部屋に戻ると、平沼と古田島がデュエットしていた。その横顔を眺める院瀬見の顔がなんだか物悲しい。
俺はドリンクを呷りながら、横目で院瀬見の顔を見ていた。
カラオケを終え、会計を済ませ、店を出る。平沼と古田島は方向が違うので分かれ、帰り道は俺と院瀬見の二人きりになる。院瀬見とは小学校が同じだったので、鉱区は同じだ。電車に乗り込み、帰路に就く。
電車に乗っている間、俺たちは終始無言だった。
電車を降りて改札を潜った後、院瀬見は静かに呟いた。
「今日、楽しかった?」
恐る恐ると言うようなそんな声色。まだ俺に気を使っているのだろう。
「楽しかったよ。友達と遊びにいくなんて初めての経験だったから」
「よかった」
院瀬見はそう言うと、胸をなでおろした。
「倉木くんが楽しんでくれるか不安だったから」
「けしかけといてよく言うよ」
「でも、あの二人なら悪いようにはしないって確信もあった」
確かに平沼と古田島はとてもいいやつらだった。俺が歌っている時も手拍子や合いの手で盛り上げてくれたし、たくさん話してくれた。俺にはもったいないぐらいだ。それもこれも院瀬見が誘導してくれたおかげなんだよな。
「院瀬見さ、もう俺におせっかいやくのはやめろよ」
「やめない」
「罪の意識を感じてるなら、俺はもういいから。十分よくしてもらったよ」
俺は心からの言葉を院瀬見に伝える。
「そんなことない。この程度じゃ、私の罪は償えない」
「そんなに自分を責めることないよ。小学生なんてみんな子供なんだから」
「ダメだよ。倉木くんは優しすぎるよ。優しすぎるのがダメなところ」
「そんなことを言うのは院瀬見ぐらいだ」
俺は苦笑する。正直、小学生の頃にいじめられたことは今も俺の胸の内に巣食っている。簡単に消える傷じゃない。だけど、それを盾にして院瀬見をこき使うのは卑怯だと思うのだ。院瀬見は十分に反省している。ならもういいじゃないか。所詮、子供の時のことだ。子供は精神が未熟だし、間違いや失敗を犯すものだ。俺だって失敗の一つや二つある。
「俺は院瀬見が心配だよ。俺にかまけて自分のことを疎かにしてるのが」
「私は自分のことをする資格がないから」
「そんなことないだろ。院瀬見だって学校生活を楽しむ権利ぐらいある」
正直、同情でいろいろやられるのが俺としては心苦しい。俺に友達がいなかったのは俺自身の問題だったわけだし、院瀬見が気に病むことじゃない。
俺もいじめを理由にしてコミュニケーション能力を磨くことを怠っていたのだから。
「院瀬見、俺はもう許してる。だからあとは自分で自分を許せるかどうかだと思う」
「…………」
院瀬見は唇を真一文字に引き結んで俯く。
「ごめんなさい。私、本当に愚かだったの」
院瀬見が涙ぐむ。
「私、本当は倉木くんと仲良くなりたくて……でもどう接すればいいかわからなかったの」
「え、院瀬見俺と仲良くなりたかったの」
衝撃の事実だ。まあ小学生なら仲良くなりたいけど照れくさくていじめてしまうって話を聞いたことがある。
「ごめんね。泣くのは卑怯だってわかってるけど、涙止まらなくて」
「そっか。俺、ずっと院瀬見は俺のこと嫌ってるって思ってたから」
「違う! 仲良くなりたかったの」
院瀬見の真剣な思いが伝わってくる。だったら尚更、これ以上自分を責めることはない。
「院瀬見、俺は友達になってもいいと思ってる」
「そんなの、なれないよ」
「そんなことない。俺は友達なんて作ったことがないから慣れてないけど、院瀬見は違うだろ。俺に友達を教えてくれよ」
「倉木くん……」
院瀬見の涙は止まらない。小学生の時、すれ違ってしまった俺たち。だけど、時間が経った今ならやり直せるのではないだろうか。
「倉木くんって結構女たらしなのかな」
「なんでそうなる」
「だって雲雀と菜穂子ともすぐ仲良くなったし」
「それは二人がコミュ力高いからだな」
「冗談だよ」
院瀬見はそう言って笑うと涙を拭う。俺はもう院瀬見のことを憎いだなんて思わない。俺の心はとっくに院瀬見を許している。
「俺に友達を教えてくれるか」
俺はそう言って手を差し出す。院瀬見はじっと俺の顔を見つめると、頷いた。
「わかった。私が友達を教えてあげる」
「そっか。よかった」
俺は破顔すると院瀬見と握手を交わす。俺はようやく院瀬見と心が通じ合った気がした。
院瀬見は俺の手を握りしめると、小さく呟いた。
「今はそれでいっか」
「なんか言った?」
「なんでもない」
院瀬見はそう言うとスキップを踏んで先に進む。俺はその後ろ姿を見送りながら、歩いていくのだった。