翌日、学校に行くと院瀬見が話しかけ毛てくる。
「おはよう、倉木くん」
「おはよう、院瀬見」
最初こそ戸惑ったが二人で腹を割って話をした今、普通に挨拶ぐらいはできるようになった。だが、院瀬見はやはりクラスの人気者。俺に話しかけるとどうしても注目を集めてしまう。
クラスメイトの視線が痛い。
いや、こんなことでめげている場合じゃない。決めたじゃないか。俺は変わるって。院瀬見のおかげで友達ができたし、前向きに学校生活を楽しむと決めたのだ。
「おはよーっす」
「ちゃろー」
平沼と古田島が俺の背中を叩いてくる。こういう軽いノリもなんだか新鮮だ。
昨日はカラオケで二人とも打ち解けたし、俺の新しい学校生活は順調と言えるだろう。
「はい、これ」
そう言って院瀬見がお弁当を差し出してくる。
「いや、もう作ってこなくていいって言ったじゃん」
「私が作りたかったから作ったの。倉木くんが美味しく食べてくれたら嬉しいんだけど」
「あのさ院瀬見。昨日も言ったけど、俺に同情はしないでくれ」
「同情なんてしてないよ。これは私が作りたかったから作っただけ」
そう言われてしまっては俺も断る理由がなくなる。とはいえ、クラスの人気者の女子が男子にお弁当を作ってくるなんてたちまち噂になりかねない。色眼鏡で見られるおそれもある。だけど、院瀬見の好意は素直に嬉しかった。
「わかったよ。ありがたくいただくよ」
そう言って院瀬見からお弁当を受け取る。
すると、横で見ていた平沼と古田島が冷やかしてくる。
「ひゅーひゅーお熱いね、お二人さん」
「ラブラブだねぇ」
「そんなんじゃないから」
院瀬見が顔を真っ赤にして否定する。昔と違って、院瀬見も弄られキャラになったらしい。昔は本当にクラスの中心って感じだったけど。
「せめて食費は渡すよ」
そう言って俺は財布を取り出す。
「いいよ。私が勝手に作ってきてるだけだし」
「ダメ。こういうのはちゃんとしないと。お金を受け取るのがお弁当を受け取る条件だ」
「いじわるだね、倉木くんは」
渋々といった表情で俺からお金を受け取る。
「それにしてもお前ら小学生から一緒だった割には他人行儀なんだな」
平沼が当然の疑問を口にする。
「それは……」
院瀬見が口ごもったのを見て俺が口を挟む。
「院瀬見は俺の憧れだったんだ。人気者で、俺は陰キャだったから接点がなかった」
「そうだったのか。まあ確かに今の倉木を見てると想像つくわ」
平沼は納得したように頷いた。
院瀬見が昔俺をいじめていたことは伏せておいたほうがいいだろう。いじめに対して二人がどんな反応を示すかわからないし、藪蛇はつつかないでおこう。
「いやー、昨日は楽しかったな。穂香がまさかあんなに音痴とは」
「もういじらないでよ。恥ずかしいんだからね」
「倉木が歌上手かったのが意外過ぎたけどな」
「家で一人で歌ったりしてるからね」
「いかにもぼっちって感じだな」
確かにひとり遊びには結構自信がある。友達がいたことがないから、どんな時も一人で乗り越えてきた。ゲームだって一人でしか遊んだことがないし、自分でオリジナルゲームを考えて子供の時は遊んでいた。同級生がみんな一緒にゲームをしたり外で遊んだりしているなか、俺はいつもひとりだった。
「そういや聞いたか。隣町の高校でいじめを苦にして自殺した子がいたらしいぞ」
平沼がそう言って切り出してくる。俺と院瀬見にとってはとてもセンシティブな話題だ。
案の定、院瀬見の顔が曇っている。
「許せないよなぁ。いじめとか卑怯者のすることだよ」
平沼がそう言うと、古田島も頷いている。
院瀬見は顔を青くして俯いている。俺の心の傷が消えないのと同じで、院瀬見の罪悪感も消えないのだろうな。
むしろ、院瀬見は立派だと思う。過去の過ちを反省し、罪を償おうと行動しているのだから。正直、院瀬見と再会するまで、俺は院瀬見に苦手意識を持っていた。というより、女子全般に苦手意識を持っていた。だけど、平沼や古田島のように、見た目が派手でもいいやつらもいる。院瀬見のことも苦手ではなくなった。今は友達だからこそ、院瀬見が自分のことを責めすぎないかどうか心配になる。
「倉木はどう思うよ」
「そうだね。いじめは本当に卑劣で残酷だと思うよ」
「だよなぁ」
「どうすればいじめはなくなるのかな」
考えてもしかたのない疑問が口を突いて出る。いじめられていたからこそ、自殺してしまった生徒のことは他人事とは思えない。俺は小学生だったからまだいいけど、高校生のいじめなんて内容もハードだろうし。誰にも相談できずに苦しんでいたのだと思うと胸が痛い。
「院瀬見も許せないよなぁ」
「えっと、そう、だね」
院瀬見は歯切れが悪い。今さら院瀬見が俺のことをいじめていたなんて言えない。俺は話題を変えるべく、脳をフル稼働させる。
「そうだ。みんなは勉強どれぐらいできるの」
「あたしはさっぱり」
「私もー」
どうやら平沼と古田島は勉強が苦手らしい。
「私は得意かな。勉強は好きだよ」
「そっか。俺もあんまり勉強得意じゃなくて。よかったらみんなで勉強会しない?」
「倉木お前天才か」
平沼が乗ってくる。
「いいね。倉木くんには私が教えてあげるね」
「あたしらにも教えてよ」
「はいはい」
院瀬見はそう言うと、少しだけいつもの表情を取り戻した。
院瀬見と再会してから、院瀬見が心から笑った顔を見ていない。昔はもっとよく笑う子だった。だからこそ、俺は心配になる。
いつか院瀬見が自分のことを許せる日がくればいいなと思うのだった。