北の聖女と南の聖女に挟まれる一般TSチート始元者 作:始元Υ紳士
『——南の教国、歴史的【重大声明】を発表!
北の教国による「南国スイーツ爆買い」に対抗し、本日早朝、南のサアス聖教・最高指導部は緊急声明を発表した。
「北の連中が我らの美食を取り入れたのなら、我ら南こそが【ほどほど文書】の真の理解者であることを証明する」として、本日より南の全都市にて『夜ふかし禁止・早寝推奨令』を発令!
享楽の国から夜の灯りが消え、国民が一斉に安眠まくらの購入に走る異常事態となっている。
五〇〇年続いた「禁欲の北」と「享楽の南」の教義は、完全なる逆転を引き起こしており——』
□■□■□
——時は戻り、旧校舎の『特別調査室』。
「おーい待てい⁉︎ 昼休みを、『三つ巴領土戦争』の時間にするんじゃなーいっ‼︎」
必死のツッコミは、誰の耳にも届いてなかった。
部屋の右側は、ノルスが放つ絶対零度の冷気でカチンコチンに凍りつき。
反対の左側は、サアスが放つ灼熱の炎でメラメラと炎が揺らめいている。
「ヒルデ王女……! ルーツさんの昼休みを私物化した罪、北の氷で贖っていただきます!」
「そうだよお姫様! ルーツちゃんのおやつタイムは、私の特権なんだからぁっ!」
そして真ん中に菓子の山の壁をつくるヒルデ。
彼女は涙目で『マカロンの皿』を盾に構える。
「ひ、ひいいいっ⁉︎ で、ですが、このお菓子の山は私の領土! 一歩も引きませんことよ!」
ノルスが氷の槍を、サアスが炎の鞭を生成した。
(まずい、何としてでもコレは死守せねば!)
私が揚げたてのオニオンリングを抱えて床に伏せようとした、まさにその刹那だった——。
——ドガァァァァンッ‼︎
特別調査室の壁が、外側から豪快に破られる!
舞い上がる粉塵。
その中から現れたのは、なんとも頼もしい黒服サングラスの屈強なおじさんたち。
そして、先頭に立つ『地味な少女』が一人——。
「——そこまでです。皆さん、ちっとも『普通』ではありませんよ」
茶髪ボブの少女——ミナだった。
彼女の胸元には、白い紙束が大量に継ぎ足されて辞書並みの分厚さになった黒革の書物——『普通の学園生活・第七版』が抱えられている。
「ここに『普通』を建国いたします」
ミナは一切の感情がない真顔で頷いた。
すると、黒服たちが巨大な鉄杭——『神秘アース線(避雷針)』を、部屋の床へと突き刺す!
——バチバチバチィッ……シュウウウウ!
部屋中に充満していたノルスとサアスの過剰な氷と炎が、避雷針へと一気に吸い込まれ、地面の下へと強制放電されていく!
