北の聖女と南の聖女に挟まれる一般TSチート始元者   作:始元Υ紳士

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01:始元者の憂鬱と、蘇る母乳の味

『——二度あることは三度ある。次に生まれるのは、たぶん一〇〇〇年目の節目かな』

 

そんな無責任な置き手紙を残し、この私が世界から姿を消したのは、今から五〇〇年前のことだ。

 

 

□■□■□

 

 

そもそも、私とは一体何者か?

 

一見すると、タダの華奢な美少女でしかない私は、一体なぜ現在『世界の命運を握る存在』などと呼ばれているのだろうか?

 

理由はいたって単純明快。

 

私が、記憶を持ったまま輪廻転生を繰り返し続ける、『奇跡』の持ち主だからである。

 

人はそれを、畏怖と狂信を込めてこう呼ぶ。

——『始元者』、と。

 

とはいえ、神様ぶるつもりなんて毛頭ない。

 

前世も、その前の世も、私の目標はただ一つ。

それは「誰にも邪魔されず、一生働かずにぬくぬく暮らすこと」これだけだ。

 

なのに私は今、とっても頭を抱えている。

それは過去の『うっかり』が、文字通り世界規模のバグを引き起こしまったからである!

 

ここで少し、時計の針を巻き戻そう。

 

遡ること、一〇〇〇年前。

私は極寒の北の大地にて一度目の転生をした。

そこに、吹雪に泣いていた一人の少女がいた。

名前は『ノルス』。

見捨てるのも寝覚めが悪いので、私はちょっとした『奇跡』で暖を与え、生き抜く知恵を授けた。

そして別れ際、二日酔い頭で適当にこう言った。

 

『寒いから夜は早く寝て、無駄遣いせず真面目に生きろよ』

 

……ただの生活指導である。

親戚のおじさんの説教レベルだ。

 

だが、私が姿を消したあと、彼女はその言葉を『絶対の神託』として掲げ、北の国々を束ねる巨大宗教を作ってしまった。

 

——『ノルス聖教』。

あらゆる娯楽と贅沢を禁じ、鉄の規律と静かなる執着ですべてを縛る、超・禁欲主義の国教!

 

(いや、話が飛躍しすぎだろ⁉︎)

 

そして、五〇〇年前。

私は灼熱の南の大地にて二度目の転生をした。

そこで出会ったのが、飢えに苦しむ少女。

名前は『サアス』。

私はまたしても気まぐれに『奇跡』でパンと水を与え、去り際にこう言った。

 

『人生一度きりなんだし、美味しいものでも食べて楽しく生きようぜ』

 

……ただの呑気なスローガンである。

 

ところがどっこい!

彼女もまた、それを『至高の福音』として南の国々を統一し、新たな巨大宗教を立ち上げた。

 

——『サアス聖教』。

欲望と愛を全面的に肯定し、熱狂的な祝祭と甘い狂信で神を讃える、超・享楽主義の国教!

 

規律と禁欲の『北』。

享楽と情熱の『南』。

 

ここ大陸は、宗派で真っ二つに割れていた。

水と油。混ぜるな危険。

 

両者は五〇〇年間にわたって「どちらが正しい教えか」を巡り、バチバチの宗教戦争を繰り広げることになったのである!

 

とはいえ彼らが崇めているのは『神』ではない。

 

その言葉を代弁したとされる歴代の『聖女』——代々同じ名前を襲名し続けている『ノルス』と『サアス』という象徴だ。

 

私自身の存在は、教団の最高機密である『古文書』の中にだけ、すべての始まりたる預言者として記されている……らしい。

 

人間、過去は美化していくもの……まあ多少は?

 

そして、極めつけはもう一つ。

五〇〇年前の私が、面倒事を避けるために古文書の余白へ冗談で書き殴った『一文』がある。

 

『次に私が目覚める一〇〇〇年目の節目に、もし俗世の煩わしさを嘆いて私が涙を流せば、世界は火によって清められるだろう』

 

意訳すると、「あんま喧嘩すんなよ?」である。

 

しかしこの脅し文句が、まさか『終末』と解釈され、とんでもない事態を引き起こす引き金になろうとは、当時の私には知る由もなかった——。

 

 

□■□■□

 

 

最初の旅立ちから一〇〇〇年目の節目。

今から十六年前の、ある嵐の夜のこと。

 

北と南の二大教国が睨み合う、大陸の中央部。

 

かつて双方が「こここそが預言者ゆかりの地だ」と主張して血で血を洗う争いが何度も繰り広げられ、最終的には折半案として、『預言者の再臨を待つ不可侵の聖地』としてお互いに独立を誓った、緩衝地帯の小国——『聖都エル・カナン』。

 

その片隅にある、ごく普通の民家で。

私は、今世……三度目の産声を上げた。

 

「おぎゃあ、おぎゃあ!」

 

よし、今回こそは名もなき一般市民として、平穏無事に暮らすぞ⁉︎

赤ん坊の肺活量で、私は高らかに宣言をした。

 

——だがしかし!

