北の聖女と南の聖女に挟まれる一般TSチート始元者 作:始元Υ紳士
『——個体番号:〇七(通称:ミナ)。
聖都の孤児院より選抜された、主席接待係。
幼少より、一切の個人的感情を排して育成。
行動原理はすべて、『普通・第七版』に準拠。
そこに個人の意思や「好み」は存在しない。
繰り返す、彼女はただの精巧な歯車である——』
□■□■□
「……ふぁぁ。ね、眠い……」
休日の朝。
私は目の下にクマを作り、寮のロビーへ降りた。
理由は、いたって単純明快。
昨夜、私たちの『三〇一号室』が、ノルスとサアスに分割統治されたからである!
右を向けば、氷点下の北極圏。
左を向けば、熱帯夜のジャングル。
国境線に布団を敷かれた私は、一晩中「右半身は凍え、左半身は汗だく」という拷問に晒された!
(まさか私に風邪でもひかせるつもりか⁉︎)
幸い、今朝は二人とも部屋にいない。
「本国の軍部が騒がしいので、お説教してまいります(怒鳴ってくるね!)」と出かけたのだ。
つまり、だ。
今の私は、入学以来初の『完全フリー状態』!
「よし! 今日はゆっくり羽を伸ばすぞー!」
鼻息荒くエントランスへ向かう。
すると長椅子に、ちょこんと座る少女がいた。
茶髪ボブの、素朴で地味な少女。
膝の上には、白い紙束が継ぎ足されて、とても厚くなった黒革の本——『第七版』が乗っている。
「あ、ミナちゃんだ。おはよー!」
「おはようございます、ルーツさん。休日の朝に遭遇するとは、実に『普通』の偶然ですね」
ミナは無表情で立ち上がりペコリと頭を下げた。
……うん、絶対ここで待ち伏せしてたよね?
いやでも! 昨日は私を助けてくれた大恩人だ。
待ち伏せはともかく、何かお礼を……そうだ!
「ねえミナちゃん、今日って暇? 昨日のお礼に、一緒に街へ遊びに行かない?」
「……え?」
ミナの動きが、ピタリと止まった。
彼女は目を白黒させ、猛スピードで『第七版』のページをめくり始める。
「……第三章・第十五節。『休日の誘いには二つ返事で快諾するのが、普通の交友関係を築くものである』……。はい、同行いたします(即答)」
「えなにそのカンニング⁉︎ いや嬉しいけど!」
まあいいや。
私はどこかネジの外れた『普通』の友達を連れ、休日の聖都へと繰り出した。
□■□■□
聖都エル・カナンの大通り。
石畳の広場は、多くの人で賑わっていた。
……ただ、なんだか街の景色が少しおかしい。
いかつい髭面の男たちが、全員『お揃いの白いTシャツ(胸元に【一般市民】と記されている)』を着て、不自然な笑顔で風船を配っていたり。
街路樹の陰から、こそこそと、黒いサングラスが光っていたりするのだ。
(うん、見なかったことにしよう!)
