北の聖女と南の聖女に挟まれる一般TSチート始元者 作:始元Υ紳士
『——二度あることは三度ある。次に生まれるのは、たぶん一〇〇〇年目の節目かな』
そんな無責任な置き手紙を残し、この私が世界から姿を消したのは、今から五〇〇年前のことだ。
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そもそも、私とは一体何者か?
一見すると、タダの華奢な美少女でしかない私は、一体なぜ現在『世界の命運を握る存在』などと呼ばれているのだろうか?
理由はいたって単純明快。
私が、記憶を持ったまま輪廻転生を繰り返し続ける、『奇跡』の持ち主だからである。
人はそれを、畏怖と狂信を込めてこう呼ぶ。
——『始元者』、と。
とはいえ、神様ぶるつもりなんて毛頭ない。
前世も、その前の世も、私の目標はただ一つ。
それは「誰にも邪魔されず、一生働かずにぬくぬく暮らすこと」これだけだ。
なのに私は今、とっても頭を抱えている。
それは過去の『うっかり』が、文字通り世界規模のバグを引き起こしまったからである!
ここで少し、時計の針を巻き戻そう。
遡ること、一〇〇〇年前。
私は極寒の北の大地にて一度目の転生をした。
そこに、吹雪に泣いていた一人の少女がいた。
名前は『ノルス』。
見捨てるのも寝覚めが悪いので、私はちょっとした『奇跡』で暖を与え、生き抜く知恵を授けた。
そして別れ際、二日酔い頭で適当にこう言った。
『寒いから夜は早く寝て、無駄遣いせず真面目に生きろよ』
……ただの生活指導である。
親戚のおじさんの説教レベルだ。
だが、私が姿を消したあと、彼女はその言葉を『絶対の神託』として掲げ、北の国々を束ねる巨大宗教を作ってしまった。
——『ノルス聖教』。
あらゆる娯楽と贅沢を禁じ、鉄の規律と静かなる執着ですべてを縛る、超・禁欲主義の国教!
(いや、話が飛躍しすぎだろ⁉︎)
そして、五〇〇年前。
私は灼熱の南の大地にて二度目の転生をした。
そこで出会ったのが、飢えに苦しむ少女。
名前は『サアス』。
私はまたしても気まぐれに『奇跡』でパンと水を与え、去り際にこう言った。
『人生一度きりなんだし、美味しいものでも食べて楽しく生きようぜ』
……ただの呑気なスローガンである。
ところがどっこい!
彼女もまた、それを『至高の福音』として南の国々を統一し、新たな巨大宗教を立ち上げた。
——『サアス聖教』。
欲望と愛を全面的に肯定し、熱狂的な祝祭と甘い狂信で神を讃える、超・享楽主義の国教!
規律と禁欲の『北』。
享楽と情熱の『南』。
ここ大陸は、宗派で真っ二つに割れていた。
水と油。混ぜるな危険。
両者は五〇〇年間にわたって「どちらが正しい教えか」を巡り、バチバチの宗教戦争を繰り広げることになったのである!
とはいえ彼らが崇めているのは『神』ではない。
その言葉を代弁したとされる歴代の『聖女』——代々同じ名前を襲名し続けている『ノルス』と『サアス』という象徴だ。
私自身の存在は、教団の最高機密である『古文書』の中にだけ、すべての始まりたる預言者として記されている……らしい。
人間、過去は美化していくもの……まあ多少は?
そして、極めつけはもう一つ。
五〇〇年前の私が、面倒事を避けるために古文書の余白へ冗談で書き殴った『一文』がある。
『次に私が目覚める一〇〇〇年目の節目に、もし俗世の煩わしさを嘆いて私が涙を流せば、世界は火によって清められるだろう』
意訳すると、「あんま喧嘩すんなよ?」である。
しかしこの脅し文句が、まさか『終末』と解釈され、とんでもない事態を引き起こす引き金になろうとは、当時の私には知る由もなかった——。
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最初の旅立ちから一〇〇〇年目の節目。
今から十六年前の、ある嵐の夜のこと。
北と南の二大教国が睨み合う、大陸の中央部。
かつて双方が「こここそが預言者ゆかりの地だ」と主張して血で血を洗う争いが何度も繰り広げられ、最終的には折半案として、『預言者の再臨を待つ不可侵の聖地』としてお互いに独立を誓った、緩衝地帯の小国——『聖都エル・カナン』。
その片隅にある、ごく普通の民家で。
私は、今世……三度目の産声を上げた。
「おぎゃあ、おぎゃあ!」
よし、今回こそは名もなき一般市民として、平穏無事に暮らすぞ⁉︎
赤ん坊の肺活量で、私は高らかに宣言をした。
——だがしかし!
