北の聖女と南の聖女に挟まれる一般TSチート始元者 作:始元Υ紳士
「……あなたを、誰にも渡さない」
「……ううん、この子は私のもの」
右からは、氷のように冷たい蒼銀の美少女。
左からは、太陽のように熱い黄金の美少女。
――って、全く身動き取れないんですけど⁉︎
寮の自室に入った瞬間、両腕をガッチリとロックされた私は、頭の中で高速演算をしていた。
(待て待て待て。落ち着け私、冷静になれ)
彼女たちの名前は、『ノルス』と『サアス』。
それは確かに、この世界を二分する二大宗教のトップ——歴代『聖女』の名前と全く同じだ。
いやいや、まさか!
ここは、一般家庭出身の生徒が集まる『特待生枠』の部屋だぞ?
二大宗派の象徴たる聖女様が、こんな平民用の寮でルームシェアなんてするわけがない。
……あっ、そうか。
そういうことか!
(同姓同名だ! 北の方じゃ親が敬虔すぎて、女の子の五人に一人は『ノルス』って名付けるって聞いたことがある! 南の『サアス』もきっと同じ……ああ、よくあることね!)
見事なまでの論理的帰結。
これにて、私の脳内裁判は完全無罪の判決を下した(自己解決)。
「あ、あのー……お二人とも? ちょっと苦しいんですけど……」
私がか細い声で訴えると、二人の少女は「「ハッ⁉︎」」と同時に息を呑んだ。
そして瞬発的に、バッと飛び退く二人。
「も、申し訳ございません……! 私としたことが、なんという不敬を……!」
「あ、あはは……ごめんねルーツちゃん! その、つい我慢できなくって……!」
顔を真っ赤にして狼狽える二人。
うん、ただの距離感がバグった一般人だ。
「いえ、気にしないでください。でも、なんで急に抱きついてきたんですか?」
私が純粋な疑問をぶつけると、ノルスとサアスはギクッと肩を跳ねさせた。
二人は視線を泳がせ、滝のような冷や汗を流しながら、震える声で同時に叫んだ。
「ル、ルーツさんがあまりにも可愛すぎて、つい母性本能が暴発いたしました(震え声)!」
「あんまりにも小動物みたいで美味しそうだから、ついハグしちゃっただけ(裏返り声)!」
苦しすぎる言い訳!
だが、今の私の見た目は、透き通るような黒髪にエメラルドの瞳を持つ華奢な美少女である。
鏡を見るたびに「私、男だった頃より百倍は可愛いな?」と自画自賛していたレベルだ。
「なるほど、なら仕方ないね(即落ち)」
自分の容姿が良すぎるのも考えものだなあ。
「とにかく! これから三年間、普通のルームメイトとして仲良くしようね、ルーツちゃん!」
「ええ。ただの一般特待生同士、清く正しく、お互いにお付き合いしましょう」
二人はニコニコと微笑みつつも、私の背後でバチバチと視線の火花を散らしていた。
……ふむ。
ちょっと個性は強いが、いい友達になれそうだ!
□■□■□
その翌朝。
学園のアリーナに、新入生全員が集められた。
本日行われるのは、入学最初のビッグイベント。
——『魔力測定』である。
アリーナの中央には、身の丈ほどもある巨大な水晶玉が鎮座していた。
そこに手を触れ、自分の魔力を流し込むことで、魔力量を『一』から『一〇〇〇』までの数値で可視化する装置らしい。
ちなみに、一般人の平均は『五〇』。
宮廷魔導師クラスで『五〇〇』と言われている。
(ふむ。目立たず平穏に暮らすには、ここはきっちり平均値の『五〇』を出して、一般人としての地位を確立せねばなるまい)
私が列に並んで順番を待っていると、トントン、と後ろから肩を叩かれた。
「あの、おはようございます。今日から同じく新入生の、ミナです」
振り返ると、そこには茶髪のボブカットをした、見るからに素朴で地味な少女が立っていた。
特徴がないのが特徴、みたいな顔立ちである。
「あ、どうも。ルーツです、よろしくね」
「はい。私たち、すごく『普通』ですよね。この学園の空気も『普通』ですし、今日の天気も実に『普通』です。あ、私はごく『普通』の一般家庭から来た『普通』の生徒なので、どうか『普通』に接してくださいね」
「……うん、すっごく普通だね?」
なんだろう。
すごい量の『普通』を連呼されたぞ?