私は華麗にスルーを決め込み、広場の中央にある可愛らしいキッチンカーへ駆け寄った。
「わあ、見てミナちゃん! 焼きたてクレープの屋台! 私、甘いクレープ食べてみたいなあ!」
「クレープですか。……第七版の追補第十一条によれば、『買い食いで甘味を選ぶのは、極めて普通な行動である』とあります。問題ありません」
ミナは真顔で頷き、メニュー表を見つめた。
チョコバナナ、キャラメル、抹茶あずき。
なんと数十種類ものメニューが並んでいる。
「私は王道の『イチゴ生クリーム』にしようっと! ミナちゃんは何味が好き? おごるよ!」
財布を取り出しながら、何気なく尋ねる。
——その時だった。
ピタリ、と。
ミナの身体が、ブリキ人形のように凍りついた。
「……私が、好きな味、ですか?」
「うん。甘い系? しょっぱい系?」
ミナは何も答えず、『第七版』をめくった。
ペラ。
ペラ。
ペラ。
どれだけめくっても、彼女の手は止まらない。
しかし、それもそのはずである。
彼女が幼い頃から暗記させられてきたその教典には、『始元者様の好みを調査し、全力を尽くせ』『常に普通の友人として振る舞え』と記されてはいたが——。
——『あなた自身の好みは何か?』というページだけは、どこにも見当たらなかったのだから。
「……あ、えっと……」
ミナの瞳が、迷子のように揺れた。
頭の中の歯車が、音を立てて空回りしている。
「も、申し訳ありません、ルーツさん。その質問に対する『普通』の回答が、どこにも記載されておらず……。私という個体には、個人の『好み』というものは設定されておりません」
自分を「個体」とか言っちゃってるよ、この子。
私は、辞書みたいな本を必死に抱きしめて俯くミナのつむじを、じっと見つめた。
詳しい事情はわからないけれど。
きっとこの子もまた、誰かが決めた『窮屈なレール』の上に縛られて生きてきたのだろう。
「……そっかあ。自分が何が好きなのか、まだわかんないんだねぇ」
私は屋台のおじさん(※サングラス着用)から、焼きたての『イチゴ生クリームましましクレープ』を一つ受け取った。
そして、ミナのすぐ隣に立つ。
彼女が開いていた『第七版』を、横から両手で挟んで——パタン、と閉じた。
「……っ⁉︎ ル、ルーツさん……?」
「難しい参考書は、いったんお休み! 自分の好みがわかんないならさ、まずは友達の好きなものを一緒に食べてみればいいんだよ」
私は、イチゴと生クリームが詰まったクレープを、呆然とするミナの口元へ差し出した。
「はい、ミナちゃん。あーんして!」
「あ……あーん、ですか……? で、ですが、これはルーツさんの……」
「いいからいいから! 早くしないと、あっというまにクリーム溶けちゃうよ?」
ぐいっとクレープを押し当てる。
ミナはおそるおそる、小さな口を開けて先端をぱくりと齧った——。
もぐ、もぐ。
ミナの動きが、止まった。
焼きたての生地の温かさ。
口いっぱいに広がる、甘い生クリームと、甘酸っぱいイチゴの果汁。
それは、生まれた時から無機質な栄養食しか口にしてこなかった彼女が、人生で初めて味わう——命令でも任務でもない、ただの『友達からの分け与え』の味だった。
「…………っ」
ミナの無表情の頬が、ほんの少し朱に染まる。
ガラス玉のような瞳に、ぽっと温かい光が灯る。
「……どう? 美味しい?」
「……はい。なんだか、胸の奥が……少しだけ、むず痒くて、ぽかぽかします」
ミナは自分の胸元にそっと手を当て、不思議そうに首を傾げた。
それは、少女の機械的な回路に、どんな神学でも説明できない『バグ』が生まれた瞬間だった。
「ふふふ、よかった! じゃあ残りの半分は私が——って、あれ?」
クレープを口へ運ぼうとした、その時だった。
---
ゴロゴロゴロゴロ……ッ‼︎
快晴だったはずの聖都の空が、わずか数秒で、インクをぶちまけたような『真っ黒な雷雲』に覆われたのだ——。
「きゃあっ⁉︎ な、なにこの雲⁉︎」
「急に気温が下がってきたぞ⁉︎」
広場の市民たちが、悲鳴を上げて逃げ惑う。
肌を切り裂くかの急激な極寒の暴風が吹き荒れ、噴水の水が一瞬で凍りついた!
ただの悪天候ではない。
——この現象の正体は‼︎
郊外まで進軍してきた『北のコルド将軍』。
その精鋭部隊が、威嚇攻撃として、戦略級・広域魔法『ブリザード』を撃ち込んできたのである!
「……っ! ルーツさん、非常事態です! すぐ、私の後ろへお隠れを‼︎」
ミナが咄嗟に私の前に立ち塞がる。
彼女の懐の通信機から、『結界が崩壊する! 総員、地下へ——!』という絶望が響き渡った。
空からは、直径数メートルの『巨大な氷の塊』が、無数の隕石のように街へ降り注いでくる!