「なっ……⁉︎ 私の神秘が、逃がされていく⁉︎」
「むぅ〜! そんなのデタラメすぎるよお!」
ノルスとサアスが忌々しげに睨みつける。
ミナは、懐から羽根ペンを取り出し、『第七版』の白紙ページに猛スピードで文字を書き連ねた。
「追補第四十二条。『昼休みの旧校舎にて、友人を巡る三つ巴の領土戦争を引き起こすことは、普通の学園生活から著しく逸脱するため禁止とする』……はい、いま明文化しました」
「えっ、その場で法律作ってる?」
「ですので、お二人はただちにお説教です。……ルーツさん、ヒルデ様、ここは私が『普通』に抑えますので、今のうちに上へ!」
ミナが分厚い『第七版』を盾のように構え、ノルスとサアスの前に立ち塞がった。
黒服たちも、援護する形で背後につく。
「えっ、いいのミナちゃん⁉︎ 恩に着るよ!」
「と、特待生ルーツ! 早くこちらへ! お菓子のバスケットだけは死守しましたわ!」
私はお皿のオニオンリングを、ヒルデは南国スイーツのバスケットをそれぞれ抱え、ミナの作ってくれた活路から廊下へと飛び出した——。
「ル、ルーツさんどうかお待ちを……⁉︎」
「ルーツちゃああああああああああん!」
□■□■□
ハァ、ハァ、と息を切らしながら、私とヒルデが駆け上がったのは、旧校舎の『屋上』だった。
ガチャン、と重い鉄扉を閉める。
頭上には、雲ひとつない真っ青な空。
「……ふぅ、ここまで来れば、もう安全ですわ」
「いやあ助かったよ〜……。せっかくの昼休みなのに、あの二人ったら一体どうしたんだろう?」
私がその場にへたり込むと、ヒルデもバスケットを抱えたまま、ペタンと床に座り込んだ。
——その時だった。
「……すぴー……すぴー……」
屋上の日陰になっている真下から、聞き覚えのある規則正しい寝息が聞こえてきた。
私とヒルデは、同時にピタリと動きを止めて、そちらを覗き込んだ。
そこには、特大の安眠まくらを抱きしめて、死んだように熟睡している少年の姿があった。
南の公爵家嫡男——カイルである。
彼の枕元には、『大陸経済新聞・号外(南の教国、早寝推奨令を発令!)』が、まるで宝物のように大事に置かれている。
「……カ、カイル卿⁉︎ あなた、こんな場所で何をしていますの⁉︎」
ヒルデの驚きの声に、カイルが「……んー、もう朝……?」と、うっすらと目を開けた。
彼は大きなあくびを一つすると、バスケットを胸に抱えているヒルデを見て、目を瞬かせた。
「……あれ? ヒルデ王女じゃん。……なんで北の王女様が、南のスイーツを抱えてるの……?」
「なっ⁉︎ こ、これは違いますわ! これはその、南の堕落した食文化を調べるための、王族としての『規律調査』で——!」
ヒルデが顔を真っ赤にして叫ぶ。
「そういうカイル卿こそ! 南の代表が、なぜこんな真っ昼間から、熟睡しているのですか⁉︎」
「えぇー……だってほら、今朝の号外見た? 南でもついに『早寝と昼寝』が推奨されるようになったんだよ。だから僕、祖国に忠誠を誓って、朝からずっとここで寝てたんだー」
「それはただのサボりですわ⁉︎」
屋上で、二人の視線がバチッと交錯した。
禁欲の『北』の王女なのに、誰よりも南の甘いお菓子を愛しているヒルデ。
享楽の『南』の貴公子なのに、誰よりも北の静寂と早寝を愛しているカイル。
「…………」
「…………」
二人は三秒ほど無言で見つめ合ったあと、同時にスッと気まずそうに目を逸らした。
「……カイル卿。私がここで甘味を調査していたこと、北の生徒には内緒にしてくださる?」
「……うん。ヒルデ王女こそ、僕が授業をサボってここで寝てたこと、先生には言わないでよ」
「交渉……成立ですわね」
「うん……約束だからね」
見事なまでの『ねじれ対比』!
そして成立した、秘密の条約!
だが、自分の秘密を知られた恥ずかしさからか、二人はどこか居心地悪そうに俯いていた。
古くからの歴史を持つ王族と公爵家。
国教の教え通りに生きなければならない、という鎖が、二人の肩を重く縛り付けているのだ……。
なーんて、面倒な話はやめよう!
「ささ、二人とも和解の印としてこちらを」
「こ、これは……?」
「なんか、黄緑の液体だね」
私はどこからともなくマイボトルを取り出す。
そして手頃なコップにその中身を注いだ。
遥か東方の地にてよく栽培されている飲み物だ。
せっかくなので実家の母から取り寄せていた。
「ささっ、飲んでみて飲んでみて!」
「「は、はあ(う、うん)……」」
——その瞬間だった。
ごくん、と液体が二人の喉を通った刹那。
茶葉にわずかに溶け込んでいた『奇跡(リラックス効果)』が、二人の体内を駆け巡る!