しかも彼女、なぜか胸元に辞典よりも分厚い、黒革装丁の謎の書物を大事そうに抱えている。
表紙には禍々しい金文字で『第七版』とだけ。
「ねえミナちゃん。その分厚い魔導書みたいなの、何の本?」
「参考書です(即答)」
ミナは一切の感情が消え失せた真顔で答え、サッと背後に本を隠した。
まあ……勉強熱心なのはいいことだ!
「——次の方、前へ」
その時、アリーナに凛とした声が響き渡った。
進行役を務めているのは、新入生代表にして、北の教国の第三王女——『ヒルデ』である。
まさに規律の塊といった威厳だ……が。
(……あれ? あのお嬢様、さっきから視線がずっと斜め下を向いてるな)
それとなく、彼女の視線の先を追ってみる。
するとそこには、前の記録係の教師が置き忘れたであろう、『高級マカロン』の皿があった。
ヒルデ王女は、氷のように冷徹な顔でリストを読み上げながら、その青い瞳だけをマカロンに一点集中させ、喉をゴクリと上下させていた。
禁欲を掲げる北の王女様が、あんな甘いお菓子に釘付けになっているとは……世の中、見かけによらないものである。
「えー、次は……特待生、ノルス。前へ」
「はい」
隣から、蒼銀の髪のノルスが静かに歩み出る。
彼女が水晶玉に白い手を添えた、その瞬間。
——カァァァァァッ‼︎
アリーナ全体が、眩むほどの蒼い光に包まれた。
水晶玉に浮かび上がったのは、『一〇〇〇』!
「なっ……⁉︎ き、記録、一〇〇〇! 測定上限のカンストです!」
「す、すげえ! 特待生なのに王族並みだぞ⁉︎」
会場がどよめく中、ノルスは表情一つ変えず、チラリと私の方を見て、なぜかふふっと微笑んだ。
「つ、次は……特待生、サアス!」
「はーい! いくよーっ!」
続いて、今度は灼熱のような紅い光が爆発した。
浮かび上がった数字は、またも『一〇〇〇』!
「ふ、二人連続でカンストだと⁉︎ 今年の特待生はどうなっちまうんだ⁉︎」
サアスもまた、私に向かってウインクし、にやりとピースサインを送ってくる。
(ひええ……うちのルームメイト、二人ともバケモンじゃん。よし、私は絶対にああいう目立つ真似はしないぞ! 五〇でいいんだよ、五〇で!)
私はそう固く心に誓った。
「……次。特待生、ルーツ。前へ」
ついに私の番が来た。
周囲の生徒たちから、「三人目の特待生だ」「あいつも一〇〇〇出すのか?」と注目が集まる。
私はトコトコと進み出て、水晶玉の前に立った。
横では、測定係の教師が、なぜか滝のような汗を流しながら、水晶玉の台座の裏にあるダイヤルを必死にイジっている。
(よし、出力は最小限。ミジンコの涙くらいの力だけを流し込むぞ……せーのっ、ちょびっ)
私は水晶玉に指先を触れさせ、自分が持つ力——『奇跡』を、ほんの極小だけ出力した。
だがしかし、私は気づいていなかった。
この測定器はあくまで人類の技術である『魔法』を測る機械であり、世界そのものを書き換える神の『奇跡』には対応していないということに。
さらには、裏で黒服の教師が「あのお方の力が強すぎて水晶が割れ、もしその破片でお指に怪我でもされたら世界が滅ぶ!」とパニックになり、勝手に『出力一〇〇分の一カット・ダイヤル』を最大まで回していたということに!
本来、私が一ミリでも『奇跡』を流し込めば、測定器は上限を振り切り『七七〇〇(エラー)』を表示して、爆発していたことだろう。
だが、私の『極小の出力調整』に、教師の『九九%カット工作』が重なった結果——。
——チーン!
まるで呼び鈴が鳴ったかのような、やけに軽快で澄み切った音がアリーナに響き渡った。
水晶玉は、割れない。
爆発もしない。
ただ、幻想的な虹色に輝く。
そして、極めて中途半端な数字を浮かび上げた。
『記録:七七』
「……な、ななじゅうなな?」
アリーナが、奇妙な静寂に包まれた。
一〇〇〇でもなければ、ゼロでもない。
一般人の平均『五〇』よりもちょっとだけ高い、なんともコメントしづらい絶妙な数字!