……むかむか!
……むかむか‼︎
……むかむか⁉︎
「あーっ⁉︎ ちょっとイイところだったのに‼︎」
私は手元のクレープを見て、そして周囲の人々の困惑をみて、本気で怒りの声を上げた。
「せっかくのクレープがカピカピだし! ましましの生クリームまで凍りかけてるし!」
なんということだろう。
ミナちゃんと半分こしていた大事なスイーツが、空気を読まないゲリラ豪雪で、今まさに台無しになろうとしている!
(私のおやつタイムを邪魔するなんて、お天道様でも許さんぞ⁉︎)
私は左手でクレープを抱え、右手の人差し指を——真っ黒な雷雲へとビシッと突きつけた。
「こんの〜! せっかく友達と楽しくしてるんだから空気を読め! ——えいっ、晴れろッ!」
たったそれだけを守るために、指先からほんのちょびっとだけ『奇跡』がデコピンされ——!
——パァァァァァァァッ‼︎
指先から、小さな光の粒が放たれる。
それが上空の雷雲に触れた、次の瞬間。
音も、衝撃波すらもなかった。
北の軍勢が放った『戦略級・広域魔法』による何百発もの『氷の隕石』が——概念ごと『七色の虹』へと一撃で上書きされた——。
ズパァァァンッ!
聖都の上空、半径数十キロの黒雲が、ドーナツの穴のように綺麗さっぱり消滅した。
燦々と太陽の眩しい光が降り注ぐ。
——空には、虹の粒が舞っていた。
---
その光景を、学園の窓から見ていた学園長と枢機卿たちは、そのまま床へ崩れ落ちた。
「「「化け物かァッ(ありがたやァッ)‼︎」」」
一国を滅ぼすことさえ可能な、戦略級魔法を、文字通り『指一本』で虹に変える神の威光。
老人たちは抱き合って号泣し、ドーナツ型の青空へ向かって一斉にひれ伏した。
---
「ふぅー、気持ちよかった! やっぱり休日はこうでなくっちゃね!」
私は満足げに頷き、ほのかに温かさを取り戻したクレープの残り半分を、ぱくりと頬張った。
「ん〜っ、美味しい! あ、ミナちゃん、口の端にクリームついてるよ」
「……え? あ、はい……!」
隣で一部始終を目撃していたミナは、空の虹と私の横顔を交互に見つめていた。
本来なら、彼女は『第七版』を開いて今の現象について、今すぐ書き込むべきだったのであろう。
しかし、ミナはそれをしなかった。
自分の指先でそっと唇のクリームを拭うと、それをペロリと舐めて——生まれて初めて、年頃の女の子らしい、小さく柔らかな笑みをこぼした。
「……不思議ですね、ルーツさん」
「ん? なにが?」
「空が晴れたことよりも……ルーツさんと半分こしたクレープがもう一度食べたいと、私が『そう』思っていることです」
ミナはそっと、隠れてペンを取り出した。
そして、『第七版』の表紙の裏——誰にも見えない秘密の余白に、小さな文字で一行だけ。
『追補:私は、イチゴ生クリーム味が好き』
□■□■□
夕方になり。
私はご機嫌な調子で寮へと帰ってきた。
「ただいまー! いやあ、久しぶりのお出かけは楽しかったなあ〜」
しかし扉を開けた私は、ピタリと固まった。
「…………」
部屋の真ん中に引かれた、軍事境界線。
その上で、ノルスとサアスが、ギリギリとハンカチを噛み締めながら待ち構えていたのである。
「……ルーツさん。私たちが部屋を空けた隙に、あの娘と街へデートに行かれましたね?」
「……しかも、一つのクレープを『あーん』して半分こしたって、報告が来てるんだけどなぁ?」
ゴォォォォッ!
