昼休み、俺は今朝がた院瀬見からもらった弁当箱を取り出す。食材に罪はない。それに食費が浮くのも助かる。
俺は教室を出て、人気のない場所を探す。旧校舎の空き教室がちょうど人がいない場所だった。
「ここで食べるの?」
不意に肩を叩かれ、振り返ると院瀬見がそばにいた。
「なんでここにいる」
「一緒に食べようと思ってついてきたから」
「俺と一緒に食べるだって」
「そう。ダメ?」
「なんで一緒に食べるんだよ」
「んー、なんか一人で寂しく食べそうだなって思ったから」
「余計なお世話だ」
俺は溜め息を吐きながら旧校舎の教室の席に着く。院瀬見は鼻歌を歌いながら俺の正面に席をくっつける。
「院瀬見はいいのかよ。俺にかまってったらぼっちになるぞ」
「倉木くんじゃないからそれはないかな」
「言うじゃないか」
俺は自嘲気味に笑う。昔俺をいじめていたやつがなんで今さら俺にかまうんだ。今更優しくされたって過去のことを許せるわけじゃない。
「それより、早く食べてほしいな。早起きして頑張ったんだから」
院瀬見がそう言って身を乗り出してくる。俺は後ろめたさを覚えながらお弁当箱の蓋を開けた。
中身は美しかった。色のバランスが綺麗だったし、俺の好物もいくつか入っている。まさか俺の好物を狙ったのかとも思ったが院瀬見が俺の好物を知っているはずがない。
「見られてると食べにくいんだが」
「いや、食べてるところ見たくて」
俺は溜め息をつきながら一口卵焼きを口へ放り込む。
美味い。しっかりと出汁がきいていて、それでいてやわらかい。形も綺麗だったし、どうやら料理が得意というのは本当らしい。
「どう? 美味しい?」
「美味い、けど。だからって昔のこと許すつもりはないからな」
「わかってるって。ほら、遠慮せずに食べて」
そう言って院瀬見も自分のお弁当を広げる。俺のに比べて少しサイズが小さい。
「どうかな。一人で食べるより、誰かと一緒に食べた方がおいしいでしょ」
そう言って微笑む院瀬見を見ていると、だんだんと苛々してくる。
「俺が一人になるようになったのは誰のせいだよ」
「え……?」
「俺だって昔はみんなと食べてたさ。だけど、しょうがないだろ。みんな俺の悪口言って、お前はそれを先導してたんだから」
俺の強い言葉に院瀬見が申し訳なさそうな顔をする。今更そんな顔をしたって俺の過去は戻らない。毎晩悪夢にうなされることも治らない。
「ごめんね。謝るのも私の自己満足だから控えてたんだけど、やっぱりちゃんと謝らなきゃだよね」
「謝ってほしいわけじゃない。俺の視界に入らないでくれ。弁当も明日からは作ってこなくていいから」
「それは続ける」
院瀬見はきっぱりとそう言った。
「私、倉木くんに楽しい高校生活を送ってほしいから。だから、私にできることならなんでもする」
「なんだよ、それ。罪滅ぼしのつもりか。そんなんで償えるわけないだろ」
「償えなくてもいい。私は倉木くんが暗い気持ちになって嫌な高校生活を送ってほしくないだけ」
「どの口が言ってんだよ」
「倉木くんの気が済むなら、私をいじめてもいいよ」
院瀬見は震える声でそう言った。
「いじめるわけないだろ。あんな最低な行為、俺はしない」
「そっか……やっぱり倉木くんは優しいね」
「そんなんじゃない」
院瀬見は小学生の時から可愛かった。だからクラスの人気者で、それは今と同じだ。だから院瀬見は力を持っていた。院瀬見が褒めれば、みんなそいつを褒めたし、院瀬見が貶せば、みんなそいつの悪口を言った。俺はそこで思った。いくら見た目が可愛くても、心が汚い人間を俺は好きにならないと。院瀬見の本性はどぶの様に汚い。また俺を騙してみんなで笑いものにしようとしているに決まっている。
「あ、ほら、口元にごはんつぶついてるよ」
そう言って院瀬見は俺の口元からごはんつぶを取ると、食べた。そして俺にウインクしてくる。
「こういうのちょっとやってみたかったんだ」
「何の真似だよ……」
「えっと、こういうの仲いい人同士なら普通かなと思って」
「俺と院瀬見は仲良くないだろ」
「私は仲良くしたいなって思ってるよ。倉木くんは嫌だろうけど」
「嫌に決まってるだろ。あんなひどい目に遭わされたやつとなんで仲良くできるんだよ」
「そうだよね。ごめん……」
俺が何かを言うたびに、院瀬見の表情が曇る。どうしてそんな辛そうな顔をするんだ。俺が見ていると院瀬見は慌てて表情を取り繕う。愛想笑いを貼り付けて、俺を見る。その笑顔が無理をしているのは伝わってきて、俺は少しだけ胸が痛む。
「あ、そうだ。私と連絡先交換しない?」
「しない」
「えー、なんで」
「俺はいじめっ子と仲良くするつもりはない」
「そう言わずに」
正直、魅力的な提案だった。現在、俺のスマホに登録されている番号はゼロ。家族の連絡先しか入っていない。だけど、ここで頷いてしまったら負けたことになるだろう。それだけは絶対に嫌だ。
「まあ諦めないけどね」
そう言って院瀬見はぺろっと舌を出した。