人生とは、開幕一秒でバグるものである。
私を産み落とした直後。
母の心臓が、ピタリと止まったのだ——。
難産による、大量出血。
産婆は疲労で部屋の隅にて倒れるように寝ており、外では雷鳴がゴロゴロと轟く。
まずい⁉︎ このままでは、私は生後一分で母なし子になってしまう!
生まれたての赤ん坊にとって、母の死はすなわち自分の死に直結する大ピンチだ。
(いきなり人生ハードモードなんて勘弁だぞ‼︎)
冷たくなっていく母の胸元。
私は必死に小さな手足を動かし、母の乳房へと吸い付いた。
もちろん、こんな状況で、ただただ母乳を飲もうとしたわけではない。
この世界の人類は、誰しもが『魔法』を使える。
魔力を消費して火を起こし、風を操る、いわば科学の代替品だ。
だが、どれだけ魔法を極めようと、一度失われた命——『死者の蘇生』だけは絶対に不可能。
と、されている。
だからこそ、私は使った。
法則を無視し因果を逆転させる、私だけの特権。
——『奇跡』を。
(生き返って、お母さん! 私の持ってるリソース、半分くらい持ってっていいから!)
ちゅぱっ、と乳房を口に含んだ瞬間。
私の魂の奥底に眠っていた莫大な『始元の権能』が、母の肉体へと一気に流れ込んだ。
ドクン、と。
母の心臓が再び力強く脈打ち、頬に赤みが差す。
よーし、蘇生完了。
これにて一件落着!
……だが、私は重大な計算ミスを犯していた。
生まれたばかりの未完成な肉体から、魂のリソースを半分もぶっこ抜いたらどうなるだろうか?
その答えはいたって簡単。
肉体を構築する設計図が、根本からバグる⁉︎
本来なら、前世と同じく屈強で頼もしい『男』として成長するはずだった私の身体は、リソース不足で省エネ設計へと強制書き換えられ——。
——気づけば私は、透き通るような黒髪と、宝石のようなエメラルドの瞳を持つ、華奢で可憐な『女』へと変貌していたのである!
(なんか、今世は女の子になっちゃったけど、まあ美少女なら人生イージーモードっしょ。アレを使ったのも産婆さんが寝てる隙だったし、誰にもバレてないはず!)
そんなお花畑な自己解決をかましながら、私はすくすくと十六歳まで育った。
ああ、無知とは恐ろしく、なんと幸せか——。
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そして、現在。
聖都エル・カナンの中心部に立つ、白亜の巨塔。
大陸各国の王族や貴族、そして北と南の次代を担うエリートたちが集う、由緒正しき最高学府——『聖カナン魔導学園』。
表の顔は、優秀な人材育成だが、裏の顔は違う。
北と南の全面戦争を防ぐための長年の政治的妥協として、「両国の次代のトップたる聖女候補は、必ずこの学園で一定期間を共に過ごさなければならない」という、いわば『人質交換』を兼ねた絶対中立機関なのである。
そんな超・お嬢様&お坊ちゃま学校の門前にて、私は一人佇んでいた。
「……ふむ。悪くない」
風に揺れる、長い黒色の髪。
真新しい制服を着こなし、私は満足げに頷いた。
今の私の名前は、『ルーツ』。
どこにでもいる、ただの一般家庭出身の生徒だ。
……え? なぜ一般市民の私が、そんな超名門校に入学できたのかって?
そんな貴方の質問、答えます。
学費と寮費が完全無料なうえに、毎月お小遣い(奨学金)まで貰えるという、夢のような『特待生枠』のチラシが、うちのポストにだけピンポイントで投函されていたからである!
働かずに、学園の豪華な施設で三年間ぬくぬく暮らせる。
これぞ、私が求めていた最高のモラトリアム!