部屋の温度が、マイナス五十度とプラス五十度へと二極化していく。
(ええええ⁉︎ なんでバレてるの⁉︎ 情報網どうなってるのこの人たち⁉︎ 私のプライバシーは⁉︎)
「ち、違うよ二人とも! あれは昨日のお礼というか、友達としての『ほどほど』な交流で——」
「「問答無用です(だよ)‼︎」」
——シュンッ!
左右から伸びてきた腕に、身体がロックされた。
「今夜は逃がしません。北の氷の抱擁で、浮気性な心を頭から冷やして差し上げます……」
「ううん、南の情熱的な添い寝で、クレープの記憶なんて上書きしてあげるからねっ!」
二人にズルズル布団へ引きずり込まれていく私。
(……おかしいな。昼間にあんな天気をめちゃくちゃ良くしたのに、私の部屋だけ真冬日と熱帯夜が混合する異常気象なんですけど⁉︎)
どうやら、女の子の嫉妬というのは、お天道様よりもはるかに恐ろしいらしい!
□■□■□
——では、少しだけ時を戻そう。
聖都エル・カナン郊外、丘の上の臨時陣地にて。
「「な、なんだとォォォォッ⁉︎」」
双眼鏡を覗いていた北のコルド将軍と、南のブレイズ団長は、同時に顔面を蒼白にしていた。
彼らが威嚇として放った『戦略級・広域魔法』。
それが、街の中心から伸びた『一条の光』によって、わずか一秒で虹に書き換えられたのである!
「ば、バカな……! 我が軍の最大火力が、概念ごと『快晴』に上書きされただと……⁉︎」
コルド将軍が、大剣の柄を握りしめて震えた。
「おいコルド! あれは原理主義教団どものちゃちな小細工などではないぞ!」
ブレイズ団長もまた、大槍を地面に突き立てて冷や汗を流した。
「天候の因果を逆転させる、あのデタラメな魔法……いや、『奇跡』! 間違いない、古文書に記された本物の『始元者』様が、あの聖都に顕現しておられるのだ‼︎」
「ほ、本物の『神』が、本当に再臨されたというのか……⁉︎」
二人の狂信者が、ドーナツ状に晴れた空を見上げて息を呑む。
そのあまりにも美しい虹景色に目を奪われて。
——だが、その直後。
コルドが、はたと眉をひそめた。
「……待て。本物の始元者様が目覚めておられるなら、なぜ先日【ほどほど】などという軟弱な教えを下されたのだ?」
ブレイズも、それに頷く。
「しかも今のあのお方は、学園で『ただの一般生徒』を演じておられるとかなんとか……」
二人は三秒ほど唸り。
そして、『都合のいい曲解』が完璧に一致した。
「……そうか! 原理主義教団め、目覚めたばかりの始元者様を囲い込み、ハリボテの平和な学園生活で誑かしているのだ!」
「我らの聖女様方もそうだ! 原理主義連中の洗脳で身分を偽らされ、あのお方を騙す片棒を担がされているに違いない!」
そして、彼らの瞳に『狂信の炎』が宿る。
かつてないほど危険な確信的な思考であった。
「……もはや我々はもう迷わない」
コルドが大剣を天に掲げた。
「古文書にはこう記されている! 『始元者が俗世を嘆いて涙を流せば、世界は火によって清められる』……と」
「ふむ……。つまり、あのお方の御前でこの俗世の愚かしさを暴き出し、『絶望の涙』を流していただけば——神の火によって、異端者どもを一網打尽に焼き払っていただけるということか」
なお、コルドは「——異端の南が焼かれる」と信じており、ブレイズは「——異端の北が焼かれる」と信じて疑わなかったが。
それを……互いに指摘するほど愚かではない。
「全軍に通達せよ! これから我らは聖都エル・カナンを完全包囲する、と」
「我らも同じく動こう。目標は聖カナン魔導学園! 可能な限りの人員を動員しよう」
その夜——地響きとともに、数万の軍が動いた。
彼ら南北の軍隊は、夜の聖都を包囲していく。
「「我らに、祝福があらんことを」」
『神泣かせ(ラグナロク)計画』、発動——!
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本日、18:10に投稿