俺はやっぱり院瀬見の言うように優しいのかもしれない。
トラウマになるぐらい鮮明に覚えていることなのに、なぜだか院瀬見を懐に入れてしまう。
ちょっと優しくされたぐらいで赦しそうになっている。
本当にどうかしている。普通のやつは避けるのだろうか。
だけど、俺はコミュニケーションが苦手だ。向こうからぐいぐい来る相手の躱し方がわからない。
教室に戻って自分の席に戻ると、途端に周囲を囲まれた。
「うぃーす。平沼雲雀だよ。よろしく」
「古田島菜穂子。覚えた?」
いきなり二人の女子に囲まれた俺の脳はフリーズする。
「穂香から聞いたよー。倉木っていいやつなんでしょ」
「どれぐらいいいやつかあたしらが確かめてやるよ」
二人はそう言うとスマホの画面を俺に向けてくる。
「「とりあえずフレになろ」」
何が起こっているんだ。クラスの顔も知らない女子から、いきなり連絡先の交換を求められている。
「俺なんかと友達になっても二人がつまらないと思うよ」
俺はそう言って二人を交互に見る。すると、二人は顔を見合わせて噴き出した。
「あはは、なんだよそれ、あたしらの心配してくれてんの?」
「穂香の言ったとおり、優しい奴なんだね」
この二人はどうやらさっき女子トイレで院瀬見と話していた二人らしい。事情を察した俺は胸をなでおろす。
「いいから、友達になろ」
押し切られる形で連絡先を交換する俺。連絡先に女子二人の連絡先が登録された。
「てか穂香もそんなところで何してるんだよ。こっちおいでよ」
平沼に呼ばれて院瀬見が申し訳なさそうにやってくる。
「ごめんね、倉木くん。二人に倉木くんのこと話しちゃった」
「それはいいんだけど。あんまり気を使わなくていいよ」
正直、自分の口から出た言葉とは思えなかった。
俺は今も院瀬見を許していない。あの時受けた悔しさは、今でも鮮明に覚えている。
だが、それでも俺はどうやらそこまで非情になれない人間らしい。過去は過去。今こうして罪を償おうとしている院瀬見を悪く思うことなんてできない。
「えっと、私とも連絡先交換してもらっていいかな」
「……わかたった」
俺は院瀬見と連絡先を交換する。正直、何を話したらいいのかまったくわからない。俺からコンタクトを取ることは恐らくないだろうけど。それでも連絡先に増えた女子の連絡先に感動を覚えた。
生まれて初めてできた友達。それが女子っていうのがなんとも違和感があるが、とにかくまずは生れて初めてできた友達のことを喜ぼう。
「そういえば、穂香のお弁当どうだったん?」
「……美味しかったけど」
「羨ましいぜ。昼間っからいちゃいちゃしやがってよ」
あんなに美味しいというか気遣いに溢れたお弁当を作れる人間が、どうしていじめなんて最低な行為をしたのだろうか。俺も院瀬見もあの頃は小学生だった。誰だって失敗の一つや二つぐらいする。できれば俺は院瀬見のことを許したいと思っているのか。
「絶対に許さないでね」
だが、院瀬見はそう言った。これが自分の罰だとでもいうように、力強くそう言ったのだ。
俺は悪いことをした人間でも、ひどい目に合うのを見るのは好きじゃない。アニメではざまぁという一大ジャンルがあるが、俺はいつもあの作品を見るともやっとするのだ。
悪いことをした人間でも、罪を償えばやり直す機会を与えてもいい。俺はそういう価値観だ。だから院瀬見に優しすぎると言われるのかもしれない。
俺は溜め息を吐くと、顔を上げる。
「院瀬見、お弁当美味しかった。でも明日からは本当に作ってこなくていいからな」
「よかった。明日はもっと美味しいの作るね」
「だからいらないっての」
「なんだ。案外普通に喋れるじゃん」
平沼が俺を見てそう言った。
「てっきりもっと陰キャなのかと思ってたけど、全然普通に喋れてるじゃん」
平沼に指摘され、俺は自分でも驚く。まさかこんなに会話が弾むなんて。生れて初めてのことだ。平沼の言う通り、俺はさえない陰キャだったはずだ。だが、院瀬見に突っ込みを入れる瞬間だけは、自然と声が出ていた。
正直、自分にむかつく。俺はどうして、院瀬見を許してやることができないのだろう。あんなのは小学生の頃の話だ。まだみんな子供で、子供の時の失敗に過ぎない。だけど、俺の心はそれでも院瀬見を拒絶している。院瀬見も成長して大人になったのだろう。だからこそ、あの頃の行いを悔いて、今俺に向き合ってくれているのだろう。
それがわかっていながら、それでも俺の心はまだ院瀬見を受け入れていない。
許したいとは思っている。俺の価値観から言っても、許すのが道理だ。
だが、まだ少し時間がかかりそうだ。
「てか、放課後どっか遊びに行かん?」
「いいねー、倉木どこ行く?」
「……カラオケとか?」
「天才か!」
平沼が俺の肩をばしっと叩く。
自分の意見が採用された。それだけで気分が明るくなる。
「倉木がどんな歌うたうか楽しみだわ」
「あんまり期待しないでほしい」
「無理。期待しまくるし」
平沼と古田島にいじられる俺を見て、院瀬見は嬉しそうに微笑んでいた。