正直、院瀬見の顔を見るだけで嫌な気持ちになる。罪滅ぼしで俺に優しくしようとしているのかもしれないが、そっとしておいてほしい。俺に顔を見せないことが、最大の配慮だと思うのだが。
「どうしたの?」
「院瀬見ってさ、本当に自分勝手だよな」
「…………」
「お前の顔見て、俺が嫌な気持ちになるとか考えないわけ?」
「……考えるよ、そりゃ」
「だったら顔見せるなよ」
「同じクラスだもん。それは無理じゃないかな」
「いらないんだよ。こんなお情けみたいな優しさなんて」
俺が吐き捨てると、院瀬見の顔が曇った。なぜだか俺の心がもやっとする。
「私が倉木くんにしたことは絶対に許されないことだと思ってる」
震える声で院瀬見がそう呟く。
「だから、倉木くんにどんなに詰られてもしかたないって思ってる。それでも、私は、あなたと接したい。これは私のわがまま。お願い。私にチャンスをください」
今にも泣きだしそうな顔で、声を震わせながら院瀬見が俺を見つめてくる。
「どうして俺にかまうんだよ」
「それは……」
院瀬見は唇を噛むと、俯いた。
「俺のことなんて放っておいてもいいだろ。お前が罪悪感を抱く必要はないよ。俺の事見下して、クラスの人気者になっていけばいいじゃないか」
「倉木くんはどうして諦めるの」
「そんなの、お前らに壊されたからに決まってるだろ!」
気付けば、俺は声を荒げていた。
「俺がどんな気持ちで、毎日を過ごしていたと思ってるんだ。今でも夢に見るよ。何度この世からいなくなってやろうかと思ったか」
「…………ごめんなさい」
院瀬見は俺の目をまっすぐに見つめながら、肩を震わせていた。
「ごめん、大きな声を出しちまった」
「いいよ、私が余計なこと言ったから」
「本当に俺のことなんてかまわなくていいから。俺なんかにかまってたら、院瀬見に悪い噂が流れるぞ」
「……優しいね、倉木くんは」
「は?」
「私の事心配してくれたんだ。本当は凄く優しい人なの私知ってるよ」
「そんなんじゃない。お前の顔なんて見たくないだけだ」
今更優しくされたって、過去の傷は癒えない。むしろ傷つくだけだ。
「私ね、罪は償わなきゃと思ってる」
「は?」
「私は過去、罪を犯した。倉木くんの心に消えない傷を作ってしまった。だから償わなきゃいけない」
「だからいらないって」
「それはね、倉木くんに嫌われること」
「……は?」
一瞬、何を言われたのか意味がわからなかった。院瀬見は俺を見つめると、力なく笑った。
「私が今さら仲良くしようとしても、無理なのはわかってる。だったら、倉木くんに罵倒されて罪を償おうと思った。どこまでも自己満足で、嫌な女でしょ」
「なんでそんなに自分のこと悪く言うんだよ」
「実際悪い女だもん。私、性格悪いし。自分のために倉木くんに近づいているから」
「そこまで言わなくてもいいだろ……」
「やっぱり優しいね」
俺は院瀬見をどうしたいのだろう。正直、そこまで強い処罰感情はない。あの当時は院瀬見も子供だったし、仕方のない部分もある。
「ねえ、倉木くん。絶対に私を許さないでね」
院瀬見の言葉が、なぜだか胸に深く残った。
昼休みを終えて教室に戻っても、俺は院瀬見のあの顔と、最後の言葉を思い出していた。
どうして院瀬見はあんなことを言ったのだろう。院瀬見は本当に反省しているんじゃないか。悪いと思ってるのは嘘じゃないんじゃないだろうか。俺は子供の時のことをいつまで根に持っているんだろうか。
許せない。確かにあの頃をはそう思っていた。憎い。院瀬見のことは憎いと思っていた。だけど、今は……
わからない。俺がどうしたいのか。院瀬見が声をかけてくれなかったら、俺はまたこの学校でぼっちだっただろう。
俺は溜め息を吐きながら、教室を出る。お手洗いに差しかったとき、院瀬見の話し声が聞こえてきた。
「てかさー、穂香あんな根暗に優しくするのマジウケルんだけど」
「そうそう。見るからにぼっちじゃん」
俺の悪口か。やっぱり院瀬見も陰では俺の悪口を言うのか。一瞬期待した俺が馬鹿だった。
「二人とも、もっと人を見なきゃ駄目だよ。確かに倉木くんは暗いしネガティブだけど、本当に心の綺麗な人だから」
院瀬見の言葉に、俺は驚いて顔を上げる。
「なにそれ。穂香、まさかあの陰キャのこと狙ってるの」
「そういうのじゃないよ。ただ、私は倉木くんのいいところがもっとみんなに知ってもらえたらいいなって思ってるだけ」
「ふーん、人は見かけによらないってやつ? そんなにいいやつなん」
「本当にいい人だよ。二人も倉木くんと一緒に話したらきっと友達になれるって」
なんだこれは。院瀬見はどうして、そんなにも俺を肯定するのだろう。昔、俺をいじめていたくせに。なんで。
俺が優しいとか、なんでそんなことを言うんだよ。俺のことが嫌いだったんじゃないのかよ。わからない。
気付けば俺は男子トイレの中にこもっていた。盗み聞きしているなんて思われたら、また何を言われるかわからない。
「絶対に許さないでね」
その言葉だけが、頭の中で何度も響き渡った。