(あっ、やべ。出力ちょっとミスったか)
私は心の中で頭を抱えた。
だが人間、起きたことは仕方がない。
(まあでも、誤差みたいなもんでしょ!)
私は秒速で開き直った。
なんならゾロ目でちょっと縁起がいいまである。
「えー……記録、七七」
進行役のヒルデ王女が、マカロンへの未練を断ち切るように首を振ると、手元の名簿と水晶玉を交互に見比べて、眉間に深いシワを寄せた。
「前の二人が一〇〇〇だったから、また上限突破かと思いましたが……普通ですね」
「まあ、一般枠ならそんなもんか」
「ちょっと魔力が多い一般人だな」
周囲の生徒たちも、バカにするどころか「あ、はい」みたいな絶妙に薄いリアクションで納得し、興味を失って雑談に戻っていく。
そう、これがリアルな『普通』の空気!
「よしっ!」
私は小さくガッツポーズをし、測定台を降りた。
誰も私に注目しない。
これこそが、私の求めていた完璧なる立ち位置!
……ただ一人、進行役のヒルデ王女だけは、誰も見ていない隙に皿の上のマカロンをシュバッと一個だけポケットに滑り込ませつつ、去りゆく私の背中を鋭い目つきで睨みつけていた。
(おかしい……あり得ません。学費も寮費も免除される特待生枠が、なぜあんな平凡な数値なのです? まさか、学園長が直々にねじ込んだ『裏口入学』……? いいえ、この歴史ある学校がまさかそんなことをするはずがない……。これは、徹底的にマークする必要がありますね)
王女様の真っ当すぎる疑問など知る由もない私は、スキップしながら列へと戻った。
足元で測定係の教師が「き、九九%カットしてなお、完全数たる『7』を二つ並べられるとは……ッ!」となぜか白目を剥いて気絶していたが、これはきっと貧血ってやつだろう。
先生も大変だなあ。
□■□■□
測定が終わり、私たちは最初のホームルームのため教室へと移動した。
「さて、どの席に座ろうかな」
自由席らしいので、私は窓際の一番後ろという、古来より伝わる『怠惰の特等席』へと向かった。
しかし、椅子を引こうとした、まさにその瞬間。
——シュババッ!
音速を超える動きで、私の両隣の席が埋まった。
右の席には、蒼銀の髪のノルス。
左の席には、黄金の髪のサアス。
「ルーツさん。日差しが強うございますから、カーテンは私が一ミリ単位で調整いたしますね?」
「ルーツちゃん! 肘が痛くなったら大変だから、私の太ももを肘置きにしていいよっ!」
二人はそれぞれの机を、ガタガタッと私の机に隙間なくくっつけてくる。
もはや一見、三人掛けのロングシートである。
「いや、近い近い! 授業受けづらいって⁉︎」
「これも規律ある学園生活のためです」
「これも楽しい学園生活のためだよっ」
すると、ノルスとサアスは私を挟んだまま、互いの顔をジロリと睨み合った。
「……サアスさん。先ほどの測定での『七七』、あれは北の聖典第七章第七節『静寂なる氷の愛』を示しておられます。つまり、あのお方は私めの隣を望んでおられるのです。席を離しなさい」
「……はあ? ノルスちゃん。あれは南の福音書七七ページ『情熱のラッキーセブン』だよ? これは私の隣で楽しく過ごしたいっていう思召しなの! そっちこそあっち行って!」
二人の視線が交錯した瞬間。
ピキキッ、と机の表面にうっすらと『氷の霜』が降り、同時に反対側の端からチリチリと『焦げ臭い煙』が立ち昇った!
ただの口喧嘩ではない。
カンスト魔力を持つ二人が、無意識に殺気と魔力をぶつけ合い、空間を削り合っているのだ!