人生とは、開幕一秒でバグるものである。

 

私を産み落とした直後。

母の心臓が、ピタリと止まったのだ——。

 

難産による、大量出血。

産婆は疲労で部屋の隅にて倒れるように寝ており、外では雷鳴がゴロゴロと轟く。

 

まずい⁉︎ このままでは、私は生後一分で母なし子になってしまう!

 

生まれたての赤ん坊にとって、母の死はすなわち自分の死に直結する大ピンチだ。

 

(いきなり人生ハードモードなんて勘弁だぞ‼︎)

 

冷たくなっていく母の胸元。

私は必死に小さな手足を動かし、母の乳房へと吸い付いた。

もちろん、こんな状況で、ただただ母乳を飲もうとしたわけではない。

 

この世界の人類は、誰しもが『魔法』を使える。

 

魔力を消費して火を起こし、風を操る、いわば科学の代替品だ。

だが、どれだけ魔法を極めようと、一度失われた命——『死者の蘇生』だけは絶対に不可能。

 

と、されている。

 

だからこそ、私は使った。

法則を無視し因果を逆転させる、私だけの特権。

——『奇跡』を。

 

(生き返って、お母さん! 私の持ってるリソース、半分くらい持ってっていいから!)

 

ちゅぱっ、と乳房を口に含んだ瞬間。

私の魂の奥底に眠っていた莫大な『始元の権能』が、母の肉体へと一気に流れ込んだ。

 

ドクン、と。

母の心臓が再び力強く脈打ち、頬に赤みが差す。

 

よーし、蘇生完了。

これにて一件落着!

 

……だが、私は重大な計算ミスを犯していた。

 

生まれたばかりの未完成な肉体から、魂のリソースを半分もぶっこ抜いたらどうなるだろうか?

 

その答えはいたって簡単。

肉体を構築する設計図が、根本からバグる⁉︎

 

本来なら、前世と同じく屈強で頼もしい『男』として成長するはずだった私の身体は、リソース不足で省エネ設計へと強制書き換えられ——。

 

——気づけば私は、透き通るような黒髪と、宝石のようなエメラルドの瞳を持つ、華奢で可憐な『女』へと変貌していたのである!

 

(なんか、今世は女の子になっちゃったけど、まあ美少女なら人生イージーモードっしょ。アレを使ったのも産婆さんが寝てる隙だったし、誰にもバレてないはず!)

 

そんなお花畑な自己解決をかましながら、私はすくすくと十六歳まで育った。

 

ああ、無知とは恐ろしく、なんと幸せか——。

 

 

□■□■□

 

 

そして、現在。

聖都エル・カナンの中心部に立つ、白亜の巨塔。

 

大陸各国の王族や貴族、そして北と南の次代を担うエリートたちが集う、由緒正しき最高学府——『聖カナン魔導学園』。

 

表の顔は、優秀な人材育成だが、裏の顔は違う。

 

北と南の全面戦争を防ぐための長年の政治的妥協として、「両国の次代のトップたる聖女候補は、必ずこの学園で一定期間を共に過ごさなければならない」という、いわば『人質交換』を兼ねた絶対中立機関なのである。

 

そんな超・お嬢様&お坊ちゃま学校の門前にて、私は一人佇んでいた。

 

「……ふむ。悪くない」

 

風に揺れる、長い黒色の髪。

真新しい制服を着こなし、私は満足げに頷いた。

 

今の私の名前は、『ルーツ』。

どこにでもいる、ただの一般家庭出身の生徒だ。

 

……え? なぜ一般市民の私が、そんな超名門校に入学できたのかって?

そんな貴方の質問、答えます。

 

学費と寮費が完全無料なうえに、毎月お小遣い(奨学金)まで貰えるという、夢のような『特待生枠』のチラシが、うちのポストにだけピンポイントで投函されていたからである!

 

働かずに、学園の豪華な施設で三年間ぬくぬく暮らせる。

これぞ、私が求めていた最高のモラトリアム!