「……っ⁉︎」
「……あ⁉︎」
ヒルデの肩から、幼い頃より王女として背負わされてきた『鉄の規律』の重圧と慢性的な肩こりが、スッと溶けて消え去った。
カイルの脳裏から、公爵家の跡取りとして強いられてきた『騒がしい社交界』へのストレスと万年寝不足が、跡形もなく浄化された。
ただのお茶ではない。
魂の奥底にこびりついていた『呪縛』そのものを、根源から洗い流すまさに神の雫!
「な、なんですの、これは……! 身体が羽のように軽くなって、なんだか……胸の奥がぽかぽかしますわ……っ」
「すごいな……。今までどんなに強い睡眠魔法を使っても取れなかった疲れが、一口で全部消えちゃったよ……」
二人は呆然とコップを見つめ、それから、目の前で呑気に微笑んでいる私の姿を、まるで眩しい太陽でも見るかのような目で見上げた。
(……ああ、私はなんて愚かだったのでしょう。彼女を学園長のスパイなどと疑っていたなんて)
ヒルデは、震える手で自らの胸元を押さえた。
カイルもまた、かつてないほど真剣で澄み切った瞳で、深く頷いていた。
そんな二人の様子を見て、にっと笑んで言った。
「また、三人で集まろうね」
「「ええ(うん)——」」
「ここにお菓子お昼寝同盟を締結とする!」
「「え、ええ(う、うん)……?」」
□■□■□
だが、そんな日常も裏腹に。
北の教国・南部国境線に展開する、魔導機甲師団の司令部テントにて。
「——ふざけるなァァァッ‼︎ 貴様ら、それでも北の聖教徒かァァァッ!」
怒号とともに、机が真っ二つに叩き割られた。
立っていたのは、漆黒の法衣に身を包み、顔面にいくつもの古傷を刻んだ厳格なる豪傑。
北の教国において最も恐れられる狂信的武闘派トップ——将軍『コルド』である!
コルドの足元では、北の兵士たちが口の周りに『南国産の生クリーム』をつけたまま、しかしその迫力からガタガタと震えていた。
「こ、コルド将軍! ですが、本国より『神託に従い、南の甘味を消費せよ』との命令が……!」
「黙れ! 昨日までは『ほどほど文書』とやらで進軍を止め、今日は『いちごタルト』を満載だと⁉︎ そんな軟弱な神託、私は断じて認めん!」
コルドは、南の国境線を睨みつけて歩んでいく。
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一方、その南の国境線のすぐ向こう側でも、まったく同じような怒号が響き渡っていた。
「——起きろ貴様らァァァッ! なぜ夜になったばかりで軍のキャンプが消灯しているのだァ!」
燃えるような真紅の鎧を纏い、大槍を地面に突き立てて吠えているのは、筋骨隆々の巨漢。
南の教国において最強の武力を誇る過激派トップ——団長『ブレイズ』である!