(ちょ、待って⁉︎ 私の机が凍る! そして燃える! 平穏なパーソナルスペースが局地戦の戦場になっちゃう⁉︎)
私は、二人の間に慌てて両手を差し込んだ。
「は、はいストーップ! 二人とも、机が壊れちゃうからちょっと離れて!」
「「も、申し訳ございません(ごめんね)!」」
声を上げると、二人はシュンと大人しく魔力を引っ込め、ミリ単位で机を離した。
あぶないあぶない。
やっぱり北と南の宗教って、末端の一般市民まで血の気が多すぎるなあ。
「あのー、前の席、失礼しますね」
そんな一触即発の空気の中。
ひょっこりと現れたのは、さっきアリーナで声をかけてきた『普通』の少女——ミナだった。
彼女は分厚い黒革の『参考書(第七版)』を片手に、私のすぐ前の席にストンと座ると、くるりとこちらに振り返った。
「ルーツさん。先ほどは『七七』という、ごく『普通』の数値を出されたこと、心よりお祝い申し上げます」
「ええ……祝い事みたいに言われても(困惑)」
「いいえ。この『普通の学園生活・第七版』にも、『友人が微妙な結果を出した際は、即座に話題を逸らして傷口を広げないのが普通の配慮である』と明記されています」
「いやそれ、何の参考書⁉︎」
ミナは真顔のまま本をパタンと閉じた。
そして、話題を逸らすためか、極めて業務的なトーンでこう尋ねてきた。
「ところでルーツさん。本日の放課後や明日のご予定、あるいは『食べたいもの』などはございますか? 同じ生徒同士、ごく『普通』の世間話としてお聞かせください」
「え? うーん、そうだね……」
私は少し考えてから、お腹をさすった。
さっきの測定やら席取り合戦やらで、なんだか小腹が空いてしまったのだ。
「私、玉ねぎが大好きでさ。明日の学食で、サクサクの『オニオンリング』ってやつと、飴色玉ねぎがたっぷり入った『オニオングラタンスープ』をお腹いっぱい食べるのが、実は入学前からの一番の楽しみなんだよねえ」
そう、何を隠そう、私は大の玉ねぎ好きである。
前世でもその前の世でも、血液をサラサラにするあの甘みと食感がたまらなく好きだったのだ。
名門校の豪華な学食なら、さぞかし絶品の玉ねぎ料理が出るに違いない!
「もし明日食べられなかったら、悲しくて泣いちゃうかも〜。なんて、あはは‼︎」
私が冗談めかして笑う。
だがなぜか、目の前のミナ、そして両隣のノルスとサアスの三人が、同時にピタリと凍りついた。
「……な、泣いちゃう……?」
「……お涙を流される……?」
「……緊急事態です。ちょっとお手洗いに!」
ミナがガタッと椅子を蹴倒し、脱兎のごとく教室から飛び出していった。
ノルスとサアスの瞳も、かつてないほど危険な『狂信の炎』がゴォッと燃え上がっている!
「……玉ねぎ。我が北の『ノルス聖教』において、辛味と匂いの強い香味野菜は、情欲を煽り禁欲の規律を乱すとして、一〇〇〇年前から『禁忌の食材』とされてきましたが……」
ノルスが震える手で自らの胸元を鷲掴みにし、恍惚とした表情で呟き、立ち上がった。
「いま、ご自身が『玉ねぎを望む』と仰せになられた! ならば一〇〇〇年の教義など、今この瞬間に改訂すべきです! 私が北の教団の全戦力を動かし、明日の朝までに世界最高の玉ねぎを献上いたします!」
サアスもまた、ガバッと席から立ち上がった。
「あっ、ずるいよノルスちゃん! 玉ねぎといえば、加熱すればするほど甘〜くトロトロになる、私たち南の『サアス聖教』が誇る愛と享楽の象徴だよ? だからルーツちゃん、ちょっと私『お買い物』に行ってくるねっ!」
信徒の家の子だから、ノリで言ってるのだろう。
——シュンッ!