 

ちなみに、先月行われた特待生の入学試験は、驚くほど簡単だった。

問題用紙を開くと、そこにはたった一問。

 

『問一:あなたの今日のご機嫌を教えてください。(※無回答でも満点となります)』

 

……一体これで何を測ろうというのだね。

聖地の名門学校ともあろうものが、こんなガバガバな入試で大丈夫なのだろうか?

 

まあ、受かったもん勝ちだから文句は言わないでおこう(自己解決)。

 

私が鼻歌交じりに正門をくぐろうとした、その時だった——。

 

「——そ、そこの新入生!」

 

カツン、と。

石畳を鳴らす硬質な靴音とともに、一人の老人が私の前に立ちはだかった。

厳格そうな黒のローブに身を包んだ、白髪の男。

胸元には、最高責任者を示す『学園長』のバッジが輝いている。

 

(げっ! いきなり偉い人に絡まれた……。スカートの丈でも注意されるのか?)

 

私が身構えた、次の瞬間。

 

——ズザァァァァッ‼︎

 

学園長は、周囲にいた他の教師たち全員までを巻き込んで、石畳の上に美しいまでの『ストレート土下座』をかましたのだ⁉︎

 

額が地面にめり込むほどの、圧倒的・低姿勢!

 

「ご入学、誠におめでとうございます‼︎」

「「「おめでとうございますッ!」」」

 

「……え?」

 

私の口から、間の抜けた声が漏れた。

周囲の生徒も、目を白黒させて固まっている。

 

「あ、あの……? なぜ土下座を……?」

「はっ! 我が学園では今年から、すべての特待生に対し、最大限の敬意と感謝をもって地面に額を擦り付ける『フレンドリー挨拶運動』を実施しておりまして!」

 

学園長が、滝のような冷や汗を流しながら、めちゃくちゃ震える声で叫んだ。

 

「さあ、どうか我々の頭の上を、赤い絨毯だと思ってお踏みつけください! あ、もし石畳が硬くておみ足が痛むようでしたら、今すぐ学園中の床を張り替えますので、どうか、どうか『お涙』だけは流されませぬよう……ッ!」

「いや、なにそれ⁉︎ 普通に歩きますよ!」

 

私はドン引きしながら、土下座する老人たちの脇をすり抜けて校舎へと急いだ。

 

なんだか妙に歓迎されているようだが、きっとこの国の伝統的なジョークかなにかだろう。

……うん、深く考えないのが平穏の秘訣だ。

 

 

---

 

 

あの方が立ち去ったあとの、正門前。

 

石畳に突っ伏していた学園長——もとい、聖地エル・カナンを裏で統べる『原理主義教団』の筆頭は、歓喜と恐怖でガタガタと震えていた。

 

「……行かれたか」

「はっ、猊下。あのお方は……間違いなく、十六年前に死者蘇生の奇跡を起こされた『始元者』様にてございます」

「うむ……。あの夜の帳のような黒髪、すべてを見透かす翠の瞳……そして何より、歩かれるだけで空間の魔力がひれ伏すあの覇気! 一〇〇〇年の時を超え、ついに本物の『神』が我らの聖地に降臨されたのだ……‼︎」

 

老人は、血走った目で校舎を見上げた。

 

「いいか、全員よく聞け! あのお方は今『名もなき一般生徒』としてのお戯れを望んでおられる! もし我々の不手際であのお方の正体を暴き、俗世の煩わしさに『涙』を流させてしまえば——その瞬間、世界は神の火によって滅亡する」

「「「ハッ‼︎」」」

「国家予算のすべてを投入してでも、あのお方に『ごく普通の平穏な学園生活』を接待し奉るのだ! 絶対に、バレてはならんぞ——ッ!」

 

神(無自覚)と、原理主義者(深読みの鬼)。

 

ボタンの掛け違いは、すでに修復不可能だ!

 

 

□■□■□

 

 

一方その頃、学園の敷地内にある学生寮。

 

「まあ、挨拶はちょっと個性的だったけど、部屋さえ快適なら問題ないよね」

 

私は『三〇一号室』の扉の前に立っていた。

事前に配布されていたパンフレットによれば、この部屋は三人用のスイート仕様らしい。

 

なんでも、私と同じく今年『特待生』として入学した生徒があと二人いて、その二人とルームシェアをすることになっている……とか。

 

(同じ一般出身の特待生なら、きっと話も合うはずだし。いい友達になれるといいなあ)

 

私はワクワクしながら、真鍮のドアノブに手をかけ、扉を押し開けた。

 

「どもー! 今日から同室になるルーツで——」

 

