北の聖女と南の聖女に挟まれる一般TSチート始元者 作:始元Υ紳士
『——緊急通達。
第一級禁忌指定植物【玉ねぎ】の闇レートが、本日未明に純金の同重量価格を突破した。
原理主義教団の黒服部隊による摘発は苛烈を極めており、一欠片でも所持が発覚すれば即座に国家反逆罪が適用される。
繰り返す、これはただの野菜ではない。
聖地をも揺るがす、最も危険な戦略物資だ——』
□■□■□
翌日の昼休み。
私は、校舎の裏手にある薄暗い路地へと足を踏み入れていた。
(背に腹は代えられない……!)
昨日の夕食で突きつけられた、玉ねぎゼロの『ほどほど』健康食。
このままでは、私の輝かしいモラトリアムが薄味のお粥で終わってしまう。
ジメジメとした日陰。
そこに、昨日見かけた『彼』が立っていた。
目深な帽子に、襟を立てたトレンチコート。
顔には黒いサングラス。
どこからどう見ても、裏社会の密売人(ブローカー)である。
(学園内なのにアングラ感がすごすぎる……! でも、私はどうしてもアレが食べたいんだ‼︎)
私は唾を飲み込み、声を潜めて切り出した。
「あの、前に言ってた『極上のヤバイ玉』……。まだ、ありますか?」
その瞬間。
トレンチコートの男の身体が、ビクンと跳ねた。
---
男——もとい、北の諜報部員『コードネーム:極寒』は、サングラスの奥で目を見開いていた。
(き、来たァァァッ! 本物の『始元者』様が、単独で接触してこられたぞォォォッ!)
昨日、聖女ノルスより下された極秘指令。
『あのお方が玉ねぎをお望みです。原理主義の連中に気づかれぬよう、北の密輸ルートで確保した最高級品を献上しなさい』
だが、まさか神ご自身が、護衛の聖女二人を撒いてまで直々にお出ましになるとは!
(一見すると可憐な美少女だが、なんという覇気……! 油断すれば魂ごと凍りつくぞ⁉︎)
男はガタガタ震える膝を必死に抑え、内ポケットから魔導シートに包まれた丸い塊を取り出した。
「……あるぜ、お嬢さん。北の凍土で育て上げた『最高純度のブツ』……飛ぶぞ」
シートの隙間から、ツヤツヤと輝く『茶色い皮の玉ねぎ』が顔を覗かせた。
---
「おお……ッ!」
私の目が、宝石を見たかのように輝いた。
まるまると太った、極上の玉ねぎ!
「い、いくらですか⁉︎ 私、学生のお小遣いくらいしか……」
「ハッ、代金なんざいらねえ。お嬢さんが笑顔になってくれりゃ……それが俺たちの『救済』さ」
「えっ、タダ⁉︎ いいんですか⁉︎」
なんて気前のいい密売人だろう!
とはいえきっと、最初はタダで渡して、中毒にさせてから大金を巻き上げる手口に違いない。
まあ、元から中毒だし無問題だが(闇堕ち済)。
「ありがとうございます! じゃあ早速——」
私が手を伸ばした、まさにその刹那——。
「——そこまでですわッ! 現行犯逮捕です!」
カツン、と硬質な靴音が響き渡った。
飛び出してきたのは、瞳をキラリと光らせた北の第三王女——ヒルデだった!
片手には『不正調査ノート』。
もう片方の手には、なぜか『チョココロネ』も。
「げっ、ヒルデさん⁉︎」
「なっ、第三王女殿下……⁉︎」
売人の男が、ギョッとして後ずさる。
「チッ、ここは一旦退く! お嬢さん、ブツは置いていくぜ! あばよ‼︎」
「あっ、お待ちなさい不審者⁉︎」
バサッ、とコートを翻し、男は超スピードのパルクールで塀を飛び越えて消え去った。
残されたのは、私と、ヒルデ王女。
そして、地面にコロンと転がった、丸裸の『非合法玉ねぎ』ただ一つ。
「…………」
「…………」
気まずい沈黙が落ちる。
ヒルデが、足元の玉ねぎと私の顔を交互に見た。
「私の推理は完璧でしたわね……特待生ルーツ」
ヒルデの声は、氷のように冷たかった。
「一人でコソコソ動くから尾行してみれば……まさか、『第一級禁忌指定植物』の闇取引とは!」
「違うんです! これはただの自炊用で——」
「問答無用ですわ! 玉ねぎの所持は重罪! 今すぐ学園長室へ突き出して、あなたのスパイ活動の全貌を暴いて差し上げます!」
ヒルデが勝ち誇ったようにビシッと指差した。
(やばい! 突き出されたら特待生枠を剥奪されて退学だ! 私のぬくぬく生活が、玉ねぎたった一個で終了しちゃう⁉︎)
どうする?
『奇跡』で記憶を消すか?