二人は風のような超スピードで教室の窓から直接飛び降り、どこかへと消え去ってしまった。
残されたのはこの私、ただ一人。
「……ただの玉ねぎにみんな大げさだな?」
□■□■□
——そして、放課後。
聖都エル・カナンの地下深くに存在する、最高機密会議室にて。
重苦しい空気の中、円卓を囲む『原理主義者』の老人たちは、全員が蒼白な顔で頭を抱えていた。
「……本日の測定結果『七七』。我々が九九%のリミッターをかけたというのに、この数字……! あれは間違いなく、我々の小細工に対する神からの『警告』である!」
「うむ。しかも、教室での報告を聞いたか? 北と南の聖女が小競り合いを起こした際、あのお方は深くため息をつかれたという……。もしあそこで俗世の愚かさに絶望し、『お涙』を流されていたら、今ごろ大陸は火の海であったろう……」
「「「ひ、ひいいいっ……!」」」
学園長を務める筆頭枢機卿が、ドンッと杖で床を突き、血走った目で立ち上がった。
「……夜明けまでに、あのお方の『お涙』を誘発する可能性のあるすべての物質を、この聖地から永久に追放する! 手始めに、調理中に最も人類の涙腺を刺激する第一級禁忌指定植物——『玉ねぎ』の全面撤去および非合法化だ!」
「「「おお……ッ!」」」
「聖地内のすべての玉ねぎを今すぐ焼却せよ! 今後、玉ねぎの所持・栽培・密輸に関わった者は、国家反逆罪として処す! 一欠片たりともあのお方の視界に入れるでないぞっ⁉︎」
超大国の首脳会議もかくやという熱量で、歴史上最もくだらない法律が可決された。
まさにその直後——。
——プルルルルッ!
会議室の中央に置かれた、緊急連絡用の魔導通信機がけたたましく鳴り響いた。
筆頭枢機卿が、何事かと慌てて受話器を取る。
「なんだね⁉︎ 要件は? 今まさに、玉ねぎ焼却部隊を出動させたところだぞ!」
『——こちらコードネーム【普通】! 待ってください猊下! それをストップさせて⁉︎』
通信機の向こうから聞こえてきたのは、無機質さが完全に崩壊し、裏返った少女の悲鳴だった。
「どうした『普通』! なぜ止める!」
『た、対象が先ほど教室にて、こう発言されました! “明日の学食でオニオンリングとオニオングラタンスープを食べるのが一番の楽しみだ。もし食べられなかったら、悲しくて”泣いちゃうかも”……と‼︎』
——ピタリ、と。
地下会議室の空気が、絶対零度で凍りついた。
「……な、なんだと……?」
筆頭枢機卿の手から、受話器が滑り落ちた。
玉ねぎを放置すれば、涙腺の刺激で泣く。
玉ねぎを撤去すれば、食べられずに泣く。
「……焼却部隊はどうなった⁉︎」
「は、はっ! 情報によりますと、今しがた、学園の食堂および聖地内のすべての食料庫の玉ねぎを、灰にしたとの報告が……ッ!」
また、別の神官が血相を変えて飛び込んできた。
「げ、猊下! 大変です! 先ほど焼却部隊が最後の玉ねぎ畑を燃やそうとしたところ、突如として現れた『北の聖女』と『南の聖女』に部隊が壊滅させられました! 現在、聖地郊外の農園跡地にて、北の諜報部隊、南の潜入騎士団、そして我々の精鋭部隊が、焼け残った『最後の玉ねぎ』を巡り三つ巴の武力衝突を開始しております!」
「な、なんだとォォォッ⁉︎」
禁欲の教義を曲げてでも尽くさんとする『北』。
享楽の料理で神の胃袋を掴まんとする『南』。
そして終末の涙を阻止せんとする『原理主義』。
三つの勢力が、ただ一つの野菜を巡って、夜の聖地で『聖戦』の火蓋を切ったのだ——!
□■□■□
——その日の深夜。学生寮『三〇一号室』にて。
「……んー? あれ……?」
喉が渇いて目を覚ました私は、薄暗いリビングに出て、首を傾げた。
静かすぎる。
ノルスも、サアスも、なぜか部屋にいないのだ。
もう夜中の二時だというのに、ベッドは綺麗にメイキングされたまま、もぬけの殻である。
夕食時にすら、彼女たちは帰ってこなかった
(えっ、二人ともまだ入学初日なのに、もう不良みたいに夜遊びしちゃう感じ……?)
ふと、窓の外に目を向ける。
——ドォォォォンッ! ピカァァァッ‼︎
遠く離れた聖地の郊外、農園があるあたりの夜空が、まるで大戦争でも起きたかのように蒼い氷結魔法と紅い爆炎魔法でギラギラと染まっていた。
地響きのような轟音が、微かに伝わってくる。
「…………」
私はコップの水を一口飲み、誰もいない部屋の真ん中で、ぽつりと呟いた。
「……あれ? もしかしてここ、私が思ってたより百倍くらい治安が悪いのでは……?」