——ピタリ、と。

私の足が、玄関マットの上で凍りついた。

 

広々としたリビングの中央。

そこには、二人の少女が立っていた。

 

右側に立つのは、冬の結晶のように冷たく美しい、蒼銀の髪の少女。

一切の隙がない修道服風の制服を着こなし、氷のように澄んだ瞳で静かに佇んでいる。

 

左側に立つのは、真夏の太陽のように眩しく艶やかな、黄金の髪の少女。

胸元を少し着崩した情熱的な装いで、燃えるような紅い瞳を爛々と輝かせている。

 

そして、ただの美少女ではない。

 

二人の身体から漏れ出ているのは、常人なら立っていることすらできないほどの、異常なまでの『神聖な覇気』が漂っている。

 

空間そのものが、二人の間でバチバチと火花を散らして軋んでいた。

 

(……えっ? な、なにこの人たち。明らかに只者じゃないというか、めちゃ強そう……)

 

私が思わず後ずさりしかけた、その瞬間。

こちらの姿をとらえた二人の少女の瞳が——同時に、カッと見開かれた。

 

——ドクンッ!

 

空間が、大きく脈打った。

 

彼女たちが身に纏っている『奇跡の残滓』が、私の存在に呼応して、まるで磁石が吸い寄せられるように激しく共鳴し始めたのだ!

 

それもそのはず……。

 

彼女たちは聖地に現れた『神の波長』を追って、相手国より先に確保せよとの密命を受け、身分を偽って特待生として送り込まれた、最高権力者。

 

——当代の北の聖女。

——当代の南の聖女。

 

その本人たちなのである!

 

聖女たちが振るう『奇跡』の力は、もともと世界に散らばる私(始元者)の力を間接的に借り受けているだけの、いわばサブスクリプション。

 

つまりだ。

供給源である『私』を目の前にした彼女たちの魂は、一〇〇〇年もしくは五〇〇年分の渇きを潤す『奇跡』を前に、本能レベルで沸騰!

 

「……あ、ああ……」

「……うそ、こんな、近くに……っ」

 

二人の少女の頬が、みるみる朱に染まっていく。

呼吸が荒くなり、瞳がとろけるように甘く、そして狂気的に潤んでいく。

 

「あの……? お二人とも、どうかしました?」

 

私が恐る恐る声をかけた、次の瞬間だった。

 

——シュンッ!

 

音が消えるほどの超スピードで、二人が勢いよく同時に動いた。

 

一歩、二歩、三歩。

いや、ゼロ距離だ。

 

ガシッ! むぎゅっ‼︎

 

「「————っ⁉︎」」

「ちょ、えええええ⁉︎」

 

右からは、フローラルで冷涼な冬の香り。

左からは、甘くスパイシーな夏の香り。

 

二つの圧倒的な美貌が、私の小さな顔を左右から挟み込む! これはサンドウィッチ!

 

「お会いしとうございました……私の、唯一のお方。私は北より参りました、特待生の『ノルス』と申します。あなたの身の回りのお世話も、睡眠も、呼吸の管理も、今日からすべてこの私めにお任せください……」

 

右耳に吹きかかる、静かで、重くて、底なしの執着を孕んだ囁き。

 

「抜け駆けはダメだよっ⁉︎ ねえねえ、私は南から来た特待生の『サアス』っていうの! あなたのその可愛い指先から髪の毛の一本まで、私の愛でぜんぶ美味しく満たしてあげるからねっ!」

 

左耳をくすぐる、甘くて、熱くて、脳が溶けそうなほど狂信的な吐息。

 

ノルス、と、サアス。

どこか聞き覚えのありすぎる二つの名前に、私の脳内でけたたましいサイレンが鳴り響いた。

 

……あれ?

 

私が一度目に北で助けた子の名前、なんだっけ?

私が二度目に南で助けた子の名前、なんだっけ?

 

そして、今この世界の二大宗教のトップが代々襲名している聖女の名前は——確か。

 

「……あなたを、誰にも渡さない」

「……ううん、この子は私のもの」

 

私を真ん中に挟んだまま、二人の美少女がバチバチと殺気と愛憎をぶつけ合う。

 

華奢な女の子の肉体となってしまった今の私には、この二人の腕を振りほどく筋力すらない。

 

私は、天井のシャンデリアを呆然と見上げた。

 

どうやら、私の夢見た『人生イージーモード』は、入学初日にして、またしても音を立てて崩れ去ったらしい。

 

いにしえの格言は、いつだって正しい。

 

——二度あることは、三度ある。




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