成長しており、誰もが憧れる美少女になっていた。ボブの髪に、整った目鼻立ち。小学生の頃には感じなかった胸の膨らみ。俺の知っている院瀬見とはまったく違う容姿になっている。だけど、忘れもしない。あの声。俺の耳はあの声を覚えている。間違いない。俺をいじめていた院瀬見穂香だ。
一瞬、院瀬見と目が合った。院瀬見は俺を見ると、口を僅かに開き、目を見開いた。すぐに俺が目を逸らしたので、気付かれたかどうかはわからない。もし気付かれたら、また高校でもいじめられるのか。
「それじゃ次、倉木」
名前を呼ばれ、俺は反射的に立ち上がる。クラスメイトの視線が俺に集まっている。
「く、く、倉木くらき優ゆうです」
俺はそれだけ言ってすぐに座った。人の視線が怖い。どうか誰も俺に興味を持たないでくれ。俺は震えながら、祈るように手を合わせた。
自己紹介が終わり、教室はクラスメイトたちが新しい友達作りに奔走している。俺はといえば、机に突っ伏しながら時間を潰していた。当然、あんな自己紹介で俺に声をかけてくるような人間はいない。そう思っていた。
「倉木くん、だよね」
不意に声をかけられ、俺の肩が跳ねる。恐る恐る顔を上げると、院瀬見の顔がそこにあった。
「ひっ……」
「ごめん、怖がらないで。やっぱり倉木くんだよね」
院瀬見は申し訳なさそうな顔を浮かべる。
「私のこと、わかるかな? 小学校が同じだった、院瀬見穂香なんだけど……」
「……忘れるわけないだろ」
「だよね。やっぱり覚えてるよね」
院瀬見は一瞬悲しそうな顔を浮かべると、顔を上げた。
「高校もまた一緒になれて嬉しいな。私同じ中学の子がいないから寂しかったんだよ」
「なんで今さら俺に声をかけてくるんだよ……また俺をいじめるつもりか」
「そんなことはしないよ。ただ純粋にあの頃のことを謝りたくて」
「今更謝られたって許せるわけないだろ」
俺の言葉に、院瀬見は少しだけ俯いた。
「うん。許してもらえるなんて思ってない。だけど、今度は倉木くんの役に立ちたいの」
「役に立つ?」
「うん。倉木くん、私のせいでそんな感じになっちゃったのかなって思ったら申し訳なくて。罪滅ぼしがしたい」
「いらないよ。俺に関わるな」
俺はそう言って席を立つ。一瞬振り返ると、院瀬見は泣きそうな顔をしていた。なんでそんな顔をするんだよ。泣きたいのはこっちだって言うのに。
最悪だ。まさか院瀬見と同じ高校だなんて。あいつの顔を見るたびに昔のことを思い出す。あの頃、俺は小学校に通うのが辛かった。クラスのみんなが俺をしかとして、陰口をたたかれる。それを主導していたのが院瀬見だ。今更罪滅ぼしなんてされても許せるわけがない。
俺は家に帰ると溜め息を吐く。
「帰ってたんだ。おかえり。学校どうだった」
妹の亜美が顔を出す。亜美は俺がこんなになっても変わらず接してくれている。俺のことで、学校でいろいろ言われているのも俺は知っている。同じ中学にいた頃はそれはもう申し訳なかった。だけど、亜美は俺と違って強かった。
「私のお兄ちゃんは自慢の兄だから」
そうはっきりと言い返していた。その現場を目撃した時、俺は泣きそうになった。亜美に自慢されるような立派な兄じゃない。俺は情けない男だ。
「最悪だった」
「友達できそう?」
「できると思うか?」
俺は自虐気味に笑うと、溜め息を吐く。
「できると思うよ。お兄ちゃんは人付き合いが苦手なだけで、すごく優しいから。その部分を見てくれる人がいたら、きっと友達になれると思うな」
亜美は優しい。いつも前向きな言葉をくれる。俺が壊れないでいられるのは亜美のおかげだ。
「ありがとう。がんばるよ」
俺も前向きになれる。高校ではもう昔のようにはならない。今度こそ、楽しい学校生活を取り戻す。院瀬見に邪魔はさせない。院瀬見を怖がる必要なんてどこにもない。今は俺はもう成長して背も伸びたし、院瀬見に力で負けるなんてこともないだろう。
ふと、帰り際に見た院瀬見の顔を思い出す。今にも泣きだしそうなそんな顔。あいつがあんな顔をするなんて思わなかった。いったい何を企んでいるのかわからないが、できるだけ関わらないようにしないとな。俺はそう決意して自室に戻るのだった。