ちなみに、先月行われた特待生の入学試験は、驚くほど簡単だった。
問題用紙を開くと、そこにはたった一問。
『問一:あなたの今日のご機嫌を教えてください。(※無回答でも満点となります)』
……一体これで何を測ろうというのだね。
聖地の名門学校ともあろうものが、こんなガバガバな入試で大丈夫なのだろうか?
まあ、受かったもん勝ちだから文句は言わないでおこう(自己解決)。
私が鼻歌交じりに正門をくぐろうとした、その時だった——。
「——そ、そこの新入生!」
カツン、と。
石畳を鳴らす硬質な靴音とともに、一人の老人が私の前に立ちはだかった。
厳格そうな黒のローブに身を包んだ、白髪の男。
胸元には、最高責任者を示す『学園長』のバッジが輝いている。
(げっ! いきなり偉い人に絡まれた……。スカートの丈でも注意されるのか?)
私が身構えた、次の瞬間。
——ズザァァァァッ‼︎
学園長は、周囲にいた他の教師たち全員までを巻き込んで、石畳の上に美しいまでの『ストレート土下座』をかましたのだ⁉︎
額が地面にめり込むほどの、圧倒的・低姿勢!
「ご入学、誠におめでとうございます‼︎」
「「「おめでとうございますッ!」」」
「……え?」
私の口から、間の抜けた声が漏れた。
周囲の生徒も、目を白黒させて固まっている。
「あ、あの……? なぜ土下座を……?」
「はっ! 我が学園では今年から、すべての特待生に対し、最大限の敬意と感謝をもって地面に額を擦り付ける『フレンドリー挨拶運動』を実施しておりまして!」
学園長が、滝のような冷や汗を流しながら、めちゃくちゃ震える声で叫んだ。
「さあ、どうか我々の頭の上を、赤い絨毯だと思ってお踏みつけください! あ、もし石畳が硬くておみ足が痛むようでしたら、今すぐ学園中の床を張り替えますので、どうか、どうか『お涙』だけは流されませぬよう……ッ!」
「いや、なにそれ⁉︎ 普通に歩きますよ!」
私はドン引きしながら、土下座する老人たちの脇をすり抜けて校舎へと急いだ。
なんだか妙に歓迎されているようだが、きっとこの国の伝統的なジョークかなにかだろう。
……うん、深く考えないのが平穏の秘訣だ。
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あの方が立ち去ったあとの、正門前。
石畳に突っ伏していた学園長——もとい、聖地エル・カナンを裏で統べる『原理主義教団』の筆頭は、歓喜と恐怖でガタガタと震えていた。
「……行かれたか」
「はっ、猊下。あのお方は……間違いなく、十六年前に死者蘇生の奇跡を起こされた『始元者』様にてございます」
「うむ……。あの夜の帳のような黒髪、すべてを見透かす翠の瞳……そして何より、歩かれるだけで空間の魔力がひれ伏すあの覇気! 一〇〇〇年の時を超え、ついに本物の『神』が我らの聖地に降臨されたのだ……‼︎」
老人は、血走った目で校舎を見上げた。
「いいか、全員よく聞け! あのお方は今『名もなき一般生徒』としてのお戯れを望んでおられる! もし我々の不手際であのお方の正体を暴き、俗世の煩わしさに『涙』を流させてしまえば——その瞬間、世界は神の火によって滅亡する」
「「「ハッ‼︎」」」
「国家予算のすべてを投入してでも、あのお方に『ごく普通の平穏な学園生活』を接待し奉るのだ! 絶対に、バレてはならんぞ——ッ!」
神(無自覚)と、原理主義者(深読みの鬼)。
ボタンの掛け違いは、すでに修復不可能だ!