いや、ダメだ。
下手に力を振るえば、母の時のように空間ごとバグって花が咲き乱れる可能性が(前科一犯)。
(奇跡を使わずに、この口を封じる方法……!)
私は必死に視線を巡らせ、ヒルデの左手の『チョココロネ』を見た。
そして、自分のカバンの中身を思い出した。
——あるじゃないか!
このポンコツ王女を、一撃で黙らせる『最強の概念兵器』が……!
「ヒルデさん。連行の前に一ついいですか?」
「ふん! 命乞いなら聞きませんわよ?」
私はカバンから、サアスがお昼用に持たせてくれた保冷魔導具の小瓶……『南国特製・極上焼きプリン』を取り出した。
フタを、ポンッと開ける。
広がるバニラと焦がしカラメルの暴力的な香り。
「……ッ⁉︎」
ヒルデが、電流を浴びたかのように硬直した。
その瞳が、小瓶のプリンへと磁石のように吸い寄せられる。
「こ、これは……先日、あなたの部屋にあった……っ!」
「はい。ただ、諸事情で『半分』しかない希少品なんです。私が連行されたら、この貴重な半分はゴミ箱行きですねえ。悲しいなあ(棒読み)」
「なっ……⁉︎ そ、そんなことをしたら天罰が下りますわ‼︎」
ただのプリンではない。
『ほどほど騒動』のせいで、通常の『きっちり半分サイズ』しか入っていないやつだ!
ヒルデが一歩、無意識に踏み出した。
ゴクリ、とその喉が鳴る。
(よし、完全に釣れた!)
私はマイスプーンで黄色い身をすくい上げ、ヒルデの鼻先へと突きつけた。
「実は私、知ってるんですよ? ヒルデさんが放課後、旧校舎の空き部屋にこもって、南国のお菓子を一人でモグモグ食べてたこと」
「はっ⁉︎ な、なぜそれを……⁉︎」
ここへ来る途中、旧校舎の窓から、お菓子の空き箱の山と、王家の紋章入りハンカチが落ちていたのを偶然見かけただけである(名推理)。
「北の厳格な王女様が、実は重度の甘党だったなんて……。これが北の生徒たちにバレたら、大変ですよねえ?」
「う、うぐぐ……ッ!」
ヒルデの顔が、みるみる真っ赤に染まっていく。
「でも、もし私の足元の『丸いジャガイモ』を見なかったことにしてくれるなら……このプリンも、これから毎日サアスちゃんが作ってくれるお菓子も、あの空き部屋で山分けしましょう。……どうします?」
悪魔の囁き。
いや、神の司法取引である。
ヒルデはプルプルと震えながら、足元の玉ねぎと、目の前のスプーンを交互に見つめた。
「うむむむ……ええいッ!」
——ぱくりっ!
目にも留まらぬ速さで、ヒルデがスプーンに食らいついた。
「んん〜〜っ‼︎ この濃厚な甘みと香り……! これぞまさに天上の神が人間に与えたもうた至高(嗜好)の一品……‼︎」
ほっぺたを押さえて悶絶すると、彼女は小瓶ごとひったくって完食し、コホンと咳払いをした。
「……ジャガイモですわね」
「えっ?」
「あなたの足元にあるそれは、どう見てもただの『丸いジャガイモ』ですわ! ジャガイモの所持は合法ですもの、見逃すのも当然のことです!」
手のひら返しが音速を超えている。
やっぱりチョロいぞ、このお姫様(確信)。
「ただし! あなたの思想を監視するため、これからは毎日昼休み、旧校舎の『特別調査室』へ出頭することを命じます! 調査対象たる『南の甘味』の持参を忘れないように! よろしくて⁉︎」
「はいっ!」
私は満面の笑みで頷き、玉ねぎ(いや、これはジャガイモだ)をカバンへと滑り込ませた。
「ふぅ……。それにしても、北の人たちって本当に大変ですね」
カバンを肩にかけ直しながら、しみじみ呟いた。
「美味しいものを食べるだけで規律違反だなんて。そんなに我慢ばっかりしてないで、もっと南の国から甘いお菓子や果物をいっぱい輸入して、みんなで食べればいいのに」
「……っ。そ、それは……」
一〇〇〇年の禁欲を背負う王女にとって、その素朴な一言は、どんな神学論争よりも刺さった。
「……ふん、暴論ですわね。ですが……まあ、わからなくもありませんわ」
ヒルデは照れくさそうに目を逸らすと、「では、昼休みに!」とだけ言い残し、それはそれは軽やかな足取りで去っていった。
□■□■□
——だが、私は気づいていなかった。
私たちが去ったあとの路地裏。
その屋根の上で、蒼銀の髪の少女が静かに佇んでいたことに。
「……聞きましたか、本国の最高指導部たちよ」
当代の北の聖女・ノルスは、本国直結の通信魔導具に向かって、恍惚と呟いた。
彼女は配下の売人の取引を上空から見守り、図らずも聞いてしまったのだ。
すべての始まりたる『始元者』が、北の王族へ直接下された、一〇〇〇年ぶりの【神託】を!