「ブ、ブレイズ団長……っ。ですが、今朝の重大声明で『夜ふかし厳禁、早寝こそが正義』と通達がありまして……ふぁぁ、おやすみなさい……」
「寝るなバカ者ォォォッ! 南の騎士たる者が、ホットミルクを飲んで夜八時に布団に入るなど、そんな教義は存在しないっ!」
ブレイズは怒りのあまり鎧を軋ませ、国境の川を挟んだ向こう岸——北の陣営へと歩み出た。
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現在は両軍とも停戦中である。
両国ともに、進軍は禁止中だ。
——川を挟んで二人の男が相まみえる。
北の陣営からは、コルド将軍が。
南の陣営からは、ブレイズ団長が。
北と南の狂信的トップが、真ん中で睨み合う。
「……北の将軍、コルドか。貴様の軍は、ずいぶんと甘い匂いを漂わせているようだな」
「……南の団長、ブレイズ。貴様の軍こそ、ずいぶんと早い消灯時間ではないか」
ギリギリと奥歯を噛み締める二人。
「やーい! バーカ、バーカ‼︎」
「へなちょこ! へなちょこ!」
まるで子供のような喧嘩だ……が。
彼らの利害は、最悪の形で一致していた。
「【ほどほど文書】に始まり、この狂った教義の逆転現象……! 間違いなく、聖地を支配する『原理主義教団』の連中が、何らかの邪悪な洗脳魔術を用いて、我らの聖女様と本国上層部を骨抜きにしている! そっちはどうなんだ⁉︎」
「ああ、違いない! あの【ほどほど文書】から全てがおかしくなっている! こんなの、建国以来の異常事態としかいえない! 聖地の『原理主義教団』のやつらが裏から操ろうとしている⁉︎」
コルドが大剣を振り、聖都の方角を差した。
「本国の腰抜けどもの命令など、もはや聞く価値もない! このままでは、我らが古き時代より守り抜いてきた宗教の歴史が、『原理主義教団』によって、都合よく書き換えられてしまうぞ!」
ブレイズが大槍を振り、聖都の方角を示す。
「ならば、やることは一つだ! このまま、みすみす我らの宗教が壊されていくことを眺めるだけなど、断じて許されん! 『原理主義教団』に、痛い目を見せてやらねばならぬ!」
コルドの冷酷な瞳が、ブレイズの狂乱の瞳と、暗い夜空の下でギラリと重なった。
「我らは今より聖都エル・カナンへと強行進軍する! 精鋭のみを率い、聖地に巣食う悪しき元凶を直接叩き潰し、真の教義を取り戻すのだ!」
「我らも選りすぐりの精鋭を率い、聖都へと進軍を開始する! 全ては、真なる教えのために!」
北の過激派・コルド。
南の過激派・ブレイズ。
のちに聖地を揺るがすことになる最悪の『狂信者連合』が、いま静かに進軍の火蓋を切った——。
□■□■□
そして、同じ時刻……すべての元凶はというと。
「……あれ? 私の部屋、なんか真ん中にすんごい壁できてない?」
昼休みの騒動と、放課後までにわたる屋上での避難を終えて、寮の『三〇一号室』へと帰ってきた私は、玄関で目を点にして立ち尽くしていた。
広々としていたはずのリビングが、ど真ん中から綺麗に真っ二つに分断されていたのである!
右半分は、白銀に輝く氷のシャンデリアと、大理石の床が敷き詰められた『北の純白神殿』。
左半分は、情熱的な赤い絨毯と、南国の観葉植物が生い茂る『南の高級リゾート』。
そして、そのちょうど真ん中の境界線上に——。
なぜか、私の『お気に入りのベッド(布団)』がポツンと置かれていた!
「おかえりなさいませ、ルーツさん。昼休みにヒルデ王女の介入を許してしまった反省を踏まえ、これよりこの寮においては、我々二人の『完全分割統治体制』へと移行いたしました」
……え?
「おかえりルーツちゃん! 右に一ミリでも寝返りを打ったらノルスちゃんの氷エリア、左に寝返りを打ったら私の情熱エリアだよ! さあ、今夜はどっちを向いて寝るのかな〜?」
……え?
境界線の右側から蒼銀のノルスが、左側から黄金のサアスが、ネグリジェ姿で手招きをしてくる。
(いや、真ん中にいると私、冷気と熱気の板挟みで多分、自律神経バグっちゃうんですけど⁉︎)
過激派の軍勢が迫っていることなど露知らず。
「さあルーツさん……こちらに」
「はいルーツちゃん、こっち!」
私の夜は、ひやりとあまい境界線上にて。
「ええええええ⁉︎」
長く永く、更けていった——(寝不足確定)。