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一方その頃、学園の敷地内にある学生寮。
「まあ、挨拶はちょっと個性的だったけど、部屋さえ快適なら問題ないよね」
私は『三〇一号室』の扉の前に立っていた。
事前に配布されていたパンフレットによれば、この部屋は三人用のスイート仕様らしい。
なんでも、私と同じく今年『特待生』として入学した生徒があと二人いて、その二人とルームシェアをすることになっている……とか。
(同じ一般出身の特待生なら、きっと話も合うはずだし。いい友達になれるといいなあ)
私はワクワクしながら、真鍮のドアノブに手をかけ、扉を押し開けた。
「どもー! 今日から同室になるルーツで——」
——ピタリ、と。
私の足が、玄関マットの上で凍りついた。
広々としたリビングの中央。
そこには、二人の少女が立っていた。
右側に立つのは、冬の結晶のように冷たく美しい、蒼銀の髪の少女。
一切の隙がない修道服風の制服を着こなし、氷のように澄んだ瞳で静かに佇んでいる。
左側に立つのは、真夏の太陽のように眩しく艶やかな、黄金の髪の少女。
胸元を少し着崩した情熱的な装いで、燃えるような紅い瞳を爛々と輝かせている。
そして、ただの美少女ではない。
二人の身体から漏れ出ているのは、常人なら立っていることすらできないほどの、異常なまでの『神聖な覇気』が漂っている。
空間そのものが、二人の間でバチバチと火花を散らして軋んでいた。
(……えっ? な、なにこの人たち。明らかに只者じゃないというか、めちゃ強そう……)
私が思わず後ずさりしかけた、その瞬間。
こちらの姿をとらえた二人の少女の瞳が——同時に、カッと見開かれた。
——ドクンッ!
空間が、大きく脈打った。
彼女たちが身に纏っている『奇跡の残滓』が、私の存在に呼応して、まるで磁石が吸い寄せられるように激しく共鳴し始めたのだ!
それもそのはず……。
彼女たちは聖地に現れた『神の波長』を追って、相手国より先に確保せよとの密命を受け、身分を偽って特待生として送り込まれた、最高権力者。
——当代の北の聖女。
——当代の南の聖女。
その本人たちなのである!
聖女たちが振るう『奇跡』の力は、もともと世界に散らばる私(始元者)の力を間接的に借り受けているだけの、いわばサブスクリプション。
つまりだ。
供給源である『私』を目の前にした彼女たちの魂は、一〇〇〇年もしくは五〇〇年分の渇きを潤す『奇跡』を前に、本能レベルで沸騰!
「……あ、ああ……」
「……うそ、こんな、近くに……っ」
二人の少女の頬が、みるみる朱に染まっていく。
呼吸が荒くなり、瞳がとろけるように甘く、そして狂気的に潤んでいく。
「あの……? お二人とも、どうかしました?」
私が恐る恐る声をかけた、次の瞬間だった。
——シュンッ!
音が消えるほどの超スピードで、二人が勢いよく同時に動いた。
一歩、二歩、三歩。
いや、ゼロ距離だ。
ガシッ! むぎゅっ‼︎
「「————っ⁉︎」」
「ちょ、えええええ⁉︎」
右からは、フローラルで冷涼な冬の香り。
左からは、甘くスパイシーな夏の香り。
二つの圧倒的な美貌が、私の小さな顔を左右から挟み込む! これはサンドウィッチ!
「お会いしとうございました……私の、唯一のお方。私は北より参りました、特待生の『ノルス』と申します。あなたの身の回りのお世話も、睡眠も、呼吸の管理も、今日からすべてこの私めにお任せください……」
右耳に吹きかかる、静かで、重くて、底なしの執着を孕んだ囁き。
「抜け駆けはダメだよっ⁉︎ ねえねえ、私は南から来た特待生の『サアス』っていうの! あなたのその可愛い指先から髪の毛の一本まで、私の愛でぜんぶ美味しく満たしてあげるからねっ!」
左耳をくすぐる、甘くて、熱くて、脳が溶けそうなほど狂信的な吐息。
ノルス、と、サアス。
どこか聞き覚えのありすぎる二つの名前に、私の脳内でけたたましいサイレンが鳴り響いた。
……あれ?
私が一度目に北で助けた子の名前、なんだっけ?
私が二度目に南で助けた子の名前、なんだっけ?
そして、今この世界の二大宗教のトップが代々襲名している聖女の名前は——確か。
「……あなたを、誰にも渡さない」
「……ううん、この子は私のもの」
私を真ん中に挟んだまま、二人の美少女がバチバチと殺気と愛憎をぶつけ合う。
華奢な女の子の肉体となってしまった今の私には、この二人の腕を振りほどく筋力すらない。
私は、天井のシャンデリアを呆然と見上げた。
どうやら、私の夢見た『人生イージーモード』は、入学初日にして、またしても音を立てて崩れ去ったらしい。
いにしえの格言は、いつだって正しい。
——二度あることは、三度ある。