『そんなに我慢ばっかりしてないで、もっと南の国から甘いお菓子や果物をいっぱい輸入して、みんなで食べればいいのに』
通信機の向こうで、お偉いさんの息を呑む音が。
『せ、聖女様! いまのお声は、まさか……』
「ええ。昨日の【ほどほど文書】に続き、あのお方は我ら北の過度な規律を哀れまれ、南の享楽を受け入れるよう仰せになられたのです……!」
ノルスの氷の瞳が、ひどく熱を帯びて輝く。
「神がお望みなのです! 『対南・経済封鎖令』など、今この瞬間に撤廃しなさい! 国庫を開放し、南からあらゆる砂糖と果物を買い占めるのです! もし輸入が遅れて、あのお方が『北はケチだ』とお涙を流されたら……おわかりですね?」
『ははあっ! ただちに、手配のほどを‼︎』
□■□■□
『——歴史的転換! 北の教国、「関税完全撤廃」と「甘味輸入解禁」を電撃発表!
本日早朝、北の最高指導部は、全面禁止していた南からの「砂糖・果物・嗜好品」の輸入を解禁し、国境関税をゼロにすると発表した。
昨日の【ほどほど文書】による暴落でパニックに陥っていた南の取引所は、北からの「国家予算規模の買い注文」を受けて一転、全銘柄が歴史的な全面高を記録!
国境線で仮眠中だった北の魔導機甲師団は、急遽すべて「スイーツ移送師団」へと転用され、五〇〇年間睨み合っていた軍事境界線は、一夜にして『自由貿易特区』へと変貌を遂げた。
なお、この北の異常な動きに対し、南の教国・最高指導部は「北に信仰の主導権を奪われるな」と緊急声明の準備に入っており、明朝にも大陸を揺るがす重大発表が行われる模様——』
□■□■□
そして、翌日の昼休み。
旧校舎の『特別調査室』にて。
「……あれ? ヒルデさん、なんだかお菓子、山積みになってない?」
「ええ。今朝突然、本国のお父様から『王族の義務として南の甘味を調査せよ!』と、馬車十台分の菓子が送られてきましたの!」
極上スイーツの山の真ん中で、ヒルデが幸せそうに紅茶を傾けている。
私は部屋の隅でコンロを借り、昨日手に入れた『ヤバイ玉(ジャガイモです)』を輪切りにして、油でカラッと揚げていた。
「うんっ、揚げたては最高だね!(ぱくり)」
まさか、自分の失言が引き金となって、南北の経済封鎖がぶっ壊れ、大陸が『善意のチキンレース』に突入していることなど知る由もない。
——その時だった。
バァンッ‼︎
特別調査室の扉が、氷結と爆炎の魔力を伴って左右へ激しく吹き飛んだ!
「なっ⁉︎ な、なんですの⁉︎」
立ち上がるヒルデ。
煙から揺らりと現れたのは、見覚えのある少女。
——蒼銀のノルス。
——黄金のサアス。
二人の瞳は、かつてないほど冷酷な光を宿し、ヒルデを真っ直ぐに射抜いている。
「……ヒルデ王女。これは明白な『違反行為』となっております……」
「そうだよお姫様! ルールは守ってもらわなきゃ困るなぁ?」
「な、なんのことですの⁉︎」
ノルスが魔力を放出しながら、一歩踏み出す。
「我々の協定により……朝は北、夕方は南、そして昼から放課後にかけては『不可侵の中立時間』と定められております。その中立時間に、第三者であるあなたがルーツさんを独占するなど、断じて許されるはずがありません!」
「そーそー! 抜け駆けは重罪なんだからね!」
(えっ、あのスケジュール帳の落書き、そんな国際条約みたいに重いルールなの⁉︎)
しかし、私がツッコむ間もなく、なんとヒルデ王女が、菓子皿を盾のように構えて胸を張った。
「お、お黙りなさい特待生! ここは私とルーツの『特別調査室』! すなわち、この部屋は我が北の王家が管轄する『治外法権の領土』ですわ! あなた方の勝手な協定など適用されません!」
「「……ほう(へえ〜?)」」
ノルスとサアスの目が、同時に細められた。
「王家の領土、ですか。ならば話は早いですね」
「うん! 私たちのルーツちゃんを奪う気なら、実力で『領土奪還』をするまでだよっ!」
ピキピキッ、と部屋の床の三分の一が凍りつく。
ボワッ、と反対側の三分の一が熱気を帯びる。
そして残る三分の一には、ヒルデが築き上げた『お菓子のバリケード』がそびえ立つ!
——『始元者』ルーツ。
その溢れんばかりの『奇跡』を用いて——ッ!
「おーい待てい⁉︎ 昼休みを、『三つ巴領土戦争』の時間にするんじゃなーいっ‼︎」
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